最近の俺はラーメンばかり考えている。
売れるには、みんなに美味しいと言ってもらえるようにするには。
どうすればいいのか、採算を度返しするならそれは簡単だ。
だけど、そんなことをしたら生活が成り立たなくなる。
屋台で引いてラーメンを売る、充実してはいるが当然ながら俺にとって世界とはラーメンに等しいものとなっていた。
しかし、それでいいはずはない。
ユリカと結婚するためには店を出す程度はやってのけないといけないし、
ルリちゃんをいつまでも屋台のラッパ持ちにしておけない。
そう、俺のラーメンには3人の生活がかかっている。
しかし、それはうまくいっていない。
それなりの稼ぎはあるものの、ユリカが軍で働かなければままならない状況が続いている。
つまり、俺の稼ぎはまだその程度でしかないのだ。
「カワさん……テンカワさん」
「ん? ああ……すまない、ルリちゃん」
「いえ、それよりも製麺所の依頼が終わったのでしたら今日は休みということですね」
「ああ。流石に言ってすぐは出来ないだろうからね」
今回、麺の小麦粉と水の配合比を変える依頼を製麺所に出した。
少し麺を固くしてみようかと考えたんだが。
当然ダシのほうもそれに合わせているので、出来上がるまではラーメンを作れない。
だから今日はテンカワラーメンの休業日ということになる。
「なら、ちょっと行ってみたい所があるんですが」
「行きたいところ?」
「はい、今日は近くの広場で収穫祭をしているようなので」
「収穫祭か、確かバザーみたいなことをしていたと思うけど。ルリちゃん人ごみは大丈夫?」
「あまり得意じゃありません。なのでテンカワさん。宜しくお願いしますね」
「ははっ、分かったよ。手、繋ごっか?」
「はい」
最近のルリちゃんは変な遠慮がなくなったというか、俺との接し方が柔らかくなった。
というか、時々強引に連れ出されたり、言うことを聞いてくれなかったり。
かなり芯の強い所をみせつけられている。
「予想通りというか、すごい混雑だな……」
収穫祭の会場は広さはさほどでもないのだが何十という露天が立ち並び、
農業や漁業の収穫と、地元の店の内出店を希望した所が店を出している。
俺はまだ店を持っていないため声をかけてはもらえなかったが……。
「……ラーメン屋があります」
「一度食べてみるか?」
「いいえ、テンカワさんのラーメンがありますから」
「食い飽きてるか」
「そういうわけでは……」
「じゃあそうだな。服はどうだ?」
「え?」
「まあ、普段ユリカがいろいろ買ってるからいらないかもしれないが」
ルリちゃんは少し考えてから、俺に視線を戻す。
そして、少しだけはにかんだように。
「買って……くれませんか?」
「わかった。バザーだから中古なのが多いと思うけどいいかい?」
「はい」
俺とルリちゃんは収穫祭のバザーとなっている部分を回り、いい服がないか探す。
だが、幾つか面白いモノは見つかったのだが、買うには至らなかった。
そうして一通り見て回り、そろそろ別の種類の店にでも行くかと考えた時。
「あっ、ルリルリじゃない!」
「ヒカルさん?」
「ヒカルちゃんじゃないか、久しぶり」
「久しぶりだねー♪ テンカワ君はルリルリに服を買ってあげるつもりなの?」
「まあ、何かいいものがあればとね」
「あるよー、あるある! ルリルリにピッタリなのが!」
「え?」
「あ……」
そう言ってヒカルちゃんはルリちゃんを着替え用に用意してあったのだろう仕切りの向こうへ連れ込んだ。
「流石ルリちゃんお肌つるつるねー♪」
「ちょヒカルさん?」
「ここをこうして、これなんかどうかにゃー♪」
「あっ、そこは、やめてください。自分でできますから」
「そう言わずに。ね?」
「こんな格好をするんですか?」
「うーん流石だねぇ。これならヒロインのブツブツ……。
おっといけない、テンカワ君に見てもらわないとね」
「あっ、やめてください」
「じゃじゃーん♪」
ヒカルちゃんが用意していたのはチャイナドレス明らかにスリットがパンツの見える辺りまで入っている。
こういうのは確かズボンを一緒に履くんじゃなかったか?
明らかに短すぎる……。
まあ、ルリちゃんには確かに似合っている気もするが……。
「……どこにそんなの持ってたんですか」
「いろいろ用意してるよー♪ かーいい娘に着せようとね!」
「兎に角、そんな格好じゃルリちゃん表を歩けないでしょう」
「うーん、なかなかいい服だと思うんだけどねー。なら!」
「あひゃ!?」
またルリちゃんを仕切りの向こうへ連れ込み色々しているようだ。
そしてまた、暫くして出てきた。
「じゃじゃーんナース服ー!」
「これもスカート短いです……」
「それがいいんじゃない。テンカワ君を悩殺よ♪」
「えっ……」
「兎に角、コスプレじゃない奴にしてくれ」
「ちぇ、注文が多いねぇテンカワ君は」
「じゃあもう……」
「待って! まだあるからね!!」
「はぁ……」
「今度こそ気にいるって! だからこっちにきて!」
「どれでもいいですが……」
そんな感じでまたすったもんだを数分繰り返し、着替え終わった頃に俺は振り返る。
するとそこには……。
「すいません、初めて着たもので……」
「いや、大丈夫か?」
靴を放り出して倒れているルリちゃんを引き起こすと何かがおかしいことに気づく。
口紅? いや、色はついていないリップか。
ちょっとしたことで結構なまめかしく見えるものだな。
「びっくりしたよ。ルリちゃんもかなり大人になってたんだね」
「そう……ですか?」
「ああ、びっくりしたよ」
「もう、見せつけてくれちゃって♪
それで? 買ってくれる気になった?」
「ああ、頼むよ」
「じゃあ、チャイナとナース服もつけてざーっとこんな感じ!」
「ちょっと割り高……」
「あっ、別に……」
「いや、買おう」
またルリちゃんに気を遣わせてしまう所だった。
全く俺は保護者として失格だな……。
しかし、明らかに自分が着られないような服をこんなに沢山持ってるとは……。
ヒカルちゃんも大概だなと思った。
ともあれ、俺達はそのまま収穫祭の会場をめぐってみる事にした。
ルリちゃんの好きなものを買おうと思っていたが、実際のところ俺の好みの物を買った事の方が多かったかもしれない。
なにせまあ、使い勝手がよさそうな食器や料理器具が結構出ていたからな……。
「なんか俺ばっかり買ってごめん」
「いえ、テンカワさん楽しそうですし、私も楽しいです」
「そういえば、そのテンカワさんっていうの。そろそろやめない?」
「え?」
「一応俺が保護者なんだし、苗字で呼ぶのも変じゃないか?」
「あ……、そうですね。じゃあアキトさんで」
「えっと……そうなるかな……」
「はい、流石にパパとか呼べません」
「ははは……」
確かに年齢的にちょっと厳しいというか、付き合いが長くなった分余計にそうかもしれないな。
そうして、祭りを回りたこ焼きを買って帰ることにした。
「人通りが減ってきたな」
「はい、ちょっとここで食べていきましょう」
「たこ焼きか、久しぶりな気がするな」
「じゃあ、アキトさん。あーんしてください」
「え?」
「あーん、です」
「……いや、そのちょっとまずいだろ……」
「して、くれないんですか?」
「う”……」
ルリちゃんは下から瞳を潤ませながら見上げてくる。
服装がいつもとは違うせいで余計にそう感じるのかもしれないが……。
余計に恥ずかしいんだが……。
こういうのもスキンシップの一つなのだと割り切る事にした。
「……じゃあいくぞ、あーん」
「やっぱりやめます」
「な?」
「ユリカさんに悪いですし。ね?」
いたずらっぽく微笑みながらたこ焼きを口に付けるルリちゃんに俺はどうしていいのか分からず。
呆然としていることしかできなかった。