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ひぐらしのなく頃に 〜結殺し編〜 第一話『転校』
作者:虫歯菌   2012/07/08(日) 02:54公開   ID:LkV5DxZuWZw

 なにかが音を立てて割れた。

 それは硝子だったのかもしれない。

 或いは金魚鉢だったかもしれない。

 兎も角。重くて軽い音を立てながら、ナニカが砕け散る音だけが響いたのだけは確かだった。

 そしてそれは再び連結し、結ばれていき、凍結して、解かれていく。

 その物語は知らず知らずのうちに歯車を回し、ギシギシと奇妙な音を立てて、加速していく。


 〜結殺し編  転校〜


 どこからか、鳥の囀が聞こえてくる。そんな朝を迎えるのも、今日で三日目だ。五月下旬。温かさも増しているこの時期に、ぼくはこの地へとやってきた。所謂、引っ越しだ。ただの母親の気紛れだった。父親が他界し、数年。ショックからやっと立ち直った母親が、自然豊かな土地を羨んだ。それだけで、引っ越しをする理由は十分であり十全であった。なにせ、金は余る程ある。父親がどこぞの会社のお偉いさんだったことも関係しているのであろう。大富豪や大金持ちとまでは言わないが、しかし、人並み以上に金を持っているであろう。
 それでも。
 例えそれだけのお金を持っていたところで。
 心が癒されることはない。逆に、金という欲望の塊には、ストレスを溜めるばかりだ。都会に住んでいたぼくには、心の癒しがなかった。しかし、この自然豊かな土地であれば、母親も、ぼくも、きっと癒される。そういう可能性が、ぼくの未来を明るく照らしていた。
 などと一通り考えたところで、ベッドからの脱出を試みる。勿論、ベッドからの脱出を邪魔するものなどあるはずもなく、ぼくは素早く着替えを済ませた。それから、窓を開け放つ。空気が澄んでいる、良い朝だ。都会では味わえないであろうその空気で肺を一杯にしてから、ぼくは部屋を出て、階下へと下りていった。




 絵画のようだ。
 それが、ぼくがこれから毎日通うであろう登校風景の第一印象だった。まるで絵の世界へと入り込んでしまったような、そんな異次元的な感覚に満たされた。しかし、生い茂る草花と心地の良い風は、絵画では楽しめない香りを運んでくれる。朝早くから畑仕事に勤しむ老人たちは、ぼくの顔を見るや否や《おはよう、坊主!》と言ってくれる。ここら辺の住人には挨拶に行っているから、顔見知りなのだ。それに《おはようございます》と言うと、おじさんもおばさんも、皆があっさりとした笑顔を返してくれる。それが、どことなく嬉しかった。
 いやまぁ、学校に一度足を運んでいるわけだから、この光景を見るのは二度目なんだけど。
 その登校途中、一人の少女と出くわした。その子の第一印象は、《可笑しな娘》だった。
「そっか、ここに来てまだ三日目なんだ? どうりで見たことがないと思ったよぉ」
「竜宮さんのところには挨拶行けなかったからね、ごめん」
「ううん! 謝ることじゃないから、大丈夫だよ、だよ!」
「うん、ごめんね」
 と言いながら、その子の頭に手を乗せる。それから少し優しく撫で撫でと手を動かす。
「は、はぅ〜。な、撫で撫で……」
 顔をトマトの如く真っ赤にさせ、蒸気機関車の如く蒸気を上げる。不思議な子だ。どういう原理でこんな芸当が可能なのだろうか。ご教授願いたい。いや、教えてもらっても使いどころないと思うけど。
 手をどかすと、数秒してからこっちに戻ってきた。戻ってきた、という言葉を聞けばわかるだろう。竜宮さんは数秒だけ、お花畑に行っていたのだ。ソースはこの子の瞳に映った映像とだけ言っておこう。
 そして、こちらの世界に戻ってきた竜宮さんは少し楽しげな口調で言った。
「ここから少し進むとね、魅ぃちゃんがいるんだ。魅ぃちゃんはね、学校の委員長さんなんだよ!」
 ぼくはその楽しげな彼女の姿を見ながら《ふぅん》と相槌を返した。
 ――みぃちゃん。
 その子も竜宮さんのような女の子なのだろうか。なら、楽しいな。

 という希望は粉々に打ち砕かれた。
「なっはっははは! そうかいそうかい、レナを早速お花畑に連れていくとはねぇ!」
 がっつり豪快あっさり爽快。
 それが、園崎さんに抱いた第一印象だ。ぼくという人間は第一印象を大事にするタイプで、その辺くどくなりがちだが……竜宮さんともども、こういう第一印象を持つことができた人間は園崎さんが初めてだった。
「は、はぅ〜……。お、お花畑になんて行ってないよぅ……」
「裕ちゃん、手」
「はい」
 園崎さんが指をパチンと鳴らす。それと同時に、ぼくが竜宮さんの頭を撫でる。
「は、はぅ〜」
 お花畑でぼくと手を繋いでスキップしてるビジョンがその綺麗な瞳に映っている。ぼくが物凄い笑顔なのがとても気になるが、まぁ、言及しないでおこう。
「あっははは! 裕ちゃん、早速レナを手玉に取っちゃったね?」
「嬉しいような、嬉しくないような」
 そんな会話をしながら、ぼくたちはその《登校風景》という題名の絵画の中を歩いて行った。




 雛見沢分校。
 学校と呼ばれておらず、分校と呼ばれる理由は、この学校の成り立ち方にあるだろう。大抵の子供は、この雛見沢村から少し離れたところにある興宮という町にある学校へと通う。しかし、《少し離れたところにある町》ということで、登校が困難な児童も必然的に出てくるわけだ。そんな児童のために設けられたのが、この雛見沢分校なのだそうで。そのせいか、とても小さい。そして、なによりも――。
「……いろんな年代の子供が一斉に授業を受けるというのは、やっぱり奇妙だな……」
 そんなぼくの呟きが聞こえたのか、下級生の沙都子ちゃんが口元に手を当てて《おーっほほほ!》などと演技臭い笑い声をあげながら言ってきた。
「同じ年代同士で集まるよりも、いろんな歳の人がいたほうが、何十倍も楽しいですわ!」
「……それには同意しかねるけどね」
 ぼくはそう言いながら、竜宮さんの教科書と園崎さんの教科書を見る。その近くにいる活発そうな小さな女の子が、沙都子ちゃんだ。沙都子ちゃん以外にも、背の小さい子供が沢山いる。というか、背が高いのがぼくと園崎さんと竜宮さん以外見当たらない。そんな中でも、沙都子ちゃんは、本当に活発だ。ぼくもここに生まれたときから住んでいれば、こういう活発な子供になれたのだろうか。
「みー、慣れれば楽しいのですよ、祐二」
 そして沙都子ちゃんの隣に座るのは、しっかり者というのが第一印象の梨花ちゃん。黒髪のロングはどこか、黒猫の尻尾を思い立たせる。
 そして、楽しいかどうかは別として、やはり、こういう環境での授業は新鮮だ。特に、生徒であるところのぼくがほぼ同年代である竜宮さんと園崎さんの面倒を見ているというのがまた、なんとも面妖な光景であろう。
「梨花ちゃん、慣れれば楽しいなんてのはね、あり得ないことなんだよ。楽しいから飽きるなら分かるけど、慣れてしまってからが楽しいなんて、そうそうありはしないんだよ」
 なんてことを言ってもきっと、下級生である梨花ちゃんには理解できないであろう。そう思っていると、梨花ちゃんは笑顔でこう言った。
「そう言ってる自分がかっこいいと思ってるのですか、祐二は。痛い痛いなのです、にぱー」
 毒舌だ。少し席を立ち、ぼくのところに来ると、その小さな手でぼくの頭を撫でた。そしてそそくさと自分の席に戻っていった。ぼくの頭が痛いとでも言うのだろうか。そしてその素早い動き――教師にもばれていない――はやはり、どこか子猫の様だった。
 いや、自分がかっこいいとは思っていない。どちらかというと下種な部類に入るだろう。楽しむことをまず知らない。いや、知らないわけではない。感覚的には、楽しいと思えている。だけれど、それの表し方が、分からない。
 母親がショックを受けて精神不安定になったあの頃から。
 父親が他界してしまったあの頃から。
「さて、毒舌梨花ちゃんは置いておくとして。……竜宮さんは兎も角、園崎さんは少し酷いと思うよ、これ」
 竜宮さんと園崎さんの教科書の決定的な相違点。
 竜宮さん――マーカーで重要な部分に線を引き、小奇麗な教科書だ。教科書の正しい使い方としての参考になると言っても過言ではない。
 園崎さん――重要な部分は無駄な落書きで消え失せ、小汚い教科書へと変貌を遂げている。勿論重要な部分以外にも落書きが施されている。その落書きが妙に上手いのが腹立つ。
「あっはっは、ここら辺は偏差値厳しい学校があるってわけでもないから、そんなに勉強しなくてもやっていけるんだよ」
 そう笑うが……、園崎さんは今年で受験のはずだ。さすがにこれはやばいだろう。むしろヤヴァイ。
「ははは……」
 怠慢な園崎さんを見て竜宮さんは苦笑する。しかし、そんな話題を少しでもずらそうとしたのか、竜宮さんはぼくに話題を変えてきた。
「でもでも、祐二君って教えるの上手だよねぇ。千恵先生よりも上手なんじゃないかな、かな」
 少し肩を弾ませながら、笑顔でそう言う。可愛らしい笑顔だ。その笑顔に終始癒されながら、ぼくは答えを探す。
 正直に言って、ここまで褒められるのは初めてだ。教師よりも教えるのが上手なんて、言われるとおも思っていなかった。正しく想定外。予想外。規定外だ。では、どう返事をするべきか。迷いに迷って、ぼくは自分を卑下することにした。
「都会ではこれが普通だよ。ぼくなんかまだまだ下のほうさ」
 あれ、おかしいな。卑下したはずが、《都会に住んでいたことをやたら自慢したがっている奴》みたいな感じになっているぞ。大丈夫だろうか。
「へぇー、都会ってのは随分と嫌なところなんだね……。おじさんはこっちのほうが楽でいいや」
 あっはははは。
 そう豪快に笑う園崎さんの頭に、なにかがめり込んだ。
 ――出席簿。
「ちゃんと勉強してください、《委員長》?」
 委員長の部分をやたら強調して、彼女――千恵先生は言った。
「は、はい……すいませんでした」
 頭頂部に出席簿――それも角の方――がめり込んだのだ、ダメージは大きいだろう。
「さて、千恵先生に怒られないために、きっちり勉強しようか、委員長?」
「裕ちゃん、勘弁してよぉ……」
「あははは…………」
 気だるそうな園崎さんの小さな呟きという名の断末魔と、竜宮さんの小さな苦笑いは、蝉の声に消え入るようだった。

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なんかエラーになって嘆きました。
本文コピーしておいてよかった……。

というわけでどうでしたでしょうか。

初めまして、虫歯菌です。

初めてこのサイトを使用させてもらいます故、間違った使い方等してしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
本文の方、上手く描写できてれば良いなーと思っております。

普通の感想、誤字脱字の指摘、文がおかしいよーなどの指摘、そしてアドバイス、なんでも来いという感じでお待ちしております。
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