……ねえ、アサミって知ってる?三組の、アサミ。
え?三組にアサミなんていたっけ?
二十八年前の話。どんな字を書くのかは知らないし、苗字か名前かも分かんない。女とは限らない。何々アサミ≠ゥアサミ何々≠ゥも。
ふーん、結構昔の話ね。
一九八五年、でさ、その二十八年前に三組にそういう生徒がいたってわけ。お前、この話知らないか?
ん?あっ知ってるかも、私が聞いたのはアサミじゃなくてミサキだったけど。
ミサキ?そういうのもあるんだ……誰から聞いたんだ?
部活の先輩。
どんなふうに?
二十八年前かどうかは知らないけど、三組にミサキって生徒がいて、何かそれからクラスで不思議な現象があった≠チて。
それだけなのか?
うん面白がって人に話したら悪いことが起こる=c…って。これってあれでしょ?「七不思議」の一つだよね?
うーん、俺もそう思うけど、聞いた話じゃそれとは違う≠轤オい。
え?マジで?どんなふうに違うわけ?
悪いことがあっても知らねぇぞ。
メーシンでしょ?そんなの……。
まあいいや、そのアサミっていうのはな、どちらかというとネクラな感じで、友達も少なかったみたいで、クラスでいじめ≠轤黷トたんだ。
ふーん、何か夜見北のミサキとは真逆だね。
夜見北?ああ、夜見山の中学校?もう、廃校になったんだったよな。そんなのあるんだ。
うん、クラスの人気者だったらしいよ。そのミサキは……あ、クラスは三年三組で、三年に上がって家族で亡くなったらしいけど。
ふーん、まあ話を戻すぞ。そのアサミは二、三年に上がってすぐ自殺したらしいんだ。
えーっ何か可哀そう。
首を吊って死んだ、って聞いた。他にも諸々説はあるみたいだけど。
首吊りねぇ。
でさ、アサミが自殺しても誰一人として罪悪感を感じなかったみたいなんだ。この後からが本題なんだよ。
え?どういうこと。
続き、があるんだよ。
続き……どんな話?
その、続きっていうのがさ―――
『二〇十三年三月二十四日』
夜見山市の隣にある都市、朝見山市の市立病院の由岐井病院の五階にある個室。
そこのベッドに横たわっているのは一週間前にアメリカから帰国した高林郁夫だった。
去年の春からアメリカで大きな手術をして手術は成功し、今年から日本で治療を受ける事となった。
郁夫の父親の高林敏夫の生まれ育った都市である朝見山に敏夫と暮らす。
でも、二人暮らしではなくあと二人≠ニ暮らす事となった。
その二人が父親の再婚相手の智恵と言う敏夫とは五歳年下の女性、そしてもう一人は郁夫とは腹違いの妹の梨恵。
梨恵は三歳になったばかりで、敏夫と智恵が再婚したのは三年前、郁夫の実の母の郁代と離婚した翌年。
今となっては郁代は亡くなって、郁夫は去年敏夫に引き取られる事となった。
別に郁夫が敏夫の事を嫌いではなかったし、智恵と梨恵と一緒なのが嫌ではなかったので郁夫も承知した。
智恵は郁夫のことを本当の息子のように面倒を見てくれて、梨恵も郁夫には結構懐いているほうではある。
郁夫も智恵とは血がつながっていなくても母親だし、梨恵とは腹違いと言っても半分は血のつながった兄妹だ。
ドラマとかで見る継母いじめなどもなく、郁夫は今の生活には満足をしている。
今、郁夫が由岐井病院に入院している理由は、説明しなくとも分かると思うが帰国直後の二週間ほどの入院。
郁夫はベッドで寝ていても、やはり左胸の痛みがたまにやってきては郁夫を苦しめる。
「大丈夫?苦しくない?」
朝早くから病院に来てくれている智恵は郁夫に心配そうに問いかける。
クリーム色のパンツスーツに黒のブラウスを着た智恵、少し長身でほっそりとした体格で胸元まである黒髪を後ろで束ねている。
郁夫は弱々しい声で「大丈夫です」と横たわったまま横目で智恵を見る。
「心臓の病気が持病だとねぇ……あ、ごめんね、知ったかぶりみたいなこと言って……」
「いえ、大丈夫です。気にしないでください」
智恵はニッコリとした笑顔でベッドの脇にあるパイプ椅子に座って話をしている。
その膝の上にはキャッキャッと嬉しそうにベッドに乗り出そうとする梨恵の姿がある。
薄ピンク色のスカートに可愛らしいウサギのキャラクターがプリントされたシャツに同じキャラクターのポシェットを首からかけている。
顔は母親の智恵似で髪は肩の位置まであるセミロング。
郁夫は軽く微笑んで、嬉しそうな梨恵の小さな頭を撫でる。
梨恵の髪は大人とは違って細く触れるとフワッと柔らかい。
梨恵は郁夫が頭を撫でると嬉しそうな笑顔をする。
「郁夫君、確か高校は朝見南だよね?」
「アサミナン?」
「朝見山南高校、略して朝見南!まあ、南高とも呼ばれてるけどね、北高は朝見北ね。懐かしいなぁ、あそこ」
「え?智恵さんってあの高校出身なんですか?」
母親とは言ってもすぐに「お母さん」とは呼びづらいので、郁夫は「智恵さん」と呼んでいる。
智恵は郁夫の質問に「うん」と答えると、パイプ椅子から立ち上がって病室の窓から顔を出す。
「あの山が朝見山ね、んで、東に見えるのがこの病院の名前でもある由岐井って言う高台。西には蒼蔵っていう場所があるの」
「ユキイとアオクラ……」
郁夫はベッドから起き上がると智恵の簡単なタウンガイドをまじまじと聞いている。
「あっあそこ!あのグラウンド」
智恵は突然声をあげて右手で南のほうに見えるグラウンドのような場所を指差す。
郁夫は先ほどよりも身を乗り出して必死にその場所を見る。
「あれが朝見山南高校、隣には朝見山川っていう川が流れてて……北のほうは北高ね」
「あれが、ですか」
「朝見南はちょっと変わってるけど、とってもいい高校よ。確か郁夫君の中学の同級生がいるんだっけ?」
「はい。数名……三年のころに同じクラスだった」
郁夫は朝見南を見つめていると、智恵はどことなく不安げな表情をちらつかせる。
何かを怯えているような、そんな眼差しで朝見南を見つめている。
郁夫はそれに気づくと智恵に「どうかしましたか?」と首を傾げる。
「え?ううん、何でもないよ。郁夫君って三組に転入するんだよね?」
「はい、確か朝見南はクラス替えがないとか」
「そうそう、一年から三年までずっと一緒のメンバー。つまらないけど、そこんところは校長に文句言って」
「はぁ」
智恵は先ほどの表情を隠そうと必死に笑っているように見える。
郁夫も智恵の反応はあまり気にせず、智恵の笑い話に付き合っていた。
その三日後、もうすぐ退院ができると言う時の正午にお見舞いに来たのは智恵ではなく、郁夫が顔見知りの面々。
夜見北の三年三組だった八神龍、七瀬理央、福島美緒そして榊原志恵留(シエル)の四人。
八神は紺色の上着で中にはクリーム色の袖なしのセーターで赤いチェックのネクタイに紺色のズボン。
中学と変わらないのは黒ぶち眼鏡と髪型、他は夜見北とは趣味が違う。
女子三人は紺色のブレザーでスカートと胸元のリボンは赤いチェック。
七瀬は上着を水色のジャージを羽織って前は開けて白いシャツが見え、髪は少し茶髪のショートヘアー。
福島はきちんとした着方で白の袖なしセーターを上着の中で羽織って髪はセミロングで下している。
志恵留は福島と同じような真面目な着方で上着の下は薄ピンクの袖なしセーターで胸元まである髪は耳の後ろでハーフアップで結んでいて、中学の頃にかけていた眼鏡は外している。
女子三人に関しては容姿的には服装が変わったと言うだけで、八神のように身長が少し伸びたなどはない。
実際郁夫も中学の頃に比べたら身長が三、四センチ伸びたと思える。
「久しぶり、ぬま……高林君」
そう言い出したのは志恵留、郁夫のことを「高林」と言うのには少しぎこちない口調。
敏夫の元に引き取られることになって「沼田」から「高林」に戻った。
「久しぶり、どうしたの?」
「三組なんだ私ら!だからクラスで話し合ってお見舞いに行こうってなって」
二カッと調子の良い笑顔で郁夫に言うのはお調子者の七瀬。
七瀬は元々こういうタイプなのだが、不良のような崩れ方はしていない。
「だから、中学の頃に同級生だった私達が行ったほうがいいって風見先生が」
「風見先生?もしかして風見先生が担任?」
「うん、副担任の先生もいるよ」
そう言うのは七瀬の隣にいる福島、三年三組の頃に姉と母親を一気に失っているのにとても前向きな性格。
福島は自分の後ろで手を組んで少し前かがみになって微笑む。
「あ、そうだ。これ……クラスの皆から」
志恵留は抱えていたピンクのチューリップの花束を郁夫に差し出す。
郁夫は志恵留に「ありがとう」と花束を受け取りながらお礼を言う。
「高林君って四月の新学期から転校してくるんだよね?僕、実はクラス委員長なんだ」
「へえ、そうなんだ……それで、どうかしたの?八神君」
「いやっあの……高林君って朝見山に住んだこと、ある?」
「え?ない、と思う。お父さんの実家には小さい頃に二、三回くらいは」
郁夫は薄らいでいる記憶を絞り出して八神に答える。
七瀬は突然割り込んでくるように「長期滞在は?」と言い出す。
郁夫は曖昧な感じに「ないと思う」と首を傾げながら言う。
郁夫の答えに四人はお互いの顔を見合わせて渋い顔で何かをヒソヒソと言い合っているようだ。
その話合いの途中に志恵留が輪から抜け出して郁夫のほうに寄る。
「高林君……いろいろ朝見南で不便に感じるかもしれないけど、私達もできるだけ¥浮ッてあげるから」
「え……うん、ありがとう」
『二〇十三年四月九日』
登校初日の朝、郁夫は洗面所で顔を洗っているところだった。
水で洗った顔をタオルで拭くと洗面所の目の前の鏡に郁夫の顔が映る。
どちらかと言うと母親似の顔、鼻の周りのそばかすは母親でも父親でもない。
色白で髪は中学の時よりも少し伸びたような気もするが、これはこれでいいかと郁夫は思う。
郁夫は洗面所から出ると真っ先に向かったのは自宅の縁側だった。
朝見山の安里町という町にある敏夫が二年前に建てたという一軒家に郁夫は住んでいる。
とうの敏夫は先ほど家を出て職場へ向かった。敏夫は朝見南の教頭を務めている。
郁夫は学校へ行けばどこかで会うかと思って朝は顔を合せなかった。
郁夫はぼんやりと縁側で少し広めの庭を眺めていると、塀の向こうから男の声がする。
「少年、また一人か?」
塀の向こうから郁夫に向かって微笑む三十代くらいの黒髪の中肉中背の男性。
つるんとした、いわゆるしょうゆ顔≠フ郁夫の自宅の向かいに住んでいるらしい。
郁夫は縁側から立ち上がると、男性のもとに寄ってペコッと頭を下げる。
「トモさん、仕方ないでしょ、智恵さんは台所だし、梨恵は寝てるし」
「あ、そっか。これから学校?朝見南だっけ?」
「トモさん」と呼ばれるこの男性はよくこの塀から顔を出して暇そうな郁夫に話しかける。
トモさんは灰色のスウェットを着て髪は寝起きなのかボサボサだ。
「僕もあの高校の事は知ってるんだ。いろいろ教えてあげようか?」
「はい、ぜひ」
「まあ、七不思議のたぐいとか聞きたいか?」
「うーん、そういうのは信じないくちですけど……まあ、教えてください」
トモさんはゴホンとわざとらしく咳払いをすると何を話そうか考え込む。
「んじゃ、僕が一番最初に知ったやつ……」
トモさんの「七不思議」というのは、朝見南の音楽室には昔病死した音楽教師の霊が住み着いているという。
ある日の朝、生徒が音楽室の横を通ろうとすると誰もいないはずの音楽室から美しい女性の歌声が聞こえてきたという。
その他にも音楽室で女性の音楽教師の霊の姿を見たという目撃情報が殺到しているとか。
「ふーん、噂としてはまあまあですね。幽霊なんて見間違いでしょ?」
「まあ、僕も正直そう思うね」
トモさんはその後「七不思議」から「心構え」的なものをいくつか郁夫に教える。
その一。雨が降っている時に西階段を使ってはいけない。その二。校舎の玄関から出るときは靴を履きながら出てはいけない。
どちらも昔から伝わるジンクスのようなものだとトモさんは言う。
その一は背いて西階段を使うと、滑って落ちて怪我をする。
その二は背いて靴を履きながら出ると、成績が下がってしまう。
そんな感じのジンクスだとトモさんは教えてくれたのだが、郁夫は何となく相槌を打つだけだ。
「その三は、クラスのルールは決して破ってはいけない」
トモさんは真顔でそんないやに現実的な「心構え」を言う。
「当り前のことだけど、まあ覚えときな。朝見山はどっちかっていうと都会風の田舎町だからな」
トモさんはそういうと手を振りながら塀を離れて自宅へと戻っていく。
トモさんが住んでいるのは少し古いマンションで、確か結婚していると聞いている。
幼い子供もいるようで、よく嫁と子供と三人で近所を歩いているのを見かけたことがある。
郁夫は再び縁側に座ると庭をぼんやり眺めながらトモさんの言葉を思いかえす。
―――朝見山はどっちかっていうと都会風の田舎町だからな。
隣の夜見山は普通の田舎町だが、朝見山は都会の影響を受けているのだと思われる。
そんなことは郁夫にとってはどうでもいいことなのかもしれない。
「なんで?トッチャン、なんで?」
後ろでそういう声がして郁夫はビクッとなるとすぐに後ろを振り返る。
後ろにいたのは寝起きのボサボサの寝癖のついた髪でパジャマ姿の梨恵だった。
郁夫は梨恵が呟いていたのかと思うと内心ホッとする。
「梨恵、どこで覚えたんだ?その言葉?まあ、どうせお父さんだろうけどね」
「なんで?トッチャン……カーザセンシェー、なんで?」
「はいはい、なんでだろうねっ」
郁夫はそう繰り返す梨恵の頭を撫でるとほのかに微笑む。
「なんで?トッチャン、なんで?カーザセンシェー、なんで?」
郁夫が転入する二年三組の担任は病院で志恵留達が言っていたように風見智彦。
相変わらずの真面目そうな緑銀の眼鏡、口調も鋭いと言えば鋭い。
担当教科は夜見北の時と同じ、数学だと言う。
職員室を訪れて挨拶を済ませると、風見は手元の資料に目を通しながら話をする。
「病気のほうでいろいろ不便な部分もあるかもしれないが、そこらへんは気にしなくても大丈夫」
風見は資料を下げると同時に視線も郁夫から下げて郁夫のほうを直視できないでいる。
夜見北の頃は自分にも結構普通に話しかけてくれたのだが、と郁夫は内心ガッカリしている。
「海外とは授業内容も変わってくる部分もあるが、なんとか大丈夫でしょう。うちの学校はクラス替えがないのでそこは理解してください」
「はい。ありがとうございます」
「何かあったら遠慮なく相談してもいいよ、私なり……副担任の梅村先生にでも」
風見は傍らでやり取りを見守っていた同い年くらいの女性教師に視線を流す。
女性教師は梅村香織と言う音楽教師だと言う。
郁夫は女性の音楽教師をいう響きに一瞬、トモさんの今朝言っていた「七不思議」を思い出す。
「よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
郁夫は梅村に向かってペコリと一礼をすると、風見が「あの」と郁夫に何かをいいかける。
するとキーンコーンカーンコーンと言う予鈴が鳴ると出席簿を手に持つ。
「では、朝のホームルームだから、クラスの皆に紹介しましょう」
二年三組の教室の黒板の前で郁夫は風見と梅村が見守る中でクラスメイトに自己紹介をする。
黒板には風見がチョークで「高林郁夫」と書いてある。
郁夫は緊張で悪い心臓の鼓動が早まるのが分かった。
「はじめまして。えっと、健康上の問題でアメリカから先月帰国しました。あの、よろしくお願いします」
クラスメイト達は各々の席に座ったまま風見と同じように郁夫のほうを直視できずにいる。
教室中の空気は重苦しく、郁夫の想像していたような明るいクラスとはかけ離れている。
ここから郁夫は趣味や特技なども言おうか言わないかを迷っていると後は風見が受けてくれた。
「では、三組の新しい仲間として高林君とも仲良くやっていくように……」
風見がクラスメイトに話をしている間に教室を見渡す郁夫。
一番前の窓際の席には八神、窓際から二列目の後ろから二番目の席には福島、廊下側から三列目の前から四番目の席には七瀬、その二つ前には志恵留。
志恵留の隣の席は空いていて、おそらくあの席が郁夫の席だと思われる。
でも、空いている席はもう一つ≠る。窓際の一番後ろの席。
誰かが休んでいるのかと思ったのだが、風見は出席点呼を取らずにいる。
風見は話が終わると郁夫を席へと誘導する。やはり志恵留の隣の席だった。
郁夫が席に座ると隣の志恵留が頬杖をついて郁夫のほうを見てニコッと微笑む。
「新学期が始まってクラス替えはありませんが、去年と同じように皆で仲良く健康≠ノ過ごしましょう。そのためにもあの決めごと≠ノは従ってください」
郁夫はこの時、風見の言うあの決めごと≠ニいう言葉に何か嫌な寒気を感じた。
その冷気というようなものは、あの窓際の誰も座っていない席から伝わってくるような気がした。
「高林君、このクラスで何か困ったことがあったら言ってね」
志恵留は小声で郁夫にヒソヒソと言う、風見はそれを咎めるようなそぶりま見せない。
郁夫は風見の反応に意外さを感じつつ志恵留の言葉を聞く。
「うん、ありがとう……ねえ、あの窓際の一番後ろの席って誰が座ってるの?」
志恵留は郁夫の質問になぜか青ざめた表情をして眉をひそめる。
目を泳がせて何かを考え込んでいるように見える。
郁夫は首を傾げながら志恵留の答えを待つと志恵留はようやく視線を郁夫に戻して唇をかすかに動かす。
「あそこの席はね、アサミさんが座ってるの」
「アサミ?そんな生徒がいるの?」
この年と同じ名前の生徒に郁夫は何かの興味を抱く。
だが、志恵留は「う、うん」と何かをうろたえているようだ。
「アサミさんは今日はお休み?」
「そう。そうね、うん休み……高林君、あのね、あんまりアサミさんには関わらないほうがいいよ」
「なんで?」
「皆のため……高林君のためだから……」
郁夫は「皆のため」と言うニュアンスに聞き覚えのあるような感じがした。
夜見北の頃、そんな事を言ったような覚えがあるのだが……郁夫はその場面をまったく覚えていなかった。