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黒の異邦人は龍の保護者 # 09 “The colors dyed darkness ―― 闇に飲み込まれ始める色達 ――” 『死神の涙』編 G
作者:ハナズオウ   2011/09/09(金) 00:02公開   ID:CfeceSS.6PE




「おい……何をしている……?」

「頭ベトベトする、汗かいた……気持ち悪い」

「風呂は湧いている……入ってこい」

「1人じゃやだ!」

 ヘイの腰にガッシリと抱きついている黄 宝鈴ホァン パオリン

 黒髪の東洋人の青年、黒の腰には薄い金髪をボブにした10歳ほどの少女黄が嬉しそうに抱きついている。

 故郷の中国から追い出されるようにシュテルンビルトへとやってきて数ヶ月……毎晩のやりとりとはいえ、黄の甘え癖は治る気配はない。

 トレーニングで汗を大量にかいているから風呂に入れと言えば、一緒に入ると聞かない。
 黄の為に大型のお姫様ベッドを買ったにも関わらず、シングルベッドで寝ている俺の布団に忍び込んでくる。
 朝起きれば寝惚け眼のまま、服を掴んで後ろをずっと付いてくる。
 買い物に行こうものなら、勝手についてきて好きなお菓子を勝手に買い物カゴ入れてくる。
 部屋でソファーに座り『HIRO TV』を見ていると、黄は断りもなく膝枕に頭を預けてくる。

 黒はそれを特に厳しく叱るでもなく、言葉でやんわり止めるように言うだけで止めている。

 異性とはいえ歳は10も離れている。
 二次成長が始まり始めているとはいえ、歳の離れた妹みたいなものだ。
 素っ裸になった黄が隠しもせずに抱きついてこようが、欲情なんてしない。

 しないが……他人を風呂に入れるというのは骨が折れる。

 黄は体も洗わずに湯船に飛び込もうとするのを、黄の腰に腕を回して止めなければならなかったり。
 髪を洗ってやろうものなら、喋り続け目を開けシャンプーを目に入れて騒いだり。
 湯船に浸かれば抱きついてくる。

 そんなこれまで数ヶ月受け続けた黄の甘えの行動を思い出しながら、黒は腰に抱きついた黄を連れて風呂場へと足を運ぶ。

 脱衣所に入るなり、黄はパパっと黄色地に黒のラインの入ったカンフースーツはもちろん、下に着ていた黄色のTシャツと黒のハーフパンツを脱いでいく。
 下着姿になろうとも黒の事など気にも留めず、脱いだ服を洗濯かごに放り投げる。

 時間が経てば、黄が成長すれば羞恥心も付くだろうっと放置はしているが……。

 あれよあれよとパンツなど下着も脱ぎ捨てると、楽しそうに小走りに風呂場へと入っていく。

 黒は白のYシャツを脱ぎ捨て、ジーンズの裾を膝下までまくり上げ、黒のタンクトップにジーンズ姿になり風呂場へと入っていく。

 入ると、黄が頭のてっぺんを抑えながら木の湯船に浸かっている。

 どうやら、高く飛び上がりすぎて天井に頭をぶつけたらしい。

 この木の風呂は黄の両親が日本で仕事した時に日本の風呂を気に入り、親元を離れる黄の為にサプライズプレゼントとして特注で設置したものだ。
 材木は檜と最高級なものを惜しげもなく使用している。
 洗い場の足場にも使用されている。

 両親共にお風呂が好きなのか、シュテルンビルトに来て数ヶ月だが、ひと月毎にお風呂に漬ける柚子や菊、薄荷、生姜などを送ってくる。

 さらに黒の戸籍を作り、黒がシュテルンビルトで自由に行動できるように計らって貰える。

 黄家へ恩義を返すという意味でも、黄 宝鈴の世話を怠る事はしない。
 っが、黒が世話を欠かさないのは別の意味も含まれていた。

 幼い頃は実の妹であるシン。
 契約者となりてからは、盲目の銀髪少女のイン
 銀を失ってからは、ロシアのモスクワから日本の新宿まで共に逃亡の旅をした赤毛のボクっ娘、蘇芳・パブリチェンコ。

 常にとは言わないが、ほとんど守らないといけない女の子の世話をしてきた黒。

 その4人目という意味もある。
 そして、人生別れもあるっとこれまでの経験から実感している黒は、殺されて死別だけはせず旅立って欲しいという気持ちが強い。

 そのような気持ちを心の底にしまい、黒は黄を眺めつつ小さく溜息をつく。

「体は流してから入ったのか? 黄 宝鈴」
「ううん……」

「なら、浸かるのは体を洗ってからだ」

 黒は、気持ちよさそうに湯に浸かっている黄の脇を抱え洗い場まで黄を連れ出す。
 10歳程の少女を軽く持ち上げるのは黒にとってさほど重労働というわけでもなくヒョイっと運んでしまう。
 その間、黄はジタバタと抵抗を見せたが黒は構うことはない。

 そして、椅子に座らせると、シャワーからお湯を出して黄の頭を濡らす。

「体洗うなんて後でいいじゃん。ボクもっと浸かってたかったよ」
「洗ってから存分に浸かればいい。目を開けるなよ」
「ケチッ!」
「浸かれせないとは言ってない」

 文句を垂れる黄に応えつつ、黒はシャンプーを手に取り黄の頭を丁寧に洗い始める。

 黄にさせようものなら、パパパッとテキトーに洗って終わらせてしまう。

 黒がまだ『黒』じゃなかった頃――平和に妹と過ごしていた頃――、妹のシンは10歳にも届いていなかったが髪や体を洗うのはこれでもかというほど長かった。
 聞けば母親から教えてもらったのだと嬉しそうに言っていた。

 だから、黄も当然そうだろうと思っていたのだが……今現在黒が洗っているのを見れば結果は言わずとも知れる。

「ねぇ黒……認可試験再来月だね。ボク大丈夫かな?」

「ああ……トレーニングも順調だ。不安か?」

「うん。だって、ボクヒーローにならないと――

 ただのNEXTバケモノだもん。またパパとママに捨てられる……」

 髪を気持ちよさそうに洗われながら、黄は再来月に控えたヒーロー認可試験への不安を口にする。

 それまではこそばゆいようだったが、不安を口にした瞬間に小さい震えが顔を見せ始めた。

 黄の震えに気づいた黒は、髪を洗うのを止め、泡まみれの黄の頭を優しく撫でる。

「心配するな、実力は着いている……。

 むしろ力を使うことを恐れるな。こっちに来てからだが、必要なときに能力を使うことを躊躇している」

「でも……だって!!」

 力を制御できず、力に振り回され周りを傷つけてばかりいた頃の記憶が、黄に力を使うことを躊躇わせている。

 それを取り除かなければ、認可は降りないだろう。

「あぎゃゃぁぁぁああ! 目がぁぁ! 目がぁあああ!」

 黒の力を使うことに躊躇している発言に反論しようと勢い良く振り返った黄は、大きく目を開けて黒を見つめる。
 しかし、勢い良く振り返った黄の目に、泡だらけの髪が勢い良く突っ込んだ。

 まぁ、そうなるわな……っと言った少し覚めた視線を注ぐ黒は、静かにシャワーを手に取る。

 目を擦って暴れる黄の頭を握り、黄の頭をシャワーで洗い流していく。

「目を開けるなといつも言っているだろう……」
「でも……だって」

「ふぅ……あまり気にすることはない。力は所詮力だ。

 要はどう使うかだ」

「……うん」

 それから黒は、慣れた手つきで黄の体をスポンジで丁寧に洗う。

 全身泡だらけになった満面の笑みの黄は、シャワーを手にとった黒に飛びつく。
 黄の体についた泡と水気に服を濡らされた黒は、諦めたようにシャワーを抱きついている黄に自分が濡れるのも厭わず浴びせる。

 泡を流し終えると、黒は抱きつく黄をヒョイっと引き剥がし、湯船へと運ぶ。

 黄から手を離し、風呂場を出ていこうとすると、右腕を突然強烈に引かれ、黒は湯船へと大きく飛沫を上げながら落ちていく。

「……何をする……黄 宝鈴?」
「一緒に入ろ。折角ゆず湯なんだからさ」

 ブスッとして表情で問うたのに、返ってきたのは満面の笑みの黄の返答。

 口元を綻ばせ脱力するように肩の力が抜け、黒は顔面についたお湯を手で拭って肩まで浸かる。

 黄 宝鈴がヒーローになれずこんな生活が続くのも悪くはないな……

 っと黒は思いつつゆず湯を楽しむ黄を眺め、自身もゆず湯を楽しむ。






 それから数ヶ月後。

 ダボダボの黒のタンクトップにパンツという外には一切出れない格好の黄が飛び跳ねながら朝食の後片付けをしている黒の元へとやってくる。
 その手には分厚い封筒が握られていた。

「どうした、黄 宝鈴」
「ヒーロー事務局からきたの! 厚いと合格なんでしょ!?」

 キラキラとした瞳で黒を見つめる黄から封筒を受け取ると、封を開ける。

 中には、黄の予想通り合格通知と、ヒーロー名や衣装などの候補が記された資料が同封されていた。


 『ドラゴンガール』
 『稲妻ガール』
 『カンフーガール』

 など、名称のどれにも“ガール”など『少女』をイメージする単語が組み込まれていた。

 稲妻のNEXT能力とカンフーを操る少女として売り出したい企業にとっては当然の事。

 衣装も全て女の子らしいスカートやスリットの入ったチャイナ服などをイメージされたモノが多い。

 一通り資料に目を通した黒は、机に資料を置いて黄に渡す。

 合格通知を受け取り、嬉しさ一杯に笑顔を振り撒いている黄の笑顔は、黒が置いた資料を手に取り目を通していく。

 満面の笑みは資料に目を通していくと、顔が引き攣り、赤面していく。

 そして、ワナンワナと震え、手に持った資料がクシャリと折り目がつく。

「む……むむむ」

「? どうした、黄 宝鈴?」

「むむむむ、むりぃい!! ボクこんな名前も衣装もぜぇぇええったいい無理だぁぁぁああ!!

 ボクこんな女の子らしい格好なんて出来ないよ!
 名前だって、“ガール”なんて……ボクそんな女の子らしくないし、なりたくないし!
 こんな格好で人前に出るなんて出来ないよ!

 無理無理! 絶対に無理っ!」

 顔を真っ赤に染めた黄は机をバンっと叩きながら、黒に対して抗議を始める。

 何をそんなに必死になっているのか……っと黒は覚めた視線を送りながら黙って聞いている。

 よくもこんなに感情豊かにできるものだと黒は、黄の講義の内容を一切聞かず思慮にふける。


 この世界での能力者『NEXT』は、ゲートのあった世界の能力者『契約者』と違い、感情が消えることはない。
 能力の制御に苦しむことはあれ、感情を目の前の黄のように惜しげもなく出したり、普通の日常を送っている。
 兵器として戦争に投入されることもなく、平和に過ごしている。

 もし、この世界に生まれてきていたのなら……シンは、妹は『兵器』として生きなくてもよかったのかもしれない。
 目の前の黄と何気ない日常を笑顔で送れていたかもしれない。

 昔、夜の湖で天体観測をしていた時のように……幸せに過ごせていたのかもしれない。

 受動霊媒のドールだった銀も、人形扱いを受けず生きれていたかもしれない。

 全てを失った今となってはなんにもならないがな。



「ねぇ黒! 聞いてるの!?」
「ああ……なら行くぞ。その資料をもってこい」

 黒は立ち上がると、黄のカンフースーツを投げ渡し、黒も緑のパーカーを手に取り家を出ていく。

 黄は言われた通り資料を封筒へと戻し、カンフースーツを着て家を出ていく。

 外に出ると、黒はヘルメットを被り黒のバイクに跨っていた。

「どこ行くのさ、黒」
「オデッセウスカンパニーだ」

「っえ? なんで……?」
「まだ正式に決まったわけではない。嫌ならば交渉すればいい」

 黒は後ろに乗った黄に緑のパーカーを掛ける。
 緑のパーカーを着たのを確認した黒はバイクを走らせる。

 載せてもらっている黄は、バイクを運転する黒の背中を見つめ、少し頬を染めながら、嬉しそうに抱きつく。

 黄は黒の強さに憧れ、修行は故郷で複数の師匠から学んでいた時よりも楽しくやっている。
 修行以外の日常で黒は、特に口煩く叱ったりはなく、我侭を聞いてくれるし、無愛想だが優しい。

 兄妹はいないが、もし兄がいたとしたらこうなのかな……? っと黄は黒の背中から伝わってくる体温を感じる。

 いもしない兄を思ってた黄は、実の兄でもないのにほぼ無償で全ての事をしてくれる黒にふとした疑問が浮かぶ。

「ねぇ黒。なんでこんなにしてくれるの?」
「…………」

 しかし、黒は黄の質問に答える事はなく、黙々とバイクを走らせていく。


 …………

 ……





「起きたか、黒」

「……マオ?」

 シュテルンビルトの暗い路地裏の大きなごみ回収ボックスの脇、座り込むように寝ていた黒に話しかけててきたのは黒猫の猫。

 真っ黒のコートに身を包み、黒い手袋をしたその手には白地に紫の雷を模した模様が左目に掛かっている仮面が持たれていた。

 時は、蘇芳達契約者によるトレーニングセンター襲撃の翌日の昼過ぎ。

 愛弟子の黄 宝鈴を完膚なきまでに叩きのめし別れを告げた後、黒は隠れ家に必要最低限の装備を手にし、シュテルンビルトの路地裏に姿を隠した。

 両刃のナイフ2振りと、シュテルンビルトにて最後の目的を果たし、逃亡するのに必要最低限な金額を手に持ち、残りの『李 舜生』が稼ぎ出した金は全て黄の為に黄の口座へと入金した。

 黒が『李 舜生リ シェンシュン』としてバーでバイトした賃金の大半は、この時の為に秘密裏に貯めていた。
 約3年の賃金の半分以上が貯められていたので、その金額はかなりの高額となっている。

 黒が持ったのはその中のせいぜい1割。
 残りは全て黄の口座へと移動させた。

 金銭面的には、ヒーローとしての給金はかなり高額で心配はなかったはずである。

「襲撃を受けて今までの居場所を失ったはずなのに、安らかな寝顔だったぜ?」

「懐かしい、夢を見ていた」

「そうか」

「ハヴォックと消えたお前がなぜここにいる……?」

「仕事さ。それよりもお前はこれからどうするつもりなんだ?」

 猫は尻尾をゆっくりと振りながら、アンバーから聞いていた黒の今後の行動を思い返していた。

 アンバーから聞いたのは、黒はこれから起こるシュテルンビルトでの犯罪全てをヒーロー達が駆けつける前に制圧しようとする。

 情報網を持った『HIRO TV』側に何も持たない黒が先に駆けつけるなんてものは奇跡に近い。

 それでも黒はやるのだ。

 目的を果たせず、ただただ披露だけを蓄積させていってしまう。

 だから、アンバーは黒にこれから起こる犯罪を事前に犯罪発生ポイントを教える役目を猫におわせた。

 街を走り回らせずに、無駄な体力を使わせないために……。

「蘇芳とジュライを助け出す。……それとリンを、黄 宝鈴が関わる前に事件を終わらせる」

「そりゃ……無理だな」

 黒の目標、それは2つとも守りたいっという願い。

 何者かに記憶を操作され、契約者という駒として動かされている蘇芳とジュライ。
 それを助け出す。

 ヒーローとして街を守っている黄 宝鈴。
 黒が行動を起こせば必ずヒーロー達も否応なく巻き込まれる可能性が高い。
 黒が追われる身、ヒーロー達が守るべきは黒が狙う敵……
 そんな混乱する状況で、黄を巻き込めばかなりの危険が黄を襲ってしまう。
 そうならないように、黄を巻き込まないようにする。

 それをあっさりと猫は否定してきた。

 黒は、無表情から怒りに顔を歪ませ、猫を捕まえ壁に押し付ける。
 怒りに顔を歪ませる黒を目の当たりにしても、猫は焦ることもなく飄々としている。

「しばらく見ない間に欲張りになったもんだな。一つ目は俺も賛成さ。その目的の奥に雇い主がいるんでな。

 しかし、二つ目はいただけないな」

「なぜだっ!」

「まぁ、考え方の違いかね……お互い意見を合わせなければならないってわけではないだろう?

 なんでも情報はやる。何が欲しいんだ?」

「……事件の情報をよこせ。これから起きるもの全てを」

「了解だ。まぁ次起こるのは明日の朝10時28分。シュテルンビルト銀行だな」

「そうか」

「……あぁそうだ。アンバーからの伝言を話すのを忘れてたな。

 ――『お願い、私の終わりのない旅を終わらせて』だそうだ」

 黒は静かにアンバーからの伝言を聞くと、先ほど座っていた場所へと腰を下ろす。
 隣に置いていた酒瓶を開け、浴びるように飲む。

 またたく間に一本二本と飲み干し、酔いに廻る思考へと落ちていく。





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TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


  # 09 “The colors dyed darkness ―― 闇に飲み込まれ始める色達 ――”


『死神の涙』編 G


作者;ハナズオウ







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 ジリリリッリ!!

 部屋中に鳴り響く目覚まし時計の耳に優しくない激音。

 黒の部屋のベッドに眠る黄 宝鈴は目をダルそうに開け、何を見でもなく虚空を眺める。

 目覚ましが鳴り響いて数分、黄は緑のパーカーにくるまったまま動かない。

 黄の頭を支配しているのは、先日の黒への襲撃の自身の無力さ。

「黒……ごめんね」

 思い返して出てくるのは、涙と黒への謝罪の言葉。

 何度も思考がループし、遂に黄はゆっくりと起き上がる。

 時は既に、日が頂点を目指し始めた時、いつもならとっくに家を出ている時間だ。

 虚ろな瞳で、ノロノロとベッドから下りリビングへと出ていく。

 いつもなら黒が朝食を作り、美味しそうな匂いと湯気を立たせているハズの机には何も置かれていない。

 いつもなら黒が用意してくれているハズのその日の服が置かれているソファーにも何もない。

 黄の頭についた寝癖を直してくれる櫛を持った黒も、当然居ない。

 静寂に包まれるリビングが、虚ろな視線を送る黄にこの家にはもう黄以外誰もいない事を嫌でも突きつけてくる。



 寝癖がついた薄い金髪のボブの髪にも手をつけず、着の身着のまま、昨日の黄色地のカンフースーツを着て黄 宝鈴は家を出ていく。

 虚ろな目のまま、トレーニングセンターへとやってきた黄。

 すれ違うカリーナや虎徹たちの挨拶に応えず、打撃用のマネキンの前に黄は力なく立つ。

 打撃を始めた黄は、流れるような突きと蹴りのコンビネーションを軽く繰り返していく。

 打撃によるダメージが胸に表示されたメーターに変動を与え、ダメージの大きさにより緑の光が上下に変動していく。

 メーターの緑の光は人体に致命的なダメージではない事を示しており、黄はいつものトレーニングではこの程度の威力に留めてコンビネーションの多様性の練習を行なっていた。

 だから虚ろな目をした黄が、いつも通りのメニューをこなし始めたのを見た一同は、少なからず安心した。

「とりあえずは安心ってところねぇン」

「そう……よね」

 黄が打撃練習を行なっている反対側の壁際で、心配そうに視線を送る二つの影。

 一つは、少しウェーブの掛かったブロンドのセミロングの髪をした白人の17歳程の少女、カリーナ・ライル。
 水色のTシャツに黒のハーフパンツと普段のトレーニング時の格好をしたカリーナは、朝から黄に話しかけれずにいた。

 保護者の李 舜生が前日に、人殺しとしての過去をバラされ失踪した為、黄にどういった言葉を掛けていいのかわからないのだ。
 普通に話しかけようと意気込んでいたが、虚ろな目をしてフラフラと入ってきた黄にカリーナは言葉が出なかった。


 もう一つは、ファイアーエンブレムことネイサン・シーモア。
 細身の黒人の男性で、ピチピチのタンクトップに膝先までのスパッツの格好をしており、その性格はオネエ。
 細身で締まった身体を女性のように少しくねらせ、唇に人差し指を当てながら、打撃訓練をしている黄に心配そうな視線を注ぐ。

 いつも通りの訓練を始めた黄にどこか寒気に似た不安を覚えつつ、止めることはできないでいた。
 止めようと思えば、黄は止まるだろう……しかし、黄が必死に崩れないようにしている黄自身の心を壊しかねないとネイサンは動けなかった。

 そんなヒーロー女子組の仲間である2人は、黄に接触できずに見守るしかできないでいた。
 身嗜みの乱れや虚ろな瞳をした黄を見れば、李 舜生が帰ってこなかった事も想像に難しくなかった。

 帰ってこなかった李 舜生に怒りにも似た感情を持ちつつも、李 舜生がビルから飛び降りる際に放った

『李という男はもういない』

 っという言葉が蘇り、今にして思えば李 舜生はもう帰ってくる気はないとはっきりと宣言していた事に気づく。

 李 舜生を追おうと思っても、別に指名手配されているわけでもなく、殺人現場の写真はあれど、それがこの世界で起きたのかは定かではない。
 黄に問い詰めた結果出てきた『天国戦争』や『東京エクスプロージョン』なんていう戦争や騒動は、調べてみたが起きた事実はない。

 つまり、その写真の真偽は実の所偽物ではないか。っという意見が強い。

 李 舜生が見せた体術は驚愕と言っていいほどのレベルであった。
 何かのNEXTなのではないかと思う程、その動きは洗練されていた。

 李 舜生が身に付けている超人的な体術は紛れも無く事実だ。

 しかし。李 舜生を殺人犯として追わなくてもいい。それはヒーロー達にとって、この李 舜生失踪において唯一の救いといってもいい。




 ッピ! ッピピ!!

 心配そうに眺めている2人に届いて来たのは、打撃用のマネキンに人体へ危険なダメージを与えた打撃が繰り出されたことを報せる警戒音である。

 その警戒音は徐々に間隔を縮め、トレーニングルームに鳴り響き始める。

 2人が視線を注ぐ先の黄は、明らかに普段よりも力を入れて打撃を繰り出していた。
 誰よりも華奢な体格の黄が警戒音を鳴らされるほどの威力を出せるのは、やはり身に付けた中国拳法の技術故だろう。

 力を相手に伝える技術がヒーローの中で誰よりも秀でている為、華奢な身体の足りない力を補っている。
 と言っても、普段も力を抑えて打撃を繰り出してはいるが……。

 それを普段は入れないほど力を込め始めたのだ。

 蹴り、突き、突き、蹴りと体の回転を上手く利用し、無理なく打撃を各所に打ち込んでいく。

 その全ての打撃が、ドンドンと警戒音を鳴り響かせる程の威力を持ったモノばかりになっていく。
 絶え間なく鳴り響く警戒音に、ヒーロー達は異変に気づき初め、黄の元へと視線を送る。

 そんな周りの状況の変化にも目も来れず、黄は力強く突きを繰り出し回し蹴りを即頭部へと撃ち込む。
 一心不乱に打撃を繰り出す黄の目には、ボロボロと涙を流している。

 虚ろな目をして打撃練習を始めた黄は打撃を繰り出す内に、心の奥に閉まっていた黒を失った事実が否応なく黄の心の中を襲った。
 自身の無力さへのイラつきからか、黄は普段は入れない力を込めて打撃を繰り出し始める。



 その様子にカリーナは、黄の拳を心配し、走り出す。
 打撃練習用とはいえ、その表面はある程度硬い。
 カリーナ自身も、初めての練習の時には手首を傷めた事もある。
 格闘技術が高い黄が手首を傷めるとは思えないが、手の皮を傷めてしまいそうに見えてカリーナは走り出したのだ。

 一方でネイサンは、李 舜生によって黄に叩き込まれた技術に背筋がゾクゾクと寒気が走る。
 元々黄の打撃コンビネーションは流れるように繰り出されていたが、全力に近い力を込めてもさほど変わらず繰り出せている光景は寒気が走るに十分なものだった。
 警戒音が鳴り続ける打撃を繰り出せるということは、人を打撃のみで殺せるということだ。
 保護者にして師範代の李 舜生が、どういった意図でこれほどの技術を詰め込んだのかはわからない。
 黄自身が身を守れるようにした結果なのか、

 ――はたまた『黒の死神』が戦力として育てた結果なのか。

 それはネイサンとはいえ、測りきれなかった。



「ちょっと黄! やめなさい! 血が出てるじゃない!」

 黄の元に駆けつけたカリーナは、マネキンに赤い点が着いている事に気がつく。
 マネキンの赤い点を少し見ていたカリーナの頬に赤い雫が、ッピ! っと着く。

 雫がついた位置を手で拭うと、それは明らかに血だった。

 手についた血に驚愕しつつ、その出処である黄の拳に視線を注ぐと、更に数滴カリーナの顔に血が飛びつく。

 黄の拳からの出血に気づいたカリーナは、必死に黄を羽交い締めにしてマネキンから引き離す。

 しかし、黄は羽交い締めにされて動けない腕を無視して、連続で器用に勢いを付けて蹴りを叩き込む。
 その全てがまた、警戒音を鳴り響かせる。

 羽交い締めにしただけでは止まらないと判断したカリーナは、強引に黄をマネキンから引きはがす。

 蹴りがマネキンが届かなず空振りすると、電池が切れた玩具のように動かなくなり、体中の力が抜け落ちてグッタリとカリーナにもたれる。

 脱力して普段よりも重たくなった黄に負け、床に黄を座らせつつ、カリーナも黄に対面するように座る。

「ちょっと黄、どうしちゃったのよ。いつもあんな無茶なトレーニングしなかったじゃない! そんなバカするのはタイガーだけで十分なのよ!?」

「…………うん」

「それに寝癖も……服だってそれ昨日のよね? ハヴォックはどうしたのよ……?」

「いない。猫も……皆、師匠も誰もいない。

 ――皆いなくなっちゃった」

「ちょっとっ! なんで言わなかったのよ! 昨日言ったじゃないの! 何かあったら電話しなさいって!」

「…………ボクがNEXTバケモノだから」

「……え?」

「ボクがNEXTバケモノだから……師匠や猫みたいに契約者じゃないから……皆どこかに行っちゃうんだ」

 力なく答えていた黄は、黒達契約者が去ったのは自分が契約者ではなくNEXTだからだと話始め、大粒の涙が溢れてくる。

 普通の人間の中で唯一NEXTとして覚醒し、その力に恐怖され孤独になった黄は、見えない違いから来る扱いの違いに過敏になっている。

 今回の黄の家にいた契約者全員がNEXTである黄を残して消えた事実は、ただそれぞれの思惑で消えたのは明白である。
 しかし黄は、自分が契約者ではないから皆去っていったのだと思い、昔親からも拒絶された恐怖が襲っていた。

 大粒の涙を零す黄を、カリーナは力強く抱きしめる。
 黄が痛い! っと言いそうなほど、カリーナは精一杯力強く、黄を安心させようと抱きしめる。

「違う! 違うから! 皆そうじゃないわよ。あなたはバケモノなんかじゃないわよ……」

「でも……でもだって……!」

「あんたはバケモノなんかじゃないわよ! それよりもアンタ家に誰もいないなら言いなさいよ! いつでも電話してきなさいって言ったじゃない! 今日は私の家においで。しばらく泊まったらいいから」

 黄はカリーナのお世辞にも豊満とは言えない胸にしばらく顔を埋め、グチャグチャした自身の心の中を整理するように黙る。


 しばらくして黄は、カリーナとネイサンに今日はゆっくりするように薦められ、休憩室で一日中ボーっと過ごす。

 トレーニング終了の合図が鳴っても、黄はドアに視線を送り続け動かない。

 シャワーを浴びて帰る準備を終えたカリーナが黄の元に来ても黄はドアを見続けている。

 まるで待っていたら李 舜生がいつものように笑顔でドアを開いて来てくれると信じているように……。

「黄……帰ろう」

「…………うん」

 カリーナは少し申し訳なさそうに俯いている黄の手を引いてトレーニングセンターを去っていく。






――――――――





 カリーナの家に泊まって数日が経つも、黄は布団から出ることもなく抜け殻のようにただ寝転んだまま過ごしていた。

 カリーナの両親もカリーナから黄が置かれた現状を話したため、無理に何かをさせようとはしない。

 朝昼晩とご飯を運び、食べさせるのみ。

 黄が中華系という事で中華料理を出したことはあるが、黄は食べる前に泣き崩れてしまい、しばらく手もつけられなかった。
 それ以来、カリーナ家で普段出る洋風のご飯を食べている。



 昼食を食べ終え、再びベッドに倒れ込んだ黄は、起きてからずっと眺めていた虚空を再び眺める。


 チリリリン……! チリリリリン……!


 っと静寂に包まれた黄が寝転がっているカリーナの部屋に、突如として鳴り響く黄の携帯電話。

 黄の携帯電話の番号を知っているのは、保護者の黒と友達の楓くらいで限られている。

 その携帯電話が鳴り響いている。

 それでも黄は反応を見せず、動かない。

 しばらく着信音を鳴り響かせ携帯電話は、留守電へと移行する。

『……聞こえているな、黄 宝鈴』

 留守電ボイスが流れるかと思われた携帯電話から流れてきたのは、黒猫の猫の音声。

 記録された猫の声は、反応を見せない黄に対して投げかけられていた。

『黒を引き止めに失敗して凹んでんのか? 今は……カリーナ・ライルのベッドでお休みの時かね。

 ベッドに寝てるのも飽きた頃じゃないか?

 お前さんはどうしたい? 言ってみろよ…………』

「……黒といたい……一緒にいたい」

『そうか……ならどうしたらいいか、考えるんだな。立場とか余計なモノは一切考えず、ただお前が

 ――黒が変えてくれた名前の“ドラゴンキッド”じゃなく、黄 宝鈴個人がどうしたいのか考えるんだな。

 残された時間は少ないが、お前の行動で未来はいくらでも変わる』

 ガチャリと記録音声から切り替わり、留守電に録音される着信先から声が届く。

『黄さん……楓です。

 今日も学校休みなんですね。李さんも見てないし……大丈夫ですか? メールにも返信ないし、これもいつ聞いてくれるか……

 でも、待ってます。また黄さんと遊びたいし、元気になってください』

 楓からの電話にも、黄は反応は見せない。

 携帯電話を手に取ることもなく、虚空を眺めていた。

 そして、猫の記録音声が何度も黄の頭を巡らせ、猫の質問の答えを探す。

 スーパーヒーローという立場も何もかもをとっぱらった黄 宝鈴個人の答えを……。


 グルグルと思考を回しながら虚空を眺め続けていた黄は、夕日が差し込み始めた頃に動きを見せる。

 食べる、生理現象を処理する、それ以外で起き上がることがなかった黄がゆっくりと起き上がったのだ。

 ゆっくりとベッドから降りるとカリーナから借りた部屋着を脱ぎ捨て、綺麗に畳まれた黄色地のカンフースーツに着替え、部屋を出ていく。

 カリーナはトレーニングセンターでトレーニング、父親は仕事、母親は買い物と、カリーナの家がもぬけの殻となるホンの一時間。

 黄は狙ったわけではなく、偶々この時間に動きを見せただけで、ただの偶然なのだ。

 黄はそうして、誰にも気づかれずカリーナ宅を去っていってしまう。





 それから数時間後、トレーニングから帰ったカリーナは黄と自分の分の夕食を持って自身の部屋へとやってくる。

 そこには、もぬけの殻となったベッドの上に 脱ぎ捨てられた黄に貸した部屋着が虚しく置かれていた。

「そんな……黄……」

 カリーナはもぬけの殻となった自室を目の当たりにして床に崩れ落ち、呆然と現実を受け止めるしか出来なかった。




――――――――




......TO BE CONTINUED






■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
どうも、ハナズオウです!

まず定期投稿できず申し訳ないです。
本当ならば、先週の土曜日には投稿してるはずだったのに……すみません。

あと、リアルの用事で次回の更新も遅れると思います。
九月中は少し厳しいと思います。しかし、できる限り早く次の話を投稿しようと思っていますので、よろしくお願いします。

台風で各所にかなりの被害が出ているようで……被災された地域が復興することを祈っています。

夏も終わり始めていますね。
皆様は夏を満喫されましたか? 私はそこそこですw
肌はしっかりと焼けたのですが、満喫できたかと言われたら、素直に首を縦に振れませんw

夜寒くなってきましたので、皆様体調を崩さないように気を付けてくださいね。
何事においても体は資本ですので!

話の内容についてはさほど話す事もないのですが、ちょっと暗い話が続いたので黒と黄の過去のキャッキャウフフ話を入れました。
どうでしたか?

またふとした機会に入れていきますので!
そして、ようやく外伝含みですが、『黒の異邦人は龍の保護者』は10話を迎えることが出来ました!
これも皆様読者様のおかげです。
感想に小躍りかましてハシャギ、閲覧数が伸びるのを見てガッツポーズ決めたりっとモニター前で嬉しさを噛み締めています。
これからも、皆様の期待にそえるように頑張っていきますので、よろしくお願いします。

 では、これより感想返しです。

 >黒い鳩 さん

 いつも感想ありがとうございます!

 指摘ありがとうございます!
 タイバニ勢の個性は確かに薄くなっていました。
 これからは、個性を出していけるように頑張ります。

 今回もしっかりと書けているか不安ですが、また指摘ありましたら遠慮せずコメントください!

 ドラゴンキッドは確かに、あの濃いメンバーの中では影が薄いですねw
 個性と言えば、ボクっ娘っというだけですし……

 そう言ったところも私の感性にビビっと来てヒロインに抜擢した部分はありますw


 >13 さん

 13さんにも予定はあるのは当然ですので、感想を書けなかったことあまり気にしないでください。
 私も追いつかない時ありますのでw

 黒の動向については、これからのメインになっていくので楽しみにしておいてください。
 今回の話を書いていて、黒に絶対の味方って居ないな……っと思いました。
 猫もこれまで書いたように、アンバーに雇われていますし、ヒーロー達とは離れてしまいましたし……
 こういう追い詰められていく主人公を見てる(考えてる)とゾクゾクしますw
 この話の展開は私の趣味ですのでw

 13さんも体調を崩さないように気を付けてくださいね!

 お互いに完結できるように頑張りましょう!


 >ひじゅ さん

 初めまして、ハナズオウです。
 感想ありがとうございます。

 一話から読んでいただいたようで、ありがとうございます。
 これからもゆっくりのペースで更新していきますので、のんびりと待ってくださいねw
 途中で投げ出さないように頑張りますので、これからもよろしくお願いします。


 >暦 さん

 初めまして、ハナズオウです。
 感想ありがとうございます。

 私の小説を読んでいただいたようで、ありがとうございます。

 特に指摘がなければ書いて欲しくない! っと言ったことは絶対にありませんよ。
 むしろ、気軽に数行でもいいので暦さんが読んで感じた事を書いてくれると嬉しいです。
 そう言った感想も次の作品への大切な燃料になりますので!

 同じ小説投稿板に投稿する者同士、無事に完結出来るように頑張っていきましょう!


 では、短いですが、これにて感想返しとさせていただきます。
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