「ちょっとあんたっ!!」
「げぶほぉっ!!」
7月20日。
夏休み当日と言う学生にとっては輝かしきその日、光は歩行者専用に整備された道の脇にあるベンチで、近くにあった自動販売機で買った“レモンティー”を飲んでいた。
その黄色のアルミ缶にでかでかとプリントされたレモン。
もはやそれは“ティー”とは言いづらく、味もほとんどレモンだが、さらに厄介なことに、砂糖の量が尋常ではないため、激甘となっている。
だが甘党である光にとっては、夏の暑い日にはもってこいの飲み物だ。
そしてそんな彼は突如だれかに後ろから声をかけられ、驚きのあまりに間抜けな声をあげてむせ込んだ。
「なにやってんのよ・・・」
「げほっ!げほっ!君が悪いんだろっ!?いきなり大声を出すからこうなるんだよっ!!・・・ところで、僕に何か用かい?」
光がそう言って振り返る。
声の正体は学園都市Level5の第3位、御坂美琴だった。
「あんた、
幻想御手について嗅ぎまわってるって本当?」
御坂のその言葉を聞いて、光は一瞬眉がピクリと釣り上がる。
彼女は一体どこでそんな情報を耳にしたのか・・・
「・・・なんでそんなこと知ってるの?って顔してるわね。いや、あれだけ派手に不良たちをボコボコにしてれば嫌でも耳に入るわよ・・それに木山春生って先生から聞いたの」
「・・・・・・・確かに・・・」
ある意味うっかりというか、間抜けというか・・・
とにかく光はやはり爪が甘い。
彼の性格を例えるのなら、ど真ん中の1ピースが欠けているパズルのようなものなのだろうか?
「ともかく、それを知って君はどうしたいのかな?」
「あなたが犯人でいらっしゃるのであれば、ここで拘束させていただきますし、何か情報を掴んでいらっしゃるのであれば、是非教えていただきたいんですの」
そういってどこからともなくテレポートしてきたのは御坂の奴隷(自称)的な白井黒子だった。
「う〜ん・・・こう見えても僕はそんなお人よしじゃないんでね。何か見返りがあれば教えてあげるよ」
「「見返り?」」
御坂と白井が同時に訝しげに眉を細め、首を傾げる。
「いや〜、この前佐天って子がいたでしょ?その子のアドレスを・・・って御坂さん?」
光がそんな呑気なことを言っていると、なぜか御坂の方から電撃特有のバチバチと言う音が聞こえる。
思わず冷や汗を掻いてベンチから立ち上がって後ずさりする光。
「あんた
も・・・そう言うのが好きなのかぁぁぁ――――っっ!!!!」
「“も”ってなんだぁぁ――っ!!」
ある意味正しい疑問を投げかけて光はその場から逃走した。
彼の後ろを御坂が追いかける。
白井はそんな様子にため息を吐きながらテレポートで追いかける。
「待てぇぇぇぇ―――――っっっ!!!!」
「光先輩、別に私は構いませんのですが、もし何かしら情報を教えていただければお姉様をお止しますが?」
「なんだいその脅しはっ!!」
光は走りがら並行してテレポートを繰り返しながら走る白井に叫ぶ。
とは言ってもいくら御坂が鍛えているとは言っても、高校生男子と中学生女子の体力と脚力など差があって当然だ。
それに光は軟弱ではない。
裏方の仕事のために毎日トレーニングはしている。
そのため御坂と光の距離は少しづつだが、確実にひらきかけている。
残るは・・・
「どうかしましたんですの?」
光は走っている隣でテレポートを繰り返す白井に目を向ける。
テレポーターから逃げるなど正直無理だ。
能力を使って逃げることも出来るだろうが、Level3という建前、あまりオーバーな能力を行使するわけにもいかない。
「(しかたないか・・・)」
そう思った光は、そこで急に止まった。
それを見た白井も、首を傾げながら彼の隣で止まる。
最後に御坂が若干息を切らしながら2人に追いついた。
「そんなに
幻想御手の情報が欲しいの?」
そんな御坂とは対照的に息切れもせずケロリとしている光。
「そ・・そりゃ・・・欲しいけど・・・なんで先輩がその
幻想御手を追ってんのよ!」
御坂は息を整えながら光に疑問をぶつける。
「まぁ、長点上機でも結構被害者がいてね?それで生徒会長自ら事件の捜査ってわけさ」
実際は理事長の命なのだが、いちいち説明するのは面倒なのでその辺りは省いて光は答える。
「意外ですの。長点上機と言えば、常盤台と並ぶ超名門高・・・そんな学園の生徒が
幻想御手に手を出すなんて・・・」
「あそこでは能力至上主義だからね。Level3とLevel4じゃ全く待遇が違う。あそこでは例えLevel3でも、
無能力者のようなものだからね」
「そんなLevel3でも高待遇のあんたはどうなのよ?」
「ふふ・・僕はいろいろとスペシャルだからね」
御坂が目を細めて訝しげな目で光を問い詰めるが、彼はそれを誤魔化してウィンクをする。
それを見た白井もどこか疑り深い目を光に向けている。
「まぁともかく・・・君達は一体何を知りたいんだい?僕が知って、答えられる範囲のことなら答えるよ」
「では
幻想御手とはそもそも何ですの?」
「ん〜・・・簡単に言えば音楽データかな?」
「「音楽データ?」」
御坂と白井は光の言葉に首を傾げる。
「そっ!それを聴くと能力が上がるってわけ」
「そんな都合のいいもの・・・」
思わず噤んでしまう御坂。
そんな便利な物があればだれもこの先、能力開発において苦労などしないだろう。
しかし・・・
「その副作用で使用者は意識不明になると・・・?」
「原因はわかんないけどね」
「(まぁ嘘だけど)」と心の中で呟く光。
御坂と白井は何か悩んでいるようだ。
2人には悪いが、光としても理事長の頼みを
無碍には出来ないため、
風紀委員や
警備員より先に犯人を見つけて縛り上げる必要があるのであまりヒントを教えるのは得策ではない。
それに彼はこの事件に関して何か嫌な予感がしていた。
第六感・・・はもう開発されてるのでここは動物的本能の直感と言っておこう。
ともあれ何か不味いものが裏にある。
そんな気がしていた。
光はこの学園都市に来たその時からずっと暗部の仕事を任されてきた。
その経験も影響されているのだろう。
「(やっぱり脳内ネットワークのことは3人には言うべきじゃないかなぁ・・・?この事件は僕1人で片づけた方がよさそうだ。そっちの方が派手に能力も使えるだろうし・・・)」
光の思う3人とはもちろん生徒会のメンバーたちだ。
彼は彼なりに3人のことは大切に思ってしたし、守るべき存在だと思っている。
しかしそれは1番ではない。
もしその1番を守るために3人を殺せと言われたら、光は迷わず彼らを殺すだろう。
その後に訪れる後悔と自責の念はともかくとして・・・
だからこそ光は3人を“闇”には巻き込みたくなかった。
汚れるのは自分だけで十分だ。
「僕も甘いな・・・」
「えっ?なに?」
「ん?こっちの話」
思わず苦笑しながらそう呟いてしまった光を、御坂が不思議そうな顔で見ている。
ともあれこの2人・・・いや、この前いた花飾りの少女と直球ド真ん中ストライクであったあの少女を入れれば4人だろうか?
その4人より先に犯人を見つけなければ・・・
「じゃあ僕はこの辺で失礼するよ」
「ちょっと待ったぁ!!」
光はその場で踵を返して立ち去ろうとすると、御坂が彼の肩を掴んで引きとめた。
しかも何故かその顔は赤い。
「・・・なんで顔が赤いの?」
「べ・・っ!別にいいでしょっ!!ただ暑いのよっ!!そんなことより携帯貸しなさいっ!!」
「え・・っ!?ちょっ・・・!!」
そう言って彼女は光のポケットから携帯をひったくると、自分の携帯を取り出し、何やら赤外線通信をはじめる。
光と白井はそんな彼女の行動をポカーンとして表情で見ていた。
「これでよしっと!」
そう言った御坂の顔が少し嬉しそうなのは光の気のせいだろうか・・・?
「・・・一体何したわけ?」
「た・・っ!ただ連絡先を交換しただけよっ!!勘違いしないでよねっ!?お互い連絡先がわかればいろいろと都合がいいと思ってやっただけなんだからっ!!!」
顔を真っ赤にして
捲し立てる御坂。
別に僕は君の連絡先なんて知らなくても困らないんだけど・・・と言おうとした光だが、ここでそれを言ったらシャレにならない電撃が飛んできそうだったので、なんとかそれを呑み込んだ。
隣では何やら白井が黒いオーラを撒き散らしながら「やっぱりお姉様は・・・しかしあの野蛮人よりは幾分・・・・・」などとわけのわからないことを口走っており、さらにはいきなりこの世のものとは思えない奇声を発したかと思うと、突然頭を地面に思い切りぶつけ始める。
そのあまりにシュールな一連の光景に、光でなく、御坂までドン引きしている有様であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あぁ〜・・・なんだろ・・この倦怠感・・・」
なんとか常盤台の(光的に)問題児な2人組から解放された光は、夏の照りつけるような日差しの中を半ば猫背のダレた様子でウダウダと歩いていた。
今彼がいる場所は、先ほどの場所から1kmほど離れた広場だった。
そこではちょうど“冷たいアイスで猛暑を乗り切ろう!!”キャンペーンが行われており、何件もの出店がいろいろな種類のアイスを販売していた。
その様子を見た光は思わず涙を流して「天国だ・・・」と呟いてしまったほどである。
さっそく彼は目をキランキランさせて全てのお店で一番人気だったアイスを全て買い込んだ。
相変わらず店員はどこか引きつった笑みを浮かべてたが、アイスに夢中の光が気づきことはなかった。
そして彼は買い込んだアイスをなるべく溶けないよう大事に抱え込み、座る場所はないかとキョロキョロと辺りを見渡す。
しかし周りに設置された椅子や机は皆空いておらず彼はどうしようかと悩んでいた。
すると彼がふと目を向けた先に、何やら落ち込んでいる様子の佐天がため息を吐いて座っていた。
その机は2人が座れるのだが、片方が空いている。
普通の人間ならここは「そっとしておこう」といったレベルの落ち込みようなのだろうが、生憎と光は普通ではない。
しかも今は命の次に大事な“アイス”を抱えている。
彼は迷うことなくまっすぐとその席にむかっていき、ずうずうしくも座った。
「光先輩っ!?」
「
しふれいふるほ・・・」
佐天はいきなりの光の登場に驚きの声を上げた。
彼はそんな彼女などお構いなしにすぐさま買ったアイスの1つをプラスチックのスプーンで大量に
掬うと、それを口に放り込みながら話す。
それを「相変わらずですね〜・・・」と言って苦笑いしながら見ている佐天。
傍からみたら“相変わらず”と言うよりもはや“病的”だ。
「・・・なんか悩んでるみたいだけど、どうかしたのかい?」
口にいっぱい詰め込んだアイスを口の中で溶かしながら咀嚼した光は、佐天に向けて唐突に尋ねた。
「えっ?いや、大したことじゃないんですよ・・?」
笑いながらそう言った佐天だったが、光にはそれがどこか悲しく見えた。
「まぁ何を悩んでるのかはわからないけど、いっそこのお兄さんに話してみたら?」
そう言いながらも光はアイスを口に運ぶ動作を止めない。
全く真面目なのか怪しいものだ。
しかし佐天はそれを聞いて何かを決心したのか、ゆっくりと口を開き始めた。
「先輩は
幻想御手を知ってますか?」
「知ってるよ。最近有名だもん」
「実は私、今それを持ってるんです・・・」
「・・・それで?」
俯く佐天を見て、光の顔が少し真剣になる。
「その・・えっと・・・」
「
幻想御手を使うべきかどうか迷ってるんだね?」
「・・・はい・・白井さんは使用者を保護するって言ってたから私、怖くなって・・・」
「使えばいいんじゃない?」
「へっ!?」
光のあまりにあっさりとした答えに佐天はキョトンとした目で彼の方を見た。
「まぁ後で取り返しのつかないことになっていいってならだけど・・・」
「どういう意味ですか?」
「聞いてないのかい?
幻想御手を使った人間は意識を失うんだよ。僕の学校も被害者が結構出てるから生徒会としてこの件を調査してるんだ。だからそれだけは確実に言えるよ」
「そっ・・そんな・・・」
佐天がそう呟いて驚く。
「僕が言うのもおこがましいけどさ、別にレベルが全てってわけじゃないでしょ?」
「でもいつも私だけ置いてきぼりなんです!御坂さんは学園都市が誇るLevel5の第3位だし、白井さんもLevel4の
空間能力者で、初春は
風紀委員・・・私だけ
無能力者なんです・・・みんなが頑張ってるのに、いつも私だけ・・・」
「じゃあそんな迷える君に。ある能力者の話をしよう」
「・・・はい?」
いきなりそう切り出す光に、少し戸惑う佐天。
しかし光はそんな彼女に構わずに話を続けた。
「あるLevel5の話さ。その人は元々はLevel0の無能力者だった。でもあるとき、いろいろな偶然が重なって突如Level5になったんだ。でもそのせいでいろいろな組織がその人を狙い始めた。その中でその人は大切な人を失って壊れてしまった・・・今でもそれが彼を縛り付けているんだ」
「そんな突拍子もない話・・・」
「ふふふ・・・まぁこれは例え話みたいなもんさ。でも実際に起こりうることだよ。出来れば僕もこんな能力はいらなかったさ・・・」
光はそう言って佐天に目を向けた。
しかしその目は彼女を見ているのではなく、どこか別の遠い場所を見ているように感じる。
「美琴ちゃんだってそうさ・・まだ本人は気付いてないだけだけど・・・」
佐天は光の言っている意味がわからず首を傾げた。
だがなんとなくそれが良い話ではないのは雰囲気で感じ取れる。
「涙子ちゃんも気をつけた方がいいよ?あんまり力を求めると、その力で破滅しかねないし、それに僕は美琴ちゃんや黒子ちゃんや飾利ちゃんにはできない、君にしかできないことはあると思うよ?それは小さいことかもしれないけど、きっと友達を助けられるさ。それを君が一番に望んでいるのだからね」
「私にしかできないこと・・・」
佐天がそう呟くと、光は少し笑って「さてと・・・」と言って席から立ち上がる。
いつの間にかアイスは食べつくされており、大量の空のカップだけが机の上に重ねて置いてあった。
「じゃあ僕はそろそろ行くよ。じゃあね♪」
そう言って光は重ねてあったカップを持ち、その場から立ち去ろうとする。
すると佐天も立ち上がって急に「ありがとうございました!」と言って頭を下げて礼を言った。
「いや、別に僕はそんなお礼されるようなことはしてないんだけどなぁ・・・」
「いえ!光先輩のおかげで私も吹っ切れました!
幻想御手は使いません!」
「そっか・・まぁ君の選択だから僕がどやかく言えたものじゃないけど、がんばってね」
「はい!」
そう返事をする佐天の顔にもう先ほどのような落ち込んだ様子はなく、今は晴れ晴れとした表情をしている。
だが光はそれを振り返って見ることはなく、彼女に後姿を見せたまま大きく手を振ってその場を後にした。