ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第18話:異邦人達の夜
作者:蓬莱   2012/10/28(日) 01:06公開   ID:.dsW6wyhJEM
月明かりに照らされた部屋の中で、どことも知れぬ場所に来てしまった近藤は、頭を抱えるしかなかった。
とここで、そばに落ちていた携帯電話の着信ベルが鳴り出した。

「な、何なの…!?」
「何で、俺の携帯電話に着信が…あ、もしもし、どちらさまでしょうか?」
『あーもしもし、その様子では、どうやら無事にたどり着けたようじゃな』

父である時臣による影響なのか、電化製品に疎い凛が鳴り響く携帯電話の着信音に動揺する中、近藤はこの世界で自分の携帯電話に着信が入るはずなどなのにと思いつつ、恐る恐る電話にでた。
すると、近藤の耳に電話をかけてきた声の主―――近藤をこの世界に送り込んだ張本人である老人の声が、電話の向こう側から聞こえてきた。

「え、じゃあ、これって夢じゃないのかよ!! おいおい…マジで異世界来ちゃったよ!? つか、全然無事じゃねぇよ!! というか、何で、俺、全裸なんだよおおお!!」
『まぁ、平行世界に行く際の御約束というやつじゃろ。ほら、ター○ネー○ーとかいう映画でもよく全裸に…』
「違うだろ、それ!? むしろ、あれはタイムスリップじゃん!! というか、あんたが来たときはちゃんと服着てい―――あ、すまんな。もうすぐ、電池切れるようだ。充電が終わったら、また連絡す―――え、ちょ、ゼル美さん、ゼル美さぁああああああ!!」

すぐさま、電話をかけてきた相手が誰だか分かった近藤は、ほとんど巻き込まれたも同然で異世界に辿り着いてしまった事や何故か全裸のままである事などを、電話をかけてきた老人に対し、捲し立てるように半泣き状態で訴えた。
だが、老人は大して気にするようなこともなく、とある有名映画を例えに出しながら、呑気にメタ発言をかましていた。
あまりの老人の落ち着きっぷりに、普段はほとんどしないツッコミをする近藤であったが、老人の携帯電話のバッテリーが切れたのか、ぷっつりと電話が切れた。
そして、唐突に切れたしまった携帯電話に向かって、パニック寸前の近藤は、老人の名前―――ゼル美をほとんど泣き出しそうな感じで叫んだ。

「大丈夫ですか、凛さん!? 何かあったのですか!?」
「…ん、その声は万事屋か!! そっちこそ、いったい…って?」

とここで、項垂れる近藤の耳に、慌てた様子でこちらに向かってくる声が聞こえてきた。
そして、その声は、近藤の世界で植物人間状態となったとある人物の声そのもので、近藤は、まさか、その人物がこの場所にいることに驚いた様子で振り返った。
だが、振り返った近藤の前に現れたのは、近藤の知るその人物とは似ても似つかない、奇妙な服を身に着け、長巻のような槍を手にした金髪碧眼の青年―――騒ぎを聞きつけ駆けつけてきた、凛たちの護衛を任されている立花・宗茂だった。

「…凛さん、いったい何をやったのですか?」
「えっと、お母様のお手伝いをしてくれるような使い魔を呼び出したんだけど…ゴリラの使い魔がきちゃった」
「ず、随分と個性的な使い魔ですね。いや、その、全裸の男性とは―――ありがとう!!―――え、ちょ!?」

騒ぎに気付いて駆けつけたら、部屋にマスターの娘と一緒に、携帯電話を片手にこちらを見る全裸の男がいた―――駆けつけてきたのはいいものの、どう考えても状況の分からない宗茂は、とりあえず、この事態の中心人物であるはずの凛にむかって尋ねた。
ここで、凛は母親である葵の手伝いをするための簡単な使い魔を呼び出そうとして、何故かゴリラの使い魔―――近藤を呼び出してしまった事を宗茂に伝えた。
本当に色々な意味で、この子の将来が心配になってきました―――凛の説明を聞いた宗茂は、何かとうっかりの多い凛がこの先どんな人生を送るのかを本気で心配してしまった。
とその時、今度は、感極まったように喜びの涙を流した近藤が、戸惑う宗茂に抱きつきながら、大きな声で感謝の言葉を口にした―――全裸で。

「は、初めて、初対面で人間扱いしてくれたぁあああああああ!! こんなに、こんなにうれしい事はねぇよ!! ありがとう、本当にありがとう、声だけは万事屋にそっくりな見ず知らずの人!!」
「あ、いや、ちょ、ちょっと、すみません。一応、どういう事なのか事情を…そう抱きつかれても困…あ、ちょ、あた、ナニかが当たって…はっ!?」

元いた世界でも、いつも、ゴリラ扱いされたり、ゴリラその物になったりと、何かとゴリラとして接せられる近藤にとって、一応、一人の人間として扱ってくれた宗茂に対し、溢れんばかりの喜びを隠せなかった。
もっとも、涙を流して喜ぶ全裸の男性にいきなり抱きつかれた宗茂としては、近藤のナニが当たって、若干引き気味になりながらも、事情を聞くために近藤を落ち着かせようとした。
その直後、宗茂は突き刺さるような絶対零度の視線を感じて、思わず後ろを振り返った。

「「…」」
「ぎ、ァさん?」
「お母様、あの…」
「え、ちょ、ちょっと何かこの空気何処かで感じた気が…」

そこにいたのは、無言のまま、夜叉と化した二人の女―――全裸の男性もとい近藤とその近藤に抱きしめられる夫の宗茂を、光を失った眼で見つめる立花・ァと、もっとも攻撃的な表情である笑みを浮べた遠坂・葵(全裸の馬鹿により外道スキル鰻登り中)だった。
そのあまりにも、他を圧倒するようなァと葵の殺気に、宗茂や凛は声を震わせながらたじろぎ、殺気の対象である近藤に至っては、恋仲(近藤の妄想)である女性と同等の気配を感じていた。

「奥様、この場で少々荒事になりますが、よろしいでしょうか? よろしいですよね?」
「ふふふ…立花さん、そんな少々なんて遠慮しなくていいわよ。むしろ、徹底的にね」
「え…何なの、この空気…ちょっと、この人たち、何か誤―――夫の恥辱をそそぎます!!―――ぎゃあああああああああ!!」

―――もはや、今すぐに、この男を仕留めるしかない。
それが、目の前にいる全裸の男―――近藤に対する、互いに声をかけるァと葵にとっての共通認識だった。
あれ、俺、かなり危機的状況にいるよ!!――――あまりのヤバい雰囲気が漂っている事に気付いた近藤が誤解を解こうとした瞬間、禅城邸の至るところに聞こえんばかりの近藤の悲鳴が響き渡った。


第18話:異邦人達の夜


数分後、禅城邸の居間にて、宗茂たちが、ァの悲惨極まりない制裁により、ゴリラからミイラ男へとランクアップした近藤を取り囲むように座っていた。

「だ、大丈夫ですか? 結構、ァさんも本気だったみたいですし」
「あ、いやいや、御気になさらずに。お妙さんと会う時なんか、何時もこんな感じですから。はっははははははは!!」
「いや、その話を聞く限りでは、別の意味で心配になってきたのですが…」

あまりの悲惨な近藤の姿を見て、心配そうに声をかける宗茂だったが、普段からの行い故なのだろうか、当の近藤はさして気にすることもないという感じで笑って返した。
まぁ、毎度毎度、近藤がやらかしたストーカー行為に対する制裁の度合いを鑑みれば、ある程度の致死的攻撃ならば慣れてしまうモノだろうが。
とはいえ、これには、さすがの宗茂も、いったい、どんな事をすれば、そんな悲惨な事が当たり前になるのだろうかとドン引きしつつ、近藤にむかって苦笑するしかなかった。
とここで、すこぶる元気な近藤の姿を見ながら、うんうんと笑みを浮べた葵は徐に立ち上がると―――

「それじゃあ、とりあえず、警察に連絡を…」
「待ったぁ!! いきなりすぎでしょ、奥さん!! ちょっと話を聞いてくれよ!! というか、むしろ、俺が警察だから、異世界のだけど!!」

―――一刻も早く、全裸でこの家に不法侵入した近藤を社会的に抹殺すべく、警察に電話をかけようとした。
これには、さすがの近藤も、今、警察に捕まれば、どれだけヤバい事が分かっているので、電話をかけようとする葵を慌てて止めに入った。
そして、この状況を打開する為に、近藤は自分も一応、元の世界においては警察官であることを明かした。

「「「はぁ…?」」」
「ガチだあああああ!! ガチで“お前は何を言っているんだ?”って顔されたぁあああああ!!」
「だ、大丈夫ですか、近藤さん!? とりあえず、とりあえず、話だけでも聞きましょう、ァさん、葵さん、凛さん!!」

次の瞬間、警察官であることを明かした近藤に向け、葵、ァ、凛が見るからに、“この変態、何をほざいているんだ?”というのがもろ分かるような、それはそれは凄まじく不振感たっぷり溢れる表情を浮かべた。
本当のことを言っただけなのに一気に不審人物が受けるような扱いされた近藤は、他人から見たら、俺ってそんな顔されるほど怪しい奴に見える事に愕然としながら叫ぶしかなかった。
もっとも、素性も知れない全裸姿のゴリラじみた男が、いきなり警察官であると名乗っても、欠片も信用できるわけがないのだが。
とはいえ、これでは話が進まないのに加え、あまりにも近藤が不憫すぎると判断した宗茂は、未だにヒソヒソと話しながら近藤を指さすァ達を説得しつつ、今にも自殺しそうな勢いで落ち込む近藤を宥めた。



その後、ようやく落ち着きを取り戻した近藤から語られたのは、とある人物を巡って起こった不可解な出来事だった。
きっかけは、近藤の腐れ縁の付き合いである男―――近藤曰はく万事屋がバナナの皮に滑り、真冬の川に転落したことから始まった。
普通ならば、命を落としかねない事故であったが、幸いにも体そのものに大きなけがはなかったため、万事屋の命そのものに別状はなかった―――ただ、意識が戻らないという一点を除いては。
脳や心臓は確実に動いてはいるのだが、事故後3か月経っても意識の兆候は全く見られなかった。
もしかしたら、このまま、万事屋は一生目覚めないのではないか?―――万事屋が植物人間状態となった事を聞き、病院に駆けつけた万事屋の身内や友人たちがそのような不安に駆られる中、その場にやってきた万事屋に仕える(強制的)式神である外道丸がある事実を告げた。

「これは…魂だけが、体の中にはいっていないでござんす」

外道丸から告げられたその事実に、万事屋の仲間たちは、その手の事に詳しい知人―――スタンド旅館の女将、キャバ嬢やっている元巫女、江戸きっての陰陽師の一族らに声をかけ、さらに詳しい事を調べてもらった結果、常識では考えられない驚くべき事実が発覚した。
現在、万事屋の肉体には、その器に収められるべき魂が入っておらず、万事屋の魂と肉体は、精神という名の鎖によって辛うじて繋がれた状態だったのだ。
しかも、肝心の万事屋の魂はこの世界のどこにも、しかも、魂が行き着くべきあの世にすら存在していなかった。
―――では、いったい、万事屋の魂はどこにいったというのか?
その疑問に答えたのは、頭を抱える一同の前に現れた一人の老人だった。

「どうやら、厄介なことになっとるようじゃな、ママ」
「あんたは…ゼル美!!」

その老人の名は、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ―――またの名を“魔女っ娘ゼル美”と言い、かまっ娘倶楽部のママであるマドマーゼル西郷の古い知り合いにして、元人気店員という経歴を持っていた。
だが、それはこの世界での仮初の姿に過ぎず、その正体は、“並行世界の運営”という第二魔法の使い手であり、並行世界を放浪する魔法使いだった。
ちなみに、かまっ娘倶楽部で働いたのは、ゼル美が酒代を払うことができず、仕方なくアルバイトとして働かざるを得なかったためである。
ゼル美によれば、万事屋の魂は、事故の際に、何らかの要因によって、魂と肉体が分離され、現在、この世界ではない別の並行世界―――異世界に存在しているとのことだった。
幸いにも、並行世界を自由に行き来できるゼル美の力により、万事屋と式神の契約を結んでいる外道丸を道標として送り出すことで、万事屋の魂がいる異世界をすぐに特定することができた。
そう、そこまでは良かったのだが―――

「あぁ、それと…並行世界へ送り込めるのは一人だけじゃ。お前さん達で選んでくれ」

―――いざ、異世界へと向かわんとする段階で発せられたゼル美の一言によって事態は一変した。
万事屋の魂が存在すると思われる並行世界に行けるのは一人だけ―――瞬時に、この場にただならぬ殺気が溢れ返り、互いに先ほどまで仲間だった相手を威嚇するように目を配らせた。
まず、口火を切ったのは、残念な卵焼きをせっせと作っていたキャバ嬢だった。

「あら、それなら、一番付き合いの長い私が行くしかないわね。新ちゃん、もしもの時はよろしくね…」
「ちょっと待ちなさいよ!! それをいうなら、私が一番相応しいわよ!!」
「いや待て…それを言うなら、吉原や師匠の一件で世話になったわっちが行くべきじゃ!!」
「待つんだ!! お妙ちゃんや皆にもしものことがあれば大変だ。ここは僕が…」
「ドサクサに紛れて何を言い出すネ!! 万事屋のメインヒロインである私が行くネ!!」
「え、ちょ、皆、ちょっと落ち着きましょうよ!! というか、何か趣旨が変わって―――うっさい、駄眼鏡!!―――うわらばっ!!」

とこんな具合に、争いを止めに入った駄眼鏡をぶっ飛ばしつつ、万事屋を助けに向かわんとする女どもの醜い争いが勃発してしまったのだ。
もはや、只でさえ狭い部屋の中で、薙刀や刀、苦無、眼鏡、拳がぶつかり合いながら、並行世界に行く権利を殺してでも奪い取るという選択肢一択な女共の争いが繰り広げられた。
そして、この修羅場に自ら足を踏み込んでしまったのが、自分と恋仲である(と思い込んでいる)お妙に会うために、天井裏からやってきた近藤だった。

「お妙さ〜ん、結婚し―――死ねよや、ゴリラァ!!―――ひでぶっ!!」
「あ、何じゃ、そいつにするのか。まぁ、構わんがのう。では、早速いくぞ」
「え、ちょ、それ、どういう―――じゃあ、気を付けてのう―――何でぇえええええええ!!」

まぁ、テンプレ的パターンによって、いつもと変わらぬ感じでぶっ飛ばされた近藤であったが、そのぶっ飛ばされた先にいたのが、女共の争いに待ちくたびれていたゼル美のすぐそばだった。
後は、近藤を選んだのだと勘違いしたゼル美によって、問答無用に先行した外道丸を道標として、近藤は万事屋の魂がいる異世界へと送り込まれてしまったという訳なのだ。
もっとも、何故か辿り着いてしまったのは、先行した外道丸のところではなく、禅城邸にいた遠坂凛のところだったわけなのだが。

「―――という訳で、そこの娘さんのところへ来ちゃったわけなんっすよ」
「そう、それは大変でしたね…」

ひとまず、事情を話し終えた近藤は、嫌というほど自分の運のなさを感じ、本当に何でこんな事になったんだろうと思った。
そして、近藤の話を聞き終えた葵は、うんうんと頷きながら、落ち込んでいる近藤を労わるように慰めると―――

「じゃあ、警察に連絡を…」
「奥さああああああああああああああああああん!! 聞いてたの、ちゃんと人の話聞いてたの!?」
「駄目よ、お母様!! 一応、私が呼んだゴリラの使い魔だから、ちゃんと送還するわ」
「だから、俺はゴリラでも、使い魔でもないって!! 何で、この世界の人間って人の話を聞いてくれないの!?」

―――全裸で家に侵入したことに変わりないので、この異世界から来た猥褻物兼不法侵入者である近藤を警察に引き取ってももらうために、警察に電話をかけようとした。
このままでは、犯罪者として捕まりかねない状況に、近藤は、何が何でも警察を呼ぼうとする葵を必死になって止めようとした。
だが、凛も凛で途中から難しい話だったのでほとんど聞いていなかったのか、未だに近藤の事を自分が召喚した使い魔であると思い込んでいた。
どうしろっていうんだよ、この状況!!―――もはや、周りに味方がいない事に頭を抱えたくなる近藤であったが、救いの手は意外なところからやってきた。

「宗茂様…この方の言う万事屋という人物は…」
「えぇ、ァさん。多分、そうでしょうね」

この大騒ぎの最中、宗茂とァの二人だけは、近藤からよって語られた万事屋に関する話を聞き終えると、表情を険しくしながら、互いに顔を見合わせた。
ァの察するように、近藤の話から察するに万事屋とは、容姿などから倉庫街での一戦において活躍したあの男である事に間違いないだろう。
だが、ァの言葉に頷いた宗茂も、本来ならばそれは絶対にありえない事であることも十分に理解していた。

「近藤さん…あなたの言葉が真実なら、確かにあなたの捜している人物に極めて近い人を知っています」
「え、本当なのか、宗茂さん!!」

意を決した宗茂は重々しい口調で、未だ警察に電話しようとする葵と怪しげな本と道具を用意し始めた凛を止めようとする近藤に、その万事屋らしき人間を知っている事を伝えた。
まさか、宗茂が万事屋の事を知る人間だった事に、近藤は思わず驚きながらも、万事屋をすぐに見つけだせそうな事に喜ぶが、対する宗茂とァは重々しい表情のままだった。
なぜなら―――

「ただ、もし、そうだとするなら、彼は極めて異常なサーヴァントということになります」
「坂田銀時…いったい、何者だというのでしょうか…」

―――アインツベルン陣営のサーヴァントである坂田銀時は、死して英霊の座に至った魂ではなく、今も精神という鎖によって、分離した肉体と魂が結ばれた状態で生きているという事実が判明したのだから!!
何かがおかしい―――そう思いながら、ァは、未だ先の見えない聖杯戦争の行方に一抹の不安を感じざるを得なかった。



同時刻、表の通りを行き交う人々が疎らになり始めてきた冬木市のとある裏路地において、とある追跡劇の幕が下りようとしていた。

「はぁ、はぁ…くっ!!」

いきなり、襲撃を仕掛けてきた追跡者によって仲間を殺され、手傷を負いながらも、ここまでどうにか逃げ延びてきた逃亡者であったが、その運もここで尽きることになった。
次々と血があふれ出す傷口を抑えながら、荒く息を切らした逃亡者が逃げ込んだ路地裏の道の先にあったのは、三方を壁に囲まれた行き止まりだった。

―――シューコー、シューコー―――

直後、逃げ場を失った事に愕然とする逃亡者の背後から聞こえてきたのは、路地裏に響き渡る、生物の息としてはあまりにも機械的で不気味な呼吸音だった。
逃亡者は知っていた―――この呼吸音が、この逃亡劇に至る中で何度も自分を追い詰めた追跡者がいることの証であると。
そして、そこに誰が居るのかを理解しつつ、ゆっくりと振り返った逃亡者の前にいたのは、これまで逃亡者を追いかけてきた追跡者―――見慣れない奇妙な筒を持った黒いヘルメット状のマスクを被った男だった。
もはや、この追跡者から逃げ続ける事など出来ない―――追い詰められた逃亡者に残された選択肢はもはや一つしかなかった。

「うああああああああああ!!」
「…」」

もはや、この追跡者をこの場で倒すしか生き残る術はない―――追跡者と戦う覚悟を決めた逃亡者は威嚇するように声を張り上げながら、手にした武器を追跡者に向けて投擲した。
生き残るために戦いを挑まんとする逃亡者に対し、この展開を予測していた追跡者は、逃亡者によって投擲された武器が迫る中、無言のまま構えると、手に持っていた奇妙な筒のスイッチボタンを押した。

「な、何だよ…そりゃぁ…」
「…」

路地裏での逃亡者と追跡者の勝敗は一瞬で決まった。
そこには、逃亡者の放った武器を難なく打ち払った追跡者によって胸を突き刺された逃亡者の姿があった。
とここで、口から大量の血を吐きながら絶命しようとする逃亡者は、目の前で起こったことが信じられず、息も絶え絶えになりながら疑問を口にした。
―――追跡者が筒のスイッチを入れた瞬間、筒から光を束ねたような棒状の何かが瞬時に伸びてきた。
―――あたりに散らばっている、追跡者によって打ち払われた武器は全て高熱で焼き切れたかのように、切断面がドロドロに溶けていた。
―――そして、追跡者によって突き立てられた光の棒が刺さった胸の部分からは体の中を焼かれる痛みが身体中を走り、肉が焦げる時の独特の臭いが煙と共に周囲に立ち込めていた。
とここで、逃亡者の問いに答えるつもりで言ったのかは定かでないが、薄れていく意識の中で逃亡者は聞こえるか聞こえないほどかすかにだが、ポツリと不気味な呼吸音に混じるような形で追跡者の声が聞こえてきた。

「…こりゃ、ビームサーベルじゃ」

その怪しげな出で立ちからは想像できないほど場違いな、どこかの方言交じりの言葉が、逃亡者の聞いた最後の言葉だった。
直後、逃亡者の死を確認した追跡者は、自分の背後に現れた三つの影が近づいてきている事に気付いた。
しかし、その三つの影の正体―――自分の協力者であることを知っていた追跡者は少しも慌てることなく、ゆっくりと背後を振り返った。

「どうやら、終わったようだな」
「…」
「無言か…まぁ、後の処理は俺たちに任せてもらおう」

追跡者が振り返った先にいたのは、逃亡者たちの遺体を回収しに来た三人の男―――スーツ服を着た男と制服を着た二人組の男がいた。
任務を果たした追跡者に声をかけるスーツ服の男であったが、追跡者は無言のままだった。
愛想のない追跡者に、何処か鼻白んだ声で、スーツ服の男は部下である制服を着た二人の男に目を配らせると、逃亡者の遺体を運び出そうとした。
とここで、何かを思い出したように手を叩いた追跡者は、いきなり、被っていたマスクを取り外した。

「ワハハハハ!! ほんま色々迷惑をかけるのう、ほんますんまそん!!」
「え、ちょっと声がデカいんですけど。つうか、普通にマスク外せるの!? 喋れるの!?」
「いやいや、首領から“声がデカいから、この消音マスクをつけろ”と言われてのう!! ほんま自分の癖ってのは、厄介なもんじゃのう!!」
「だから、声がデケェよ!! ワザとワザとやってねぇよな、おい!!」
「どっちもどっちだと思うがね…」
「まぁ、誰もいないですし、別に良いんですけど…」

裏路地中に響き渡る笑い声と共に、マスクから現れたのは、顔の右側に何かの事故で手術したような跡がある精悍な顔立ちの男が、歯を見せるほどニッカリと笑みを浮べていた。
まさか、いきなりマスクを外すとは思っていなかったスーツ服姿の男は色々なツッコミを交えて驚きつつ、大声で笑う追跡者に慌てて大きな声を出さないように注意した。
だが、生まれつき声がデカいのか、追跡者は、かつて、半生半死状態で行き倒れになっていた自分を拾った組織の首領に言いつけられたことを、またもや、あたりに響くような大きな声で、ワハハハハと笑いながら語った。
これには、さすがにキレたのか、スーツ服姿の男も負けじと大きな声でツッコミをいれた。
もはや、スーツ服姿の男は、追跡者の空気にのまれたのか、この時点でこの任務が隠密行動である事を忘れてしまっている感がある。
いい年した大人が何やってんだろうなぁ―――逃亡者の遺体を車に積み込んだ制服を着た二人の部下は、呆れたような感じでポツリとつぶやいた。

「…じゃあ、俺たちは行くから、そっちもさっさと逃げてろよ」
「おう、任せんしゃい!! わしも色々と仕込みの準備があるからのう!!」
「…しっかり頼むぞ。よし、車を出せ」

逃亡者の遺体を廃棄するために車に乗り込んだスーツ服姿の男は、追跡者にこの場から離れるように指示を出した。
追跡者も、それは承知しているのか、スーツ服姿の男に向かって、自信満々に答えた。
色々と不安を感じるスーツ服姿の男だったが、追跡者に早く退散するように釘を刺した後、部下に車を出すように促した。

「さて…わしもいくとするかのう」

走り出した車を見送った追跡者は、クルリと背を向けると、早々にその場を後にした。
そして、追跡者の背後では、逃亡者の遺体を積み込んだ白黒色に塗り上げられた車が、上部に取り付けられた赤色の警光灯を光らせながら、その場から遠ざかっていった。


■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。
テキストサイズ:18k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.