俺はギュッと瞳を閉じた。
額に飛び散る血液が恐ろしい。
俺はゆっくり目を開くと黒崎は目の前にいる。
(黒崎?なぜ……)
よく見ると、背中をナイフで刺されている。
多分俺を庇った時に刺されたのだろう。
しかし、なぜ黒崎は俺を庇ったのだろう?
俺はそれすら考える暇もなかった。
「黒崎!おいッしっかりしろ!?」
俺は慌てて呼びかける。
呼吸が荒く、いつ呼吸が止まったとしてもおかしくない。
俺は心臓の鼓動の音が早くなり大きくなっていく。
汗なのか涙なのかは分からないが、頬に雫が垂れる。
ポタポタと黒崎の額に雫が落ちていく。
黒崎はゆっくり目を開き、か細い声でこう言った。
「悪いな……こんなことに巻き込んで……全部俺が悪いのにな……」
なぜそんな事を言うのだろう?
悪いのは俺の方なのに……。
俺はいつだって周りの人を不幸にさせてしまう。
父も……梶原さんも……黒崎だってッ。
なのに俺はいつでも一人だけ助かってしまう。
俺は黒崎の傷口辺りを力を少し入れた状態で握りしめる。
黒崎にとっては痛いだろうが俺には感情を抑えるためでもあった。
血が止まればいい。そんな叶わない願いを心の中でずっと唱え続ける。
「違う……俺が悪いんだ。10年前だってそうだったじゃないかッ!」
あの時も俺が自力で何とかしていれば黒崎は犯人を殺さずに済んだ。
ただの被害者ですんだと言うのに……。
俺は一体何のために生きているのかが分からなくなる。
黒崎も同じなのだろうか?
自分のせいで俺が傷ついているのだと思っているのだろうか?
そうなのか?黒崎……。
「いいや……俺のせいだ。お前が自分の責める必要ない」
黒崎はぎこちない顔で笑っている。
無理して笑っているのだろう。それが俺にとっては苦しい。
(違う!お前が悪いんじゃない!)
俺は声に出す事が出来なかった。
自分の弱さに負けてしまい黒崎の優しさに頼ってしまった。
俺は弱さに負け、嫌な思い出はすぐに消し去ってしまう。
そのような精神的な病気があると言う事は昔から知っている。
10年前だってその事に気が付いていたが忘れているため全く分からない。
父や母は消えてしまった記憶の数々を全て黙っていた。
俺が壊れていくことを恐れていたからだろう。
俺にとってはそれが何よりも辛い事だと言うのに……。
皆は忘れた方がいいと言う。
皆俺の気持ちなんて分かるはずもない。
この事も時期に忘れてしまうのだろうか?
父の死の事も……徐々に消えかけている。
(あれ?父さんってどこで死んだんだっけ?どんな顔でしてんだっけ?)
母はそれでも黙っているのだろうか?
『お父さんは病気で死んだ』
などと言うのだろう。
ウソを言って俺を落ち着かせる気なのだろうか?
黒崎の息が消えかけている。俺は何もできない。
ふと見ると梶原さんが突入してきた警官に取り押さえられている。
警官かは言ってきた事すら今ようやく気付いた。
どれだけショックなんだろうと自分を小馬鹿にして笑いたい。
でも、黒崎は何も言ってくれない。
(ほら、俺の事を笑えよ……バカにしてくれよッなぁ……なぁってば!)
俺は心の中で何度もそう言った。
いつものように俺が腹の立つような事をしてほしいと言う思いだ。
すると、黒崎はゆっくり小さな声で囁くように言った。
「ゴメン……もう俺の事は忘れたっていいから……」
そう言って、瞳を閉じ動かなくなった。
鼻からも口からも息がしてこない。
俺は何度も黒崎と名前を呼び体を揺さぶる。
でも、人形のように揺れるだけであった。
もうこの体には魂はない……ただの抜け殻だ。
死んだ?皆死んだ?俺も?
「白川さんッ行きましょう」
警官に肩を揺さぶられたが俺は呆然としているだけだった。
もう黒崎の事は忘れようか?
それとも、悲しみながら覚えている方がいいのだろうか?
「黒崎?おいッ黒崎!?」
俺はそのままずっと泣き叫んでいた。
泣きつかれ、気を失うまでずっと……。
気がつくと俺は病院のベッドで寝ていた。
隣には母親がニッコリ笑いながら俺の名を呼ぶ。
俺は辺りを見渡す。
「拓真……大丈夫?黒崎君が……」
「クロサキ?誰、それ……」
母は驚いたような顔をして、すぐに安らかな顔に戻った。
何でもないと母は言う。
父の死の事もやはり、病気のせいだと言った。
でも、俺は本当の真相はもちろん分かっているはずもない。
母は病室を出ると泣いていた。
きっと俺の精神的な病の事だろう。
10年前も、別の事の時だってそうだった。
「拓真……もう何も思い出せないの?」
そう繰り返していた。何となくその事には気が付いていた。
でも、何のことかは分からないがまた何かを忘れてしまったのかと思った。
だったら、嫌な事は忘れよう。
新しい楽しい事だけを見ていこう、その時はそう思った。
数日後、俺は退院をした。
俺はなぜだか辞表を出し刑事の仕事を辞めてしまった。
覚えているのなら、黒崎が原因だ。
しかし、俺は心の奥底で刑事を辞めないといけないと思ったからだ。
今は雑誌の編集の仕事をしている。
周りの人は『なぜ刑事を辞めてしまった?』そう口々に言う。
俺にはそんな事はどうだっていいと思っている。
ある日、俺はふと街を歩いていた。
電気店のテレビにはニュースなどが流れていた。
『半年前のテロ事件で死んだとされた黒崎レイヤなのですが―――』
(クロサキ?誰の事?それ―――……)
ニュースキャスターが一文字も噛まず資料を読み上げる。
俺には全く見覚えのない黒崎と言う名前を何度も言う。
すると、誰かに肩をポンポンと叩かれた。
俺はゆっくり振り返ると。
『数日前から黒崎によく似た人物の目撃情報が相次いでいます』
「白川さん―――……」
黒いニット帽を深く被った金髪のハーフの青年。
まさかね……いるはずないよね?まさか―――……。