薄暗い部屋の中パソコンの光だけで照らし出されたそこには、機械でできたウサギ耳を装備した女性と、男が話し合っていた。男は身長百七十五センチほどで、赤い瞳に、長い黒髪を後ろ束ねていた。適度に鍛えられた体には、無駄な筋肉はついておらず、細身でどこか女性のような顔をしていた。
「キョーくん、そう言えばいっくんがIS学園に入学するらしいよぉ。それも一番目のISを動かせる男だってー」
束は面白そうなものを見るように、IS関連の報道映像をスクリーンに映し出していた。
「一夏が? 本当か束?」
きょーくんと呼ばれた男。本名は新崎京《にいざき きょう》は、束の言葉を聞いて目を丸くした。織斑一夏と言えば自分と束の幼馴染の弟だ。昔から、曲がったことを嫌う、天然ジゴロだったのを思い出す。
ただし、京にとっては可愛い弟みたいな存在だった。いつも剣を教えてくれとねだられたことを思い出すと、もう一度会っておきたい気もする。
「どうするのきょーくん。ゼロ番目のIS操縦者くん?」
そう。確かに報道されている中では、位置かが一番最初なのだが、白騎士事件までことを遡るとそうではないのだ。ゼロ番目のIS操縦者。これはまだISが開発段階だったころ、千冬に相談する前に束が京にOSの相談をしに行ったところ誤ってISが起動。オリジナルコアナンバー000世界でも認識されていないISを新崎京は動かしていた。
「俺はもう高校生なんて年齢じゃないんだろ」
挑戦的な笑顔の束にあきれたように京は言う。すでに年齢は二十四を越えており、束との付き合いで言えば軽く十ニ年を超えている。だが、束なら何かしらやりかねない。
「そこを何とかするのが束さんの実力というものだよ」
ほら来た。頭を抱えたくなるような満面の笑みだ。毎度この笑顔にだまされて、ろくなことになったためしがない。
「そもそも、俺は技術者であって、操縦者じゃない」
何よりそこなのだ。束は主にハードを得意とするが、京が得意なのはOSだ。実際、白騎士にいたってはOSの元は束が制作したとはいえ、最終的なデバック、細かな調整は全て京が行っていた。
確かに生身の剣術なら自身はあるが、それとISでの戦闘は別物である。
「そんなこと言っちゃって、ちーちゃんを圧倒できる実力があるくせにー」
「あれはたまたまだって……しかも、剣道じゃん。ISで勝負したことなんてないよ」
過去に一度、千冬に本気で戦ってくれと懇願されたことがあった。どうしてもと、お願いされて断れずに本気で戦ったことがある。普段は絶対に使わない片手技を使って、最後の最後で逆胴で倒した記憶がある。
千冬と京との間での試合での取り決めは、真剣であれば致命傷になる傷を負ったものが負けというルールだ。だから、最悪の場合一撃で試合が終わる。
「で、ここに一粒の薬と第六世代相当のISが……」
思考の海から戻ってくると、束は奥の格納庫に向けて指を鳴らす。
すると大きな稼動音をたてて、一枚目の扉が横にスライドしていく。二枚目の扉は縦に。そして、エアーの抜ける音と共に最後の扉が上に向かってスライドしていく。
「レーヴァテインか?」
レーヴァテイン。コアナンバー000、最初に作られた最強の処理能力を有しているコアで、その搭載兵器にビーム、レーザー、プラズマ、実弾、レールガン、陽電子、加粒子、荷電粒子、自立起動兵器、他国の第三世代で試験的に採用されているものをわずかなシールドエネルギーで動くようにし実用段階レベルで装備。更にビームシールド、実弾無効化装甲、アンチビーム装甲を装備している。ただし、近接戦闘では一撃で絶対防御まで届いてしまう。
速すぎて、ベテランのIS操縦者でも急発進、急停止、急旋回ができないほどだ。だから、細かな動きが難しい。かなりピーキーな機体だ。おまけに量子化を行わずに機体に全武装をマウントしているため、ラピットスイッチが使えない。一般のISになれた人間には扱いが極めて困難だ。
そして、何より一番恐ろしいのは、三連高速核融合炉により常時エネルギーを回復し続けるため、絶対防御が切れる心配もない。
「ぴんぽーん、大当たりだよー。第六世代相当ISレーヴァテイン。多武装対多数戦向き、更に超高速機動戦闘が可能なフルスキンタイプのISだよー。ちなみに、三連高速核融合炉搭載機なのだー」
「馬鹿野郎っ! あれは、どっかの国にばれたら大問題になるんだぞ」
第六世代。現在、開発中である第三世代の三つも上を行く機体。現在開発中の白式、紅椿の第四世代をも圧倒的に凌駕する。それだけに、情報の開示を求めてくるだろう。
「でも、あれからデータを抽出するのは無理だよー」
「はいはい。束は何かしら仕掛けをかけてるわけね」
絶対超強力なプロテクトをかけてると、京は再び呆れる。相変わらず、その実力のそこが見えない。
「さすがキョーくん。束さんのことわかってるねー。まさしくこれは愛」
何かわけのわからないことをほざいている束を無視して、目の前の格納庫のほうを見る。そこにあるのだレーヴァテインが。最強最悪のISが、そこにはあるのだ。
「だけど……」
なにより、そこにある機体が恨めしい。こんな装備が各国がこぞってほしがり戦争が起こってしまう可能性もある。
「それに、このレーヴァテインには……高速核融合炉の試験機”ラグナロク”と実験機”ベルセルク”の動力炉が使われてるんだよ」
「何で……そんな、あれはっ!」
「亡国機業との戦いで壊されたはず?」
「ああ……」
「確かにね、おかげでコアナンバー470と471が破損。ほぼ全壊。修復不能になったね」
そう言いながら、束はどこか悲しそうに中を見ていた。二機のうちの片方、”ラグナロク”には今まで一緒に暮らしていた女の子が乗っていた。まだ、中学生だったのに……機体を破壊されMIA、行方不明だ。
明るく元気で、いい子だったのに。そして、京はそのときにISに乗り込む覚悟をきめたのだ。敵を討つために。
「だから、この機体を持っていってよ、キョーくん。この機体には、470と471のコアも一緒に積んであるから」
「ISのコアを三つって……」
「損傷がひどすぎて修復は無理だったけど、000のコアにシンクロさせてあるの……もし、必要なときだけ使うって形でいいっ! お願いだから持って言って! お願いだから、あの子の敵を討って」
普段、飄々としている束からは想像もできないくらい真剣で泣きそうな表情で、訴えるように叫ぶ。あの時は四人で小さな家に住んでいた。あの時は四人で小さな家に住んでいた。京と束に行方不明になってしまった女の子、それに小春《こはる》というまだ八歳の女の子だ。
「わかった」
「うん……ありがとう」
普段余り他人に興味を示さない束が二人に対して心を開いて、自分から料理や家事まで手を焼いていたことを思い出す。それだけその少女には入れ込んでいたのだ。あの束が。それだけ大事な家族だった。京と束にとって。
「じゃあ、キョーくん。これっ。束さんの愛がいっぱい詰まったプレゼントっ」
束の手の中にある赤と白のカプセルに入った薬を見る。
「で、この薬は何だ?」
「華麗にスルーされた、相変わらずのスルースキル……肉体年齢を15歳まで逆行させる薬だよ。後のことはこっちで上手くやっておくから、キョーくんはIS学園に入学してきて……」
肩をがっくりと落としながらも、右手の人差し指をピンと立てながら束は力説していた。
「千冬にも会えるわけね」
そんなことを言いつつも、もう一人の幼馴染の顔を思い出す。強い目をした強い女だった。でも、時に非常にはかなく見えた。そして、唯一自分の弱い部分を見せてくれたことを思い出して、少し顔がにやける。
「それよりも、小春は?」
じっと、束に見られてたので、瞬時に話題を変える。
「ぐっすり、眠ってるよ」
「そうか。で、小春はどうするんだよ……」
もし、自分が出て行った後でも、今の束なら大丈夫だろうけど、一応念には念を入れておかないと少し心配だ。
「束さんが面倒を……」
「見れるのか?」
「いや、その……」
「見れるのか?」
「キョーくんひどいよっ! 束さんだってちゃんと家事くらいできるよっ! だけど……毎日秘匿回線使って良いから連絡入れてね」
少し強く言ってみたら、束は頬を膨らませながら怒ったように叫んだ。
それ、秘匿回線の意味がない気がするんだが。、
「はいはい。研究に没頭したら一週間飯食わなくて死にそうになったやつに小春を任せられるか」
「うっ、あの時はキョーくんも悪いんだからね? 知ってたのに束さんに声かけないんだもん」
あの時の束は、ひどかった。行方不明になった女の子のことを忘れようと必死でレーヴァテインの研究に取り組んでいたときだ。京も自分自身の責任から束には何もいえなかった。
「俺はどれだけ耐えられるか観察してただけだ」
「小春ちゃんの面倒はちゃんと見てたのに……」
「小春はまだ8歳だっ」
「う〜キョーくんがひどい」
すねる束の頭に手を置いてゆっくりと撫でてやる。昔からこうしていたので、今ではすっかりなれたものだ。
「薬の制限時間は?」
「え? そんなのないよ」
束の言葉に少々不安になる。大丈夫かな、本当に。不安すぎてどうしようもない。
「ってことは、戻れないのか?」
「戻れるよ〜ちゃんと、ただし一度戻ったら抗体ができてもう二度と高校生の姿には戻れないけど」
「欠陥品じゃねえかっ」
やっぱり、どうしようもなく欠陥品だ。
「まあ、でも……何とかしてくれるんでしょ?」
「できるだけな……じゃあ、小春のことは頼んだぞ」
「おっけーよー、束さんに任せときなさーいー」
「じゃあ、行くよ」
そういって薬を飲む。十五のころから身長も変わってないから大丈夫だろう。あれ、これって某探偵漫画の主人公みたいじゃね……?
「ぐっ……あっぁっあぁぁぁああああ」
焼けるような体の痛み。体の組織がいっせいに蠢いて形を変えようとしている。痛い、熱い、寒い、くらくらになりながら体をゆっくりと起こす。
「いやー成功だねー束さんも正直驚いたよー」
こっちがまだ痛む体を抱きかかえているというのに疎ましい。少しイラッ☆とした。おのれー束も自分で試してみろよ、失神するかと思ったぞ。
「はい、キョーくん鏡だよー」
「って、うわあぁっ! 本当に十五のころの俺だ」
正直に驚いた。本当に戻るなんて思っても見なかったからだ。だが、これで準備はできた。
「いっくんの近くにいれば必ず亡国機業が出てくるよ……」
「そしたら、使うかもしれないなレーヴァテインを」
レーヴァテインを待機状態に移行させる。灰銀色のネックレスがキラリと一瞬光ったようだった。
「でも、キョーくん一つ謝らなきゃいけないんだけど……」
「どうした?」
急な態度の変化に首をかしげながら、京は束のほうを見る。
「三連核融合炉の出力域が低出力どまりなんだよねー。低出力と言っても通常のISの2.5倍はあるけど」
「エネルギー量はどれくらい?」
「千はあるから大丈夫だよ」
現在調整中の白式で最大四百。紅椿で八百だから破格といえば破格の容量だが、ジェネレーター出力よりも武器の出力が大きすぎてすぐにエネルギー切れを起こすだろう。このレーヴァテインが三連高速核融合炉を使用している理由のひとつがそれだ。レーヴァテインのワンオフアビリティーはこれまでの全てのISと違い召還形で、全ての武装と大量のエネルギーを必要とする。故にワンオフアビリティーが使えない。
「ワンオフアビリティーは使うなってことか」
「できるならね。でも、使いたいときは使ってくれても大丈夫だよ」
そういって、束と視線を合わせる。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。きょーくん」
暫く、京が歩いていった先を束は見守っていた。
「いってらっしゃい、京君。私が唯一愛した
男性」