作者:佐藤C
2012/04/30(月) 23:42公開
ID:CmMSlGZQwL.
◆◆◆◆◆
鉄を鍛つ、音が聞こえる。
其処は地獄。または煉獄。
――――或いは、魂を灼く錬鉄場。
◆◆◆◆◆
瓦礫の隙間から覗く外の世界。
そこには、空を焼き天を焦がす、真っ赤な炎が燃えていた。
少年の視界には瓦礫と炎以外なにも見えない。何も…わからない。
―――なんで…なんで燃えてるんだ…。なにがあったんだ?
ここはどこだ? なんでおれはこんなところに?
痛い。痛い。たすけて、だれか………
瓦礫の下敷きになった身体は強く苦痛を訴える。
徐々に迫る炎の熱が、少年の恐怖を増長させる。
“このまま炎が勢いを増せば、いずれ自分も焼けてしまうのではないか?”
…そんな考えが、こびりついて離れなかった。
「大丈夫だよ、士郎…」
八歳の少年――衛宮士郎は一瞬驚き、そして安堵した。
その声の主は士郎の最愛の姉、衛宮イリヤスフィールの声だったから。
「…大丈夫、わたしがちゃんと傍に居るから……」
士郎は、自分の左手に伝わる温もりに気づく。
姿は見えない、だが士郎の左手は姉の手と繋がっていた。おそらく瓦礫の向こうにいるのだろう。
イリヤはずっと、士郎と手を繋いでいてくれたのだ。
「……うん、お姉ちゃん………」
姉の言葉で緊張が解けたのか、少年はそのまま――眠るように意識を手放した。
◆◆◆◆◆
衛宮一家は、家族でアメリカを訪れていた。
士郎は一家がどんな理由で、何処を目的地とした来訪だったのかは知らない。
まだ幼い士郎にそんな事は関係なく、ただただ異国の地への期待に胸を膨らませていた。
そして――――地獄は生まれる。
◆◆◆◆◆
……士郎が意識を失ってから数時間後。
その美しい銀髪を煤と灰塵で汚しながら、少女――イリヤスフィールは気丈に救助を待ち続けた。
(大丈夫、大丈夫……!助けは必ず来る…待ってればきっと来るはずだわ……!)
イリヤは必死に自分にそう言い聞かせ、士郎の手を一層強く握り締める。
随分前から、彼が自分の声に反応しない事が気掛かりだったが…握る手の温かさから、弟は生きていると彼女は信じていた。
――バキッ……
「えっ……」
その異音。瓦礫に挟まれた空間で…イリヤの頭上からパラパラと砂が降ってくる。
―――ガゴッ……
(――そんな、だめ―――)
瓦礫が、崩れる……!
「しろ…!!」
士郎、と呼ぼうとするが。
彼女の……
姉の声が
弟に聞こえる事は、
――――――二度と、なかった。
◆◆◆◆◆
「………?」
誰かの声が聞こえた気がして、士郎はうっすらと目を開けた。
「………X…X……XXXXX………!!」
「……XX!?XXXX……XX!XXX―――XXX!!」
……瓦礫の外から、声が聞こえる。
(だれかいるみたいだけど…何を言ってるのかわからない。
たぶん英語かな…アメリカだし……)
そんな事を思っていると――唐突に朱い光が射し込んで、士郎は思わず目を瞑る。
それは長らく彼を閉じ込めていた瓦礫がどけられたためであり、側に立つ数人の大人達が士郎を見下ろして言葉を交わす。
そのまま士郎は彼らによって引き上げられた。
(………助かった)
ただ漠然と、そう思った。
あれから何時間経ったのか…疲弊しきった心には、命が助かったことを喜ぶ気力も残ってない。
…だが。それよりも重要なことが士郎には残っていた。
「お……ねえ……」
炎で高温に熱せられた空気と煙を吸ったために、喉が焼けて声が出せない。
しかし士郎が話さずとも、救助隊員達は士郎が埋まっていた辺りの瓦礫を更に除去し始めていた。別の子供の腕が見えていたから。
そして士郎は見てしまった。
(え………)
姉がいるはずの場所に
あった、姉
だったモノを。
ソレは―――――――赤かった。 赤く、紅く、朱く、赫い。 士郎が今まで見たこともない程に鮮やかで………赤く烈しい、「血」の色。 力なく放り出された細い手足。
落ちた瓦礫に潰されて、腹から飛び出した内臓。
その時のものであろう、夥しい量の出血。乾いた血溜まり。
美しい銀髪と、整った顔。
生前は輝いていた筈の瞳は完全に濁りきり、瞳孔が開ききっている。
誰の目にも、彼女―――衛宮イリヤスフィールの死は明らかだった。
それを。士郎は、見てしまった。
「……う、あ…ああ………ぁ……………あああ…!!」
―――嘘だ。
(嘘だ……嘘だ………嘘だ……嘘だ………嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ………嘘だ!!!)
「うあああああああああああああああああああああぁぁああああぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁあぁあああああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」
『
―――忘れるな。』
其処は地獄。または煉獄。或いは魂を灼く錬鉄場――――。 ………“その日”は、いま思い出しても腹が立つくらいに。忌々しいほどに。
「…綺麗な、夕焼けだったな」
レンガ造りの街並みと、それを見下ろす世界樹が朱に染まる。
麻帆良の空が赤く焼けるのを眺めながら、士郎はそう独りごちた。
「ネギま!―剣製の凱歌―」
第0話 プロローグ