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黒の異邦人は龍の保護者 # 19 “ Yellow DragonKid and Black Death. ―― ドラゴンキッドと黒の死神 ―― ” 『死神の涙』編Q
作者:ハナズオウ   2012/10/27(土) 01:03公開   ID:ZQVYnnW.e1Y




 パンドラの表には出ない一室、緑髪の赤子が浮かぶ大きな生体ポットが堂々と佇んでいる。

 その前には10はあるモニタを睨むように凝視するエリック西島が怒りに身を震わせている。

 そのモニタには、暴れまわるヘイホァンが映っていた。

 突如襲撃をしてきた黒に対して圧倒的数の武力を投入して、用済みとなった黒を殺害しようと計画したはずが――

 目の前の光景は真逆である。

 数で圧倒的不利な黒と黄の2人は一切攻撃を受ける事無く戦闘を進めている。

ウェイ! ハーヴェスト! 蘇芳すおう!」

 エリックは怒鳴り声でパンドラで飼っている契約者を呼ぶ。

 扉からスッと入ってきたのは蘇芳とハーヴェスト。

 その後ろからは誰も入ってこず、静かに扉が閉まる。

 色素の抜けた長い髪を大きな剃りこみのように入った髪のない箇所に3つ打ち込まれたボルト。
 大きな外套の下には巨大な黒いタンポポが寄生している。
 不気味に笑うハーヴェストは堂々とエリックの前に立つ。

 一方赤い髪を三つ編みにした蘇芳は、興味なしと巨大な生体ポットを見つめる。
 ブラウンのひらひらスカートと黒のロングTシャツにジャケットと動きやすい恰好をしている。

「魏はどうした!」

「ククク……ワレはシラン」

「ボクも」

 魏がいないことに怒り狂うエリックを尻目に、興味ないとそれぞれ壁のシミを数えるように壁を眺める。

 ふと蘇芳の瞳の意思が抜け落る。

 まるで目を開いたまま眠っているように、動かなくなる蘇芳。

 誰にも届かない小さなつぶやきを漏らす蘇芳はまるでマネキンのようにも見える。

 蘇芳の首に掛けられた『流星核』のヒビがまた、ピシッと走る。

「へ……イ。ど……こ?

 た…………た…………」

「ええ、ではそのように。

 お願いします」

 と、何もなかったように電話をしながら魏は入ってくる。

 チャイナ服に身を包む、黒髪を逆立てた東洋系の男、魏は携帯電話をしまうと何食わぬ顔で一向に加わる。

 外部からのショックが入ったのか、蘇芳の瞳に意思が戻る。

「この緊急時にどこに行っていた!」

「緊急時だからですよ、エリック。

 確認したところ、シュテルンビルトにてパンドラ製薬工場に偽装していた“覚醒物質”工場が襲撃を受けてほぼ全て失われたそうです。

 時間的に見てBK-201で間違いないかと」

「何を言っている! 奴はヒーローから逃げたどの『未来の記憶』でも後2日は動けなかったはずだ!」

「我々が知る……とつけるべきですね、エリック」

 まるで挑発するような魏の言葉にエリックはギリギリと歯ぎしりを浮かべる。

 飼っているはずの契約者がケンカを売ってきているのだ。

 殺してやろうかとも思い浮かんだが、魏は対黒用の重要なパンドラの戦闘要員だ。

 また、侵入した黒を殺すために、戦闘兵と覚醒物質を打ち強制的に能力を発現させて洗脳した兵士を配置している。

 魏を殺すには戦力がエリックの手元にはない。

 ハーヴェストに殺すように命令してもいいが、殺し合うかはわからない。

 契約者は合理的に動くと言われているが、魏を殺す事に同意するかは微妙だ。

「ハーヴェスト! 『黒の死神の代用』の調整はどうなっている!?」

「奴はまだ時間がかかる。能力は発現したが、実用に足るレベルまでは引きあがるのにはもう少し時間がいる」

「使えない! 見つけるのに苦労し、天体観測研究所から誘拐するのにも苦労し……

 そのくせに、覚醒は遅い!」

「他の者の半分の間隔で薬を投与し、予定よりも早くはあるがな」

 エリックが怒り散らす中、ハーヴェストは冷静に答える。

 というのも、ハーヴェストの背中に生えている巨大な黒いタンポポから生成した物質が『覚醒物質』を構成する物質なのである。

 ハーヴェストの黒いタンポポにより一般人が能力を付与させる方法には2種類ある。

 1つは、タンポポの種子を植えて、その人の大切なモノを捨てさせる。

 それがこの世界を捨ててもいいと思えるほど掛け替えのないモノである必要がある。
 そうでなければ、タンポポに食われて死んでしまう。

 もう1つはいたって簡単である。
 量産した黒いタンポポから覚醒物質を抽出するのだ。
 それを一般人に打ち、徐々に能力を馴染ませていく。
 幾度かの訓練を経て、実戦に耐えれるようになるにはかなりの日数を必要とするのが難点と言えば難点である。

 件の“奴”は後者を利用して能力を発現させるようにエリック達は動いた。
 前者は成功すれば一日も掛からないが、ほぼ間違いなく失敗し、“奴”は死んでしまう。

 替えの効かない存在にそのようなリスクは負えないと選択した。

 が、黒の死神が攻めてきた今の状況にエリックは怒りをぶつける先にしかならない。

「そいやさ、エリック。

 パーセル撃ったってホント?」

「今はそんな裏切り者の事などどうでもいい!! 独房で今頃死んでる糞などな!!」

「心配だからジュライに見てもらったらいなかったよ? ハーヴェスト達が言ってるとおり爪が甘いね」

 お前も殺してやろうか……と言っているかのような視線でエリックに睨まれているのもなんのその。

 蘇芳は言葉を続ける。

「それよりも、今は黒の死神をどうするか……だよね」

「まったくだ。私はBK-201を殺しに行く

 そう言ってハーヴェストは叫んで止めるエリックの制止も聞かずに出ていく。

「ボクも、ここにいるよりも向かった方が黒の死神に会えるしね」

「まて! 蘇芳は私の護衛に回れ! 魏は隠れてここまできたBK-201を殺せ!」

「まぁ、仕方ありませんね。飼われている分は働きましょうか」

「ボクは嫌だ」

 すんなりとエリックの言葉を聞いた魏と反対で蘇芳は振り返らずに出ていく。

「まて、蘇芳! おい!」

 エリックの怒声虚しく、蘇芳は音を立ててドアを閉める。

「ではエリック、始めましょうか世界を獲るか、世界の過去も未来も手に入れれるかの瀬戸際のこの状況を」

「黙れ、化け物め! まったくこの状況が『楽しい』とはどういう神経をしているんだ、くそが」

 罵声を浴びながらも、魏は不気味に笑いながら指定された隠れ場所へと足を運ぶ。

 先ほどまで黒と黄の戦闘を映していたモニターには無数に倒れる兵士と地面だけが映っていた。





―――――――




TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


  # 19 “ Yellow DragonKid and Black Death. ―― ドラゴンキッドと黒の死神 ―― ”


『死神の涙』編 Q


作者;ハナズオウ






―――――――




 集団戦を無傷で終えた黒と黄は、即座に部屋を出て、奥へと向かう。

 誰もいない小さな部屋を見つけた黄は、黒の手を引いて入っていく。

 入った瞬間、黄は全力で黒へと抱きつく。

 見た事もない外套に身を包んだ黄に驚きつつも、黒は黄を受け入れる。

 上から見下ろすボブの金髪も何もかもが懐かしい。

 仮面越しに黄を見つつ、黒は一息つく。

 黒の腹へと顔をグリグリと押し付ける。

 黒は驚きつつ、癖で優しく黄の頭を撫でる。

 ゴロゴロと喉を鳴らす黄は服で見えはしないが、満面の笑みを浮かべている。

 満足したのか、プハァ! と黄は黒から顔を離す。

「やっと追いついた」

「なぜ来た……。

 ここは死ぬかもしれない戦場だぞ」

「HERO TVもそうだよ。どこでも命賭けだよ。

 それは黒が言ってた事じゃないか。だからずっと訓練してるんじゃん。

 ボクがここに来たのはね、

 ――――黒を“連れ戻す”ためだよ!」

 ニッコリと笑いながら、手を差し伸べる黄。

 一瞬、黒は黄の手を取るのを躊躇う。

「正体がバレたからってボクの元にはいれないって去ったよね。いれないならいれるようにボクがする。

 まだ皆には仮面の下が黒だって知られてないしね。

 ボクはパンドラがあるから帰ってこれないならパンドラをぶっ潰すよ。黒と一緒に過ごすためにもね」

 笑顔を弾けさせながら、恐ろしい事を言ってのける黄。

 将来かならず大物になるな……などと黒は思いつつ、黄を見つめる。

 それがわかっているとと言いたげに黄は大きく口を開けて無邪気な笑顔を向ける。

「猫に聞いたよ。蘇芳・パブリチェンコを殺すつもりだって。それがあの娘の幸せだって……」

「ああ、蘇芳を親元に返すためには、蘇芳・パブリチェンコを殺す必要がある」

「だから、手伝いに来た。電子系は猫がいるけど、実戦は黒しかいないじゃん。

 他のヒーロー達と出会ったらきついでしょ?」

 事実、ヒーロー1人と戦うだけで厳しい。

 ヒーローの厄介な点は何も、NEXT能力だけではない。

 ヒーローがほぼ全員で1つの事件、1人の犯人を追いつめる事だ。

 1人を退ける、逃れることが出来てもまた別のヒーローが迫ってくる。

 また、HERO TVのネットワークでの情報共有もある。

 ヒーローは視聴者からしたら競い合っているだけに見えるだろう。

 追われる側からしたら、エース級の戦力が個々に、全力で迫ってくる恐怖の対象そのものだ。

 冷静に考えると、苦笑しか出てこない。っと黒は小さく笑う。

「そうだな。だが鈴、

 ――お前との絆があるだけでやっていける」

「ボクもだよ。こんなのさっさと終わらせて帰ろう」

 ああ、と黒と黄はお互いの存在を確かめるように手を繋いだまま部屋を出ていく。

「やっぱりさ、黒もボクが女の子らしい方が好き?」

「……急になんだ……」

「いやぁさ。ずっと楓の家にいたんだけど、楓って本当に女の子らしくてさ……

 やっぱり黒も女の子らしい方がいいのかなって」

 ふぅ……と黒は小さくため息をつきつつ、黄の頭に手を置く。

「どっちでもいいさ。

 お前はお前らしく育ってくれればいいさ」

 軽く頭をなでると、黒は静かに歩き始める。

 黄もすぐさま嬉しそうに笑顔で後を追い、黒の腕に抱きつく。

 2人はゆっくりとパンドラの中を歩いていく。

 その姿はまるで街中を歩いているように余裕が漂う。

「黒はいつもボクの為にってこの三年間を一緒に居てくれた。

 今度はボクが黒の為に何かしたいんだ。

 だから、ボクも蘇芳・パブリチェンコを殺す事を手伝うよ」

 黄は決断の強さを示すように黒の腕にさらに強く抱きつく。

 女性特有の柔らかさが布越しに感じ、『黄とともにある』事を強く実感する。

 もう黒の心に喪失感は跡形もなく消え去っていた。

「黒、ボクたちこれからずっと一緒だよ」

「ああ……お前が望むだけな」

「やったぁ! ならもうずっと一緒。これからずっと、ずぅうううっと! 約束だよ」

「ああ……」

 満面の笑みを浮かべ、親指を立てて拳を突き出す。

 黒は静かに黄の拳を見つめるばかりで数秒が過ぎた。

 少し不満げな顔をした黄は『んっ!』と拳を動かして、真似をしろと視線で伝える。

「こう……か」

 黄にせかされて、黒も親指を立てる。

 満足げに笑う黄は黒の拳へと合わせる。

「えへへ。これタイガーさんに教えてもらったんだよ」

「そうか……やはりHERO TVあのばしょにいる事はリンにとっていい事だったようだ。

 鈴、これからは俺もお前も単独の力では乗り切れない。座学トレーニングの時に言っているな」

「「味方も敵も、不確定要素も全てを利用しろ。全ての情報を頭に叩き込み、組合せ、想像しろ。足りない力はそれで補え。そして、

 ――生きろ」」

 でしょ。と黄は黒の声に合わせた後にまた笑う。

 何度も弾ける黄の笑顔を見て黒は思う。

 ……本当にこの娘はよく笑う。俺の分までも……ありがとう。

 歩き始めた黒と黄は自然と手を繋ぎながらパンドラを進む。

 ふと、エントランスのように開けた空間に2人は入る。

 視覚と聴覚など全てを用いて、黒はエントランス付近に潜むはいないかを確認する。

 ……周辺に誰の息もしない。

 迅速に走り始めた2人の天井からタイミングを計ったように轟音と共にコンクリートの塊が落ちてくる。

 エントランス全体の天井が落ち、何もなかったエントランス全体に瓦礫が点在するようになり一気に廃墟風のフィールドとなった。

 散らばる瓦礫の中で最も大きな塊は轟音を鳴らしながら動き出す。

 それはあまりにも巨大で、無骨で、岩の造形物のように人間の形を保ったコンクリートの巨体である。

「なんだ、BK-201だけかと思ってたらラブリーちゃんも一緒か。

 今日はツイてるねぇ」

「鎮目……弦馬か」

「あらら、自己紹介した覚えないけどねぇ。まぁ情報通はどこにでもいるか」

 契約能力によりコンクリートを纏った鎮目は、ゆったりと立って黒と黄を見据える。

 鎮目の能力は『物体を纏う』。

 高圧電流を流せば、コンクリートと言えど電流は通る。

 ……勝つ為の手段は決まった。

 黒を行かせても大丈夫。勝算はある。

 黄は覚悟を決めて黒から手を放す。

 静かに深呼吸をして、体から適度に力を抜く。

 黒とのトレーニングによって鍛えられた瞬時に精神集中するスキルを発揮する。

 黄はアンバーからの贈り物である今着ている衣装に静かに能力を開放する。

 猫から説明を受けた黄は、衣装の特殊能力のいくつかを開放する。

 全ては電気によって引き起こされる。

 その1つは『布繊維の硬化』
 もう1つは『布繊維の膨張』

 つまり、外套を巨大化させて硬化させる。

「行って、黒!」

 力強く発せられた黄の声。

 黄は外套の両袖を絡めて、NEXT能力を開放する。

 外套を伝う電撃に布は反応し、膨張する。

 袖を体全体で大きく振り回す黄は、狙いを定めて振りぬく。

 その先にはコンクリートを纏った鎮目の腹が堂々とある。。

 腹へとぶつかった布は、布とは思えない硬度と衝撃が内包されていた。

 腹で受け止めた鎮目は、数メートル後ずさる。

 それに見向きもせず、黒は部屋を走って出ていく。

 残った黄にすら一瞥もせず進んでいく。

 傍から見れば冷たいと思えるだろうが、黄はそれは認めてもらった証拠だと口元を綻ばせる。

「あらら、置いてかれちゃったね……ラブリーちゃん」

「違うよ。黒はやる事が多いからね、先に行ってもらったんだ。それにあなたには用があるもん」

「相思相愛とは嬉しいねぇ、ラーブリーちゃぁん」

「違うよ

 ――あなたには一撃貰ったままだからね、3倍返しさせてもらうよ!」

「そうかぁ、ならおじさんも、ラブリーちゃんの時間を止めないとね

 ――その愛らしい太ももに毛が生える前にね」



―――――――




 鎮目へと打ちこんだ巨大化した外套の塊を元に戻した黄は辺りの状況を冷静に整理する。

 所々に隠れることが出来るほど大きな岩がいくつも転がっている。

 現場に死角を作れる場所は多いが、コンクリートを纏った鎮目に弱所は少ない。

 強いて挙げれば、目と口の穴ぐらいのものだ。

 そこを突いてもいいが、それは相手に軽くても重度の障害を残してしまう。

 ならばあのコンクリートを砕いて中に籠っている鎮目へとダメージを通す。

 コンクリートを破壊する術は現状ない。

「黒ならやめろって言うかな。勝つ術がないしね……ねぇ猫。どう思う?」

『ま、頑張れや。言ったように俺とハヴォックは導くことは出来ても進むのはお前さんにしかできねぇ。

 そうだな……素敵なおじさんからのアドバイスを1つ

 ――超えれそうにない壁があるならぶっ潰して進みな。飛び越えようが潰そうが進んじまえば同じだからな』

「うん。いってきます」

 黄は右手に全力の電気を纏わせる。

 そのまま鎮目に向けて躊躇なく撃ちこむ。

 落雷と思えるほど大気が弾けるような轟音と共に鎮目にヒットする。

 コンクリートに微かに帯電したのち、電気は霧散する。

「いやぁ、あついねぇ……BK-201用に対策したのが功をそうしたというか、

 実はね、オジサンこの下に特殊ゴムを着てるんだ。ごめんね、遊べなくて!」

 ……対策されていた。

 そうか、このパンドラは黒を捕える為に対策しているんだ。

 黒と同じ能力のボクの能力も対策されてるのと同じなんだ。

 これでボクが思ってた勝算は崩れた。

 黒……逃げろっていうかな?

 でもボクも引けなくなっちゃった。

 不利になったからって逃げるなんてできないしね。


 ドスドスと足音を鳴らしながら近づく鎮目は遠慮なく、黄へと狙いを定める。

 スッテプを使い、鎮目との間合いをズラそうと試みるが、鎮目は巧みに黄の試みを足幅や体重移動を用いて潰していく。

 余裕を持って、打ち下ろしの右フックを放つ。

 黄は打撃方向へと飛んで衝撃を逃がすと共に、外套に電気を通し『布繊維の膨張』を最大限行う。

 衝撃を逃がすも、黄はピンボールのように弾けて飛んでいく。

 天井と壁に跳ね返り、黄は激痛と共に床に落ちる。

「ごめんねぇ、オイタをする子にはお仕置きしないとだしね」

「これで2発……3倍返しだから5発でアイツを倒さないとね」

 ポツリと呟き、立ち上がった黄の瞳は感情をそぎ落としていた。

 頭の中でいくつもの戦術を立て、最善を探す。

 ……とりあえずは攻撃あるのみ!

 黄は体の各所を動かし、異常がないかを確認する。

 所々に打ち身はあるものの、骨折もない。戦える……と口元を綻ばせて鎮目に向かって一直線に走り出す。

 打ち下ろされる鎮目の右拳を簡単に避けると、肘と膝を用いて一点に集中させて4発放つ。

 ビクともしない鎮目は左回し蹴りを放つ。黄は鎮目の足を足場にして飛び上がり距離を取る。

 ……やっぱりビクともしないな。

 外套で殴ってもダメだったし、電撃も効かない。

 ボクの攻撃力じゃコンクリートの壁を壊せない。

 壊せる可能性がある打撃は……成功するかわからないけど、構えてから放つまで2秒は溜めを作る必要があり、時間が掛かりすぎる……。

 ならば外套を巨大化して、絡めて鎮目から時間を奪う。

 布繊維の巨大化と硬化はある程度の能力コントロールで発動する。

 だが、外套に秘められた最後の特殊能力は布繊維の操作は極度の精密な能力操作が必要である。

 その為に、黄は攻め込まれるリスクを冒しつつ、集中を始める。

 初めの一撃と同じように、外套を絡ませ巨大化させる。

 それをハンマー投げの要領で振り回して鎮目に向けて放つ。

 ぶつかる瞬間に巨大化した外套を捜査して網のように絡ませようと試みる。

 外套を変形させるよりも刹那早く、鎮目は片手で黄の外套を掴みとる。

「つぅ、つかまえた!!」

 クリーンヒットした巨大化した外套を掴む鎮目。

 外套に灯った電気は急速に萎み、外套の巨大化が収まろうと終息を始める。

 その瞬間を逃さず、鎮目は体全身を使い掴んだ外套を振り回す。

 まるでハンマー投げのハンマーのように振り回される黄は、半周した辺りでスッポリと外套から抜ける。

 電気がなくなり、唯の布に変わり果て、エントランスに鎮目によって捨てられる。

「さぁて、ラブリーちゃん。オモチャも取り上げたし、ゆっくりとデートしようねぇ!!」

 そこからは鎮目が一方的に攻撃を放ち、黄が避けるを繰り返していた。

 コンクリートを纏った鎮目の攻撃はコンパクトにはならず、大振りしかできない。

 それを黄が避けるのは造作もない。

 黄の攻撃は当たってもダメージにならないため、ほぼ意味をなしていないため、黄は攻撃に移らない。

 10分間、この繰り返しを行い続ける2人。

 再び繰り出される鎮目の攻撃を黄が避けようとすると、ふと足が思っている通りに動かずに瓦礫に足を取られる。

 当然、鎮目の攻撃は黄にヒットする。

 再びピンボールのように吹き飛んだ黄は幾度もバウンドして地面に落ちる。

 肺が酸素を求めるも、衝撃からか肺に酸素は取り込まれない。

 呼吸困難の痛みに数秒耐えて、ようやく黄の肺に酸素が供給される。

 即座に起き上がるが、しゃがむ。

 酸素が取り込まれた事よりも、黄の意識は鎮目の攻撃を受けた原因に意識が向いている。

 脚が疲労で動かなくなる……?

 黒との共闘とここ10分の戦闘をこなしただけだ。

 それだけで動かなくなるようには鍛えていない。

 確かに黒と別れてしまってから1週間は動いていない。

 それを差し引いても体力の落ちが激しい。

 まさかここまで、落ちてるなんて

「非力は悲しいねぇ!」

 余裕綽々の鎮目はニヤリと笑いながらゆっくりと近づいてくる。

「オジサン知ってるよ。BK-201に捨てられたラブリーちゃんは1週間部屋に籠っちゃった事。

 案外体力って落ちるんだよ。特に訓練が日常になってる人は特にね。

 それに足場が細かく悪いでしょ? それが更に体力を奪うんだよね。

 大丈夫、安心してよ。オジサン慣れてるから、潰さないように殺すし、ラブリーちゃんの外見をちゃんと残したまま殺してあげるからね」

 動きの鈍った黄に対して、鎮目はゆっくりと右拳を振りかぶる。

 起き上がろうとしても、黄の足は言う事を聞かない。

「じゃぁ、怖がらないでいいよ。少しお休みするのと一緒だしね……死ぬのは」

 打ち下ろされた鎮目の右拳を、黄は目を反らさずに見続ける。

 黄は振り下ろされた右拳をゆっくりに感じながら自身の無力さに歯噛みする。

「黒……」


 打ち下ろされた鎮目の右拳は黄にヒットする事無く空を切る。

 鎮目が狙いを外したわけでも、黄が飛び上がって避けたわけでもない。

 たった1人の乱入者が黄を助け出したのだ。

 乱入者は黄を抱きしめたまま、鎮目から死角の大きな瓦礫に隠れるように逃げる。

「あっれぇー? ラブリーちゃんどこかなー!!」

 鎮目は黄を必死には探さず、遊んでいるようにふざけながら探し始める。


 ●


 大きな瓦礫の裏。

「黄殿! 大丈夫でござるか?」

「……へ? 折紙さん?」

 黄を支えているのは、黄と同僚にして、黒が偽りの名『李』を名乗っていた時の友人である『折紙サイクロン』イワン・カレリンであった。

 なぜこの場にイワンがいるのか、黄はよくわからなかった。

「黄殿。拙者黄殿に謝りたいと思い、追いかけてきたで御座る」

「あや……まる?」

 そうで御座る。と静かに言ったイワンは姿勢正しく土下座を繰り出した。

 正座、背筋を伸ばし、手は地面に添えられておでこは地面にビタッとつけられている。

「……おぉ、ジャパニーズDO☆GE☆ZA」

「1週間前で御座る。トレーニングセンターにて拙者、この人に化けて黄殿を泣かせてしまったで御座る。

 この方が誰なのか、なぜその時にその人に化けたのか……思い出せはしませぬ。

 が! 拙者が黄殿を泣かせてしまった事だけは片時も忘れることは出来ませぬ!」

 イワンは能力を開放させて、黒に化ける。

 その姿を見た瞬間、黄は一週間前に黒と別れてしまったあの日を思い出す。

「毎日その事に潰されて動けなかったで御座る。今日とある女性から黄殿の居場所を教えてもらい馳せ参じたでござる。

 罪滅ぼしさせてください! 身代わりになれというのであれば喜んでこの身を差し出すでござる。

 ――顔のない青年が優しい声で何度も“鈴をよろしくお願いします”と言うんでござる」

 イワンが必死に謝り続ける中、黄はボロボロと涙を流す。

「黒だ……黒…………ありがとう」

 黒が自分を殺しながら黄の為に生きた3年間がここに残っていた。

 皆が黒の事を忘れてしまったけど、ここに残ってる。

 か細くも残った黒が紡いだ絆がボクに勝つ術を導いてくれた。

「イワンさん

 ――アイツから2秒を奪って!」

 それは身代わり宣告だ。とイワンは覚悟を決めた。

 だが、これでいい。

 この一週間自責の念で潰れてしまいそうだった。

 事件にも出れず、只々潰れてしまいそうだった。

 その重さが、黄の宣告によって綺麗に消えた。

 さぁ、ここでいう一言は決まっている。

 “目的地へ行ってくだされ!”だ。

 と、折紙は深呼吸するように深く息を吸う。

「奪ってくれた2秒でボクがアイツを倒す。

 作戦があるんだ……」

 ありがとう、黒。

 黒がいたから、この窮地でイワンさんが来てくれた。

 そして、黒とやったトレーニングがあったからイワンさんと目の前の敵を倒す策が瞬時に思いついた。

 今のボク一人では、あいつを倒せない。

 打撃もダメージは通せないし、電撃も効かない。

 だから、それを蛮勇ハッタリ知勇さくせんで覆す。

 必殺をぶちこむ!

「行こう、イワンさん。

 作戦はこう……」



―――――――




『その右の部屋だ、黒』

 パンドラ内の部屋をいくつもいくつも調べて回っている黒の耳に猫の声が無線で届く。

『まったく、あんな事言ってどう責任を取るつもりだ?

 “ずっと一緒だ”って黄はプロポーズでもした気でいるはずだ』

「どうもしない。

 鈴はまだ13歳だ。もし今本気でも、その気持ちがずっと続くはずはない。

 いずれ年相応の相手を見つけるさ」

 はぁ……と猫はため息をついて「そうか」と軽く返事を返す。

 ――まったく、あの年頃の少女の思い込みの激しさをなめてるな。

 などと思いつつ、猫は無駄話からナビゲートへと変更する。

 黒は猫の声を聞きつつ、開いたダンボールの中身を確認して容赦なく破壊する。

 パリンと割れたガラスから、液体が床に広がる。

『今の所、辿れる情報からわかる所はそこで終わりだ。

 さて、いい報せと悪い報せどっちから聞きたい?』

「悪い知らせは?」

『あぁ、“覚醒物質”が複数ヶ所に配送された。

 まぁ安心しな、配送先は全部わかってる。一つだけ厄介な所に配られた

 ――円環の理を体現した組織だそうだ。

 俺らの世界でいう“組織”と同じだと思うぜ。電脳世界を探してみたが有効な情報が見当たらなかった』

「そうか……」

『それはこの戦争を生き残ってからだな。ちなみにいい報せの方だが、

 ――アンバーのいる所がわかった。出てそのまま奥へ行け。好都合なことに蘇芳・パブリチェンコも奥にいる』

「…………」

 黒は猫の言葉に応えず、静かに部屋を出ていく。

 奥へと音も立てず走っていく黒。

 部屋への入り口や交差があるたび、黒は息を潜め敵がいないかを確認して進んでいく。

 奥に進めば進むほど、人の気配はなく薄暗い。

 入り口辺りに戦力を集中させる。その後にスタンドアローンのエース級を配置する。

 奥には必ず魏レベルの戦闘系の契約者がいるはずだ。

 それにこの騒動の黒幕、エリック西島は緊急脱出用の手段を持っているはずだ。

 情報だと、舞もその戦力に組み込まれているはずだ……。

 そっちまでは手が回るかどうか……。


 幾度目になるだろうか。進行事態は建物全体の中心部には辿り着いたはずだ。

 息を潜め様子を伺うと、壁に微かな振動が響く。

 その振動のリズムを感じ、仮面の下で微かに苦笑を漏らす。

「さすがに速い」

 聞きなれた足音に、黒はすぐさま奥へと走り出す。

 足音の主はワイルドタイガー。

 ガサツに癖を隠そうとしない音は、確かに彼だ。

 振動から割り出した距離はさほど遠くない。

 ワイルドタイガーが追いついてくる前にパンドラが囲う戦闘系の契約者と対面する。

 卑怯と言われようと、対面した契約者をワイルドタイガーにぶつけて、黒は一人で奥に進む。

 もう交差だろうと部屋の入り口だろうとかまわず全力疾走だ。

 全力で疾走する黒の真横を突如小さな物体が高速で追い抜き、10m程先の天井に突き刺さる。

 突き刺さると同時に黒の遥か後方から高速で迫ってくる。

 黒は咄嗟に地面にへばりつく様にして後方から迫る物体との接近から避ける。

 さっと追い抜いた物体はドスンと重い金属音を響かせて着地する。

「見つけたぜ、黒の死神!!」

「……」

 やはりワイルドタイガーだ。

 見る限り、能力は使用していない。

 目論見は外れ、契約者は近くにいる気配がない。

「大量殺人犯のお前がパンドラに何の用だ!?」

「蘇芳・パブリチェンコを殺す」

 “殺す”そう告げた瞬間、ワイルドタイガーから目に見えて怒気が放たれる。

 当然といえば当然。

 “正義の味方”を宣言したEPRの黒が人を殺す事を告げたのだ。

 少なからず正義の味方が増えた事を喜んでいたワイルドタイガーにとっては速攻で裏切られたのだから当然であろう。

「させねーよ!! お前をボコボコにして!!

 ――牧宮蘇芳を救い出す!」

 怒りとともに光りだすワイルドタイガーのスーツ。

 黒は動かない左腕の先、体全体で危険を感じる。






 お互いの目的は『蘇芳へとたどり着く事』。

 ワイルドタイガーは牧宮蘇芳をパンドラから助け出して、親元へと返すため。

 黒は蘇芳・パブリチェンコをこの世界から殺す事。

 その権利を賭けて2人のたった5分間の戦いが静かに始まりを告げた。





―――――――




......TO BE CONTINUED





■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
お久しぶりです、ハナズオウです。

中々更新できぬ中、掲示板が活性化してすっかり忘れ去られてしまったかもしれませんね。。
しかし、なんとか続けております!

今回は感想なかったので、感想返しできないので少し寂しいです。。

ですので、少し勝手に語ります(ホントに寂しいのでw)

本編はついに、黒vsワイルドタイガーと黄+イワンvs鎮目戦が開始されました。
ここらへんは『死神の涙』編を考えた時に初めに浮かんだ場面です。ここからは話自体の時間は1時間以内の話となります。
ここからはずっと戦闘戦闘戦闘です。

お楽しみください。

また、読者の皆様の簡単な一言、苦言、アドバイスなどお待ちしておりますので、よろしくお願いします。

では、また次のお話のあとがきでお会いしましょう

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