収穫祭の日から数日、俺は相変わらずラーメン作りに力を入れている。
セイヤさんの作ってくれたロケットブースター付き屋台(ロケットブースターは取り外した)を引きながら。
団地の近くの公園や、駅の近く等人通りの多いところを選んで出している。
ユリカはいつも仕事が終わってから手伝いに来るので大体6時ごろに合流する。
今は朝の10時ごろ、少し早いが昼時を狙ってという意味ではこれくらいがいいと考えている。
因みに、この屋台は3台目で、一代目は自爆装置のおかげで吹っ飛び、二代目は迎撃装備の御陰で客が寄り付かなかった。
「セイヤさんも悪い人じゃないんだけどな……」
「悪意はないでしょうが、やってる事は犯罪です」
「あははは……」
確かに、考えてみれば武器を勝手に作るのは銃刀法や、テロ防止法やその他もろもろ引っかかりそうではある。
まあ、今までも問題はなかったんだから、これからもないと信じたいけどね。
そう言えばルリちゃんはいつものチャルメラの他に手提げ袋を持っている。
いったい何を持ってきたんだろう?
っと、思考が脇道にそれた。
セイヤさんは確かにあーだが、俺達にとっては恩人である事も事実だ。
彼がいなければ、俺は屋台を出すのも難しかったはずだ。
実際、地元の商工会や、場所代を要求してくる例の組織にも話をつけてくれた。
「ルリちゃんは相変わらずきついなぁ」
「自爆装置の時は全治一週間の怪我、迎撃ミサイルではお客さんに賠償もしましたよね?
はっきり言って、ここ数ヶ月の稼ぎは殆どそれに消えたと思いますが?」
「ぐっ……確かにそれを言われると辛い……」
実際その通りなので否定もできない、とはいえどうにか返済も終わり、これからは頑張ろうと考えている最中でもある。
希望を持っていきたいものだと思うよ、本当に。
そうは言いつつも、目が潤むのまでは止められなかった。
思わず腕で目を擦りごまかす。
ルリちゃんにはバレてないと思いたいが……。
「さて、今日はこの辺で店を広げるか」
「わかりました」
幸い、今日はよく晴れている、雨の日だと屋台の屋根のある手前4席くらいが限界だが、
晴れなら別途用意した机や椅子等も出すことが出来る。
一応大型のパラソルも用意はしているが、正直屋台から出る背中を隠す足しにしかならない。
まあそれはともかく、周囲に簡易の机を3つ並べ、客席をそれぞれ用意する。
まあ一応20人は座れるようにしておいた。
昼はそれほど来ないんだが……。
ラーメン屋のメインはやはり夜、酒を飲みながらという客が多い。
幸いにして車で来るような場所でもないので、あまり気にしないが車でのお客には酒を出さない事にしている。
「さて、始めるか」
「はい」
ルリちゃんはいつも最初から手伝いをしてくれている。
学校に行くべきだというのは、いつも言っているのだが、テンカワ家の家計では難しいのも否定出来ない。
先ほど言ったように、借金の返済がようやく終わったところで、貯蓄がないのだ。
幸いルリちゃんは中学生の年齢だから中学に通わせるならさほど問題もない。
しかし、高校、大学と恐らく飛級で一気に行ってしまうだろうことと考えると、結構な資金が必要だ。
とはいえ、奨学金は将来に対する借金でもある。
その辺の理屈もあってルリちゃんにあまり強く言えないのが辛い所なのだ。
「今日は駅前通りですから、人は多いはずですが……来ませんね」
「まあ、昼頃になればもう少し来るだろう」
「それはそうですが……」
実際、俺の屋台は届出も出しているし、人気もそこそこにはある。
ただ、会社帰りのサラリーマンがやはり一番の客層であるため、昼時はあまり来ないのが実情だ。
11時頃からぽつりぽつりと増えていき、2時過ぎまでに十数人も来れば多いほうだろう。
だが、夜は5時から9時過ぎまでで平均60人は来る事を思えば少ないと感じなくはない。
代え玉等を頼む人も多いので、売上はそこそこあるのだが、店を持つには10年はかかりそうだ……。
「アキトさん」
「なんだいルリちゃん?」
「私も売上に貢献できないでしょうか?」
「ん? いや、既に貢献してもらってると思うけど? ウエイトレス代わりに使って申し訳ないと思う位だ」
「オモイカネとお話したのですが、その、ウエイトレスは見た目も重要だそうですね」
「それはまあ、否定しないけど」
「その……、少し待っていて下さい」
そう言うと、ルリちゃんは駅へと走って行ってしまった。
余り想像すると不味いが、ここでトイレに行きたくなった場合駅に行くのが一番近い。
恐らくそうなのかと思わなくもないが、先ほどのルリちゃんの言葉も気になる。
とは言うものの、早速お客さんが来たようなので、俺はお客さんへの対応をするのに手一杯になっていた。
そうして20分ほど、お客さんにラーメンを出したり世間話をしたりしていると、ルリちゃんが戻ってきた。
しかし……。
「ルリちゃんその姿は……」
「あまり着慣れない服なので手間取ってしまいましたが」
俺は一瞬息を呑む、ルリちゃんが可愛いという風に思ったのも一瞬、
むしろルリちゃんを注意しなければという義務感が巻き起こった。
そう、ルリちゃん着ていたのは、この前の収穫祭に出ていたバザーでヒカルちゃんから買ったオマケの一つ。
チャイナ服、それもパンツが横のスリットから見えかねない危険なものだった。
確かに、その服装とルリちゃんの外見なら客寄せにもってこいではあるが……。
野外でするような格好じゃないのも間違いない。
「ルリちゃん気持ちは嬉しいが……」
「私は大丈夫です。ナデシコに乗っていた頃は、皆もよくパンツを見せてましたし」
「いや、否定はしないけど! あれは宇宙空間だからとか、ほら、視点の上下の問題で!」
「お店さえ持てれば、問題なくなるはずです」
「……はぁ、分かった今日一日だけ、昼のうちだけだからな」
「はい」
夜になれば酔っ払った客も多くなり、実際ルリちゃんにセクハラしようとした人もいた。
だから、夜は絶対させられない。
昼だって本当はまずいのだ。
だが、ルリちゃんの真剣さを見ると、無碍にもできない。
はぁ弱腰だなぁ、俺……。
お昼はルリちゃんのおかげか普段の倍以上の人が来てラーメンを食べていった。
万々歳ではあるんだが、やはりお客さんの目が気になる。
当のルリちゃんはさほど気にしていないようなのだが、皆の視線がスリットに集中するのは見ていられない。
そんな心配をしていると、ガラの悪い2人組みが近づいてきた。
「へへー、ちっちゃいのにエロい格好してんなー」
「おう、ちょっと付き合ってくれよ」
「お断りします。この格好はあくまでウエイトレスとして着ているだけです」
「ちょっとお客さん。キャバクラじゃないんですからお触りは厳禁ですよ」
「なんだぁてめぇ! こんなちっちゃい娘にこんな格好をさせておいて。労働法の違反じゃねーのか?」
「う……」
「それよりは、おじさん達とイイコトして遊んだほうがいいだろこの子も」
「あんたら、この子が幾つだと思ってるんだ!」
「うるせぇ!」
「ぐぉッ!?」
「アキトさん!?」
顔面に一発きついのをもらってしまった。
くそっ!
俺は喧嘩弱いってのに!
「ルリちゃん! 今は逃げてくれ! 警察とか呼んできて!」
「はい」
「お前だって捕まるぞ!」
「うるさい!」
「ちっ、逃がすか!!」
「行かせるかよ!」
俺は追いかけようとした一人の足元にしがみついて追いかけるのをやめさせる。
苛立った男にしこたま殴られる。
痛い、はっきり言って顔ももうボコボコだ。
だが、俺はルリちゃんの保護者なんだ! 絶対! 絶対放すものか!
「ちっ、おい!」
「ああわかってる。いい加減にしやがれ!」
「ぐぉッ!? ガハッ!?」
もう一人が今度は俺の背中を踏みつけて来た。
だが、それはそれでありがたい。
ルリちゃんの方にはいかなかったということだから……。
お客さんたちも粗方逃げ出していた。
とばっちりがいかなかったようで一安心だ……。
不味いな、そろそろ意識が朦朧としてきた……。
「こっちです! こっちで暴行事件が」
なんだ……このサイレンは……ああ、警察の……。
朦朧としつつも、どうにか助かりそうだと俺は一安心した。
音が近づいてくる……。
「やばいぞ、サツを呼ばれたか!」
「さっさと逃げようぜ!!」
「くそっ! ケチがつきやがった!」
「店で埋め合わせすりゃいいだろ!
花目子(けめこ)行こうぜ最近新しいママが入ったって噂だぜ!」
「わーったよ!」
態々逃げ場所を言っていくのも馬鹿っぽいが、俺も大概限界に近い。
体がもう動かない……。
だが、そんな俺の所に走ってくる影があった。
「アキトさん! アキトさん! しっかりしてください!」
ルリちゃん……そうか、無事でよかった……。
そう思った次の瞬間、俺は意識を手放していた……。
その後数日俺は入院する羽目になった。
実際のところ、大した怪我というわけでもなかったが、腫れがなかなか引かなかった。
ユリカとルリちゃんが交互にお見舞いしてくれるため退屈することはなかったが。
実際、ルリちゃんは今回の件を自分の責任だと感じているらしく、
最初の頃はかなり悲愴な顔をしていたが、俺が宥めているとそれを悟ったらしく、
「逆に気を使わせてしまったみたいですみません」
「いや、それよりも」
「はい、チャイナドレスは封印します」
「ああ、いくら可愛いと言ってもお客さん達を刺激しすぎるからねあれは」
「アキトさん……」
何故かルリちゃんが頬を染めたのだが、理由は不明だった。
ともあれ、その日以来、ルリちゃんのチャイナ服姿を見てはいない。
部屋の外では……。