ザルトヴァール帝国それは、大陸北東部にある広大な領土を持つ国である。
ただし、ザルトヴァール帝国は国土に比して凍土が多く、山岳部も多いため、農耕に適した土地が少ない。
領土そのものの広さもあり、住む人の数が多い事が逆に帝国の首を絞めているとも言える。
実際問題、死亡率も高いが出生率も高いため、人口比は保たれている。
そのせいもあって、逆にその食糧事情の悪さが目立つ事となり、政府も頭を痛めている。
更に、百年ほど前から魔王領の領主が代替わりし、戦争状態へ、元々不足していた食糧事情が更に悪化し始めた。
そこで考えたのが、魔王領への進攻であり、魔物や魔族からの略奪行為である。
元々相手は人ではない、人同士の戦争ではしり込みする人もいたが、魔物相手という事で議会を通った。
結果、魔王領への進攻をプロパガンタとすることで、国民の支持を取り付ける事は難しくなかったからだ。
元々、魔物に苦しめられる事が多かっただけに、万民の拍手で迎えられることとなった。
それ以後、30年魔王領への進攻を続けている。
実際の所、魔王領から切り取った領地はせいぜいザルトヴァールの国土から比して1割程度。
とはいえ、切り取った当初は肥沃な大地であったため、帝国にかなりの利益をもたらしてくれた。
特に大きな川であった、アドロス川まで押し込んだため、国境線の維持も余り大きな労力を必要としなくなった。
だが、数年で得られた幸運を、そのまま維持するだけでは帝国も国民もまた貧困に戻ってしまう。
せいぜい、ほんの少し景気が上向いた程度なのだ。
その後も小競り合いは続いていたものの、本格進攻を続けるには、魅力がない。
魔王領とて全てが実りある大地ではないし、そういう場所が離れているため、攻め込むメリットが少ない。
そもそも、南下しようとすれば大陸中央部の大国である、メセドナ共和国とぶつかるのだ。
そのため、最初の数年を除き、帝国は積極的領土拡大政策は取らず防衛に専念してきた。
だがそれも、景気の悪化を招く結果となっており、貴族のごり押しにより領土拡大政策を実施仕様と言う動きも多い。
ただそれでは帝国も利益が薄い事は分かりきっているため、メセドナへのアプローチを開始した貴族達もいた。
そう、今回の軍事演習もそれらの考えを元に行われたものなのだ。
「それで? お前の劇団は一体何をしているんだ?」
「もちろん、劇団がする事は劇ですよ。私にとっての……ですがね」
「全く、気味の悪い奴だな、有能じゃなければ排除しているんだが……」
「面と向かってそうおっしゃられる、貴方だから信頼してお話を持ってきたのですよ。
黒金騎士団団長バルフォルト・ギーヤ・メイソン閣下」
「おべっかなんぞ使っても、お前が結果を出さなければどうなるかは分かっているだろうな?」
「もちろん、分かっておりますとも」
演習場と定めた、国境近辺の山岳地帯で、天幕を張った山頂付近には、
おおよそ3000の軍勢と共に、遠征部隊の将軍とも言える、黒金騎士団団長が立っていた。
今回動かした兵員は一万と二千、戦略上ではほぼ勝利が決まっている。
だが、国民や他国を納得させる理由が無ければ、流石に人間の国同士での戦争をするわけにはいかない。
彼ら黒金騎士団は魔族を討伐していたからこそ、国民の、ひいては外国の支持を受けていたのだ。
近衛兵である、白銀騎士団や、馬も持てない貧乏貴族が主体の青銅騎士団、
傭兵を常時兵力とするため作られた灰鉄騎士団らと比較しても、
黒金騎士団はもっとも国民の支持が高く、また、皇帝ヴァン4世の信任も厚い。
だが、問題が残る。
勇者のパーティが魔王を倒したと言う話の中に、元青銅騎士団の戦士がいたと言う事が問題だった。
勇者のパーティはその後解散し、その剣士は招かれて青銅騎士団の団長となった。
それだけでも、色々と問題があったのだが、更なる問題は青銅騎士団が団長となった戦士
”カール・ソルド・オライオン”この男は、いつの間にか皇女殿下に気に入られてしまったらしい。
バルフォルトとしては、面白くない事ばかりである。
ただでさえ、黒金騎士団はどの騎士団より強力な力を持つという自負がある。
それに、彼は元々中央貴族の出身だった事もあり、青銅騎士団を構成する食い詰め騎士達と同じだと思いたくない。
ただ、質はともかく量は確かに青銅騎士団のほうが多い、警察の代わりをしているのも青銅騎士団だ。
白銀は防御、黒金が攻撃、青銅が治安、灰鉄は戦力が必要なとき傭兵を一時的に騎士にすることも多い。
おおよそこれまではそれが揺るぐ事は無かった。
しかし、今は違う、青銅騎士団に人気が出てきて更に皇女様までが足を運ぶ事があるという。
黒金騎士団としては、それを看過する事は出来ない、理由はいくつかある。
権威の変動が起こる可能性が高い事、そして、黒金騎士団が今後立場を悪くする事。
何せ本来敵対するのは黒金騎士団の仕事、それが青銅騎士団あがりに魔王を倒されてしまった。
つまり、黒金騎士団の立場はこれまで魔族との対峙を続けてきたからこそ一番高かった。
だが、それがたった一人の男によって覆ってしまった。
当然これまで権威を振りかざしてきた分、黒金騎士団の立場は悪い。
騎士団の立場を復権する方法は唯一つ。
国民だけではない、貴族や皇帝、全てが望む景気の復興をなす事だ。
毎年餓死者が出る北部域を何とかするためにも、経済力は欠かせない。
そこで考えたのが、今回の作戦である”演習中に国際指名手配犯を発見、捕縛しようとするも逃げ込まれ、
犯罪者を匿った都市ごと捕らえる”というもの。
元々宗教上の理由から諸外国との軋轢が多いメセドナ共和国なので、
一度そういう方向性が決まってしまえば後はたやすく落とせる。
メセドナ共和国をザルト・ヴァール帝国、アルテリア王国、ラリア公国の3国で分割統治することも可能だろう。
そうなれば、救国どころか世界的英雄となる。
もっともバルフォルドとてそこまで上手くいくとは考えていない。
だが、特別自治区の中心都市ムハーマディラ、
ここだけでも落とす事が出来ればその経済効果は計り知れない。
それに、ムハーマディラは魔族との貿易における最大の拠点接でもある。
それを潰したとなれば世界的にも高評価を得られるだろう。
「国際指名手配犯は見つかったのか?」
「はい、特別自治区内には既に3名確認されています。
しかし、所在が明らかなものは一人だけですな」
「ほう、その者はいまどこにいると?」
「奇縁と言うべきか、丁度山を2つほど越えた場所のようですね」
「丁度国境線から少しの所か……上手く話が転がってくれたようで何よりだな」
「ですが、私の部下は捕らえる事は出来ませんでした。逃げられればかなり不味い事になりますよ?」
「フンッ、お前のように仮面で顔を隠したうつけものは大人しく情報収集だけしておけばいい。
それで、その情報は何時間前の事だ?」
「2時間前ほどですな」
「ならば逃がすこともなかろう、全軍に通達!
国境付近で国政指名手配犯を発見! 我らは国際指名手配犯を追い、山岳を南下するとな!」
今回の作戦の舞台背景には、権力構造の溝があるといってもいい。
つまりは、彼らとて、今まで全力でやってきたのだと言う事を示したいと言う事もあった。
この作戦は国益にも叶うものであると信じていたし、実際成功すればそうなるだろう。
しかし、同時にこの作戦がどのくらいの危険をはらんでいるのか、バルフォルトにはまだわかっていなかった。
それに対し、シルクハットを被り、仮面をつけて半分顔を隠した男はニヤリと笑いの顔を作る。
劇団と呼ばれる秘密結社のマスターである彼は、表向き彼らに協力してはいるが、雇い主は別にいる。
バルフォルトは彼をある貴族から紹介された、もっともそれさえも……。
そして、進軍を開始した黒金騎士団を中心とした一万二千を見届けると、
彼は音も立てず、気配もしないまま姿を消す。まるで、そう、元から誰もいなかったかのように……、
「ミシロ、アブナイ」
「いーのいーの! 今ちょっと調べ物をしてるから」
いろいろあって、帝都ザールスブルグまでやってくる事になった私は今図書館に入り浸っている。
巡回医師の免状のお陰で関所を抜けるのは難しくないけど、この国は寒すぎる。
お陰で何度大雪や吹雪で足を止められた事か、
ローカッスルからザールスブルグまで一年という時間を費やしてしまった事から考えていただきたい。
お陰で、土の精霊魔法はそこそこ使えるようになったんだけど。
そうそう、私の名前は尼塚御白(あまづか・みしろ)、元の世界では教師の卵みたいな事してました。
高校時期にはテニスでインターハイとかもいったけど、プロになるほどには実力がなかったし、
教えるっていう事が結構好きだって気がついたから。
だけど、この世界に飛ばされて一年、正直私は一体何をしているの?
と思わなくも無い、元の世界に帰る方法はさっぱりだし、魔法とか覚えて既にこの世界にどっぷりだし。
「ふぅ……」
「ダイジョウブ? ミシロ」
「ええ、ディロンもありがとうね、梯子支えてもらって」
「モンダイナイ、ワタシ、ミシロノゴエイ」
「うん、それでもうれしいの」
ディロンさんは、ローカッスルから私の護衛として付いてきてくれている巨人族の女性。
巨人族っていっても、北方系だからやっぱり見た目は白人系で、髪も肌もとても白い、瞳は青に近い緑色。
ちょっと筋肉質だけど、女性としてのラインも十分保っている。
元の世界にいた、身長だけ高い人たちと比べてもバランスは比較にならない。
けど、3m20cmという巨人の体は女性としてはうらやましいとも思いにくいけど。
「ソレニシテモ・モジハ、イツノマニ?」
「まあ読めるようになったのは最近だけど、かなり前から字の練習はしてたよ」
「ミシロ、スゴイ」
「私はちょっと頑張り屋なだけよ、本当に凄い人は私なんて比べ物にならないもの」
ディロンは疑問符を頭に浮かべてひたすら考えていたけど、
私の幼馴染たちの事を彼女は知らないのだから当然の事情だと思う。
だけど、あの強烈な個性の中で揉まれたらきっと、私の気持ちは分かってくれるんじゃないかな。
「これと……、それからこれね。じゃあ降りるから」
「ワカッタ」
そんな感じで、一日図書館に篭りがちな生活を暫くは続けている。
おかげで、この世界については色々とわかったこともある。
特に、石神がこの世界で既に有名人なのは間違いないと思う。
でも、問題なのはザルトヴァール帝国にとって仮想敵国に位置づけられるメセドナ共和国にいると言う事。
お隣と言えば、南隣にいるわけでお隣なわけだけど。
その距離は永遠と思えるほど遠い。
とはいっても、無事でいる事がわかっただけでも行幸と言うものだろうとは思うけど。
そしてもう一人恐らく間違いないだろうと思われるのが聖女の噂。
降臨した時期が私がこの世界に来た日とぴたりと一致し、神の歌声を持つなんていわれたら。
りのっちこと、綾島梨乃(あやじま・りの)を想像せずにはいられないだろう。
予想通り幼馴染達もこの世界にやってきているようだ。
「しかし、皆も一体何をしてるんだか……これじゃ、一人真面目にやってる私がバカみたいよね……」
「ソンナコトハナイ」
「ええ、そんな事はないわよね、皆それぞれの理由で頑張ってるんだと思う」
そうして、図書館でいろいろ蔵書をあさり、
現在の情勢と召喚魔法について調べた私は、宿に帰ることにした。
先ほども言った様に私は巡回医師として各地を渡り歩いている。
回復魔法を覚えるまでは、色々と大変だった、薬草の薬効については粗方教えてもらっていたけど。
回復魔法が使えるものだと相手は思っているものだから、
何度か儀式を行って使える魔法を増やし、色々な応用力をつけた。
ようやく半年ほどでそれほど巡回医師としておかしくない、
(ザルトヴァール帝国における巡回医師は開業医の弟子がなるものらしい、
それを終えて初めて開業することが出来るようになるとか)
医師の卵に見える程度の能力は手に入れる事が出来た。
だけど、肝心の帰り方については全く分かっていないのが現状。
「それにしても、騒がしいわね。祭りでもしれるのかしら?」
帝都ザールズブルグに入ってから数日、常に感じていたのはその事。
なんていうか、浮き足立っているっていうか、皆何かを期待してる?
宿屋に帰ったら聞いてみよう、そんな事を考えていたとき。
ドスンと何かが私にぶつかった。
「失礼、少し考え事をしていたもので」
「あら、私も同じだったんですよ。奇遇ですね」
「ふふ、面白い事を言うお方だ。どちらへ行かれるので?」
「私は図書館から宿に戻る所です。帝都に来たのも、帝国図書館を見たかったからなんですよ」
「なるほど、確かにあの蔵書量は帝国随一ですからな。私等は苦手なのであまり入りたくはありませんが」
「まあ」
珍しい事に、向こうの人も特にこちらに悪意を持つことなくぶつかった事を謝罪してくれた。
見たところ、鎧と青い羽根の紋章から青銅騎士団の人だと分かる。
黒い羽根なら黒金騎士団、白い羽根なら白銀騎士団、灰色の羽根なら灰鉄騎士団とそれぞれ羽根の色で区別できる。
もっとも、鎧も同じように塗装していることが多いので羽根を見るまでも無く分かるんだけど。
「ドウカシタノカ?」
「おや、巨人族の女性の方ですか。これは珍しい。帝都にはあまり来ないですからな」
「ワタシハ、ミシロノゴエイ」
「ふむ、失礼ですがミシロさんとおっしゃられるので?」
「ええ、私はミシロ・アマヅカといいます」
最近は面倒なので、尼塚御白(あまづか・みしろ)というよりミシロ・アマヅカでとおしている。
その度に姓名逆に判断されるくらいなら、親しくなった人だけでいいかなと考えているから。
目の前の人は実直そうな顔をしているものの、見た目通りならかなり強い騎士様だろう。
あまり目に付くと後で面倒なことに巻き込まれかねない。
「おっと、人に名を聞く前に自分から名乗るのが礼儀であるのに、大変失礼を。
私の名はカール・ソルド・オライオン、最近青銅騎士団に復帰したばかりの外れ者の騎士です」
「そうなんですか、カールさん……どこかで聞いた気がしますね」
「よくある名前ですので、さて、私も巡回中でしたので、またいずれお会いできるといいですな」
「はあ、そのときはまたよろしくお願いします」
「ええ! 帝都の旨い店を紹介しますよ」
「あはは……」
ナンパ……されたのかな?
この世界に来てから恋愛ごととはご無沙汰だからわからないや。
だいたい、色々していた化粧だって、化粧品そのものが貴重品だから半ば諦めてるもん。
やば……涙が出そう、だってこの世界、生活関係が軒並み産業革命前なものだから色々不足してて困る。
肌にしみとか出来てないかなー、雪焼けは染みの元になるっていうし……。
あーもう、鬱になっちゃいそうだから、早めに宿に戻ろう。
私が彼に抱いた印象はせいぜいがその程度。
総合的にはちょっとうっとおしい人だなと思った。
恋愛ものとかだとこういう愛の始まり方もあるんだけど、残念な事に、私には好きな人がいる。
正直そう言う事を考えてしまうのは不安が大きいからかもしれないけど。
「ねぇ、ディロン、宿の方辛くない?」
「モンダイナイ」
「もしあるようなら言ってね、奮発していい部屋取ってもいいんだから」
「ヒツヨウナイ、ワタシハゴエイ、トオクハナレテハイミガナイ」
「そう、ありがとう」
ディロンは、私が裏庭に面した部屋を取ると、その近くでテントを張った。
巨人族用の部屋というのもないではないんだけど、かなり高い上に別棟になるので遠いのだ。
そんなに気にしなくても、街中で、それも宿屋で襲われる事なんてそうないと思うけど。
巨人族は基本的に真面目な気質なのかもしれないわね。
そして、宿に戻って一息つき、食事に降りてきた時。
私は仰天するはめになった。
帝国領南部国境より少し外れた所、俺達はようやく街道に近い場所まで出てきていた。
街道で発見されてそのまま逃げると言うのも考えたが2つの意味で不味い。
一つは、ここで発見されてもあまりたいした騒ぎにはならない事、そして、ただ出ただけでは情報ごと握りつぶされかねない。
俺達は、少なくとも帝国の上層部に、ここにいる事を知らせる必要があると言う事だ。
「厄介といえば厄介じゃのう」
「まあなるようになるしかないのでは?」
「いやまあ、それなりの作戦は立てたい。幸いまだ時間はあるだろう?」
「そうですね、半日もあれば伝令は届くでしょうが……」
「となると、今日一日か、帝都は近いのか?」
「はい、南部国境から半日程度のところにあります、この国では南側のほうが住みやすいので」
「なるほどのー、そういえば少し肌寒いの」
ヴィリが言っている事は全く信用ならないが、何せさっきかなりの高山を抜けた所だ。
正直、自分が普通の人間だったら遭難していた。
人間の間に鍛えていた事、魔族の力の底上げ、フィリナの防寒魔法のお陰でさほど問題はなかったものの、
こことは比べ物にならないほどに寒かったのだ。
「ならばやはり、帝都に向かうとしよう。
そこまでに見つかっても追いまわされるだけ損だから、こっそりと急いでな」
「なんだか、泥棒にでもなった気分ですね」
「ヴィリちゃんは楽しいぞ! 怪盗ヴィリちゃん参上! なんての!」
「はいはい……」
「なんじゃそのおざなりな対応は!」
「そんな事より急ぎますよ」
「そんな事とはなんじゃ! 折角ヴィリちゃんがじゃな!」
「ありがとうヴィリ、でも本当にいいのか?
勇者のパーティが国際指名手配に自分からなろうなんて……」
「なあに、楽しい旅を期待しておるぞ!」
そのほほ笑みは、今の俺にとってはありがたいが、彼女の行動理念は未だに理解できない。
フィリナもまだ警戒を説いた様子はない、つまり無防備になっていい相手ではないという事だろう。
だが出来れば信用したい、そう思わせるだけの魅力を彼女は持っていた。
「ともあれ、街道に直接出ていく訳にもいかない、道が見える範囲をひたすら進んでいくしかないだろう」
「山あり谷ありあるじゃろうが、体力馬鹿が揃っておる事じゃし問題ないじゃろ」
「体力馬鹿とはなんですか、パーティでは繊細さが売りだったんですよ私は」
「何を言う! 繊細さではヴィリちゃんの上に立つ者はいないのじゃ!」
「ヴィリが繊細なら、私は針のように繊細です」
「ヴィリちゃんは絹糸じゃ!」
「なら、私はカーボンナノチューブですね」
「ぬぬぬ?」
「単分子結晶と言っても分かりませんか、そこまでは知識を覘けなかったようですね」
本当に、救われるな……。
本人らがどう意識しているかは別にして……(汗)
そんなふうに移動を続けるうちに夜になる。
帝都入りはむしろ夜のほうが好都合ではある。
それから半日ほど、特に問題もなく俺達は帝都入りを果たしていた。
帝都というからどういうものかと思っていたが、巨大な城郭都市というイメージが近いだろうか。
他の国の大都市と比べて質実剛健なイメージがある、簡単に言えばごつい建物が多い。
その理由は戦争が多い等の理由ではなく、単に防寒対策らしいのだが。
雪とか積もると、下手な家では支柱からボキリと行く事もあるらしく、ともかく、ごつい建築になりがちなようだ。
「さて、情報収集といえばやはり酒場かね?」
「寒い地域ですし、他よりも酒場の重要性は高いでしょうね。
ただ、家で飲む人も多いので、人はさほど多くないかもしれません」
「しかし、ざるじゃの、帝都の警備は、まさか番兵に呼び止められないとは思わんかった」
いや、恐らくそう言う事じゃない。
警備兵が純粋に少ないのが原因だろう。
帝都の警備兵が少ないのが普通なのか、それとも何かが原因で減っているのか。
俺としては後者の可能性が高いと思う。
「原因はやはり、メセドナ侵攻のせいか?」
「この様子。恐らくそれだけではないでしょう」
「それだけではない?」
「ええ、帝都内部にはいって分かりましたが、騒がしさが増しています。
もう深夜にもなろうというこの時間、エネルギーの無駄を避けるため、帝都では早めの眠りにつくのが普通です」
「それはつまり……」
「帝都内部で何らかの事件が起こっているという事でしょう」
事件、なるほど確かに、帝都内に入ってから兵士たちがうろうろしている理由はそれか。
しかも、俺達を見つけてはじろじろ見ていく。
だが、俺達が国際指名手配だという事は分からない様子でそのまま通り過ぎていくばかりだ。
まあ、あの似顔絵から俺達を想像するのは無理に近いが……。
「なるほど事件か、事件ねぇ……」
「まさか……」
「利用できるかどうかは、情報の収集をしてから考えるとしよう」
「ヴィリちゃんも賛成!」
「もう、調子のいい事ばかりを言っていますが、余計なリスクを背負う事になりますよ?」
「それでも悪い事ばかりじゃないさ」
俺はそう言ってフィリナを説得し、酒場を渡り歩く事にした。
実際、情報を集めるのはさほど難しいものではなかった。
皇帝の娘、ネストリ・アルア・イシュナーンの失踪事件のせいらしかった。
その割には帝都が喧騒に包まれるという程ではないのが不思議ではあったが、
聞く限りこのネストリ皇女が疾走するのはこれが初めてではないらしい。
そして、誘拐何かが出来るような人物でもないとか。
酒場の人達の話を聞く限り、皇女はいわゆる超人らしかった。
身体能力が常人とは思えないほど高く、僅か4歳にして既に筋骨隆々の騎士達を鎧ごと投げ飛ばすらしい。
なんというか、イメージのわかない事甚だしい。
まあ、誘拐なんかする気はないが、そんな事をすれば後々帝国軍と和解する事は不可能になる。
「分かっていると思うけど、誘拐なんかして……?」
「どうかしましたか? マスター?」
「いや、ヴィリがいないんだが……」
「その、彼女は宿を決めたとたん、ご不浄を……」
「そうか」
俺をからかう時は下ネタ全開の彼女だが、人前ではやはり気になるらしい。
ともあれ、ヴィリがトイレにいるというなら、多分安心だろうな。
というか、うん、そう思いたいだけなんだが……。
「しかしまあ、山越えで疲れたし、今日はいいもの食べようか」
「確かに、山頂で取った薬草がそこそこの値で捌けましたからね」
ウエイトレスに肉類を頼み、スープや飲み物、野菜も付けて頼んだ。
とはいえ、野菜は少し値が張るようで、そこそこ以上は難しかったが。
そうして、ヴィリには申し訳ないものの、俺達は先に食事にありついた訳だが。
突然、店内で騒ぎが持ち上がった。
「何を言ってるのよ!
カール様は貴方みたいな田舎者が話して言い方じゃないのよ!!」
「知らないわよ、だいたい突然来たと思ったら、そんなどうでもいい事で怒って。
あんたこそ一体何者?」
「決まってるでしょ、カール様親衛隊の者よ!」
「個人、それも騎士の人に親衛隊?」
「いい? 金輪際カール様の近くには近寄らないことね!」
なるほど、あれは同じものだ、てらちんの持っていたハーレムと。
ただ、違いがあるとすれば、てらちんのハーレムは凄い美人ばかりが集まり、その上みんなてらちんにはべっていたが、
これはファンクラブに近いのだろう、近くに行ける人間を制限している。
それに対して、相手の女性は戸惑いつつも本気でどうでもよさそうだ。
その気がないのは間違いないだろう。
このまま、ファンクラブの女性達が帰ってくれればいいが……って、え?
「もしかして……みーちゃんなのか?」
「え……まろ?」
互いに、互いの事を認識した瞬間。
まるでフリーズしたように固まった。
この世界に来てから今まで、考えてみれば正面から幼馴染達を顔を合わせた事がない。
彼女が初めてこの世界で俺と言葉を交わした幼馴染という事になる。
心のどこかで、そう冷静に考えつつも、しかし、目元からはとめどなく涙があふれて来ていた。
そのせいで視界が歪んではっきり見る事が出来ない、しかし、相手もそれは同じようで瞳を赤くしていた。
そう、こちんとした形での幼馴染との再会、いろいろ問題は残るが、俺はようやくそれを果たしたのだった。