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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第17話:10秒間の死闘と海にすむ真水の魚
作者:蓬莱   2012/10/14(日) 13:14公開   ID:.dsW6wyhJEM
これは、銀時たちが現世に帰還するまでの十秒間に起こった一つの死闘の顛末である。

「…くっ!?」
「今のは…!?」

アインツベルンの森の西側にて戦闘を行っていた、切嗣への対面を望む綺礼とそれを阻もうとするメイド仮面は、互いに驚きながらも、1歩でも歩くだけで相手と接触するギリギリの間合いで踏みとどまっていた。
この時点で、綺礼とメイド仮面は知る由もなかったが、二人がちょうどその間合いに立った時、蓮の宝具に巻き込まれたことで、強制的にその場で停止されてしまった。
そして、蓮の宝具が解除された今、綺礼とメイド仮面は時間停止の呪縛から解き放たれたのだ。
何らかの異変が起こったことは確実だが、綺礼とメイド仮面はすぐさま敵対する相手に意識を集中させた。
この時点で、綺礼とメイド仮面は、ここに至るまで重ねた拳の攻防戦は数十を超えていたが、互いに決定打になる一撃を与えられずにいた。
邪魔の入らないように切嗣と対面したい綺礼はもちろんの事、とある事情で極秘裏に事を収めたいメイド仮面としても、これ以上の時間をかけるわけにはいかなかった。
わずか10秒間―――これが綺礼とメイド仮面に課せられた相手を倒さなければならない制限時間だった。

「ならば、この吸血鬼を…」
「ならば、この男を…」

―――この10秒という時間でもって倒す!!
そして、どこかで時間停止の呪縛から解放された小鳥が羽ばたくのを合図に、綺礼とメイド仮面はほぼ同時に動いた瞬間、お互いに殺意を込めた必殺の一手が交差した。


第17話:10秒間の死闘と海にすむ真水の魚



1秒―――この秒数に至る間に、綺礼とメイド仮面の凄まじい攻防戦が繰り広げられた。
まず、メイド仮面が綺礼の顔にめがけて左腕からの肘打ちを狙うが、すぐさま、綺礼はこれを右手でいなし、すかさず左腕から溜めた掌底をメイド仮面の脇腹に叩き込んだ。

「…がっ!!」
「…ぬっ!!」

八極拳の使い手である綺礼の掌底をアバラに受けた事で、口から血を流すメイド仮面であったが、攻撃を決めたはずの綺麗も左手に激しい痛みを感じた。
何が起こったのか綺礼が、メイド仮面を見た瞬間、左手を襲った痛みの正体がわかった。
先ほど、綺礼がメイド仮面に掌底を叩き込んだ際に破けた侍女服の下から大量の刃物が敷き詰められているのが見えた。
メイド仮面は、あらかじめ、侍女服の下に仕込んだ刃によって、攻撃を仕掛けたはずの綺礼に傷を負わせたのだ。
この仕込みによって虚を突かれた綺礼に隙が生じたのを見計らい、メイド仮面はすぐさま、左ひじと右手で綺礼の両腕を下に下げると、綺礼の胸にめがけ、肩を当てた。
そして、綺礼が体勢を立て直す前に、メイド仮面は踏込みと同時に、構えていた右の拳を綺礼の身体に叩き込んだ。

「…!!」

この1秒間の攻防戦の末に、メイド仮面の拳によって、綺礼は宙を舞うように殴り飛ばされた。
だが、殴り飛ばされた綺礼は、空中で体勢を立て直し、すぐに行動に移れるように着地を決めた。
とここで、この間合いから、綺礼が元の位置に戻るまでに2〜3秒のロスがあると判断したメイド仮面は、すぐさま追撃を与えるべく、着地した綺礼が一歩目を踏み込むと同時に駆け出そうとした。
だが、今度は、追撃を加えんとしたメイド仮面が、八極拳の使い手である綺礼の絶技を味わうことになった。

「なっ…!!」

2秒―――綺礼を追撃しようとしたメイド仮面は、思わず自分の目を疑った。
綺礼はわずか一歩踏み出すだけで、五歩以上ある間合いを滑走し、メイド仮面の前に詰めよっていた。
これぞ、足捌きを見せぬままに地面を滑走する八極拳の離れ業―――“活歩”の歩法だった。
そして、予想だにしなかった奇襲に反応できずにいるメイド仮面に対し、間合いを詰めた綺礼の攻撃が容赦なく襲いかかった。

「―――!!」
「仕込みが分かった以上、同じ手は通用せん!!」

3秒―――全身に勢いをつけ、綺礼は渾身の力でメイド仮面の身体に左足をめり込ませると同時に、残った右足一本で一気に宙に飛び上がった。
宙に浮かされたメイド仮面の身体が綺礼の蹴り上げた足にめり込み、メキメキと骨にひびが入る音と共に、言峰の足がめり込んだ鳩尾の部分から血が噴き出していた。
先ほど綺礼が素手で殴った時とは違い、今度は仕込んだ刃がメイド仮面の身体に突き刺さっていたのだ。
そして、綺礼は、このまま、地面に先に着地すると同時に、落下するメイド仮面に止めを刺そうとした瞬間、ボンっと何かが炸裂する音と同時に、綺礼は何かに掴まれたことに気付いた。
綺礼が何事かと思った瞬間、いつの間にか手首の付け根からワイヤーが伸びたメイド仮面の手首が言峰の服を掴んでいた。

「むっ!!」
「…掴まえた」

まさかと思いながらも、先ほど蹴り上げたメイド仮面に目を向けると、右腕の義手に仕込んだ仕掛け―――自称“インコム・ハンド”を作動させたメイド仮面が逆立ちの状態で、脚を上空に持ち上げ、そのまま一気に綺礼にむけて蹴り降ろそうとしていた。
4秒―――勢いをつけて蹴り降ろされたメイド仮面の足を、咄嗟に綺礼はすぐさま左手で防いだ。
だが、言峰に攻撃こそ防がれたものの、右手を元に戻しつつ、メイド仮面はその勢いを利用して、空中で体を回転させることで、体勢を立て直した。
そして、綺礼とメイド仮面は激しい攻防戦の末にほぼ同時に地面に着地した。

「「…」」」

5秒―――奇しくも最初と同じ間合いにて、綺礼とメイド仮面は再び対峙していた。
この死闘を見届けることになったアイリの目にも、この戦いがどれだけ異常なのか頭で理解できなくとも、心で感じていた。
これまでの死合いの流れで、綺礼とメイド仮面は、互いに避けることなく、防御にも徹することもなかった。
互いの攻撃を受けつつ、それを攻撃に転ずるという、もはや狂気でなければ成立しない常軌を逸する戦いだった。
代行者と吸血鬼が殺し合う事―――その凄まじさを目の当たりにしたアイリは思わず身震いした。

「なるほど…中々に仕込んであるようだな!!」
「…!!」

とここで、いち早く行動を起こしたのは、この一撃でもって勝負を決めんとする綺礼だった。
猛然と襲いかかる綺礼に対し、メイド仮面は先ほどの攻防戦から拳による攻撃はないと判断し、綺礼の次なる一手―――先ほどと同じく足技であると予測し、両腕を前にだし、襲いかかる綺礼の足を掴まんとした。
だが、メイド仮面の予想とは裏腹に、綺礼は蹴りがもっとも威力発揮する距離を通り過ぎた。
そして、驚くメイド仮面の両腕を掻い潜ると、そのまま、綺礼はメイド仮面の懐に滑り込んだ。
そこは至近距離―――八極拳が最大効果を発揮する距離だった。

「がっ…!!」

6秒―――踏み込んだ震脚が地面を打ち鳴らすと同時に、繰り出された綺礼の拳が、メイド仮面の腹に直撃した。
金剛八式、衝捶の一撃―――その威力は手榴弾と同等の破壊力に等しかった。
肉を切らせて、骨を断つという言葉通り、綺礼の拳はメイド仮面の仕込んだ刃で傷つけられるものの、メイド仮面の内臓をグシャグシャに破壊しながら、メイド仮面の身体を宙に舞わせた。
口から大量の血を流しながら、メイド仮面は受け身をとる間もなく、背後にあった大木に叩き付けられた。
だが、大木に張り付けられたメイド仮面の眼前には、メイド仮面の頭を破壊する事で、止めを刺さんと襲いかかる綺礼の拳が迫っていた。

「…終わりだ」
「―――っ!!」

7秒―――鉄の仮面に隠されたメイド仮面の顔面を、綺礼は渾身の踏み込みと共に、必殺の一撃を叩き込んだ。
メイド仮面の顔面は、鉄の仮面に守れているとはいえ、綺礼の拳の前では防具としての役割は皆無に等しかった。
綺礼の叩き込んだ鉄拳の一撃は、綺礼の拳を象るように鉄の仮面はへこみ、裏にあるメイド仮面の顔の骨を粉砕したことで、メイド仮面の顔は、もはや顔も分からぬ状態になっているはず―――

「なん…だと…!!」

―――だった。
8秒―――メイド仮面に拳を叩き込んだはずの綺礼は驚きを隠しきれず、また、何が起こったのか分からず動揺していた。
―――何だ、これは?
―――なぜ、ない?
―――何故、手ごたえがない!!
綺礼が撃ち込んだはずの拳の一撃は、鉄の仮面をへこませたものの、その裏側にあるメイド仮面の顔の肉や骨を砕き混ざる音や感触がまったくなかった。
切嗣に一刻も早く接触したいがために勝負を急いだ綺礼であったが、この時、否、メイド仮面が服の下に刃物が仕込んである時点で気付き、予想すべきだった。
まるで、メイド仮面は、あらかじめ、綺礼が八極拳士であることを知っていたかのような仕掛けを仕込んでいたという事実に!!
であるならば、頭部にも、鉄の仮面以外に打撃対策の仕掛けがしてあるという予想も!!
そして、綺礼はその事実と予想に至れなかった代償を、ここで支払うことになった。

「…!!」

9秒―――仮面の裏に仕込んだ打撃吸収性ゲルによって、綺礼の必殺の一撃を緩和したメイド仮面の拳が、体の動きを止めた綺礼の胸に狙い澄ましたかのように叩き込まれた。
しかし、見た目の派手さも、威力も綺礼の拳には遠く及ばないものの、メイド仮面の拳は綺礼の胸に―――正確にはその胸の奥にある綺礼の心臓に打撃によって生じた衝撃を的確に打ち込んでいた。
ただ、それだけで、綺礼の身体には傷一つつけることもなく、綺礼の心臓は強制的に止まった。

「…」

やがて、意識が途絶えるのを示すかのように、眼から光を失った綺礼はぐらりと揺れながら、長身の身体が仰向けになるような形で地面に伏した。
10秒―――そこには、地面に倒れ伏したまま、心臓が止まった言峰綺礼とそれを見下ろすメイド仮面の姿があった。



勝った、の?―――この10秒間の死闘を目の当たりにしたアイリスフィールは漠然としたままで、メイド仮面が買ったことを理解した。
とここで、アイリは、未だに、綺礼を見下ろすメイド仮面に向かって恐る恐る尋ねた。

「…死んでいるの?」
「ん?…っ!!…正確には、ほぼ死に掛けよ。このまま、放っておけば死ぬでしょうね」

ピクリとも動かなくなった綺礼を指さすアイリに対し、メイド仮面は腹に刺さったままの刃を抜いて、近くの茂みに放り棄てながら、アイリの質問に答えた。
メイド仮面の言葉通り、綺礼はあくまで心臓を止められただけで、完全に死んでいるというわけではなかった。
もっとも、このまま、綺礼を放置し、心臓が停止した状態が続けば、綺礼は正真正銘死体となっているだろう。
だが、メイド仮面としては、このまま、綺礼を死なせるつもりは毛頭なかった。

「でも、聞きたいことがあるから―――ドン―――死なせないけど。とりあえず、蘇生処置をして、意識を取り戻すまでに、両腕両足はへし折っておけば、安全に尋問できるはずよ」
「そう…なの…」

とりあえず、メイド仮面は心臓のある位置に足を置くと、絶妙な力加減で綺礼の胸を踏みつけて、一時的に止まった綺礼の心臓を動かそうとした。
アイリスフィールに向かって、とんでもなく物騒な事を口にするメイド仮面であったが、綺礼を蘇生させるのには、尋問以外にも他に事情があった。
最低でも令呪を宿したマスターを一人は、生きた状態で確保する事―――メイド仮面は、自身の主からそのように指示を受けていたのだ。
とここで、殺されかねなかったとはいえ、死にかけの綺礼に対し乱暴な蘇生処置するメイド仮面に、アイリスフィールは思わず引きそうになったが、あえて危険を承知で、メイド仮面に質問しようとした。

「…ねぇ、あなたは―――動くな―――えっ?」
「何!?」

だが、アイリスフィールがメイド仮面に問いかけようとした瞬間、アイリスフィールでもメイド仮面でもない第三者の声が割り込んできた。
それと同時に、いつの間にか、アイリスフィールの咽喉元や舞弥の手首に、先ほど、メイド仮面が茂みに捨てた刃が突きつけられていた。
そして、アイリスフィールとメイド仮面に気付かれることなく、刃を突きつけていたのは―――

「トランプのカード…いえ、これは!?」
「宝具…!?」

―――トランプのカードに手足の生えたような人形だった。
しかも、それは一枚や二枚だけでなく、アイリスフィールが確認できるだけでも、二十枚以上のトランプカード達が、アイリスフィールや舞弥の身体によじ登り、手にした刃を突きつけていた。
すぐさま、メイド仮面はこれが敵の宝具による攻撃―――すなわち、綺礼のサーヴァントが持つ宝具であることに気付いた。
そして、メイド仮面の予想を証明するかのように、その内の一枚―――ハートのKが代表として、メイド仮面とアイリスフィールに話しかけた。

『なるほどな…一応、付近にいた何枚かで駆けつけてきたが、どうにか間に合ったようだな』
「そう、あなたがこの聖杯戦争に参戦した最後のサーヴァント…アサシンね?」
『ほう、それに気付いたって事は、あんたも倉庫街の一件も知っている、いや、見ていたのか。何者なんだ、お前?』

ひとまず、ハートのKは、冷静かつ余裕を持った口調で、綺礼が連れ去られる前に駆けつけられたことに安堵していた。
それに対し、メイド仮面は、この奇妙なトランプカードの宝具が、聖杯戦争に参加した七体のサーヴァントの内、倉庫街の一戦で姿を見せなかったサーヴァント―――アサシンの物であるか誘いをかけてみた。
しかし、ハートのK―――アサシンは、メイド仮面の誘いに乗りつつ、逆に、倉庫街の一件を見ていたメイド仮面に質問で返した。
アサシンの思わぬ切り返しに、メイド仮面は、自身の正体を明かすわけにもいかず、仕方なく黙り込んでしまった。

『まぁいい…早く、マスターの蘇生を続けてくれないか』
「…だが断る―――なんていう、選択肢はないのでしょうね」

黙秘を通すメイド仮面の様子に、アサシンは、メイド仮面の正体については後回しにし、先に綺礼の蘇生処置を優先するように促した。
それに対し、メイド仮面は、拒否の言葉を口にしながらも、綺礼を蘇生させる以外に選択肢がない事を理解していた。
メイド仮面がわざわざ、綺礼の監視任務を放棄してまで、この場で乱入した事も、切嗣の妻であるアイリスフィールを見殺しにできなかったからなのだ。
そのため、この場に現れたカード以外に伏兵がいる可能性があり、アイリスフィールと舞弥を人質にとられている以上、メイド仮面は、アサシンの指示に従うしかなかった。
それでも、少しだけ意趣返しをしたかったのか、メイド仮面は腹立たしげに綺礼の胸を蹴り、ハートのKのところまで蹴り飛ばした。

「これでいいかしら?」
『やり方の乱暴さは否めないがな。で、どうするつもりだ?』
「…人質を解放して、言峰綺礼が大人しく帰るなら、ここで引き下がってもいいわ」
『…』

軽口を叩くように尋ねるメイド仮面に対し、アサシンはやれやれと言った口調で苦笑しつつ、綺礼の心臓が動いているかを確かめた。
実に雑な方法ではあったが、それでも綺礼の心臓は再び鼓動を刻み始めていた。
綺礼が蘇生し始めたことを確認したアサシンは、この場での戦闘を続けるか否かという意味を込めて、メイド仮面に向かって尋ねた。
アサシンの言葉に対し、メイド仮面はあくまでも強気の姿勢を崩すことなく、アイリスフィールと舞弥の解放と綺礼をこの場から撤退させるならば、自ら退くと主張した。
人質を取られているにもかかわらず、強気の姿勢を見せるメイド仮面に、アサシンがどう対処するか黙考し始めた瞬間―――

「―――あぁ、お取込みのところ申し訳ないが、よろしいかな?」
「え、あれ…?」
「『!?』」

―――カール・クラフト=メルクリウスは、最初からそこにいたかのように、何が起こったのか分からずに戸惑うアイリスフィールを抱えながら立っていた。
とここで、メイド仮面とアサシンは慌てて、アイリスフィールが居た筈の場所に目を移すが、そこには、アイリスフィールが突如いなくなった事に戸惑うトランプカード達しかいなかった。

「バーサーカーの呼び出したサーヴァント…」
「ほう、私の事を知っているという事は、何処かで会った…否、倉庫街での一件を何処からか見ていたという事かな」

そして、再び、メルクリウスに目を向けたメイド仮面は、即座に現れた男―――メルクリウスが、倉庫街でバーサーカーが呼び出したサーヴァントであることに気付き、警戒するように呟いた。
だが、当のメルクリウスはそんなことなど意に反すことなく、人を食ったような笑みを浮かべながら、メイド仮面があの現場を見ていたことを看過した。
この時、メルクリウスは、メイド仮面がどの陣営にも属さない第三者で、何らかの目的で動いている事を察したが―――

「まぁ答えぬなら構いはしない。先ほども言ったように、今、用があるのは、そこで倒れているその男なのだからね。アイリスフィールやそこの女には手を出すつもりは毛頭ない。故に、ここに、これ以上留まる必要がないならば、そうそうに帰って構わんが?」
「…」

―――ぶっちゃけ、第六天の一件さえ片付ければ、この聖杯戦争がどのような結末を迎えようと、メルクリウスにとってどうでも良かったので、メイド仮面にさっさと退くように促した。
さすがに、このぞんざいな扱いに呆気にとられるメイド仮面であったが、胡散臭い雰囲気こそするものの、メルクリウスの言葉に嘘偽りがない事と並みのサーヴァントをはるかに超えた圧倒的な魔力を感じ取った。

「…」
「大丈夫よ。心配しないでも、そいつは、あなたに危害を加えるつもりはないわ」

そして、不安そうに見送るアイリスフィールを安心させながら、メイド仮面は、その場から立ち去ろうとした。
主からの指示であるマスターの確保は叶わなかったが、どのみち、あの状況では、綺礼を奪い去ることなど出来る筈もなかった。
それに、もし、メルクリウスが現れず、蘇生した綺礼が撤退を受け入れずに、再び戦った場合、確実にメイド仮面は敗北していた
あの時、実力がはるかに劣るメイド仮面が、綺礼に勝てたのは、事前に入手した綺礼の情報を元に、色々と対応策を用意していたからだ。
しかし、それは初戦でしか通用しない使い捨ての奇策であり、綺礼に同じ手が通用しない以上、メイド仮面には敗北の道しか用意されていないのだ。
だから、メルクリウスが現れた事は、多少のイレギュラーな事態ではあったが、ある意味で幸いだった―――そう自分を納得させながらも、自分の無力感にさいなまれたまま、メイド仮面はその場を後にした。



その後、メイド仮面が立ち去ってからすぐ後、蘇生処置に一命を取り留めた綺礼は意識を取り戻した。

「ぐっ…!? あ、アサシン、何故ここに…?」
『救援だよ。だが、少々…いや、相当厄介なことになった』
「何?」

胸の痛みに耐えながら立ち上がった綺礼は、朦朧とする頭を横に振りながら、この場にいるアサシンの宝具であるトランプカード達に何があったのか尋ねた。
綺礼の問いに対し、アサシンは、一応、綺礼が酸素欠乏により脳に障害を負った様子のない事に安堵しながら、状況が少しも安堵できるものではない事を伝えた。
アサシンの言葉に疑問を感じた綺礼が、どういうことなのか聞き返そうとした瞬間―――

「初めまして、アサシンのマスターにして、聖堂教会屈指の代行者でもある言峰綺礼。さて、ご機嫌はいかがかな?」
「な、貴様は…!?」

―――綺礼の目の前に、至近距離から綺礼の顔を、マジマジと見ながら笑みを浮かべるメルクリウスがいた。
意識を取り戻したと思ったら、何かウザい変質者がこっちを見ていた―――軽く某フランス人状態になった綺礼であったが、そこにいるのが倉庫街でバーサーカーが呼び出したサーヴァント達の内の一体であることにすぐさま気付いた。

「なるほど…これは重症だ。そして…あぁ、その愚直なまでに問い続ける姿は、実に滑稽だ。例え、東方の家を求めても、西方の門へと出れば、辿り着く前に息絶えるだけというのに」
「…何が言いたい?」

だが、当のメルクリウスは、驚く綺礼を尻目に、何やら納得したという様子で意味ありげな言葉を呟きながら、笑みを浮かべていた。
―――東隣の家に行くのに、西を目指して出発すればどうなるか?
―――地球を一回りすれば、たどり着けることもないだろうが、東隣の家に着く前に死ぬのがオチだろう。
―――今のお前はそういう愚かなことをしているのだよ。
ここで、メルクリウスの言葉の意味に気付いた綺礼は、十分に警戒しながらも、綺礼の行動を否定するメルクリウスに対し問い詰めた。

「本来ならば、部外者である私の出る幕ではないのだろうが、少々時間が惜しいので、簡潔に述べさせてもらおう。私の知る限り、衛宮切嗣は、君の望む答えなど持ち合わせていない。そもそも、君は、衛宮切嗣という男を誤解している」
「何…?」

だが、メルクリウスは綺礼の問いかけには答えず、やれやれと言った様子で一方的に話を始めた。
そして、メルクリウスは、訝しむように困惑する綺礼に対し、切嗣が綺礼の求める答えを持ち合わせていない事を説明した。

「―――っと、これが、私の知る限り、衛宮切嗣という男が如何なる人物かを述べさせてもらったわけだが…納得できただろうか?」
「―――何だ、それは?」

そして、メルクリウスの説明が終わった直後、綺礼には、メルクリウスの語る衛宮切嗣の人物像が、あまりにも質の悪い冗談を聞かされたようにしか思えず、無意識のうちに呆然と呟いた。
―――彼が感じたのは“悲哀”であり、望んだのは人類の救済。
―――まぁ、分かりやすく言うならば、衛宮切嗣の渇望とはすなわち、世界が永遠に平和ある事なのだよ。
―――分かるかな? 彼は葛藤の果てに答えを得たのではない。
―――彼はただ、君が求めてやまないものを、捨て続けていただけなのだよ。
衛宮切嗣は、綺礼の求めていた答えなど最初から持ち合わせていなかった―――その事実は、綺礼の期待をまたたくまに落胆に変えてしまった。
もはや、この時点で、綺礼がこの聖杯戦争を戦う理由など失ったと言っても過言ではなかった。

「理解しかねる―――そう思うのは無理からぬ事ゆえ責めはせぬよ。君自身が狂おしいまでに望んでも、手に入らなかった普通の幸福―――人として当たり前の幸福を、衛宮切嗣は自らの手で捨て続けてきたのだから。その度し難い行いを理解できずにいられるのも無理からぬことだろうね。まぁ、その事については、こちらとしても色々と思う事があったので、一応の忠告はしておいたがね」
「貴方が…貴方が切嗣を追い詰めたのね!!」

完全に戦意が霧散した様子の綺礼を見たメルクリウスは、綺礼の心の内を読むかのように言葉を紡ぎながら肯定した。
とここで、アイリスフィールは、城に戻ってきた切嗣の様子が異常だった原因が、メルクリウスが原因であったことを知り、怒りをあらわにしながら睨み付けた。
だが、メルクリウスは、そんなアイリスフィールの怒りの眼差しなど気にも留めず、そろそろ、答えを得られぬ落胆から、自ら幸福を切り捨ているという切嗣の蛮行に対する怒りへと切り替わろうとする綺礼を見て、いよいよ本題に入ることにした。

「だが、言峰綺礼…私から見れば、衛宮切嗣と同じくらい理解しかねるところだ。そもそも、何故、君は既に答えを得たにも関わらず、在りもしない答えを未だに探し続ける? 或いは、得られた答えに納得できずに、そうではないと思い、己の真から眼を背けているだけなのか? あぁ、それならば、君の人生というものは、実に不毛だ…徒労でしかない」
「何を…言っている…」
『…』

突如として、首を傾げながら訝しむように語るメルクリウスの言葉に、綺礼は思わず、先ほどまで渦巻いていた怒りを忘れるほどの衝撃を受けていた。
―――このサーヴァントは何を知っている?
まるで、お前の全てを知っているというメルクリウスの言葉に、綺礼は言いようのない不安に駆られ始めていた。
そして、アサシンも、メルクリウスが何を言おうとしているのか、教会でも綺礼のやり取りで、ある程度分かっていた。
だが、マスターである言峰綺礼にとって、このメルクリウスの指摘が必要な事であると今後の事を考え、アサシンはあえて宝具を動かさなかった。

「何、至極明快で簡単な事。あぁ、つまるところ、言峰綺礼という男には、断じて普通の幸福など手に入らない。否、手に入れたところで、その飢えと渇きは決して満たされない。なぜなら―――」

そんな綺礼と綺礼の様子を見ながら、メルクリウスは、いよいよ、綺礼という男の本質を暴かんとした。
聞いてはならない―――本能からの危機感によって、綺礼はとっさにメルクリウスの言葉を止めようとするが、もはや間に合うはずもなかった。
そして、メルクリウスはあっさりと綺礼の本質を口にした―――

「―――君は、他者の“痛み”と“不幸”にしか、己の快楽を見いだせないのだから」
「…っ!!」

―――どうしようもなく壊れた人間であるという事を。
次の瞬間、綺礼は、メルクリウスがサーヴァントであることを忘れるほどの衝動に駆られながら、必殺の一撃でもって襲いかかった。

「やれやれ、荒事は苦手なのだが…ついつい、図星を着いてしまったかな? だが、その反応を見る限りでは、君もある程度は認めているようだね」
「馬鹿な…それは断じて許されることではない!!」
「許す、許さぬ問題ではないよ。ただ、言峰綺礼という男は、そうであるという事実を述べたまで…そして、その在り様を変える事など断じて出来ぬよ」

だが、すでにそこには、メルクリウスの身体はそこにはなく、綺礼の凶手は空を切り、いつのまにか、綺礼の背後に回り込んでいた。
まったく、乱暴な事をするとため息を漏らしたメルクリウスであったが、激昂し否定し始める綺礼の行動を見て、綺礼が何かしらこの事実に辿り着いていたことを確信した。
だが、あくまで、その事実を受け入れる事の出来ない綺礼に、メルクリウスはさらに話を続けることにした。

「言うなれば、淡水にしか住めぬ身体を持つ魚が、己が海の魚であると思い込み、決して慣れぬ海に住もうとするようなもの。決して満たされぬ飢えと渇きに苛まれながら生きるしかない。そして、言峰綺礼という男の在り方は、何を以てしても変えられぬよ」
「ならば…ならば、どうすればいい? 私にどうすればいいというのだ!?」

無理やり海に生きようとする淡水魚―――メルクリウスは、そのように例え話を交えながら、もはやまともな人間として生きていくことなど出来ないと断じた。
なぜなら、綺礼にとっての幸福とは、万人が醜いと感じるモノ―――他者の不幸や苦痛であるのだ。
故に、普通の人間としての幸福を求めたとしても、それは綺礼の飢えや渇きを癒すものではなく、結果として綺礼の空虚な心を満たすことは無いのだ。
そう断言するメルクリウスに対し、あまりの救いのない事実に愕然とした綺礼は、自分の本質を言い当てたメルクリウスにむかって、“答え”を得ようとして、まるで神に懇願するような叫びで問い詰めた。

「知らぬよ。正直なところ、どうだっていいのだよ。私にとって、マルグリット以外の者などに欠片も興味はない」

だが、メルクリウスは、あっさりと綺礼にむかって、どうでもいいことだと言わんばかりの口調で、それ以上問答はするつもりはないと言い切った。
実際のところ、メルクリウスの目的は、バーサーカーを除いた6陣営による会談を行う上での不確定要素を取り除く為だった。
メルクリウスが、切嗣についての在り方や綺礼の本質を語ったのも、綺礼の戦う目的を潰すことで、無用な戦闘を起こさないようにするための事だけだった。

「話はこれまでだ。後は、自分で考えたまえよ。まぁ、その様子では望みは薄いというところだろうか。だが、或いは、我が盟友である獣殿に出会う機会があるならば、道はあるかもしれんがね」
「…アサシン、退くぞ」
『あぁ…』

メルクリウスは、一応、参考になりそうな人物の名前を口にしながら、立ちすくむ綺礼に対して後は勝手に“答え”を見つけろという口調で言った。
もはやここにいる意味などない―――綺礼は、最初から求めていたモノがない事を悟り、空虚な心を抱えたまま、アサシンの宝具であるトランプカード達と共にその場を去って行った。

「さて、それでは、私もマルグリットの怒り顔を見に行くのが忙しいので、これに―――それより、こっちが先だぁああああ、このボケェ!!―――ゴフゥ!?」
「何だぁ、こっちにいたのかよ、アイリ」
「ぎ、銀時…!? それに、アーチャーまで…」

その後、綺礼たちが撤退したことを確認したメルクリウスは、目的は達したので、めったに見る事の出来ないマリィの怒り顔を見に行こうと、アイリスフィールをその場に置いて、ウキウキ気分でその場から立ち去ろうとした。
その直後、茂みの奥から飛び出してきた銀時の蹴りが、メルクリウスの背中に直撃した。
さらに、奥からはアーチャー達も姿を見せ、アイリスフィールを驚かせた。
実は、銀時たちは、戒や蓮達から色々と事情を聞き、メルクリウスが精神世界における騒動の現況であることを知り、“ウザい変質者をボコボコにする”という目的で、ここに駆けつけてきたのだ。
ちなみに、ランサーと外道丸については、アインツベルンの城で戦っているはずの切嗣とケイネスを止める為に、アインツベルンの城へと行ってもらう事にした。

「てめぇ、散々、ウゼェ事して苦労かけさせやがって…色々とボコられる覚悟はできているよな、あん?」
「銀時様、それが終わりましたら、次は私どもにまわしてください…ぶっちゃけ、今、とても“憤怒の閃撃”を撃ち込みたい気分なので」
「あぁ、好きにしていいぞ。いくらでも、好きなだけ殴ってくれていいから」
「自業自得だ」
「ちょ…!?」

そのような経緯から、怒り心頭の銀時は、地面に倒れたメルクリウスの胸ぐらを掴むと、青筋を立てた怖い笑みを浮べながらメンチを切った。
一方、背後に控えたホライゾンも、色々と怒りゲージが溜まっているのか、“憤怒の閃撃”を用意しながら、メルクリウスをフルボッコにする番を待っていた。
一応、司狼とミハエルも一緒に同行してきたのだが、メルクリウスに色々と恨みがあるので、どうぞどうぞと、銀時らにメルクリウスをボコボコにするように勧めた。
四面楚歌―――もはや、この場において、メルクリウスに味方など存在しなかった。
アインツベルンの森に、変質者の断末魔が聞こえたのは、その数秒後のことだった。



一方、アインツベルンの城へと向かったランサーと外道丸は、その惨状に出くわしてしまっていた。

「えっと、これはどういう事なのかしら?」
「ふむ、そうでござんすね…」

現状が今一つ理解できずに困惑するランサーに対し、外道丸は現場の様子から何が起こったのかを判断しようとした。
―――倒れていたのは、銀時らのマスターである切嗣とランサーのマスターであるケイネスの二人。
―――命に別状こそないものの、切嗣とケイネスはお互いに意識を失い、床に倒れていた。
ここだけなら、まだ分かるのだが、問題は、切嗣とケイネスの姿にあった。

「…あんまり想像したくない光景しか思いつかないでござんすね」
「そうね…じゃあ、とりあえず―――」

外道丸が顔をしかめながら、これ以上の想像を止めるのも無理はなかった。
―――魔法少女のコスプレをしながら、大量に散乱したバナナの皮とボーリングに使うピンの中で、前のめりに倒れた切嗣。
―――全身にからしやらわさび、生クリームをコーティングされ、倒れたそばに巨大な金盥を置かれ、鼻眼鏡をかけたまま、薄い生え際を後退させ、仰向けの状態で気絶したケイネス。
どうやっても何が起こったのかなど分かるはずなどないと判断したランサーは、ひとまず、やらなければならない事をすることにした。

「―――カメラ、有る?」
「こんなこともあろうと、ばっちり用意してあるでござんす、ランサー殿」
「ならば良し!! 分かってるじゃない、あんたv」
(何か、ここ最近、マティルダの性格が変わってきたような…)

後々、弄りがいのあるネタとして有効活用する為に、ランサーは、この光景を記念撮影することにした。
そして、外道丸も準備がいいのか、懐からカメラを取り出すと、ノリノリのランサーと一緒に、早速撮影に取り掛かることにした。
もはや、二人を止める事など出来ないと悟ったアラストールは、ランサーが、何だかアーチャー達みたいなノリに近づいているようなと不安を覚えていた。



ここにおいて、アインツベルンの森における全ての戦闘行為が終わりを迎えた頃…

「ふぇ…?」
「…え?」

月明かりに照らされながら、一人の少女と一体の使い魔(?)は目を合わせていた。
禅城宅のとある部屋において、小間使い程度の作業ができる使い魔を呼びだそうとしてい少女―――遠坂凛は目の前に現れた使い魔―――何故か全裸姿の男をみて、首を傾げながら尋ねた。

「ゴリラの使い魔?」
「え、ちょ、何で、ここでもゴリラ扱い? つか、何で、こんな事にぃいいい!!」

首を傾げる凛に対し、異世界まで来て、ゴリラ扱いかよと嘆きつつも、何てこったと頭を抱えながら、全裸姿のゴリラ似の男―――近藤勲は頭を抱えながら叫んだ。


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