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黒の異邦人は龍の保護者 # 08 “tears for god of death's eyes ―― 死神の目にも涙 ―― ” 『死神の涙』編 F
作者:ハナズオウ   2011/08/20(土) 00:55公開   ID:CfeceSS.6PE




「ねぇ猫ちゃん。どうやっても手に入らないモノがあったらどうする?」

 無邪気な少女の声で問いかけてきたアンバーに俺、黒猫のマオは首を傾げながら見上げる。

 シュテルンビルトの街中にある公園のベンチに腰掛けるアンバーの膝の上に俺は乗っている。
 内面はどうあれ、おんなの膝の上に座れるってのはイイものだ。

 人間の肉体を失った俺への唯一のご褒美といっていいな。

 そんな俺にご褒美をくれる、腰まで伸ばした鮮やかな緑髪を手で抑える14歳程の少女アンバーの表情は、心地いい風を楽しんで微笑んでいた。
 琥珀色のクリっとした愛らしい瞳は、俺を見ずに空を見上げている。

 服装は白の全身タイツのように少しピッチリしていて、首元足首手首に白のファーが着いている。
 お気に入りなのか丸い小さな鞄を肩から下げている。

 どこか悲しげな、疲れたような眼差しを空に向けるアンバーを、俺は膝の上から見上げるしかできねぇ。

 黒猫に憑依した中身は50歳を超えようかというおっさんだが、アンバーの質問が漠然としすぎていて正直よくわからない。

「どうやっても無理なら諦めるわな」

「そう……やっぱりそうだよね。でも私はダメだった

 ――諦めて生きれないの。何度決意しても揺らいじゃう。あの人の元にいたいって思っちゃう」

 アンバーはクリっとした愛らしい丸い瞳を悲しみで染め、強がりからか微笑みを向けてくる。

 俺はアンバーの答えが、アンバーの想像でモノを言っていない事はわかる。

 アンバーの能力は『時の操作』。
 対価は『若返ること』。

 だから、何度人生を渡ろうと、能力を使えば好きな時間へと戻ってやり直せる。
 ゲートのあった世界でも、アンバーはそうして何度も何度も気の遠くなるくらい時の旅をしてきたのだ。
 アンバーが求める未来を歩くために。

 この世界でも、アンバーは何度も時の旅をしてきたのだろう。
 ヘイと共に歩める未来を求めて……。

 その結果が、今のアンバーの悲しげな微笑みというわけだ。

「どう頑張っても、黒と一緒にいれなかったっというわけか?」

「うん。一緒に歩けるには歩けたんだけどね……底抜けに明るいあの笑顔は見れなかったんだ」

「底抜けに明るい……ね。想像できねぇな。あの無愛想な黒がね」

「私もたった一度……見ただけだから。その一度で撃ち抜かれちゃったんだ」

 いつも無愛想な表情の黒の底抜けに明るい笑い顔……俺にはどうやっても、まったく想像は出来ない。


 それから、アンバーが語ったのは自身の旅を終わらせる為の未来。

 幼児まで退行させたアンバーを必ずエリック西島率いるパンドラが捕える。
 そして、エリックはリスクなく世界を支配できる力を手に入れるために黒を、黒の本来の能力を求めてくる。

 黒を引き込むためにエリックは、黒がそれまでこの世界で築いてきたモノ全てを崩壊させにくる。
 ドールを用いて見つけた契約者や黒い花の力、情報操作をフルに使って、黒を絶望させにくる。

 黒の拠り所を潰せば合理的思考の契約者ならば、パンドラに身を寄せに来るはずだと踏んでいるのだろう。


 そこで俺はふとした疑問が二つ頭を過ぎる。

「てっきり黒への襲撃を止めるというかと思ったんだがな」

「うん。だって何度も止めたよ。パンドラだって何度も潰してきたし……でもダメなの。

 そうなったら黒は、黄 宝鈴ファン パオリンの為に被った李 舜生リ シェンシュンの仮面を捨てれないまま人生を送ってしまうから

 ――だから、パンドラの襲撃は最大限利用させてもらうつもり」

「ッハ! さすがは魔女だな。それを利用して自分も自殺しようってか」

「そうだよ。でも、私が私の旅を終わらせるんじゃないの……黒が私の旅を終わらせてくれるの。

 そして、私が見たことない新しい未来を歩くの」


 終始悲しげな笑顔で受け答えしていたアンバーは、フゥッと大きく肩を動かして息を吐く。

 俺の背を優しく何度も撫でて、自身の中の決意を揺らさないように落ち着こうと息を整える。


 そして再び語りだしたのは、これから来る黒とパンドラの戦いについての詳細な情報。

 黒がこの世界に出てきてちょうど三年目の日、偽りの写真と契約者達の襲撃がスーパーヒーロー達の目の前で行われる。
 この襲撃で黒は必ず逃げる。
 なぜならば襲撃してきたのは、ゲートのある世界で死別した世話していた女の子だから。

 MEによって植え付けられた偽りの記憶によって復讐に燃える女の子を手にかけるわけにもいかず、女の子の背後に組織だったモノがあることがわかるから。
 黒はその女の子を救うために一時離脱する。

 体勢を整え、黒は単独で女の子の背後にいるであろう組織へと牙を剥く。

 黒が女の子を救えるのは、大体50%ぐらい。
 そしてさらに黒が無事生き残る確率は5%を切る。

 つまりパンドラに捉えられているアンバーの願いを黒が叶えられるのは奇跡に近い。

「おい! ちょっと待てよ! アンバー、お前の願いってのが叶うのはかなり薄くないか?」

「そうだよ、何もしなければね……

 だから、猫ちゃんがいるし、ハヴォックがいる」


 アンバーは少し力を入れてオレの背を撫でると、持ち上げて膝から下ろす。

 見た目14歳ほどの女の子に軽く持ち上げられるとは……猫に憑依しているからしょうがないとはいえ何か辛いものがあるな。

 それからアンバーが語りだしたのは俺が憑依している黒猫の特異性についてである。

 その黒猫は、数十年後シュテルンビルトを騒がせるNEXT能力を持った世界初の動物の黒猫である。
 電脳世界に精神を飛ばし、ネットの世界を滅茶苦茶にして騒がせた存在である。

 アンバーはそれを捕まえ、必要な未来の道具を数個秘密裏に持って、この時間に戻ってきたそうだ。

 そして、電脳世界で断片となって消えようとしていたオレの精神を捕まえ、捕まえた黒猫の魂と融合させた。

 その方法については教えてくれなかったが、そのおかげで黒猫の意識に俺が負ける心配はなくなった。
 そして、黒猫が持っているNEXT能力を使えるようになったし、正直良いことばかりだな。

「でもね、猫ちゃんの能力はギリギリまで封印してるからね、この鈴でね。

 でも安心して、必要なモノは自動的に受信するから安心してね」

「つまり俺は、今回はお前の計画にとって重要な歯車ってわけだ」
「東京エクスプロージョンの時も重要だったんだよ? だって猫ちゃんがいないと黒に伝える事ができなかったもの」

 嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

 アンバーに褒められて少しテンションが上がった俺はすっかりやる気になってしまっている。
 年の功って言えばいいのか、人を載せるのが上手いな。

 次に語りだしたのは、黒の行動の傾向。

 逃亡してから黒は、今まで世話してきた女の子に危険が及ばないように行動する。
 そうして疲弊しながらも、目的に向かっていく。

 だから9割5分死ぬんだな……。

「それで俺の役割はなんだ?」
「能力が開放されてから、送られてくる情報を黒に教えてあげてくれたらいいわ。

 それからは好きにしていいよ。あなたの思うようにしていいよ」

「ほう、役割が終わったら用なしってことか?」

 我ながら少し意地悪な質問だな。

 例え本当に用なしだとしても、アンバーであれ誰であれそのまま言うことはできないのにな。
 
 やる気になった途端にいきなり用なしとも取れる発言がくれば誰でもこの質問をしたくなるさ。

 ほら、どう答える?

「違うよ? 猫ちゃんはね、この戦いの『切り札』になってもらうの。

 どちらに転ぶともわからない、最高の結果を引き寄せるか、私も見た事ない最悪の結果を引き寄せるかわからない

 ――重要な存在にね」

 なんて眩しい笑顔で、迷いなく答えやがる……。

 そんな眩しい笑顔で答えられたら、信じるしかないじゃないか。
 というよりも、信じる以外出来ねぇな。

 いいぜ、やってやる。
 その『切り札』ってのになってやろうじゃないの。

 オレはそうして、アンバーの計画に乗ることにしたんだ。


 …………
 ……

 などと、この世界での俺の始まりを思い出しながら、土砂降りの雨の中を進んでいく。

 ハヴォックと別れた俺は黄と黒のいる、襲撃が行われているトレーニングセンターに向かっていた。

 小雨だった雨は、豪雨に変わって俺の身体を強く叩いてくる。

 それは、アンバーと話して決めた『とある』イベントを引き起こさせるためだ。

「さぁて、黒の死神の弟子のお手並み拝見と行きますかね」

 俺は微笑みが零れるのを抑えきれず、天高くそびえるトレーニングセンターを見上げる。

 アンバーも見たことない未来への第一歩の始まりだ。





―――――――





TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


# 08 “tears for god of death's eyes ―― 死神の目にも涙 ―― ”


『死神の涙』編 F


作者;ハナズオウ





―――――――




 黒と黄を追いかけてトレーニングセンターの屋上までやってきたヒーロー達。

 外はまるで街が泣いているかのように土砂降りの雨となっている。

 屋上の柵には、黒いコートに仮面を着けた黒が天を仰いでいた。

 黒のロングコートと仮面を装着した、黒髪の青年黒は雨に打たれながら微動だにしない。

 右側に紫の雷マークが目に掛かった口と目だけ黒塗りにされた感情が読めない不気味な真っ白な仮面を着けている。

 大粒の雨粒を受け黒が着けた仮面には、まるで仮面が涙を流しているかのように、黒く塗られた目から跡を残しつつ流れている。

 雨粒が構造物に当たる音だけが支配するトレーニングセンターの屋上。

 駆けつけたヒーロー達の顔は、黒の感情が読めない不気味な仮面とは違い、全員が苦虫を噛んだような顔をしている。

「李……君。あの写真、嘘……だよな?」

 虎徹は必死にいつも通りを装おうとするが、声は震え声は所々裏返ったりしていた。
 虎徹の必死の問い掛けにも、黒は天を仰いで微動だにしない。

 既に以前の世界で黒の死神として活動していた時の格好になっている黒の格好そのものが、偽造の写真が本当であったと物語っている。
 虎徹達の願いはただ1つ、『李 舜生』が否定の言葉を嘘でもいいから言ってくれること。
 ただそれだけで、写真に写ったモノを否定できる。

「嘘だよね……李さん? だって李さんは運動できなくって、優しい……」

「……」

 カリーナが瞳に涙を溜めながら必死に放った言葉にも、黒は顔をヒーロー達に向けるだけ。
 振り向いた仮面の目から流れていた雨水は頬に大きな水の跡を残しながら落ちていく。

 ――まるで死神が大粒の涙を流して泣いているかのように。

「あの写真は本物だっていうことかよ……今まで俺たちを騙してたのかよ、李君」

「……人を殺してきたのは事実だ」

 虎徹の少し泣きそうな声に答えた黒の声は微かに震え沈んでいる。

 来るべき日がやってきた。
 ただそれだけのはずなのに、黒の足は前には進まない。
 この屋上から飛び降りれば、3年近く共に過ごしたヒーロー達と決別する。

 保護者としてお師匠として3年という時間を誰よりも長くともにいた黄 宝鈴。

 ここにはいない留学と称して大学で共に過ごした、黄 宝鈴を除けば誰よりも時間を共有したイワン・カレリン。

 バーでもトレーニングセンターでも誰よりも気さくに話しかけてきてくれた鏑木・T・虎徹。

 同じバイト先の仲はもちろん、年頃の女の子との接し方の様々なアドバイスをくれたカリーナ・ライル。


 皆笑顔を向け、李 舜生という男を受け入れてくれた。

 ……

 ……


「ちょっとアンタァ、消えるつもりじゃないでしょうねぇ!? あの娘はどうするつもりなのよぉ!」

「……こうなる事は覚悟していたはずだ」

「アンタが消えたらあの娘は一人だっていってんだろぉがぁあ!」

「……もう1人ではないさ。

 ――死神は災厄しか与えれない」


 虎徹と黒の会話に割って入ったのは、ファイアーエンブレムことネイサン。

 ピンクのボウズにラインが入っている黒人のオネエのネイサンは、普段はオネエ言葉で話しているが、必要とあればドスの効いたおっさんの声が姿を表す。

 心は女子なので同じ女子として、黄を守ろうと必死に黒を止めようと叫ぶ。
 素であるイカツイおっさんの恫喝を出そうと、黒はいつものように狼狽えはしない。
 完全に無視して返答してくる。


「あの娘にはアンタが必要だっていってんだろうがぁ! ぁああ!! 李よ!」

「李という男は

 ――もういない」

 黒は、自身に念じるかのように言葉を放ち、柵から投身自殺するように重力に引きづられ屋上から飛び降りる。

 まさかの行動にヒーロー達は止めるどころか、声を出すことすら出来なかった。






――――――――






「はいよ、お姫様。注文通り狙える場所だぜ」

 シュテルンビルトのトレーニングセンターから少し離れた高層ビルの屋上に突如現れた黒い球体。

 球体からは、パーセルと蘇芳、ジュライが出てくる。

 狸の耳を模したモノが取り付けられているフードを被ったセミロングのストレートの黒髪の女の子パーセルは、適当な場所に腰を下ろす。

 紺のハンチング帽子とコートを着た金髪の少年ジュライは、空瓶を大切そうに持ちながら腰も下ろさずに立ち続けている。

 ショートの赤髪と後ろだけは三編みにした少女蘇芳は、ポケットから小さな四角の紙を取り出す。


 鎮目は先にパンドラへと送り届け、ここにはいない。

 パーセルが鎮目を先にパンドラへ送り届けたのは蘇芳の願いもあったが、なによりもパーセルが鎮目を気に入っていないからである。


 蘇芳は空間転移能力をもつパーセルに頼み、もう一度黒へと攻撃を仕掛けれる位置へと送ってもらった。
 しかし、パーセルが蘇芳に出した条件は、黒との接触はなし。

 つまり狙撃のみ。

 渋々了承した蘇芳は対価である『折紙を折る』を支払い、薄らとひび割れた流星核から対戦者ライフルを取り出す。

 土砂降りの雨の中、蘇芳は寝そべり銃を構え、スコープを覗く。


「ジュライ……修正お願い」
「……正確には出来ない」

「それでもいい」
「右に2cm修正……下に1cm修正。待って」


 ジュライは、蘇芳が億錠に佇む黒へと照準を合わせていたのを何もない空へと修正させる

 ジュライは適当に照準をずらさせたわけではない。
 黒が屋上から逃げるためには、必ず飛び降りる。

 その軌道に照準を合わせている。

 ジュライはエリック西島に埋め込まれた記憶が蘇芳と違い既に抜け落ちている。
 そんなジュライが蘇芳の後ろから離れないのは、蘇芳が大事だからである。

 ドールとなり、感情が起伏を見せない中で、蘇芳と話していると微かではあるが感情が動いてくれる。
 ジュライはその感覚を求めるように、蘇芳と共にいる。

 能力的な2人の相性もあるだろうが、ジュライは蘇芳と共にいたいのだ。
 だから、エリック西島の指示外の蘇芳の行動にも躊躇なく従う。

 ジュライにとって最も大切なのは、命令に従うことではない、『蘇芳の味方』であり続けることだ。
 例えそれが、黒を殺す結果になったとしても……。

 ギュウっと手にもった空瓶を握りしめると、ジュライは感情がこもっていない瞳で遠くの黒を見つめる。


 スコープを覗き込んでいる蘇芳は両目を開け、スコープを覗いていない方の目には集中せず、覗いている方の目に集中する。
 トリガーに掛けた指に自然と力が入る。

 蘇芳自身の手で復讐を遂げられる最後の機会かもしれないのだ、不自然なことはない。



 パーセルも年が近く同じ男っぽい女子同士ということもあり、何かと蘇芳の無理を聞いてきた。

 契約者といえど、仲間意識というものは芽生えはする。
 ただそれが他人には認識されるレベルには至らないというだけだ。

 パーセルは以前の世界で、サイボーグの実験体にされたドールと『友達』になった。
 契約者になり、家族に捨てられ、世界から孤立していたパーセルにとってそれは大切な絆だった。

 ゲートでは何かを得ると何かを失うと言われていたが、パーセルは普通の人生を失う代わりに『友達』を得た。

 結局はそのドールとは死別したが、パーセルにとっては未だ心の大部分を占める大切な絆である。

 そして、この世界で得た絆は、目の前のライフルを構える自分と共通点の多い蘇芳との関わりだ。
 復讐の為なら無茶をする後先考えない蘇芳の暴走を何度も止めてきた。

 パンドラを脱走する蘇芳を能力で蘇芳の部屋に戻したりと、蘇芳を助けてきた。

 パーセルにとっては、パンドラという組織で生きる事が最重要ではなく、得た絆に寄り添って生きたいと思っていた。

 だからといって、蘇芳達を連れてパンドラから脱走なんて出来ない。
 結局勝ちの目のない賭けには出れないのだ。


 パーセルは蘇芳が折った鶴の折紙を拾い、事が終わるまで眺めていようと腰を下ろし蘇芳を眺める。

 当たる雨も気にも止めていなかったが、無表情に銃を構える蘇芳の頬を涙が伝う。

「お、おい……おまえ」

「蘇芳、今!」

 蘇芳が涙を流しているのに気づいたパーセルの言葉に被さるように放たれたジュライの号令。

 蘇芳はいつものように迷わず引き金を引くべく力を入れる。
 しかし、引き金が引かれることはなかった。

 引き金に掛かった指はプルプルと震え、引き金を引けず動かない。

 照準に入った黒は既に建物の影へと消えている。

 それでも蘇芳は銃を下ろしはせず、引き金を引けず震えている。


 蘇芳の明らかな異常に気づきながらも、パーセルは能力を発動させ空間転送の出入口である黒い球体を出現させる。


「……帰るぞ、蘇芳。そろそろエリックに怪しまれる」

「なんで……なんで撃てないの……?

 アイツはパパの仇なのに」

 頬を伝っていた涙は、蘇芳の瞳からボロボロと零れる涙に埋もれるように消えていく。

 襲撃を掛けるまでは……黒が逃げる時までは、黒を撃つことになんの躊躇いもなかった。

 しかし、流星核が黄 宝鈴の蹴りによってひび割れた瞬間、蘇芳は認識できないでいるが小さな変化が蘇芳の記憶を襲っていた。

 蘇芳の今の記憶はMEにより植え付けられ、龍星核で固定されていた。
 しかし、それが少しゆるくなってきている。

 黒への復讐心を支えていた記憶が風化するように消え始めているのである。

 それは蘇芳が気づかないほど小さく……。






―――――――




 雨が降り注ぐシュテルンビルトの路地裏に見事着地した黒は、降りてきた空を見上げる。
 その路面には割れた酒瓶や、ゴミが散乱している。


 前の世界で行なってきた殺人の数々。
 いつか必ず周りに知られることになるとは分かっていた。

 そのために隠れ家を鈴と2人で秘密裏に作っている。
 鈴には秘密だが装備もストックを何箇所か隠していたりするし、身を隠し行動する準備は既に終わっている。

 鈴も、いつかはやってくるだろうとは話していた。
 了承し、その日が来ないようにする! っと意気込んでいたが、何もない日々はそんな危機感を薄れさせる。

 だから2人とも油断しているときに、その時はやってきた。

 現実なんてものはそんなものだ。
 無慈悲に回り続けるカラクリのようなものだ。
 ただ、それだけだ。

 ただ鈴を家に1人にしてしまう。
 ただそれだけが心残りだ。

 ハヴォックも猫も今日の朝、家を出ると言っていた。

 その時に警戒しておくべきだったのだ。

 アンバーにスカウトされた猫が行動を起こしたのだから。



 自分の思慮の足りなさに歯噛みした黒は、シュテルンビルトに作った隠れ家へと向かう。

 路地を何度も曲がり、人知れず黒はトレーニングセンターを離れる。

 そろそろ隠れ家に着くという時、黒の目の前に肩で息をした黄色地に黒のラインが入ったカフースーツを着た黄 宝鈴がずぶ濡れになりながら立ちはだかる。

「黄 宝鈴……どうしてここに」

「はぁはぁ……猫が教えてくれた……ハァハァ

 黒はボク達の家じゃなくて隠れ家にいくって。そして、消えるから」

「正体がバレた以上、もうここにはいれない。

 お前も理解していたはずだ、“黄 宝鈴”」

 『黄 宝鈴』、黒は黄の事をこう呼んではいない。
 いつも愛称の『リン』と呼んでいた。

 それが意味するモノを黄は理解した――

 黒が黄の元を去る決意を固めている事を。

 だから黄も決意を固め、大きく息を吸い込んで息を整える。
 そして、睨むような力強い瞳で黒を見つめる。

「……ボクは嫌だ。黒と一緒にいたい。だから付いていく」
「だめだ」


「なら……ボクは黒を止める!! 戦っても!」

 叫んだ黄は壁に跳び、壁を足場に踏切り蹴りを加速させて黒の顎と首元へと深め目掛けて放つ。

 いつもの稽古でならば黒は必ず最小限の動きで避けて、攻撃に移る。

 しかし、黒は黄の蹴りをガシっと掴まれる。

 黒は掴むと同時にランセルノプト放射光を放ち、右手に電撃を纏わせ、黄の足へと操作する。

 黄は早急にNEXT能力の電撃を発動させ、周囲一面に放つ。
 黒は電撃を巧みに電気を操作し、自身へと四方八方から襲ってくる黄の電撃を避ける。

 ノーモーションで放たれた黒の蹴りは綺麗に黄の脇腹に命中し、落下を始めていた黄を再び宙へと戻す。
 電撃に覆われた黄へと、電撃を操作し一切受けずに足へと数発のパンチを入れる。

 綺麗に筋肉と筋肉の隙間に撃ち込まれた黒のパンチは黄の足の動きを大いに制限する。
 激しい太ももの痛みと足の痺れと引き換えに、黄は黒のコートの胸元を右手で掴み離さない。

 黒の胸元を掴んだままの黄は、力が入らずプルプルと震える足に鞭打ち黒と向き合う。
 黄が胸元を掴んでいることで、黄の射程に2人は固定される。

 黄は右腕を曲げ距離を縮めると、左フックを黒の腹へと向けて放つ。
 黒は軽く足払いし、左フックを放った黄の体勢を崩す。
 体勢を崩された黄の左フックは目標もズレ、力も伝わらずただ黒の腹に触れたようなモノになってしまう。

 体勢を崩された黄の体は重力に捕らわれ地面に吸い込まれるのを、右腕に全力を注ぎ重力に逆らい倒れない。

「本気か……黄 宝鈴」
「当たり前だよ! 黒がいない世界なんて……!」

 黄は叫びと共に左ストレートを黒の腹へと放つも、黒は黄の右腕を掴み変形の四方投げで黄を投げ落とす。

 地面に背を着けた黄は後ろ回りで膝を着き、即座に黒へと飛びつくようにジャンピングパンチを繰り出す。
 黒は事も無げにパンチを止め、右手で黄の背中を押して、また地へと落とす。


 それから黄が何度も黒へと攻撃しようとも、黄の攻撃は当たることなく何度も何度も地に落とされる。

 普段ならば組み技などしない黒が、黄に対してスタンディングで組み、投技で地へと落としていく。

 共に超感覚を持つ者同士の戦いで、練度の高い黒が、戦いを支配している。

 打撃を中心に仕掛けてくる黄に、黒はいなし組み技を仕掛けていく。
 力の流れを読取り、無駄なく力だけでなく技で黄を地へと落としていく。

 土砂降りの雨の中でこかされ、立ち上がっていく黄の体力はどんどんと枯渇していき、動きはドンドンと鈍くなっていく。
 雨に濡れたカンフースーツも黄の体力を容赦なく奪っていく。

 不意に膝がガクっと落ち、手を着いた先にあったガラスの破片で指を切り雨に紛れて血が飛び散っていく。

 雨と黒の攻めに体力を奪われていく黄の意識には靄が掛かり始めている。

 フラフラになった黄が放った力が篭っていない右ストレート。
 黒は右ストレートを気にも留めず、黄の頭と腰に手を回し、強く抱き寄せる。

 靄が掛かっている黄には、何が起きたのかわからずに力も入らずにただただ黒のなすままにされる。

 黒は黄をより一層強く抱きしめると、頭に回していた手に能力を開放し、黄の意識を刈り取る。
 息が抜けるような声で反応した黄は、フラフラとゆっくり黒の仮面を目指し血が流れる手を伸ばす。

「鈴」
「……いや、だよ。どこにも……行かないで」

「ああ、どこにも行かないさ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」

 優しい声で意識を失っていく黄に語りかける黒の仮面に、黄はようやく手が届く。

 人差し指から流れる血が、黒の仮面に一筋の線を描きながら、黄は意識を失う。
 黄を抱きしめている黒の仮面の左目には、黄の血で描かれた目から落ちる一筋の線が残り、血の涙を流しているかのようだった。

 土砂降りの雨に打たれながら黒は膝を付き、黄を抱きしめていられるこの時間を1秒でも長くいられるように噛み締める。


「李……さんでござるな?」

 黒が噛み締めていた時間に終わりを告げたのは、同じく土砂降りの雨に打たれるイワン・カレリンだ。

 折紙サイクロンとして、ヒーロー時には見切れに情熱を燃やしている青年である。
 普段は整った顔立ちと薄い金髪で、知らない人が見ればキリっとしたイケメンと映るが、内面はかなりネガティブな性格をしている。

 そのイワンが雨にびしょ濡れになりながら、立っている。

 血の線が入った感情が読み取れない不気味な仮面を被った黒に、イワンは確認の言葉を放つ。
 黒は、イワンの問い掛けに答えることなく、意識を失った黄をお姫様抱っこして立ち上がる。

 そして、言葉もなくゆっくりとイワンへと近づいていく。
 無言のまま近づく黒に、イワンは後退りそうになるが、グっと踏みとどまる。

 黒は何も言わず、踏みとどまっているイワンに意識のない黄を差し出す。
 為すがままに黄を受け取ったイワンは、困惑の眼差しを黒へ注ぐ。

「鈴をよろしくお願いします……イワンさん」

 仮面から放たれた声は、いつも聞いている李 舜生の声。
 いつも黄 宝鈴の事を心配する優しい青年の声。

 イワンはその声を放っている目の前の仮面の男を見ているしかできなかった。

 未だ優しい青年の李 舜生が、目の前の仮面の男だとは、『黒の死神』だとは信じられない。

 仮面の目から落ちた血の一線が、涙の跡に見えて、感情が読み取れなかったはずの仮面が泣いているような――

 目の前の青年が泣いているように思えてきて、イワンから自然と涙が一筋落ちてくる。


 仮面を被った黒とイワンは、お互いに言葉もなく見つめ合い、雨に打たれる。

 激しい雨音が支配する路地裏で、行動を起こしたのは仮面を被った黒。

 ベルトに装着したワイヤーを空に向けて放ち、屋上に設置された手すりに巻きつけ、ベルトに装着された機械がワイヤーを回収し、その勢いで空へと消えていく。

 イワンは止めようと息を吸うも、言葉が出てこず黒を見送ってしまう。

 そして、黒を引き止めれなかった力ない自分に歯噛みし、立ち尽くす。


 土砂降りの雨は、全ての音を消すかのように更に激しくなっていく。






――――――――





 土砂降りの雨が窓ガラスを容赦なく叩く音が鳴っているトレーニングセンター。

 黒い封筒が無残に突き刺さったケーキや、床に散らばった黒い封筒をそのままに、ヒーロー達は無言でソファーに座っている。

 屋上に逃げた李 舜生を引き止めようとした虎徹達は何も出来ず、何も真相を知れずに逃がしてしまった。


 どこへ行ったのかわからなかったイワン・カレリンはずぶ濡れになりながら、その腕に意識を失った黄 宝鈴を抱きかかえて帰ってきた。

 びしょ濡れになっている黄をカリーナが着替えさせ、今はソファーで寝息を立てている。

 イワンは何があったかは言わず、下ばかり向いている。

「李君にあったのか……? 折紙」

「……」

「黙ってちゃわからないだろう!?」

「ちょっとタイガー! 黄が起きちゃうじゃない! 静かにしてよ……」

「……ワリイ」

 つい感情的に怒鳴る形になったワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹は、黄の頭を優しく撫でているカリーナの言葉に再び黙り込む。

 李 舜生を屋上で止めて、それからはなんとでも出来た。
 この写真をなかったことにしてもよかった。
 事の詳細を聞いて受け入れる事もできた。

 それが李 舜生は行方を暗ませ、黄は意識を失って帰ってきた。

 黄が目覚めた時にどうすればいいのか……。
 これからどうすればいいのか。

 考えるだけで頭が重くなる。


 全員が頭を悩ませ言葉を紡げずにいると、寝息を立てていた黄がゆっくりと目を覚まし、目を開ける。

 起き上がった黄に、カリーナはギュッと抱きつく。
 黄にかける言葉も見つからず、ただ抱きしめる。

 その目にはとめどなく涙が溢れている。

 カリーナの突然の行動に驚いていた目覚めたばかりの黄の視線は、一点に固定され凝視する。

 その視線の先には、イワンがNEXT能力で擬態した李 舜生が立っていた。

「し……しょう?」

「はい。大丈夫でしたか? ファ……鈴」


 イワンの擬態、それはイワンに出来た精一杯の事だった。
 保護者の李 舜生を失った黄にどうしていいのかわからず、擬態という能力を持つイワンは、化けて慰めようとした。

 いつも見ていたようにイワンは李 舜生の行動をトレースするように動く。
 優しく黄の頭を撫で、ニッコリと笑顔を黄に向ける。


 目覚めたばかりで混乱していた黄は為すがままに頭を撫でられていた。

 突然黒い封筒が降ってきて、黒を知る人物達が襲撃してきた。
 それで、黒は姿を暗ました。
 それを止めれなかったはずである。

 黄は至って冷静に意識を失う前の記憶を整理していた。

 そして、目の前で笑顔を振り撒いている李 舜生を見つめ、小刻みに震える。

「だ……誰?」
「せっ、僕ですよ鈴。李 舜生ですよ」

「違う……」


 小刻みに震えていた黄は、ガタガタと震え、李 舜生の手を払いのけると、カリーナからも逃げるようにソファーから落ちる。
 肩から落ちた黄は、激痛と共に、土砂降りの雨の中黒と戦った事を鮮明に思い出す。

 そしてその結果、黒を止めることは出来ず、自分はトレーニングセンターに運び込まれた事を認識する。

 『黒が去った』

 そう認識してから、体には力が入らず、瞳からは大洪水のように涙が溢れ、嗚咽が零れる。

 黒を止めれなかった自分の力のなさ。
 黒について行けない自分の弱さ。

 胸を締め付けるような無念の想いがとめどなく出てくる。

 嗚咽は言葉にならない鳴き声に変わり、黄は体を上げて、天を仰ぎながら大粒の涙を流す。

 黄の叫び声に近い泣き声は、しばらく収まることなくトレーニングセンターに響き続けた。





――――――――




......TO BE CONTINUED






■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
どうも、ハナズオウです。

あとがきが一度消えました。
ハナズオウにしては珍しくハイテンションに書いたあとがきが消えました。

少し凹んでいます((((;゚Д゚))))

まぁそれはさておき、今回はなんとか二週間に一度の金曜日に投稿できました。

少し裏話なのですが(ここで書いてないと私も忘れてしまいそうなのでw
6話からこの8話の3話は元々1話で書こうとしていたエピソードでした。
書いているうちに容量が恐ろしいことになり、分割して6話が出来ました。

そして、少し物足りないだろうと追加エピソードを入れて7話を書いているとまた半分も行っていないのに容量が(ry

っという具合に増殖しましたw
追加エピソードは外伝で書いてもよかったんですが、流れに乗った感じです。

裏話もあまりおもしろいものでもないので、このくらいで。


皆さん、最近暑いですね。水分と塩分とって体調には気をつけてくださいね!
私も今年は一度体調を崩しているので、中々注意していました。

そして、体を鍛え始めましたw
元々自転車で旅をする趣味があったのですが、そろそろ本格的に力を付けていこうと決意しました。
長距離を走る事は苦ではないのですが、もっとスピードを載せれないかと少し不満もあったので、これからはスピードをもっと乗せれるようになろうとこの夏独りでに決意しましたw
っとかなりプライベートな事です。すみませんw

 ここからは感想返しとなります。

 >黒い鳩 さん

 いつも感想ありがとうございます。
 今回書いたのですが、猫はアンバーとの契約によって『李 舜生』を見殺しにしました。
 次回からは黒に戻った黒と猫のコンビが活躍するかもですw
 なにしろ、猫はこの『死神の涙』編で過労死すんじゃね? ってくらい働く予定ですので、頑張ってもらうつもりですw

 ○黒が出て行く、皆にしこりが残る。
 あまり重くならないようにしようと思っています。
 重い話は書いていても精神をもっていかれるので、あまり重くならないようにしていこうと思います。

 風景が見えてこないとの事ですが……

 読み返してみると、確かに言われた通りです。
 私は人物描写をサボる癖があるみたいですね……これからは注意していきます!
 これからもバシバシ指摘してください。

 今回のこの指摘で思いましたが、練習中の私にとってシルフェニアさんの小説投稿板はとてもいい環境だと思っています。
 ありがとうございます!

 これからもよろしくお願いします。


 今回感想が一件でしたので、これにて終了です。

 では、短いですがこれにて失礼します。
 次回のあとがきでお会いしましょう!
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