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ネギま!―剣製の凱歌― 第一章-第1話 衛宮士郎の一日
作者:佐藤C   2012/04/30(月) 23:48公開   ID:fazF0sJTcF.



 ――時は2003年2月、その深夜。
 夥しい数の黒い影が、空を占めて大地を這うその光景。
 それらはみな一様にして、とある場所を目指していた。



 ――――夜。それは魔が跋扈する刻。

 古来より魔性の類は群れを成し、悪鬼羅刹・魑魅魍魎を人々は畏れていた。
 しかし長い年月を経て人類ひとは文明を進化させ、科学を発展させ…いつしか人々は神秘を信じなくなった。
 それに伴って神秘は力を失い、精霊・妖精・妖怪・鬼・悪魔など、人ならざる存在は自分達の世界へ姿を消した。

 だがそれは…あくまで"普通の"場所の話。

 日本有数の霊地――『聖地』であるこの麻帆良は、現代においても年に数回、鬼や悪魔が姿を現わす。

 舞台は世界有数の学園都市、麻帆良学園。そしてその正体である「関東魔法協会」。

 20年前に"新世界"で勃発した大戦時、こちらの世界…地球こと「旧世界」でもその影響が現れた。
 日本は以前から対立のあった「関東魔法協会」と「関西呪術協会」に勢力が二分し、その対立を深めてしまう。
 戦争が終結し和平が成った今日こんにちであるも、当時のしこりは水面下で未だ根強く残っている。
 敵国側の魔法使いや陰陽術師の末端は暴走し、今でも鬼や悪魔かれらを召喚して送り込んでくる。

 そしてそんな輩からこの地を護る役目を担うのが、
 "夜の警備員"――――「魔法先生」と「魔法生徒」である。


 今日、麻帆良の夜を護る者達の中には……。

 紅いジャケットを纏って赤髪を靡かせる、弓兵アーチャーがいた。









       第1話 衛宮士郎の一日









 ―――射る。射る。射る。射る。射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る射る。

 矢を番えて、狙って放つ…それだけだ。ただそれを繰り返すだけであらゆる悪魔が撃ち墜とされる。
 正射必中のかならずあたる高速連射。射程距離は4km以上。その脅威は言わずとも解るだろう。
 悪魔かれらは今夜も――いつもどおり――学園もくてきに近づく事すら出来ずに還っていった。


「―――ふぅ―――……」


 麻帆良で一番高い時計塔の天辺で、士郎は長い息を吐いた。


(……見た感じ、もうこっちに向かって来る影はない)

 魔力を通した千里眼で遥か遠くを凝視して…数秒、彼はポツリと呟いた。


「…終わったか」

「そのようだね」


 そんな彼に話しかける、若い女性の声が聞こえた。

 腰まで届く黒い長髪に、黒い肌を持つ長身の女性……いや少女。
 少女は「仕事道具」が入ったギターケースを肩に抱え、隣りの建物から跳躍して士郎の隣に降り立った。
 彼女はこの麻帆良学園の女子中等部2年生…名前を龍宮真名という。

 ………長身で大人びていて、どう見ても中学生とは思えない外見だが。


「おいおい、まだ確定じゃないだろ。持ち場を離れていいのか? それに刹那はどうしたんだ」
「残りは雑魚ばかりだったからね、あとは刹那一人でも問題ない」
「おいぃぃいいいッ!? まさか置いてきたのか!?」
「だってしょうがないだろう?」

 悪びれもせずに真名は言い、そのままスルッと士郎の腕に自らの腕を絡めた。


「こんな時間に士郎さんに会うことなんて、滅多にないんだから」


 真名も士郎も、共に遠距離支援に適した能力の持ち主だ。故にこの二人が同じ時に警備にあたるという事はほとんどない。
 今回は弐集院の急用の為に、たまたま士郎がシフトに入ったという事情があった。

 真名が妖しい笑みを浮かべながら、流し目で士郎の眼を見つめる。


(…はぁ、俺なんかをからかって何が面白いんだか)

 ……しかし残念ながら、士郎ぼくねんじんには効果がなかった…。

「昼間にしょっちゅう会ってるだろ?」
「ムードってものがあるんだよ」

 真名は更に士郎に密着し、その肩に頭を乗せて凭れかかる。
 そして流石にそこまでされると、士郎も反応せざるを得なかった。
 彼女の艶のある黒髪からは良い匂いが香ってくるし、何より士郎の腕には先程から真名の…中学生離れした豊満な―――

「――龍宮っ!!」
「ん?」

 声がした下方に視線を向ける。
 そこには野太刀を持った少女――刹那が顔を真っ赤にして、建物の屋根から二人を見上げていた。


「………何だ、もう来たのか(チッ)」
「そっそそ…!そんな事よりたっ龍宮………!!」

 傍目から見れば今の士郎と真名は逢瀬を重ねる男女のようであり、密着した二人の姿に刹那は顔を真っ赤にしている。
 しかしそんな態度の割に、刹那は視線を逸らす事もせずばっちり二人を凝視していた。


「………♪」

 …真名に天啓が降って来た。
 悪戯めいた笑みで刹那に顔を向け、士郎にバレぬよう声を出さずに口だけ動かす。

「? 真名………?」

 訝しみながらもそれを読み取った刹那は……。


『 お ま え も ま ざ る か ? 』


「〜〜〜っ!!?」


 ―――ボンッ!!!


「せっ、刹那ーーーーーーーーーー!!?」


 士郎の叫びが木霊する。
 あまりの刺激に耐えられず、刹那の頭は一瞬でショートした。


 …この後、刹那は体調が悪いと勘違いされ、士郎におぶられて寮に帰る事になる。
 刹那はこれ以上ないほど恥ずかしい思いだったが、最後は大人しくその背中に身を任せた。
 真名が「ちっ、抜かった」と思ったかどうかは定かではない。

 こうして今日も、麻帆良の夜は更けていった。




 ◇◇◇◇◇



 Side士郎


 ……PiPi! PiPi! PiPiPiPiPiPiPiPi………!!

 ――カチッ!


「………………眠い」

 掛け布団から腕だけ出して、目覚まし時計を止めて目を開く。
 窓から陽光が射し込む中、重い瞼をこすりながらベッドから這い出でた。

 着替えて一階へ下りると、キッチンから包丁の音がする。


「おはよう、茶々丸」
「おはようございます士郎さん」


 俺の挨拶に応えた彼女は、緑色の髪を持つガイノイド(=ロボット)、絡繰茶々丸。
 "アイツ"の従者の一人で、そういう意味では俺の先輩に当たるのだろう。
 ガイノイドとは聞き慣れない言葉だが、なんでも女性型ロボットを意味する造語らしい……とかどうでもいいか。

 洗面所で顔を洗ってうがいをして、それからまたキッチンへ戻る。

「茶々丸、何か手伝うコトあるか?」
「いえ、もう朝食の支度は終わりますので」

 普段なら俺も手伝っているのだが、昨夜のように「仕事」が入ると次の朝は早起きできないことが多く、今では朝の準備は茶々丸一人に任せている。

「…あ、もう時間ですね。士郎さん、マスターを起こしてきてくれませんか?」
「ああわかった」

 朝に弱い、この家の家主にして…我らがマスターを起こしに階段を上がった。




 ・
 ・
 ・



 どうせ起きていないだろうと思って、ノックもせずにドアを開ける。
 安の丈、目当ての人物はやはり、布団を頭まで被って日光を避けていた。


「エヴァ起きろ、もう朝だぞ?」
「……………。」

 へんじがない。ただのきゅうけつきのようだ。

「エーヴァ、あーさーだーぞ!?」
「…………………………。」


 ……………。


「…ていっ」


 がばっ!


「……ん、んん〜〜〜……!!」

 布団を剥がすと…ネコのように丸くなって眠る、白いパジャマ姿の少女が現れた。

 金糸の長髪と鮮やかな青い瞳を持つ、人形のように可憐な少女。
 ――彼女こそ、元賞金首の大魔法使い…エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルである。


「んぁ…、ん、さむい……」

 眉間に深い皺を寄せ、逃げていく温もりを集めようと身を捩る。
 ……常々思うものだが、この可愛らしい光景からはとても大魔法使いには見えない。

「ほら起きろって」

 気を取り直して、彼女の肩を抱いて上体を持ち上げ、ベッドに座らせるような体勢にするが…。

 …ウト…ウト………。

 全く目が覚める気配がなかった。


 Side out



 ……ただ…この少女が布団を剥がされても起きないほど寝惚ける日。
 それは必ず、士郎が夜の警備に出た日の翌日だ。

 待ってくれているのだ、いつも。
 次の朝が辛いのが分かっていても…士郎が家に帰って来るまで、夜更かしをして。

 それを知っているので士郎も、彼女に対して乱暴な起こし方ができないのだ。
 ……まぁそれを抜きにしても、この男は基本的にエヴァンジェリンに甘いのだが。


「………しょうがない、今日も着替えは後だな。エヴァ、洗面台まで行くぞ」
「ん――………(ポケー…)」

 結局こんな日は、士郎にだっこされて一階まで下りてゆくのが常である。
 士郎は苦笑しながら彼女を運んでいくが………まだ目の開かないエヴァンジェリンは、士郎の胸に凭れかかって気持ち良さげに揺られていた。




 ・
 ・
 ・



「マスター、もう出発の時間です。急がないと登校ラッシュに遭遇してしまいます。
 …あ・マスター、お弁当を忘れています」
「ハンカチとティッシュはポケットに入ってるか?筆記用具を忘れたなんてオチはなしだぞ?」

「お前らは私の保護者か!?」ぷんすか

 似たようなものである。
 バッチリと目が覚めて、ようやく本調子になったエヴァの怒声がリビングに響いていた。


「じゃあ、行ってらっしゃい」

「ああ行ってくる」
「行って来ます士郎さん」

 二人が出発したのを確認し、士郎も慣れた様子で外に出かける準備を始めた。




 ◇◇◇◇◇



 鍵を開けて裏口から入り、荷物を置き、エプロンを着て手を洗う。
 食材の仕込みと下拵えを終えて、客席のカウンターとテーブル、床を掃除する。
 最後に表口の鍵を開けて「準備中」の札を「営業中」に裏返し、今日のおススメを書いた看板を表に出す。

 「喫茶店アルトリア」。
 士郎が一人で経営する、一度に二十人程度が入れる、そう大きくない店だ。
 ありがたいことに、時間帯によっては忙しくさせてもらっている。
 午前10時を以て、本日の営業を開始する。


(さて、今日の最初のお客はどんな人かな?)


 ――カランコローン


(おお、早い。開店直後にか)


「いらっしゃいませ、何名様で………ホントに早いなオイ」

「ふぉふぉふぉ、見ての通り一人じゃ。抹茶と水羊羹を頼むわい」

 営業スマイルで出迎えた相手の顔を確かめて、士郎は思わず本音を吐露した。

 本日最初の客は、この学園都市の最高責任者――麻帆良学園学園長・近衛近右衛門。
 彼は仕事と部下から逃げて来店するサボりの常連であり。
 本日は午前からサボる算段のようである。



 ・
 ・
 ・



「ズズ………おおそうじゃ、近々ウェールズからお主の知っておる顔が来るぞ」

「…? 誰だよ?それに何で?」

 羊羹を平らげた近右衛門は残りのお茶を啜っている。他に客の来ない店内には今、この二人だけだ。
 士郎は近右衛門の座るカウンター席の向かいに腰を下ろして訊いた。

「うむ、修行のためじゃ。昨年度にメルディアナを卒業した子の修行先が日本になっての、ウチに呼ぶことにした。
 卒業後すぐ日本語の勉強を始めたそうなんじゃが、何と三週間でマスターしてしもうたらしい。
 ふぉふぉ、将来有望な子は大歓迎じゃ」

「でも向こうの卒業式って、去年の夏だろ? 何でわざわざ年越しを待って二月今月に来るんだ」

「……それはの、あれじゃ。前例がない修行内容じゃったから準備や手続きに思ったより時間を喰ってしまったんじゃよ。
 交渉やら根回しやら裏取ひk………げふんげふん」

 ……士郎は最後の方を聞かなかったことにした。


「で、その俺の知り合いって誰なんだ?」

「ふぉふぉふぉ♪それは会ってのお楽しみじゃよ」


 ―――カランコローン。


「いらっしゃいま……あ、お久しぶりですタカミチさん!」

 新たに店にやって来たのは、麻帆良学園女子中等部の非常勤講師、タカミチ・T・高畑だった。
 担任クラスを持っているのに非常勤。表向きは出張が多いからということになっているが……実は紛争地域に出向くなどして活動する、魔法使いのNGO団体で精力的に活動している為だ。


「久しぶりだね士郎君。いや、この店も本当に久しぶりだ」

 タカミチはそう言って、眼鏡の奥の目を細めた。

「いつ帰って来たんですか?」
「ついさっきだよ。朝食を抜いたから何か軽く食べたいと思ってね」
「ひょ。御苦労じゃったのタカミチ」

 ―――がしっ!

「ふぉっ!?」

 いきなりタカミチが近右衛門の肩を掴んだ。
 近右衛門の和服に皺ができている辺り…よほど強い力で。

「タ、タカミチ…!?」

「でもそれも無理みたいだ………食事は昼までお預けだね。
 ところでですね学園長。僕は久しぶりにこの店に来ましたが……あなたはそうでもないみたいですね?」

「ええ、最近じゃ平日は毎日のように来てますよ。勿論仕事時間中に」

「し、士郎っ!!」

 近右衛門が悲鳴の様な声を上げるが…完全に手遅れだった。

「僕が出張に行く前は週に三日だったのに……はぁ。
 帰りましょうか学園長。きっとしずな先生が笑顔で出迎えてくれますよ」

 タカミチは疲れたように溜め息を吐くと、これまた疲れたように近右衛門を引き摺っていった。


 カランコローン
 ――ずーるずるずるずる……。


 …ドアが閉まる際、近右衛門は確かに見た。
 笑っていた士郎の口が「次に来る時はツケを払え」と言うように動いていたのを。

「ひょ―――……。」

 暫くアルトリアには行かないと、駄目な方向で心に決めた近右衛門だった。




 ◇◇◇◇◇



「ほらほら士郎さん、早く座って!」ばんばんっ!
「はいはいわかった、だからテーブルを叩くな」

 時刻は変わり夕暮れ刻。学園都市は放課後の喧騒に包まれていた。
 しかし喫茶店アルトリア、ただいま「身内」による貸し切りのため静かです。

 いま店内には、士郎の他に二人の少女がいた。

 一人は艶のある黒髪をストレートに腰まで伸ばした、少しおっとりした雰囲気の少女。名前を近衛木乃香と言う。
 身寄りのなくなった幼い士郎を引き取った、近衛詠春の実の娘であり…つまり士郎の義妹にあたる。
 同時に、近右衛門も同じ理由で士郎の義理の祖父という事になる。
 元々衛宮家は近衛家の遠戚なので、元から彼らと血縁ではあったのだが。

 ちなみに現在、士郎が近衛姓を名乗っていないのは「いつまでも近衛家に迷惑をかけたくない」と言い張って籍を抜いたことによる。

 もう一人の少女は神楽坂明日菜。
 橙色の長髪をツインテールに結わえており、珍しく左右の眼の色が異なるオッドアイを持っている。
 しかしそんな特異な容姿に構わず、彼女自身は活発な普通の女子中学生だ。


 ちょこんと行儀よく椅子に座る木乃香と、ぱっちりと目を開けて快活な印象を抱かせる明日菜。
 二人に急かされ、紅茶のポットと人数分のカップ、ショートケーキをテーブルに置いて士郎も座った。


「じゃあ早速、『このかと桜咲さんを仲直りさせる為の作戦会議』を始めるわよ!」




 ・
 ・
 ・


 議論(?)が進むにつれ、士郎は内心で四苦八苦していた。


「いやな、刹那はお前のこと嫌ってるわけじゃないんだよ」
「………ホ、ホンマに…?」

 木乃香は顔を俯かせたまま士郎に目を向ける。
 彼女の瞳は間違いなく潤んでいて、それが尚更士郎にダメージを与えていた。何故なら……


(むう…本当の事情を話せないのが口惜しい…)


 刹那と木乃香は、幼少期までは仲の良い親友だったのだ。
 それが今では疎遠になってしまったのは――主に刹那が木乃香を避けるようになったのには……この場では話せない複雑な事情があった。

「う〜ん、何て言ったらいいか………家柄を気にしてるっていうのもあるかな…?
 自分なんかがお前の友達に、なんて考えてる節もあるし」

「そっか、そーいえばこのかってお嬢様だもんね」

「そんなん気にせんでえーのに………」

「あとは―――………昔、川で溺れた事があったろ」



 ―――『助けられなくてごめん、このちゃん。ウチ……もっと強おなる』


 あれから……あの時からなのだろう。
 刹那が"神鳴流"の修行に明け暮れるようになったのは。



「………うん。よう覚えとる」


 ―――『え?そんなんええよ、一緒に遊んでくれるだけで』


「そんなん………本当にどうでもええのに。ウチは――」
「………木乃香」


 ―――ガタンッ!


 明日菜は勢いよく椅子を蹴って立ち上がり、テーブルをバン!と叩く。

「よく分かったわ!
 桜咲さんはなんかよくわかんないけど、どーでもいいことで悩んじゃってこのかと仲良くできないのね!!」


(「よく分かった」のに「よくわかんない」ってどーいうこったオイ。
 それに……刹那にとっては…どうでもいいことじゃないんだよなぁ…)




 ・
 ・
 ・



「紅茶とケーキ美味しかった! ありがとねー」
「ほななーシロウ!」


(……俺も刹那にそれとなく言ってみようか)


 自分に手を振って笑顔で帰る妹とその親友を見送って、士郎は憂いを含んだ息を吐いた。
 そしてふと思いつく。


「今日はこのまま閉めようかな。偶には早く帰るのもいいだろ」

(お土産にお菓子なんか持って帰るといいかもしれないな。
 あの素直じゃない吸血姫が表に出さない喜色を浮かべるのが目に浮かぶ。よし、そうしよう)


 そんな事を考えて看板を片付けようとしたら……


 ―――ドドドドドドドドドドド…………!!


「………うん?」


 妙な地響きが聞こえたのと同じくして、こちらに向かって走って来る人影が視界に入った。
 スーツ姿、黒い短髪、黒い肌、眼鏡、タラコ唇の男性。
 その風貌は麻帆良学園の教師にして魔法使い―――ガンドルフィーニのものである。


(い、嫌な予感………!)


 彼は士郎の目前で「キキィィ――!」とマンガのようなブレーキ音を出して停止する。
 そして士郎に振り向くと、必死の形相で叫ぶように捲くし立てた。


「…す、すまない士郎君!
 実は娘が急に熱を出してしまって―――申し訳ないが今日の"警備"のシフトを代わってもらえないだろうか!?」


 この学園では堅物……頭が固いことで生徒に有名な彼ならば、
 本来は「仕事だから仕方ない」と割り切って娘の付き添いを諦めただろう。
 しかし士郎はその性分で、よく他人とシフトを代わってくれるため、今では魔法先生達にちょっとした事で交代を頼まれるようになってしまっていた。


(は、はは………)


 士郎は乾いた笑いが止まらなかった。


「…風邪、流行ってるんですかね……?」

「うん? ああ、最近は初等部や中等部で熱を出して休む生徒が多いと聞いている。
 そういえば弐集院先生の娘さんも先日熱を出したとか………士郎君?」


 そう、その通りだ。だから昨夜、士郎は弐集院の代わりに警備の仕事に出たのだ。
 弐集院に…さっきのガンドルフィーニと全く同じ台詞を吐かれて。


「…………いいですよ。学園長じいちゃんには俺から話しておきますから………」

「そうか!いや助かった! じゃあ私はもう行かせてもらうよ、本当にありがとう!!」


 走り去っていくガンドルフィーニを見送る士郎の背中には、日が落ちる空のように哀愁が漂っていた。




 ◇◇◇◇◇



「ただいまー」


 士郎は、今日は深夜一時頃に帰って来れた。
 襲撃は年に十数回の頻度で起きている。
 昨日の今日ということで予想通り、今夜は何事もなく無事に終わった。

「うむ、おかえり」
「お帰りなさい士郎さん」

 エヴァはソファに寝転がって本から視線を逸らさずに、茶々丸は薄く笑って士郎を出迎えた。

「別に待っててくれなくてもいいんだぞ?」

 ソファの後ろから士郎がエヴァに話しかける。
 日付はとっくに変わっていた。出迎えてくれるのは嬉しいが、その為に彼女が寝不足になるのは申し訳ない。


「ふん、自惚れるな。別にお前を待っていたわけじゃない。私はただ紅茶を飲みながら読書をしていただけだ」

「ええ。時折り時計へ視線を向けて、その都度溜め息を吐きながら読書をしていました」

「よ、余計なことを言うなボケロボ!!」

(あれ、なんかエヴァの顔が赤くなったぞ)

「それと私の記憶メモリによればその本、既に何度も熟読されているハズですが。
 ああ、そういえば本を開く前に『ヒマ潰しには丁度いいだろう』と仰っていましたね。
 ……マスター、暇だったのですか? ならお休みになられればよろしかったのでは」

「キサマ確信犯だろうその台詞は!? ええい巻いてやる!巻いてやるぅぅ!!」


 耳まで真っ赤にしたエヴァがネジ――茶々丸の魔力供給用のネジ。巻き過ぎるとキモチ良過ぎて茶々丸が「感じて」しまうため、お仕置き代わりに使用される――を片手にソファから立ち上がる。

 しかし。茶々丸はエヴァの一手先を行っていた。


「―――き…貴様……!!」


 そう、茶々丸は士郎の後ろに避難していたのだ。
 彼の背中にぴっとりとくっついてエヴァをじっと見つめている…それはまさに「熾天覆う七つの円環ロー・アイアス」ッ!!(一部の人間限定)

 動揺から、頭に上った血が僅かに下がる。
 そこでエヴァはようやく、士郎が自分を見ていることに気づいた。


「――あ、う……。…ち、違うぞ!私は別にお前を待ってなんか……!」

 士郎は狼狽するエヴァの前まで歩み寄り……彼女の頭をくしゃりと撫でて破顔した。

「ありがとな、エヴァ」

「……………。」

 士郎からは見えなかったが、エヴァは口をへの字に曲げて――気持ち良さそうに目を細めた。


「今日はもう寝るよ。明日の朝にでもシャワー浴びる。おやすみ二人とも」

「おやすみなさい」
「………ああ、御休み」

 若干名残惜しそうな顔のエヴァと茶々丸に断って、士郎はリビングを出て自室に向かった。




 ・
 ・
 ・



 ……こうして士郎の一日は終わる。

 これが日常。こんな日がずっと続けばいいと―――そう思っていた。


 ―――――――運命フェイトは動き出す。





 ◇◇◇◇◇




「うわ――、日本は本当に人が多いなー」


 翌朝。
 眼鏡をかけた赤い髪の少年が、妙な大荷物を背負って麻帆良の電車に乗っていた。


《次は―――麻帆良学園中央駅―――》




 ・
 ・
 ・



 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド………!!


「わわわ何コレ!? スゴイ人!」


《学園生徒の皆さん、こちらは生活指導委員会です。
 今週は遅刻者ゼロ週間。始業ベルまで10分を切りました、急ぎましょう》


「え、もうそんな時間!? 僕も急がなきゃ、初日から遅れたらマズイよ――って…アレ? あの人………」


 その少年の視線の先で、二人の少女が走っていた。




 ・
 ・
 ・



「――でもさ、学園長の孫娘のアンタがなんで新任教師のお迎えまでやんなきゃなんないのよ?」
「スマンスマン♪」

 今日も今日とて遅刻ギリギリで登校する二人の女子中学生。
 それは明日菜と木乃香だった。

「にしてもアスナ足早いなー、私なんてローラーブレードコレやのに」
「悪かったわね体力バカで。」


 ――瞬間。柔らかな風が吹いて明日菜の髪とマフラーを揺らした。

「ん」

 気づくと明日菜の隣に、彼女に併行して走る赤い髪の子供がいた。
 彼は直後、初対面の人間に言うには無礼極まりない言葉を吐く。


「あの―――……あなた、失恋の相が出てますよ」









<おまけ>
 以下の会話は、士郎が魔法先生とシフトを替わる一例である。

明石教授の場合:

明石「すまない、今晩急に娘と外食することになってしまってね(ハハ…)」
士郎「ああ…裕奈ちゃんですか。わかりました、いいですよ」
明石「悪いね。あの子はもう少し父親離れしてくれるといいんだけど」

 こんな感じで平和に事が進むこともあれば。


葛葉教諭の場合:

刀子「今日、久しぶりに彼とデートなんです♪」
士郎「…はあ、それは良かったですね」
刀子「つきまして士郎君、できれば今夜の仕事を代わってもらえないでしょうか?(ニコニコ…♪)」
士郎「あー…言いにくいんですけど、今日はちょっと…」
刀子「………今夜、久しぶりに彼とデートなんです♪」
士郎「…え?」
刀子「今夜、久しぶりに彼とデートなんです♪」
士郎「いえ、あの、刀子先生?」
刀子「久しぶりのデートなんです♪

 逆らえないケースもあるのであった。


エヴァ「ぐぬぬ…士郎あいつは私を寝不足にする気か…! あのお人好しは早々に矯正する必要があるようだな……ふふふふ」

茶々丸(私を寝不足にする気か……やはりマスターは士郎さんを待っていた模様です。
 録音完了、物的証拠の入手に成功しました)

茶々丸「姉さん、こういうのを「言質を取った」と言うのですね」

チャチャゼロ「オマエノ前ジャ独リ言モ言エネーナァ…」



〜補足・解説〜
 小説内で描写されない、特に解説がない部分はほぼ原作通りです。

>紅いジャケットを纏って赤い髪を靡かせる、弓兵がいた。
 これはアーティファクトに登録されている服装…赤い革のジャケットに黒いタートルネック、黒いブーツです。
 つまりAFを発動中なのですが、諸事情により本体はカード状態のままです。
 詳しくは次話「設定1」を参照。

>真名が更に士郎に密着し、その肩に頭を乗せて
 エヴァや刹那では無理ですが、(現在の)士郎と真名は身長が同じなので可能です。このシチュエーションは真名の特権ですね。
 ……まあ、他の女性キャラも士郎におんぶ・抱っこをされた時なら可能ですが。

>重い瞼をこすりながらベッドから這い出た。
 Fate原作の士郎と違い、ウチの士郎は朝に弱いです。

>きっとしずな先生が笑顔で出迎えてくれますよ」
 (義理の)孫の店で食べるのが楽しくて仕方ない近右衛門おじいちゃん。孫馬鹿。
 しかししずな先生とタカミチはその皺寄せを受けているのだ…。

>笑っていた士郎の口が「次来る時はツケを払え」と言っていたのを。
>暫くアルトリアには行かないと心に決めた近右衛門だった。
 次回来店時にツケを払ってもらえれば良し。
 ツケを払うのが嫌で来店しなくても良し、真面目に仕事しろ。
 ―――という、どちらに転んでも士郎の望む通りになるという策略(近右衛門はアルトリア以外にはサボリに行かない)。
 見事に士郎の策に嵌まった近右衛門であった。

>エヴァンジェリンがデレ過ぎな点について
 この作品は作者の妄想が形となったものなので、基本的にエヴァはデレたり照れたりおしとやかな描写が多いです。
 しかしその前提として、やはりツンなエヴァ様を念頭に置いていただくとギャップ萌えが楽しめます。
 ……何を力説しているんだ俺は……。



 次回、『ネギま!―剣製の凱歌―』
 「設定1 主人公データ&世界観」

 それでは次回!

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■作者からのメッセージ
 次回は設定話を投稿します。
 ただし結構長いので、お読みになられるのが億劫でしたら飛ばして頂いても構いません。
ただし目を通した方が、この小説を読む上で内容を理解し易いと思います。

 誤字脱字、タグの文字化け、設定やストーリーの矛盾点等お気づきの点がありましたら、感想にてお知らせください。

2012/11/8…文章を改訂しました。
2012/12/12…微細な変更を行いました。
テキストサイズ:20k

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