「おおー、金色の魔物以外にも変わった魔物がいっぱいいるのだ!
どれも動物に似てるのだな」
5色の魔物を見て、海賊帽と黒い格好をしたティスカ・フィレモニールはそう感想をつける。
確かに、それぞれ金色は獅子、白銀は虎、青銅は羊、黄銅は牛、白金は鷲の形をしている。
この5色の力を使ったはずの黒騎士があの程度で倒れたのはティスカですら不思議に思える。
何故ならこれらから伝わる力は、それぞれが黒騎士よりも強い力だからだ。
「なんで勝てたのだ?」
「パスティアがあいつを討ち抜いたから……だけど」
そう、確かにあっさりしすぎていた。
何か意図を疑いたくもなる、ティスカが気がついたのだ他の全員もその程度の事は気が付いている。
しかし、だからと言って目の前の事実、黒騎士が倒れ5色の魔物が目の前にいる事実をどうする事も出来ない。
そして、当然ながらシンヤは今魔将相手に1対1という無謀としか言いようのない戦いをしているだろう。
今なら手助けが出来るかもしれなかった。
「フィリナ……、お願い」
「はい、マスターはかなり追い込まれているようです。
今から魔力をマスターに……、幸いにしてここに5色の魔物が揃っています。
その魔力をマスターに送りましょう」
「そうね……、どこか出来過ぎている気がしなくもないけど……」
そう、2人は不安を感じていた倒した黒騎士に手ごたえがなかった事がその原因だ。
だがそれだけではない、呼び寄せた魔物の使い方が単調だった事も気になるし、
だけど今は私達は私達に出来る事をするしかない。
「ホウネン、ヴェスペリーヌ。構わないかしら?」
「ええ、構いませんよ」
「……」
「貴方達には周辺状況の確認をお願いしたいの」
「了解しました」
「(こくり)」
つるつる頭のホウネンとグルグルメガネのヴェスペリーヌに用を言いつける。
実際今は警戒しないといけない。
この魔物達を使う為にも、中断出来ない作業になるだろうから。
「続けてティスカ。この魔物達を逃げないように出来る?」
「やってるのだ。おにいちゃんの為になるのだな?」
「ええ、今出来る唯一の援護……のはず」
「分かったのだ!」
ティスカに魔物達と交流を持ってもらう、さっきも言ったけど少し不気味ではあるけど。
それでも他に援護の方法も無いし、それに……恐らくシンヤはそのままでは勝てない。
魔力の強弱以外にも、戦ってきた年季も違う。
魔王の知識である程度フォローするにしても、体がついて行くかどうか。
「エイワス、ティスカの護衛をお願い。私達も周辺の警戒をするから」
「分かりましたレィディ、しかし、無理は禁物ですよ。
特にレィディフィリナはこの後魔力をボゥイに渡す作業があるはずです」
「分かってる、そう遠くにはいかないわ。フィリナも問題ない?」
「はい」
そうして私とフィリナは2人で周辺警戒に出た。
ホウネン達には城側を頼んでるので、私達は退路の確認。
でもそれは半ば口実だった、私は一つだけフィリナに聞いておきたい事があった……。
「ねぇ、フィリナ」
「なんでしょう?」
「シンヤの事好き?」
「……どういう意味です?」
シンヤがいない時、フィリナはこうなる。
つまり、周囲への関心が低い。
シンヤとその他と十派ひとからげにしているように見える。
彼女は元々勇者のパーティのメンバーであり、リーダーのレイオス王子の想い人でもある。
彼女自身、生前は恐らくレイオス王子の事が好きだったのだろう。
けれど……。
「貴女、既に殆ど使い魔の強制力は受けていないのでしょう?」
「ですが、あまり離れると死に、マスターが死ねば死ぬ。手詰まりなのも事実です」
「それでも嫌なら言う事を聞かない事も出来る。違う?」
「……」
フィリナは沈黙する。
彼女が生前の彼女と同じ存在なのか、それとも全くの別人なのかは分からない。
けれども、今の彼女は恐らく……。
「そういうティアミスさんはどうなんです?」
「え……」
「マスターと複雑な事情を抱えているようですけど。何度も見捨てる機会はありましたよね?」
「それは……」
口に出しにくい、いいえ……この答えはむしろ私の望む物でもある。
何故ならこう返すと言う事はつまり、彼女もまた……。
「好きよ。私はシンヤの事が好き。
命を助けてもらった、支えてもらった、それを裏切った、色々複雑な事はあるけどそうじゃなきゃここにいないわ」
「……ですね、私も、マスターの事が好きです」
フィリナは優しいほほ笑みで私に返す。
それは互いに言いたい事が分かったと言う事。
「私は弱いわ、パスティアは扱えるけど……戦力としては恐らくこの中でも中の下くらい。
いいえ、一番下かもしれないわね……だから……」
「その先は言わない事にしましょう、私だっていつ翼が白く染まってしまうか分からない。ですから……」
「そうね」
互いに言いたい事は言った。
その間に、後方警戒の偵察はほぼ終了し、私達は戻ってくる。
ティスカも魔物達を従え終えたよう。
なら、私達が次にする事は決まっている。
それは……。
俺は既に嬲られるだけの状態に陥っていた。
いや、既に奴らは大呪文の詠唱にかかっている。
この空間にいる限り、10体に分身したゾーグ達の4本の腕による魔法攻撃を、
いくら回避しようと、逆転しようと時間を巻き戻される。
俺が死ぬのはもうほんの数秒先、回避が出来るほどの魔力も、体力も残っていなかった。
俺は……こんな所で死ぬのか……?
正直全く考えてなかった訳じゃない、俺ごときがいくら策を練っても、力をつけても、所詮付け焼刃。
ここ1年半ほどでつけた戦闘センスと、不相応に強大な魔力、不完全な魔王の知識。
どれも、勝率を100%に近付ける貢献こそしてくれているが、多分その程度は織り込み済みだろう。
俺は結局魔界軍師である彼と知恵比べをしなければならない。
力、技、魔力、どれもが揃っていなければ勝つどころか生き残るのもおぼつかないのが現状だ。
だが……。
「ゲッェッ! ゴホッ!!」
こんなボロボロな状態じゃ……、思考もままならない……。
くそ……このまま死んだら……。
「なかなかしぶといな、大魔法クラスでは死なんか……、熱に強いのならば切り裂いてみるかの」
もう……おしまい……なのか?
俺は、結局……何もできず、何物にもなれずに死んで行くのか……?
「「「エアリアルスラッシャー!!」」」
「「マグナムブレイド!!」」
「「フリーズコフィン!!」」
「「エリミネートブレイク!!」」
「ダークネスアロー!!」
既に動きが取れないというのに、念には念をと言う所か。
ダークネスアローと思しき数百の闇の弾丸を背に、真空波と衝撃波と冷気と身体を凝結させる何かが迫る。
俺は回避等出来るはずも無く、全ての攻撃を直撃させた……。
粉々になって吹き飛んで行く、自分の人生、背負ってしまった沢山の命が……。
やっぱり、英雄や魔王のマネ事なんて俺には向いていなかったようだ……。
済まないフィリナ、すまないティアミス、すまないラドヴェイド、ごめんな皆……。
走馬灯の中で沢山の影を見た気がした……。
俺は肉体がさんざんに切り裂かれ、思考が痛みで途切れ、腕を飛ばし足を飛ばし全ての終わりが……。
「まだ息があるとは……戦略級の魔法を使うしかないな」
「……」
「我の、誘いの下、遥かかなたより来たれ」
もう何も見えない、しかし、まだ呪文の詠唱らしき音は聞こえた。
恐らく止めを刺す気なのだろう……。
しかし、今の俺は指一本動かせない。
「光と闇を越え、時を穿ち、永遠をもぎ取り」
強さが違いすぎた、10体に分身する上に、時間を巻き戻せるなんて反則だろう。
その上、魔力でももう倍以上の差がついている……。
幸いなぜか、思考だけはまだ出来る、だがそれも気が遠くなってきている……。
「かなたよりこなたへ、誘わん! メテオストライク!!」
詠唱が終わった……メテオ……隕石落下の呪文。
どの程度の威力かは分からないが、地形を変えかねないレベルだろうと予想は出来る。
だが、瞬き一つ出来ない今の俺にとってそれは関係のない事かもしれない。
しかし、そんな時、唐突に魔力があふれ始めた。
そう、今まではもう枯れる直前だったこの魔力は、段々と満ち溢れ当初の倍、いやそれを越えて更に上昇している。
一体何が……いや、分かる。
これは、使い魔に魔力を送り込むラインを逆に経由して、フィリナから送り込まれてきた魔力。
なんだこの桁違いな魔力は……。
(マスター、聞こえていますか?)
(ああ、何だこの魔力は……)
(5色の魔物の件は覚えていますか?)
(覚えてはいるが……)
(アレを見つけました、それも5匹全部)
(そうか、つまりフィリナはその魔力を自分を通して俺に……)
(はい、随分とまあ死にかけな様子でしたので。私ごと殺すつもりですか?)
(すまない……)
(いいえ、構いません、ですから……)
(?)
(勝ってくださいね)
(ああ!)
俺達魔族にとって、魔力は力、魔力は活力、魔力はドラゴンボールにおける気と同じような物。
肉体は今凄まじい勢いで活性化しており、バラバラになった体の各部の所に這って行く事で接触繋ぎ直しをした。
大概人間離れした話しだが、今の魔力なら十分立て直せる。
メテオはこの星に向かって落ちようとしているようだが、その前に奴らの気をそらしてやるだけでいい。
それだけで、俺は……。
俺は貰った魔力を体に流し、活性化しつつ、体外に放出を始めた。
それは、奴が10人がかりでメテオを維持しているタイミングに合わさり、
「なっ、何故起き上がる事が出来る!?」
「いや、その魔力はなんだ……今までの3倍……いや4倍以上……」
「まだ上がっているだと……」
「使い魔から何か魔力を吸収しておるのか……そんな強大な魔力を吸収できる魔物等……」
「5色の魔物しかおらぬ!」
「その通り……、お前の部下は俺のパーティが倒したようだな」
俺は今の魔力を大よそ試算する、2万GBを越えているだろうか。
3万GBには流石に届いていないものの、既に奴らを圧倒していると言ってよかった。
何故なら、俺は魔王から引き継いだ記憶によって、魔力による身体能力の強化が出来る。
1万GBの時ですら、奴らを圧倒していたのだ、今の俺の速さに付いて来れはしない。
だが、俺は忘れていない、ゾーグ達のこの時間を巻き戻す世界を破らない限り俺に勝ち目はない。
魔力を貰う前まで巻き戻されれば、恐らく2度目の魔力供給はない。
そう言えば、ラドヴェイドは復活するために3万GBの魔力を必要とするような事を言っていた。
つまり、魔王に匹敵する魔力を持つはずのゾーグが、たかだか1万程度の魔力と言うのはおかしいと言う事。
今までそれに気づかなかったのは、あまりに大きな魔力であるためだ、正直5000GBでも十分すぎた。
何せ貴族にランクされる魔族のボーダーは1000GB前後だろうからだ。
しかし、この結界も、維持するためになんらかの手段を取っているのは間違いない。
魔法陣か、魔力供給か、それとも……。
そう言えば、あの分身、全部自分だからルール違反にはならないと言う事だろうか?
魔王の記憶によれば、この継承争いには強制力が働いているらしい。
他人に手伝ってもらうと即敗北となる、そうするとおのずと相手に魔王の装具が渡る事になる。
つまり、ゾーグが負けになっていないならばルール違反ではないと言う事だ。
だが、あんな分身を自分以外に9体も作り出すとなれば、魔力消費は尋常ではないはず。
それが問題にならないのだとすれば……。
一番可能性が高いのは、あれだろうか?
この世界を形成する石柱はもしや、全てゾーグ自身の……。
だとすれば結界の破壊は最重要課題と言う事になる。
「「ちぃ、ならば巻き戻しで!」」
「「「「「なれば、我らは足止めを!」」」」」
「「「我らはサポートに回る!」」」
不味い!
俺の狙いに感付いたか!?
いや、魔力を奪うのが目的か。
時間さえ巻き戻せば俺は無力でボロボロの状態に戻る。
それもほんの十数秒の巻き戻しでいいのだ。
俺は全力で加速して、結界の外を目指すが間に合いそうにない。
しかし、巻き戻しが始まる瞬間俺は、石柱世界の各所が魔力を放つのを感じた。
これは……。
「行かせぬ!!」
「囲め!!」
「数秒でよい!!」
5人のゾーグに囲まれた格好になる俺だが。
身体能力強化の度合いは俺の方が上だ、加速さえできればなんとかなる!
それに魔王のマントは魔力を込めれば込めるほど加速が可能だ。
「行けるッ!!」
更なる加速でゾーグ達を引き離し。
世界の際にある魔力反応に攻撃を加える!
魔法攻撃は弾かれたものの、そのまま突撃して剣で切りつければ魔力反応のあった物は砕け散った。
「水晶か……」
一つの水晶が砕けた時、世界はガラス細工のように砕け散る。
そして、俺の周りを囲んでいたゾーグ達もまた……。
「ぐぁぁぁぁぁッ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「まさか、ここまでの速さとはぁぁぁ!!」
「魔力がッ!! 魔力が足りぬ!!」
恐らく分身だったのだろう、いや違うか。
可能性、巻戻しの中で消えた可能性のゾーグ達。
それらあの世界の中で起こりえたゾーグ達があの世界の中でのみ意思を持ち動き回る。
つまりは……。
「うぬのようなもどきが、よくぞ結界を破ったと言っておこう」
そう、元のゾーグは当然傷一つもない。
あそこに取り込まれてからは、恐らく高みの見物を決め込んでいたのだろう。
11人目のゾーグと言う事になるか、つまり俺の相手をしていた奴らは全員可能性の中のゾーグと言う事だ。
そして、結界を維持する必要の無くなったゾーグの魔力は3万GB近いほどの魔力圧を俺にぶつけていた。
「部下の失態でお前をパワーUPさせたのが我の敗因と言ったところかな」
「知っていたのかッ!?」
「黒騎士と魔物達の気配は常に気を配っていた。
しかし、よくそこまで……今やお前は我とそう違わぬ魔力を有しているようだな」
「そうだな……」
俺が25000GBならゾーグは28000GBと言ったところか。
覆せなくはない数字に見えるが、さっきの結界のように、俺の知らない戦法で攻められる可能性も否定できない。
魔王の知識も、割合歯抜けも多いのか、戦闘知識等はあまり役に立たない。
つまり、まだ俺の方が不利である事には変わりがない。
「ならば当然、我が全力を持って当らねばならぬな」
「正面からの戦いなんてした事あるのかよ」
「フッ」
ゾーグはその紫色の顔に気味の悪い笑みを浮かべる。
俺はゾクリという感覚に従い、横っ跳びに飛びのいた。
しかし、俺の肩にはざっくりと言った感じの大きな爪痕らしき傷が付いていた。
「なっ!?」
「正面戦闘が不得意等と誰が言ったのかな?」
「まさか……」
「魔法の方が楽故に使わぬだけの話。それに我の腕は4本あるのだぞ?」
そう、奴は2本の腕で攻撃を仕掛けながらもう2本の腕で印を結んでいた。
無詠唱の呪文ならそれだけで完成すると言う事になる。
まずい!?
「アイシクルランス! フレアブレッド!」
両手から各々氷と炎の矢を数十本づつ同時に俺に向けて発射。
更に爪による切り裂き攻撃をもう2本の腕で向かって来ながら放ってくる。
あの爪には毒も塗ってあるようで、俺の肩は腫れあがり魔力による活性化だけでは治療は難しいようだ。
そうか、ゾーグは今までの俺の戦闘で俺が速攻型だと判断したのだろう。
だがスピードを上げて手数で上回られては確かに手が出ない。
ランクを落としても連続攻撃に重ねられた魔法は厄介だし、防いでもダメージは蓄積する。
「確かにスピードではお前の方が少し上かもしれん。
しかし、2種の魔法と毒の爪2回、全てよりも早く動けるかな?」
「ちぃ!」
魔法は短縮しているだけあって、途切れる事無く発射される。
全て誘導型のようだ。
回避は出来ない、防御するしかない。
しかも、爪による攻撃を重ねてくるため、その傷で新たな毒を受ける事になる。
このままでは、こちらのスピードが下がるばかりだ。
それに、毒そのものはある程度魔力で抑え込めても、それで消費される魔力や体力も馬鹿にならない。
ほんの10秒前後の内に、最大状態の半分近くまで魔力を減らした。
だが、実際にはそれほど減っていない。
減った分は周囲に残留している魔力を吸収する事である程度補っている。
そう、ゾーグの魔力パターンは解析しているのだから。
今回のように速攻攻撃を連打されれば完全に吸収とは行かないが、それでも地力よりは粘れている。
「ちぃ、また魔力吸収かッ!」
「さあ、次は俺の番だ!」
俺は咄嗟に思いついたその方法は単純なものだった。
マントに魔力を送り咄嗟に飛び上がると、追撃する魔力弾を回避しつつゾーグに突撃する……。
ゾーグはニヤリと笑ったかと思うと、自らの前面に無詠唱にしては強力そうな火球を生成する。
俺が接近しきるより前にその炎は放たれ、俺に向かって飛んでくる。
だが、俺が目指していたのはゾーグではなかった。
俺はゾーグの手前の地面に着地すると転がりながら叫ぶ。
「フレイムアロー!」
高速移動しながらの詠唱だったため威力も大きさも小さな物だったがそれでいい。
その魔法がゾーグの火球に接触した事で火球は大爆発を起こす。
そして、更に飛び込んできた多数の魔法弾を拭き散らしたり誘爆したりして周囲に爆発をばらまいた。
「くっ!? まさか、我が魔法を誘爆させるとは!!」
「それだけじゃないさ!!」
「なっ!?」
俺は、爆発を地面を転がりながらダメージをやり過ごすと、爆発が収まる前にゾーグの背後に回った。
そして攻撃しながら言葉をかける。
当然相手は気がつくが、防御が間に合う段階ではない。
俺の剣はゾーグを肩から肺にかけて一気に切り裂き、腕の一本を切り飛ばした。
だが、所詮は普通の剣に魔力を乗せただけのもの、切ったと同時に折れて砕けた。
「小僧がぁぁぁ!!」
「紫禿げが偉そうにするなぁぁぁ!!」
魔力で腕を再生させながら、無詠唱の魔法を放とうとするゾーグ。
俺は魔力を凝縮し、剣の形にして逆襲した。
もちろん、俺の腕では剣術だけで勝てるとは思えない、だから剣は2本。
どうせ重さの無い剣なのだから両手にそれぞれ一本づつ持った。
もちろん魔力消費の激しい攻撃なのだから、持続時間は数秒といったところか。
だが、ゾーグの魔力弾を切り裂き、そのまま爪で受けさせる事に成功した。
力は俺の方が増幅率が高い、一本では防ぎきれないので、2本の腕を使っての防御。
結果としてゾーグの攻撃用の腕は塞がってしまう。
もう一本の剣は下から救いあげるように切り上げた。
ゾーグは術を使う腕で防御しようとするが、防具をつけている訳でもない、切り飛ばすのは容易かった。
「ギャァァァァ!?」
「まだまだ! 続けていくぞッ!!」
「ヌカセェェェェッ!!!!」
「がぁっ!?」
止めの連撃に移ろうとした俺は突然跳ね飛ばされた。
そして、俺は思わず目を疑うはめになった……。
それは、ゾーグを覆う凄まじいまでの魔力、今までの倍、いやもっとだろうか。
既に俺の感覚はマヒしかけていた。
何故ならゾーグの魔力はまだ上がっていたから……。
「魔王の小手の力は、本来我は使わぬ!
大きな魔力を更に大きくすれば反動が大きいからな……。
だが! 貴様は消す事に決めた!! 全力を持って貴様を灰にしてやる!!」
俺は動く事が出来なかった、あまりに圧倒的な魔力による圧力にすくみあがってしまったのだ。
正直、ラドヴェイド達魔王の力を甘く見ていた……。
圧倒的すぎる……、俺の力だって今は貴族クラスの魔族を片手で捻れるほどのものだと言うのに。
その魔力が安定するまでに、鬼顔城どころか、山そのものが崩壊していた。
今いるのは正に瓦礫と吹き飛ばされた無数の岩がある砂漠のような荒れ地のみ。
俺はどうにか踏ん張って耐えていたが、足が震えるのをどうする事も出来ない。
「なあに、直ぐには殺さぬ。
この力をまだ全力で振るった事はないのでな。
試させてもらうとしよう!」
「ぐぉぉぉぉぉ!?」
俺は、奴の手でひょいっと投げ捨てられた。
さほど力を入れたように見えなかったにも関わらず凄まじい勢いで体が吹っ飛んでいく。
何百メートル飛ばされただろう、俺は大勢を立て直そうと体を捻りかけたその時。
背後にゾーグが出現していた。
単純に速さで圧倒したと言わんばかりに普通に、ゾーグはデコピンを俺に当てる。
まともに力も入っていないはずのそれは、俺を下へと凄まじい勢いで加速する。
俺はとっさに、マントに魔力を送り込み急制動をかける。
だが勢いは殺しきれず地面に激突した。
「ぐっ……うぅ……」
「ああ、すまんな。また力加減が出来ていないようだ。
指一本でこの威力では、準備運動にもならないだろうがもう少し付き合ってもらうぞ」
今の一撃で、魔力が半分近くもっていかれた。
はっきり言って、正面から挑むのは無謀、どうしようもないほどの力の差。
まったくドラ○ン○ールじゃねえんだぞ、強さがインフレしすぎだろ……。
「次は魔法でも使ってみようか。フレアアロー」
「!!」
見た目は普通のフレアアロー、だが込められた魔力は馬鹿みたいな高さだ。
俺は、地面を転がって回避するが、炎の矢が地面に衝突した瞬間。
「ぐァァァァァァァッッ!?!?」
俺は数十メートルを吹き飛ばされていた。
炎の矢が爆発し、周囲に巨大な炎の柱を作り出したのだ。
吹き飛ばされてなければ今頃消し炭になっていたかもしれない。
「ふむ、これならもう異界の門を潜ってまで力を求めずとも問題ないかもしれんな。
次代の魔王の座、なかなかいい拾い物かもしれぬ」
確かに今のゾーグは恐ろしい、無敵といっても過言ではないかもしれない。
何せ、間違いなくラドヴェイドが死んだ時に見た第三使徒ボイドより魔力が高い。
同じ魔法使い系のタイプであり、どちらも使徒であることから考えればゾーグのほうが強いだろう。
そして、ボイドとラドヴェイドがほぼ同格とするなら、ゾーグは魔王よりも強いという事になる。
だが、この力は、負担が大きいはず。
今でこそ、ハイになっているから問題ないだろうが、息切れを起こす可能性は十分ある。
そこまで俺が生き残れればだが……。
「さて、基本的な増幅率はおおよそ把握したが、次は最大に火力を発揮するとどうなるかであるな」
「……」
「さあ、盛大に花火を上げてやろう。
このゾーグ様の最強の魔法を見る初めての存在になるのだ、光栄に思い給え」
「何が……、光栄だ……クソ……」
「生き残れたら貴様の勝ちにしてやってもいいぞ、まあ消し炭も残らんだろうがな!」
ゾーグは俺と話しながらも、詠唱を行っていたようだった。
俺にはその時意識を保つ事に精一杯で、把握するだけの精神力が残っていなかったが、
どうあがいても生き残れそうにない事だけは感じていた。
この魔法が放たれたら俺は終わる、それだけは分かっていた。
「だったら……」
俺は奴が放とうとしている魔法が何かはわからなかったが、魔力の流れはある程度見ることが出来た。
唱えながらも徐々に離れていく、範囲の大きい呪文なんだろう。
呪文の詠唱に関しては分からずとも、その呪文が完成するのに時間がかかる事はわかる。
強大で繊細な呪文、だが同時にそれを俺が見える範囲で詠唱しているのも間違いないようだ。
俺は残った魔力を振り絞り、この戦いで覚えた魔王の魔力の使い方の逆をやろうと思った。
距離が離れたのが厳しいかもしれないが、他に手はない。
咄嗟に考えついた、思いつきの方法。
勝ち目がないからこその、弱いからこその戦い方。
幸い、ゾーグの魔力の残滓が奴の居場所を示している。
霞始めた目で、魔力を操作するのは厳しかったが、俺は慎重に、そして繊細な魔力操作を行っていく。
しかし、実際にかかったのは数秒程度だろう意識が落ちるまでに出来たのはその程度だった。
俺が次に目を開けたとき、ゾーグの焼死体が出来上がっていた……。
俺は意識がだんだんはっきりしてくるのに合わせ、周辺の状況を見る。
ここは、クレーターの外縁部に位置している、直径にして3kmほどもあるだろうか。
ゾーグの焼死体はその中心に存在している。
魔力による身体強化の一つ、資格強化がなければゾーグかどうかの判別はできなかっただろう。
ゾーグが死んだ理由は簡単だ、ゾーグ自身の魔法によって消えたのだろう。
俺の体も大概ボロボロだし、直撃でこそないだろうが、かなりのダメージを負っているようだ。
俺がやったことは、奴の魔力の強大な魔法に、少しばかり穴を開けてやっただけだ。
魔法回路とかそんな細かいことがわかるわけじゃない、
ただ、魔法というのは発動前に魔力を大量に集め、指向性を持たせて消費する。
しかしもし、その指向性に穴があったらどうだろう?
魔力はその穴から一気に吹き出し、風船のように空に舞い上がったり破裂するだろう。
結果出来上がったのが、自らの大きすぎる魔力に焼かれてしまうという悲惨な結末だった。
もちろん、俺が普通に魔力を放出したのではそんなことはできない。
過去の魔王達の記憶のおかげで、俺は魔力を自分の魔力として取り込むという事が出来るようになった。
しかし、それはつまり逆に相手の魔力に合わせて放出できるという事じゃないかと思って試してみたのだ。
相手の魔力と同質だから反発せず魔法の流れに乗り、そして外部に魔力を放出する道となる。
結果として、巨大すぎる魔力はその道を通り、広げて一気に噴出魔力の中心であるゾーグを巻き込み吹き飛んだ。
クレーターの大きさを見れば直撃だったらとゾッとする。
そして、そんな凄まじい威力が吹き荒れたというのに、魔王の篭手は焦げ跡一つ無かった。
俺はどうにかそこまで滑り降りていき、篭手を手に取ると、
しかし、失血と魔力大量消費、そして疲労が限界に来ていたのだろう、その場に崩れ落ちた。