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黒の異邦人は龍の保護者 # 18 “Dragon kid……Go!!! ―― ドラゴンキッド、立つ ―― ” 『死神の涙』編 P
作者:ハナズオウ   2012/09/25(火) 22:51公開   ID:ZQVYnnW.e1Y




 戦場と化したシュテルンビルドにある製薬会社パンドラに注ぐ月の光のスポットライトの元、ヘイホァンは手を取り合っている。

 黒がこの世界にやってきて初めて、黒と黄は一週間以上離れていた。

 手を繋いだ数秒は、2人にとっては数十分繋いでいるように長く濃密な時間に感じられる。

 黒の体は黄に触れることでタイムスリップしたかのように、体中に力が漲ってくる。

 体中に漲ってきた力とともに、黒の頭も靄が晴れたようにスッキリとする。

 生きることを諦めた心が嘘のように、心は強く輝きを持っていた。

 なぜ、寝込んでいた黄がここにいるのか? なぜ追ってきたのか? 疑問はいくらでも浮かんでくる。

 黒はその答えを求めるよりも、ただ『黄が傍にいる』その事実だけを強く感じている。

 ――ただそれだけで、生きていける。

 取り合った手で思考が繋がったかのように、黄は小さく頷く。

 二人は見つめ合った視線を外し、周囲を一周見る。

 周りの敵の配置、息遣い、武装、今いる部屋の特徴。など視覚と聴覚、嗅覚で収集できる情報が黒へと入ってくる。

 冷静に周囲の情報から、この場を生き残る手段を頭の中に冷静に陳列する。

 ゆっくりと立ち上がった黒は、黄と背中合せに立つ。

 2人は握った手を離すことなく、力強く握られている。

 愛おしそうに、互いの存在を確認するように……ぎゅっと。

 黒は手に感じる温かさを感じながら、ふと思い出す。

宝鈴パオリンちゃんの幸せの絵の中にアンタが入ってもいいんじゃないかい?』

 それも悪くない。

 いや、この三年を黄と過ごした事で、孤独が怖くなってしまったんだ。

 光のある表の世界にいすぎて、闇に落ちることが怖くなってしまったんだ。

 闇の恐怖が、黄を失う事しか考えられなくなった。

 失うくらいなら、遠ざけて生きてほしい。

『大切なモノは遠ざけておくものだ』という、昔の人の助言どおりに……。

 そう思っていたのに、俺は弱くなってしまっていた。

 黄なしには生きていけなくなってしまったんだ。

『“どっちか一方が無理ならどっちも取っちまえ!”』

 昔、悪態しかつかないヘラブナみたいなオッサン、黄から言われた言葉だ。

 契約者を演じていた俺は、全ての人間か全ての契約者のどちらを助けるかを迷った時に胸ぐらを掴まれながら言われた。

 “鈴の幸せ”と“黒の幸せ”二つの行く先は一つ。

 お互いの傍で過ごす。

 無意識のうちに、自身の幸せを殺し、“鈴の幸せ”を優先させた。

 それではダメだった。

 気力も体力も、その全てが虚無へと消えていく。

 欲張ればいい。

 自身の幸せと鈴の幸せを両立させるために、命を賭けるのだ。


 ギュッと握られた手にさらに力強く握る。

 鈴も応えるようにギュッと握り返す。

 黒は周囲の銃を持った兵士達の銃の照準に黒達が入る。

 黒は手を握った鈴を上空へと投げる。

 鈴もタイミングを合わせて上へと飛び上がる。

 黒は直ぐ様、腰に着けたワイヤーを二本をそれぞれ左右へと投げ伸ばす。

 鈴も腕に装着したワイヤー射出器からワイヤーを二本とも黒のワイヤーから九十度の方向へと投げ伸ばす。

 二人とも能力を全力で開放させワイヤーを伝い、周囲を囲んでいる兵士たちへと電撃を襲わせる。

 ワイヤーを直ぐ様収納した黒は右手を天に向けて伸ばし、掌を開ける。

 空中から見る黒に、黄は遂に追いつけたのだと頭と心で理解し、笑顔が零れる。

 重力に囚われ床へと落下しているにもかかわらず、心は天にも登るほど浮かれてしまっている。

 伸ばされた黒の手を握った瞬間、黄は思い出す。

 今日この場に至るまでを……






―――――――





TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


  # 18 “Dragon kid……Go!!! ―― ドラゴンキッド、立つ ―― ”


『死神の涙』編 P


作者;ハナズオウ







―――――――




「さぁ、ドラゴンキッドせいぎを行おうよ」

 何度目のループだろうか……と黄は涙を流しながら、目の前のドラゴンキッドからの言葉を受け止める。

 黒を見捨ててドラゴンキッドとして生きるか。
 ドラゴンキッドを含めて全て捨てて、黒と闇の世界に生きるか。

 いくら考えようと答えなんてものは出ない。

 もう何度目になるか、黄はドラゴンキッドに腕を掴まれて同化していく。

 侵食されるように同化していき、何時の間にか、黄はまた何もない空間へと放り出される。

 そして、また黒がヒーロー達に倒される映像が浮かぶ。

 何度も何度も繰り返し映像を見せられた、黄の心は疲弊し、思考が停止しようとしていた。

 黒について行く気力が枯れそうになった瞬間、楽しそうな声が響き渡る。

「大丈夫? 黄 宝鈴ちゃん」

 陽気で可愛らしい女の子の声は、ふわふわとした黄の感覚をビシッと目覚めさせる。

 『だれ……?』 そう思った瞬間、目の前の映像はニッコリと笑う緑の髪の幼女に変わっていた。

 その手に持ったガラスのレンズのようなモノを幼女が反転させると、レンズはスゥっと青い光を灯して消え去る。

 そのレンズは、この世界ではない世界では、『流星のカケラ』と呼ばれるものであった。

「ようやく会えたね、黄 宝鈴ちゃん。うーん、ドラゴンキッドと言った方がいいかな?」

 “ドラゴンキッド”という言葉に、黄はビクッと肩を反応させる。

 幼女はニッコリと笑ったまま黄の手を握る。

「だ……れ?」

「初めまして、私はアンバー。

 ――ねぇ黄 宝鈴」

 アンバーはコクリと小さく首を縦に振る。

「黒と一緒にいたい?」

 ドキリとして、黄は息を飲んだ。

 夢の中で何度も何度も、心をへし折られそうになるまで繰り返した問答。

 『黒と一緒に生きたい!』っと言いたい。っが、声にならない。

 そう答えたならば、黄は世界から拒絶される。その恐怖が黄の声を止める。

「世界に拒絶されるのが恐い?

 黒はずっと……あなたより幼い時から世界を相手に戦ってきた。

 たった一つの心の拠だけを頼りにね」

「たった一つの……?」

「そう……始まりは妹のシン。次にドールのイン。そして、あなたも知ってる蘇芳すおう

 ――この世界に来てからは、あなただよ。黄 宝鈴ちゃん」

ボ……ク……?

「黒は優しいから、『その人が一番安全な、危険が少ないと思われる状況』を考えちゃうの。

 自分がどうしてほしいとかは二の次に考えてね。

 あなたも少し似てるね、黒に」

「似てる? ボクと黒が?」

「そう。夢に魘されるくらい考えてるあなたを縛っているのは、他人に捨てられる恐怖だけじゃないよ。

 その恐怖を鎖に例えると、それは重力のようにあなたを縛っている。

 それは“黒が望むこと”」

 ドキリとした。

 ジュニアスクールにすら上がらない年齢の幼女が、まるで何もかもを知っているかのように話している。

 それも的はずれな事ではなく、核心を突く言葉を……。

 アンバーは優しく頷く。

「黒はね、すっかり忘れてしまっているの。ううん……怖くなっちゃったの。

 第三の選択をする事をね。

 『あなたを連れて裏の世界へいく事』と『あなたを連れていかずに裏の世界へと去っていく事』の二つを考え、後者を取ったの。

 あなたも二つで迷ってるよね。『黒について行く事』と『黒について行かない事』で。

 ――もっと我侭になった方がいいよ。貪欲に強欲に、我を通してあなたの世界を幸せにするの」

 首を傾げ、ニッコリと笑ったアンバーから小さく蒼い光が立ち昇る。

 蒼い光が立ち昇り続け、それに伴いアンバーの身体は薄らと透け始める。

 黄はアンバーが出したヒントと目の前の幼女について頭を回そうとするが、思考がパンクして見入ることしかできない。

 黄が見るしか出来ない中、アンバーは光に代わり、跡形もなく消滅する。。

『ヒントを上げる。

 黒は、契約者だけが生きる世界か人間だけが生きる世界のどちらかを選ぶ時、悩んだ末にその軸を壊したの。

 ――“どちらか一方を選ぶ”という軸をね。

 あなたの悩みにとっての軸は何?』

 消えそうなアンバーの声は、静かに黄に届く。

 何も無くなった空間に取り残された黄は、アンバーの言葉を何度も何度も反芻させる。

「悩みの……軸……?」

“黒について行く事”と“黒について行かない事”。

 その軸を……。

 軸がなんなのか。

 黄は必死に考える。

 考えても正解などないのに……。

 どの答えを出そうとも、正解などは存在しない。

 思考に暮れる黄の周りは、色を失い闇に吸われるようにゆっくりと黒に包まれる。





―――――――




 ゆっくりと重い瞼を開く。

 午後の陽気な日差しに、黄は瞼を再び下ろす。

 右手に感じる暖かさを感じ、瞼をゆっくりと開けて視線を向ける。

 力なく開いた掌から蒼い光がポツポツと上がり、淡く消えていく。

 淡い光に、夢で出てきた緑髪の幼女、アンバーの笑顔を重ねた黄は、小さく口元をほころばせる。

『悩みの軸』

 アンバーより出されたヒントを考えるも、思考が上手く回らない。

 堂々巡りをして、いる内に蒼い光は跡形もなく消滅する。

「あらあら、起きて大丈夫なのかい? 宝鈴ちゃん」

「……お婆ちゃん」

「なら、ご飯でも食べようかね」

 部屋に入ってきた初老の女性、鏑木安寿。ワイルドタイガーの母である。

 優しく黄を立ち上がらせると、安寿は居間へと導く。

 そこにはプリンを美味しそうに食べて笑顔の楓が座っている。

「ほら、座って。今ご飯を作ってあげようかね。食材もちょうど来たばかりだしね」

 安寿が笑いながら冷蔵庫を開けると、ギッシリと詰め込まれた食材が見える。

 外からは、古く大きなエンジン音を出しながら走り始める自動車の音が聞こえてくる。

『君はこの絆を捨てようかと悩んでいるんだよ? ねぇ、黄 宝鈴』

 ビクリ。

 肩が恐怖を再認識して震えた。

 黒について行く選択をしたら、目の前の安寿と楓との絆も捨て去ることになる。

 世界から……拒絶される。

 そう思うと黄の体は芯から震えが込み上げてくる。

 黒に付いていきたい自分と、絆を捨てたくない自分。

 対極を指し示す二つの欲望に、黄の瞳は限界点を超えたかのように決壊する。

『もう限界だよね……ほら、ドラゴンキッドとして生きていこうよ。皆望んでるよ。楓もお婆ちゃんもお母様もお父様も

 ――もちろん“黒”もね。ほら……』

 止まらない涙を流しながら幻聴へと視線を向けると、やはりそこにはドラゴンキッドが手を差し出している。

 黒も望んでいる……その言葉に折れかかった心はグラリと揺らぎ、手を重ねようと動き始める。

『黒の事は思い出にすればいいさ。黒もそう望んでいる』

 幻聴の言葉、黒を思い出にすればいい。見捨てろという言葉に、黄の手は空中で止まる。

『悩みの軸』

 ふと会って話した事もない幼女の言葉が、黄の手を止めさせた。

「宝鈴ちゃんどうしたんだい?」

「っえ?」

 後ろから飛んできた安寿の声に、幻覚はかき消されるように消滅する。

「とりあえず、楓の横に座りなさいな。今暖かいモノ作ってあげるからね」

 黄は安寿に導かれるまま、楓の横の席に座る。

 安寿から出された暖かいスープなどをゆっくりと口の中へと運んでいく。

 一口、口の中にモノを入れた瞬間、胃は栄養を求めて唸り声のような虫の音が鳴る。

 安寿が全力であらん限りの食材を用いて、多様な料理を出していく。

 掃除機のように全ての料理を平らげた黄の顔は浮かない。

「宝鈴ちゃん、突然になっちゃうんだけどさ

 ――この家で一緒に住まないかい?」

「……っえ?」

「聞いた所によると、宝鈴ちゃんのお師匠様はどこかへ行ってしまったそうじゃないか。

 会社の方から世話役の人が来るのかもしれないけどね。

 ――知らない人と住むよりかは幾分かマシじゃないかい? 楓も喜ぶしね」

「お婆ちゃんホントっ! 黄さんと一緒に住むの!? やったー!」

 この家に住む……。

 お婆ちゃんと呼んでいる安寿は、初めて会った時からずっと優しい。

 祖母がいればこうなのかなっといつも思ってた。

 初めての友達の楓とずっと一緒に入れる……。

 この家で“普通の家庭”を享受しながら、ヒーローとして生きていけば……。

 ――楽しいだろうな。

 そう思った黄だが、心は一切波風を立てることなく沈んでいる。

 その原因はわかっている。

「お婆ちゃん……ボク……ボク……あ、……えっと……ぁあ」

 黄を悩ませるモノが上手く言語化出来ない。

 何も知らない安寿と楓にどう言っていいのか。

 黒の存在も過去も知らない安寿を巻き込んでいいのか。

 そもそも人に相談するべきコトなのか? 一人で悩み答えを出さないといけないのではないか……

「ここから学校に通うことだって出来るしね、現に楓は毎日行ってるしね。

 もし興味があるんだったら、楓と一緒にスケートも始めればいいさ。

 私の手間が増えるとか考えなくていいからね。一人も二人も一緒さ。どうせなら賑やかに過ごしたいのさ、この年になるとね。

 それに宝鈴ちゃんが住んでくれると、もしかしたら楓のお父さんもよく帰ってきてくれるかもしれないしね。

 宝鈴ちゃんは可愛いからね」

 ニッコリと笑う安寿。暖かな笑みに黄の心はグラグラと揺れる。

「ヒーローを止めても、住んでいてもいいよ。実家に帰るなら止めないしね」

 安寿は黄が『黒の元へと行く』という選択肢を取らないように、甘い条件をいくつも並べていく。

 事実、黄の心に『黒の元へと行く』という選択肢は小さくなってしまっている。

「お婆ちゃん……いい……の?」

「もちろんさ。どうだい? しばらくここに居てどうするか決めればいいさ」

「ボク…………」

 一緒に住むよ。

 そう言葉が黄の喉から音になって、声となろうとした一瞬。別の声が音を発する。

「そう虐めてやるな、安寿」

 少し楽しげな声が黄の真後ろから飛んでくる。

 声の主はペタペタと歩き、黄の前の座席へと座る。

 グルグルと包帯を巻かれた身体を隠すように浴衣を着たハヴォックがいた。

 生気の薄い顔色に落ち着いた赤の髪と同調するように落ち着きを見せる藍色の浴衣。

「お前の答えを聞きに来たよ。

 聞かせてくれないか? お前はどうしたい」

 微かに笑みを浮かべていたはずのハヴォックの顔から表情が抜け落ち、感情の篭っていない瞳が黄を捕まえる。

「……ボクは、お婆ちゃんと一緒に……」

 住む。そう喉から出そうになったが、なぜかそれが声にならない。

「住むか? 黒を見捨てて。一人でのうのうと……」

 心臓を掴まれたようにゾクリとした。

 何度も何度もうなされた夢によって弱った心に示された安寿の甘い誘い。

 なびいてしまった黄の考えを否定するハヴォックの返答と瞳。

 着地したはずの黄の心は再び風になびくように揺れ始める。

「私とマオは共犯だ。黒と猫との仲と違って、目的も望みもなにもかもが同じ同士と言っていい。

 猫が言っていただろう? “ドラゴンキッドでもなく、お前……黄 宝鈴としての答えを出せ”っと。

 ――それを聞きに来た」

 ハヴォックの冷たい視線から逃れるように黄は視線を小さく反らす。

 反らして逃げたところで答えなんてものは出ないのは分かっていたが、受け止めることが出来なかった。

「――?」

 黄が視線を反らした先、ハヴォックの腕は微かだがガクガクと震えている。

 寒さで震えているわけではない。

 じゃぁなんだ……?

「私はお前の望みを叶える。

 押しつけかもしれないが、お前が望む幸せのために必要なモノは取り返してきた」

 小さく挙げられたハヴォックの手には小さな切り傷は所狭しと刻まれ、正気の薄い肌を赤く彩っている。

 切り傷に目が行っていた黄は、ハヴォックの手が……果ては全身が震えている事に気づく。

「ハヴォ……ック?」

「気にするな……無茶を通すには力がいる。なんのツテもない私に出来ることといったら

 ――この身から失われた化け物を再び飼う事しかないさ」

「なん……で……? だって、黒がハヴォックは能力を毛嫌いしてるって」

「ああ。だが、必要だと思ったのさ。お前が望む答えをたぐり寄せるにはこれでもまだまだ足りないと思ったのさ。

 だが、それは必要なかったようだな。お前は黒を捨てて日常へと帰るのだろう?」

 『黒を捨てる』

 チクチクとハヴォックが責めるような言葉。

 安寿に虐めるなっと言った割に言葉で虐めているのはハヴォックの方だ。

 黄はそこに違和感を感じた。

 ハヴォックは確認の為に何度も何度も『黒を捨てる』かを聞いているわけではない。

 どこか黄に何かを気づかせようとしているように聞こえる。

「捨てたく……ない。

 でも、黒と一緒に行くとお婆ちゃん達を捨てる事に……」

「その選択ならそうだろうな……」

 恐る恐る言葉を紡いでいた黄の言葉を遮るように、ハヴォックは冷たく言い放つ。

 導いているのかバカにしているのか、折れた黄の心を揺らすようなハヴォックの言動に、黄の感情が小さく連鎖するように爆発する。

 瞳には今まで溜め込んだ涙が滝のように落下していく。

 恐怖で震え、凍えていたはずの心は沸騰するように熱を持つ。

 感情を爆発させて心に貯まった感情を逃がす事が出来ず、体中に力が入ったり抜けたりを数秒を置いて交互に繰り返す。

 感情を外へと逃がせない黄はオーバーロードしたかのように椅子に力なくもたれる。

 ダランと力の抜けた体に視線は力なく机に落ちる。

「わから……ないんだ。

 楓と友達になる前は黒が居てくれたらそれだけでよかった……

 こんなになるなら、外の世界なんて知らなければよかった……」

 涙ながらに呟いた黄の言葉。

 楓と友達になってから急速に広がった黄の世界が苦しめている現状。

 黄は外の世界なんて知らずに黒と二人っきりの生活をしていたらこういう事にはならなかったと洩らす。

 黄の力ない身体、表情、呟きにハヴォックは口元を緩める。

「安寿の気持ちもわかるな……苛めたくなる可愛さだ。

 少し意地悪が過ぎた。黄 宝鈴、すまなかった。

 私と猫の勝手な押しつけかもしれないがな、私たちは

 ――お前は黒といる事が幸せなんだと思っている」

 ハヴォックは静かに力強い視線と言葉で語り始めた。

 黄の隣に座っている楓はプリンにスプーンはさして入るものの、場の重さに食べることもリアクションを取ることも出来ないでいる。

 視線を安寿とハヴォック、黄に順繰りに移しては移し、何をしていいのかわからず視線を移し続ける。

「社会に出れば大なり小なり二択からどちらかを選ばなければならない時がくる。

 だが、お前の悩んでいるのはどちらかを選ばなくてもいい。

 第三、第四の選択が出来る。

 ――『ついて行く』だけが一緒にいる方法か?」

 すっと手を伸ばしたハヴォック。

 黄はハヴォックの手を取る。

 小刻みに震える手から感じる少し暖かな体温が、力を失った黄の身体に少しばかり力を注ぐ。

「ついて行く事で他との絆が壊れるんだろう? ついていかない――お前が今いるこの位置が他との絆を保つ。

 ついて行く事だけが黒との絆を保つ方法だと思い込んでいる。お前は今の位置から動く必要はないと、私は思っている

 こういう時にいい子でいる必要はない。欲張りになれ

 ――どちらか一方が無理なら、両方取れ」

「どっち……も? どうやって」

「方法は後でいい。お前の答えをお前の言葉で聞きたい。

 お前が選択してスッキリとする答えを私に……私達アンバーにより導かれた者たち、

 ――Evening Prim Roseにくれ」

 自分がスッキリとする答え。

 どちらかを選ばないといけないと思ってから、どちらが罪悪感が少ないのだろうかと無意識下で考えていた。

 罪悪感のない答えなんてモノは、無茶でしかない。

 綱渡りをしながら駆けっこをするようなもの。

 一歩、何かを間違えただけで全てがご破産になる。

 黒がいつも訓練の時に教えてくれた『生き残る可能性を探せ。大きいほうに賭けろ』はまずは命を繋ぐ事が第一と教えてくれた。

 無茶はするな。成功率の高い選択肢を選べとも教わった。

 だから、無茶な選択を選べず、どちらも選べなかった。



 そうだ……


 ようやくわかった。
 皆に導かれてようやく辿り着けた。

 ありがとう。
 皆がいてくれてよかった。出会えてよかった。



「宝鈴ちゃん……本当に行ってしまうのかい? ここにはもう……戻ってこれなくなるんだろう?

 そんなに無理する事はないんだよ、まだ子供なんだから時間はいくらでもあるさ」

 本気で心配そうな表情で問いかけてくる安寿に、黄はニッコリと笑顔を返す。

 目覚めてから初めて出す笑顔は暖かだった。

「ううん。ないよ。もう黒と生きていけるかの瀬戸際だ。

 どうすればいいかなんてわからない。ただボクは決めたんだ、黒と一緒にいたい。

 そして皆といたい。

 ――だから力を貸して!」

 ニッコリとした笑顔から、力強い視線で見据える黄。

「ボクは何も捨てない。楓とももっと遊びたいし、いろいろなことを一緒にしたい。

 お婆ちゃんとももっと一緒に色々としたいし、料理も教えて欲しい。

 ボクは黒がいなきゃダメだ。ボクは……」

 言葉に詰まる黄は小さく息を吸い、小さく首を縦に振る。

 沸き上がる気持ちを肯定するように振った首が戻ると、少し頬を赤くしながら

「黒が好き。女の子らしくもないボクだけど、黒といると幸せだし、いないなんて想像できない」

「いいだろう……方法などについては向いながら話すとしよう。

 安寿、黄 宝鈴に飯をやってくれないか?」

「……ふぅ。ハヴォックに導かれた感は否めないけどね、合格だよ宝鈴ちゃん。

 意地悪が過ぎたね……ちょっと待ってておくれ。うんと美味しいモノをタンと食べさせてあげるからさ」

 ニッコリと笑った安寿は数十分の時間を置いてから瞬く間に、机に乗り切らない料理を次々に運んでくる。

 黒と別れてから一度として浮かべなかった笑顔が戻った黄は、運ばれてくる料理を遠慮なく胃へと運んでいく。

 黒が作った料理とは違い、母親の……家庭の味を堪能しながら黄は食べ続ける。

 摘み食うようにチョコチョコと食べていたハヴォックは、口元を綻ばせ

「忘れるなよ、黄 宝鈴。この味を……お前が帰ってくる場所の道しるべの一つだ」

「うん」

 安寿が調理し、運んだ料理を全て平らげた黄の瞳は力強い光を放っている。

 それを見た安寿は、諦めるようにニッコリと笑いつつも溜息を落とし、居間を出ていく。

 数秒で戻ってきた安寿の手にはダンボールが乗っている。

 それを皿を片した机に乗せて中身を黄に見せる。

「これはアンバーちゃんっていう私の知り合いが宝鈴ちゃんのお師匠さんに向けて送ってきたものだよ。

 そして、お師匠さんは“追って来るならば、これを黄に渡してくれ”って言われてね。

 うんと意地悪して、宝鈴ちゃんに追うのを諦めてもらおうと思ったのさ。もちろん私が言ったことに嘘はないよ。

 一緒に住むのもいいと思ったのさ」

「ありがとう、お婆ちゃん」

 お礼と共に見せる笑顔に、安寿は命が失われるかもしれない戦場に黄を送り出す恐怖が背中を走る。

 止めようともう黄は止まらない。

 それがわかっているから、安寿は覚悟を決めて恐怖を腹の底へと飲み込む。

 止めれないならば、黄が全力を出せるように送り出すのだと笑う。

「戦いの事はよくわからないんだけどね、一つだけ言わせておくれ。

 宝鈴ちゃんが選んだ選択はまだ正解でも間違いでもないんだ。

 これから正解にしていくんだ。しっかりとね。

 嫌だよ、帰ってこないなんてのはね……」

 言葉と共に安寿はダンボールの中からは一つの衣装が現れた。

 衣装を広げると、ハラリと小さな紙が床へと落ちる。

『がんばってね』

 短く書かれたアンバーからの応援メッセージ。

 黄は噛み締めるようにメッセージを胸に抱き、衣装を身に纏う。

「その衣装についての説明も猫がしてくれる……いくぞ」

「うん! お婆ちゃん、楓」

 ハヴォックに導かれるように玄関へと向かう黄は振り向かずに言葉を投げる。

「なに?」
「なんだい?」

「――いってきます」

 振り返らずに投げた黄の言葉をしっかりと受け止めた二人は、声を合わせてこう言った。

『いってらっしゃい』

っと

「待ってるからねー!」

 っと楓が笑顔で力いっぱい腕を振りながら声援のように声を上げる。

「しっかりとね」

 っと安寿が帰りを信じたかのように落ち着いた声で送り出す。


―――――――


 嬉しい。

 嬉しい。嬉しい。嬉しい!

 ずっと夢見てきた。

 強さの象徴である黒と共に戦える。

 “こっち“を選択をしてよかった。

 でも、お婆ちゃんに言われたように、『ここから』が勝負なんだ。

 猫も言ってた! 『誰も見た事ない未来への分岐点』がこの部屋から始まる。

 選んだ選択肢を正解にする……こと。それがボクの戦いだ。

 黒の腕力によって無事着地した黄は、握った手を離さない。

 二対多数……圧倒的な不利にも関わらず、黄は落ち着いている。

 ハヴォックと安寿とのやり取りで一皮剥けたというのもあるが、なによりも

 黒と共に戦える安心感が大きい。

 手から感じる温もり、背中に感じる黒の体温……黄が感じる全ての黒が安心感を与えてくれる。

 何よりも、黒は言ってくれた『鈴』と……。

 愛称で、他の誰にも言われない黒だけが呼ぶ愛称を……

「――鈴

 呼吸を合わせろ」

 うん。

 大丈夫。

 落ち着いてるし、緊張感もちゃんと糸を張ってる。いけるよ、黒

 っと言葉には出さず、ギュッと黒の手を握る。

「切り抜けるぞ!」

 黒の言葉と共に、黒と黄はお互いを一瞥もせずに、走り始めた。




......TO BE CONTINUED





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■作者からのメッセージ
お久しぶりです、ハナズオウです。

間隔があきすぎて忘れてしまわれたかもしれませんが、なんとか更新できました。

今回は精神回となり話自体は進んでおりません。
っが、ここよりはほぼすべての前座を終わることができました。

後はエンディングに向けて走るのみです。

また、タイバニついに劇場版が公開されましたね。
私は今腰をかなり痛めてしまっていて外出できないでいるのでまだ見に行くことができないでいます。

また見て燃料にしようと思います。

そして、皆様軽い一言でもいいのでもしよかったら感想を書いてくれると泣いて喜びますので、もしよかったらお願いします。

では、ここより感想返しとさせていただきます。

 >黒い鳩 さん

いつも感想ありがとうございます。
相談させていただいてから追加したシーンでは、猫とカリーナのやり取りを追加しております。
カリーナと猫のペアは何気に自分が好きなものでw

今回も相談させていただいてようやく投稿に踏み切れました。ありがとうございます。

エリックの小物臭はかなりのものですしねw
この話のラスボスを全うできるのかは最後の楽しみにしておいてくださいw


 >13さん

いつも感想ありがとうございます。
今回も話はさほど進んでおりません。
また今回はドラゴンキッド回ですw
なしで進めてもよかったのですが、黄の成長物語でもあるので一話丸丸使いました。

お互い体には気を付けて更新していきましょう。


 >謎の女剣士 さん

感想ありがとうございます。
お互いに体に気を付けて更新していきましょう。


それではここらで感想返しを終わらせていただきます。

では、また次回のあとがきでお会いしましょう。
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