大陸北部の広大な土地持つザルトヴァール帝国、恐らく大陸にある人の国としては最大の領土を持つ。
だが、それはあくまで領土の広さであって、それ以上ではない。
ザルトヴァール帝国は、大きく分けて3つの区域からなる。
北部の海岸区域、これは山岳部に至るまでその温度が夏でも0度を上回らない人の住めない地区である。
そして、中部の山岳部や高原地帯、鉱山等はあるが作物は十分実るとは言えず冬になれば雪にとざされる。
南部にはそれらを受けて、開墾された畑の多くある平野部が存在する。
だが、全体からみれば平野部は4分の1以下にしか過ぎない。
西部には魔族から切り取った肥沃な土地を抱えているがその範囲は狭く、また戦争地帯に近い事もあり人が少ない。
だから、帝国全体では今も実りが不足している。
そのため、鉱山を多数抱え、鉄鋼等でそれを補っている。
但し、外国への販売はごく少数に限られていたため、国民の潤いは今でも不足していた。
そんな中、ネストリ・アルア・イシュナーン皇女に連れられ、
帝城に足を踏み入れた尼塚御白(あまづか・みしろ)は恐縮していた。
それも仕方ないかもしれない、何故ならば彼女が連れてこられたのは皇帝ヴァン4世の待つ謁見の間だったのだから。
「皇女イシュナーン、ご下命により、アマヅカ・ミシロ様をお連れしました」
見た目は5歳の幼女でしかない皇女はしかし、完璧な立ち振る舞いで場を支配する。
重臣や騎士たちざっと見て広間には30人以上が控えていたが、皆皇女に注目していた。
しかし、流石に皇帝はその程度のことで気を回したりせず鷹揚にうなずく。
「イシュナーン大義であった。下がって良いぞ」
「はは、それでは失礼いたします」
御白は少しだけ困った顔になった。
皇女がいなくなるという事は、見知らぬ皇帝や重臣達と一人で話さねばならないという事になる。
御白は物怖じしないほうではあるが、流石にこうして相手に完全に主導権を取られたような形では厳しいものがある。
しかし、一度首を振って気持ちを切り替えると膝をついた状態のまま視線をあげた。
「まだ余は面を上げよとは言っておらぬぞ?」
「申し訳ありませんが、私は陛下の臣民ではありませんので。
礼を欠く事のなきよう膝はつきましたが、陛下がお呼びになられた以上何かお話があるのでしょう?」
正直御白はビクビクしていた、いつ殺されてもおかしくは無い。
しかし、この場で主導権を握られ流されてしまうわけにはいかない。
現在の世界情勢は御白の耳にも入っていた、自分が呼び出された理由を察していたのだ。
「ほう、余は何の話があって呼び出したというのだ?」
「この度、帝国では”乾燥らーめん”なるものを売りに出されるとか」
「うむ、帝国のような寒冷地では、ああして乾かしておいて湯で戻すという方式は非常に便利なのだ。
日持ちはいいし、湯さえ沸かせればどのような場でも食べることが出来る。
そういう意味でも軍の携帯食として既に重宝している」
「鉄によるクワなどの生産も始まっていると聞きます」
「ああ、刃の部分を鉄で作る事により作業効率が飛躍的に上昇する事も実証されている。
武器以外の物品として国外への輸出も考えておるよ」
「それらの知恵はどこからもたらされたものでしょう?」
「イシュナーンから聞いた」
「そして皇女殿下はある男から聞いたんですね?」
「なるほどなるほど、頭は悪くないようだ」
筋肉質な体つき、彫りの深い顔、背も190近い、年齢は30前後、肌の色は白いが割りと赤色が濃い。
日本ではあまり見かけないタイプ、いや、御白から見て、ヴァン4世は始めて見るタイプの男性だったかもしれない。
最近ではめっきり減った、肉食系男子の見本のような人間に見えた。
それも当然だろう、口元には野獣めいた笑みを浮かべ、それでいて気品を損なうことなく王の風格を持っている。
石神とは別のタイプではあるが、同じ質を持っている人間特有の計算高い目も持っている。
そう、石神と対極の存在、それが御白がヴァン4世に持ったイメージであった。
「ならば、余の気分次第でお主が打ち首になる事も理解していよう?」
「試す気ならば御止めください、陛下が打ち首にするつもりならばすぐさましておられるでしょう」
「はっはっはっは! まさしくその通りであるな。
余がそう思ったならば躊躇はせん、
だが、今回の事は確かに試しであったが次は首が飛ぶやも知れぬ、その事はおぼえておけ」
「はい」
御白はどうやら合格らしいと冷や汗をたらす。
ヴァン4世が所望しているのは御白の知識やコネである、しかし、同時に下手に等出ることは出来ない。
それは、国という威信を背負っており、また重臣達の手前という事も大きい。
だが、ヴァン4世はそれを楽しんでいる風でもあった。
御白が恐れるのはそういう気風、彼女もまたそれを肌で感じたからこそあえて乗って見せた。
「ならば問おう。先ず聞きたい事はお主の出自よ。一体どこの国の出身であるか?」
「私の生まれた国は日本といいます」
「ふむ、この大陸にはそのような国はない、東方にあるもう一つの大陸でも聞かぬのう」
「この世界には無い国ですから当然でしょう」
ここでも御白は賭けに出ていた。
もちろん、向こうがある程度調査して、その上で呼んでいる事は皇女の話で理解していた。
しかし重臣達が既に騒ぎ始めている、それくらいに突拍子も無い話であるのも事実だった。
「そうか、ではどのようにしてこの世界へ来たのじゃ?」
「詳しくは知りません、私たちのイメージでは落とし穴に落ちたかのようでしたから。
しかし、友人の言葉によると召喚されたのだそうです」
「異世界からこの世界に召喚する魔法があると?」
「それを探しているというのが現状です」
「そうか」
御白は口を閉ざしたものの、実は芯也からある程度の話を聞いていた。
つまり、魔族の魔法なのだろう事を理解した上で合えて口を閉ざした。
魔族がかかわっているとなれば、ヴァン4世はどうか知らないが重臣連中が放置してはおかないだろう。
そうなれば、御白は帝国を逃げ出すしか方法がなくなる。
しかも、これから大陸を巻き込んだ戦争が起ころうという時に。
ヴァン4世はまるで心を覗き込むような鋭い視線を返すがそれ以上追求はしてこなかった。
その事に、少しだけ安堵した御白に今度は別の話を振ってきた。
「ふむ、異世界の人間だという話は一度置くとしよう。
否定も肯定も出来ぬしな、そちが臣民でないのは事実であるが、同時に異世界人であるかどうかを知るすべも無い」
「はい」
「その上で聞くが、イシガミ・リュウゲンという男を知っているか?」
「はい、存じております」
「イシガミ・リュウゲンのお陰で余は此度の戦における主導権を完全に失ってしまった。
メセドナ共和国はテログループによる首都の占拠から立ち直っておらず無政府状態に近い。
既にアルテリア王国、ラリア公国、神聖ヴァルテシス法国の3国が軍を動かしている。
今から参戦しても恐らく帝国はおこぼれに預かる事も難しかろう」
ヴァン4世はさも悲しいというように繕って見せているが、その実あまり気にしていないようだった。
しかし、同時に戦争になった時に帝国だけ旨みがない状況というのを憂いてもいるようだった。
「そこで、アマヅカ・ミシロよ。お主、イシガミ・リュウゲンを説得してみる気はないか?」
「それは……」
「今の状況では恐らく特別自治区は魔族との通商を行っていたせいで一番の標的になるであろう。
恐らく一人も生き残れないのではないか?」
「……」
御白は沈黙を守ったが、分かりきっていることでもある。
メセドナ共和国の中でも一番魔族に近かったのが石神が治めていたムハーマドラであり、それを含む特別自治区だ。
今回の戦の大儀はソール教団の敵である魔族、それと付き合っていた、悪魔崇拝者。
つまりは石神が一番危険な位置にいるという事なのだ。
蒼白となった御白の顔に満足げに頷き、ヴァン4世は言う。
「確かお主と同郷なのであろう? イシガミという男は」
「……はい」
「そこでだ、イシガミが助かり、帝国も利益を得る事が出来るいい案があるのだがな?」
「私に石神への降伏勧告の使者になれと言うのですね?」
「そういう事だ、誰も損をしないいい案だとは思わないか?」
幾つか皇帝から言われる可能性を考えていた御白であったし、その内容もあり得ると考えていた。
しかし、いざ言われてみると心の痛い話だと御白は理解する。
石神はそうそうへこたれる人間ではないし、かなりの無茶も押し通してしまう。
だが、同時に今回の事態は個人がどうこうできる範疇をはるかに超えているのも事実。
御白はその動揺を隠すことが出来なかった。
だが、言葉にする愚は犯さず蒼白になりながらもヴァン4世を見つめ返す。
「陛下、このあたりで宜しいのではないですか?」
臣下たちがざわつく中、一度退出したはずのイシュナーン皇女が戻ってきていた。
蒼白となった御白の前に出てまるで庇うかのようにヴァン4世に向かい合う。
ヴァン4世は少しつまらなさそうにしたが、表情を戻してイシュナーンを見た。
「イシュナーンよ、わが娘ながら気がつきすぎるのも考え物だぞ。
こういうものは手順が重要であるのだからな」
「どちらにせよ、既に時間がないのは我々も同じ。もしも断られたら陛下はどうするおつもりなのです?」
「その時は、全面戦争しかあるまいなぁ」
「恐らく、イシガミ様も既に例の件はご存知のはず。
現在手を組める御仁は他にはおられないでしょう、帝国が滅びの道を歩まぬためにも」
「……わかっておるよ。まったくお節介な娘でたまらんわ」
ヴァン4世はボリボリと頭をかく。
先ほどまでの威風堂々という雰囲気が薄れどこか親しみやすさが沸く表情になる。
しかし、目つきは柔和になることなく、御白を見つめていた。
「とりあえずは、帝国の使者としてイシュナーンを使わす事にする。
しかし、帝国と一時とはいえ敵対したのだ、遺恨もあろう。
アマツカ・ミシロよ、イシュナーンと同行し、話をつめてきてくれぬか?」
「それはどのような?」
「共闘……だな、まあ降伏勧告ではないことは保障しよう」
「共闘……?」
それはあり得ない話だった、何故なら今の状況で石神と共闘するという事は、ソール教の信者全てと敵対する事を示す。
この大陸の人族の半分以上が信者といっていいその状況で、ソール教団にけんかを売るような事をする……。
「まさか……」
「そのまさかだよ、我等帝国はソール教から離反する」
「ですが、まだ民の大半はソール教なのでは?」
「いいや、違うさ。帝国は国教としてソーユ教を信奉しておる」
「……え?」
「ここ数年をかけて、ソールをソーユへと変更し、宗教観を少しづつ変えていきましたの。
貴族たちにはまだソール教徒が多く残っていたので以前のようなミスが起こりましたが、
ようやく、ソーユ教に改宗が進み始めましたわ」
「それって……」
神の否定、いや、明治の日本と同じ皇帝=神とする宗教論に変更を勧めているという事だ。
理由は、この国のような寒い国が宗教に身をささげた場合、2重の税の前に死ぬしかなくなる。
宗教は金がかかるのだ、それに、大きくなると政治に介入しようとする。
それくらいに大きくなると、大抵上のほうは権力や贅沢が普通になり王の権威を脅かすようになる。
国の中に別の国を作るようなものなのだ、政治に介入する宗教というのは。
だからこそ、帝国はそれらを排除する事を始めているのだろう。
しかし、たかが数年で完全に宗教勢力を駆逐できるのかといわれれば難しいだろう。
そのためのソーユ教なのだ、名前も宗教観もそっくりだが金の回り方が変わる。
それだけで、国民の負担がかなり減る事になるのだ。
「帝国で皇帝よりも上の地位を作る訳にはいかんだろう?」
「そう、ですね」
しかし、それは本当の神がいなければの話だ。
ソール神は知らないが、その使途はいるという話を芯也から聞いている御白としては落ち着ける話ではなかった。
「さて、裏の話まで語って聞かせたのだ、そろそろ答えを聞かせてくれぬか?」
「それは……」
御白は戸惑った、この誘いは確かに彼女にとって得になる事が多い。
石神の元へ行く事が出来るし、帝国の後ろ盾を得る事が出来る。
うまく交渉すれば帝国から石神に主導権を持っていく事も出来るかもしれない。
そう考えた御白は、しかし口に出してはこう言った。
「お断りします」
「御白様!?」
「ほっほー、面白い事を言うな」
状況が許すとは思えないその言葉を御白ははなっていた。
凛としたその姿は確かに、一瞬場を支配する。
しかし、ヴァン4世は面白そうに口元をつりあげると、
「楽しい事を言ってくれるな、だが。立場が分かってないんじゃないか?」
「陛下!?」
ヴァン4世の言葉と共に、両端に控えていた騎士達が槍の穂先を御白につきつけた。
ヴァン4世は口元が笑っている、しかし、殺人を躊躇するようなタイプではない。
そんな状況の中、槍に身をさらしながらも、御白はヴァン4世をにらみつける。
精一杯の虚勢ではあったが、それでも彼女は考えていた。
「メリットの問題です。帝国にとって私を使者として使う事は確かに石神君との距離を縮めるにはいいと思います。
しかし、それは私がいなくてもイシュナーン皇女にはそれほど難しいことではないはずです」
「そんな事はありませんわ……、私一人では先の戦のわだかまりがありますもの」
「それでも不可能というほどの話ではないはずです。
そして、今私が石神君の下に行ってしまえば、私は石神君に甘えてしまう……。
私は唯一同郷の皆の中で完全な中立になれる位置にいます。
私の友人達は皆状況の中でもがいている、しがらみを断ち切りもとの世界へ帰る手段を探している。
でも、このままでは戦う事しか残されていないかもしれない」
「ならばなんとする? 余の誘いを断り、自らどう動く?」
そう、たとえ一人中立を貫いても結果がただ戦争に突入するだけでは意味がない。
皆を止める、そして皆で元の世界に帰る手段が必要なのだ。
そして、皇帝は彼女らの事をおおよそ把握しているようだった。
「余としても、お前達、恐らくは5人、全員が余に与するか、居なくなるというなら願ってもない。
お前達は既に世界の中心に近いところにいるだろう。
お前達が争えば世界もまた争乱を免れぬ、余にはそう思えてならぬな」
「私は、召喚主を探します」
「召喚主? 確かに異世界から来たというのならいるのであろうが……、それがどう関わる?」
「元々、帝都までやってきた理由である元の世界へと返る手段を見つけ、
そして、彼ら召喚主の目的を聞くため」
「ほう、彼らといったな、まるで5人を召喚した者全員の目的が同じだといっているように聞こえるが」
「同じではないかもしれません、しかし、その可能性は高いと見ています」
今まで帝国図書館に出入りし、召喚に関しての本を読み漁っていた彼女はある推測を得た。
召喚主達は、多数いたとしても、その目的は同じだったのではないかと。
目的から先は違うかもしれない、しかし、何か彼女らでなければならない理由があったのだとすれば納得がいく。
いくら強い、頭がいい、そういう理由ならこの世界にもいるはずだ。
召喚を行うための代価の高さを思えばそんな使い走り程度のためには使わないだろう。
「命をかけても手に入れたい何かがあるのではないかと考えています」
「それを知ってどうする?」
「手に入れるか、処分するか、諦めるかを決めます。
そして仲間たちにその事を伝えます」
「クククッ、なるほどな。面白い、面白い考え方をする娘だ。
それほどの覚悟と、そして確信を持っているのなら、1ヶ月時間を与えよう」
「え?」
「お前が死ねばそれまでだ、しかし帰ってきてその目的を達していたならば。
我等にとっても、それは切り札となるだろう。
だが、一ヶ月経過しても何も起こらぬのであれば、余自ら軍を進める事とする」
それは、皇帝ヴァン4世の励ましであり最後通告。
世界が戦争の道を歩むのを止めるなら止めて見せろという挑発でもあった。
そして、その事により御白もまた、渦中に飛び込まざるを得なくなったのだった……。
僕は、この世界に来てから自分の行動の不甲斐なさを嘆く事が多い。
ああしていれば、こうしていればと考え、それを実現する事が出来ないでいる。
僕はこの世界に来てすぐ回りにやさしい人達がいたお陰で精霊の勇者なんて呼ばれてはいるけど……。
それは、僕を召喚した精霊の女王様が付けた呼び名に過ぎない。
英雄なんて名前負けな僕が、勇者だなんておこがましいにもほどがある。
だけど信じてくれる人達の事を思えばそれを否定する事も出来ない。
だから今までプレッシャーではあっても、嫌だと思う事はなかった。
だけど、今の僕にはその言葉は重くのしかかるだけのものにすぎない。
「どうしたのニャ、ヒデオ?」
「ファル……うん、ちょっと考え事をね……」
僕に声をかけてきたのはピンク色の髪を持った猫獣人、ファルセット・アポリ。
彼女は僕の横を歩いている、とはいっても僕は馬上なので斜め下方かもしれないが。
猫獣人の中でも最強の戦闘能力を誇ると言われている彼女だが、
何度か戦っているうちに和解して、いつの間にかパーティに参加していた。
今ではパーティの先鋒を買って出てくれる貴重なアタッカー。
その彼女が僕を心配そうに見ている。
「何かあるなら相談して欲しいニャッ!」
「うん、そうだね……」
そう言って僕は視線を背後に向ける。
そこには人の行列がずらりと続いていた。
いや、人の波といってもいい。
それだけじゃない、僕の前方も左右も人でいっぱいになっている。
間近の空間だけは少し開いているものの、明らかに囲まれた状態といえる。
「1万人いるんだよね……この人達……」
「そりゃそうニャ、そうじゃなかったら看板に偽りアリの嘘軍隊なのニャ」
「こらこら、そんな事を言ってはいけませんよファルセット」
後ろから僕と同じく馬に乗ってやってきたのはソルディノ・ロセルティス。
森の守護者たるハイエルフの女性で、実年齢は3桁の数字が3とか4とかだったはず。
見た目は20歳前後の耳の長い痩身の女性、金髪碧眼なのは映画なんかでもあったトールキンのエルフのようだ。
「ざっと偵察を済ませてきました。メセドナ軍は国境砦で篭城しようとしているようです。
別働隊等の潜んでいる可能性はきわめて低いものと思われます」
彼女は偵察部隊の取りまとめを買って出てくれた。
実際、敵軍の動きはほとんど彼女がつかんでいた、国境線お呼び国境砦の陣容や、今援軍がどの程度こちらにむかっているか。
また、いつ到着するのか等色々な考察を交えて教えてくれるため、僕は情報不足を心配する必要がなかった。
「ヒデオ様、全軍の編成を鶴翼の陣形へと変更させました」
「ありがとう、敵は篭城するつもりだよね?」
「はい、情報に間違いがなければ敵将はテトレ准将でしょう。
彼の戦い方もですが、現状、上からの指示がまだ定まっていない状況では恐らく篭城するしか手はないでしょう」
魔法の天才ラプリク・アル・ファスロク。
アルテリアの貴族である彼女だが、魔法使いとしての才能から一時期はメセドナ共和国にある魔法使い達の最高峰。
4つの塔の頂きにある評議会に名を連ねていた事もあるという。
そのお陰か、彼女はメセドナに対する知識が深く、今回は軍を動かした事のない僕の軍師を買って出てくれた。
実質、僕が居なくとも3人が居れば軍は機能するだけど、兵士達は僕の”精霊の勇者”という虚像によって安心を得ている。
お飾りの僕はいつも軍の中心にいなければならない。
正直、人を殺す事を躊躇なく行える自信もないし、皆にも戦争をして欲しくない。
だけど……、僕にはもう止める術はない、精霊の女王様が決めた事だから、僕はその代理なのだから……。
「出来るだけ殺さずに制圧したいな……」
「それは無理でしょうね」
「無理ニャ」
「あまり言いたくはないのですが……、既にメセドナ共和国は人類の敵として認知されました。
誰ももう庇い立てする事はないでしょう、彼らの行く末は良くて奴隷、悪ければ無残な死でしょう……」
「そう……なのか」
それはつまり、僕は虐殺の命令を下さねばならないという事なのだろうか……。
そんな事は……。
「出来るだけ奴隷として捕らえる様には指示していますが……それ以上はどうにもできません」
「わかった……」
僕はもうどうしていいのか分からない。
このままでは、僕は虐殺を許可する指示を出さねばならなくなる。
作戦や、僕の言葉である程度は緩和するかもしれないが、民間人にも多数の死者が出るだろう。
だが、これを否定すれば僕は帰る場所も、元の世界への手がかりも、幼馴染……いや、姉さんを取り戻す方法すらなくなる。
姉さんは、ボイドとかいう爺さんにとり憑かれてしまっている。
人としての自由も、歌う自由もない、姉さんを救うためなら……僕は鬼になるしかないのかもしれない……。
それから数時間後、僕は砦の前に陣を張っていた。
1万の軍勢に対し、相手側は常備軍のみのため1千、こちらは10倍の兵力を擁している事になる。
もっとも、後2日もすれば3万の援軍がやってくる、そうなればもう落とす事は出来ないだろう。
「砦の包囲完了しました。矢や魔法が届かないぎりぎりの所に布陣しています」
「ありがとう、ラプリク。早速軍議を開きたい、急いで幹部を集めてきてくれないか?」
「わかりました」
ラプリクは僕に言われた事を数名の部下に命じる、彼らは馬を飛ばしてそれぞれの陣へと向かった。
1万もの軍勢を動かすとなれば、当然のごとく色々と部署が必要になってくる。
千人長が7人と、魔法使い部隊長、残る3千の輜重部隊(しちょうぶたい)を束ねる兵站長の9人がその幹部という事になる。
ともあれ、半時間ほどで全員が僕の天幕にそろった。
3人にも同席してもらっている。
「さて、皆には分かっていると思うけど、今回の戦争は時間がない。
幾つか理由はあるけど、軍を維持し続けるのもつらいし、後続を待っての戦争はしたくない。
なにより、相手は2日後3万の援軍が到着する、
援軍が砦に篭ったら例え10万全軍が揃っても砦を突破するのは難しいと思う」
「ですが、篭城されてはこちらから落とすのは困難です。攻城兵器も持ってきてはいますが、場所が悪い」
僕に反論したのは千人長の一人。
理由は分かる、篭城している相手を正面から落とすには5倍の兵力が必要だとかまろが言っていた。
5倍というのは5倍いればいけるのではなく、5倍の損耗が出るという意味なんだそうだ。
つまり、相手の千の兵力を削りきるまでにこちらは5千の兵力を削られるという事になる。
兵力なんて言ってごまかしているけど、人死にの数だ。
「もちろん、正面から突撃をするなんて僕は考えていない。
最終的には戦うけどそれはあくまで兵同士のぶつかり合いにしたい。
そのまま行けば、門と格闘している間に何千という犠牲が出る」
「ならばどうするのです?」
別の千人長が僕に聞く、全員の顔が僕を試しているという風に見える。
僕はそれに対し、真正面から言う。
駆け引きはあまり得意じゃないし、これが一番効率がいいのは事実だろう。
「これから僕が砦の内部に突入する!」
「なんですと!?」
「総大将自らですか!?」
「もしものことがあれば1万の軍勢が瓦解しますぞ!」
「元々僕は将軍をやれるほど軍略に明るくはない、けれど身は軽いと思うよ。
それに、僕が死んだら君達が兵を纏めて撤退すればいい」
「それは……」
「だから心配せず門が開いたら君達は突撃してくれ、ファル、付いて来てくれるか?」
「もちろんニャ!」
こんなやり方しか出来ない僕を姉さんは笑うだろうか、それとも怒るだろうか。
軽蔑されるかもしれない、でも……僕にはもう他の方法は思い浮かばないんだ……。