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黒の異邦人は龍の保護者 # 20 “Dragon kid gets LOVE LIFE ―― 昇龍 ―― ” 『死神の涙』編 R
作者:ハナズオウ   2012/11/06(火) 17:53公開   ID:ZQVYnnW.e1Y




「どこいったのかなぁ? ラァァァアアブリーチャーン!」

 シュテルンビルドにある製薬会社パンドラの内部にて現在契約者とNEXTを巻き込んだ事件が勃発している。

 パンドラ内の瓦礫が散らばるエントランスにて、コンクリートを全身に纏った鎮目は叫ぶように黄 宝鈴ホァン パオリンへと呼びかけ続ける。

 怒声や叫び声をあげる事で黄が物音を立てないかと期待しているのか、黄が息を殺して隠れているのを想像して楽しんでいる。

 黄の横で息を潜めているイワンは黄の落ち着きぶりに驚愕していた。

 怒声が飛ぼうが、黄は目を閉じて動かない。

「イワンさん、打ち合わせ通りにお願いね」

 呟いた黄は壁にワイヤーを撃ちこんで、音もなく飛び出す。

 飛び出すと同時に黄は力を放った。

 電撃は轟音と共に鎮目を襲う。

 黄は鎮目に通じないのは理解している。

 ただ鎮目の目を隠れていたポイントから離すために放つ。

「効かないよ!」

 わかってる。と黄は高速で移動を開始する。

 右へ左へ、縦横無尽に黄は攻撃を避けながら移動していく。

 1分もせず、鎮目は黄がどこに潜んでいた場所がどこであったのかが分からなくなっていた。

 黄は脚に纏わりついたダルさに構わず、走り続ける。

 鎮目の脇の下を抜けようと近づいた瞬間、大き目の小石を踏み膝が抜ける。

 その隙を逃さず、鎮目は右腕を薙ぎ払う。

「ッキャァ!」

 思わず出た可愛らしい黄の悲鳴が上がる。

 悲鳴を聞いた鎮目は喜ばず、むしろ不快さが滲み出る。

 この男、ロリコンではない。

 ショタコンにして、ネクロフィリアなのだ。

 気に入ったショタの少年を殺して、その後に楽しむ。

 鎮目は歪んだ思考をしているのだ。

 その鎮目の目が、雰囲気が一変した。

 男の子だと思っていた黄が女の子とわかり、容赦がなくなったのだ。

 カリーナよりも胸が出ている黄の胸元を見れば一目瞭然のはずである。

 が、この世界に来て初めての『ラブリーちゃん』にそこに目が向かなかったのだ。

「ごめんね、オジサン女の子には興味ないんだ。

 BK-201が絶望するように、顔がわかるぐらいには原型残してミンチにしてあげるからね」

 鎮目は冷たく言い放つと、本気で振り上げた右の拳を黄へと向けて振り下ろす。

 即座に黄は飛び上がり、振り下ろされる右拳を足場に壁際へと跳躍する。

 黄が降り立ったポイントはちょうど、イワンが隠れているポイントの対角線であった。

「ちょこまかと逃げ回るねぇ。ラブリーちゃんとの追いかけっこならオジサン大好きなんだけどね……。

 それ以外との追いかけっこは好きじゃないんだよね!!」

「やっぱりアナタは強い。

 電撃も、ボクの攻撃も通じない」

「ならさっさと殺されてくれるかな!!」

「だから、ボクはヘイとの約束を破る」

「約束? 一緒に帰るっていう乙女チックな約束かい!」

 話し始めた黄に構わず、鎮目はドシドシと近づいていく。

 圧迫感がある外見の鎮目が遠慮なく近づいてきても黄は怯まない。

 右人差し指を立てる。

 ……ここから知勇さくせんを成り立たせるための蛮勇はったりだ。

「違うよ、それはボクと黒との決意だから。

 約束は“ボクの能力の封印”」

「能力の封印?? さっきも電撃を使ってたじゃない!」

 ハハハと笑う鎮目に、黄は長く瞬きをした後に中指と薬指を立てる。

「そう……僕には複数の能力がある。

 黒とは“電撃の能力”とカンフーを極めるまではそれを実戦で使わないって約束したんだ」

「何を言ってるのかよくわからないな!!」

「そう、ボクの二つ目の能力は」

分身ドッペルゲンガー

 鎮目が拳を振り上げようとした瞬間、黄とは別の、しかし黄と同じ声が鎮目の真後ろから聞こえてくる。

 まさか! っと鎮目が後ろを振り返ると、そこには先ほどまで対峙していた黄とまったく同じ姿の少女がそこにはいた。

「ここからは遠慮しないよ。

 ――だってボクは今、ドラゴンキッドじゃなくて『黄 宝鈴』だから!

 黒の敵はボクの敵だ!」

 心から叫んだ黄は振り返った鎮目の膝へと横蹴りを放ち、鎮目を床へと鎮める。

 蹴りを放った瞬間、黄ともう1人の黄は戦場を走り始めた。





―――――――





TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


  # 20 “Dragon kid gets LOVE LIFE ―― 昇龍 ―― ”


『死神の涙』編 R


作者;ハナズオウ







―――――――




 鎮目は困惑していた。

 パンドラがヒーロー達のスポンサーと手を結んでまでも調べ上げた情報にはまったくそのような記述はなかった。

 裏の情報網をフルに使っても。そのような情報は掠りもしなかった。

 それが突如目の前で複数の能力を開放したのだ。

「なに? なにがおこってんだぁ!?」

 動揺する鎮目を後目に、黄ともう1人は容赦なく攪乱していく。

 交錯するように動き、攻撃は黄が担当する。

 混乱しながらでも放たれる鎮目の攻撃の勢いを黄は反らし、攻撃に生かす。

 何度も鎮目を技で転がしていく。

 交差する瞬間を狙って放たれた2人それぞれに向けて打ち下ろしの攻撃に2人はそれぞれ対応する。

 黄は寸前で避けて勢いを利用して転がそうと腕を脇へと添える。

 もう1人は避けようとするも寸前でヒットする。

 青い光を放ちつつ、もう1人の黄全身にノイズが走る。

 即座にもう1人は瓦礫に隠れる。

 まずい! と黄は焦りつつ腕を支点に鎮目を投げ飛ばす。

 投げ飛ばした後、黄は電撃を全力で放つ。

 転がされるうち、動揺していた鎮目に落ち着きが戻っていた。

 動揺が収まってからの鎮目の動きに、黄は一瞬歯噛みして再び走り始める。

 鎮目の動揺が収まる前に畳み込みたかったが、そうはならなかった。

 鎮目は落ち着きを取り戻し、この蛮勇の種に気づいたかもしれない。

「なぁんだ、思った通り……オジサン騙されそうになったよ

 分身って言っても、一定量のダメージを与えれば消えるんだね。もう1つの生命体を出し入れしてるわけではないわけか。

 それにオジサンわかっちゃったな」

 ゆっくりと起き上がりながら、鎮目はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 立ち上がった鎮目は黄を指差す。

「電撃を出せるのはそっちの御嬢さんだけのようだ。

 それに分身の方は体術でも数段落ちるようだね」

 ……大丈夫、イワンさんには気づいていない。

 それにイワンさんが鎮目と接触できた。

 ここまでは作戦通り。

 後はイワンさんのダメージがどれだけ深刻なのか……

 横目で隠れるイワンを見ると、変身た解けたイワンが息を潜めていた。

「……もう迷ってられないよね」

 誰にも届かない、自分に向けた呟きを零す黄。

『成功するかわからない博打、する必要あるの? ここは皆を待てばいいじゃないか。

 いつものHERO TVの時のようにさ』

 ふと鎮目との間に現れた幻、ドラゴンキッド。

 寝込んでからずっと話し合った仲だ。

「何言ってるの、わからないからやるんじゃないか。さぁ、共に行こう」

『なんだ、ドラゴンキッドを着るつもりなんじゃないか……こんな所で決断なんて本当に思春期だね『ボク』は』

「着るよ。でも、着られるつもりはない……必要ないって思ったらボクは『ドラゴンキッド』を捨てる。

 ボクはタイガーさんみたいに“正義”を気取るつもりはないよ。ただ、黒に認めてほしかっただけ

 ――この人の見てる景色が見てみたいと思ったんだ」

『ドラゴンキッドをパーカーを羽織るみたいに言うね』

「ボクにとっては、黒に近づくための方法の一つだってだけだ。

 でも、ドラゴンキッドもボクだ。

 捨てるって言っても、亡くすわけじゃない。一緒に歩こうってだけだ」

『まったく、ボクは我儘だ』

「師匠によく似てるから……ね」

『なら、力を示さないとね、困難を打ち勝つ力を、ね。

 ほら、最後の蛮勇をかまそうよ』

 ガシっと黄とドラゴンキッドは手を繋ぐ。

 夢で見たような黄がドラゴンキッドに侵食される事はなく、ドラゴンキッドは露となり黄と重なり消える。

「さぁ、もう怖いモノはない。

 マオ、ボクが望む未来を引き寄せるよ」

 ――ちゃんと見てるぜ、我らがお姫様。

 猫の声が聞こえた気がした。

 目の前をしっかりと見ると、幻が出る前と鎮目の体勢は変わっていない。

 どうやら、一瞬の出来事だったようだ。

「二つ目の能力についても知られちゃったし、もう一つ出しても変わらないね」

「何言ってるのかな、御嬢さん。

 切り札の“二重能力”も切ったのに……」

「アナタが言った推測は正しい。ボクの方しか電撃は出せないし、ダメージを受けたら分身は消えちゃう。

 だけど分身には分身の能力がある」

 ほう……と鎮目は黄から次の言葉を待った。

 所詮はお子様、敵に情報を渡すなんてね……っと侮っているのだ。

 黄はその侮りによって生まれた数秒を準備に使う。

 脱力と緊張を繰り返し、深呼吸で脳に新鮮な酸素を送り込む。

 そして、おもむろに黄は上の服の半着を脱いで放り投げる。

 それは合図。

 イワンと黄が決めた必殺を放つため覚悟をしたという合図である。

 合図を受け取ったイワンは一瞬、黒のタンクトップだけとなった黄に見惚れつつも行動を開始する。

 鎮目に気づかれないように移動し始める。

 黄は話しかけたり、行動を起こして鎮目の目を引き付けようとすると逆に感付かれそうだと、何もせず睨みあう。

「まったく、これが男の子だったら最高なんだがね……」

 鎮目が情報を聞き出そうとしてか、話しかけても黄は黙りこくる。

 もう何か仕掛けてきている……っと鎮目は判断し警戒を強める。

 それと同時に鎮目には切り札がなんであるのかについていくつかの仮説を立てていた。

 1つ、分身を攻撃用の武器にできる。
 1つ、分身にこちらの能力を解除、もしくは無視できる何かができる

 どれも有力に思える鎮目。

 それもこれも、黄が仕掛けた蛮勇がしっかりと働いているのだ。

 誰も断言しないが、基本的にNEXTも契約者も能力は1つ。

 それを黄は2つ目を目の前で発動させたのだ。

 それもまったくの別分野の能力を、だ。

 これはハッタリでもマジックでもない。

 そう、鎮目は飲まれたのだ。

 黄の蛮勇と知勇が戦闘経験豊富な鎮目の思考を飲み込んだ瞬間であった。

「ボクはもう心を決めた。黒と一緒にいる。

 黒はそれが裏の危ない世界にボクを引き込むから嫌がってたけど、ボクは

 それでもいい。黒といる所がボクの生きる所だ。危険かそうじゃないかなんて関係ないから

 ――決着をつけよう」

 黄は能力を再び全力で開放し、体中に電撃を纏わせる。

 あまりの電撃の量に、天井や壁、瓦礫に飛び火していき、煙が薄らと立ち上がる。

 効かないのにね、っとにやける鎮目に衝撃が襲う。

「な、なんだ!? は? 俺??」

 視線を向けた鎮目は、コンクリートを纏う自分が自分を羽交い絞めにしているのw目撃する。

 『ありえない』と思うと同時に、『これか!』と頭に走る。

「今でござる!!」

 羽交い絞めにした鎮目が叫んだ『ござる』。

 明らかに黄らしからぬ言葉に、鎮目は思考をフル回転させる。

「もう一つは変身か!」

 叫びつつ、電撃を纏った黄へと視線を戻した瞬間、黄の姿は跡形もなく消えていた。

 煙だけが虚しく立ち上っている。

 やられた! っと鎮目が首を動かして消えた黄を探し始める。

 と同時に、羽交い絞めにしている自分と同じ姿の分身が膝へと力を加えて膝まつかせる。

 腕をガッチリと掴まれ、膝を屈した鎮目は動きを封じられる。

 両腕と足を封じられた鎮目はコンクリートの鎧によって高さが増した腹に拳を添える黄がいるのに気づく。

 脱力し、自然体となった黄はまさに美しかった。

 緩んだ筋肉、無駄のない肉体、女性らしさが芽生え始めている身体。

 まるで芸術のような美しさから足へと向けて力が収束していく。

 収束した力は、地面へと鈍い音を立てて打ち下ろされる。

 この技術は「震脚しんきゃく」と呼ぶ。

 パンドラ内に鳴り響く鈍い音は、ブレる事無く同時に二ヶ所……エントランスと奥の通路にて鳴り響いた。

 震脚によって得た地面からの力を、黄は鎮目の腹に添えている拳へと体全体を捻るように力を収束させていく。

 力を収束させた拳がコンクリートに接触音は一切立たず、鎮目は収束した力を受けても吹き飛ぶこともなく拘束されているままだ。

 鎮目を拘束していたイワンは黄の攻撃は失敗したのだと、力が抜けて鎮目の拘束を解く。

「あれれぇ。失敗か……肝を冷やしたなぁ」

「黄……殿」

 収束した力を放った黄は、脱力して膝から崩れ落ちる。

 浅い息と体全身が小刻みに震える。

 極限まで集中した結果、黄の頭はぼんやりとし思考が回らない。

 視線も朦朧としており、視覚を始め全ての感覚が鈍く、起きながらにして眠っているような状態へと陥る。

 それほど黄の中に残る全エネルギーをこの一撃に費やしたのだ。

 反対に余裕綽々に立ち上がった鎮目は、勝利を確信して笑う。

「さぁて、御嬢さんの死体はさぞBK-201を絶望に…………」

 軽快に話し始めた鎮目の言葉が急に止まる。

 一瞬の静寂の後、鎮目は纏ったコンクリートを解除し、姿を現す。

 腹の辺りを抱えるように身を縮める鎮目は、静かに、大量に吐血する。

 そして、のた打ち回り悲鳴を上げ続ける。

「いてぇ! いてぇぇ!! 腹の中が捩れるぅうう!!」

「で、き……た」

 ポツリと呟いた黄は意識を失うように床へと崩れ落ちる。

 黄が放ったのは、中国拳法の奥義の一つ“発剄はっけい”と呼ばれるものだ。

 地面から練り上げた力を拳に集約し、相手へと伝える。

 外部破壊ではなく内部破壊の攻撃のため外傷が見られる事はない。

 筋肉の鎧で守られていない内臓への攻撃は容赦なく人の命を奪う事も可能である。

 事実、黄の放ったモノは致死の威力が込められていた。

 唯、鎮目がコンクリートの鎧を纏っていたから力が幾分か分散し、死に至らなかったというだけである。

 黄が立てた作戦は、ずばりイワンの能力を利用したかく乱作戦であった。

 まずはイワンを黄に化けさせ、鎮目の思考をハッタリに飲み込む。

 そこから、イワンを鎮目に接触させて鎮目に変身させて拘束する。

 そこに黄が発剄を打ち込む。

 練習でもほぼ成功しなかった発剄を成功させたのは、なによりもこの事件で黄が精神的に成長した結果だからなのかもしれない。


 戦場に飛び込んだ黄は、想いによって黒の心を救い、

 ――黒とのトレーニングによって鎮目と渡り合い

 ――黒の残した絆で優位に立ち、

 ――黒に認めてもらうための努力によって……


 勝利したのだ。



 この勝利は、この後に『パンドラ事件』と呼ばれる戦争において小さな一局でしかない。

 が、この勝利は黄 宝鈴の人生において輝かしい勝利となる。

 勝利に浸りながら、朦朧とした意識を手放す。



―――――――





 同じ目的を持った黒と“ワイルドタイガー”鏑木虎鉄の激突は通路にて開始された。

 『5分間身体能力を100倍にする』能力を開放した虎鉄の速度は黒を圧倒した。

 黒はそれを10年以上殺す殺されるの戦場にて身に着けた技術を惜しみなく動員して渡り合う。

 初撃から虎鉄は、殺す事すら厭わないといった全力の右を放つ。

 最小限の動きで体を反転させながら避けた黒は、虎鉄の勢いを利用し地面へと投げ落とす。

 黒も容赦なく投げ落とした虎鉄の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばす。

 蹴られながらも虎鉄も黒の足を掴もうと本能的に手を伸ばす。

 蹴り飛ばした後、捕まらないように即座に後退した黒は右腕を首に絡め、左腕を腹に絡ますように構える。

 動かず激痛のする左腕を守りつつ、圧倒的に速度と威力で勝る虎鉄に勝つための最善の手段を獲る。

 する事は単純、安寿のアドバイス通り

『振り上げた刀をただ振り下ろすだけ』

 を堅実に守り続ける。

 このアドバイスは何も戦闘がわかならい老婆の戯言ではない。

 これに隠れた真意は、『振りかぶり、溜め』をどう短縮させるかという事だ。

 立ち上がった虎鉄は重心を落とし、右腕を振りかぶり構える。

「珍妙な構えしやがって……」

 悪態をつく虎鉄は思う。

 ――構えのかっこ悪さの割に狙い所がすくねぇ。

 1発KOできる顎、鳩尾、側頭部は腕に守られている。

 黒が選んだこの珍妙な構えだけで虎鉄と渡り合っているわけではない。

 黒がこれまでの戦場で見てきた全てを迷いなく動員しているのだ。

 虎鉄が放った右フックの手首を狙い、首に回した右手を打ち下ろしで当てる。

 虎鉄の拳の勢いを削ぐのではなく軌道を下へと修正され、バランスを微かに崩す虎鉄は次撃への初動が遅れる。

 黒は右腕を打ち下ろした勢いを殺さず回転し、左回し蹴りを虎鉄の脇腹を蹴り上げる。

 肺から空気が強制的に吐き出される痛みを無視し、虎鉄は左フックを黒の顔面めがけて放つ。

 黒はスウェーでギリギリで躱すと、右手を虎鉄の左腕のスーツへと添える。

 虎鉄は左フックによって振りかぶる形となった全力の右ストレートを放つためにさらに腰を捻って力を溜める。

 照準は黒の胸元、行動が連続したからなのか黒の珍妙な構えは解除されていた。

 全力で右ストレートを放つも、拳にヒットの感触が一切ない。

 それどころか目の前にいたはずの黒の姿が跡形もなく消えている。

 目で前方を探すもいない。

「くそっ! どこだ……っ!」

 虎鉄の言葉が終わる前に虎鉄の背中に力がぶつかる。

 あまりに突然の事にバランスを崩し膝をつく。

 虎鉄が視線を向けると、背中を向けた黒が立っている。

 力の正体は黒の背中による体当たりであった。

「ワープでもしやがったのかよ!」

「敵に情報を漏らす奴がいると思うか?」

 黒は虎鉄の正面を向くと、また珍妙な構えをとる。

 虎鉄は一瞬だけ黒が瞬間移動のように消えた事について考える。

 が、元が『考えるよりも動け』の虎鉄、すぐさま黒へと攻撃を再開する。

 黒は虎鉄の動きを“超感覚”を用いて先読みし、動きの遅さをカバーしている。

 先ほどの瞬間移動についても、別に新能力に目覚めたわけでも時間を止めたわけでもない。

 虎鉄の左腕のスーツに添えた手で掴み、虎鉄の体を開く勢いに乗って流されるように虎鉄の背面に移動しただけなのだ。

 黒は強力な力で引っ張られた右腕の痛みを悟られないようにどしりと構える。

 黒は虎鉄の一撃を喰らえば1撃で戦局をひっくり返されることを理解しているため、集中を解かず警戒をMAXに引き上げる。

 誰も通らない通路、虎鉄と黒は対峙し睨みあう。

 お互いの目的成就を邪魔する目の前の敵を退けるために……


 この2人の対決は、猫によって監視映像を利用してHERO TVへと映像を流している。

 街頭の巨大スクリーンで見る街の人々、家で家族と見る者など、HERO TVは視聴率をあげつつ、盛り上がりを見せている。

 この間約30秒。

 その30秒で街は各所にて歓声が上がっている。

 視聴者やHERO TVのスタッフは知らない、2人の目的など知らないが、目の前の超人対決に心を奪われているのだ。





―――――――





「黄殿! 黄殿!」

 耳元で聞こえる声に黄はゆっくりと重い瞼を開ける。

 瞳に映るのは、心配そうに覗き込むイワンの顔であった。

 感覚を確認していると、脱ぎ捨てた半着と外套がかけられている

 ボーっとした頭の中で、黄はゆっくりと記憶を漁る。

 勝ったのだと分かった瞬間、黄の口元を綻ばせる。

 安らかに笑う黄に、イワンは見惚れるも、目を覚ましたことに安堵する。

「心配したで御座るよ」

「イワンさん、ボク達勝ったね!」

「そ、そうで御座るが、肝を冷やしたで御座る」

「ボクはいけると思ってたよ。だってイワンさんがいたもん。

 イワンさん優しいし。今だって膝枕してくれてたんだしね。

 服も掛けてくれてるし」

 満面の笑みを浮かべた黄は、掌をイワンに向ける。

 まさか、服を掛けたのはあまりにも服から黄の女性の象徴が頂上を現そうとしていたためだとは、この笑顔には言えなかった。

「黄殿、ここからは退避しましょう」

「ダメ。ボクはこのまま奥に行かないといけないんだ」

「でも、黄殿……立てますか?」

 うん! と、黄は立ち上がろうと体に力を入れようとするも反応がない。

 まるで麻酔でも撃たれたようにピクリとも動かない。

 体全体で動かそうとするもピクリとも動かない。

「もうこれ以上進むのは危険で御座る。

 ここはHERO TVに連絡して安全に退避しましょう」

「やだ! 猫! どうにかして!」

『――まったく我儘なお姫様だぜ。

 そっちに奥に進むための馬車を用意するぜ』

「イワンさん! ごめんなさい。ボク少し寝ます!」

 にこやかに宣言した黄は、瞼を閉じてすぐに寝息を立て始める。

 ムニャムニャと気持ちよさそうに眠る黄の寝顔を見ながら、イワンは膝枕を揺らさないようにジッと耐え続ける。

 イワンは10分、可愛らしい寝顔を見せる黄を間近で見続けるも触ってはいけない試練に耐え続ける。

 眠る黄は全力で体力回復に努めている。

 各所でヒーローとパンドラの兵士達の戦闘が行われている中、イワンのいるエントランスに人っ子一人通らず、静寂に包まれている。

「しかし、いつまで拙者は動けぬままなので御座ろう……。

 いっそ黄殿を運んでここから退避した方がいいように思うのでござる」

 イワンの言葉にも、静寂のみが一瞬の沈黙を持って答える。

 一瞬の後、優しい声がイワンの問いかけに答える。

「そうだな、そろそろ眠り姫を起こしてくれ。折紙サイクロン」

 声に視線を向けると、そこには朱く跳ねた髪をしたガリガリの女性が微かに笑みを浮かべた表情で立っていた。

 体中に包帯を巻いたハヴォックである。

 イワンはその女性に見覚えがあった。

 そう、イワンをこの事件へと誘った存在である。

 “ブルーローズ”カリーナ・ライルの家から消えたと知った時から、シュテルンビルドとその周辺の街を昼夜問わずに探し続けていた。

 今日の夕刻を回る辺り、突如として目の前に現れたのだ。

 新鮮な野菜が入った袋と味噌を持って現れたのだ。

『お前の探し物の場所と現れる時間を教えてやる。

 そこでは力がいる。これでも食べろ』

 そう言ってハヴォックは野菜の入った透明の袋を放り投げる。

 イワンはその情報の正確さなんてものは頭に掠る事すらなかった。

 情報に飛び込み、野菜に味噌をつけてすべてを食べきり、ハヴォックの与えた情報通りやってきたのだ。

 その結果は言わずもがな……。

 その結果に至るまでを聞く気配もなく、ハヴォックはイワンに視線を向けている。

「さてと、約束通り黄の所に連れてきたぞ……

 ロックバイソン、ブルーローズ……いや、カリーナよ」

 ハヴォックの言葉により、ヒーロースーツを着たロックバイソンとブルーローズがイワンの視界に入ってくる。

「あれ? イワンなんでここにいるの?」

「ブルーローズ殿達もどうしてここに……?」

 イワンとカリーナはお互いになぜここにいるのかを聞きあっている。

 話をぶった切るように平然とハヴォックは言葉を飛ばす。

「話はほどほどにいくぞ、カリーナ。

 約束通り、『お前を黄の元へと連れて行く』引き換えに、『私の護衛をする』という約束を果たしてもらうぞ」

「わかってるわよ。でもそれを果たせば教えてくれるんだよね、あなたがなにを求めているのか」

「ああ、行くぞ」

 ハヴォックはカリーナを連れて、エントランスを奥へと進む。

 エントランスから出る通路に差し掛かった時、ハヴォックは振り返り少しだけ大きな声を放つ。

「折紙サイクロン、黄に伝えてくれ。

 ――『馬車じゃなく牛車になってすまないな』とな」

 言葉を残して去って行ったハヴォックとカリーナ。

 イワンは黄の頬を優しく叩き、起こさせる。

 ゆっくりと瞳を露わにした黄は、手足が動くかを確認し始める。

 力なくではあるが、動くことを確認する。

「ロックバイソンさん! ボクをこの奥に連れてって!」

「ぎゅぅう……しかしおめぇ、そんな動けない状態じゃねぇか」

「それでも、ボクはいかないといけなんだ……」

 ロックバイソンは黄の瞳の光の強さに一瞬、気圧される。

 しかしそこはHERO TVでいくつも死線を越えてきたロックバイソン。

 すぐさま持ち直し、起き上がろうとする黄のおでこを抑える。

「動けねぇ奴がここにいるだけで危険だろうが……

 何がそんなにお前さんを動かす?」

「黒が……師匠が戦ってるんだ。ボクと一緒に帰る為に。

 だからボクは師匠の戦いの結末をこの目で、なんのフィルターも通してない目で見たいんだ」

 しかしな……っと思いつつ、自分が運ばないとこの娘は這ってでもこの戦場を進んでいってしまうと確信してしまう。

 ならばどちらが安全なのかをロックバイソンは考えずしても答えに至る。

「……わかった。しかし、こっちがもう無理だと思ったら何を言おうと退避するからな」

 言い切ったロックバイソンに応えるように首を縦に振る黄。

 黄はイワンに支えられながら立ち上がり、服を着ていく。

 そして、外套まで着用した黄はロックバイソンの背に乗り、おんぶされる。

「おい折紙、一旦退避しろな……ヒーロースーツ着てアニエスさんに支持を仰げ」

「はい……黄殿、黄を付けて」

「うん、ありがとうイワンさん。またトレーニングセンターでね」

 笑顔で答えた黄は、ギュッとロックバイソンに捕まる。

 黄は猫とハヴォックが用意した馬車ならぬ牛車に乗ってパンドラの奥へと進んでいく。





 対局は終盤へと差し掛かる。

 黒の死神とワイルドタイガーのたった5分間の対戦の結果によって“パンドラ事件”の行方が決まる……

 虎鉄が勝って蘇芳を救い、HERO TVが『パンドラ事件』を解決するのか。

 黒が勝利して蘇芳を殺して、パンドラを壊すのか。


―――――――




......TO BE CONTINUED






■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
こんばんわ、ハナズオウです。

今回は間隔短く投稿できました。
今回は黄の成長物語の締めとも言えるエピソードでした。

この締めの為に序盤に幾つも種を蒔き続けていました。
これからも戦闘は続きますが、終わりを見ていただいたらわかるとおり黄は動けない状態で、ロックバイソンに運ばれている現状です。

もう戦力ではないですが、見届け役として頑張ってもらうつもりです。

このまま予定通りに進めば、この話を抜いて後4話で『死神の涙』編は完結となります。
完結できるように頑張っていきますのでよろしくお願いします。

読者の皆様、簡単な感想やアドバイスなどありましたら気軽に感想を頂けると、このハナズオウはモニタ越しに踊りをかます位嬉しいのでどうぞよろしくです。

では、感想返しをします。

 >>13さん

 感想ありがとうございます。
 なんとか山場一つ乗り越えれました。

 ここからは数話ですので、頑張っていきたいです。

 お互いに完走できるように頑張りましょう!


 今回は1件のみでしたので、これで終わりです。

 では、また次回のあとがきでお会いしましょう




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