コードギアス 共犯のアキト
第二十七話「反逆の狼煙」
――東北エリア方面、ブリタニア仙台基地
僅かな星の光と人工的なライトによって目映いほどに照らされた東北の主要となるこの基地は、今現在緊張の中にあった。しかしそれは基地が攻められたわけでもゲットーで暴動が起こったからでもない。しかし巡回する兵士や、辺りを警戒するサザーランドに乗る騎士等の顔には隠しようもない緊張の色が浮かんでいる。
そして鼠一匹見逃さないと云わんばかりの厳重な警戒の中、基地格納庫の一角で突如巨大な火の玉が膨れ上がった。
「第三区画で爆発を確認!!」
「輸送機のハンガーか!?」
「くそっ、消化急げ! 警備部隊は動かずに周囲を警戒しろ!!」
突然の爆発にも関わらず、ブリタニアの兵士達には緊張や焦りはあるものの、その表情に驚きは全く浮かんでいなかった。寧ろ先程起こった爆発についてもあらかじめ予想していたように整然と動き、事態の鎮静化に動いている。だがブリタニア兵士達の間には隠しようもない程の苛立ちが渦巻いていた。
「くそっ、今月に入ってもう三度目だぞっ!?」
「周囲に敵影はないのか!」
「駄目だ、やはり敵の影も形もない……」
「ここは仮にもエリアの主要基地だぞ。厳重な警戒の中、敵はどうやってこれだけの破壊工作を行っているんだ!?」
そう、この基地ではこれまでに何度も敵の攻撃を受けていたのだ。
しかも敵の正体は全く掴めておらず、監視カメラを増設し、警備の人員を増やす等の対策を行っても、全く効果を上げられない。加えて敵の攻撃は散発的なもので、普通なら混乱に応じて起こるであろう襲撃や暴動等は一切起こっていないことが、彼らの混迷を加速させていた。
しかもこのような事は、何もこの基地に限った話ではない。
「政庁より伝達! 四国・中部・関西・関東・北海道の主要基地において同様の襲撃有り! 各基地は警戒を厳にせよとの事です!」
「前回と同じか……」
そう、実はこの一ヶ月の間でエリア11内の全てのブリタニア基地で、ここと同じような襲撃が度々起こっていた。しかもほぼ同時刻に起こっていたという話だから、敵の手腕には目を見張るものがある。
だが、この襲撃には不可解な点もあった。
「これで三度目の全エリア同時襲撃……なのにそれに乗じた攻撃は一切無いとはどういうことだ?」
本来ならこの後に続くであろう襲撃が全く無いという事。それは他の基地も同様で、最初の爆発以降敵の姿はおろか襲撃の様子すら確認できない。
同時刻にエリア中の全基地を襲撃するという機会を全く生かすことなく、徒にこちらの警戒を強めるだけで、相手は何も仕掛けてこない。兵士の中にはこちらを馬鹿にしているのかと憤慨するものも少なくなく、加えて連日の強化警備シフトに関わらず敵の姿を一向に見つけられないとあって、兵の苛立ちは高まるばかりだ。
だがこのような情勢下で、警備を通常状態に戻すわけにもいかない。
基地の指令官は見えない敵に心の中で悪態を付きつつ、部下に敵の発見に全力を尽くすよう発破をかけるのだった。
――エリア11ブリタニア政庁
「ではギルフォード、相変わらず敵の正体は分かっていないのか?」
「ハッ、全ての基地において第一級の警戒体制に入っており、敵の攻撃目標になりそうな周囲の施設にも厳重な監視を敷いておりますが、捕縛したのはほとんどが下っ端ばかりで詳細な情報は掴んでおりません」
「襲撃されたのが一つだけならともかく、全ての基地施設で尻尾を全く掴ませないとなると、只事ではありませんな……」
「忌々しきは黒の騎士団……そしてゼロ」
黒の騎士団との総力戦を目前に起こったこの基地攻撃に、コーネリアを含めたほとんどの人間はこれがゼロの仕業であると考えていた。
尤もそれも当然のことだろう。決戦を前に少しでも敵の戦力を削り、味方を有利に進めようと行動する事は戦略としても基本的な事だ。
「しかし解せんのは幾度も奇襲を仕掛けておきながら、それっきり何も仕掛けてこない点です。基地を落とすなり占拠する……それを囮に政庁へと攻撃を仕掛けることもできたでしょうに」
「たった一回の奇襲のみで、満足するとは何を考えているのやら……」
「殿下、如何します? 敵の狙いを探るためにも部隊を派遣するのも吝かではないと考えますが」
軍官の一人がそう提案するが、コーネリアはそれは止めておけと釘を差した。
「……いや、それこそがゼロの狙いだ。黒の騎士団がいくら地方で騒ぎを起こしたとしても、エリア11の中心地であるこのトウキョウ租界を落とされはしない限り、我らの勝ちは揺るがない」
「なるほど、つまりこれは陽動だと?」
「その可能性が高い。しかしだからといってこのまま手をこまねくわけにもいかんな……」
コーネリアが今回の件に関しての調査部隊について、どう捻出するべきか思案すると、会議に同席しているユーフェミアから声が挙がった。
「総督、それでしたら私の騎士を使ってみようと思うのですが、如何でしょうか?」
「特派をか? ……そうだな、今のこの情勢で正規軍を動かすわけにもいかんしな」
コーネリアの言葉に会議に同席している軍官・文官の顔が僅かに歪んだ。
ユーフェミアの騎士である枢木スザクの存在は彼らにとっては腹立たしい存在であるが、彼の乗るランスロットの活躍に目を瞑る事はできない。
ユーフェミアはそういった感情を隠せない軍官・文官達を一瞥する。
「中央を守らなければならない今この時に政庁を離れるのは心苦しいですが、何かあってもアヴァロンを使えばすぐに駆けつける事ができます。今は租界の守りを固めることが第一でしょうから、雑事は私達にお任せを」
黒の騎士団が租界に攻め込むやもしれない時に、政庁から戦力を出すべきではない事は皆が理解していた。
しかしそれが単機ならば話は別で、飛行能力を持つランスロットならば緊急時にでも駆けつけることができる。現状唯一の航空戦艦のアヴァロンは防御能力こそピカ一だが、攻撃能力はそれほどではないので戦力として元々数えていない。
なにより最大の激戦地になるであろうこの租界から、ユーフェミアを遠ざける事にもなるとコーネリアは考えた。仮に万一のことがあってもアヴァロンとあの枢木が駆るランスロットがあればユーフェミアは安全だろう。
「よし、副総督は明朝08:00にアヴァロンで特派と共に関西ブロックオオサカ基地へと向かい、周辺ゲットーの調査を行うように。基地へは私から連絡を回しておく」
「了解です」
「ダールトン、各基地の警備については警備体制はそのままにし、引き続き周辺の施設の調査を続けさせろ。ただし兵の疲労もあるだろうから、定期的に休息はとらせるように。奴らはこちらの疲弊も計算に入れてるだろうからな」
「ハッ、そのように」
「ギルフォードは政庁防衛部隊の再編成を急がせろ。近い内に奴らは全面攻勢に出てくるぞ」
「かしこまりました」
頼もしい部下の声にコーネリアは頷くと、会議室の全員を見渡し鼓舞するように声を張り上げた。
「黒の騎士団を叩きつぶし、ゼロを捕縛すればこのエリア11は掌握したも同然だ。各員、ブリタニア軍人としての務めを果たせ!!」
『Yes,yore highness!』
同じ頃、黒の騎士団の移動陽トレーラーの中では近く決行する全面攻勢の作戦を練っていた。
テーブルに広げられた租界の地図には無尽に赤や青の線と印が刻まれており、四聖剣の朝比奈と仙波が味方の駒を動かしつつ意見を交わしている。
そこから少し離れた所では、大型のコンピュータを備え付けられたオペレータルームを前にIFS機器を握って離さないラピスと、キーボードに指を踊らせるラクシャータの姿がある。
彼女達が注視するモニターには日本全域を示す地図が映されている。地図にはいくつものアイコンが表示され、判るものが見ればそれがブリタニア基地を示すアイコンだということが分かる。そしてほとんどのアイコンが青く塗りつぶされており、たった一つ仙台エリアに赤いアイコンが残っていたが、それも暫しすると青く点滅し始めた。それと同時に通信機を持った扇が部屋の奥から現れ、報告する。
「みんな、東北の部隊からたった今撤収完了の連絡があった」
「こっちでもたった今同期の完了を確認したわよ〜」
「……という事は、後はゼロの号令待ちか」
藤堂の呟きに、千葉と朝比奈がこの場にいないゼロに対し不満を述べる。
「それにしても決戦を前にゼロはどこで何をしてるんです? 今回の作戦だって、好機をみすみすドブに捨てるような真似を何度もして……」
「概要は聞いていますから作戦の意図は分かりますが、各地の同志の命を危険に晒してまで行う意味はあったのでしょうか?」
「お前達、それくらいにしておけ」
全国に散らばるブリタニア基地の同時襲撃。これを為すために黒の騎士団は少なくない戦力を全国各地に投入し実行したが、その成果が目に見える形で未だ示されていないため、団ではいたずらに戦力を浪費しただけではと、考えているものも多い。
騎士団の幹部も今回の作戦が本命への布石だという事は理解しており、表だって批判こそしないものの不審を持つ者もいる。
「ゼロなら今の時間だと空港か? 今日中華から帰国するはずのC.C.を迎えにいくと言っていたからな」
「わざわざゼロが直々に?」
「やっぱり愛人なんじゃないの、C.C.って」
「そんな風には到底見えないけどねぇ……」
無論、扇や藤堂等のゼロの素顔と素性をある程度知る者は、そのような事を考えてはいないが、決戦を目前にし戦果の見えない作戦に不満を持つ部下達を抑えるのは一苦労だ。
ラクシャータの部下からでさえそんな声がちらほらと出ている。
(ま、そんな雑音も作戦が始まれば消し飛んじまうだろうけどね)
ラクシャータはこれから起こるであろう事を想像し、にんまりと笑みを深めるのだった。
――同時刻、新ナリタ空港
エリア11の玄関口として旧日本と変わらず多くの人間が往来する空港のロビーの一角で、ルルーシュが直々にC.C.を出迎えていた。
「ご苦労だったな、C.C.、早速だが成果を聞かせてもらうぞ」
「せっかちな坊やだな、こちらは長旅で疲れているんだぞ」
軽く髪をかきあげる仕草をして、笑いかけるC.C.。その笑みを見て周囲の男性客の幾人かが生唾を飲み込んだ。
C.C.の格好は落ち着いた色合いのフォーマルなスーツだが、それは体のラインがくっきりと浮き上がるような仕上がりな上、自慢の緑髪を映えさせるコーディネートをしているため、周囲からはいくつもの熱い視線が注がれている。
ルルーシュは周りの視線に気付き嘆息すると同時に、コイツラにこの女が普段くっちゃ寝している姿を見せてやりたいと思ったりもしたが、今は話を聞くのが先だと考え、C.C.の手を引いてロビーから離れる。
広い空港内を歩き回り、ロビーの一角にある人気の少ないカフェを見つけると、ようやくと言った感じで腰を落ち着けた。
二人は注文した飲み物で喉を潤し、ルルーシュは目線でC.C.に報告を促す。
「残念だが中華連邦の介入を完全に抑えることは難しい。しかし少なくとも今回の作戦で中華の横槍は入ることはない……お前がよこしてくれた洗脳済みの大使は随分と役に立ってくれたよ」
C.C.が今回中華連邦に赴いたのは、今回の決戦での中華連邦の介入を阻止するためだ。
短期での決戦を目指しているとはいえ、ブリタニアとの戦闘中に介入してくる事は、キュウシュウ戦役の事から十分に考えられる。
「そうか、まぁ強欲なあの国のことだ。その程度は予想できた。少なくとも今回の作戦で中華連邦が何もしてこなければ十分だ。ブリタニアを追い出した後に、日本が奴らの草刈り場になることは避けねばならん」
「もし協定を破った場合は?」
「それ相応の報いを与えるさ。こちらには電子の海を渡る妖精と悠久の空を駆ける船があるからな」
アキトから事前に聞かされていた空中戦艦――ユーチャリス。
前々から自前での調達を考えてはいたが、ユーチャリスのスペックはこの世界との技術差を見せつける存在といってもいい。しかもあれで本来は宙間戦闘用だというのだから、もし敵に回ったときの事を考えるとゾッとする。
「それで、お前の方はどうなんだ?」
「こちらも下準備は完了した。後は花火を上げるだけで、何時でも作戦を始められる状態だ」
エリア11にある主要のブリタニア軍基地に対する工作、ユーチャリスへの必要物資の積み込み、そして決戦を開始するための下準備は既に完了済み。後はブリタニアが罠に掛かるのを待つだけだ。
「加えて面白い情報も手に入れた。ユーフェミアが特派を率いてオオサカへと向かうらしい。恐らく関西ブロックの平定といった理由だろう。間違いなくスザクもそれに同乗するだろうし、これを利用しない手はない」
何故ユーフェミア自らがトウキョウを離れるかは分からない。しかしそれは、ルルーシュにとっては絶好のチャンスである。
「作戦を開始すると同時にオオサカでも花火を上げる。そうすればかなりの時間を稼げるだろう」
「ふん、やはり鬼畜なお前でも親友と戦うのは気が引けるか」
いたずらっぽく笑うC.C.に憮然とした表情で答えるルルーシュ。
「それも当然あるが、あのランスロットの戦闘能力は驚異だからな。不確定要素は排除するのは当然のことだ」
「フフフ、まぁそういうことにしておいてやろう」
相変わらずおかしそうに笑いながらも矛を収めるC.C.に内心舌打ちしながらも、ルルーシュは心の内でユーフェミアの動きに奇妙なものを感じ取っていた。
(それにしてもユーフェミアの動きはあまりにもこちらにとって都合が良すぎるのが気に掛かるな……)
まるで彼女の動きは、これから起こる危険を予測して逃げる動物のように見える。だがユーフェミアは気の弱い動物ではなく確固たる信念と自覚を持った生粋の皇族だ。そんな彼女が何の対策も打たぬままそこから逃げるようなことはしないはず。つまりは既に何らかの対策を取っているのか、それとも――
(何か別の思惑でもあるというのか?)
だとしても、既に賽は投げられた。例えユーフェミアが強力なナイトメアや航空戦艦を以ていようとも今更大局に与える影響は無い。ルルーシュはそう考えていた。
もしこの時、ルルーシュがなにかしらの対策を取るか、あるいは予防策を張っていれば、もう少し違った結末が現れたのかもしれなかった。
――翌日07:55、政庁空港
「では関西エリアの調停は頼んだぞユフィ」
「はい、任せて下さい。ですがお姉様も決して無理はしないで下さい」
「何、心配はいらん。政庁の守りは十二分に固めてあるし、我等の兵は精強だ。加えてラウンズの存在もある。ゼロがどんな策を用いようともその策ごと食い破ってやるまでだ」
ユーフェミアの心配を余所に、一切の憂いもなく笑うコーネリア。
実際に今この政庁には、ダールトン率いるグランストンナイツが控えているだけでなく、コーネリアに長年仕えてきた経験豊富な古参兵が数多く存在している。例え敵方に強力なナイトメアがいたとしても、少々の不利など跳ね退けるだけの技量と実績が彼らにはある。
それを考えれば、ユーフェミアの心配は杞憂に過ぎないと言ってもいいだろう。
「今回の戦が終われば、このエリアの掃除は終わったも同然だ。そうすればお前には綺麗になったこのエリアを安心して任せられるようになる」
「もぅ……お姉様、私もいつまでも子供ではありません」
元々コーネリアがこのエリア11に来たのは、クロヴィスを捕らえた犯人のゼロと、故マリアンヌ暗殺の犯人だと思われるアキトを捕らえて目の前に引きずり出すためだ。
黒の騎士団を壊滅させればその両方を成すことができる上、かつてこの地で果てた兄妹へのなによりの供養にもなる。なによりユーフェミアは彼らととても仲がよかった。エリア11の平定は姉妹揃っての悲願でもあった。
「ユーフェミア殿下、そろそろお時間です」
「分かりました。ではお姉様、行って参ります」
「あぁ、くれぐれも気をつけてな……それと枢木スザク」
ずっとユーフェミアの後ろで直立不動で控えていたスザクを無遠慮に視線を寄越すと、人を殺せそうな程に鋭い視線をスザクに叩きつける。
物理的な圧力さえ感じられるソレに気圧されて思わず後ろに下がりそうになるが、なんとか踏みとどまって敬礼するスザク。
「は!」
「もしユフィに傷の一つでもつけてみろ。その時は私直々に貴様のそっ首を削ぎ落としてやるから覚悟しろ」
「……肝に銘じておきます」
コーネリアの目を見て、それが冗談ではなく本当の事を言っているのだと理解する。元より主君のユーフェミアに傷を負わせることなど絶対にさせないが、彼女を守るべき理由が更に増えてしまった。
ユーフェミアはそんな二人の様子を見て苦笑していたが、あれが姉なりの激励であるという事を理解している。なんだかんだで、コーネリアもスザクの事は評価しているのだ。
そうこうしている内に出発の時間となり、ユーフェミアとコーネリアは、お互いを抱き締め合う。
次に会うのは全てが終わった後か戦場かは分からない。ただでさえ、このエリア11では三人もの皇族が姿を消しているため、絶対な安全というものは存在しない。二人は某かの予感があったからか、その抱擁はいつもより長い時を要している。
結局姉妹の抱擁は、しびれをきらしたパイロットの呼びかけがかかるまで続くのだった。
「スザク、そういえばドロテアさんの姿が見えなかったのですけど」
コーネリアとの別れを済ませて暫し後、ユーフェミアは見送りの中にラウンズの女性の姿がいなかったことに、今更ながら気づいた。
「師匠……いえ、エルンスト卿でしたら別の用事があるとかで本日は来られないと昨夜仰っていましたが」
主を差し置いて、夜中にうら若い女性と共にいたと語るスザクに若干の苛立ちを覚えるユーフェミア。
「そう……やっぱりスザクとドロテアさんって仲がよろしいですのね」
「えっ、いや卿とはそんな仲がいいとかそんなんじゃ!」
そう言って慌てて弁解するその姿に僅かに溜飲を下ろし、くすくすと笑うユーフェミア。彼女としても、スザクとドロテアの間に男女の関係といったものは全く感じられないため、そこまで焦りはないものの、目の前でそれらしい素振りを見せつけられれば、複雑な感情を持たざるを得ない。
一方のスザクはまたからかわれたのかと内心で溜息をついた。なんというか最近のユーフェミアは、女性関係の話になると途端に敏感になってスザクを弄くり回そうとするため、気が抜けない。
特に一緒にいることが多いドロテアには警戒の視線を向ける事が多く、ちょっとした事でもドロテアが話題に上ると頬を膨らませてしまったりする。そんな様子を愛しいと思いつつも度々いじられてしまい、少々気疲れが多くなっているスザクだった。
(それにしても、あの義理堅い師匠が見送りに来ないなんて珍しいな)
稽古をつけてもらうようになってからは、よく行動を共にすることが多くなり、特派の皆と食事をする機会も度々あった。
そこで気付いたことだが、彼女は豪快な性格の割には細かいことによく気を配る女性で、訓練の後によく冷えたタオルを渡されたり、疲れが取れるからと甘いものを貰ったりしたこともある。
お世話になったからと特派にプリンの差し入れをしたこともあり、ロイド博士も彼女に関してはかなり気を使っていたりする。
そんな彼女が見送りに来ない事に僅かな違和感を感じつつも、まぁそんな事もあるだろうと、スザクは結論付けるのだった。
――同刻、政庁のとある一室。
他国の来賓や一部の高官の軍人等に差し当てられる20畳以上はある広大な部屋で、ドロテアは一人静かに苦悶の声を上げていた。
「っく……ぅぁっ……!」
黒い肢体に纏っているのは窮屈なパイロットスーツではなく、ホットパンツに軍から支給される簡素なシャツというラフな格好であるが、そのどちらもが噴き出した汗を吸収しきれなくなっている。
ベッドの布団はとっくに明後日の方向に蹴飛ばしており、シーツも既にその役目を果たせないほど彼女の汗を染み込ませていた。
呼吸を落ち着けると、サイドテーブルに置いてあるペットボトルに手を伸ばして少しずつ水を飲み、僅かでも水分を取り戻そうとする。
(これが奴の言っていた副作用か……中々に、キツイな……だが……これを乗り越え……れば、奴との決着がっ!)
焦燥した顔には隠しきれない疲労を感じさせ、目元には深い隈も浮かんでいるが、瞳の奥に灯る光だけはギラギラと太陽のように瞬いていた。
――ドロテアがこのような状態になった理由は一週間前まで遡る。
「君がドロテア・エルンストだね?」
「……なんだ貴様は、何故子供がここにいる」
いつものようにスザクをしごき、自らも痛めつけるほどの厳しい訓練からの帰り道にソレはいた。
床にまで届く波打った金髪に声変わりも済んでいない幼い声色。人形のように整った顔立ちからは何の感情も読みとれず、その大きな瞳には見た目の年齢からは考えられないような深い闇が宿っているように見て取れた。
ドロテアはその少年を一目見て只の子供ではないと見抜いたが、子供が着るにしては上等すぎる服を見て、余程位の高い貴族か皇族に連なる者だと考える。
しかし例え皇族といえど、許可なく政庁の施設に踏み入る事は許されない。大方警備兵が子供の親の地位を恐れて迂闊にも通してしまったのだろうとあたりをつける。
「どこから迷い込んできたか知らんが、親とはぐれたならその辺りの兵士に連れていってもらえ」
「酷い言いぐさだね、君にとって凄くいい話を持ってきたっていうのに――」
「何を言っている……?」
子供らしからぬ口調と物言いに眉をしかめるドロテア。同時にその子供からは戦場で、そして宮廷で嗅いだこともある腐臭のようなものを嗅ぎ取り、無意識の内に腰の拳銃へと手を伸ばした。
「慌てなくてもいいよ、僕はただ君と話をしにきただけだから」
しかしそんなドロテアの対応に慌てた素振りも見せず、そう答える不気味な子供。そして同時に増々警戒を深めるドロテア。
殺意を隠さない軍人を前に飄々とする子供など到底考えられない。歴戦の少年兵とでも考えれば僅かに可能性はあるかもしれないが、目の前に立っているのはどう見ても戦場に出たことのない温室育ちの子供そのものだ。
ただ大きなその瞳だけは、年齢とは不釣り合いな老練な光を覗かせている。まるで、こちらの心を見透かすように真っ直ぐこちらを射抜く視線に僅かに気圧されながらも、ドロテアそれを表情には出さずに睨みつける。
子供はそんな彼女の反応に対して気を良くしたように僅かに微笑んだ。
「君はあのテンカワ・アキトと思う存分戦い、決着をつけることを望んでいる……違うかい?」
テンカワ、という聞き慣れない名に一瞬考えるが、すぐに黒騎士の事だと理解する。
黒騎士というコードネームはブリタニア軍内では許されざる敵として浸透しているが、コーネリアがかつて一人の戦士として腕を競ったことがあるとドロテアが聞きつけ、どのような男だったのか聞いたことがあったため、その名を知っていた。
「確かにあの男との決着は私が望むところだ。だが奴との決着は次の決戦で必ず付けてみせる」
「いいや、君はこのままではテンカワ・アキトと剣を交えることもできず、このエリア11から立ち去ることになるだろうね」
「……それはあれか? 我がブリタニア軍が黒の騎士団に敗北するとでもいうのか貴様は」
あまりにも舐めた物言いに怒気を隠せないドロテア。
この無礼な子供の言葉は、ドロテアだけでなくブリタニア軍将校やそれを率いるコーネリアにすら馬鹿にしたも同然といえる。
「舐めるなよ小僧。相応の戦力を手中にしたからと言って、たかが一テロリスト風情に倒されるほどブリタニアは甘くない」
「確かにそうだね。だけど数で押されたらどうなるかな? 君も見たんだろう、あの無人兵器を……あれが数千ほど襲ってきたとして、果たして守りきれるかい?」
それは九州戦役での赤い無人兵器の事を言っているのだろう。
あれは単体での脅威こそ低いが、侮れない戦闘力を持っている。確かにあれが数百、数千もいるのなら話は別だが――
「たかが無人兵器如き、何の障害にもならん。奴らが数を揃えてたとしても精々百機がいいところ――」
「七年間の潜伏期間の間にずっとアレを作ってたとしたら? それだけじゃない――白い空中戦艦――君も話くらいは聞いたことあるだろ?」
思い当たる噂だ。
当時は、まだナイトメアがまだ表舞台に出る直前で、ブリタニア大陸中央部のとある基地では、当時はまだ機密扱いだったナイトメアだけではなく、航空戦艦の試作機までもが存在していたという。
当然基地の警戒は厳重な上、かつ大陸のど真ん中という見晴らしの抜群な基地に侵入者など入ろうはずもなかった。
だがあの日、マリアンヌ王妃が暗殺された忌まわしきその時、上空には白く目映い航空戦艦が浮かび上がっていたという。
その航空戦艦は地上ブリアニア軍のあらゆる攻撃を受け付けず、基地の施設や戦力を悉く破壊し、マリアンヌ王妃暗殺犯と合流すると悠々とその場から去ったのだという。
そして先のキュウシュウ戦役のどさくさにサセボ基地が黒の騎士団に襲撃を受け、基地の生き残りの兵士幾人かが空に浮かぶ白い船を見たという話も既に耳にしていた。
(法螺や噂の類だと思っていたが、まさか本当だというのか?)
戦場ではなくブリタニア国内での話ということもあり、某かの事件はあったのだろうと考えてはいたが、その話の通りだとしたら黒の騎士団はブリタニアでも貴重な航空戦艦を持っているということになる。
ドロテアの顔が厳しくなったのを見計らい、子供はさらに言葉を重ねた。
「あれの真の力は、かつてその姿を表した時でも満足に見せていない。存在すら知らず、碌に対策を取っていないエリア11のブリタニア軍では相手にもならないだろうね」
「……それで?」
「だけどラウンズとはいえ、元ナンバーズの君はブリタニアにそこまで恩義を感じてはいない。いや、寧ろ祖国を滅ぼした憎い相手のはずだ。別段気にすることじゃないよね?」
その言葉に益々瞳を鋭くするドロテア。
既に拳銃は抜かれており、安全装置にも指をかけている。これ以上軍の施設で士気を低下させかねない戯れ言を口走るようなら、本気で撃つつもりだった。
――その言葉を聞かされるまでは。
「だけどそうなれば、君は軍を敗退させたラウンズとして名を刻むことになるだろうね」
「!?」
「名と見栄とプライドばかり肥大化した貴族の事だ。ここぞとばかりにナンバーズ出身の君を嘲る様子が目に浮かぶ……もしかするとラウンズの除名もありえるかな?」
ありえない!!
そう声を上げて叫びたかったドロテアだったが、本国で何人もの腐った貴族達をこの目で見てきた彼女には、否定することはできなかった。
ラウンズに上がる前は挨拶に向かえば侮蔑の視線を隠そうともせず、明らかにこちらに聞こえるように陰口を叩いていた輩だ。もしエリア11が落ちれば、その責任を総督のコーネリアではなく、ラウンズの自分へと被せるくらいのことは平気で行うだろう。
それを想像し、憎し気に歯を噛みしめるドロテア。
「でも敗軍の中にあっても、敵の幹部の一人を捕らえたとなれば話は別だ。しかもかつての閃光のマリアンヌを謀殺した下手人となれば尚更だね」
だがそんな彼女の心を見透かしたのか、その子供が口にした言葉は、まるで悪魔が耳の傍で囁くように、スルリとドロテアの心に滑り込み、彼女の心を鷲掴む。
「僕と君の利害は一致している。僕にとってテンカワ・アキトはなにより邪魔な存在だけど、君にとってはライバルの一人で栄達へ至る手段の一つだ」
こんな怪しい輩の言葉など無視しろ、とドロテアの理性が叫ぶが、一方で一体どのような策があるのかと内にある本能がそれをかき消した。
「……貴様は私に何をさせたいのだ」
子供は懐に手を入れ、ゆっくりと見せつけるようにそれを取り出す。
出てきたのは怪しげな色の液体が入った二つの注射器と、小さな冊子だ。
警戒を緩めず銃口の向きを定めたままそれを受け取るドロテア。こんなもので黒騎士との決着を付けられるのだろうかと不安になるも、冊子に書かれてある文字を目に留めて驚きを露わにした。
「その中に君の望むものが入っている。サービスでナイトメアの方も手を回しておこう。後は君の選択次第だよ、ナイトオブフォー」
その言葉に、ドロテアは冊子に書かれてある内容に意識が向いていたのに気づいて、慌てて正面へと視線を戻す。
だが驚いたことにそこには子供の影も姿も消え失せていた。
隠れる場所などない通路のど真ん中。ほんの数秒前までそこに人がいたはずなのに、影も形も見えなかった。
寧ろ自分以外の人等最初から存在しなかったのかと思いこんでしまうほどに人気というものが全く感じられない。
人知を越えたその業に薄ら寒くなるのを覚えるが、同時にそれが今ドロテアの掌中にある注射器を一際興味深く見せた。
その後ドロテアは怪しげな注射器を前に暫し悩んだ後、それを自分が所属する技術部へと持ち込み、解析を依頼。
流石に中身の正体を知らないまま使うほど彼女は馬鹿ではないし追いつめられてもいない。そして二日と経たずしてその結果が判明する。
結果を伝える技術者はかなり興奮した様子でソレの正体を語り、ドロテアは驚愕と同時に、どのようにしてあの子供がそんなものを用意できたのかと改めて不気味に感じていた。
そして技術者達のお墨付きを受けたとしても、副作用のあるソレを体内に打ち込むのは、かなりの勇気が必要だった。
だがソレが本当に有用であるのなら、今よりも更に強くなるだけではなく、あの男と同じ舞台に立てることができる。
黒騎士――アキトとの決着を心待ちにしている彼女にしてみれば、それは何事においても優先されるべき事だった。
(奴の企む事などどうでもいい。あの男と決着をつけ、上へ至る可能性が少しでもあるというのなら――)
ドロテアは僅かな思巡の後に、注射針を己の腕に刺し、ゆっくりとソレを体内に注入する。
(この体と魂、悪魔にだって売ってやるさ)
――12:30、某電子室
周囲を暗闇に覆われた、密閉された空間には二つの影がある。
一つは顔の半分を覆うバイザーを身に付けた男性――テンカワ・アキト。
そしてもう一つ、真っ白なワンピースを身に纏い、同じくオレンジ色のバイザーを身につけて全身を覆い包む真白な筐体に身を沈めた少女――ラピス・ラズリ。
ラピスの身を包む筐体の内側には、ナノマシンの煌きが縦横無尽に奔り回り、そのナノマシン一つ一つがラピスの身へと集い纏っていく。今、彼女の頭には常人では到底処理しきれない無数の情報が駆け巡り、それを取得、あるいは選別していっている。
その中にはブリタニア軍のタイムスケジュールや、編成計画など到底手に入れられるはずがない情報すら含まれており、軍関係者が見れば青白くなる事は間違いない。
これまでの作戦によって各所に張り巡らされたネットワークからとある情報を取得し、ラピスは瞼をゆっくりと開くと、金色の瞳をアキトへと向ける。
「……大阪基地に航空艦の入港を確認」
「スザク君達が基地に入ったか……ゼロ、『猫は軒下へと潜った』、繰り返す。『猫は軒下へと潜った』」
暗闇の中に二つのウインドウが浮かび上がる。
一つは、基地の中にあるカメラから映しているようで、白亜の航空艦がゆっくりと滑走路へ降りている様子が映し出されている。
そしてもう一つのウインドウには黒の騎士団総帥、ゼロの仮面が映されている。
『了解した。では各エリアの陽動班に通達を行う。お前達は引き続き監視を頼む』
ラピスはゼロの言葉に頷き、再び筐体に身を沈め瞼を閉じると、電子の海へと身を投じて更なる情報収集へと動く。
一方でアキトはゼロに対して、一つ質問を投げかけた
「ゼロ、君はこの作戦に後悔は無いんだな?」
アキトのそんな問いに驚いたのか、ウインドウの中のゼロは暫し黙っていたが、ややあって静かに答えた。
『……いや、少ししているかな』
「ほう?」
『こんな作戦を思いつくような、自分の外道具合に少し後悔しているのさ』
ゼロはそう言うと僅かに肩を竦め、ウインドウから姿を消した。
声だけ聞いていたラピスは片目を開くと、目線をアキトへと向けて問いかける。
「ルルの奴、ちょっとナイーヴ?」
「いや、大丈夫。彼は心の中でちゃんと折り合いをつけているさ」
仮面に遮られ彼の表情は窺えなかったが、恐らく皮肉気な笑みでも浮かべていたのだろう。
確かに今回の作戦は、日本人に血を流す事を強いるものだ。十人に尋ねれば十人が外道・非道となじるはずだ。
だが虐げられる事に慣れてしまった民衆を独立へと一気に向けさせるためには、怒りという感情がなにより重要になる。
ただブリタニアを倒してしまっても、日本人として真の独立を謳う事はできない。民衆が立ち上がり、その団結した想いによって独立を為さなければ、彼らの心はずっと隷属に縛られることになるだろう。
ルルーシュはそれを理解したうえで今回の作戦を提案した。ならばこそ、彼の騎士である己もその想いに殉じよう。
アキトはマントを翻し、己の愛機へと向かった――ルルーシュの願いを叶える道を切り開く、剣となるために。