「―――――まったく、キミ達もしつこいな」
今まで何度も言った言葉だが、
佐渡修二はそれを呟くのを止められない。
まだ日が昇る前の早朝。修二は毒気溢れるこの区画をゆっくりと歩いていた。
その顔立ちはどちらかと言えば繊細な作りで、見る者の視線を釘付けにするだけの魅力があり、無造作に伸ばされた金髪がそれを更に引き立てる。
しかし、その赤いコートを羽織った肉体は服に隠れて分かりづらいものの一切の無駄なくしなやかに鍛え抜かれており、息をのむような独特の雰囲気を醸し出している。
手荷物は大きなトランク一つに、腰に巻かれたホルスターに収まった一丁の銃のみ。
そのトランクを肩に下げ、ホルスターから拳銃を抜き取る。
進行方向には全身防護服をまとった者たちがいる。
扇状に広がった彼らはそれぞれ手に武器を持ち、修二向けて強烈な殺気を放つ。
目に映るだけで十四人。近くの瓦礫に隠れているものがいないのを確認してから修二は思う。武器を持ってさえいなければ宇宙飛行士に見えなくもないなと。
「って、こんなところに宇宙飛行士がいる訳ないんだがね」
修二は自分にツッコミを入れて、笑みを消す。
そもそも、
今のこの世界にはそんな概念すらない。
何故なら、ここは地球ではないから。
ソドム―――――。それが修二が今いる世界の名だ。
何故このような所にいるのか、それには修二のとある事情を知らなければならない。
――――――四年前。
修二はこの世界ソドムに何の前触れも無く召喚された。
別に魔王とかが存在する訳でもない、科学技術が大幅に発達した世界であったが、かといって平和な世界でもなかった。
――――弱肉強食。
それがこの世界の絶対的ルール。
何の力も才能も無い者はひたすらに搾取されるしかない悪鬼羅刹の楽園。
見方を変えれば善悪入り混じった人としてごく当たり前の世界とも取れるが。
そして、修二が召喚された場所はそのソドムの中心地であり成人の八割が殺人を犯している魔都、隔離街。そのD4区画であった。
そこにいるのはサイボーグやら強化人間やら異形のフリークスといった際物ぞろい。
もし修二に戦闘に関しての天性の才能が無ければ、人買いに捕まり奴隷としてこき使われていたか、最悪の場合全身をバラバラにされてパーツごとに売り出されていただろう。
ともあれ、この世界に即座に適応した修二はその四年後、紆余曲折を経て隔離街の頂点に立つ
無限蛇と呼ばれる組織を壊滅させた次の日に、隔離街M区画の最下層にある≪異界の門≫を通り元の世界へ帰ろうとしているのだ。
だが、何事もそう上手くはいかない。
修二はM区画に入ってからすでに五度以上の襲撃を受けている。
襲ってきた連中はいずれも
無限蛇の残党。修二に組織を潰された恨みを持つものばかりだった。
当然、全員返り討ちにしているがなにせ数が多く、さすがの彼も面倒な気分になってきている。
「ま、そろそろ門も近いことだし、キミ達で最後だろう? 来なよ、一瞬で終わらせる」
修二は右手に持った銃をゆっくりと真正面に向ける。
それが合図となったのか、
無限蛇の残党たちはいっせいに襲いかかってきた。
それぞれの武器が修二むけて振り下ろされる刹那、
「レスト・イン・ピース」
別れの言葉。同時に轟音。
一瞬で撃ちだされた百を優に超える弾丸が、彼らを蜂の巣にする。
まさしく魔技。彼らは断末魔を上げる事さえ許されなかった。
「・・・・こんなもんか」
ホルスターに銃をしまい、地面に散らばった一四の肉塊を一顧だにせず修二は再び歩き出した。
―〇●〇―
――――ほどなくして、修二は≪異界の門≫の前までたどり着いた。
数本の石柱で構成された≪異界の門≫は半分ほど瓦礫に埋もれているが、修二が通るくらいのスペースは残っている。
・・・・こいつを見つけるのに随分と苦労したなぁ。
修二は今までの事を思い返していた。
この世界、ソドムに召喚された人間は過去に何人かいたらしいのだが、帰還出来たものは今まで誰もいない。
理由は二つある。まず一つ目は環境。
召喚されたばかりの者は最初の内はただの人間にすぎない。
そんな何の力も知識も持たない人間が生きていくには、この世界は厳しすぎるのだ。
二つ目に情報。
この世界は大昔にあった大戦により荒廃しこのような地獄と化した。
その際、魔法やそれに関する知識が殆ど失われたのだ。現在、この世界に存在する魔法使いなど数えるほどしかいない。
つまり何が言いたいかと言えば、元の世界に戻るための方法を知る者が全くと言っていいほどいなかったのだ。
これには修二も頭を抱えた。一応、知識として≪異界の門≫を通れば帰れるというのは知っていたものの、その場所が分からなければどうしようもない。
とある人物からM区画最下層に≪異界の門≫が埋まっているという情報を入手したのが一年前。
この区画で発見される
遺産の発掘を兼ねてあちこち掘りまくって見つけたのがほんの一週間前の事である。
「・・・・出てこいよ」
ふと、修二は口を開いた。
まわりには誰もいない。しかし、修二の声は確信に満ちていた。
「光学迷彩機能付き防護服だろ。そんな物使ってもオレは騙せないよ」
果たして、次の瞬間、修二の後ろにいきなり人影が現れた。
女だ。防護服を着ているとはいえ、身体のラインがはっきりと出ているため性別の判断は難しくない。
「・・・・なんだ。リリーか」
修二は至極リラックスした声で呟く。
「『なんだ。リリーか』じゃないわよ。最初からわかってたくせに」
対するリリーと呼ばれた女性は少し怒ったように答える。
「まあね。その見事な胸の持ち主は、オレの知る限りキミしかいないからね」
「・・・・ほめ言葉として受け取っておくわ」
ところで、とリリー。
「何で私に何も言わずに帰ろうとしたの?」
修二は一瞬苦い顔を浮かべ、口を開く。
「あ〜。何というか、一応ジャックのやつに伝言頼んどいたんだけど」
「ええ。あんたが伝言頼んでからすぐに伝言を頼まれったって教えてくれたわ」
――――オレが帰った後に言えとあれほど念を押したのに。
同時に何故彼女がここにいるのかを理解した。
つまるところ、伝言ではなく直接自分の耳で聞きたいのだろう。
「・・・・やっぱり、どうしても帰るのね」
「ああ。オレがこの世界に居続けたら色々と面倒な事になるからね。それに、今日からキミがこの隔離街の頂点に立つ。そうすれば、このくそったれな世界も変わるはずだ。なら本来部外者のオレはいつまでもいるべきじゃない」
修二には確信があった。
召喚されてまもない頃。
リリーは得体のしれない異世界人である自分を店の住み込みの用心棒として拾った。
弱肉強食がルールのこの世界ではあきらかにおかしい行動。
だが、彼女にはそんなものはどうでもいいと言わんばかりの有無を言わさぬある種のカリスマ性があった。
故に、D4区画には強い者弱い者関係無く彼女を慕う者が集まっていた。
いつの世も他者を従える覇道を持つものが世界を変える。
だからこそ、ソドムの中心たる隔離街の頂点にリリーが立てばこの世界も変わるのではないかと修二は考えた。
この世界の住人とて全員がこの弱肉強食の世界を気に入っている訳ではない。
それは弱者はもとより強者も含まれる。要は皆この世界を変える事が出来ずただ流されているだけなのだ。
それこそが修二がこの世界の有り様に対して得た答えであり、その結果として、修二は昨日までこの隔離街を支配していた
無限蛇を壊滅させるに至ったのだ。
「・・・・買いかぶりすぎよ。私にそんな大層な真似できるとは思えない」
「そんなことはない。現に
無限蛇に支配されてた連中はキミの下に喜んで付いたじゃないか。オレの見た限り、彼らに反乱を起こすような意志はないさ」
「・・・・そして、反乱を起こしそうな奴ら―――――
無限蛇の残党をここに誘い出して始末したってわけね」
その言葉で修二の表情が固まった。
「ジャックに頼んで連中にあんたが今日帰ろうとしているって情報を流したのは知ってるわ。ご丁寧に昨日の戦闘で大けがをした状態って嘘まで混ぜたのもね」
「・・・・こいつはまいったな」
大きくため息をつき天を仰ぐ。
視界にはこの街特有の大気によって紫色に染まった空が見える。
「飛ぶ鳥跡を濁さずってやつさ。このままオレが消えたらキミに矛先が向くからね」
無限蛇を潰す際、修二は今後の事を考え計画を立てていた。
組織を潰した相手に復讐をするなら、相手自身か相手に近しい者を襲うという二パターンに分かれる。
だが今回の場合は前者は総員でかかっても勝てるかどうか怪しく、後者の場合は屈強な仲間に守られているためどちらも難しい。
諦めるという選択肢が無い以上、人は必然的に簡単な方を選んでしまう。
よって、昨日の戦闘で重傷を負ったという偽情報を流し自分を囮として残党を呼びよせ始末する。
ちょっと考えれば分からない訳ではないだろうが、幸いなことに頭脳労働担当の構成員は全滅しているので、残った脳筋共は簡単に引っかかってくれたのだ
「――――ねえ、シュウジ」
リリーは修二の名を呼びながら―――――顔を覆っていたマスクを外す。
長い金髪が零れ落ち、その整った美しい顔立ちが露わになる。
「な―――――ッ!」
修二は思わず驚愕の声を漏らす。
あろうことか彼女は、サイボーグですら何の装備もせずに入れば五分と経たずに死ぬこのM区画で自らの命綱を手放したのだ。
修二のように
人間の枠から半歩はみ出している存在ならともかく、リリーは最低限の強化を施しただけの人間に過ぎない。
このままでは内側から腐って死んでしまう。
「何やってる!? 死にたいのか?」
彼女の愚行に流石の修二も焦りを隠せない調子で言う。
それに対して苦しそうな顔をしながら、しかし同時に微笑みながら口を開く。
「本当に、変ったわねシュウジ。昔、は何があって、も、感情が働かなかった、くせに」
「昔の事はどうでもいい! まさかオレの反応見るためにそんなバカな真似したのか!?」
地面に落ちたマスクを拾いリリーの頭に被せようとする。
―――――――その刹那、彼女の唇が自分のそれと重なったのを感じた。
「・・・・え?」
思わず呆然とする。
その間にリリーは自力でマスクを被り直す。
「別れの挨拶、ちゃんとしたかったのよ」
マスク越しに震えた声が聞こえる。
「なんだかんだで四年以上一緒にいたもの。せめて、直接見送りするべきでしょ」
ここで修二は、己のバカさ加減を思い知った。
心のどこかでは彼女が自分を好いているのを理解していた。
当然、リリーのような美人に好かれるというのは男冥利に尽きるし、何より彼自身、リリーに好意を抱いている。
だがそれは恋愛感情ではなく、もっと別の親愛といったものだ。
それはリリーも分かっていたのだろう。故に彼女は自分の気持ちを口に出さなかった。
だからと言って、彼女の気持ちに答えず帰ろうとした自分は、最低の男であると気づかされた。
「・・・・リリー」
修二は意を決し口を開く。
過去を引きずらないため。
未来へと進むために。
「オレは、キミの気持ちに答えることは出来ない」
「――――ッ」
「四年前、人形同然だったオレが“人”になれたのは間違いなくキミのおかげだし、オレ自身、キミの事は好きだ」
でも、と続ける。
「それは恋愛感情じゃなくて、友愛とかそういうものなんだ。だから、なんて言うか――――」
「大丈夫」
途中で言葉を遮る
今の声には先ほどまであった脆さは感じられない。
「それくらい分かってたから、大丈夫。でも、直接聞けたから吹っ切れたわ」
「・・・・そうか」
修二はリリーが無理をして普通に振る舞っているのを察した。
しかし。
――――何も言うな、受け止めろ。
下手な慰めは逆に傷つける事になる。
己の自制心を最大限に発揮しながら、修二は後ろへと振り向き≪異界の門≫へと歩き出す。
「――――リリー」
門の一歩手前で立ち止まり、
「もし俺の力が必要になったらいつでも呼んでくれ。すぐに駆けつける」
首だけ振り向いて言う。
それに対しリリーは、
「そう。じゃあ、そうならないよう頑張っていくわ」
表情はマスクで隠れて見えないものの、満面の笑みで答えた。
そして修二は、門へと一歩踏み出す。
波を打つ空間へ入る瞬間、修二は世界へ向けて別れの言葉を呟く。
「―――――じゃあな、ソドム」
そして佐渡修二はこの世界から消えた。
門を通った際に生じる小さな波紋だけ残して。
しばらくの間、リリーはそれをひたすら見続けていた。
―――これにて一つの物語が終わり、そして新たな物語が始まる。
佐渡修二。高校一年生。16歳
職業・酒場の用心棒兼発掘屋兼革命家。
異世界ソドムに召喚され紆余曲折を経て
人間の枠からはみ出し得た強大な力でソドムの頂点に立つ無限蛇を壊滅。その後元の世界へと帰還する。
エンディング後、いきなり続編へ突入。
帰還した現実世界にて、引き継ぎプレイ、スタート。