十二月五日の松本蓮の死により、二年三組のクラスは困惑をし始める。
困惑と言うよりかは怯えや恐怖がぶり返して来たようなものと同じだ。
やはり災厄≠ヘ死者を死に還す≠セけではなく非在者≠見つけ出さないといけはいという。
そんな無理難題なことを解決しないと、この災厄≠ヘ止まらない。
少し前にようやく退院した高林郁夫たちは学校の教室の隅で話し合いをしているところだった。
「あー、もうっ、せっかく安心して冬休みを迎えようと思ったのにぃ」
そう吐き捨てるのは茶髪の七瀬、頭の後ろに手を組んで憂鬱そうな表情をする。
「仕方ないだろ、そういう現象なんだからさ」
八神は冷静にそう言うと黒ぶち眼鏡のブリッジを押し上げる。
その反応に対して七瀬はムスッと口を尖らせてからもう一度「はあぁ」とため息をつく。
「でも、きっと大丈夫だよ。見崎先生の年は止まったんだから」
「だけど、その年は偶然でしょ?私は心配かも」
榊原志恵留(シエル)は励ますつもりで言ったのだが、即座に福島美緒に却下される。
郁夫はこんな状況と止まらない死の連鎖に不安を感じている。
これからも周囲で誰かが死ぬ。それはもしかしたら、今目の前にいる志恵留や七瀬だったり、もしくは郁夫自身が今すぐにでも……。
そして、もう一つだけ心配事がある。松本の死の直前の幻覚のようでそうではない。
エレベーターで死んだはずの雪村理奈と鉢合わせしたのだ。
―――あなた達のせいよ。私達が死んだのは……。
あれは本当にあの$瘻コなのだろうか。もしかしたら全くの別人だと言うこともある。
この事は一応七瀬たちの耳にも入れている。そして美術教師の見崎鳴にも。
鳴はその事を聞いた時、ひどく困惑した様子で悩ましげに眉をひそめていた。
―――他の死者≠ニ会う、ねぇ。
そんな言葉をボソッと呟いていたのだが、どこか心の奥底で「そんなこともあったかも」と言っているような表情だった。
「そう言えば、二人が言ってた雪村さんの幽霊かなんか見たって言ってたよね?」
「あぁ、うん。けど、彼女は幽霊じゃないと思う。なんて言うか、僕らとほとんど何も変わらないって言うか……そんな」
「うーん?けど、なんでそんな事が……」
七瀬は腕組みをして深く考えるのだが、結論がまったく出てこない。
その時、志恵留が突然口を挟んでくる。
「こう考えてみない?風見先生が死に還って死者≠招き入れる扉みたいなのが開いてしまった……風見先生がいたから、その扉が封鎖されていたとか?」
「あぁ、それも一理あるかも」
「でしょ?雪村さんがこの世に戻ってきたのは扉が開いたから……もしかしたら、他にも青崎くんとか常本さんも戻ってくるかも」
志恵留は真剣な顔つきで理屈を言うと、郁夫たちはその意見に納得する。
この後もこれまでに死んだ生徒たちが戻ってきて、郁夫たちと会う可能性が高い。
「だからね、きっとその人たちがいるから死に近づいてしまった≠チて言うのが仮説ね。本当はどうなんだろう?」
「けど、僕は非在者≠ェ誰か分かったとして、それでどうすればいいの?」
郁夫は志恵留たちに問うと四人とも言葉を詰まらせてしまう。
「そうだよね、確かにどうすればいいんだろう?」
七瀬は組んでいた腕を腰に当てると眉をひそめる。
そして八神の方を見ると八神は「俺が知るわけないだろ」ときっぱりと言い放つ。
しばらくの沈黙の果て、志恵留が真剣な表情で言う。
「これも、時期に分かる事だと思うけどね」
土曜日の昼、郁夫は由岐井病院の帰り道、由岐井橋の前を通りかかった。
由岐井町から杏里町までは由岐井町の隣の青楽町のバス停からバスに乗って帰る。
行きの時は香住町のバス停から青楽町のバス停まで乗って行ったのだ。
帰りはそれの逆のルートで帰るつもりでいる。
そんな時に由岐井橋の前を通りかかり、郁夫はその橋を通るのがどうも嫌だったのだ。
郁夫が四月の入院時に担当だった看護師の清水翔子が通り魔に殺された橋。
しかも、その通り魔は未だに見つかっておらず、この付近はあまり人通りが少ない。
それもあって、郁夫はこの橋を通る時は早足になるのだ。
今日もそのつもりで、赤く塗られ少しくすんでいて年月を感じる橋に一歩踏み出す。
その時、郁夫は橋の右のほうにしゃがみ込んで手を合わせている人影を二つ見つける。
その人物も郁夫に気付くと立ち上がってペコリと頭を下げる。
その人物と言うのは、清水の妹で腎臓病を患っている郁夫と同い年の清水優子。
最近退院をしたばかりのようで、体格はほっそりしていて病人だった事が何となくわかる。
そんな優子の隣には鳴たちと中高と同級生だった赤沢泉美もいる。
郁夫は二人の方に近寄ると、ほのかに微笑む。
「優子さん、今日は清水さんの……」
「うん、この間退院したし、ここに花を供えるのは初めてなんだ」
「そっか、けど、赤沢さんは……」
「私、二人とはいとこ同士なの。だからね」
赤沢はきっぱりとそう言うとその事実に郁夫は「へぇ」とコクコクと頷く。
そして橋の隅に置かれた花束や缶ジュースやイルカの可愛らしいぬいぐるみに目を向ける。
清水の親族か知人が供えてくれたのだろうと郁夫は思う。
「赤沢さんと清水さんがいとこ同士だなんて初耳」
「まあね、別に言うような事でもないし」
そう言って赤沢は胸元まで垂れたストレートの赤毛の横髪を撫でる。
「通り魔の方はまだ見つかってないんですよね」
「そうね、事件の方はずっと私が担当してたからよく知ってる。けど、まさか私の親戚がねぇ」
赤沢の職業は刑事で、夜見山署から最近朝見山署に配属されたのだ。
だから赤沢も通り魔についてはずっと捜査をしていたので、情報はよく知っているのだ。
赤沢の話ではその通り魔の手がかりは掴めておらず、何も分かっていない状況。
「きっと、大丈夫だよ。すぐに捕まるって思ってるから」
優子はそう言って笑っていたのだが、その目には少したりとも笑っている様子はなかった。
昼休みに郁夫と志恵留は二人でT棟にある美術室を訪れた。
そこには鳴がいつものように一人でテーブルにある椅子の一つにポツリと座っている。
二人は鳴に向かって一礼をすると鳴の座ってる窓際の一番前のテーブルに鳴と向い合せになるように座る。
鳴は顔にかかった前髪と横髪を右手で掻きあげると「どうかしたの?」と素っ気なく聞く。
「あの、風見先生が死に還っても人が死んで……やっぱり非在者≠見つけだないと……けど、どうすればいいのか」
「悩ましいよね、私もよくわからないけど……」
そう言って鳴は準備室から名簿の入ったファイルを引っ張り出すとテーブルに広げる。
そして鳴たちの年の名簿のところを開いて見せる。
唯一途中で災厄≠ェ止まった年、これで何かが分かるんじゃないかと郁夫は考えたのだ。
「私が気になるのはここよね、どうして非在者≠フ名前が記載されてるのか」
そう言って鳴は一番下の余白に書かれた死者≠ナはなく非在者≠フ名前が書かれたところ。
もしかしたら、これに意味があるのではないのかと思った。
「それに、私は何か法則があるんじゃないかと思うの」
「法則?」
「そう。何かこのクラスの生徒となる理由とか法則とか……そう言うのがあるんだと思うの」
そう言って鳴は左目の白い眼帯に触れると、義眼じゃないほうの右目を細める。
―――何かこのクラスの生徒となる理由とか法則とか……。
鳴の言うその法則が見つかれば、もしかしたら非在者≠ノ繋がる何かが掴めるような気もする。
「その法則に適した外部の人物がそうだと?」
志恵留は名簿をじっくりと見ながら問う。
「そうね、少なくとも……そうなんじゃないのかな?」
「その法則が見つかれば……」
「……これは私の仮説。別にはっきりした理由はないけど、来週から冬休みでしょう?その期間に調べるのもいいけど、勉強もしっかりね」
鳴は改めて教師らしい言葉を言うと郁夫と志恵留は「はい」と素直に言う。
郁夫はその法則があるかもしれないと言う仮説を七瀬たちにメールで知らせようと思っている。
七瀬も先ほど「冬休みも各々に調査」と言っていたので、元々そうしようと郁夫は決めていたのだ。
人数が多い方が早く解決できるし、手がかりも掴めやすい。
この事をメールで送ったら、七瀬はきっと嬉しそうに「でかしたぞ!」と言いそうだ。
「私もなるべく調べるから、勅使河原くんたちにも協力してもらうし」
「はい、ありがとうございます」
放課後、郁夫が家に帰った後、郁夫は志恵留と相談してからメールで先ほどの事を送る。
すると、すぐに返信が返って来て「でかきたぞ!」と七瀬が予想通りの一言を添えている。
そして、その後に八神から「分かった。小椋さんから聞いてみるよ」と親戚で鳴たちと同級生だった小椋由美に聞くと言う。
八神の返信からさらに五分後、福島から「クラスの子の身辺を調べてみる」と返って来たのだ。
福島のメールと同時くらいに志恵留からもメールが来たのだ。
文面は「クラスのみんなの共通点とかも調べてみるよ」と言う具合だ。
そんなメールにそれぞれに違った返信を送ると、郁夫は一階のリビングのソファに身を沈める。
「どうかしたの?浮かない顔して」
義母の智恵はそう言って郁夫の隣に紅茶の入ったカップを二つ両手に持って座る。
カップをテーブルの上に置くと、智恵はそのうちの片方の紅茶を飲む。
郁夫はカップの置かれているコースターの上に置かれている角砂糖とミルクを紅茶に入れてスプーンでかき混ぜる。
郁夫は紅茶はミルクティーを基本的に飲むのだが、智恵は基本はレモンティーを飲んでいて、キッチンで輪切りのレモンを紅茶につけていた。
郁夫は甘味の紅茶を一口飲むと「はい」と力のない返事をする。
「死者≠ェ死んで……ようやく終わったと思ったんですけど、この間クラスの子が病死して……」
「ふうん、そう言うねぇ非在者≠見つけろってやつ?」
「まぁ、そんな感じですね」
郁夫がそう言うと智恵はまた「ふうん」と言うと紅茶を一口飲む。
そしてテーブルの上のリモコンを取り上げてテレビをつけると、ニュースがやっていた。
お馴染みのキャスターが最近の事件を報道している。
「うわっ、またこの付近で通り魔だって……」
そのニュースでは、由岐井町付近で若い女性が腹部を刺されて重傷を負ったというもの。
しかし、女性は命には別条はなく、通り魔は逃走している模様。
「怖いよねぇ、郁夫くんも気をつけないよ」
「はい、智恵さんも」
「そうね、分かったわ」
智恵はナチュラルな笑顔を見せると紅茶を飲んで、ふっ……と笑う。
郁夫は智恵のほうを見てからもう一度テレビ画面を見ると、言葉に言い表せないような背筋が凍りつくような感じを覚えた。
『二〇十三年十二月二十六日』
冬休みが始まり、郁夫は肌寒い中を由岐井町を歩いて薬局で薬を買って帰る途中だった。
その時、志恵留たちと会い郁夫はそちらに近寄る。
白いニットの長袖のセーターを着て黒いハーフパンツを穿いた志恵留と青色のトレーナーを着た七瀬。
それとピンクのセーターを着てジーパンを穿いたクラスの女子生徒の谷川綾香もいる。
黒髪のボブヘアーのタレ目の谷川は郁夫にペコリと頭を下げる。
「高林くん、今日は病院?」
七瀬はトレーナーのポケットに両手を突っ込んだまま問う。
「ううん、今日は薬局で薬を買ってきただけ。七瀬さんたちは?」
「私達はエルちゃんと一緒にいたら綾香と会ったの。家がここなんだって」
「ふうん、そうなんだ」
家が由岐井町だから通り魔の事で大変なんだろうな、と郁夫は心底そう思った。
谷川の家は由岐井橋のすぐ先にあるところで、帰り道はいつもビクビクしているそうだ。
一番多発しているのがこの近辺と言うわけもあって、谷川はあまり外には出ないようにしているそうだ。
「今日はちょっと息抜きに散歩、って言ってもすぐに家に帰るんだけどね」
谷川はクスクスと笑いながらそう言うと、由岐井橋のほうに目を向ける。
あんな事件が多発しているんじゃ安心して外にも出られずに家に閉じこもっている事が多いそうだ。
特に事件は発生直後は登下校と親の車で送り迎えがある。
谷川の両親も心配しているようで、両親の方からそうしようと言いだしたらしい。
「怖いよねぇ、特に私らは気をつけなきゃ」
「だね、僕も病院とかの帰りにここを通る時はどうも怖くて……」
そう言いながら由岐井橋の前を歩いていると、橋の上にポツリと立っている人物に郁夫は気づいた。
それは赤沢だった。赤沢の方も郁夫に気付いて橋から離れてこちらにやってくる。
赤沢は紺のスーツ姿でどうやら勤務中のようだった。
「赤沢さん、仕事中ですか?」
「そ。昨日の夜からねぇ、ここらへんで事件があったから、もう眠い」
赤沢はそう言ってあくびをすると大きく伸びをする。
志恵留はもちろんの事、七瀬も赤沢とは顔見知りなのだが、谷川とは初対面。
谷川は赤沢に向かってペコリと頭を下げると七瀬に「誰?」と言うふうな表情で聞く。
「朝見山署の刑事さん。ほら、美術の見崎先生いるでしょ?先生の中高の同級生。だから災厄≠フ事は知ってるの」
「あ、そうなんだ」
谷川はニッコリと微笑んで納得する。
「クラスメイトの谷川さんです。この由岐井町に住んでるんです」
「ふうん」
郁夫が赤沢に説明をすると、赤沢もそれに納得する。
赤沢は通り魔事件の事で調べている途中だったようで、辺りをキョロキョロ見渡している。
その時、志恵留は由岐井橋の上で由岐井川を覗きこんでいる。
それを郁夫は何となくちょくちょく見ていると、志恵留の近くに黒いパーカーを着てフードを被っている。
郁夫はその男に不審を抱いて赤沢を突っついて知らせる。
それとほぼ同時くらい、男が懐から銀色に光るナイフを取り出して志恵留に近寄る。
それに志恵留も気づいて悲鳴を上げる。
「な、何!?」
「榊原さん!」
赤沢は全力疾走で男に飛びかかり、男の手からナイフを叩き落とす。
志恵留は慌ててその場から離れると、男は赤沢から振り切って逃げだす。
赤沢はそれを追って走ると、男は橋から離れようとした時に橋の柵に手をつく。
それとほぼ同時くらいにミシッという鈍い音がすると、柵にひびが入る。
そして柵が割れて男はバランスを崩して柵と共に川へと落ちる。
「落ちた!」
七瀬がそう叫ぶと赤沢たちは大慌てで川の方に降りると、赤沢は上着を脱ぎ捨てると一人で冬の川に飛び込む。
川沿いで息を呑んで赤沢の帰りを待つ郁夫たちはその間の時間が凍りつくように思える。
赤沢が川に入ってから一分余り、赤沢がようやく戻ってくると男も一緒だった。
しかし、男はピクリとも動かず、川沿いにあげられても倒れたまま。
そして赤沢はびしょ濡れのまま、男を人工呼吸をする。しかし―――
人工呼吸を初めてしばらくすると、赤沢は顔をしかめて。
「ダメか……」
赤沢は肩を落として男が被っているフードを取ると、そこには二十代くらいの男の顔が出てくる。
それを見た谷川は短い悲鳴を上げてよろよろと座り込む。
その通り魔の男を見て、谷川は震えるような声でこう呟いたのだ。
「こ、この人……私のいとこよ」
谷川はそう言って泣き崩れ初め、郁夫は硬直してしまった。
この由岐井町の連続通り魔事件の犯人は、谷川のいとこの谷川晃だったのだ。
こうして十二月の死者は病死の松本に続いて谷川となったのだ。