「イシガミ様!! イシガミ様!!」
私が執務室で書類と格闘していると、秘書の一人が駆け込んできた。
戦争の事で、やるべき事が一気に増えてしまい、計画も練り直さねばならない為私はほぼ不眠不休で仕事をしている。
ナポレオンでもない私は睡眠時間を減らすのは厳しいが、やるべき事が多すぎて終わらない以上仕方無い。
仕事を手伝うべき官僚達にもやれる限りは仕事を回しているが、普段の倍以上の仕事量だからしかたない。
現状戦争を止める事はほぼ不可能になってしまった。
だから、後は飛び火しないうちに一気に戦争を終わらせ元に戻すしかない。
強引な事ではあるが、当初から一応は頭の隅に入れていたプランではある。
だがそれを実行するためには、戦力不足も著しい。
2つの国の戦力を合わせれば17万の軍勢がいる。
それに対し私がかき集められる軍勢は近隣で4千、特別自治区全体でも1万5千といったところ。
国内の兵力を全て使えるならまだしも、今の地位ではこの辺が限界だろう。
となれば、更に強引な手を使うしかなくなってくる、あまり後ろ暗い手段はとりたくないのだが……。
「どうかしたのか?」
本当は分かっていた、悪い知らせだろう事は。
そもそもが、この状況で焦って俺に言いに来ること自体いい事の訳がない。
だが、俺はあえて普通に聞く事にした、ここで私まで焦ってしまえば秘書に不安を与えるだけだからだ。
「はっ、はい……。あのですね……アルテリア国境の砦が陥落したとの事です」
「国境砦が陥落……なるほどな。
ならばプランを急がせねばならないな、済まないが急ぎ特別自治区の会合を開く事を他の市長達に打診してくれたまえ。
魔法による特殊通信でだ。そうだな、明日の昼には集まれるようにしたい」
「わかりました!!」
普段はあまり使わないというより高価なので使えない通信法ではあるが、
魔石を動力として相手に声を届ける魔法がある。
出来るだけ安くならないかと考えていた事もあったが今はいい、兎に角、せめて特別自治区の意見だけでも統一しておかねば。
この際多少無理をしても魔族を徴兵すべきか?
いや、今の時点でそれをすればソール教徒らの目の敵にされる事になりかねない。
そうなれば、徹底的に倒さない限り向かってくるだろう。
現状では魔族兵を1000雇うよりも、ソール教徒を刺激しないほうが得策か。
だが……。
まあどちらにしろ、一番重要なのは戦の元を断つ事だ。
今回の場合、敵を撤退させる方法は恐らく4つほどある。
1つめは飢えさせる。
大軍を擁しているのだから懐深くひっぱりこめば簡単だろう、但し国民を犠牲にするので辛い選択になる。
2つめは国内不安を高め帰らざるを得ないようにする。
アルテリアもラリアも国内不安には事欠かない国だ、不可能ではないだろうが工作に時間がかかる。
3つめは新たな敵を用意してやる。
ラリアは幸い魔族の国と隣接いしている、つついて戦争にでもしてやれば2と同じ理由で帰らざるを得ないだろう。
4つめは大勝首を上げる。
アルテリア軍は国王が出張っていると聞く、彼を殺せばアルテリア軍は撤退せざるを得ないだろう。
もっともこれらはどれも実現するにはかなりの運が必要となるが……。
「まあ、3はどちらにしろ使えないが」
俺の魔族に対する信用に関ってくる。
有るのか無いのか分からないレベルではあるが、少なくともアルウラネと現状敵対していないのはこのおかげだからな。
今彼女と敵対する訳にはいかない、そんな事になれば魔族の侵攻作戦に誰も歯止めをかけられなくなるだろう。
「入るぜ」
「来てくれたか。ロロイ・カーバリオ殿」
「ああ。全く好き勝手やってくれやがって……」
ノックもせずに入ってきた小柄で目つきの鋭い男、彼は魔王退治の勇者のパーティメンバーだった盗賊だ。
現在、ハンターギルドを立ち上げそのギルドマスターとして飛び回っている。
俺が彼にちょっとした手段で来てもらったのだが、それがお気に召さないらしい。
「やはりな。彼女は大事と見える」
「……チッ、そんなこたぁいい。まあ、一応だが暗殺者が張り付いている事を知らせてくれたのは感謝しているよ」
「対処はこちらでしても良かったのだが」
「信用できるか! それに借りを作りっぱなしってわけにもな」
「気にする事は無い、私は君に大きな借りがある」
「俺に借りだって?」
「まろ……いいや、シンヤ・シジョウに色々世話を焼いてくれたらしいからな」
「あいつお前の知り合いだったのか?」
「ああ、幼馴染というやつだ」
「へぇ、不思議な事もあるもんだ。だが、それは別に貸したつもりもねぇからお前の取分にすればいいだろう?」
この状況でもロロイは私に気を許した様子はない。
私自身、まろの事をとっかかりにしようとした点は否めないので彼の警戒は間違っていないが。
どちらにしろ、現状を打開するための一手を打てなければこの大陸は泥沼の大戦争時代へと向かう事になるだろう。
仕掛け人は魔族が戦争の準備をしている事を知っていたとしか思えない。
「ロロイ・カーバリオ殿、これからする私の頼みはこの国だけではない、大陸全土の命運がかかっている」
「……戦争に関する事か」
「貴方が関りたくない事も知っている。しかし……」
「あー、皆まで言うな。引き受けるかどうかは兎も角、俺はお前の仲間になるつもりはない。
別にお前のやっている事が間違いだとは思わないし、否定もしない。
だが俺はそういう柄じゃねえんだよ」
「……わかった。用件だけ話そう」
流石に一筋縄ではいかないな、とはいえ今は用件を話しておく事にする。
ロロイ我もしも断れば、私自身の手でなんとかするしかない、しかし、私が動けばここで指揮を執る物がいなくなる。
そうなればいざ戦争が起こったら特別自治区はまさに泥沼の戦争に突入するだろう。
こここそが、お題目上はアルテリアとラリアが攻め込んだ理由なのだから。
「引き受けてくれるか?」
「……チッ、来なきゃ良かったぜ……」
「それは了承の意味ととっていいのだな?」
「俺以外どうしようもねぇっていうんだろ。俺がやるしかないだろうが」
少し卑怯な言い回しをしたかもしれない、しかし、今回頼む事が出来なければプランが破たんする所だった。
盗賊ギルドと暗殺ギルドにも顔が効くロロイ・カーバリオという人間だからこそ難なく出来る、そういう事なのだから。
去っていくロロイを見届けてから、私は出兵準備を始める事にした。
どちらにしろ、兵を出さない事にはもう守れない所まで来ている。
他の都市の長達にも出兵依頼は送っている。
当然他人ごとではないし、自分達の身が危ないのだから出さざるを得ないだろう。
たかだか1万5千では両軍合わせて17万にものぼる敵軍に対しては、正面から渡り合う事は不可能だろう。
テロで歴史が動いた事はないとはいうが、この場合一番いい対処法はアルテリア国王の首を取る事。
もしくは、精霊の勇者でもいいが……、まろに聞いた所ではヒデオがそうなのだろう。
元の世界に帰るという目標がこうなると怪しくなってきそうで俺は身震いした。
私はこの世界が悪い世界だ等とは思わないが、それでも……。
何のために頑張っているのか、その根幹を揺るがしかねない話ではあった。
俺達は、急いでムハーマドラへと向かっていたが、
どちらにしろずっと走る事も出来ないため、馬車を調達して2台に便乗する形で西を目指した。
そして特別自治区の領土内に入り一安心していた頃、そのニュースが入ってきた。
「なんだって……アルテリア国境の砦が落ちた!?」
「宿場でそう言う噂があっただけだけど、恐らくは間違いないでしょう」
「ティアミス?」
エメラルドグリーンの髪をポニーテールに縛ったハーフエルフの少女(?)が俺に声を返す。
彼女が言っている話しは俄かに信じられない内容だった。
別に、アルテリア王国が国境砦を破れないと思っていた訳じゃない。
ただ、俺達が共和国首都アイヒスバーグから出てまだ3日たっていない。
侵攻を開始したのが侵攻を開始したという情報を得て直ぐだから、
進軍に数日、更に国境砦は籠城をしただろうと考えれば流石に10日程度の余裕は考えていた。
だが、実際は3日とかからず突破している。
そう考えると、スピードが異常に早いのだ。
「情報が届くまでに1日は経っているはずだから、
首都のアイヒスバーグへ向けて進軍しているなら増援のメセドナ軍3万とぶつかる頃合いね」
「先鋒の軍は1万5千だったな、なら本隊が来るまでは流石に落ちないだろう」
しかし、これはまずい。
まさかここまで進軍が早いとは。
先鋒をてらちんが率いているなら尚更、こんなスピードで進軍してくるのはおかしい。
てらちんは基本専守防衛タイプだ。
粘り強いし、状況によっては恐ろしく強いが、進んでこういう戦争に手を出すタイプではない。
危機感とは別に、何か歯車が噛み合っていないもどかしさを感じる。
「兎に角、俺達は急いでムハーマドラに向かおう。石神の奴も心配だ」
「ええ」
「ボゥィがクライアントだからね仕方ない」
そうした感じで慌ただしく数日が過ぎ、ムハーマドラに到着した。
ここまで5日ほどかかっている、その間にも状況は変化し、
アルテリア王国軍は国境砦に1万を残し、残りは先鋒と合流、9万の軍勢でメセドナ共和国軍3万と会敵。
メセドナ軍は一度敗れるもアイヒスバーグとの中間地点にある、空中要塞砦に籠城。
駐留軍と合わせ4万で引きこもっているらしい。
南でも、ラリア公国軍7万が一度に国境砦まで押し寄せ、陥落したという話を聞く。
更に神聖ヴァルテシス法国も3万の軍勢をアルテリアの落した国境砦を通して進軍させていると聞く。
合計20万もの軍勢がメセドナ共和国に攻撃を仕掛けていると言う事になる。
対するメセドナ軍は、ソール神に見捨てられた事で、民衆の反乱すら引き起こしている。
彼らも20万の軍勢が恐ろしいのだろうが、そうする事によって余計にメセドナ軍が窮地に陥っているのも事実だった。
「さて、僕はそろそろ報告にいってくるよ。
君たちの話も通しておくから、出来るだけ急いで来てね」
「わかった」
No5が、気配のしないまま俺達から去っていく。
これだけ一緒にいても、未だに俺はあいつの気配が上手く読めない。
正直、暗殺ギルドのTOPがどれほどなのか薄ら寒くはある。
暫くして、俺達もムハーマドラの庁舎までやってきた。
石神の事を受付で確認すると、直ぐにNo5がやって来て案内を買って出てくれた。
晃も頻繁に会うというのは、少し考える事もあるが今は急いでいるあまり深く考えるのはやめた。
「石神、今メセドナはどうなっている?」
入室して開口一番の言葉がこれだった、挨拶も済ませていないのは無粋かもしれないが。
正直そんな事をしている時間が惜しい。
その事は石神にも分かっているのだろう、俺達パーティに席を勧めた石神はそのまま語り始めた。
「お前達も或る程度は知っているだろう?」
「ああ、3国20万の軍勢に攻め込まれている。更にアルテリア国境砦、ラリア国境砦共に落ちたらしいな」
「メセドナ共和国軍6万、地方軍5万の計11万がまだ存命しているが、現在指揮系統の混乱から立ち直っていない。
このままでは遠からず分断撃破されるだろうな」
「なんとかならないのか!?」
「出来る、但し問題が2つある」
「2つ?」
石神は、眼鏡をくいっと中指で持ち上げた。
これは、石神が落ち着くためにする仕草だ。
つまりそれだけ恐ろしい内容なのだろう。
「1つはこの戦争の仕掛け人を倒す事」
「仕掛け人?」
「そう、この戦争には仕掛け人がいる。
お前が来たとたん、帝国が攻め込み、首都にテロリストが現れ、そして3国から宣戦布告された。
偶然と言う事はあり得ない、仕掛けがあるはずだ」
「それは……」
不幸体質のせいか、それが半ば普通だと思っていたんだが。
言われてみればちょっとありえない確率だ。
「更に、魔軍170万が1ヶ月前の後、メセドナ、いや人間の国に攻め込んでくる」
「百……七十万……? だと……」
「そうだ、そんなのが来ればこの大陸の人間は皆殺しにされるだろう……」
170万、考えてみれば統一国家である魔王領の面々と幾つもの国に分かれて争う人族領と違い国力は強大だ。
軍勢にもその辺りが如実に表れた結果だろう、もちろんそれだけではないだろうが……。
メセドナどころか、人族全てを滅ぼされかねない軍勢。
正直対抗策が思い浮かばなかった。
「だからもう一つは何とかしてその魔軍170万を止める事」
「ああ……、だがそんな事可能なのか?」
「人族の問題はこちらで出来るだけ対処しよう。
後手に回っているが、まだ手は幾つかある、だがそのためには……」
「魔軍を止めなくてはならないと言う事か……」
170万を相手取る、それは通用ではまず不可能だ。
ある程度の軍勢がいれば撹乱を続けていけば瓦解させる事も不可能じゃないが。
石神の現在掌握している軍勢はせいぜい1万、対処可能な範囲を逸脱している。
それに、魔物の軍勢に撹乱がどれくらい効果があるのかもわからない。
石神はいったいどうするつもりなんだ?
「それは、まろ。お前に任せる」
「……何?」
「私は今の世界情勢に対処する所までしか不可能だ」
「そんなの、俺だって無理に決まってるだろ!」
「”魔王の後継者”なのだろう?」
「ッ!」
石神のその言葉は俺にとっては、衝撃だった。
魔王の後継者、確かに形の上では俺はそういう存在になるのだろう。
しかし、能力的にまだとてもその段階にいるとは言えない。
マントの能力だって飛行だけだしな。
アレから練習しているものの、数秒という記録を博している。
まあ、アイヒスバーグで大量の魔力を得たからもう少しマシになっているとは思うが。
そんな、能力の確定していない俺を作戦の要に据えると言う事の意味。
石神はかなり追い込まれているんじゃないだろうか?
「石神……お前……」
「ああ、その通りだ。今回の事態は俺に対処出来る範囲を逸脱してしまった。
一応最終手段として取っておいたプランは一応あるが、結論から言って被害が大きすぎる。
被害を最小限に収めるには、魔族をまとめる者が必要だ」
「それはつまり……」
「一か月以内に魔王になれ、”芯也”」
「……」
それは、重い……。
あまりに重い言葉だった。
この世界の人々に対し確かに愛着もあれば恩もある俺だが、1ヶ月以内に魔王になれるかと言われれば……。
無理がありすぎる、残り5つの武装を集め、魔王の後継者として認めさせる。
そのためには、魔将クラスを5人相手にする事になる訳で……。
ラドヴァイドが残してくれた知識から考えても、魔将一人の魔力は平均しても今の俺の数倍。
成功率は5%を切ると換算される。
「心配するな、一つ手がある」
「何だ?」
「こちらに協力してくれる魔族がいる。それも貴族でもトップクラスの力を持っているはずだ」
「誰だ、それは?」
「ラツアスティール侯アルウラネ、穏健派のリーダーでもある」
「穏健派……、つまり、魔族の中にも戦争を望まない者がいると?」
「そう言う事だ」
歴代魔王の記憶の中にもそういう派閥はある、アルウラネというのは随分昔から穏健派だったようだ。
リーダーと言うのもうなずける話だ。
しかし、そうなると反対派閥を抜きにしても魔族は170万もの大軍を用意出来ると言う事だ。
人族は連合しても20万、この差は大きすぎる。
「分かった、やれるだけの事はやってみる」
「ちょっと待って!!」
俺と石神の話を聞いていた、パーティ”日ノ本”を代表してティアミスが声をあげた。
「簡単に言うけど、その魔族が信用できるとしても170万もの軍勢をどうにか出来るの?」
「出来るかと問われれば難しいとしか言えまい」
「つまり、結局シンヤ1人で何とかしないといけないって事じゃない!!」
「その通りだ、サポートはしてもらえても、結局の所まろ1人で5人を倒して魔王を継承しなければならない」
「シンヤはね、そんな物語の主人公みたいな何でもできる奴じゃないの!!
出来る事と出来ない事があるのよ、イシガミ貴方だってわかっているはずでしょ!?」
「分かっている、だからティアミス・アルディミア。そしてフィリナ・アースティア。
君たちに頼みたい。まろをサポートしてやってくれ。君たちはどちらも魔族を退けるに十分な力を持っている」
「当然です。マスターの身を守るのは使い魔の使命ですから」
「……そうしないと、世界が終ってしまうっていうの……」
「少なくとも、魔族以外はいなくなるだろうな」
フィリナはある意味仕方ない、彼女は俺から遠く離れる訳にはいかないのだから。
だが出来れば連れて行きたくはなかった、彼女が魔法を使う事はつまり、魔族の力を減らす事。
この先、いつ彼女が使途に目覚めるかわからないと言う事でもある。
それは、彼女にとっても俺にとっても不幸な結果になる可能性を秘めていた。
ティアミスはパスティアの使い手として戦力になるのは間違いないが、同時に彼女自身は普通のハーフエルフだ。
耐久性等は人間にも劣る、出来れば連れて行きたくはない。
だが、ティアミスがどういう決断を出すのか、俺は既に分かっていた。
「分かった……、私は今日を限りにパーティ”日ノ本” を辞める」
「どうしたのだ!?」
「レィディ! 早まるな!」
「こりゃまた、いきなりですねぇ」
「(こくり)」
ティアミスの言葉に動揺する”日ノ本”メンバー。
まあ、ホウネンやヴェスペリーヌは分からないが、少なくともティスカやエイワスといった元からいるメンバーは驚いている。
当然だろう、一時期は俺を切り捨て手まで守ったパーティを辞めるというんだから。
しかし、ティアミスも既にそう言う状況に無いと言う事を理解しているのだろう。
その目からは決意の色が窺えた。
「レィディ、”日ノ本”は貴方のパーティです」
「ティアミスが辞めるならウチも辞めるのだ!」
「でも……」
「気にせずともいいですよ、我々も元々魔王領に用事がありますしね」
「(こくり)」
「みんな……、うんわかった。じゃあパーティ”日ノ本”は魔王領に向かうわ」
日ノ本メンバーに説得される形で、全員での魔王領侵入を決めるティアミス。
これで俺も後に引けなくなった、正直俺としては奇襲のためにも人数は少ないほうがいいのだが。
それでも気持ちは嬉しかった。
「それで石神。情報はあるか?」
「一応地図のほうに数日前の四魔将の位置は示している。
最も、いつまでいるかは分からないが……」
そう言って、俺に地図を渡す石神。
俺はそれを広げてみて、だいたいの位置関係を把握する。
現状、四魔将で一番近くにいるのは魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナーク。
石神によると、紫色の肌をして禿だから見間違いようがないそうだ。
確かに、ラドヴェイドの記憶においてもそんな感じか。
「分かった、じゃあまずは帝国側に抜ける必要があるな……」
「そちらの件は、話しを通してある。姫君が者分かりのいい方で助かった」
「ほう……」
「もっとも、交渉においてはこちらもカード幾つか切ったがな」
若干5歳で政治の表舞台に立つ皇女殿下、はっきり言って異常事態だったが流石石神、侮ってはいないようだ。
ともあれ、ここからまっすぐ魔王領に行ってから北上する方法もあったが、現状では帝国から西へ向かうほうがいい。
余計な魔力を出来るだけ消費したくないと言う事だ。
まだ俺は4魔将に正面から勝てるほど強くは無いのだから……。
「しかし、1ヶ月持たせることが出来るのか?」
「ああ、方法はある。幸いにして仕掛けが間に合ったかだな」
「仕掛け?」
「ああ、現状では例の飛行船による防衛部隊と、ある種の結界を使った防御が可能になっている」
「だがそれでも20万の軍勢がやってくるんだぞ?」
「私に出来ないと思うか?」
「……いや、お前なら出来るさ」
石神がこう言った時失敗した事は一度も無い。
難しいのは分かっている、戦力比も倍近い。
しかも、こちらは連携が取れておらず、向こう側は落ち着いたものだ。
それでも、俺は石神がこういう自信を見せる時は深く聞かない。
必ず結果を出してくるのだから。
「きっと魔王になって帰ってくる、それまでなんとかしておけよ?」
「分かっている、お前こそヘマをするんじゃないぞ」
「ああ! じゃあちょっと行ってくる!」
そうして俺はまた魔王領へと向かう事になったのだ。
今度はパーティ”日ノ本”も連れて。
今までまともに結果が出た事は無い俺だが、もうそんな事は言っていられない。
意地でも魔王になって、軍勢を止めるしかない。
俺達はムハーマドラの庁舎を出ると、出発のための準備にかかる事にした。
シンヤ達が出て行ってから暫く後。
石神の執務室には、新たな客人が現れていた。
ロロイ・カーバリオ、目つきの鋭い小柄な盗賊だ。
現在はハンターギルドのギルド長でもある。
「どうやらアンタの言うとおりになったらしいな」
「ああ、このままではこの国も長くない。
まろはメセドナ国民を一度魔王領に逃がすと言う事を考えていたよ。
しかし、魔王領からは170万の軍勢が動き出す。
とてもではないが受け入れは出来まい、そちらのほうは帝国に受け入れてもらう事に決めた」
ロロイは、石神の言葉にいぶかしむような表情になる。
「帝国? あいつらは一度攻め込んできただろう?」
「今は違う、どうやったかは知らないがソール教をソーユ教という別の宗教に変革し、皇帝を神とする形に変えたようだ」
「上手い事やったもんだ」
「ああ」
ロロイは石神の言葉に少しだけほっとしたようだった。
メセドナはいわば彼の故郷でもある、若いころに飛び出したとはいえ、戻って来てハンター・ギルドを立ち上げる程度には。
だが、石神にとってはそれは単なる前フリにすぎない。
「カントールのほうはどうなっている?」
「ようやく痕跡を見つけた、使途は人間の事を考えてくれてるもんだって思ってたが……」
「彼らにも利害があるのだろう、それは生きている以上当然だ」
「まあ、それを持ってアーデベル伯爵にも一応話しは通してみたがそっちは難しいんじゃないか?」
「そうかもしれないが、今さら敵対された所でさほど変わらないだろう。
それよりも、味方になる可能性を少しでもあげておきたい」
それらの話を聞いた石神はふむと一つ頷いてから返した。
そもそも、一つの策が破れた程度で駄目になるような作戦では勝ち目がない。
幾つものフォローの策が用意されているのだ。
ロロイはそういう石神の周到さにため息をつく。
「はぁ、全く……。ああ、それからラリア商人のアルバン・サンダーソンが協力を申し出てきた」
「アルバン……ソレガン・サンダーソンの息子だったか」
「そうだ、自分で独自の商会を立ち上げて商売をしている。商品が良心的なんで最近は人気が高い。
その代わり商人仲間には疎ましがられている様子だが」
「ほう……それはありがたいが、ソレガンには飛行要塞の設計図を渡していたはずだ」
「……それだけどよ。噂では盗まれたらしいぜ」
「……ッ!」
ソレガンの持っていた設計図が盗まれた、それが本当かどうかは分からないが、
どちらにしろこれから飛行要塞がどこかで作られてもソレガンは知らないと言い張るだろう。
つまりは既に飛行要塞をどこかが作り始めている可能性があると言う事だ。
今、石神のアドバンテージは、飛行要塞と地形を良く知っている事と、情報の早さだけだろう。
その一つである飛行要塞というアドバンテージを失いつつあるという事を石神は理解した……。