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黒の異邦人は龍の保護者 # 06 “ It is a moment that the block collapses. ―― 積み木が崩れるときは一瞬だ ―― ” 『死神の涙』編 D
作者:ハナズオウ   2011/07/23(土) 02:52公開   ID:CfeceSS.6PE




 ついに黄 宝鈴ホァン パオリンが待ちに待ったヘイと黄が出会って3年目の記念日になった。


 黄はトレーニング後に待っている黒との囁かなお祝いが楽しみで仕方ない。
 零れる笑みを抑えようと集中しても、口の端が緩む。
 薄らと頬が紅く染まっているのをイワンを初め、ヒーロー達は気づいていたが言及することはしない。

 微笑ましく見守りながら、それぞれが動いている。

 いつもと変わらずに、トレーニングに励む者。
 サプライズを仕掛けようと企み、動く者。
 いつもと違うテンションの黄に気づき、チラチラと様子を伺う者。
 嬉しさのあまりかいつもは話しかけてこないトレーニング中に話しかけてきた黄の相手をする者。


「ねぇイワンさん。今日師匠何か言ってました?」
「えっ……いえ、特には。記念日は、今日ですか?」
「うん! ハヴォックに教えてもらって餃子、やっと出来たんだ! 後は帰って焼くだけなんだ」

「そうでござるか……。きっと李さんも喜んでくれますよ」
「うん!」

 嬉しそうな笑顔で話けてくる黄に、少したじろぎながらイワンは答える。

 同じ大学に通う留学生の李 舜生リ シェンシュンとの関係とはいえ、プライベートでも他のヒーロー達に比べて黄と接触する機会は多い。
 その黄 宝鈴が積極的に話しかけてくれるのは正直に嬉しい。
 共に昼食を大学の食堂で取る際に、以前なら李 舜生がいなければ2人はほぼ沈黙して李 舜生の帰りを待ったリしていた。
 しかし最近は、2人きりになっても黄は笑顔で話しかけてくれるようになった。

 その変化を目の当たりにしたイワンは、近くに住む歳の離れた従兄妹の子を見ているような感覚を覚えている。


 出動時の犯人逮捕した後は決めポーズを欠かさないドラゴンキッドこと黄 宝鈴の近くにいるのは見切れ職人としては当然のこと。
 しかし最近では、大学内での唯一といってもいい友人である李 舜生から『未熟者の黄をよろしく頼みます』っと頼まれているから近くにいようとしている。
 明らかに到着が遅れるや、危険がないだろうと判断した時には、イワンは他のヒーローの元へと行っている。



「おーそだっ! ドラゴンキッド、体調の方は大丈夫か?」

 黄とイワンが楽しそうに話している所に、ワイルドタイガーこと鏑木虎徹が話しかけてくる。
 黄の初めての友達である鏑木楓の父親で、楓と遊んでいるときに腹痛に襲われたという話から虎徹は実の母親からアッシーに使われた。

 娘の友達にして同僚である黄 宝鈴を心配するのは親心に近いものがあるのか、それ以来2日に1度は聞いてくる。

 そんな何回目かの質問にも、黄は笑顔で答える。

「うん! この前はありがとう、タイガーさん」

「そうか、ならよかった。楓も心配してたしな。またウチのガキンチョとt遊んでやってくれや」
「うん!」

「そういや、ドラゴンキッドがトレーニング中にお喋りなんて珍しいな。

 あの手当てたまま撃つアレやんないの? てかアレどうなってんの?」

 虎徹は右腕を伸ばして拳を握る。そして、銃を撃った反動を再現するように腕を動かす。
 その動きは、黄が師匠の李 舜生こと黒に秘密に特訓している技である。

 その技とは中国拳法の極意、『発勁はっけい』である。
 地から練り上げた力を拳に収束させて相手の人体内部を破壊する技である。

「アレは……なんていうか、力を上手く相手に伝える技なんだ。ボクもちゃんと習った訳じゃないから上手く説明できないんだけど……

 っあ、これの事は師匠には秘密なんだ……お願い! 秘密にしてて」

 パンッと両手を合わせ、頭を下げる。
 虎徹やイワンからは顔は見せないが、合意の返事が来ることを祈るように目を瞑っているだろうことは2人は容易に想像出来た。

 2人は笑顔で了承の返事を黄に返す。
 返事を聞いた黄は、パァァっと花が咲いたような笑顔で顔を上げる。

 黄の笑顔を見た2人は、輝いているかと思えるほどの笑顔に一瞬見惚れてしまう。

 つい最近までは、トレーニング中は話さない。トレーニングが終われば李 舜生のお迎えと共に帰っていく。
 HERO TV関係のパーティーでは黙々と料理を平らげているばかりで、虎徹は割と本気で黄に友達がいるのかと心配していた。
 それが今となっては、年頃の女の子らしい笑顔や仕草を見せ初めている。

 子供の成長は早いねーっと微笑ましくなってくる。

「そういやさ、さっきのハッケ? ってのとかもそうだけど、体術すごいよな。

 逮捕の時は電撃がほとんどだけど……そのハッケ? っての以外にどんなことできんの?」

「うーん……他は割と皆と同じようなのだし……。

 っあ! 見ないでも攻撃避けれたりするよ」

 質問した虎徹は何かカンフーの技が見れるものと思っていたが、帰ってきたのはまさかの超人芸が出来るとの黄の返答であった。

 しかも、黄が返答するまでに必死に頭を悩ませていた……つまり、黄の中ではこの超人芸は当たり前のスキルだということだ。

 なんなら見せるよ? っと黄はタオルで目隠しを早くも作っていた。


 せっかくだし……っと虎徹は、黄が目隠しをしたのを確認してから、右拳を握る。

 そして、音を出さないようにソローリとパンチの射程圏に黄を収める。

 息を飲み、虎徹は黄が怪我をしない程度に手加減をしてパンチを黄のデコ目掛けて放つ。

 当たるかと思われた虎徹のパンチを、黄は見事に体をずらして避ける。

 見えていないのに、見えているかのようなタイミングで避けた黄に、虎徹とイワンは驚愕の表情を向ける。

 目隠しを取った黄はニヒヒっと少し頬を染めながら控え目にピースしている。


「すげぇな! どうやってるんの? ……まさかNEXT能力か?」

「ううん。えっとね、聴勁ちょうけいっていう技術で、相手や物の呼吸を感じるモノでね……

 ボクがここに来てからずっと師匠に叩き込まれたんだ。

 それに師匠はもっと凄いんだよ!!」

「ふぅん……あの李君がね……」

 黄の超人芸の説明には、興味津々な表情で聞いていた虎徹とイワン。
 だが、黄からその超人芸を教えたのが、あの優男を体現した李 舜生だと聞いた瞬間に、嘘くせぇな……っと表情が曇る。

 それを見た黄は、プゥゥっと頬を膨らませて不機嫌を全身で表す。

 黄も師匠の黒が自分とハヴォック達以外には、いつもニコニコの優男の李 舜生の仮面を被っているのは認識している。
 だから、虎徹やイワンの反応もわかる……わかるが、やはり面白くない。

 自分より圧倒的なまでに強い師匠を誤解されているのが、黄には耐え難いものがある。

 しかしそれを黒に抗議した事はあったが、黒は『気にするな』の一言で取り合おうともしなかった。
 黒にしてみれば、知られない方がいいのだ……黒の死神の事なんてものは。

「もぉー! 師匠はつよいの! 本当だよー!」

「あーハイハイ。わかったから落ち着けって」

 いつもなら不機嫌な顔をするだけで終わっていた黄が、今日はいつもよりも反応がデカイ。

 落ち着けと言っても、今日の黄は止まらない。
 キーキーっと抗議の声が大きくなる。


 そう、今日は黄と黒が出会って3年目の記念日。

 この日の為に黄は色々な『初めて』に挑戦してきた。
 保護者としていてくれる黒へのせめてものお礼として……





―――――――




TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


# 06 “ It is a moment that the block collapses. ―― 積み木が崩れるときは一瞬だ ―― ”


『死神の涙』編 D


作者;ハナズオウ





――――――――






 普段なら聞けない黄のキーキーとした講義の声を聞きつけてきたヒーロー達が、何があったのか?っと近寄ってくる。

「ちょっと黄、どうしたのよ?」

 まっ先に声をかけたのは、カリーナである。
 青色のTシャツに黒のハーフパンツを来た金髪の女子高生のカリーナ。
 この服装はカリーナがトレーニングセンターにてトレーニングするときの服装である。

 頬を膨らませて抗議の声を挙げている黄の肩に手を置きながら、事情を聞こうと話しかける。

「イワンさんとタイガーさんが……師匠はすごいのに。

 師匠はボクよりも強いって言ったのに、違うって……」

「っえ……あ、そう……ね」

 黄が黒と一緒にいる事が多いカリーナなら、分かってくれると思ったのか、期待の眼差し見ていた。
 しかし、返ってきた答えは、期待したものではなかった。

 カリーナは苦笑を洩らし、笑いを堪えるように顔がピクピクしている。
 どうみても、虎徹と同じ答えを声を出さずに示している。

 カリーナの答えに気づいた黄は、ショックにアングリし、カリーナから離れる。
 そして、敵でも見るかのような眼差しで、頬を膨らませる。

 あらら……っとカリーナは心の中で反省する。
 一週間前から黄は黒との記念日のために、プレゼントを買う、料理をするなどの“初めて”な事に挑戦し続けていた。
 その全てに付き合ってきたカリーナは、この日を自分達も祝ってあげようと今日一日準備していた。



 トレーニングルームの天井には紙吹雪が入ったくす玉を取り付けてあるし、小さいながらケーキも買ってある。
 だから黄にはご機嫌なままでサプライズしてあげたかったのに……。

 でもさっきの問いにはさすがに……。
 李さんはどこからどう見ても優男。
 カンフーマスターと言われてる黄と私も組手をやった事けど、まったく歯が立たなかった。
 それよりも強いと言われても、悪い冗談にしか聞こえない。

 抑えようとしても、苦笑は溢れちゃう。

 頬をいっぱいいっぱいに膨らませた黄は、カリーナと虎徹達を恨ましげに見ている。
 もう少しのきっかけでもあれば暴れてしまいそうなほどに、プルプルと震えている。

「まったくあんたらは……。能ある鷹は爪を隠すっていうでしょう? そんな頭っから否定しちゃダメよぉ」

 プルプルと震え、頬を膨らませている黄に優しく話しかけたのは、ヒーロー達の姐さんことファイヤーエンブレム、ネイサン・シーモアである。
 細身の黒人でピンクの髪を短髪に切りそろえ、ラインを入れている。
 そして、姐さんと言ったが女ではない。そう、オネエっといわれる存在だ。

 優しげな笑みで、怒っている黄を落ち着かせるように両肩に優しく手を置く。

 初めて違うリアクションを見せたネイサンに黄は少し怒りが収まる。

「そ・れ・に……大好きな人を悪く言われたら嫌よねぇン」

 っとネイサンに耳元で囁かれた黄は、膨らませていた頬の空気が一気に抜け、頬はりんごのように真っ赤に染まる。
 あわわわっと震え始めた黄と、やっぱりねぇ……っと笑顔になるネイサン。

「まぁ頑張りなさいな」

 ネイサンはウインクして、あわわわっとなっている黄をクルンっと反対を向かせる。

 顔を真っ赤に初めた黄の視界には、入口から入ってきている優男の李 舜生の仮面を被っている黒が映る。

 ほぅらぁ!っとネイサンがオネエ言葉と共に、黄の背中を押す。
 背を押された黄はネイサンをチラチラと見返しつつ、ゆっくりと李 舜生の元へと歩いていく。

 送り出したネイサンは、カリーナにアイコンタクトを送る。
 わかってるとビシッとした視線を返して、虎徹を連れて“あるもの”を取りにそそくさと出ていく。

 李 舜生の元へとたどり着いた黄は、いつもよりも強く李 舜生に抱きつく。
 つい先程までトレーニングルームで起こっていた事を知らない李 舜生はどうしたのか? っと困ったような笑顔を漏らす。

「今日はいつもよりも甘えん坊ですね……どうしたんですか?」
「んーん! プハッ……なんでもないよ。早く帰ろう!」

 ニコニコとした笑顔で李 舜生に抱きついている黄は、早く帰ろうと言う。
 いつも、李 舜生が迎えにきたらすぐに帰るのに、早く帰りたい一心で発言する。

 そうですね……っと答えた李 舜生を止める存在がいた。
 ネイサンである。
 ネイサンは妖艶な指使いで李 舜生の頬を摩る

 風邪でも引いたのかと思うほど寒気が李 舜生の背中を駆け抜ける。

「な……なんですか? シーモアさん」
「そんな急いで帰らないでいいじゃぁぁないのぉん。夜は長いわよぉ」

「は、はい」

 冷や汗とサブイボを出した李 舜生はネイサンの言う通り留まる事になった。
 黄 宝鈴がお世話になっている同僚であり、それ以上に本能的にも逆らえる気がしなかった。

「ちょっとアナタ、今日でドラゴンキッドと出会って三年目らしいじゃなぁい?」
「はい……そうですね」

「いつまでもドラゴンキッドを子供扱いしちゃぁダメぇよ。いつまでも子供ってわけじゃないんだからぁん」

「それは……はい。もう一緒にお風呂も入ってませんし……」

「あっ! 師匠それ言っちゃダメ!」

「っあ……、出会った当初ですよ? 鈴(りん)も色々とありまして」

 自分の発言が法的にも人的にも危うい発言だった事を発言してから気づいた李 舜生は、慌ててフォローを入れる。
 しかし、血縁者でないのに共に風呂に入っていたという発言はあまりにまずい。
 20歳を超えた青年と10歳程の少女……、公にすればお縄につくのも簡単である。

 黄も公にされるのは恥ずかしかったのか、顔を再び真っ赤にして李 舜生の口元を隠そうとしていた。


 黄の元に黒が現れた時、黄はNEXTの能力に目覚めたばかりで、暴走ばかりしていた。
 家族でさえも黄を遠ざけ、黄は傷ついた獣のように好戦的に荒れていた。
 それまで習っていた拳法家達も、NEXT能力を負荷させた黄を押さえ込めはしなかった。

 そんな時ゲートを抜けて現れた別の世界の人間である黒が、黄の前に現れた。
 当然、黒を見つけた黄は容赦なく能力を暴走させながら襲いかかった。

 抱えていた死体の銀を優しく地に寝かせた黒は、黄を相手どる。
 結果は言わずもがな、黒の圧勝。
 襲いかかってくる黄をコカし続け、体力が尽きた黄は眠りについた。

 目覚めた黄は、再戦するために黒を探し、銀を火葬している黒を見つけ、お互いの過去を話した。
 それ以来、黒に懐いた黄は、常に黒にベッタリして森の中で生活していた。

 食べ物は、親が用意したモノが決まった場所に決まった時間に置かれるようになっていた。
 黄は二人分を要求し、2人は黄の実家の森の中で食いつないでいた。

 黒は黄の能力を暴走しない程度に制御させる特訓を始めた。
 お互いの能力が電撃を扱う事なので、黒が被害に合うことは少ない。

 そうして日が過ぎた頃……いつものように湖で水浴びと洗濯を終えた黒は、黄があまりに獣臭い事に気づく。
 思い返してみれば、水浴びしている場面も、洗濯している場面も見たことないのを思い出す。

 見かねた黒は、黄に水浴びさせ、洗濯した。

 そんなエピソードがあって能力を制御した黄は、シュテルンビルトに送られてからはずっと一緒に入っていた。



 黄にとってみれば、普段は無口でクールな黒に甘えれる手段の一つだったのだが、今となっては知られたくない恥ずかしい過去である。

 お風呂発言を受けて、ネイサンとアントニオは、とんだ甘えん坊だな……などと黄をからかいつつカリーナ達が帰ってくる時間を稼ぐ。

 苦笑いする李 舜生と、顔を真っ赤に染めてごまかそうとする黄。
 トレーニングルームは、何時の間にかいつものように和やかな雰囲気になっていた。

 っと言っても、李と黄は問い詰められてはいるが……。


 そんな和やかな雰囲気なトレーニングルームに、ケーキを抱えて音も無く帰ってきたカリーナと虎徹。

 ケーキを取りに行く途中、黄が目隠しをして虎徹の攻撃を避けたというエピソードを聞いたカリーナはふっとした悪戯心が芽生える。
 黄はさきほど、自分よりも李 舜生のほうが凄いっと言っていた。
 つまり、李 舜生は後ろからの奇襲でも避けれるはずだ。

 っと、カリーナは小悪魔な笑顔を浮かべながら、音と気配を消しながら李 舜生の真後ろに忍び足で距離を縮める。

 そして息を飲んで、『えい!』っと全力の右ストレートを李 舜生の後頭部目掛けて撃ち込む。


 ――ゴンッ!!


 っと、見事にカリーナの右ストレートは李 舜生の後頭部に直撃した。
 ちょっと期待したのに……っとカリーナは少し期待はずれに溜息をつく。

「いたっ……何するんですか? カリーナさん」

 攻撃を受けた後頭部をさすりながら発言し、李 舜生は視線を向ける。

「ごめんごめん……黄が李さんすごいって言うから確かめたくなっちゃって」

 テヘっと小さく舌を出しウインクして謝るカリーナ。

 それを見た一同は、やっぱりただの優男の李君だな。っと笑う。
 またそれで黄の頬がプクっと膨れたが、李 舜生が黄の頭に優しくポンっと手を置く。

 黄はプクっと膨らませた頬をしぼませて、少し不機嫌な顔で少し恨めしそうに李 舜生に訴えかける。
 黄の恨めしそうな訴えかけを受け流しつつ、李 舜生はポンポンと頭をタッチする。

 気にするな……っと言葉にせずに黄に暗に伝える。

「それはそうと、黄と出会って3年目なんでしょう。

 ――それでさ、私達もちょっとなんだけど、祝おうって思ってさ」

 カリーナは、笑顔のまま天井から垂れている紐を勢い良く引く。

「黄、李さん……おめでとう!」

 カリーナの祝いの言葉に踊るように、くす玉が割れる。

 黄は初めて生で見るくす玉から落ちてくる紙吹雪を見ようと、笑顔で見上げる。

 しかし、落ちてきたのは紙吹雪だけではない。

 黒い封筒が大量に落ちてくる。


 ――それは、パンドラの箱から出てきたモノ。災厄をもたらすモノ。




――――――――





 トレーニングルームに大量に落ちてきた黒い封筒は程なくして地面に散らばった。
 予期せぬ出来事に、少し動揺しながら一同はその封筒を手に取り、中身を開ける。
 中に入っていたのは数枚の写真。

「なんだ……これ」

 ヒーロー全員がほぼ同時に同じ言葉を紡ぎ、信じられないと出てきた写真を凝視し続ける。

 そこに写し出されていたモノは信じられない光景だった。
 いつもニコニコとした優男のはずの李 舜生が、三白眼で冷たい表情で何かと戦っている光景が写されている。
 『冷酷』……その言葉が似合いそうなほどに、どこかの戦闘兵器とでも間違いそうな無表情。
 そんな冷酷な表情の李 舜生が人を殺しているのだ。
 無数の死体の上に立ち、二股のナイフを手にもつ李 舜生がいる。


 黄を除くヒーロー達全員が李 舜生と写真の人物が同一人物と思うとともに、あまりにイメージと違いすぎて信じる事ができないでいる。

 ただ1人信じられる、いや……納得できる人物は大きく息を飲む。


 ――カリーナ・ライルは、写真と李 舜生を見比べるようにチラチラと視線を移している。

 以前街中で出会ったときに、この写真に近い表情を見たことがあるカリーナは、自分でも恐ろしくなるほど冷静に思考が回る。

 この写真に写っている人物は間違いなく李 舜生なのだ。
 バーでのイザコザで無様に逃げるしか出来なかった優男の李 舜生は、私達を偽るモノだったのかも……と。

「李さん……これ本当なの?」

 写真に写された光景を信じられない一同の中で唯一冷静な思考を持ったカリーナは、ポツリと言葉を発する。

 李 舜生自身も信じられない……っと目を見開き、写真を凝視し続けていた。

 小さな祝いの席で和やかに進むはずだったサプライズは一瞬にして疑念の場となったのだ。

 その中で、黄だけはワナワナと震え、呼吸が浅くなっており、言葉を発っしようと口を動かし呼吸を整えていた。

 黒がこの世界の人間でない事。黒が大量に人を殺してきた事。
 黒がこの世界に来るまでの出来事を知る黄には、この写真に写っているのは紛れもない事実だということがわかる。


 なぜこの世界とは違う世界の出来事が写真になっているのか。なぜ天井から降ってきたのか……。

 黄にはわからないが、1つだけ分かったことがある。

 李 舜生の仮面を被ると決めた黒が、唯一懸念していた事。
 隠していた黒の死神の姿を知られる時が来てしまったのだ。

 しかし、あまりに突然の出来事に心の準備など出来ようはずも無く、黄は必死に平静を取り戻そうとするが、混乱が解けることはない。

「ち……違うんだ! 違う……これは違う………! 違うんだ」

「何が違うって言うんだ……? ドラゴンキッド。
 これは間違いなく李君じゃねのかよ……!?」

「違う……師匠は殺してない! 殺してないんだ! 違う……」

 黒を必死に庇おうとする黄は、どう切り返していいかもわからずただ、『違う』と言い続け、その目には大粒の涙が溜まっている。
 器用な嘘もつけずただただ否定の言葉だけを紡ぐ黄……その姿がばらまかれた写真の真偽を示しているようにも取れてしまう。

 ――その写真は真実で、李 舜生は人殺しだと。

 黄に話しかけた事で動揺が少し溶け始めた虎徹は、未だ黙って写真を凝視し続ける李 舜生へと視線を向けて、嘘だと言ってくれといわんばかりの視線を投げかける。

「何黙ってんだよ李君……嘘だよな? こんな写真」
「…………」

「黙ってちゃわかんねーじゃんか……嘘だって言えよ、李君! そうすれば皆信じんだからよ!!」



「……言ってやればいいじゃん、自分は殺人鬼だってさ。『李 舜生』なんてくだらない仮面、脱ぎ捨てちゃえよ。

 ――BK-201、黒の死神」



 李 舜生は虎徹の質問に沈黙していた。
 それに耐え切れず、半ば叫ぶように声を発した虎徹の問いに答えたのは、ヒーロー達の誰でもない。
 もちろん、李 舜生でもない。

 聞き覚えのない少女の感情が篭っていない声。

 トレーニングルームにいた人物全員がその聞き覚えのない声の主を探し、視線をあっちこっちへと動かす。

 全員があっちへこっちへ動かしていた視線は、一点に集中する。

 ――トレーニングルームの入口の前に立っている少女へと。


 何時の間にか、トレーニングルームへと入ってきた赤い髪の少女は、傍らにつば付き帽子を目深に被った金髪の少年が並んでいた。

 ショートカットの赤毛に後ろだけ腰まで伸びた髪を三編みにしている。
 黒のロングTシャツに胸元に大きな琥珀色のルーペ状のペンダントをつけ、紺のヒラヒラスカート、黒のタイツに身を包んだ少女の瞳に感情は乗っていない。
 その手にはグロック34と呼ばれる全長20cm程度の銃を持つ手を後ろに隠している。

 少女の名は蘇芳・パブリチェンコ。
 黒が前の世界にて死別した少女だ。

 ゲートのあった世界で、軍などから追われる立場になった黒と蘇芳は、共に逃げていた。
 その途上で黒は、蘇芳が死なないように最低限の戦闘技術を教えた。

 そういう意味では蘇芳は、黄にとって姉弟子にあたる。


 『誰だ?』という視線をヒーロー全員が送っている中、『なぜいる?』っと信じられないという視線を李 舜生が送っている。

 それもそのはずである。
 そでに死んだはずの存在である蘇芳が目の前に立っているのだ。

 蘇芳の魂を肉体から抜いた“イザナミ”となったかつての黒のパートナー銀は、『魂は弓張り月に送った』っと言っていた。

 “弓張り月”というのは、未来の記憶を得た者が書かれた予言書三鷹文書に書かれたモノである。
 それはイザナミと呼ばれる契約者が生み出したコピーされた地球の事である。

 それを聞いた黒は、安心して世界を去れた……はずだった。

 その新しい地球に送られたはずの蘇芳が目の前に……。

 なぜ……だ?


「す……おう?」

 突然の蘇芳の登場に一同は固まっているが、黒は思考が回りきらずに言葉を紡ぐ。


 突然降ってきた黒い封筒と、信じられない光景を写した写真。
 そして、狙ったようなタイミングで登場した写真の事を知っていそうな発言をした蘇芳の登場。

 困惑する一同と混乱して動けない黒を無視して、蘇芳はジュライと共に入口からトコトコとゆっくりと歩いてくる。

「何をそんな顔してるんだよ。全部本当だろう? ボクのパパだって殺したんだからさ」

 黒との距離を約5mになった時、流れるような動作で体の後ろに隠していた銃を黒の眉間に照準を向ける。
 そして、微塵も躊躇せず引き金を引く。




 銃声はまるで劇の幕が開く合図であるかのように、トレーニングルームに鳴り響く。

 こうして李 舜生最後の一週間が始まる。






――――――――





......TO BE CONTINUED






■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 どうもハナズオウです。

 今回は定期更新の第6話を投稿します。
 今回はようやく話が急加速するお話が出せました。
 っというよりも『死神の涙』編でやりたかった話に入れました!

 今回は蘇芳がついに黒と対面しました。そして、正体がバレちゃいました!っというお話でした!

 話は予定はありますが『死神の涙』編の半分にもまだ達せていません。
 というよりも、書いていると思っていたよりも容量が必要になってしまって、今回は急遽分割してお送りしております。
 後半の方はまた再来週の定期更新にて発表させていただく予定です。


 そして、読者の皆様にお知らせというか、謝罪というか……投稿ペースなのですが、一応は以前から決めている2週間に一度というペースで投稿するつもりでいます。しかし、学業とバイトなどのプライベートなどの予定が忙しくなりそうで、もしかしたら一週遅くなったりするかもしれません。
 10月に入るまでは予定が詰まって詰まって。

 とにかく頑張っていくつもりです!


 今回も3件もの感想をいただき、軽く小躍りかましちゃいましたよーw
 外伝のいつもよりも小さな容量のお話にいただき嬉しいです。
 ありがとうございます。

 ご指摘も気軽に感想に書いてくだされば嬉しいです!

  ここよりも前回の話に頂いた感想へのコメント返しとなります。

 >黒い鳩 さん

 いつも感想ありがとうございます。
 お褒めいただきありがとうございます!

 黒を追い詰める材料が遂に揃い終えようとしています。
 これからドンドンと回収していくつもりです!

 銀は既に肉体がなくなってしまっているので、まぁないかなっと思います。
 アンバーに関してはどうなるかはラストを楽しみにしてください!
 放ったらかしにはしませんw
 もちろん、蘇芳もですw


  >夕餉 さん

 いつも感想ありがとうございます!
 今回も最後は暗めの話となりましたw
 味方だった者が敵になる、単純ですがこれが何気に辛いですからね……。 

 ただ私はバッドエンドはあまり好きではないので、なるべくそうならないようにしようと思っています。どうなるかはわかりませんがw


  >13 さん

 いつも感想ありがとうございます。
 アンバーの能力は本当にすごいですよね! なによりも対価との相性というか対価で支払わなければならない大家の恩恵が凄すぎますね!


  短いですが、以上でコメント返しとさせていただきます!
 ではまた、次回のあとがきでお会いしましょう!
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