MEMORY―2 アッシュフォード学園生徒会
(くっ……。体が重くて…上手く動いてくれない)
僕は研究所から抜け出して来た事も無い街を歩いていた。既に日は沈みかけていて光が街を紅く染めている。できるだけ人通りのない道を通っているといっても、人に出くわさなかったのは幸運だろう。拘束服を着た人間が街中をうろついていれば即通報されるのは明白だ。
「はぁ…、はぁ…」
既に体力は限界近かった。研究所から逃げ出してどれくらいの時間が経ったか分からない。何故か意識は朦朧とし頭痛も酷い、足もフラフラで歩くのが精いっぱいだった。
「ここは……?」
しばらくぼんやりと歩いているとどこか広い敷地を持つ場所に入り込んだらしい。辺りを見渡すと白い建物が目に入った。
「……のよぉ」
「ッ…!」
建物に近づくと誰かの声が聞こえた。反射的に近くの茂みに身を隠す。耳を澄まして待機していると、声がだんだんはっきりと聞こえてくるようになった。
「まったく、会長も人使いが荒いですよ。俺じゃなかったらあんなの一週間たっても終わりませんって」
「だからごめんって言ってるじゃない。でもルルーシュがサボったせいで仕事がたまっちゃったんだから自業自得ってこ・と・で」
茂みから覗いてみると二人の男女がやってきた。
(…学生か?)
服装から学生だと判断できる。恐らくここはどこかの学校なのだろう。フラフラと歩いているうちに紛れ込んでしまったようだ。
「はいはい。分かってますって」
「分かればよろしい! それじゃあもう今日は遅いし帰りましょうか」
(移動するのか…。この位置だと発見される可能性もあるな)
二人が移動を始める。位置取りが悪かったせいでこのままでは移動する二人に発見されてしまう。僕は一歩後ろに下がる。
パキッ
「…ッ! 誰だ!?」
(しまった!)
移動しようとして小枝を踏んでしまった。意識が朦朧とするせいか足元にまで意識が及ばなかった。
(くっ!)
逃走するために立ち上がる。だが、そこで僕を強烈な頭痛が襲った。
(ま…ず、い……)
頭痛は既に満身創痍だった意識を削っていく。そのまま僕の意識はゆっくりと暗闇の中に吸い込まれていった……。
僕が次に目を覚ましたのはすっかり日が昇ってからだった。開け放たれた窓から鳥のさえずりと共に穏やかな風が入ってくる。
「どこ……だ?」
まだぼんやりする頭を軽く振り、体を起こす。いつの間にかベッドに寝かされていたようだ。
「あら? どうやらお目覚めのようね」
体を起こすと女性に声をかけられた。視線をそちらにやるとニコニコと微笑みながらその女性が近づいてくる。
「あ、はい…」
「あなた昨日急に気を失って倒れたの。でも、どうやら大丈夫みたいね」
「はぁ…。何とか平気みたいです」
「みんなー。彼が起きたわよー」
会話していた女性が僕とは違う方向に声をかけた。すると、僕の死角を作っていたカーテンの裏から数人の学生がぞろぞろと姿を現した。
「あ、よかったぁー。目が覚めたんだね!」
真っ先にそんなことを言ったのはオレンジに近い茶髪の活発そうな女の子だった。
「まったく…。お前をここまで運ぶのに苦労したんだぞ」
そんなことを言うのは黒髪で紫色の瞳をした細身の少年だ。
「コラ、ルルーシュ。起きたばっかりの病人にそんなこと言わないの」
すると真っ先に僕が起きたことに気付いた女性が少年をたしなめる。
「あの…ここは…?」
「アッシュフォード学園だ」
僕は女性に聞いたつもりだったのに黒髪の少年が応えた。どこか刺々しい感じがする。
「ルルーシュゥ?」
するとまた女性がたしなめるように言う。聞く限り黒髪の少年はルルーシュという名前らしい。
「ごめんなさいね。彼も悪気がある訳じゃないの」
「はぁ…」
「彼の言った通りここはアッシュフォード学園。申し遅れたけど、私の名前はミレイ。ミレイ・アッシュフォードって言うの。名前から分かる通りここの理事長の孫よ」
女性の名前はミレイと言うらしい。彼女は楽しそうに自己紹介してくれた。
「それで、君の名前はなんて言うの?」
「えっ? あ、僕の名前は……」
僕も自己紹介しようとするが何故か自分の名前がすんなりと浮かんでこない。それでも少しの間思い出そうとする努力をしていると、どうにか名前だけ思い出すことができた。
「ライ……です」
「ライ君、か。さっきも言った通りあなたは昨日いきなり倒れて医務室に運びこまれたんだけど、何かあったの? よければ話してくれないかしら?」
僕は昨日のことを思い出す。昨日は確かルルーシュという少年とミレイさんに見つかりそうになって隠れようとしたけれど、突然の頭痛で気絶してしまったはずだ。だが、それ以上は思い出せない……。記憶に蓋がされた様に思い出すことができないのだ。
「すいません……。昨日倒れたのは覚えているんですけど…」
「他の事は覚えてないの? もしかして…記憶喪失とか?」
「……どうやら、そうみたいです……。すいません…」
どうしてもそれ以外の記憶が思い出せない。名前は思い出せたのに他の記憶はすっぽり抜け落ちているかのように何も無い感じがする。
「ふん。怪しいな。どこから来たのかくらい覚えていないのか?」
ルルーシュという少年が聞いてくる。けれど、僕の記憶が回復する気配はもちろんない。
「……ごめん」
「だんまりか…。会長、こいつは今すぐ追い出すべきです。こんな得体のしれない人間を学園に置いておいたら危険ですよ」
ルルーシュの言う事は正しいだろう。記憶もないのに僕の感覚がここに居てはいけないと警告している。理由は自分でも分からないが…。
「んー…。あなた、帰るところはあるの?」
「あ、いえ…。記憶がないので、なんとも……」
ミレイさんは考え込むように首を傾げた。助けてくれた事には感謝しなければいけないけど、いつまでもお世話になっている訳にもいかないだろう。
僕は何とか立ち上がろうと試みる。
「そうだ! あなたここに住んでみない?」
「…は?」
だがその途中で放たれたミレイさんの言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。
「このクラブハウスだったら部屋も余ってるし、ちょうどいいんじゃないかしら? どう? あなたが良ければここに住んでみない?」
「そんな…。助けてもらった上にそこまでお世話になる訳にはいきませんよ」
そうだ。ここに住むという事は彼女のお世話になるという事だ。これ以上迷惑をかけるのは得体のしれない存在である自分は迷惑をかけてしまうかもしれない。
「いいのよ。病人は大人しく言う事聞いてなさい。あなた、どうせここを出ても行くところは無いんでしょ? だったらここにいた方が、あなたにとってもいいと思うわ」
ミレイさんはすごく親身に話をしてくれる。きっと面倒見のいい人なのだろう。得体のしれない自分をここまで考えてくれる人の言葉を僕には無下にはできない。
「会長!? そんな男をここに住まわせるんですか!?」
驚いたようにルルーシュが声を上げる。仕方ない事だろう。
「そうね。でも……、何かこの子ほっとけないのよ。何故だかは分からないんだけど、私の勘がそうした方がいいって言ってるの」
ミレイさんがそう言うと、ルルーシュは大きくため息をついた。
「会長がそこまで言うなら…。ライ」
「あ…、はい…」
「これからは俺たちアッシュフォード学園生徒会がお前を全力でバックアップする。問題は起こすなよ」
「…ありがとう」
どうやらルルーシュも僕がここに住むことに納得してくれたらしい。この少年も見た目ほど悪い奴ではないのだろう。
「よし! それじゃあ決定ね! ライ君の部屋は私が片付けておくからあなたはまだ寝てなさい。本調子じゃないんでしょ?」
「あ、それはさすがに…悪いです」
「ジッとしてなさい。病人は言う事聞いておけばいいのよ。明日までに必要な物を用意しとくから、あなたは自己紹介の内容でも考えといて」
「はい…。って、え…? 自己紹介?」
聞き逃すところだった。自己紹介? 一体どういうことだろう?
「あなたを明日からこのアッシュフォード学園に転入させます! これ、会長命令よ〜ん」
ミレイさんがいたずらっぽく言う。言われるがままに事が進んでいくが……。どうやら僕はもう彼女に逆らうことはできなくなってしまったようだ。
「分かりました」
「素直でよろしい! それじゃあ、明日の予行演習も兼ねて、みんなと自己紹介しとこうか!」
ミレイさんがそう言うと、彼女の後ろにいたルルーシュを含めた学生たちが順に自己紹介を始めた。
「……ルルーシュだ。お前もここに住むという事は俺ともルームメイトになるという事だな。……ただし、変な真似をしてみろ。俺がここから追い出してやる」
ルルーシュは相変わらずの悪態で自己紹介してくれた。けれど自己紹介してくれたということは彼の許可も下りたという事だろう。
「おいおい、ルルーシュ。新入りをびびらせちゃ駄目だろー?」
そう言って青い髪の少年がルルーシュの肩に飛びつくように腕を回した。
「俺はリヴァル、リヴァル・カルデモンドね。よろしくなーライ」
「よろしく」
「もうー、二人ともちゃんと自己紹介しなさいよね!」
頬を膨らませながらそう言ったのは長い橙色の髪の少女だ。先程ミレイさんの次に声をかけてくれた子だ。
「ごめんね、ルルも本当は悪い人じゃないから仲良くしてあげてね!」
「うん、気にしてないよ」
「よかったぁ…。ありがとライ君。私の名前はシャーリー。これからは同じ学園の仲間だから、何か分からないことがあったら相談してね!」
「うん、こちらこそありがとう」
シャーリーはどうやら素直な人のようだ。きっと裏表のない性格なのだろう。
「あ、あの……、私、ニーナって言います…。あの、よろしくお願いします……」
「こちらこそよろしく」
「ひぃっ!」
黒髪の髪にパーマがかけている女の子も自己紹介をしてくれたが、返事を返したら思いっきり悲鳴を上げられた。
「ごめんねー、ニーナは人見知りで初めて会う人とはいっつもこんな感じだから」
「はぁ……」
ミレイさんがそこでフォローに入る。彼女はどうやら気配りもできる人間のようだ。
「あの……」
そんな事を考えていると控えめな声がかけられた。そちらを見ると、赤い髪をした少女がいた。外見は深窓の令嬢といったものを連想させる少女だ。
「私の名前はカレン。あなたも大変でしょうけど、これからよろしくね」
「こちらこそ」
「彼女は生まれつき病弱でねー。最近ようやく学校に復帰したの。あなたも男の子なんだから女の子には優しくしなきゃ駄目だぞー」
ミレイさんがいたずらっぽく横槍を入れてきた。
「はい、分かりました」
「あら? 思ったより反応が薄いわねー……」
何故か少し困らせてしまったようだ……。
「初めましてライさん」
チョイチョイと服の袖を引っ張られた。そちらに視線を巡らすと、ウェーブのかかった茶髪を揺らした少女がいた。車いすに乗っているという事は足が悪いのだろうか?
「私はナナリーと言います。先程のルルーシュという人は私の兄です。どうか兄妹共々仲良くしてくださいね」
ニコッっとナナリーが微笑む。その愛らしい笑顔に僕も自然と頬が緩んだ。
「さってと! 後自己紹介してないのは誰かなー?っと、忘れる所だった、エレット!」
ミレイさんが思い出したように声をかけた。するとみんなの後ろからヒョコッと一人の少女が現れた。
「私はエレットって言います。いろいろ大変だろうけど、何でも協力するから! よろしくね、ライ君!」
僕と似たような銀色の長い髪を腰の辺りまで伸ばした少女だ。シャーリー程ではないが活発そうで、屈託のない笑顔を浮かべている。
「あぁ、こちらこそ」
「それじゃあここにいるメンバーはこれで終わりね。後、もう一人いるんだけど今日は用事があって来てないの」
ミレイさんが自己紹介の終わりを告げる。後一人いると言っていたが、また女性なのだろうか? この生徒会はあまりにも女性が多い気がする。
「じゃあ、あなたはもう休みなさい。私たちはこれから授業があるからそっちに行くけど」
「はい」
「明日には色々揃えておくから心配しないでね、それじゃあ」
ミレイさんはそのままみんなを連れて部屋から出て行った。僕はいきなり多くの人と会話したせいか少し疲労していた。起こしていた体を再びベッドに転がす。
(アッシュフォード学園生徒会、か……)
成り行きでここにいることになったが、いていい場所があることは非常にありがたい。明日からの生活は新しい環境での生活なのできっと忙しくなるだろう。そんなことを考えていると、僕は自然と眠りの中に落ちて行った。
次の日、目が覚めて少し動いてみると体の調子はいいようだ。昨日まであった頭痛も体のだるさも驚くほど引いている。
「入っても平気?」
「いいよ」
扉の向こうから聞こえる声に返すと、カレンが紙袋を両腕で抱えて入ってきた。
「おはよう。もう大丈夫みたいね」
「おかげさまでね。ところで、君が抱えている物はなんだい?」
「あぁ、これ? ミレイさんがこれに着替えて生徒会室に来てくれって」
カレンから荷物を受け取る。中身を見てみると、どうやらこれが昨日行っていた制服の様だ。
「分かった」
「じゃあ、私は外で待ってるから」
カレンが部屋から出ていく。僕は手早く制服に着替え終えてカレンの後を追った。
カレンと廊下を歩く。何故だか知らないが気まずい空気が流れていく。やはり彼女も得体のしれない男と二人きりになるのは抵抗があるのだろうし、僕も記憶の事ばかりが気になって他人を気にする余裕があまりない。
「そういえば…、何か思い出したかしら?」
「……いや」
「…そう、ごめんなさい。昨日の今日で、余りにも気が早すぎるわよね……」
「…いや、大丈夫だよ…」
カレンと会話しながら歩いていると彼女はやがて一つの部屋の前で止まった。
「ここが生徒会室よ。ミレイさんはあなたの事も生徒会に入れるって言ってたから、きっとあなたもよくここに来ることになると思うわ」
「……そうなんだ」
生徒会。学校の業務をまとめる機関だったはずだが、そこに僕が入るのか……。
ふぅ。と一つ息を吐いて扉に近づく。果たしてこの場所で僕はどんな日々を送ることになるのだろうか?
そんな不安があって少し緊張していた。
部屋に入ってみると、人が四人居た。ミレイさんとシャーリー、ニーナとエレットだ。
「あ、カレンご苦労様。ライ君はもう体調はいいみたいね」
「はい。おかげさまで…」
「んもー、そんな固い事言わなくてもいいのよー。困ってる時はお互い様、でしょ?」
「ありがとうございます」
ミレイさんはこう言ってくれるが、助けてもらったのは事実だ。ここはしっかりと礼を言っておくべきシーンだっただろう。
「ライ君おはよう。どう? 何か思い出せたかな?」
「おはようシャーリー。……ごめん、まだ何も思い出せてないんだ…」
今度はシャーリーが話しかけてきた。記憶が戻っているかと聞かれてもまだ何も思い出せていない。この事に関してみんなが気を使ってくれているようで、何だか申し訳ない。
「そう、だよね…。ごめんね、昨日の今日じゃ気が早いよね」
シャーリーが申し訳なさそうに言う。それを聞くと僕もまた申し訳ない気持ちになった。
「みんな聞くことは同じなのね」
「あれ? カレンがもう聞いちゃってたんだ」
ふと、カレンがフォローに入る。するとミレイさんも話に混ざってきた。
「まぁ、気になるのも仕方ないわよ。ライ君も無理せずにね。ゆっくり時間をかけて思い出せばいいんだから」
「…はい」
やはり僕の事でみんなに気を遣わせてしまっているようだ。申し訳なさが更に増した気がした。
「ところでカレンー。ライ君の部屋に入ったんでしょー? 何かなかったの〜?」
ミレイさんがまたいたずらっぽく言う。するとカレンは慌てたように、
「なっ…! 何もないですよ…、変な事言わないでくださいよ会長…」
カレンが恥ずかしそうに答えた。何の事かは分からないが、カレンのその一言でミレイさんはスイッチが入ったようだ。またカレンに変なことを聞いて、カレンがそれに返してを繰り返して女性陣が何故か盛り上がり始めた。
(今思えば、……僕以外みんな女の子か…)
そう。この部屋には男が僕しかいない。やはり異性ばかりに囲まれているとどこか自分の中で気まずい気持ちが生まれてしまう。
「ん?」
ふと、肩を誰かに叩かれた。叩かれた方を向くと、どうやら会話に参加しなかったらしいエレットが僕の傍に立っていた。
「どうした?」
「んーん。何でもない、って訳でもないんだけど。ただ、君が無理してるんじゃないかと思ってさ」
……どうやら彼女にも気を遣わせてしまったようだ。ここまで来るとどうしてみんながここまで気を使ってくれるのか、気になってくる。ここは彼女に聞いてみよう。
「…どうしてみんなこんなにも気を使ってくれるんだ……? 正体も分からない人間を、普通は警戒するものじゃないのか?」
「?? 何で? 普通は困ってる人がいるから助ける。そういうことじゃないのかな?」
エレットは僕の質問に対して何を言っているんだ、という表情をした。
「みんなは別にがどんな人だっていいの…。困ってる君が放っておけなくて、助けた。それで理由としては十分だと思うけど……」
彼女は、今度は困ったような表情をしてしまう。
「でも、私は仲間が増えて嬉しいよ」
「えっ?」
「だって友達が増えるって素敵な事じゃない? 一人一人の絆も大切だけど、…やっぱりみんなでいろいろやった方が楽しいし思い出になるから!」
そう言って彼女は昨日と同じ屈託のない笑顔を浮かべた。何故か僕は何も言えなかった。記憶がない僕が言うのはおかしいだろうが、こういった人たちには初めて会った気がする。
「……ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
エレットは笑みを崩さない。そうして二人で会話していると、ミレイさんがこちらのやり取りに気付いたのか声をかけてくる。
「おやおやぁ〜? な〜んかいい雰囲気じゃなーい? カ・レ・ン〜。エレットに盗られちゃってもいいのかな〜?」
「なっ…! だから! 私たちは昨日会ったばかりで、そんな関係じゃないのは会長だって知ってるはずじゃないですか!」
……どうやら向こうの話が飛び火してきたようだ。
そのまま、またミレイさんがエレットに変なことを言って、エレットがそれを否定してを繰り返す展開になり、ついでに僕にまで「誰を選ぶんだ〜?」とか聞いてくる。
そんなやり取りが僕たちの意思とは関係なく、朝のSHRが始まる直前まで続いた。
「……疲れた」
朝のやり取りは結構僕の疲労になってしまったようだ。やはりまだ体調が万全ではなかったのかもしれない。
そして僕は自分の転入する教室の外にいた。朝のSHRは既に始まっており、僕は転入生という扱いなので呼ばれてから入ってくるようにとのことだった。
「それじゃあ、転入生を紹介する。入ってきたまえ」
担任の教師から合図がある。僕は教室のドアを開けて中に入る。
「……初めまして、ライといいます。これからいろいろとお世話になると思いますが、よろしくお願いします」
自己紹介とは思ったよりも緊張するものらしい。自分が上手く挨拶できているか気になる。だがそれ以上に気になることに、何故か教室の中は恐ろしい程の静寂に包まれていた。
「?」
何故だろうと思い僕は思わず首を捻ってしまう。すると……
『キャーーーーーー!!!』
僕の肩が驚きで跳ねる。何故か教室にいる女生徒が一斉に歓声を挙げた。あまりの大音量に耳を塞ぐ。すると視界の隅、僕が入ってくるドアの所に誰かが立っているのが見えた。
「はぁ〜い」
「…ミレイさん?」
そう。ミレイさんだ。彼女は確か学年が一つ上で、教室も違うはずなのだが……。こちらに手を振ってニコニコしていた。
「やっぱりこうなっちゃうわよね〜」
「え? ミレイさんは皆が歓声を何で挙げているか分かるんですか?」
「はぁ!? え? ……もしかしてあなたは分かってないの!?」
「……はい」
何故僕が理由を知っていると思うのだろうか? ミレイさんは驚いた顔から顎に手を当てて考え込んでしまう。
「ん〜…。……まさかこれほど鈍いとは……」
「え? 何のことですか?」
「は? いや、何でもないわよー。あはは、はは……」
どうしたのだろう? ミレイさんは何か慌てているようだが、何故慌てているのだろう? 理由を考えても分からないが、とりあえず担任が席に着くよう指示してきたので、僕はそれに従う。
それにしても何故女の子達は歓声を挙げているのだろうか? ついでに言うと、何故男子からこんなにも睨まれているんだろうか? SHRの最中考え続けたが答えは出なかった。