どれくらいの時間が過ぎただろうか。
キャノピー越しに照らす光に起こされてタイガが閉じていた目を開くと、目の前には見慣れた計器に操縦桿、コンソールにディスプレイ。間違いなくガッツイーグルα号のコックピットの中だった。
『う・・・ここは・・・?』
空中静止状態を保っている機体のコックピット内でレーダーを確認すると、先程まで目の前にいた宇宙船はおろか、スフィアや友軍機すら表示されていない事に困惑を隠せずにはいられなかった。
二日酔いとは違った意味でガンガンする頭を振りながら確認していく。機内の時計は自分が最後に確認した時間より3分と経っていない。燃料も殆ど減ってはいないしその他のシステムも見る限り正常に作動している。自分の意識がはっきりしていた時より殆ど変化していない事を把握するとフゥと一息つく。
そして次の瞬間彼は気付いた。
"ここの空が青い"という事を。
「え?」
再び間の抜けた声がコックピット内に響くと同時に彼は地上へと目を向けた。
普通であれば火星に広がる赤茶色の大地とTPC火星基地が見えるはずだが、タイガの目に写ったのは多くのビルが聳え立つ市街地。そして青空に浮かぶ真っ白な雲にぎらぎらと照らしつける太陽。つまりここは"地球"だ。
「んなバカな!!何故地球に!?」
自分が戦っていた火星から地球までの距離は平均で約78万キロに及ぶ途方もない距離。機内の時計や燃料などから考えても到底こんな短時間でたどり着けるものではない。そもそも途中で燃料切れになって宇宙を漂流するのがオチだ。
ますます混乱するタイガの脳内に1つの考えが過ぎった。
『ネオマキシマオーバードライブが暴発したか?』
〔ネオマキシマオーバードライブ〕。又の名を〔ネオマキシマ航法〕とはTPCに以前から用いられていた特殊なエネルギーによる航法の事だ。主に惑星間などの長距離の移動に使用されている。約20年弱前から使われていたが、その月日の中で技術は向上し、今では当時を凌駕するほどのスピードを出す事が可能となっている。この航法を用いれば火星から地球までの移動も短時間で可能ではあるが、当然エネルギーを大きく消費する為、普段はロックが掛かっているため暴発などはまったくと言っていいほどありえない話だ。
それでもタイガはコンソールへと手を伸ばしてネオマキシマの残存エネルギーを確認する。あの宇宙船が出した不可解な衝撃によってシステムエラーが発生し、ネオマキシマの暴発につながった可能性も否めない。
だがタイガのその考えもはずれに終わる。ディスプレイに表示されているネオマキシマのエネルギーは1%も消費されてはおらず、ゲージは100%を示していた。
ネオマキシマを使っていない。だったら何で俺は地球にいるんだ。考えれば考えるほどわからなくなる今の状況にタイガはいらつきを隠せずにいる。
『まさかあの宇宙船が・・・』
一瞬あの正体不明の黒い宇宙船を頭に浮かべるが、タイガはすぐにそれを振り払ってα号の操縦桿を握り、通信機に片方の手を伸ばし、TPC極東支部へと繋げる。
「TPC極東本部へ。繰り返す、TPC極東本部へ。こちらはTPC火星基地所属、スーパーGUTSマーズのタイガ・ノゾム、ガッツイーグルα号Uだ。応答してくれ。」
ヘルメットのインカムへそう告げて応答を待つが、スピーカーから帰ってきたのは美人の女性オペレーターの声ではなく、テレビの砂嵐のような雑音だった。
「ッ?TPC極東本部、応答してくれ!!」
インカムを掴んで再び告げるが人間の声が返って来る様子が全く感じられない。通信機に異常は見られないし周波数も間違ってはいない。
タイガはその後もTPC関連の施設へと周波数を変えて何回も通信を試みるがスピーカーから聞こえてくるのは雑音以外に何も無く、いちかばちか民間の回線に変えてみてもそれは同然で、ラジオ番組の音楽の1つも入ってはこない。
「どうなってんだよッ!!!」
一切の状況が把握できないタイガはコックピットの風防を八つ当たりの如くガンッと殴りつけ、そのままふと市街地へ目を向けると、この日何度目かの驚いた表情を浮かべることになる。
市街地の道路のコンクリートをぶち破って地中の土が露になっているほどの大きなクレーター。よく見るとそれはいくつも続いている。そしてデパートと思われる建物には大きな3つの爪あと。
これを見たタイガはこの場に巨大生物=怪獣が出現したのだと確信するが、同時に1つの疑問を思い浮かべ、α号の機体下部の姿勢制御スラスターを徐々に吹かせながら近くの広い場所へと着陸させた。
着陸してα号から降りたタイガはまずあの怪獣のものと思われる足跡へと向かっていった。
粉々に砕かれたコンクリートが土の中に疎らに見えている足跡を見つめながら、タイガは超小型コンピューター、〔W.I.T.U〕を取り出す。通信機能も備えている万能装備(今は当然通信不能の状態だが)を開き、巨大な足跡へと翳していく。
タイガはまずこの足跡がいつ頃出来たものなのかを調べようとした。土やコンクリート、その他の周辺の様子などをW.I.T.が鑑識してその日にちを表す。待つ事10数秒。W.I.T.の画面に結果として、〔6〜8ヶ月前〕と表示された。
ますます悩むタイガ。もしこの地に怪獣が出現してそれほどの期間が経過したのであれば普通は復興作業が行われるはずだが、様子を見る限りこの足跡には全く人の手が加えられてはいないではないか。周辺にも工事用の車両の姿は一切見えない。あるのは乗り捨てられた車に、怪獣に襲われて横転した車だけだ。
そしてもう1つ。市街地のど真ん中だというのに人間の姿が一切見えない。
これほどの都会であれば普通は大勢の人間がいてもおかしくないのだが全く影も形も見当たらないし、ショップに入ってもどこも客や店員はおろかBGMすら流れていない。まるで街そのものが"死んだ"ように。
ますます困惑するタイガ。こんな事態が起こればTPCの人間全員に知れ渡るはずだがこのような事態は耳にした事がない。
「まさか"別の世界の地球"にでも来ちまったんじゃないだろうな?」
いつもの彼らしいおどけた口調で軽口を叩くタイガ。
別の世界。つまり"パラレルワールド"。何らかの次元を超えた先に存在すると言われている別の世界の事で、よくSF作品で扱われ、実際にTPCの方でも研究が進められていたが、彼自身は半信半疑な話だった。
だが次の瞬間、彼は自分の放った冗談が的を得ている事を知ることになる。
突然風が吹き、落ちていたジュースの空き缶がコロコロと転がる中、足元に1枚の新聞紙が引っかかる。
タイガはそれを手に取って何が書かれているのかと目を通すと、彼は再びえっという間の抜けた声をあげ、呆然とした表情で新聞を読み上げている。
「2011年4月24日、地球防衛隊北米支部、数ヶ月の攻防の末壊滅!?アメリカの人口、約90%がバット星人の仕業により行方不明!?いったいどうなってんだよッ!?」
この時点でいくつものおかしな事がある。まず2011年5月24日という日付。新聞紙の様子を見る限りかなり前に発行された物であることがわかる。だいたい1年弱前だろうか。だが自分の記憶が確かならば今日は2035年8月29日。時間の経過を考えても20年以上前の新聞が街のど真ん中に放置されているはずもない。もしそうだとしても新聞紙の色が大きく変色するほど痛んでいるはずだ。
2つ目に新聞の内容。地球防衛隊という組織だが、自分の知識が正しければ2011年の時点にはそのような組織は存在していないはずだ。学校で習った歴史の授業では2005年まで地球防衛"軍"という名前の酷似した組織が存在していたが、同年防衛軍は解体され、世界で多発する自然災害や怪現象から人類を守る為の組織、〔地球平和連合TPC〕が創立されている(後に多発する怪獣災害や宇宙人からの侵略多発に伴い、軍事力を持った為、実質上防衛軍と同じではあるが)。つまり2011年の時点ではそのような組織は存在していない。2つ目にバット星人という存在。呼称からして宇宙人であることは間違いないがそのような侵略者はこれまで聞いたことがない。そもそも防衛組織の1つの支部が壊滅し、アメリカの人口90%が行方不明になるほどの大きな侵略行為を行っているのであれば自分も知っているはずだがこの出来事は全くの初耳だ。
「まさか、本当に別の世界なのかよ・・・」
力を抜き取られたような声で呟きながら半分に折りたたんでいた記事を広げた時、タイガは目を張って驚愕の声を発した。
「ッ!?これはあの時のッ!!!」
タイガが驚いたのは新聞に掲載されている写真に写っている者だった。
写っているのは侵略者の物と思われる黒い小型戦闘機の群れとの空中戦を繰り広げる戦闘機部隊と、それを高みの見物をしているかのように浮遊している巨大な黒い物体。それは火星でスフィア迎撃していた時に突如出現したあの宇宙船だった。
「あいつがこの地球を侵略したのか・・・」
状況からみてどう見ても自分のいた世界と一致しない。ここが別世界の地球なのだと言えば合点がいく。
だがもっと情報が欲しい。そう思ったタイガはまず現地人との接触をしようと考えた。
だがアメリカの人口がほぼ消失したことから考えても、ここの人間が1人残らず姿を消していても不思議ではない。現に人はおろか、鳥や動物すら見当たらない。
それでも生き残りに合えばはっきりとした情報が手に入ることは確かだ。探せば生き残りの1人や2人いてもおかしくはない。
タイガは市街地を捜索しようと歩きながらW.I.T.の生体反応機能を使おうとしたその時、先ほどまで通信不能だったW.I.T.の通信コールが鳴り響いた。
「えッ!?」
タイガは慌てながらもW.I.T.を開くと、そこからは雑音混じりではあるがはっきりとした人間の女性の会話が聞き取れた。
《---トッ、サワッ、左右からこうげ---》
《クソッ、こい-見向きもしやしな---》
《リーダ--ダメですっ!!この怪獣---進路を変えよ---いッ!!》
《諦め--な!!キャンプま----キロを切ってん---》
タイガはそれを聞いて全速力でα号の元へと走り出した。
会話から察するに彼女達は怪獣と戦っているようだ。おまけに戦況は良いとは言えない。おそらく侵略者の魔の手から逃げ延びた生存者が抵抗しているのだろう。
彼女達と接触すれば大きな情報を手に入れれる。そして何よりも必死で戦っている者達をただ見ている事など彼には出来なかった。
コックピットに飛び込んだタイガはすぐさま機体のシステムを立ち上げていくとともに、W.I.T.を操作して通信相手の場所を探知しようとしていた。
場所はここから約10kmの地点。α号のレーダー範囲を拡大していくと、先ほど通信があった場所には光点が4つ存在していた。そのうち1つは巨大生物の反応。
タイガはそれを見るとすぐさまα号を垂直離陸。生存者達の危機を救うべく、α号は4つのメインエンジンから火を吹かせながら猛スピードで飛んで行った。