「確かに、特別自治区からの避難民の受け入れ了承いたします」
「ありがとう。石神も喜ぶと思う」
「いえ、今は緊急時ですから。このままでは大陸が血で血を洗うような戦争になってしまいます」
憂いを含んだ表情を浮かべる5歳の幼女……。
おかしを貰えないとかそんな理由ではない、はっきり言って25歳でも難しい政治をこなしている天才皇女。
ネストリ・アルア・イシュナーン皇女は銀髪を揺らしながら、俺を見る。
正直、俺はあくまで別件がメインなので、これ以上深い話しに付き合う事は出来ない。
「あら、申し訳ありません。国内を通過されるのは構わないですけれど、
魔王領に向かう時に、護衛は必要ありませんか?」
「既に心強い護衛がいるからね」
「そうでしたわね、ではご武運をお祈りします」
「ああ、頑張るよ」
そうして、石神の使いをしながら北のザルトヴァール帝国に入って西に向かう。
例の黒金騎士団が守りを固める国境砦を抜け、そのまま魔王領へと抜けた。
魔王領といっても、各領主が治める領土があり、大陸中央北部は魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナークの領土だ。
魔界のナンバー2であるゾーグを最初の標的に選んだのには訳がある。
一番はもちろん、わかる範囲内で一番近くにいるからだ。
しかし、もう一つ理由がある、彼は今回独自の策謀を巡らすため、人族領への侵攻軍とは別に領土に残っているからだ。
出来れば、複数の相手を同時にするのは遠慮したい所でもあるし、一番いい敵であるのは事実だろう。
ただ、彼とて軍師、策略を持って領土を保持している部分がある可能性が高い。
一対一の戦いでも分が悪い可能性が高いのに、軍勢を持って包囲されたら目もあてられない。
できうる限り、一対一になれる状況を作らねばならないだろう。
そんな事を考えながら、魔王領へと踏み入った。
今までと比べれば遥かに安定した進行スピードではあるが、魔王領入りするまでに2日を消費した。
一か月以内に魔王になると言った以上、残り少ないと考えなければならないな。
出来るだけ隠密行動を心掛けてはいるが、それでも忍でもないので見つかる時は見つかる。
何度か、魔族の小隊と思しき軍をやり過ごしたり、撃破したりしながら進んでいった。
今までの事もあり、全員がかなりレベルアップしていたのだろう。
全員がランクBクラスの冒険者の強さを手に入れている。
もっとも、ホウネンやヴェスペリーヌといった元”箱庭の支配者”組は実力を隠していたように見える。
まだ全力を出していない感じがするのだ。
魔王領に付いてきた理由も、俺達とは別の何かのように思えてならない。
だが、そうこうしているうちに魔王領に入って3日が過ぎ、高い山の頂上付近に城が見えてきた。
どうみても、まともな城ではない。崖ばかりの岩山の頂上にあるという時点で普通じゃない。
普通に歩いて踏み入れる場所ではない事は確かだ。
「これはまた、らしい城ですねぇ」
ホウネンのつぶやきは皆の心情を端的に言い表していたと言って過言じゃない。
ここから見れば、いわゆる鬼顔城と言う感じになっている。
威嚇としての効果は十分だろう。
石神はここの近くに召喚されたらしいが……、俺なら死んでたな確実に……。
ともあれ、出来るだけ周辺に警戒しながらあまり目立たない場所を通って近づく。
もちろん、見つからない訳も無く何度か戦闘になったが先ほども言ったように日ノ本パーティは強くなっていた。
俺自身もだが、ティアミスの持つパスティアは強力だ、一撃で魔物を数体一気に倒す。
パスティアの矢は通常の矢とは別に、何も無い状態から光で構成されている矢をつがえる事も出来る。
周囲の魔力を喰らい、放たれる矢は巨大な威力を誇る。
矢が無くても撃てるのは強いが、精神力を大きく損なうらしく、ティアミスは使うと汗だくになっている。
「ここにいるのが魔界軍師……強さはどの程度なのでしょうか?」
「ラドヴェイドの印象としては、軍師は軍師なんだが、条件を与えてやらないと使えないって話しだ。
猜疑心こそ強いが、他者を見下しがちなんだと」
「見下す、それは都合がいいですね」
「十全の策を持ってこない可能性が高くなると言う事ね?」
俺とフィリナとティアミスは軍議のまねごとをしている。
人数が人数だけに意味はないかもしれないが……。
心構えを組む意味でも、仕方ない所だろう。
「みんな、ちょっと待って欲しいのだ!」
「どうした、ティスカ?」
「来る……、のだ」
海賊のような服装に身を包んだ赤毛の少女、ティスカ・フィレモニールは近くの森に目を凝らす。
そこから、巨大な何かが向かってくる音がする。
さっきまでは分からなかった、ティスカはモンスターの事については俺達より鋭いと言う事か。
そして、そこから現れたのは一つ目の10mを超す巨人サイクロプスに率いられた、トロル達。
サイクロプス達はまだかなり遠い、しかし、彼らの歩幅を考えるとさほど時間もかからずこっちまでやってくるだろう。
「あんな奴らを相手に消耗する訳にはいかない、急ごう」
「それもそうですねぇ、無駄に体力が削られるのは御免ですな」
「ボーズ、たまにはいい事を言うようだが、あまりレィディ達に近寄らないでくれたまへ」
「このおっちゃんなかなか面白いのだ?」
「おっちゃん!? そして何故か疑問形!?」
珍しくホウネンが動揺している、年齢は禁句だったらしい。
まだ若いのだろうか?
まあ、そんな事よりも今は急ぐ必要があるな。
俺達は、サイクロプスの率いるトロルの群れを迂回しながら、森の渕あたりを突っ切る。
それでも、完全に迂回するほどには回り込めない。
元が巨大な奴らだから仕方ない。
だが、その時俺はふと気付いた。
サイクロプスの足元の空間に微妙な揺らぎがあるように見える事に。
「あの足元……」
「光を屈折させている!?」
ティアミスが気が付き、俺もその事に感付いた事を発言した瞬間。
俺達の周りの空間が歪んだ。
これは!
「幻覚か!」
罠なのか、それとも待ちかまえていたのか、どちらにしろ俺達は幻覚にやられたらしい。
視界は歪み、方向感覚がおかしくなる。
このままの状態では何もしないままやられてしまう可能性が高い。
しかし、俺達はこう言った戦法を既に知っていた。
「フィリナ!」
「はい! 護法結界!」
フィリナが周囲5mほどの範囲で結界を張る。
サファイヤブルーの髪が、そして体が煌めき、そのまま青い光が周囲に広がる。
その中は幻覚が入り込む事が出来ず、メンバーも地面もキチンと見えるようになる。
護法結界の中は光の屈折率も戻るようになっているからだ。
それに、精神系に対する浄化作用もある。
フィリナの桁違いな魔力があってこそできるちょっとしたチート魔法と言う事になるだろう。
「結界の周囲はまだ荒れ狂っています。魔法が切れていないようですね」
「まずいな、こんな状態のままサイクロプスやトロル達に踏まれたら……」
「見事にぺしゃんこになりそうね」
「ぺしゃんこになるのだ?」
「それはもうペラペラですよ。生きてないでしょうが」
「ボウズ! レィディ達に妙な事を言ってはいけない!」
「ほうほう、それは申し訳ない」
微妙に緊張感のない会話をするホウネン達に呆れながらも、俺は考える。
この戦法には覚えがある。
魔血の者達……、だとすれば、あれを操っていたのは魔界軍師か。
それとも、部下か何かに命じているのか?
どちらにしろ、現状の打破を図るには一番いい方法なんて決まっている。
「フィリナ、俺の魔力を貸す。護法結界を出来るだけ拡大してくれ」
「了解しました、マスター」
俺が魔族化し、フィリナへの魔力供給を一気に上げる。
フィリナも心得たもので、その魔力をどんどん結界の拡大に回した。
結果として半径100m近い巨大な円が出来上がり、その中に一人の人間を見つけた。
人間、といっても既に魔族化、いや魔獣化が進行しており理性等あまり残っていないように見える。
そこに、俺が何か言うよりも前に氷の矢が突き刺さる。
唱えたのは、モデル体型のくせにグルグルメガネをした魔法使い、ヴェスペリーヌ・アンドエア。
間髪いれずだったため俺も少し息をのんだが、今の状況で見知らぬ人を助けながらというわけにもいかない。
ましてや力のために人である事をやめた劇団の奴らを助ける気にもなれなかった。
『躊躇もしないとは流石だ』
何も無くなって妙にすっきりした枯木の森で、8本脚の馬、恐らくスレイプニルに乗って黒い鎧の騎士がやってくる。
気配、殺気、魔力、どれをとっても普通の魔族ではない、貴族級に近い力を持っているだろう。
しかし、貴族級なら他人の領地(魔界軍師の)に単騎で現れるとは考えにくい。
ならば……。
『我は黒騎士、魔血を与え劇団を作り出して人の混乱と、5色の魔獣を集めし者。
我が糧は飢えと混乱、そして絶望。
貴様らの絶望を、喰らわせてもらおうか』
言い終わると同時に、強大な魔力の放射を始める黒騎士。
GP(ゴブリン)換算で2000GPから3000GPといったところか。
フィリナの倍以上、正直普通に考えれば荷が重い。
俺は、ティアミスとフィリナを見る、彼女らの視線は一致していた。
そして、俺に頷いて見せる。
「わかった……、任せる」
「ええ! 例え魔族の貴族クラスだったとしても、私達には仲間とこのパスティアがある」
「私もおりますので、行ってきてくださいませ」
俺は魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナークとは1対1で戦わねばならない。
対戦はあくまで、賭ける魔王の装備品がある者同士でしか行う事が出来ない。
まあ、普通は魔力の絶対差が最初からあるので問題の無いルールだったのだが、
俺は召喚の経緯が特殊なため1対1では不利になってしまっているにすぎない。
まあ、実際堂だと言う話はともあれ、俺は多少の力量差があっても1対1でやらねばならない事は同じだった。
とはいえ、本当の事を言えば黒騎士もかなりの強さだ、
俺がため込んだ魔力を使わなければ厳しい気がする、一応切り札はあるわけだが……。
どちらも不安要素は大きく存在していた……。
「しかし、黒騎士ですか……魔血を与えていたのは貴方なのですね?」
『いかにも』
均整のとれた体型、誰が見ても息をのまずにはいられない美しい人は、しかし表情をこわばらせている。
元々、使い魔となってからの彼女は意図して無表情を貫いてきたが、それとは違う。
今にもそのサファイヤブルーの絹糸のような髪が光を纏って逆立ちそうな、強大な魔力を溢れさせている。
対するスレイプニルに乗った黒騎士も、強大な魔力を纏っているが、こちらは落ち着いたものだ。
黒騎士は青年が走り去っていくのを意図的に見逃したようだった。
彼女、フィリナは何故黒騎士がそうしたのか分からなかったが、
同時に黒騎士は排除すべき敵である事は強く認識した。
「フィリナ、どうしたの?」
「先ほどの魔獣化した男を作り出したのはその黒騎士です。
私は、他にもマスターと何人かを屠りました、
あれらは己の意思をもつようでありながら黒騎士のコントロール下だったのだと今なら分かります」
『ほほう、どうやってだ?』
「血によって脳内をいじくっていたのでしょう?
だからこそ魔法が使えるようになったり、肉体が魔獣化したりする」
『それで?』
「その陰険なやり口が気に入らないと言うだけの事です。
騎士なのでしょう? 正面からかかって来なさい」
フィリナは黒騎士を正面から見詰め言葉を放つ。
凛とした瞳は、使い魔であることを感じさせず、しかし同時に彼女の視点は今だ人間であったと言えるだろう。
魔族の騎士がその騎士道を適用する範囲に人を入れるかどうかは所詮好みの問題に過ぎない。
『ふむ、確かにそうかもしれぬな。だが同族でないものに礼を持って遇する必要はあるまい?』
「……ッ!」
「なるほど、魔族らしい下種野郎ってわけね」
「金色の魔物を奪ったのはお前なのだ?」
『なるほど、魔物使いか。気をつけねばな』
「レィディ達を堕としめる言動、看過できそうにないですね。
それは騎士道に反しまーす!」
「あまり暑くなるのは感心しないですね。相手も騙しのプロなんだから」
「(こくり)」
熱くなりつつあるパーティをホウネンが鎮める。
倫理観も、常識も、所詮人間が作ったもの、魔族には魔族の価値観があるのは当然。
そして、それもまた多様なのだ、だから黒騎士の考えが間違っている訳ではない。
だが、その倫理観は人族にとっては看過し得ないものであるのも事実。
それ故に、互いに譲る事は出来ない。
『お喋りはこれくらいで良かろう、現出せよ!』
「なっ!?」
「これは……」
そこには10人もの、魔物化が始まった人達がいた。
既に意識は黒騎士に乗っ取られているのだろう。
まるでゾンビかなにかのように、のっそりとした動きだ。
しかし、その中の3人ほどが、炎を口から放射した。
そして、別の2人はあり得ないほどのスピードでティアミス達に迫る。
更には、空を飛ぶ者も、結界を張る者もいる。
手から巨大な剣を出現させたものもいた。
すべてを失った彼らは、しかし能力はしっかり残っているようだった。
「くっ!」
「ボウズ! 我々が防がねば全滅だぞ!!」
「変な呼び方は勘弁して欲しいのですが、仕方ないですね」
ホウネンは、錫杖を地面に突き立てると、両手を組み合わせ素早く形を組み替えていく。
光が周囲に拡散しつつ薄い膜を作り上げる。
「青龍(せいりゅう)! 朱雀(すざく)! 玄武(げんぶ)! 白虎(びゃっこ)!
勾陣(こうちん)! 南儒(なんじゅ)! 北斗(ほくと)!
三態(さんだい)! 玉女(ぎょくにょ)! 」
現在日本ではもうほとんど使われていない、中国から入ってきた九字印の原型。
そんなものが何故異世界で使われているのか、それを疑問に思う者はここにおらず。
そして、その不可思議な効果は飛来する炎の矢をはじき返して見せた。
いや、唯はじき返しただけではない。
その炎は様々に形態を変えながら、魔物化した人達に攻撃を加える。
「万物の法則は我が下にあり、我に敵対せしもの万物よりの復讐を受ける」
目を瞑り、印を組んだまま脂汗をたらし始めたホウネンは、
しかし、その言葉の通り周囲にあるものを操り始める。
草木は魔物化した人や、黒騎士にまとわりつき、空気は遮断され真空状態となり、
大地は槍を突き出して攻撃を加える。
そして、炎は燃えないはずの真空中を熱波としてあぶり続ける。
ホウネンが術を解いた時には、既に魔物化した人たちは消し炭になっていた。
しかし……。
「流石は貴族クラスだけはありますね……」
『我を倒せぬ者がゾーグ様に挑もう等、笑止千万。
しかし、我が駒を全て潰してくれた罪は重い……』
黒騎士の駒たる魔血を喰らった者達は壊滅していた。
元々、出来のよかった者たちを劇団としていたのだ、
それを先に壊滅され、まだ回復までの時間には足りていない。
だから今回は10人ばかり見繕ったのだが、それも直ぐに消えた。
黒騎士は所詮急造ではこんなものかとも思うが、やはりこのままで済ませるわけにはいかなかった。
次に失策を犯せば、ゾーグに見限られる可能性がある。
黒騎士の生命力である暗黒魔力はゾーグにしか精製出来ないというのにだ。
それだけはあってはいけない、黒騎士は本気になるしかなかった。
『5色の魔物共よ! 集え!!』
そう、黒騎士が声を上げると同時に、光がこちらに近づいてくる。
もちろん、その間もティアミスがパスティアで、フィリナが魔力を開放し、エイワスが剣技を持って追い詰める。
ヴェスペリーヌは攻撃魔法を、ホウネンは防御とサポートの魔法を使っていたし、全力で攻撃していた。
しかし、黒騎士は倒れる様子を見せない。
そして、そんな中で黒騎士の周りに、犬や羊、牛や馬、そして狼と思しき姿をしそれぞれ輝いている魔物が集まる。
金色、白銀、青銅、黄銅、そして白金、中でも金色の魔物はティスカの目の前で失われた魔物だ。
それが今や全色揃っている。
「5色の魔物……」
「あれは、おじいちゃんの……返すのだ!!」
『はっはっは! これで我が魔力は常に最大となる。さあ、受けよ極炎!!』
「なっ!?」
「結界が……持たない!?」
フィリナが全力で張っている防御結界が、いともたやすく崩れ落ちた。
とっさにホウネンが2つ目の結界をはりそれが崩れるまでの間にフィリナが更に結界を張る。
それでもかなりまずい事になっていた、黒騎士は疲れを知らないかのように魔力攻撃を連発している。
まるで無尽蔵に魔力があるかのごとく……。
『どうした、それでお仕舞いか?』
「くっ、魔力圧がこのままではそう持ちません……」
「なら、パスティアで射抜くだけの事よ!」
『やってみるがいい』
「お言葉に甘えて! パスティア!」
ティアミスはパスティアに一度に10本以上の矢を番えた。
そのまま、躊躇なく引き絞り、矢を全て放つ。
10本の矢はそれぞれ違う軌道をとりつつも、的である黒騎士に殺到した。
だが、魔力を鎧にも纏わせていた黒騎士はそれらを弾こうとしたが、
鎧の隙間を縫うように飛来する矢全てを迎撃する事は出来なかった。
しかし、内部にも巨大な魔力が内圧として存在しており、かすり傷を追わせるのがやっとだった。
『その弓は厄介だな……、治癒の速度が上がらぬ』
「次は止めを刺してあげるわ! 光の矢!」
ティアミスは、今度は矢を番えずに弓を引く、光はティアミスの精神を吸い取り、周囲の魔力を集める。
そして、大きな矢の形となった光の矢を黒騎士めがけて放った。
矢は不規則な軌道を描いて黒騎士の心臓めがけ飛来する。
しかし、黒騎士はとっさに盾を突き出し、光の矢を受け止めようとした。
だが、光の矢は盾を貫通し、鎧に深くめり込んだところでようやく止まった。
『流石は聖なる弓パスティア、魔族である限り我もまた抗えはせぬか。
しかし、使い手は今だ未熟と見える』
「クっ!」
『なれば、次はもうないと思え! 』
そう言って、黒騎士は魔力を更に高めて魔力弾を精製する。
その数、ざっと見ても100はくだらない。
たとえ一発一発には耐えられても、そう何度も耐えられるものではない。
一発一発は黒騎士の魔力を受けてか、普通のものよりも数段大きい。
フィリナの結界とて、これは防げそうになかった。
しかし、その魔力はとたんにしぼんでいった……。
『なっ、なんなのだ!?』
「ナイトモンスター、君は戦いに夢中で、周りを見ていなかったという事デース!」
「魔物は全員もらったのだ!」
そう、いつの間にか黒騎士に魔力を供給していた魔物達がティアミスの周りに移動していた。
偶然等ではない、ティアミスは狙ってこの事態をしき起こしたのだ。
そして、その魔力は今や全てフィリナに注ぎ込まれていた。
『まさか、魔物使いかッ!?』
「その通りなのだ!」
『奴らは30年前に壊滅させたはず……』
「壊滅させた?」
『……』
「なら、次は貴方が壊滅する番です!」
フィリナは、魔物達から供給される魔力を一つの魔法に昇華しようとしていた。
その魔法は本来それなりの呪文を持って魔力を増幅しなければ唱える事の難しいタイプのものだ。
しかし、今のフィリナには魔力が無尽蔵にある、だからあっという間に唱え終わった。
「来たれ、水龍! 来たれ、氷龍! その2つの偉大な力持て我が敵を討ち滅ぼせ!」
それは、龍というより、龍の形をした水と氷そのもの。
通常見かけるような龍では消してあり得ないものだった。
しかし、同時に20mを軽く超えるその巨大な体躯は確かに龍のようでもあった。
それぞれ、水や、氷がそのまま形を成したものに見えるが、意思を持っているのは明白であった。
それらは黒騎士をにらみつけ、獲物を狙う時のように口を開き舌を出していた。
そして、咆哮をあげながら、黒騎士に向かって疾駆する。
回避も防御も出来る質量ではなかった。
黒騎士は個人サイズの結界を最大効果で張ったがそれすらも何度も叩きつけられる質量の前に砕け散る。
そしてとうとう、巨龍の牙が黒騎士の鎧に食い込んだ。
『まさか……』
「さあ、黒騎士を倒して! 水龍! 氷龍!」
何度も何度も巨龍の攻撃を叩きつけられ、黒騎士はとうとう鎧を破壊され砕け散った。
そして、後に残ったのは黒い靄のような魔力だけだった。
肉体は存在していなかったという事なのだろう。
それを見たフィリナは少し口元を緩めた。
彼女は全力になった事で背中から翼を開いている、しかし、その翼はもう7割がた白く染まっていた。
それは、5色の魔物の魔力を受けても、マスターからの魔力を受けても黒に戻っていかないという事。
しかし、黒騎士のその本体は黒い魔力の塊だった。
フィリナは黒騎士の本体を掴み取る。
「悪いですが貴方は、私が私でいるための力になってもらいます」
『なっ、何を……』
フィリナは最後までその言葉を聴かず、黒騎士はだんだんとフィリナの翼に吸い込まれていった。
7割がた白だった翼は白と黒が半々になる程度には回復していた。
シンヤの支配の力が日に日に弱っている今、フィリナが現状を続けていくには己で翼を黒く染めるしかない。
ソール教を疑問視している今のフィリナにとって、使途になるという選択肢はないといってよかった。
だが、この方法について汚いと考える部分はなくはない。
それでも、フィリナはこの選択が間違っている等とは考えていなかった。
「さあ、マスターを追いましょう。
直接的な加勢は出来ないかもしれませんが、何か出来る事はあるかもしれません」
「それもそうね、いいわ、急ぎましょう。
でも、今の私たちはかなり疲れているわ、少しだけ体を休めてからね」
「……わかりました」
2人は、いやパーティ”日ノ本”とシンヤの使い魔はじりじりする気持ちを抑えつつ休憩に入るのだった。
魔王ラドヴェイドの側近である四魔将軍。
四魔将の一、魔王の後継者ラスヴェリス・アルテ・カーマイン
四魔将の二、魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナーク
四魔将の三、烈火の猛将レオン・ザ・バルヒード
四魔将の四、月夜の支配者アルベルト・ハイア・ホーヘンシュタイン
今回俺が戦うのは魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナーク。
その力は、魔力に限ってはラドヴェイドに匹敵するといわれたほどの魔法使いらしい。
今の俺の魔力はギリギリ対抗できるレベルではあるが、実力はと言われると自信がない。
だが、そんな事を言っている暇も、余裕もない。
なら、俺にある2つのアドバンテージを使ってなんとしても倒すしかない。
そう考えているうちにも城のある山の麓までやってきていた。
俺は、魔力を更に少し開放して身体能力の上昇、体の軽量化、
バランス感覚の強化等を行いつつ、スキップするような感じで山登りを進めた。
途中、何度か魔物に遭遇したが、空を飛ばない魔物は先ず追いつくことが出来ない。
空を飛ぶ魔物は、魔法を使って撃墜した。
別に殺すほどでなくても、羽に穴を開けたりすればそれだけで飛べなくなる、
そうすると先ず追いついて来れない。
それを繰り返し、城のある場所にたどり着くまで15分ほど。
本来なら険しい山なのだから、一日がかりなんだろうが、今の俺の身体能力では敵にならない。
これで、魔力回復も安定すれば俺も貴族クラスなんだろうが、まだ魔力になじみきっていない。
だが、ゾーグを倒すことが出来ればそれも可能になるはずだ。
そういう意味でもゾーグは絶対に倒しておきたい相手でもあった。
「さて、そろそろか……」
「クククッ、お待ちしておりまじたぞ次期魔王陛下」
城の前にたどり着いた時、そこには既に紫色の肌と4つの腕を持つ、魔法使い然とした禿げの魔物がいた。
石神の言っていた事はうそじゃないんだなと俺は無意味な感慨に浸る事になった……。