ベルンフォード辺境伯が軍を四魔将筆頭であるラスヴェリスに預けてより一週間後。
進軍を開始し、城から遠く離れた事を確認した透明な何かはようやく動き始める。
それまでの間、本当に何も無いかのごとく気配すら完全に断ち、そこに存在していた。
それこそが、帰還したはずのベルンフォード辺境伯その人だった。
(ふう、ようやく警戒レベルが一般に戻ったみたいね。
元々既に魔将クラスはいなくなっているんだし、多少無理をしてもよかったけど。
それをして見つかったら後が無いし、今は慎重に行くしかないか……)
ダークエルフである彼女は、しかし、今まで人族との融和路線を進めていた。
それが急に、ラスヴェリスに10万以上もの軍勢を引き渡した、そこにあるものは。
融和や戦争の域を超えた彼女の思惑に違いなかった。
透明なまま、気配を殺し、魔王城内を移動していく彼女は魔軍の兵士達にも感づかれる事はない。
彼女が目指すのは、魔王城地下階層、普段は四魔将とて入り込む事はない。
魔王本人の私室と、そして更に奥には封印された下層へと向かう道があるという噂だけが存在する。
(流石に、今でもそこそこ厳重なようね……。
魔王城の地下を守る魔物だけはあって、皆貴族に近いランクの強さを持ってる……)
どうにか気付かれず魔王城地下への入り口を見つけたものの、突破するのは容易ではない事を感じる。
ベルンフォード辺境伯は普通の貴族のレベルではない、魔将に近い力を持っている。
だが、もしもその力を使えば魔力は感知される事となり、反逆者として追われる事になるだろう。
彼女はそれも覚悟してはいたが、出来るならそれは避けたい事情もある。
護衛の魔族達を出し抜くため、交代のタイミングを待つことにした。
幸いにして、数時間ほどで交代要員がやってくる。
その背後にへばりつくようにして滑り込んだ彼女はそのまま地下へと足音を立てずに移動した。
(ここが魔王の私室……、なるほどね……。
歴代魔王の巨大な魔力が染み付いているようね……)
魔王の部屋は、そもそも誰も立ち入りを許していないので掃除もされていないはずだった。
しかし、まるで毎日掃除しているかのように綺麗である。
理由は恐らく自動的に保守する魔法でもかけているのだろう。
普通は効率が悪いのでやらないが、魔王クラスになればどうとでもなるのかもしれない。
(アレがあるとすれば、この更に奥のはず……。
だけど流石に、まともに入室できるようになってはいないようね……)
魔王の部屋を探り、かなりの時間をかけてどうにか通路の入り口らしき場所を見つけたが、
封印されているのだろう、扉は開かなかった。
彼女は仕方なく、封印の解析を始める。
ブザーや魔力の拘束などかなり強力なトラップが複数仕込まれている。
彼女といえど、下手につつけば、拘束されてしまう強力なものである。
また、デストラップも多数あり、貴族クラスの魔族でもあっという間に死んでしまうようなものだ。
しかし、彼女はそれを予想していた。
というより、彼女の長年の研究は、ここに至る為にあったと言ってもいい。
魔族を束ねる魔王の秘密、それは圧倒的なものであり、権力争いの結果等と言う事は考えられない。
異世界から召喚される魔王、そして、絶対的な力を持ちながらも人族を駆逐出来ずにいる。
それどころか、歴代魔王の半数以上は人族の手によって討たれていた。
力関係を見ればありえないと言ってもいい。
勇者の力がどれほどのものであろうとも、である。
それには理由がある事を、彼女は感付いていたし、歴代魔王が手に入れていない力も存在している事を知っていた。
それを求めているのは魔界軍師たるゾーグも同じだが、アプローチの仕方は全く異なった。
ゾーグは異世界人を生贄に捧げる事で、そこに至る扉を開こうとし、
彼女は扉のありかを探る事で何を条件として開くのかを探ろうとしている。
そして、とうとう彼女は扉のある部屋へとたどり着いた。
そこに行けるのは本来は魔王のみ、魔王なき今、4魔将のみが入室を許される。
だが、その扉を開いた者は今だに誰もいない、この世界で最も異質な部屋……。
ベルンフォード辺境伯がたどり着いたのはシンプルな部屋であった。
少し大きめの扉が存在している、それだけの部屋。
大きさもせいぜい5m四方、高さも3mもあるまい。
ただ、乳白色の壁がいつまでも綺麗に存在している、恐らくはこれも魔王の魔法だろうか。
彼女は扉の前まで進んだ……。
その時。
「流石はベルンフォード辺境伯、ダークエルフの鬼才、その名は伊達ではないようですな」
「お前は……! アルベルトッ!!」
「フフ、今宵はいい夜ですね、気配を消して近づくには絶好の日和だ」
彼女の後ろに立っていたのは、四魔将の一人、月夜の支配者アルベルト・ハイア・ホーヘンシュタイン。
青白い肌と白髪、そして恐ろしいほどに整った顔。
吸血鬼の中でも血を吸われてなったのではない、最初からの吸血鬼を真祖という。
彼は真祖の中でも最も力を持つ存在、夜の軍団を率いる魔王軍の中核の一人。
そんな存在がここにいる訳がなかった、ラスヴェリスが招集した軍団を率い今は人族の領土へと攻め込んでいるはずだから。
「何故ここにいる……?」
「心配する必要はありませんよ、私は分身です。ただ、分身でも貴方よりは強いですがね」
上位の魔族は己の血を使って依り代を用意する事で同時に別の場所に存在できる。
ただし、分身そのものに戦闘力を持たせない限り、自分の力をその寄り代で振るう事はできない。
アルベルトの寄り代は自分の部隊でも選りすぐりの吸血鬼なのだろう。
「はー、これはまいったね。まさかこんな隠し玉で来るとは」
「貴方の裏をかけた事は光栄に思いますよ。
私にとっては騙し打ちは正当な手段ですしね」
「さすが吸血鬼、言う事が違うね」
「さて、貴方には2つの道があります、私に血を吸われて奴隷になるか、この場で処刑されるかです」
「どっちも、ごめんだね!!」
ベルンフォード辺境伯はマントをかぶり、その場から消えた。
それはしかし、完全な消滅ではない、気配は薄くだがアルベルトには感じられた。
アルベルトはそれに薄く笑い。
「まさかそれで隠れたつもりじゃないですよね?」
「……」
「なら、攻撃といきましょう、ヴァンパイアバッド!!」
アルベルトの黒いマントからコウモリが無数に飛び出してくる。
それは一直線にベルンフォード辺境伯が消えた場所に向かって行った。
しかし、次の瞬間ベルンフォード辺境伯が出現、周囲にコウモリによる血風が舞う。
「流石にこんな攻撃では死にませんよね。さて次はどうしましょうか?」
「生憎だったね、こちらの準備は終わったよ」
「何ッ!?」
「転移!!」
「フフフッ何を血迷ったのです? ここは転移の魔法を使えない場所です!!」
「それはどうかな……」
ベルンフォード辺境伯が言った通り、転送不可能なはずのこの場所で彼女はかき消えていく。
アルベルトは目を見開き、慌てて攻撃を加えようとする。
しかし、もう既に遅かったベルンフォード辺境伯はもう半ばまで消えており物理攻撃が効くような状況ではない。
「何故ッ!?」
「抜け道っていうものはどこにでもあるのさ」
その言葉を残しベルンフォード辺境伯はその場から完全にかき消えた……。
「クククッ、お待ちしておりまじたぞ次期魔王陛下」
魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナーク。
陰湿で、他者を見下す体質、力あるものには媚びへつらう。
だが、俺、四条芯也がゾーグより強く見えると言う事はありえない。
今の俺は確かに魔族の力を解放している、そのためある程度は実力が読めるだろう。
それでも、全力を出してゾーグに勝てるか、と言われれば難しいと言わざるを得ない。
魔力だけならば、ゾーグは俺の倍以上あるのだろうから。
「クククッ、歓迎の準備は整っておりますぞ」
「へぇ、どんな歓迎なのかな?」
「もちろん、その魔王のマントを歓迎する宴のな!」
「……なるほど、らしいな」
俺の周りには、いや正確には俺とゾーグの周りには黒いもやが発生している。
それはだんだんと周囲の空間を曖昧にし、何か石でできたビルのような場所に変化していく。
石のビルは、無数に乱立しており、大小様々、無機質が過ぎて正直長居したくない場所だ。
「魔王の座を賭けた戦いに、己と、己の能力、そして己の武装以外の何物も使われてはならぬ。
武装もまた、肌に触れていて己の意思で動かぬもの等色々条項も厳しくての。
だから、部下にはお主だけ通すように言っておいた」
「なるほど、それで追いかけてこなかったのか」
「左様、そして1対1になるようにして見せた訳だ」
「だが、1対1だからといって、フェアな訳じゃないだろ?」
「クククッ、察しがいいな。つまりはこう言う事よ!」
唐突に、ゾーグが分裂した。
その数ざっと10、全員が紫色の肌、大きな角、4本の腕、そして禿た頭を持つ。
こいつが規約違反をする訳はない、恐らく望みうるギリギリの違反にならないラインを突いてくるだろう。
そもそも、今の俺達の魔力量ならば高めたりせずとも魔法を放つ事ができる。
つまり、詠唱による魔力の強化は大魔法を行う時だけで十分という事だ。
そして、ゾーグはそれを実証してみせる。
「「「「「「「「「「火球よ!」」」」」」」」」」
全員が、1mくらいの大きなファイアボールを俺に向けて放つ。
小手調べ何だろうとは思うが、普通には対処できない。
俺は大きくジャンプすると、ファイアボールに向けて、指先をつきつける。
「火球よ!」
同じ呪文、コピーだといってもいいだろう、そう言う魔法。
ただし、魔法とはいえ、高熱と高熱がぶつかり合えば爆発が起こる。
連鎖的に爆発し、10発の火球は全て消滅した。
幸いにして、俺は今、マントをつけているため飛行そのものに支障はない。
しかし、ゾーグとてそれくらいは予想済みだったのだろう。
既に雷撃の詠唱を終えていたようだ。
「「「「「雷よ!」」」」」
半数が唱えた雷撃の呪文を俺に飛ばす。
詠唱というよりも、詠唱を圧縮し起動文だけで発動しているようなもののようだ。
無詠唱と違い、火力の低下をしているようにも見えない。
流石というところだろう。
「我は掲げる! 氷の大盾エスピノア!」
「「「「「氷よ!」」」」」
俺は雷を氷の壁を作り出して防いだが、その直上に凍の塊が落下してくる。
それらの衝撃から身を守るため、高速飛行呪文で氷の間を縫って飛び出す。
ゾーグはどういう理屈なのか分からないが、分身全てが魔法を使えるようだった。
「クククククッ」
「クククククッ」
「よもや我に」
「その程度の力で挑むとは」
「我も舐められたものよな!」
確かに10人の相手はきつい、しかし今の所さほどの威力はない。
本気を出していないだけか、それとも出せない理由があるのか?
どちらにしろ、確かにこのままではらちがあかない。
何より、この空間が一体どういう構造になっているのかもわからない。
石のビル群はどれも、無機質で特にゾーグが有利になる要素はない。
邪魔が入らないようにするといっても、むしろゾーグの味方の方が多いはず。
つまり、この空間は何らか、ゾーグに利する所があるはずなのだ。
しかし、このままでもジリジリと追い詰められていくだけ。
一度試してみる必要があるのは事実だった。
「ならば一つ、やってみるか。ハァァァッ!!!」
バカバカしいが、何と言うかドラゴンボールの気を放出するような感じで魔力を解放する。
現在の俺の魔力は3000GB(ゴブリン3000匹分)の魔力がある。
フィリナを優に超えるだけの魔力を俺はアイヒスバーグの魔力貯蔵施設で手に入れていた。
「「「「「炎よ!」」」」」
「「「「風よ!」」」」
それを察知したのだろう、ゾーグ達は先ほどと比べ物にならない大規模で魔法を繰り出してくる。
しかも、炎と風が合わさる事で炎の嵐と化して周囲の空間ごと俺を焼きにかかる。
俺の周りにあるビル群が幾つか、液状化を始めていた。
800度〜3000度がマグマの温度らしいから1000度以上にはなっているだろう。
だが、それだけではなかった……。
「星よ、来たれ、敵陣を破壊し全てを焦土へと変えよ!! メテオフォール!!」
炎を結界で防御している今の俺にメテオは確かに致命的。
しかし、今の俺がいつもの俺と同じだと思ってもらっては困る。
俺は魔力というものの本質を理解しつつあった。
そりゃあ、あれだけ魔力を吸収放出と繰り返していれば分かるのも当然だろう。
そして俺は覚えている、ラドヴェイドがやった事を……。
「炎の魔力よ、風の魔力よ、我が手に集え。盟約を持って魔王が命ずる。
力は我に従い、我が敵を討ち滅ぼせ」
俺は炎と風を形成している魔力を分解し、自らの魔力に変換していく作業に没頭する。
ラドヴェイドと比べればそのスピードは遅々としたものだが。
幸いにしてメテオは宇宙からゴミ等を落下させる呪文、その威力は凄まじいが効果が出るまでに数分かかる。
効果範囲が広すぎて避けるのはほぼ不可能だが、術師とその周辺は結界で守られている。
どうにかして潜り込めば無傷で済む、しかし、それが出来れば世話はない。
ならば、もう一つの方法、回避を試せばいい、大きいし早いとはいっても、余波程度なら防ぐ事は出来るだろう。
俺が周辺の炎や風の魔力を粗方吸い込んだ頃、メテオが目視できる所まで近づいてきていた。
「はぁぁぁ!!」
吸収した魔力を纏わせ、接近する拳大の隕石を見る、あれの半径20mくらいは待機摩擦で火を吹いている。
そして、落下してくる隕石の数は10個程度、その範囲から逃れるには50m。
そして爆発から逃れるには恐らく200m〜300m程度はかかる計算だ。
だが、今俺は真っすぐ上に向かって加速している。
魔力変換を実行しながら既に100m以上上昇していた。
後は、少しくらい炙(あぶ)られても隕石を回避しながら上昇して行けばいい。
幸いマントの飛行能力は魔力さえ込めれば加速減速思いのまま。
今の魔力なら毎秒300m(時速1080km)なんてのも可能だ。
いわゆる、音速、マッハ1と言う奴。
その衝撃は当然体に跳ね返ってくる、出せるからといって無事で済むかは分からないが……。
何としてでも、突破しなくてはならない。
「「「「貴様何をするつもりだ!?」」」」
気がついた数人のゾーグが焦るような言葉を吐く。
なるほど、全員が同じ意思で動いている訳ではないようだな。
ただ、意思疎通は何らかの方法で行っているのだろう。
一致しすぎている。
そんな事を考えながらも俺は加速、隕石が降って来ない位置を確かめながら上昇していく。
音速に近い速度とはいえ、相手は完全に音速を突破している。
すれ違うのは一瞬だった。
回避には成功したはずだが、衝撃波に引っかき回されたのだろう俺は錐揉みしながら飛んでいた。
そして、次の瞬間、隕石が地面に衝突、俺はあおられて更に上空にふっ飛ばされる。
「「無茶な事を考える男だ」」
「だが、我から逃れられると思うな!」
下から飛び上がってきた3人のゾーグ、そして残る7人は地上で攻撃魔法らしき光を作り出している。
状況は全然好転していないようだった、このままではジリジリ押し込まれてしまうだろう。
だがこれは、俺が望んでいた状況でもあった。
「ゾーグ、さっきの魔法でお前の魔力は記憶した」
「何を!?」
ゾーグの一人に取り付く、ゾーグは俺から離れようともがくが、俺が魔力を吸い上げているため力が出ない。
他の2人のゾーグは俺に向けて低レベルながら速射の効く攻撃魔法を連発してくる。
俺は、捕まえたゾーグを盾にしてそれを防いだ。
捕まえたゾーグの魔力は俺に吸収され、俺の魔力は3割ほど強くなった。
そう、4000GBくらいまで増幅していた。
さきほどの隕石に煽られてついた傷もほぼ修復され、俺の優位度は僅かながら上がっていると言っていいだろう。
もっとも、そのせいで警戒されて、他の奴らが遠巻きに見ている状態だが。
捕まえたゾーグを放り捨てる俺、死ぬとは思えないが次の相手をするには少々重い荷物でもあった。
「流石は魔王候補と言った所だな、我が分身を破るとは。
だが、その程度で勝ったつもりではないであろうの?」
「まさか、他のも同じ手で行けるとは思っていないさ」
「まあ、それも終わりではあるがな」
「ッ!?」
いつの間にか、俺は魔法陣に囚われていた。
そう、9人による立体魔法陣、恐らく他の魔法を唱えながら準備していたのだろう。
それぞれの拘束力はさほどでもないが、9つの魔法陣がそれぞれを補い合うように出来ている。
そして、既に唱え終わっていた下にいる7人のゾーグが大型魔法を解き放つ。
「なっ!?」
「炎よ!!」
「風よ!!」
「水よ!!」
「氷よ!!」
「雷よ!!」
「毒よ!!」
「闇よ!!」
俺に向かって放たれる7つの魔法。
詠唱に時間をかけていただけあって、
どれも大型ファイヤーボール10連発とは比べ物にならない威力を秘めている。
人間なら多少いい装備をしていても即死は免れないだろう。
今の魔力が爆発的に上昇している俺でも1発2発なら何とかなるかもしれないが、全弾に耐えられはしない。
何より、それぞれ属性の違う7つの魔法一つ一つに対処する等できるはずもなかった。
だが……。
俺がゾーグと同じように、脳内で詠唱を済ませ呪文を完成させるには十分だった。
思考に魔力を乗せるなんて普通では不可能かもしれないが、今の俺達の魔力量なら難しい事では無いという事だ。
ゾーグは気付いたようだったがもう遅い。
俺は拘束している魔法陣の魔力を変換し、魔法に向けて放つ。
「拘束!」
それぞれの魔法は魔法を拘束する魔法という特殊なものを受けて動きを止める。
もっともそんなに長い時間できる魔法ではない、威力が違う以上数秒で拘束は突破される。
しかし、俺はその間に魔法の推進方向をずらしてやる。
広範囲魔法だったので俺を追跡するような呪文ではなかった事が幸いした。
そしてそれらの魔法は持ち主へ向けて再度射出される。
「「「「「「「おのれー!!!」」」」」」」
7人のゾーグは魔法を相殺するために多量の魔力を消費して強固な結界を作る。
しかし、防ぎきった事で少なくとも魔法そのものの倍以上の魔力を消費していた。
だがそんな事をしているうちに、残り2人のゾーグは俺に迫っていた。
こいつらは魔力で身体能力をブーストしているのだろう今までの数倍の速度で俺に迫る。
「死ねぇッ!!」
「散るがいいッ!!」
彼らはそれぞれ4本の腕とその爪を伸ばし、腕はまるで鞭のようにしなり、爪はまるで剣のように鋭く切れる。
接触した場所は容赦なく切り裂かれた事から、その速度とパワーが伺える。
体に複数の浅い傷を付ける事になった。
毒は当然塗られていたが、魔族に対しての効きが弱いのか、魔力で吹き飛ばす事ができた。
そして、苛烈な攻撃ではあるものの、武術等をかじった事のある動きではなかったのも幸いした。
俺はとっさに、腕の一つを掴み取る。
かなりの衝撃がきたが、空中にいるためさほど問題にはならなかった。
ただし、体勢は少し崩れる。
だが、そのまま俺は攻撃してきたゾーグの魔力を吸収しつつ、マントに魔力を送り込む。
「行くぞ!」
「何ッ!?」
俺は近接を仕掛けてきたゾーグの1体を、さきほど掴んだゾーグを叩きつけて空中から叩き落し、
そのまま加速、ゾーグ達めがけ音速で突撃をかける。
身体能力が多少上がっていても。
いや、例え鉄より硬かったとしてもソニックブームに巻き込まれれば吹き飛ばされるしかない。
100kgや200kg程度の体重は音速の敵じゃなかった。
10体のゾーグは宙を舞い、何度も何度もソニックブームにより吹き飛ばされた。
今の俺は5000GB近い魔力がある、恐らくゾーグともほぼ同等だろう。
貴族クラスなら圧勝できるほどの魔力がある、これならばと、俺は止めを刺しにかかる。
こいつは恐らく、死ぬまで魔王の武具を手放さないだろうからだ。
「まっ、待て!! 魔王の小手を渡す!! だから殺さないでくれ!!」
「嫌だね!!」
うちの一人がそんな事を言い始める。
しかし、こいつのいう事を信用する事は難しい、それに今の状況は俺が気を抜けば簡単にひっくり返る。
相手も回復等すぐさま行えるだろうし、何より10人のうち誰が本物なのかも分からない。
この状況で勝てなければ負ける可能性が高い。
俺は絶対にここで攻撃を止める気はなかった。
「イシガミが帰れなくなってもいいのか!!?」
「ッ!?」
「イシガミには召喚直後に呪いをかけてある!
帰還しようとすれば死ぬ呪いをなぁ!!」
「なん……だとッ!?」
俺は一瞬動きを止めてしまった、それは恐らく勝機を逃した瞬間だったのだろう。
なぜならば、奴は俺に対する主導権を握ったのだから……。
「ならば、今すぐ呪いを外せッ!!」
「それは無理だな、何故なら……もう貴様に勝ち目はないからだ!」
「騙されるか!! 時間稼ぎなどさせん!!」
俺は再度ソニックブームによる攻撃をしかけようとした。
しかし、それは適わなかった……。
何故ならば……。
「この世界は、我に都合のいい世界だ。
この世界で我は、任意に時間を巻き戻す事ができる!!」
「なっ!?」
「巻きもどれ! 石の時計!!」
その言葉と共に、攻撃を仕掛けていた俺はどんどん後ろ向きに飛びまくり、
10人の攻撃は全て本人に帰っていく、それは正に動画を巻き戻しているような形で。
そして感覚的には数秒ほどの間に、全ては戦闘を開始したタイミングに戻った。
「この世で最も怖いものは何か分かるかね?
それは未知だ、しかし、この世界、石の時計の世界において未知とは脅威ではない。
その度に巻き戻せばいいからだ、そうすれば既知になる。
私は何度でも世界を巻き戻し、自分が勝利するまでそれを続ければいい。
さて、この絶対無敵の空間で我に勝つ事ができるかな?」
「クッ!!」
しかも、それだけではなかった。
巻き戻したはずなのに、さっき10人だったゾーグは11人に増えていた。
この分身は何故増えたんだ?
一体どういう法則で時間を巻き戻している?
唯一つ分かっている勝利可能な方法は全員を同時に倒すという事だが、それ以上は分からない。
当然次は向こうも警戒してくるだろう。
「11人に増えたところで、貴様にとって最悪な事を教えてやろう。
この魔王の小手は、11人全員が本物を装備している。
そして、その能力は魔力の増幅だ!!」
ゾーグ達は11人全員が魔力の増幅を発動した、全員が魔力を一気に膨らませる。
その魔力は10000GBはくだらないだろう、つまりざっと見て11万GBの魔力。
元に戻った俺の魔力は3000GB、その差36倍強……話にすらなっていない。
そして、さっきの俺の戦法を計算に入れ、魔法は魔力の質が秒単位で変化する特殊な魔法で攻撃してきた。
通常の半分以下のその威力は、しかし、魔力が倍になった事でほとんど遜色の無いものとなっている。
ぶつけられる魔法だけで俺の対処は追いつかなくなっていた。
「「「「「「「「「「「「クククッ、ハーッハッハッハ!!!」」」」」」」」」」」
楽しげに、本当に楽しそうに俺に特殊な魔法をぶつけ少しづつ削っていくゾーグ。
恐らくだが、今なら全員の魔力で巨大魔法でも唱えれば俺なんて蒸発するほどに消し飛ばせるだろう。
しかし、恐らくはゾーグの性質、弱いものをいたぶる性質がそうさせているのだと分かる。
俺にとって見ればありがたい事でもあるが……。
今の俺には、逆転の目が見えない……。
一応切り札は用意してある、だが……それを今使っても恐らく巻き戻されて終わるだけ。
何とか先にこの空間を切り崩さなければならない……。
一体どうすればこの空間を……。
「そらそらどうした!!」
「その程度で魔王候補とは笑わせおるわ!!」
「魔法というのはこう使うのだ!!」
「この程度でもう何もできないのか!?」
「クソッ!!」
ゾーグは挑発を繰り返している、恐らく俺に切り札を使わせるのが目的だろう。
それを見て、また巻き戻すつもりでいるのだ。
既に、決着はついているに近い、ここで逆転の札を使わせれば自分のものに出来ると考えているのかもしれない。
魔力は倍加しているのだから、当然前と同じ威力では倒す事ができない。
前をはるかに上回る攻撃力を見せるか、何らかの方法で無力化を図る必要があることは分かっているはずだ。
だからこそ、俺に切り札を使わせたがるのだろう。
だが、それに答える事はできない、やるならば先ずこの空間の破壊からだ。
どうすればいい……。
「つまらん!」
「そろそろ終りか?」
「我を楽しませる事すらできんとは」
「早々に死んでもらうしかない」
そろそろゾーグは痺れを切らしてきたようだ。
俺がいつまでたっても切り札を出さないでいるので、もう無いものと思ったのだろう。
4人が牽制攻撃を続け、残りが大呪文の発動にかかっていた。
どの魔法も特殊な加工をかけているのだろう、吸収するのは難しそうだ。
これは本当に絶体絶命だろうか、俺は体中の痛みに顔をしかめながら、それでもチャンスを待っていた。
「まだ……、まだだ。まだ終わる訳にはいかない……」
「口で何を言ってももうお終いよ!!」
「貴様が死んだあとは我が魔王となりこの世界から人族を駆逐してくれよう!!」
「さあ、終わりだ!!」
意地でも負けない、負けてやるものかという意思、そして相手の弱点を探る事を辞めた訳ではない。
しかし、流石にもうどうにもならない、抗いつつも俺はどこかで終わりを感じていた……。