コードギアス 共犯のアキト
第二十六話「魔女と学園祭」
九州戦役から早1週間……九州、中国方面のブリタニア軍は消耗した戦力の建て直しと事態の収束に未だ慌ただしいが、他の各地のブリタニア軍の動きについて目立った動きは見られなかった。
長崎、熊本、鹿児島方面のブリタニア軍も、基地の建て直しや残党の掃討に走り回るだけで、何かしらの調査に動いている様子は特に見られず、黒の騎士団の面々はこれに安堵の溜息をついた。
「どうやらウチの機密情報がブリタニアに漏洩するという最悪の事態は避けられたようだな」
「しかし完璧な情報の隠蔽など不可能だ……通信機のログなどを調べられれば直ぐにバレるのでは?」
「そこは安心なさい。オモイカネが徹底的に痕跡を消去してるから、暫くは時間がかせげるでしょ」
「……まぁ、無人兵器があれだけ暴れたのですから、何かあったとはブリタニアも直ぐに気づくでしょうしね」
扇、藤堂、ラクシャータ、ディートハルトという、黒の騎士団の重要幹部が移動用トレーラーのリビングに集い、トウキョウ租界の地図を広げながら先の作戦について話していた。
無人兵器と、黒の騎士団の切り札ともいえるユーチャリスの回収は上手くいったものの、佐世保であれだけ暴れてしまえば、同時期にゼロが福岡基地に現れていた以上、黒の騎士団の関与を疑うものは必ずいるだろう。
聞けば澤崎は福岡基地で無人兵器を使っていたというから、枢木スザクとドロテア経由で無人兵器の存在が露呈するのは時間の問題だ。
「だからこそ、この日本奪還作戦だ」
「敵がこちらの無人兵器の対策を取る前に、一気に中枢を叩く……それは分かるけど、まさかこんなに早くこの機会がくるなんてなぁ」
扇がしみじみと感慨深げにそう呟いた。
ほんの数ヶ月前までは、バイク一つ調達するのに苦労した弱小レジスタンス組織が、ここまで巨大になるとは想像もつかなかったし、ましてや一年も経たずに日本を取り戻す機会に恵まれるなど思ってもいなかった。
一から組織運営に関わっていた扇としてはそんな感情に浸るのも無理はないだろう。
「所で扇副指令、ゼロは今日はどちらに? 連絡は取れるのですが、何やら忙しいようで途切れ途切れにしか話せないのですよ」
「ん? あ、あぁ〜〜……ゼロならカレンと租界の偵察に言ってるよ。前線司令部の宛があるから、そこを見に行っているんだ」
「現地の工作員と会って作戦時の打ち合わせもすると言っていたな」
「……それは総司令の仕事ではないと思うのですが?」
「い、いや、彼も表での生活がある以上、常にコチラにはいられないだろう? 表の役割も兼ねての偵察なんだから、連絡が途切れ途切れになるのは仕方ないって!」
そうしどろもどろにそう説明する扇に、ディートハルトは前々から感じていたある疑念を確信した。
(この様子ですと、扇副司令はゼロの正体を知っているようですね……恐らくフォローに回った藤堂氏もそうでしょう。カレンさんが一緒と言うことは彼女もゼロの正体を知っている。ラクシャータの反応が無いのは、単に興味がないだけか?)
ある時期から、扇や藤堂がゼロに対して持っていた壁のようなものが見受けられなくなっていた事には気づいていたが、加えてゼロの不在時のフォローにも積極的に回っていたことには違和感があった。
だがゼロの素顔と事情を知ったというなら納得はいく。
扇副司令だけならともかく、実直な藤堂もゼロのフォローに回っている事を顧みれば、団が割れるようなことは避けられるだろうが、ディートハルトにとってみれば面白くあろうはずもない。
(まぁ、私があくまで撮りたいのは、ゼロという英雄が為す偉業とその軌跡。彼の素顔と事情については興味深いですが、今それを知ったところで彼の覇道の邪魔になるだけでしょうし……この件については今は自重しましょうか)
確かにゼロの素顔はジャーナリストとして非常に興味深いが、それを追求してゼロの不興を買えば本末転倒だ。
ディートハルトはそれ以上の追求をすることはなかった。
一方の扇と藤堂は、追求が無いことにホッとすると、潜入先のアッシュフォード学園でゼロ――ルルーシュと行動を共にしているカレンに対して心の中で応援していた。
(さて、ルルーシュ君とカレン君は今頃十分楽しんでるかな?)
(頑張れよカレン。天国のナオトと一緒に応援しているぞ!)
日本解放の戦いまで目前という時期というのに、黒の騎士団にはどことなくゆる〜い空気が漂っているのだった。
一方、そのカレンはといえば……
(ゼロと二人っきりで前線司令部の偵察っていうから、何事かと思ったけど、まさかアッシュフォード学園なんてね。それにしても……)
「おぉ〜い、カレンちゃ〜ん! 注文お願〜い」
「こ、こっちも、こっちも!」
「ねぇねぇ、ちょっと笑って手を振ってみてよ!」
「そんなことよりさ、今度僕とデートでも――」
(あぁ〜〜〜、コイツらマジウザったいっ!!)
にこやかな笑顔で接客しつつ、その裏で盛大な毒を客に対して吐きながら、何故かメイドの真似事をしているのだった。
現在アッシュフォード学園は年に一度の学園祭を開催しており、生徒の自主性を促す方針と学園長&生徒会長の根っからのお祭り好きによって、一般にも開放された盛大な祭りとして大いに賑わっていた。
自主作成の映画放映や美術絵の展示といった学園祭としてはオーソドックスな出し物から、各種飲食店に加えて旧日本の縁日を参考にした遊戯露天、他にもお化け屋敷やクロヴィスの表紙が目印の同人誌の販売(!?)等幅広く行われている。
そしてここ、とあるクラスの一室では我欲に忠実な学生の趣味が大いに反映された『メイド喫茶』目当てに多くの男子生徒が足を運んでいた。
『全く! ゼロと一緒に学園祭を回れると思ったのに、なんだってこんな事をやらなきゃいけないのよ!!』
普段学園に出ないカレンであるが、おしとやかな貴族の令嬢という噂が立つだけあって、数多くの女生徒の中でも抜群の人気を誇っている。
そんな彼女のメイド服を見るために、わんさかと集まってくる男子生徒にカレンはうんざりしながらも、被った猫をばらすわけにはいかないと、笑顔で接客を続けていた。
それに、カレンもただ漠然と仕事をしているだけではなかった。
「ごめんなさい、注文いいかしら?」
「ハァイ、ただいま〜」
一人の女性客の注文を受けにそそくさとテーブルに近づくと、不自然にならない程度に体を近づける。そうしてその女性から素早く小さなメモを受け取ると、注文を受けてその場から立ち去った。
(これで今日の脱出ルートと、当日の侵入経路は確保っと……)
万が一のことを考えて、今日この場に軍が襲撃してきた時の脱出経路、そして租界襲撃時に使う侵入ルートを諜報員から受け取り、今日のおおよその目的を達成する。
この学園祭では一般市民だけでなく、イレブンにも広く公開されているため、租界での様々な情報を受け取るには絶好の機会だった。
そして情報の受け取りが終わったのなら、ここにいる意味は最早無い。
「ごめんなさい、生徒会主催の出し物の準備があるから、私は上がりますね」
「う〜ん、カレンさんって人気があるからもう少しいてほしかったんだけど……それなら仕方ないかぁ」
他の生徒達にそう謝りつつ衣装室に引っ込むとそそくさとメイド服を脱ぎ始めた。その最中、ふとゼロにはこの衣装を見てもらったかも…とふとそんな考えが頭をよぎったりもしたが、カレンはそれを頭から追いやり、クラスを後にした。
「ハイ、こちら生徒会室……あぁ、お疲れさまです。荷物は裏庭の資材倉庫に保管しています。ちゃんと名前を記入してから受領してくださいよ?」
「はいは〜い、こちら生徒会長のミレイで〜す♪ えぇ? イレブンの一般人が柄の悪い人達に絡まれている? 直ぐに警備委員を派遣しますので場所を教えて下さい」
「えっと……アキトさん、イベントに使う材料の用意は――」
「大丈夫、既に昨日の内に下拵えは完了しています。ガニメデの調整も完了していますから、あとはオーブンが来るのを待つだけです」
その頃、生徒会の一室は、さながら戦場の司令室のように情報が飛び交っていた。いくら生徒達がこのようなお祭に慣れているといっても、多くの一般人が学園を訪れるとなればトラブルは必須。ましてや午後にあるイベントのために多くの外部業者が学園を訪れることもあって、荷物の受け入れや車両の誘導・設置も当日にこなさなければならないため、主催の生徒会は大忙しなのだが――
「いやー、しかしラピスちゃんやアキトさんが前もって雑務のほとんどをやってくれてたから、大助かりだわ〜」
「いえいえ、私は材料の下拵えをやっただけですし、ほとんどラピスのおかげですよ」
「何言ってんの! それでも何十箱もある野菜の下拵えなんて、そうそうできるもんじゃないわよ!」
この学園祭の目玉イベントの一つとして巨大ピザの製作が企画されているが、直径十メートルのピザだけあって用意するオーブンだけでなく材料も半端な量ではない。
下味をつけたりといった面倒な準備は必要ないものの、何十箱もある大量の野菜を切るだけでも大変な重労働だ。アキトの助けがなければ、学園祭当日になってもまだ材料を切っていたかもしれない。
「っと……ルルちゃん、そろそろ時間じゃない。ここは私達に任せて行ってきなさい」
「いいんですか? 会長」
「さっきリヴァルからオーブンも搬入したって連絡があったから、後は本番を待つだけだからね……シャーリーも楽しみにしていたんだから、あなたも楽しんでらっしゃい♪」
「それじゃあお言葉に甘えて行ってきます」
そう言ってルルーシュは席を立つと、そそくさと生徒会室を後にする。以前シャーリーと結んだ学園祭を一緒に回るという約束を果たすためだ。
そしてルルーシュの姿が見えなくなると、ミレイはにんまりとした笑みを浮かべると、アキトのほうへと向き直る。
「それじゃあアキトさん、後を付けて下さいね♪」
「……主人に対して出歯亀のような真似をしたくはないのですが?」
「あらぁ、アキトさんはルルの恋を応援したくはないの?」
心底楽しそうな声でそう言うミレイであるが、アキトとしてはむやみに人の恋路に首を突っ込むのは、過去の経験から得策ではないと思っている。
しかしこのような祭りの最中に無粋な輩が出ないとは限らないし、彼の裏の立場を考えても護衛役は必要だろう。
「はぁ……分かりましたよ。ですが、詳細な結果はプライベートもありますから伝えませんよ?」
「えー、つまんなーい」
「ミレイちゃん、あまり人の恋路に突っ込んじゃ駄目だと思う……」
そんなミレイとニーナのやりとりを聞いて苦笑いしながら、アキトは生徒会室を出て、ルルーシュを追うのだった。
ちなみにこの後直ぐにカレンが生徒会室へと戻ってきたのだが、ミレイから事の詳細を聞いてガックリと項垂れたのはまた別の話……。
そしてそんな事情を全く知らないルルーシュは多少の緊張を持ちながら、シャーリーとの待ち合わせ場所へと向かっていた。
彼女の父親を殺してしまったからという後ろめたさから思わずしてしまった約束ではあるが、立ち直った彼女に対してそんな思いを抱いたままではシャーリーに対して失礼だろう、とルルーシュは考えていた。
(だがいずれ償いはしなければな……シャーリーだけじゃない。俺がギアスで狂わせた全ての人達のために)
その日が来るまではまだ途方もない時間がかかるだろう。いまだ日本のどの地区も奪い返すことはなく、一レジスタンスでしかない黒の騎士団にとっては、償いなどまだまだ先のことだ。
これからもこのエリア11には多くの血が流れることだろう。そして一週間もしない内にこの租界にすらも、それを強いることになる。
七年の間に作られたブリタニアの象徴ともいえるこの租界は、破壊の運命を迎える。それは全て新しい秩序の創造のための破壊だ。
だが罪無き人から見ればそれはただの暴虐にしか映らない。そう、租界に住む人々から見ればゼロは只のテロリストで、市民は秩序を乱す破壊者としか見ないだろう。
それは、今も広場でそわそわしながら待っているシャーリーも同様に考えているはずだ。
ルルーシュは柔和な笑顔でシャーリーの元に向かい、彼女もこちらに気づいたのか若干堅い笑顔でルルーシュを迎えた。
「ごめん、シャーリー。遅くなってすまない」
「う、ううん! 私も今来た所だから」
紅潮した顔でそう答え、笑みを浮かべるシャーリーに対して罪悪感を心の中で押し殺しつつ、ルルーシュは彼女を伴ってゆっくりと歩きだした。
「それで、どこから行こうか?」
「え、ええと、それじゃあね――」
いくらにぶいと言われるルルーシュでも、彼女が自分に向ける感情がどんなものであるかくらいは想像がついた。
だがそれは決して許されるものではない。彼女の父を殺し、今もそしてこれからも多くの血でこの手を染めるようなことになる自分が、彼女の想いに応えてはいけないのだ。
だが、今日この日だけは彼女の想いに応えたかった。例え偽りの仮面を被ったとしても、シャーリーが自分に向ける感情は、偽りのない純粋な好意だったのだから――
同時刻、トウキョウ租界、エリア11総督府発着場
多くの輸送機がひっきりなしに離着陸を繰り返すその傍らに、複数のサザーランドに警護される一団があった。
「申し訳ありません兄上、満足な歓迎もできぬままで……」
「いいんだよコーネリア。私とて君が多忙なことは良く知っている。寧ろ君に気を使わせてしまって申し訳ないくらいだ」
その一団の中には、エリア11の総督であるコーネリアとブリタニア宰相のシュナイゼルの姿があった。
シュナイゼルは、先に起こったキュウシュウ戦役においてブリタニアが被った被害や中華連邦兵士の捕虜についての交換について、交渉に向かう所であり、コーネリアはそれの見送りに来ていた。
「しかしよろしいのですか? クシェルフスキーをこちらで預かってしまって」
「黒の騎士団の動向を考えると、少しでも戦力が多いに越したことはないだろう? それにこれは陛下も了承済みの事だ。私にはちゃんと直下の正規軍が同行するし何の心配もいらないよ」
「兄上がそう仰るのでしたら……」
コーネリアが驚いたのは、ここに来るまで同行していたラウンズのモニカを、このエリア11に置いていくと言い出した事だ。
コーネリアとしても、ラウンズが更に一人加わってくれるのは有り難いので異論は無い。しかしキュウシュウ戦役でのブリタニアの被害は軽視できるものではなく、交渉役のシュナイゼルがカードの一つとして連れて行くものとばかり思っていた。しかしシュナイゼルは、勇将コーネリアが二人のラウンズとグラストンナイツをエリア11で率いているだけで、交渉のカードとなると言い、警護ならば正規軍でも十分に役目を果たすのだと言う。
「今君が最も重視するべきなのは、黒の騎士団だ。君も特派からの報告を聞けば、ゼロがどれだけ危険なのか分かっているはずだ……そして彼にガヴェインを与えてしまったのは私のせいでもある。これは私のせめてもの罪滅ぼしと思ってほしい」
特派から報告があがったガヴェインのハッキング能力については、コーネリア達も頭を悩ませていた。
元々指揮官用としての運用も考えられていただけあって、ガヴェインの電子戦能力は他の兵器の群を抜いている。陸戦兵器でしかないナイトメアにとっては電子戦など想像の範疇外であり、どのようにして対抗するべきかは未だ手探りの状態なのである。だからこそ、シュナイゼルの申し出はコーネリアにとっては有り難かった。
「……兄上のお気持ちは分かりました。彼女の力は有り難く使わせてもらいます」
「うん、期待しているよ」
そう言って柔らかく微笑むシュナイゼルに、コーネリアは僅かに頬を染める。
皇族の中でも際だって整った顔立ちに万人に好かれる穏やかな性格。さらに達振る舞いには非の打ち所がなく、宰相として政に腕を振るうシュナイゼルは、皇族貴族問わず女性に人気が高い。
コーネリアもそれに違わず、シュナイゼルに対しては少なからず思慕の念を持っているため、面と向かって礼や笑みを受ければ紅潮するのも仕方なかった。
コーネリアはそれを誤魔化すように顔を横に向けると、ここにいない妹の事を話題にあげる。
「そ、それにしてもユフィはどこへ行ってしまったのかしら。兄上の出立を見送らないで……」
「あぁ、ユフィなら昨日の内に挨拶を済ませたよ。なんでも今日は視察があるとかで――」
「くしゅんっ」
「殿下、風邪ですか?」
「いえ、大丈夫です……誰かが噂でもしているのかもしれませんね」
そう言って目深に被った帽子にサングラスをかけたユーフェミアと、ラフながらも動きやすそうな服装に身を包み、同じくサングラスをかけたスザクはアッシュフォード学園の学園祭の只中にいた。
「しかし本当にここにルルーシュが?」
「ええ、新しい子達に調査してもらったところ、それらしい学生の姿があると聞きました。それにアッシュフォード家といえば、かつてはマリアンヌ様を敬愛し、後援していた貴族。ルルーシュを匿っていたとしても不思議ではありません」
ユーフェミア達がわざわざ変装してまで学園祭に来たのは、ルルーシュに会いに来たというのもあるが、本音は近々起こるであろう黒の騎士団との戦闘をなんとか止めることが出来ないかという甘い期待の為だ。
最近になって黒の騎士団の活動が活発になっているという報告が頻繁に上がっている。あくまで分かってるのは末端の団員達の活動のみで、上層部……幹部達の動きはまるで把握できていないが、ここ一週間の下部組織の動きから近い内に何らかの作戦行動に出るものではとコーネリアは読んでおり、部隊の召集を急いでいる。
(私如きじゃルルーシュを止める事なんてできなでしょうけど……ダメで元々、彼の思惑を引き出してみるのも悪くないわ)
ルルーシュの最終目標は現ブリタニア政権の打倒。
そのためにも最大のサクラダイト産出国であるこのエリア11は、なんとしても確保しようとするだろう。つまりは姉との激突は必至――
(私達のプランは既に決めた。後はより有利な条件で戦いを終わらせることね)
と、そんなことを考えつつ、ふと辺りを見回してみると、視界の中に見覚えのある黒い影を見つけた。
「あら? あれは――」
学生の客引きの呼び声、お客の楽しそうな笑い声が絶えない喧噪の中、ルルーシュとシャーリーは若干のぎこちなさを感じさせつつも、デートを楽しんでいた。これが町中でのデートならもう少し緊張したのかもしれないが、馴染みのある学園の中ということもあってか、二人とも思っていたよりリラックスして散策を楽しんでいた。
「ねぇ、ルルーシュ。あれってなんのお店だろう?」
「あれは輪投げといって、エンニチでは定番の遊戯店だな」
「エンニチって?」
「エリア11の祭りで、店が連なって並んでいるのをそう呼ぶらしい」
アッシュフォード学園は来るもの拒まずの姿勢を貫いており、それはこの学園祭も例外ではない。そのため来訪者にはイレブンも数多く含まれているため、その客層を狙い撃ちするため、エリア11ではよくあった露天も数多く出店している。
輪投げや射的といった遊戯店だけでなく、ブリタニアでも馴染みのない食べ物――焼きそばやリンゴ飴等を扱う出店もあり、懐かしさと物珍しさから多くの客が訪れているようだ。
「エリア11って面白いモノがいっぱいあるんだね!」
「あぁ、だがブリタニアはそれを悉く破壊し、奪い、そして多くの尊い命を奪ってしまった……」
シャーリーの言葉に思わずそう返し、言った後でデートの最中に話す言葉じゃないと直ぐに気付く。
「ルル……」
「あぁゴメン、シャーリー。祭で話すような事じゃなかったな……ちょっと人混みが多くなってきたね、裏庭にでも行こうか」
二人は手を繋いで縁日を抜けると、学園の裏庭へと向かった。
表門から校舎に至るまでは多くの店が並び、校庭にも各種出し物やイベントのためのステージがあるため、多くの人で賑わっているが、校舎の中は文化部の出し物がメインであるためか、人はそう多くない。
尤もそれは表に比べた場合なので、やはりいつもと比べて人影は多い。二人は手を繋いだまま、校舎を抜けると中庭へと到着した。
この辺りには文化部の出し物もなく、学園の正門からは大分離れた距離にあるため人気は全くと言っていいほどない。
「ハァ……やっと落ち着いた。ここは静かだね」
「学園祭は始まったばかりだし、わざわざこんな奥まった場所に来る人はいないからな」
やれやれといった風に呟くルルーシュを見ながら、思いがけず二人っきりになった事態に些か動揺していた。しかしこれはチャンスでもあると自分に言い聞かせ、シャーリーはよしと気合いを入れると、ルルーシュに尋ねた。
「ねぇルル……私ね、ルルに聞きたいことがあったの」
「どうしたんだ? 急に」
「ルルは、なんで私のワガママに付き合ってくれたの? いつものルルだったら絶対適当にはぐらかして、うやむやにするのに……」
「酷い言われようだな」
「今までの行いを胸に手を当てて思い出してみてよ、もう」
そう言われるとルルーシュは返す言葉がない。
今までも生徒会の行事をサボったり、手伝いを放棄したりと数多くの前科がある上に、最近では黒の騎士団の事もあってそれらに拍車がかかっている。
そんなルルーシュが気心の知れた生徒会メンバーだからといって、イベントの合間を縫ってデートに付き合うとはとても言い難かった。
ルルーシュがデートに応じてくれたことにシャーリーは喜んだものの、いつもの彼らしくない行動に違和感を感じずにはいられなかった。それはまるで、後ろめたい事を隠すような事に思えたのだ。
だからシャーリーはルルーシュの瞳を真っ直ぐ覗きこむと力強い口調で尋ねた。
「ねぇ、それって私達には言えないことなの?」
「……そうだな、とてもじゃないが人には言えないことだ」
黙るでもなく誤魔化すのでもなく、ただ一言「言えない」とキッパリ言い切るルルーシュ。
なおもじっとルルーシュの紫色の瞳を覗きこむシャーリーだが、彼の目に全く揺らぎがないことを確認すると、はぁっと大きく溜息をついた。
「私じゃどうしようもなさそうだね。そんな顔をする時のルルって絶対に曲げないから」
この二年間でシャーリーが知るルルーシュは、こうと決めたら絶対に諦めない性格だという事だ。そしてそれは、事が終わるまで自分に打ち明けないだろうと言うことも同意。それがシャーリーにとってはもどかしくほんの少し悲しかった。
シャーリーは腕をルルーシュの胴の後ろに回すと、優しく包み込むようにして彼の体を抱いて額を押しつけ、囁くように呟いた。
「一つだけ約束して。いつか絶対にルルの秘密を打ち明けるって……あの時ルルが私の心を救ったように、私もルルの心を救いたいから」
「シャーリー……ありがとう」
ルルーシュはシャーリーの自分に向ける思慕に戸惑いつつも、真っ直ぐ向けてくる裏表のない感情に喜びを感じていた。
自分には実の父のように育ててくれた恩人がいる。苦楽を共にする仲間がいる。しかし無償の愛情で包み込んでくれるような人はシャーリーが初めてだった。
人を愛することも、愛されることも知らない彼にとって、シャーリーから向けられる想いは戸惑いしか感じてはいなかったが、多くの仲間と苦楽を共にした今、彼女の存在は無くてはならないものまで大きくなっていた。
ルルーシュは自分の胸に頭をうずめるシャーリーの肩に手を置くと、ゆっくりと、しかし力を込めて抱きしめる。
――この人を放したくない。
離れた場所で学生達や住民達の喧噪が聞こえる中、誰もいない中庭で互いの感情を確かめ会った二人の影は、静かに交わるのだった。
そんなゆっくりとした時間の中で、ルルーシュは僅かに人の気配を察知する。
「ところでシャーリー、後ろの柱の影に誰かがこちらを覗いているのには気付いているか?」
「え、えぇっ!?」
「多分会長辺りがアキトを差し向けたんだろうけど……これ以上会長にからかいの種を提供するのは遠慮したい」
「そ、そうねっ。私もそろそろメインイベントの準備をしなきゃいけないから先に戻っておく!」
これ以上はこの中庭にも人が来ないとも限らないので、羞恥心で顔を真っ赤にしたシャーリーはそう言ってわたわたとその場を後にした。
シャーリーが完全に視界から消え、気配も遠くへと行ったのを確認したルルーシュは、影からこちらを伺っていた存在に声をかけた。
「で、こそこそとこちらを覗き見をするのは一体何処の誰かな?」
「はい、それはわたくしです」
影からひょこりと姿を現したのは、目深に被った帽子にスポーティーな装いの少女だった。しかし帽子に納まりきらない桃色の髪と、鈴の音を転がすような声は明らかにルルーシュの聞き覚えがあるものだった。
「ユ、ユフィ……!?」
「先程のシャーリーさんと仰られたお方は、とても可愛らしい方でしたね、ルルーシュ♪」
満面の笑みを浮かべつつ、そう朗らかに笑いかけるユフィだが、その笑顔の裏から発せられる黒いオーラにルルーシュは及び腰になる。
「いや、彼女はその……ていうかなんでユフィがこんな所にいるんだ!?」
「僕もいるよ、ルルーシュ」
「すまないルルーシュ……俺では彼等を止められなかった」
さらにユフィの後ろから姿を現したのは、スザクとアキトだ。
二人が現れたことで、若干頭がクールダウンしたルルーシュは、大きな溜息をついた。
「スザクにアキトまで……ユフィは学園祭を見てみたくて訪れてスザクはその護衛でアキトが偶然二人を見つけて監視がてらにここまで来たということか」
「流石はルルーシュですね♪ ですが私がこの学園祭に来たのはあなたに会うためですよ、ルルーシュ」
「俺に? ある程度の想像はつくが一体何の用だ」
「ここでは何時人が来るとも知れません。どこか内緒話ができる場所はありませんか?」
ルルーシュは暫し思案すると、次いでアキトと視線を交わす。
その視線の意図に気づいたアキトは軽く頷くと、コミュニケを取り出しラピスと連絡を取った。
その様子を首を傾げつつ眺めていたユフィとスザクの二人に対して、ルルーシュは笑みを浮かべる。
「それならいい機会だ。誰も人が来ない、ある場所へ案内しよう」
ルルーシュはそう言って、ユーフェミアにスザク、そしてアキトの三人を連れて文系部が出展するエリアへと進んでいった。
屋外の飲食店を扱っている部活やサークルには及ばないものの、そこかしこから客よせの呼び声が上がっており、客の興味をかき立てている。
自作映画の上映からエリア11の風習や歴史を記した民俗展など、展示内容は多岐に渡っており、ユーフェミアは興味深そうにキョロキョロと辺りを見回しており落ち着かないでいた。
その様子にスザク共々苦笑しつつも、目当ての場所は校内の奥深くなため数ある展示物をスルーし、とある区画を訪れた。
「まぁ、ここは美術部の展示かしら? 絵画を並べて、まるで美術館のよう」
廊下の壁には大小様々な絵画が展示されており、ジャンルも人物画から風景画等多種多様だ。
「それにしても皆さん上手ですね……あら、お姉さまや私の絵まであるわ!」
その中でもユーフェミアが目に付いたのは、やはりというべきか皇族の肖像画だった。お国柄と言うべきか、皇族の絵を描く画家は多く、以前ユーフェミアが立ち会った美術館の開館式でも、ブリタニア皇帝や皇族の絵を題材にしたものは数多くあった。
しかしここに展示されてあるのは、多くの画家が描くような戦場に立って兵を鼓舞するような勇ましい姿を描いているものではなく、野原で駆け回る幼少の頃の皇族を描いた絵や、穏やかにお茶をする絵が描いており、ユーフェミアの心を和ませた。
「こうして絵で展示されるなんてなんだか気恥ずかし……あら?」
しかしあることに気がつき、ユーフェミアは疑問を覚える。
世界中から恨みを買うブリタニア皇族が映る写真や映像は、身辺を守るための情報規制という名目で厳重な管制が敷かれ、幼少の皇族が映る映像や写真は殆ど出回らない。当然絵画も同じような扱いなため、基本的に絵画として描かれる皇族は公式の場に出て以降のものだ。
無論皇宮付きの絵師というのもいるため、幼少の頃を描いた絵画もあることにはあるのだがほとんどが皇室の宮殿に飾られるため、一般の市場に出回ることはまず無い。なのに、それがエリア11の学園祭に展示させられてるのはどういう理由だろうか?
描かれている人物をよく見ても、幼少の頃の自分達や姉の若々しい姿をそっくりに描いている上、情景に自分も見覚えがあるため、想像で描いたとは考えにくい。
さらに付け加えるならば――
(気のせいかしら? なんだかどこかで見たことがあるタッチ――)
自分の記憶を引っ張り出そうとうんうん唸るユーフェミアだったが、記憶を掘り起こす前に目的地の部屋に到着したらしく、ルルーシュが声をかける。
「ここだ」
ユーフェミアが見上げると、扉のプレートには「第二美術準備室」とあった。周りを見渡せばそこは校舎の端に位置するところにあり、展示区画から大分離れた、まるで人目を避けるような奥まった所にある。
ルルーシュが扉横にある認証装置のテンキーに指を踊らせると、空気の抜けるような音と共に扉が開き、ルルーシュに促されてユーフェミアは部屋へと入った。
部屋の中央には一人の男性が腰掛け、熱心にキャンバスに筆を走らせている。男性は長い金髪を一束にして後ろで縛って垂らしており、その姿からこの学園の美術部員だと思われるが、これから秘密の話をするのにどうして学園の生徒がいるのかと、再度疑問をもつユーフェミア。
だがそんな疑問は、男性がこちらに気づいて振り向いた瞬間に吹き飛んでしまった。
「やぁ、ルルーシュ。絵の具の残りが心許ないんだ。そろそろ補充したいんだけど――」
悠然とした柔らかい声、絵の具で汚れてはいるが隠しようもない高貴さを漂わせる美しい顔立ち。なにより、幼少の頃から見知った他の皇族の誰よりも穏やかで優しい瞳。その姿は間違いなく――
「クロヴィスお兄様!?」
黒の騎士団に捕虜にされているはずの、クロヴィス・ラ・ブリタニアだった。
数年ぶりの兄妹の再会にユーフェミアとクロヴィスは涙を流して喜び、親愛の抱擁を交わした。
その後、絵の具の油が染み込んだ匂いが満ちる美術準備室の傍らで、僅かに整頓された机の周りに集い、アキトの煎れた紅茶で五人は喉を潤していた。
「それにしても捕虜になっているはずのお兄様が、こんな所で絵を描いていたなんて思ってもいませんでした……展示されている絵はお兄様が?」
「あぁ、捕虜とはいえ流石にいつまでもジッとしているのは性に合わないからね。ルルーシュに頼んで絵を描く道具を揃えてもらったのさ……それにしても、まさかユフィが一番にゼロの正体に気づくなんてね」
クロヴィスの扱いについては、ブリタニアへと引き渡すまでずっとコールドスリープさせておくべきかとも考えていた。先日のナナリー襲撃の件もあるため、下手に動かすよりはずっと眠って動かないでいた方が効率がいいからだ。
しかしマオの『心を読みとるギアス』によって、クロヴィスの居場所がばれている可能性もある上に、また違った異能のギアスユーザーがいるとも限らないため、一ヶ所に留めておくのは危険と判断。かといってコールドスリープ装置を稼働させるだけの電力を確保できる拠点はそうそうないし、装置はかなり大きいため何度も動かせば足がつく可能性もある。
ギアスにかかっていたクロヴィスが目を覚ませば、再び舌を噛もうとする危険があったものの、リスクと効率を踏まえた結果、クロヴィスを目覚めさせたのだ。
目覚めた結果、記憶の混乱はあったものの、突然舌を噛んで自殺を図ろうとする真似もしなかったため、国際条約に則った捕虜の扱いをし、クロヴィスの趣味でもあった絵画の道具を与えて大人しくしてもらっていた。
「流石に兄上を捕虜みたいに労働させることはできないからな。代わりにこうして絵を描いてもらって完成した絵をブラックマーケットに流して資金にしているのさ」
「……あの、それは大丈夫なのですか? クロヴィスお兄様はこれまでも何枚もの絵を描いてますし、タッチを見ればお兄様の絵だと分かる人もいるんじゃ?」
「心配ない。兄上の絵は市場や表にはほとんど流れていないから、専門家に見せてもそれだと分かりようがない。それにもし兄上の絵だと分かったら、クロヴィス殿下直筆の絵だと値をつり上げることはできる」
先程も述べたように皇族、それも幼少の頃の絵は市場にほとんど出回っていないため、買い手はいくらでもいる。しかもクロヴィス直筆の絵ともなれば、値段は格段に跳ね上がるため、寧ろ積極的に売りたいくらいだとルルーシュは思っている。
「第一兄上の絵だと分かってそこから流通ルートを辿られても、行き着くのは黒の騎士団だ。元より我々はクロヴィス殿下の命は保証していると言っているからその証明にもなるし、流通ルートはいくつも確保しているから、たとえ潰されても痛くも痒くもない」
「私も最初聞いたときは唖然としたけどね。だが寧ろ政務をしていた頃より絵を描く時間が増えたから、私としても悪くなかったから反対はしなかったのさ」
ルルーシュの言葉を、クロヴィスは認めると自嘲するような笑みを浮かべた。
もしここに総督時代のクロヴィスを知る者がいれば、あまりの違いに驚き戸惑うことだろう。それほど、今のクロヴィスの表情は穏やかだった。
「はぁ……流石と言っていいのかあくどいと言っていいのか……」
「それでこそ我が主です」
スザクのあきれたような言葉に、さも当然とばかりにアキトは頷いていた。アキトにルルーシュを馬鹿にしているつもりは多分無い。
「それでユフィ、君はなんのつもりでここに来たんだ?」
そうしていくらか場が和んだところで、カップをテーブルに置いたクロヴィスがユフィへと尋ねた。
クロヴィスとの再会によって半ば威勢を削がれてしまったユーフェミアだったが、真剣な表情をするとルルーシュに向きなおった。
「単刀直入に言います。ルルーシュ、あなたは私達と手を取り合うことはできませんか?」
「無理だな。いくらユフィでも、ブリタニアという国をテロリストとの交渉の席に座らせる事はできないだろう」
ユーフェミアの言葉をにべもなく拒否するルルーシュ。
しかしこれは至極当然のことで、先進国がテロリストとの交渉に応じることはまずありえない。それは自国の国際評価を下げるだけに留まらず、自国民の安全を脅かすことにも繋がってしまうからだ。
しかしユーフェミアもそんなことは百も承知で、これを受け入れられるとは思っていない。ユーフェミアは本命の案を口にする。
「では、日本の一部に行政特区を設けるという案はどうでしょう?」
ルルーシュは目を見開き、アキトは片眉を動かし、クロヴィスはほぅと小さく呟いた。
「その特区ではイレブンの方々は日本人という名前を取り戻すことができ、イレブンの規制、ならびにブリタニア人の特権は適用されません。最初はブリタニアが与えた小さな箱庭に過ぎないでしょうけど、ゆくゆくはエリアを拡張して日本という名の独立自治区を構成するのです」
既に草案を聞いていたスザクは静かにユーフェミアの考えを聞いているが、始めてこの案を聞いた時、自分のユーフェミアを見る眼は正しかったのだと歓喜に打ち震えた。
支配者たる国家の中から、支配する民を救おうとする志を持つ者はほとんどいないと言っていい。政治家としては大甘であるが、彼女のような人材が育つということは弱肉強食を是としながらも、ブリタニアは柔軟な人材を育成している事も示しているとも言える。
彼女の指導があれば、いずれはナンバーズの地位も向上し、ブリタニアを内部から変革することも不可能ではない、とスザクは感じていた。
しかしルルーシュとクロヴィスの指摘は厳しいものだった。
「なるほど、確かにそれならば血は流さすに済むかもしれないな……しかし」
「それを設立させるにはそれなりの強権を行使せねばならない……それこそ皇位継承権を返上でもしない限りは」
その言葉に沈痛な面持ちを見せるユーフェミア。
それについては彼女も考えていた。衛星エリアではなく、未だ途上エリアのナンバーズにそれだけの権限を与えることは、副総督の身では不可能。それこそ自分の皇位継承権を手放すくらいの覚悟がなければ実施できない。
だがそれを行えば――
「そう、もしそうなれば今後一切君はブリタニアの政策に口を出せなくなる。皇位継承権を持っているのとそうでないとでは、影響力は格段に違うからな」
ブリタニアにおいて、皇帝の権力は絶大。故に皇位継承権を持つ皇子皇女には多くの利権や権益が入り乱れている。もしそれを放棄すれば、今までユーフェミアを支援していた多くの貴族は離れてしまい、政界での発言力は大幅に低くなってしまう。
そうなってしまえば、ユーフェミアが主導する日本の行政特区は早々に崩壊してしまう可能性が高い。無論、それはユーフェミアの望むところではない。
「ですがエリア11には大きな可能性があります。今の政策のままでは多くの貴重な人材や文化が歴史に消えていってしまいます」
「そうだな。日本には文化がある、技術がある……そしてなによりも世界が羨む資源がある。さらには潜在的に優秀な人材や財閥があり、黒の騎士団のようにいざとなったら命を捨てる気概を持った人々がいる事も世界に示している」
「富・人・技術、そして文化……ブリタニアが植民地政策を100年にわたって続けるというならば、エリア11は正に重要な戦略拠点だろうね」
ルルーシュとクロヴィスはこのエリア11の存在が戦略上、非常に重要な場所であることは百も承知だった。
世界有数のサクラダイト産出国であり、海を挟んで仮想敵国の中華連邦と隣接しているという地理的特性を持つこの日本を完全に手中にすれば、ブリタニアの世界征服が20年は早まると言われるほどだ。
それだけの価値があるからこそ、二人の皇女だけでなく、帝国最強の戦力であるラウンズを二人も投入しているのである。
「ユフィ、君の案は確かに有効だ。もしも俺に相談せずに実行されていれば、俺は君に膝を屈していたのかもしれないな」
「あら、それはもったいない事をしましたね」
「だがまだ早すぎる」
ユーフェミアの政策を褒めはしたものの、直ぐにルルーシュはそう言い切った。
「治安が安定した衛星エリアならば、まだ話は分かる。だが未だエリア11は戦火がくすぶる途上エリアだ。始めは上手くいくかもしれんが、特区に入れた者とそうでない者との格差が広がり、いずれ不満を持つ者達は大勢出てくるだろう」
「それはあなたを含めて?」
「……そうだな、少なくとも俺ならそんな政策は壊しにかかるな」
その言葉を聞いてユーフェミアは再度考えた。
行政特区日本は今のエリア11の不安定な状況を一変するには確かに有効だが、不安の火種をそのまま残し燻らせたままでは根本的な解決には時間がかかってしまう。
そうなれば、行政特区政策に否定的な貴族はあの手この手で潰しにかかって権益を取り戻そうとするだろうし、皇位特権を失った自分ではそれを防ぎようもない。
唯一、ゼロ――ルルーシュが協力してくれればなんとかなるかもしれないが、ルルーシュ自身がこの政策に否定的である以上、協力は望めない。
つまりは行政特区日本は、今の段階では設立は不可能だという事だ。ユーフェミアはそれを理解すると、残念そうにため息を一つ吐いた。
「確かに、今の情勢では私にできることはないようですね。私はこれでお暇しますが、それはともかくとして……」
そう言ってクロヴィスへと向くと、ジト目で睨みつけるユーフェミア。今回この学園に来たのは、ルルーシュと会って戦いを回避できないか相談することだったが、クロヴィスの存在については完全なイレギュラーだった。
それにしても、こうやって自分が帰ろうとしているのに、何一つ言わないのはどういうことだろうか。加えて彼自身にブリタニアに戻ろうとする意志が感じられない事が不可解だった。
「クロヴィスお兄様は、ブリタニアに戻るつもりはありませんの?」
「正直、今私がブリタニアに戻っても禄な事にならないだろうしね。私を支援していた貴族が暗殺を企てる様子がありありと目に浮かぶ」
ユーフェミアはその様子を脳裏でありありと思い浮かべてしまった。
確かに本国の腹黒貴族ならば、それくらいの事はやりそうだ。特にクロヴィスを支援していた貴族は失った利権も多いため、その恨みはかなり深いところにあるだろう。
「それに、私はもう少しこの目で自分が為した事を目に焼き付けておきたいのだ」
「お兄様……」
総督時代はイレブンなど下等生物に過ぎないと言っていたクロヴィスだったが、捕虜になった後にルルーシュに連れられていくつものゲットーを周り、そこで暮らす人々と声を聞かされ、懸命に生きようとするイレブンの人々の姿をその眼に焼き付けていた。
彼等の姿を見て兄の心にどんな変化があったのだろうかと、ユーフェミアは聞きたくなったが、簡単に口にできることではないだろう。
「分かりました。ではいずれまたお会いしましょう……次はお姉さまや他のお兄様方と一緒にお茶したいものですわ」
「そう……だね、もしできればそうしたいものだね」
「できればではなくて、してみせるですわ、お兄様」
ユーフェミアが朗らかな笑顔で答えると、スザクを伴って中庭を後にした。
「全く……我が妹ながら、随分とたくましくなったものだ」
そんな彼女の様子に、クロヴィスは驚いたものの、次いでおかしそうに笑みをこぼしたのだった。
「あーあ、やっぱり駄目でしたか」
「ユーフェミア殿下……」
「そんな顔をしないでください、スザク。確かにルルーシュの説得は失敗しましたが、私達ができることはまだあります」
この学園に来た目的である、ルルーシュの説得は失敗に終わった。しかし自分の政策の対する意見や今後の指標となる話をすることが出来たので、一概に失敗とはいえない。
近々起こるであろう戦闘については既に指針と策を決めてあるので、急いでやらなければならないことは今はない。
よって――
「まずは、明日から待つ政務のために、今日は思いっきり羽を伸ばしましょう♪」
「……えぇ、そうですね」
呆れたようなスザクの呟きも、ユーフェミアの耳には入っておらず、ウキウキと校門で渡された学園祭のパンフレットを開いている。
「う〜ん、何処を見て回りましょうか? さっきは校舎内の出し物を見ましたから、校庭のお店を見て回りましょうか。少しお腹も空きましたし」
「フム、だったらラグビー部が出しているピザ屋をお勧めするぞ」
え、と二人が振り向けば、そこにいたのはアッシュフォード学園の制服を着た女生徒がいた。緑色という珍しい髪の色と、あまりにも整いすぎているその容貌は、逆に人に近寄り難い雰囲気を醸し出している。
スザクは突如現れた女性に警戒し、ユーフェミアの前に立つと同時に、既視感を覚えていた。
(何だ? 僕は彼女とどこかで会っている?)
記憶の棚を引っ張り出すが、どうしても思い出せない。
一方のユーフェミアは困惑しつつ、彼女の言葉にただ黙っているだけでは失礼だと思い、おずおずと話しかけた。
「えーと……どちらさまでしょう?」
「ルルーシュの愛人のC.C.という。せっかくの機会だ、よければ一緒に見て回らないか?」
後にC.C.は、その時の二人の顔は実に愉快だったと面白おかしく語ったという。
「はぁ〜〜、やぁ〜〜っと終わりましたよぉ〜っと」
「お疲れさまです……今回は珍しくはりきってましたね」
一方その頃、政庁の一角にある研究室では、ロイドがめったに出さない疲労と愚痴をこぼし、机の上に突っ伏していた。
セシルがそれを労うように、暖かい飲み物が入ったマグカップを手渡すが、しかしロイドはそれに口を付ける前に中身をチラと見て、口に付けるだけに留める。幸いにも、セシルはそれに気づかなかったようだ。
ロイドはカップを机の隅に押し除けると、先程まで作業していたPC端末の画面を開く。
「そりゃあねぇ。僕らがあれほど難儀したドルイドシステムを、あぁまで使いこなされちゃぁ、こっちも少しは対策しとかないとねぇ」
「いざ戦闘になった途端、ハッキングされたら目も当てられませんからね……」
画面に映ってるのはいくつものウインドウと、びっしりと書き込まれたプログラム言語だ。
先程までロイドとセシルはガヴェインのハッキングに対抗するための、防壁用のプログラムを組んでいた。元々ドルイドシステムの開発に関わっていたからこそ、ハッキングの驚異は分かっている。第七世代のランスロットや指揮官機のグロースターはともかく、電子戦装備が乏しいサザーランド等の第五世代のナイトメアでは、あっという間に乗っ取られてしまう。
それを少しでも防げるようにと、二徹三徹して防壁プログラムを組み上げたのだ。
「ちなみにこのプログラムでどれくらいドルイドシステムのハッキングを防げるんですか?」
「ん〜、そうだねぇ……精々10秒くらいじゃないかな?」
「えぇっ、たったそれだけなんですか!!」
「それでも無いよりはマシだよぉ。その10秒の間にガヴェインの視界から逃げればいいんだからね」
ガヴェインのハッキングは『有視界内の機体』をクラックする。フロートシステムによって上空を浮遊するガヴェインの視界はかなり広いが、市街地であれば遮蔽物には事欠かないので、視界からは逃れやすい。加えて10秒もの時間があれば、そうハッキングを受けることは無いはずだ。
「それにランスロットや殿下のグロースターなら、更にもう10秒は持たせることが出来るからね。まぁなんとかなるんじゃないかなぁ〜」
「はぁ……」
そういうものなのだろうかと相槌を打つセシル。
そんな呆れ気味のセシルの声を無視し、それはともかくとロイドは椅子を回転させて向き直ると楽しそうな笑みを浮かべた。
「そういえば黒の騎士団のナイトメア。なんか面白いものがついてたんだって?」
「コックピット周りのことですか? えぇ、なんでも過去に発表された技術と共通点があって、そのおかげで解析が格段に進んだそうですよ」
黒の騎士団との戦闘はこれまで幾度もあり、残骸を回収してはいたが、所詮グラスゴーのコピー機と検分にはあまり多くの人数が割かれてはいなかった。
しかしコックピット周りを見てみれば、これまで見たこともない操縦機構が備え付けてあり、しかもそれが一体どのようなものなのか、全く分からなかったのだ。それがつい最近になってようやく仕組みが判明したようで、その新しい操縦機構にナイトメアの設計局でも話題に上っている。
セシルが端末を操作してそれらのレポートを表示させると、ロイドはかぶりつくようにしてそれを読み進んでいく。
「操縦にナノマシンを利用するなんて面白いねぇ」
「ナイトメアの同調率も従来のものに比べると段違いですね。サンプルも豊富にあるそうなので、近々ブリタニアでも試験運用が開始されるそうですよ」
握りやすい操縦幹の周りを覆うように配置されたグローブには、操縦系に干渉するナノマシンが含まれており、それらの電気信号によって機体をコントロールしているのだと、レポートでは推測している。
その奇抜な操縦機構に一時はブリタニアの科学者も否定的だったが、過去にそれに類する研究論文が発表されていたため、今ではその性能を確かめんと様々な実験・測定が行われているらしい。
「それにしても、手掛かりの技術が四半世紀も前ってのは信じ難いね」
「当時は机上の空論だの夢物語だのと一笑に伏されていたそうです」
「あはは〜、実例がなければ今の時代でも同じ反応だと思うよぉ」
驚きなのはその研究論文が、ナイトメアどころか小型の作業用ロボットすら満足に開発できないほど昔の時代だったことだ。
普通ならばそんな時代にナノマシンだのを発表しても、理解し難いだろうし、理解したとしても現実味がないと笑い飛ばされるのが関の山だ。だがその論文の発表者は、ナノどころかミリサイズな上に性能はお粗末ながらも、電気信号を発し応答する立派なマシンを製作し披露したという。
当然それらに対しての各界が受けた衝撃は大きく、機械産業やコンピューター産業、さらには医療サイバテクス等の発展に多大な影響を与えたのは言うまでもない。無論、ロイドとセシルもこの業界に入るに当たってその科学者の名前は聞き及んでいた。
しかし奇妙な事にそれだけ素晴らしい発明をしたその科学者は、それ以降表に出てくることはなく、人々の間から緩やかに忘れられている。
あまりにも奇妙なその人物の履歴に、ロイドは今更ながらに強い興味を覚え、無意識にその論文の発表者の名前に目を走らせていた。
「イネス・フレサンジュか……一体どんな人だったんだろうねぇ」
「あの、C.C.さん、どこまで行くんですか?」
「あそこなら午後の巨大ピザの製作パフォーマンスがよく見えるからな。それにお前と話をしたいのは私だけじゃないんだよ」
「お昼にあれだけピザを食べて、この上まだ食べるんだ……」
グラウンドに出ていた学生出店のピザ屋をはじめ、いくつもの飲食店を回った後、C.C.、ユーフェミア、スザクの三人はメインイベント会場から離れた別棟校舎の玄関へと移動していた。
学園祭の目玉イベントである巨大ピザ作りが間もなく始まるためか人影は疎らだ。ここならあまり周囲に気兼ねする必要なく会話することができるだろう。
「それで、私に会いたい方とはどなたでしょう?」
「あぁそれなら……ホラ、ちょうどご到着だ」
C.C.が指し示した方向から姿を現したのは、アッシュフォード学園中等部の女生徒服を着た栗色の髪の少女。傍には介助のためか、イレブンのメイドが控えている。儚げな表情と閉じられた瞼から目が見えないのかと思ったが、同時に彼女の姿を見た瞬間、過去に共によく遊んだ異母妹の事を思い出した。
「あなた……もしかしてナナリー!?」
「その声はユフィ姉様ですね? お久しぶりです」
以前の神根島でのルルーシュの話から、ナナリーも元気にしているとは聞いていたが、会えるとは思っていなかった上に先の話し合いでも会わせてくれとは言い辛かったため、このサプライズにユーフェミアは素直に喜色を露わにした。
「驚いたわ……ルルーシュだけじゃなく、まさかナナリーにも会えるなんて!」
「はい、私もこうしてユフィ姉さまと会えて嬉しく思います!」
ユーフェミアは足早に駆け寄ってナナリーの手を取ると、嬉しさを表現するように上下にぶんぶんと振っている。ナナリーも久々に触れた姉の温もりをその手から感じ取り、笑顔を浮かべている。
さらにユーフェミアに促されて、スザクもナナリーの手を取った。
「久しぶりだねナナリー。覚えているかな、僕のこと?」
「……っ! ハイ、お久しぶりです。スザクさん!」
さらに七年前に離れ離れになったまま会うことが叶わなかった兄の親友との再会に、目尻に涙すら浮かべるナナリー。
その光景にユーフェミアも思わず涙を浮かべそうになるが、この呼び出しがナナリーによるものだと知ると、ある疑問が浮かんだ。
「所でナナリー、あなたが私を呼んだというけれど、私が学園祭に来るのは極秘だったのよ。一体どうやってそれを知ったの?」
「それは私が教えたもの」
横合いからかけられた言葉に皆が振り向き、ユーフェミアは再度驚きを露わにする。ナナリーと同じ中等部の制服を着ている桃色の髪と吸い込まれそうなほど整った金色の瞳の少女は、軽く腕を上げてやぁと挨拶をする。
「まさかラピス!? うわぁ、あなたもお変わりないようですね!」
「それはこっちの台詞……まぁ一部は随分と成長したようだけど」
ラピスの視線はユーフェミアのある部分に集中し、それに気づいて慌てて前を隠すように身を捻るユーフェミア。だが同時にこの無遠慮な所はまさしく彼女だと確信し、改めて笑顔を浮かべる。
ちなみにスザクは一連の会話を聞いて顔を赤くし、明後日の方向を向いていた。
「こうして3人で集まるのもなんだか随分と久しぶりですね」
「私達がブリタニアから追い出されて以来だから、八年ぶり?」
「時が経てば人は変わると言いますけども、ユフィ姉様はあまり変わっていないようで安心しました」
「あら、そうでもないわよナナリー。私はこれでも副総督という立場ですし、色々と後暗い事もやったりしてるんですから」
他愛もない軽口のつもりでそう言ったユーフェミアだが、ナナリーはそれを聞くと一瞬笑顔を曇らせ、次いで真剣な表情でポツリと呟き、ラピスは感情の見えない表情を覗かせた。
「それを言うなら私達も同じ事」
「……というと?」
「私は噂の『黒騎士』の補佐役にして黒の騎士団の情報担当」
「私も微力ながらお手伝いしています」
あまりにも唐突な二人の告白に、ユーフェミアとスザクは身体を硬直させた。二人が固まっている最中、グラウンドの中央の人だかりから大きな歓声が上がり、ステージの中央から巨大な影が現れた。
フレームのみという無骨さながらも、得も知れぬ迫力を感じさせるそのナイトメアは、アッシュフォードに匿われた際に共に持ち込んだ試作ナイトメア、ガニメデだ。
そのガニメデにはルルーシュが乗っており、いかにも人受けしそうな笑みを浮かべて手を振っている。
「あ、巨大ピザの実演が始まりましたね」
「ナナリー、ラピス。あなた達、まさかゼロの正体を……」
「私は黒の騎士団設立前から関わっていたから、勿論知っている」
「私もつい最近知りました」
その言葉にユーフェミアは内心で呆れ果てていた。それは身内にあっさりバレているルルーシュの身の振りのずさんさになのか、それとも兄の行動を止めようともせず寧ろ積極的に応援しようとしている無茶な異母妹の行動力になのかは分からない。
ガニメデの軽快な動きとそれに伴う大きな駆動音とスピーカーから流れるアップテンポのBGMを背景に、ユーフェミアは言葉を紡いだ。
「意外だわ。ナナリーの事だから、てっきりルルーシュにはそんなことを止めるよう説得するものと思っていたけど」
「確かに、そういう考えもなくはありませんでした。ですが私は籠の中の鳥のままではいけないのだとあの時考えさせられたのです」
「……例の誘拐事件のことね」
「あの事件で、今の私はお兄様の足枷でしかないのだと自覚しました。ですが同時に変わるきっかけでもあったのです」
謎の男による軍主導の不可解な事件。姉のコーネリアからも話は聞いていたが、結局マオという男の正体は分からなかったらしい。
スザクからはナナリーは浚われたものの、ルルーシュが解決したと耳にしていたが、詳細は知らされていなかった。唯一の被害者であるナナリーにとってあの事件は彼女の世界を変えてしまうほどの衝撃を内面に与えたのだろう。
「私にも出来ることはあるのです。今はまだお兄様にもお教えしていませんけど、近い内に私も戦場に身を置くことになるでしょう」
「正気かい、ナナリー!?」
思わず声を荒げるスザク。周りに人がいれば何事かと振り返るほどの声だったが、同時にガニメデのパフォーマンスにより、ワッと観客の歓声が沸き上がったため周りから不振に思われることはなかった。
気まずさにスザクとユーフェミアが口を噤むも、意外なことに次に口を出したのはC.C.だった。
「安心しろ。ルルーシュと同じく、私達はナナリーも死なせはしない」
「何の根拠があって……」
「コイツの武術の腕は中々のものだぞ? 目が見えていれば体力バカの貴様ともいい勝負ができるかもしれないからな」
視線はグラウンドの巨大ピザ作りに注視しているものの、その口調は真剣そのものだ。確かにナナリーを一目見た時、スザクは即座に彼女の姿勢からナナリーが武術を嗜んでいる事を読み取れた。
目が見えない状態でそれほど鍛えていると分かるのだ。もし彼女が身体的ハンデが無いまま武術に打ち込んでいれば、どれほどの腕前になっていただろう。
スザクがそんなことを考えている横で、ユーフェミアは考え込んでいた。確かにナナリーは幼い頃は活発だったものの、他人を傷つけることを由としない性格だったはずだ。兄であるルルーシュのためとはいえ、彼女がそのような道に走る動機はなんなのだろう。
「ナナリー、あなたの求めるものは何?」
「……少し前の私なら『優しい世界でありますように』。そう言ったでしょうけれど、今は違います」
「それは?」
「『人に優しくできる世界』……願うだけではなく自ら動かなければ、人は何も得ることはできないと知りましたから」
それは自らに向けた言葉だったのだろうか。俯き気味にそう呟くナナリーの横顔には、苦悩という感情が見え隠れしていた。
「ナナリー、君は……」
あの目はかつての自分と同じだ、とスザクは内心で呟いた。
人を傷つけるのを由とせず、しかし軍務に背くこともできずに引き金を引くしかなかった只の兵士でしかなかった自分の頃に重なって見えていた。只一つ異なるのは、瞼が閉じているためその奥にある瞳の感情が覗けないことだろうか。
四人の間で会話が暫し途絶え、それとは正反対にグラウンドの観客のざわめきが一層大きくなり始めた。ガニメデのピザ回しのパフォーマンスは既に終わり、チーズやオニオン、ササミ等のトッピングも既に済んだようで、ガニメデは巨大なヘラを持ちあげるとそれをゆっくりとオーブンに入れ始めたのだ。
「ピザ、焼きの行程に入ったね。ナナリー、C.C.、そろそろ行こ」
「そうだな。せっかくだから焼き立てを頂こう。ナナリー、手を出せ。私が引っ張っていってやる」
「お願いします。C.C.さん」
「あ、ちょっとナナリー!」
ラピスの言葉を合図に既に語ることは無いと、ナナリー達は階下へと下りてグラウンドの中央へと駆けて行く。
思わず呼び止めるユーフェミアだが、階段を下りきった所でナナリーが振り返り、その表情を見て目を丸くした。先程の暗い表情とは一転して眩しい笑顔でこちらを見ていたからだ。
「ユフィ姉様、私は私なりの道を行きます! 姉様も姉様の道を信じて下さい! みんなが求めるものはきっと同じでしょうから!!」 彼女の瞼は閉じていたが、その下にある瞳は真っ直ぐユーフェミア達を見ていただろう。そう思うほどの純真なその笑みに毒気を抜かれたユーフェミアは、三人の姿が群衆の中に消えるのを確認するとあきれたように小さく溜息をついた。
「ナナリーったら、とんだ宣戦布告ね」
「殿下、如何します? ルルーシュとナナリーの二人が反ブリタニアの道を取るのならば、彼等のことを本国に伝えるという手段もありますが」
「……スザク、あなた分かって言っているでしょう?」
「騎士としては、時に非情になることも必要ですから」
そう嘯くスザクの顔がどこか意地悪そうに見えて、ユーフェミアは頬をふくらませた。確かにそれは有効な手段ではあるが、もしそんなことをすれば彼女達との仲に深刻な亀裂が生まれてしまう。自分でも甘いと分かっているが、自分らしさを忘れた方針は絶対に取りたくはない。
それにしてもこれからの事を考えると、彼女達の存在は頭が痛い問題だ。ラピスは情報担当とは言っていたがどこまで本当かは分からないし、どんな働きをしているかも分からない。
「親友を売ってまで私は功を得ようとは思いません。ですがナナリーのおかげで黒の騎士団の動きが分からなくなりましたから、帰ったら今後についてプランを練り直してみましょう」
「Yes,your highness!」
グラウンド中央の巨大オーブンから漂ってくる香ばしい匂いにつられそうになるが、ユーフェミアはそれをぐっと我慢して踵を返してその場を後にする。
校門を出たところで一際大きな歓声が沸き上がっていた事から、無事に巨大ピザは焼きあがったのだろう。ここにまで流れてくるピザの匂いに満たされたはずのお腹を刺激されるが、この時のユーフェミアには今後の展望と共にえもいわれぬ予感を感じていた。
(いくら黒の騎士団の戦力が充実したとはいえ、普通に考えればお姉様が負けるとは考えにくいわ)
万全の正規軍に充実した戦力。ダールトン配下のグラストンナイツも備え、さらには二人のラウンズもいる。いかにルルーシュとはいえ、これだけの戦力に優秀な指揮官が揃えば奇策・奇襲を仕掛けられても即座に持ち直せるだろう。
(でも何故かしら。ルルーシュでもアキトさんでもない。小さい頃に見たあの白亜の船……何故かあれが全てを覆すような気がしてならない)
幼い頃に映像で見た、アヴァロンと同じ空を飛ぶ戦艦。アキトやラピスがいるということは、アレも黒の騎士団の手にあると考えるべきだ。そしてその白亜の船体を思い出す度に、ユーフェミアの脳裏には警鐘が鳴り響くのだ。具体的な理由など無く何故そんな予感がするのか分からない。
それはまるで赤の他人が危険だと呼びかけるようであった。
しかしユーフェミアの不安を余所に、戦いは間近まで迫っていた。