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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第19話:日常と非日常の境界線にて
作者:蓬莱   2012/11/18(日) 23:03公開   ID:.dsW6wyhJEM
アインツベルンの森での戦いから翌日、澄み切ったような青い空が広がる中、ウェイバーは公園の入り口の前で立ち止まりながら、目の前の光景に思わず頭を抱えそうになっていた。

「何してんだろ、僕…」

憂鬱そうにため息をつきながら、ウェイバーは今日一日の出来事を思い出していた。
切っ掛けは、今朝に、バーサーカーについてのある調査の為にライダーを差し向けたところから始まった。
ウェイバーの指示を受けたライダーは、昼間には家に戻ってくると言い残して、調査のために必要なサンプルを採取しに出かけて行った。
そして、そのまま、ライダーは昼間を過ぎても、マッケンジー宅には戻ってこなかった。
普通ならば、ライダーを念話で呼び出せば良かったのだが、ウェイバーは何故かは自分でもわからないが、あえてそうせず、未だ戻ってこないライダーを直接探しに出かけたのだ。
その後、ウェイバーは、敵のサーヴァントに見つからないように注意を払いつつ、ライダーとのパスを頼りにライダーを探していると、とある公園の広場にいたライダーを見つけることができた。

「はっははははは!! よし、次は…忠勝、防御形態だ!!」
「…!!」
「すっげぇ!! 本物だぜ!!」
「もっと見せて!!」
「…何やってんだよ、あいつ」

そこでは、公園の広場に集まった子供たちを前に、ライダーは呼び出した忠勝に、両腕に巨大な盾を装備したり、背中からバーニアを展開して、様々な形態になるよう指示を出していた。
ライダーが命令を出すたびに、忠勝が変形する姿を見て、驚き交じりの歓声を上げる子供たちに対し、ウェイバーは思わず口をあけたまま、呆然とした。
だが、ウェイバーが驚くのも無理はなかった。
普通、魔術は秘匿されるべきであるというのが魔術師の鉄則なのに、サーヴァントが子供とはいえ一般人に自分の宝具を見せるなどあり得ない事だった。
もし、時臣や璃正が、明らかに魔術の秘匿を無視するかのようなこの光景を見たら、衝撃のあまり卒倒するような事態になっていただろう。

「…本当に何してんだろう、あいつ」

先ほどまで、ライダーの身を心配した自分を馬鹿らしく思ったウェイバーは、肩を落としながら、もう一度、安堵と呆れ交じりの溜息を洩らした。
普通ならば、一般人に宝具を見せるなど言語道断であり、マスターであるウェイバーは、ライダーのところに、すぐにでも怒鳴り込むところだろう。
だが、この聖杯戦争には、倉庫街で無差別殺戮を行ったバーサーカーや街中でストリートキングをやらかしたアーチャーという名の全裸など、監督役である璃正神父の胃に穴をあける問題児サーヴァント達がいるのだ。
それに比べれば、ライダーが宝具である忠勝を子供達に見せる程度ならばまだマシな部類だった。
そういう訳なのか、ウェイバーは自分でも意外なほど落ち着いた様子で、しばらく子供達と戯れるライダーの生き生きとした様子を見ていた。

「おぉ、そこの坊主!! あの兄ちゃんの知り合いかのう?」

とその時、ウェイバーのところに、義手である右腕にたい焼きの入った袋を抱え、頭にねじり鉢巻きをした男が、ウェイバーに声をかけながら近づいてきた。

「あ、まぁ、一応、そうだけど…」
「わははははは!! そりゃ、丁度良かった!! こいつをあの兄ちゃんと子供たちに届けてくれんかのう」

いきなり、見知らぬ男に声をかけられたウェイバーは、何事かと思いながら、戸惑い気味に頷いた。
それに対し、義手をした男は、豪快に笑い飛ばすと、右腕に抱えたたい焼きの入った袋をウェイバーに少々強引に手渡すと、ライダーと子供たちに渡すように頼んできた。

「え、でも、本当に良いんですか?」
「構わんたい!! わしの奢りじゃ―――一応、給料から引いとくぞ―――からのう!! わははははは!!」
「は、はぁ…」

見ず知らずの男からの思わぬ好意に面を喰らったように驚くウェイバーに対し、男はぉにするなと言わんばかりに。聞き慣れない方言交じりの言葉で豪快に笑い飛ばした。
もっとも、男を雇っていると思しき屋台の店主―――すでに老齢にさしかかった男は、イヤホンでラジオを聞きつつ、新聞を読みながらも、ポツリと男に釘を刺すように呟いていたが。
色々と強引な男にどう反応していいか戸惑うウェイバーであったが、ひとまず、素直に義手の男の好意を受け入れることにし、子供達と遊ぶライダーと忠勝のところへ駆け寄っていった。

「おぉ、ますたぁ!! お主もここに来たのか!!」
「はぁ…帰りが遅いと思ったら、何で忠勝と一緒に子供と遊んでんだよ…」
「いや、実は…」

とここで、この場所にやってきたウェイバーにむかって、子供達と戯れていたライダーはいつもの調子で笑いながら声をかけた。
相変わらず、こちらの調子を狂わせるライダーの態度にため息をついたウェイバーは、ひとまず、ライダーにどういう経緯でこのような事態になったのか問いただした。
そのウェイバーの問いに対し、若干、困ったように苦笑したライダーは、申し訳なさそうに事情を説明し始めた。
そもそもの発端は、ウェイバーに頼まれたサンプルの採取を終えた後の帰り道でのことだった。
サンプルの収集を終えたライダーは、いつものように忠勝を呼び出すと、飛行形態となった忠勝に乗って、深山町にあるマッケンジー宅から少し離れた、普段は人気の少ない公園のところで着陸したまでは良かった。
だが、間の悪い事に、マッケンジー宅に行こうとしたライダーと忠勝は、公園に遊びに来ていた近所の子供達と出くわしてしまったのだ。
その後、ライダーは子供たちを誤魔化すために、忠勝を自作で作ったロボットという事にして、完成した忠勝を公園で試運転していたのだと、忠勝をもの珍しそうに見る子供たちに説明した。
そして、現在、忠勝は、ライダーの命令に従い、次々と形態を変えていくたびに、目を輝かせる子供たちの歓声と拍手を受けていた。

「いや、まぁ、アレで上手く誤魔化せたなら、別に良いけど…それより、アレはどうしたんだ?」
「あぁ、ちゃんと取ってきたぞ。これでいいのか、ますたぁ?」

ひとまず、ライダーの話を聞き終えたウェイバーは、思わずげんなりとした表情で頭を抱えそうになった。
ちゃんと歩いて帰ってこいよとか、というか、空を飛んでいる時点で絶対に気付くだろうと言いたいことは山ほどあったが、ウェイバーはなんとかそれらの言葉を飲み込みながら、済んでしまった事は仕方ないと水に流した。
普段の自分ならば、人目もはばからずに激昂するところだろうが、ウェイバーは、心の底から楽しげに子供達と戯れるライダーの姿を思い出してしまい、とても怒る気にはなれなかった。
とりあえず、気を紛らわせようとしたウェイバーは、ライダーに頼んでおいた調査用のサンプルについて尋ねた。
それに対し、子供達と遊ぶ忠勝を見ていたライダーは、ウェイバーにむかって軽くうなずくと、採取したサンプルの入ったカバンを、ウェイバーに手渡した。

「ま、後は、家に戻って、準備を―――ただかつ、ほうげきけいたい〜!!―――って、待て、待て、待てぇええええええ!!」
「はははははは!! 忠勝、あまり無茶をするんじゃないぞ」
「…」

ひとまず、採取したサンプルを確認したウェイバーは、ひとまず、調査の準備をするために、マッケンジー宅へと戻ろうとした―――子供特有の愛らしい口調で、とんでもなく物騒な言葉を聞くまでは。
まさかと思いながら振り返ったウェイバーの視線の先には、子供たちのリクエストに応えようと背中のバックパックから左右二門の砲塔を伸ばす忠勝の姿があった。
これには、ウェイバーも大慌てで止めようとして、忠勝の元に駆け寄り、さすがのライダーも苦笑しながら、子供達の前で珍しく羽目を外す忠勝にをやんわりと止めた。
やりすぎたか―――そんな心境を語るように、忠勝は申し訳なそうに、頭の後ろにむかって片手を擦るように添えた。
そして、ウェイバーとライダーは気付かなかった―――砲撃形態となった忠勝の姿に盛り上がる子供たちの中に一人だけ―――帽子を深く被った金髪金眼の少年だけはジッとウェイバーとライダーの方を見ていた事に。


第19話:日常と非日常の境界線にて



その後、何とか忠勝を止めたウェイバーは、不満そうに唇を尖らせる子供たちに、先ほどのたい焼き屋のバイトをしていた青年から預かったたい焼きを手渡しながら、子供たちをこの場から立ち去らせた。

「ほら、お前の分のたい焼き…はぁまったく心臓に悪いだろ」
「すまないな、ますたぁ。子供達と遊んでいるうちに、どうも羽目を外しすぎたようだ」
「まぁ、砲撃ぶっぱなさなかっただけでも良いよ」

子供たちが帰ったのを見計らって、忠勝の現界を解除した後、ようやく落ち着けると思い、公園のベンチに座ったウェイバーは、自分の隣に座るライダーにたい焼きを手渡した。
手渡されたたい焼きを受け取ったライダーは、ウェイバーに向かって少し申し訳なそうに笑って返した。
そんな顔をしている奴を怒れるわけないだろ―――心の中で諦めたようにため息をついたウェイバーは、意外なほどあっさりと羽目を外したライダーを許した。
とここで、ウェイバーは、先ほどの子供達と遊ぶライダーの姿を思い出し、なんとなくライダーにむかって尋ねてみた。

「ところで、子供達と遊んでいるとき、お前も随分嬉しそうだったけど、何でだ?」
「うむ…これはますたぁにとっては、あまり楽しい話ではないのだが…」

ウェイバーとしては、ただ何となく尋ねた程度の事だったが、ウェイバーの問いに対し、ライダーは先ほどまでの笑顔を曇らせた。
そして、何かを思い出すように遠い目をしたライダーは、かつて自分が生きていた頃の事を静かに語り出した。
―――生前、ライダーは三河という地の小豪族の長男として生まれた事。
―――6歳の時に家臣の裏切りによって織田家の人質となった事。
―――さらに、織田家から解放された後も、今川家の人質となった事。
―――その後、織田家と同盟を結ぶも、織田家の当主である信長の無慈悲な振る舞いに心を痛めた事。
―――信長の死後、覇王:豊臣秀吉との戦に敗れ、豊臣軍の傘下に入った事。
―――だが、世界に戦火を拡大しようとする秀吉に反旗を翻し、壮絶な一騎打ちの末に秀吉を打ち取った事。
―――これが引き金となり、秀吉を心酔していた石田三成と敵対した。
―――そして、ライダーは、東軍の総大将として、西軍の総大将となった石田三成と関ヶ原の合戦で激突した。
これまでの自分の人生を、ライダーは、戦乱の世において、自分や仲間、国を守るために、人質として翻弄され、多くの人間を結果的に裏切ってきた人生だと語った。
だからこそ、ライダーは戦乱の世を終わらせようと戦っていたのだ―――誰も裏切らず、誰も犠牲にせずとも生きていける平和な天下を築くために。

「だからなのかもしれんな。あの子達のように親兄弟と引き離されることなく、笑顔で遊べる子供たちの姿が、そして、そんな日常を送れるこの世界が、ワシにとってはとてもまぶしいのかもしれん」
「お前って、さぁ、結構ハードな人生送っているんだなぁ…」

優しい笑みを浮べながら語るライダーを見て、ウェイバーは改めてライダーの壮絶なまでの生き様に何か深いものを感じた。
そして、ウェイバーはどうして、ライダーが子供達と遊ぶ中で、あれほど楽しんでいたのかを理解した。
ライダーの人生は、以前に出会った陽だまり娘の言葉通り、決して安穏なものではなく、厳しく険しいものだった。
それ故に、そんな長く険しい過酷な人生を送ったライダーであるからこそ、子供達と遊ぶ中で、“絆”を結び、ライダー自身が望んだ世界を僅かながら実感しながら、心の底から笑っていたのだ。

「なら、もし、聖杯戦争に勝ち残ったら、受肉して欲しいって聖杯に願ってみたらどうだ? そうすりゃ、今日だけじゃなくて、毎日、好きなだけ絆ってやつを結べるだろ」
「おぉ!! それは良いかもしれんな…絆を結ぶには、やはり肉体というモノが必要だからな。中々の慧眼だな、ますたぁ」
「そんな事で褒められてもなぁ…」

ライダーの話を聞き終えた後、ウェイバーは、“絆”を結ぶというライダーにむかって、ライダーが聖杯に願うにふさわしい望みを呟いた。
一応、ウェイバーとしては、何ともなく言ったつもりだったが、ライダーは真剣に聞いていたのか、何かを納得したように頷いて、ウェイバーに礼を言った。
もっとも、ウェイバーとしては、そんな事で礼を言われても仕方がないとぼやきつつ、素直に喜べなかった。
きっと、あの陽だまり娘に言われた事が原因だろうな―――そう思ったウェイバーは、ライダーに対して、甘くなった自分を自嘲しつつ、心の中で苦笑した。

「なら、さっさと行くぞ。早速、やらなきゃいけない事があるからな」
「うむ!! そうだな!!」

ひとまず、ライダーの採取してきたサンプルを分析する為に、ウェイバーは、やる気を出したのか張り切るライダーを連れて、公園を後にした。
その途中、ウェイバーとライダーは、入れ違いになる形で、フードを深くかぶった一人の男が公園内に入ってきたことに気に留める事もなく。


日が落ち始め、あたりが暗くなろうとした頃、雁夜は人気の全くなくなった公園のベンチに座っていた。
何故、こんなところに雁夜がいるのかといえば、昨日、雁夜の元に東京で知り合った顔なじみの記者から電話があったのだ。
“警察官時代の後輩が妙な事件に関わったらしく、その事で相談に乗ってほしい事がある”―――そのように知り合いの記者から連絡を受けた雁夜は、蓮達と相談した末に話を引き受けることにし、その知り合いの記者を待ち合わせ場所に指定した公園で待っていた。

「…ここで待ち合わせのはずなんだけど…」

未だに来る様子のない知り合いを待っていた雁夜はベンチに座り込みながら、今の自分について考え込んでいた。
現在、雁夜は、間桐家当主代行という立場ではあるものの、にわか仕込みの魔術師が勝ち残るには厳しいという事から、蓮達から聖杯戦争には極力関わらない事をきつく言われていた。
最初は、桜を救う為に間桐に戻った雁夜は、これに反発したが、少しだけ怒ったような表情を浮かべた蓮は、いつになく真剣な口調で逸る雁夜を制した。

『この聖杯戦争が終わった後、雁夜…お前が死んだら、誰があの子を日常に戻す役目を果たすんだ?』

聖杯戦争が終わった後の事を見据えた蓮の言葉に、自分が目先の事だけしか考えていなかったことに気付かされた雁夜は何も言えなかった。
確かに、蓮たちは桜を助けるのに協力しているが、それはあくまでバーサーカーを倒し、聖杯戦争が終わるまでの話なのだ。
もし、聖杯戦争が終わった時点で、雁夜が死亡した場合、残されるのは、心を壊されかけている桜だけとなってしまう。
それに、雁夜の刻印虫を除去した変質者によれば、この世界の魔術世界において、桜ほどの素質を持った者は、稀であると言った。
そして、その稀少性故に、一人残された桜の運命は、その血に宿る魔性を求める怪異の災厄にさらされるか、魔術教会によって希少なサンプルとしてホルマリン漬けにされるかの、どちらしかないと語った。
だからこそ、あの子を脅威から守るために、あの子の日常を取り戻すために、お前は生き残らないといけないんだ―――拒むことは許さないと雁夜を見据える蓮に、雁夜は新たな決意と共に静かに頷いた。

「あぁ、やってやるよ。俺が桜ちゃんの日常を守―――お、いたいた!!―――ん?」

今も、必死になって他陣営との会談を取り付けようと駆け回っている蓮たちの事を思いながら、雁夜は、蓮たちの想いを無駄にしないと自分に言い聞かせるように静かに呟いた。
とその時、雁夜は、公園の入り口からこちらに駆け寄ってくる足音と共に、聞き覚えのある声が近づいてきた。
それが、待ち合わせをしていた知り合いの声であると雁夜が気付くと同時に、四十代をさしかかった中年の男が駆け寄ってきた。

「おうい!! 雁夜!! 久しぶりだな!! 元気にしてたか?」
「お久しぶりです、伊達さん。大変ですね、こんな所にまで…」

東京であった頃と変わらぬ調子で話しかけてくる中年の男―――元警視庁捜査四課の刑事にして、現在は京浜新聞社会部の記者である伊達真に、以前、神室町で世話になった時の事を思い出しながら、雁夜は少しだけ懐かしそうに笑みを浮べた。
とここで、雁夜は、昨日の電話で伊達は妙な事件とは言っていたが、いったい、どのような事件なのか気になって聞いてみた。

「まぁな。例の連続爆破テロ事件の事で気になることがあってな」

次の瞬間、連続爆破テロ事件―――伊達の口から出てきたその言葉に、雁夜は顔を強張らせながら、凍りついた。
現在、冬木市では、数十名の警官が犠牲となった倉庫街での爆破事件を皮切りに、多数の死傷者を出した冬木ハイアット・ホテルでの爆弾テロといった過激派テログループによる都市ゲリラ事件が立て続けに起こっていた。
今日のニュースでは、冬木ハイアットでのテロにて、容疑者らしき男が目撃されており、警察は最重要容疑者として、目撃証言を元に捜査を開始しているとのことだった。
無論、雁夜は、倉庫街の一件についての真相―――バーサーカーの暴走である事を知っていたのだが。

「…き、気になる事ですか?」
「あぁ、俺の知り合いの後輩なんだが、どうもそいつがこの一件に絡んでいるようなんだ。しかし、こいつがどうもキナ臭くてな…」

何とか動揺を抑えながら、平静を装った雁夜は、いかにも興味深く、伊達の言葉に食いつくように尋ねた。
何処かぎこちない雁夜の様子を訝しんだ伊達であったが、ひとまず、怪しいという前置きをしつつ、雁夜にむかって話の続きを話し始めた。
事の発端は、冬木市警察署と本庁から派遣された捜査員達による冬木市連続爆破テロ事件合同捜査本部を立ち上げた事から始まった。
捜査本部は、冬木ハイアットにて目撃された犯人と思しき男の足取りを追うのと同時に、倉庫街での爆破事件における唯一の生存者―――海に投げ出されていた刑事からの証言を元に捜査を始める予定だった。
会議に参加した捜査員たちは、唯一の生存者である刑事から何が起こったのか、また、犯人の手掛かりを得られるかもしれないと期待していた。
だが、会議に居合わせた捜査員たちの予想に反し、現場の一部始終を見た筈の刑事の口から驚くべき証言を聞くことになった。
―――通報を受け、倉庫街に駆けつけると、目玉を三つ持った金髪の少年が、数名の男女と戦っている現場に出くわした事
―――署まで連行しようとしたところ、三つ目の少年が暴れ出し、自分を除く警官たちが皆殺しにされた事。
―――自分が助かったのは、死んだ魚の目をした銀髪の青年のおかげである事。
隣に座る者と顔見合わせながら戸惑う捜査員達の前で、事の一部始終を語った刑事に対し、捜査の指揮を執っていた本庁から派遣された責任者は、すぐさま、常識を持た人間ならば妥当といえる命令を下した。

「それで、その刑事は捜査から外されたって訳ですか」
「唯一の生存者にして目撃者にもかかわらずな。しかも、一時的な精神的錯乱っていう理由で自宅療養のオマケ付けだ」

困惑気味にその刑事の受けた命令を確認するように言う雁夜に対し、伊達は詳細を付け加えながら、何ともいえない表情で語った。
とはいえ、雁夜は、伊達の話を聞く限り、その責任者が、生存者である刑事に対し取った対応も無理はないと思った。
魔術の知識を持つ雁夜のような人間ならともかく、聖杯戦争はおろか魔術というモノをそもそも知らない一般人からすれば当然の反応だろう。

「まぁ、でも、確かにそんなゲームみたいな話を聞かされたら、普通はおかしいと思いますよ」
「あぁ、それだけなら、俺も何かの悪い冗談だと笑って返せたんだけどな。実際、会議に参加した捜査員達も俺と似たような反応だったらしいんだが…」

故に、苦笑した表情を浮かべた雁夜は、これ以上伊達が深くかかわらないように、やはりその生存者である刑事が爆破の衝撃で錯乱した末にみた妄想という事で話を終わらせようとした。
それに対し、伊達は、最初の内は雁夜と同じように、生存者である刑事の話に半信半疑であった事を告げたものの、合同捜査会議の席で、生存者である刑事が気付いたある違和感を聞くと、只の妄想と片づける訳にはいかなくなった。
生存者である刑事の話が終わると同時に、困惑と失笑、不審―――各々が抱いた感想を様々な表情で浮かべながら出席した捜査員達の多くがざわめいていた。
そして、生存者である刑事は混乱する合同捜査会議の様子を見渡し、ある違和感―――会議の場で妄想じみた話を聞かされたのにもかかわらず、まったく反応を見せない捜査員達が居ることに気付いた。
誰もが何らかの反応を見せる中で、何の反応を見せない異常―――この話を聞いた伊達は、すぐさま、以前、冬木市に住んでいたという雁夜に連絡を取ると、すぐさま、取材と称して冬木市へと赴いたのだ。

「そいつの話じゃ、何のリアクションもしなかったのは、応援として送られた本庁の連中がほとんどだったそうだ。雁夜、こいつは何か妙だと思わないか?」
「…他に何か情報は?」

元刑事としての勘が働いているのか、誘うように雁夜に問いかける伊達は一連の事件に何やらきな臭いものを感じているようだった。
一方、雁夜も、この話を蓮たちにも伝えるべきであると判断し、ここはあえて乗ることにし、伊達からさらに情報を聞き出そうとした。

「…実をいうと、こいつは合同捜査会議の時には話さなかったことなんだが、俺の知り合いも、どうやらこの一件に噛んでいるようなんだ」
「伊達さんの知り合いって…まさか!?」

食いつくように話に乗ってきた雁夜の姿を見た伊達は、真剣な顔もちで話の続き―――生存者である刑事が、伊達の知り合いを倉庫街の現場で目撃したことを語った。
伊達の知り合い―――その言葉を聞いた瞬間、驚く雁夜の脳裏にある男の名前が思い浮かんだ。
桐生一馬―――伊達の知り合いであると同時に、神室町においてその名を知らぬ者などいないほどの生きた伝説と称される極道が、この一件に関わっているのかと、雁夜は驚きを隠せなかった。

「残念だが、そいつも極道ではあるんだが、桐生じゃねぇ。そいつは、東城会直系真島組組長―――真島吾朗。狂犬の異名を持つこいつが関わっているとなりゃ、ただ事じゃないのは確実だ」
「…どうするつもりなんですか?」

しかし、予想以上に驚く雁夜の様子を見て、雁夜が誰を思い浮かんだのか気付いた伊達は、少しだけ寂しそうに苦笑いをしながら、その知り合いが桐生でない事を雁夜に教えた。
そして、代わりに伊達から告げられたのは、その桐生と同じように様々な事件に関わってきた狂犬の異名を持つ極道―――真島吾朗の名前だった。
何故、真島がこの一件に関わっているのかは不明だったが、浅からぬ縁のある伊達としては関わらないわけにはいかなかった。
もはや、こうなった以上、伊達が何をするつもりなのか分かり切った事だったが、それでも、雁夜はあえて尋ねた―――聞けば深みに嵌ってしまうと知りながら。

「もちろん、真島が関わっている以上、直接会って、聞くしかねぇだろ。明日、その後輩と、真島が寝床にしている組の娘さんと待ち合わせをして、その話を聞くつもりだ。って、大丈夫か、雁夜? 顔色が悪いぞ」
「いや、気にしないでください…だ、大丈夫ですから…」

雁夜の問いに対し、伊達は当たり前のように事件の関係者である真島から話を聞くつもりであるとやる気まんまんに答えた。
さらに、伊達は後輩である生存者の刑事や真島とかかわりのあるらしい娘にも取材に協力してもらう事を告げた。
そして、伊達からこの話を聞かされた瞬間、雁夜は伊達に心配されるほど顔を青ざめていた。
厄介ごと抱えっちゃたよ、おい―――それが、桜の日常を守ると決意したにも拘らず、面倒事に巻き込まれてしまった雁夜の心境だった。



ひとまず、話を終えた雁夜達が公園から去った頃になると、日も完全に沈み、あたりも完全に暗くなった夜へとなっていた。

「ふぅ…今日はやけに人の入りが多かったなぁ…」

公園のすぐそばで、たい焼きを売っていた屋台の店主は、人が居なくなったのを確認すると、ため息をつきながら店仕舞いを始めようとした。

「壁に耳あり、障子に目あり…ベンチにゃ盗聴器ってか」

そして、屋台の店主はつまらない冗談を呟きながら、耳に付けていたイヤホンを―――公園に仕掛けてある盗聴器の受信機を取り外した。
随分と面白い話を聞かせてもらった―――そうほくそ笑み屋台の店主は。ウェイバー達や雁夜達からの会話から色々な情報を得られたことに満足していた。
とはいえ、新聞記者に嗅ぎつけられたなど、色々とこちらにとって思わしくない事態になっていることも分かったわけだが。

「じゃあ、親方。そろそろ片付けに入ろうかのう!!」
「そうだな。そろそろ店仕舞―――おう、親爺―――あ、いらっしゃ…」

そんな屋台の店主に、バイトとして働いている義手の青年は、屋台の店主にむかって屋台を仕舞い始めようかと声をかけた。
とりあえず、早く片付けて、今日の事を上司に報告しようと屋台の店主も頷きながら、義手の青年に返事を返そうとした時、ちょうど客と思しき男の声が背後から聞こえてきた。
慌てて屋台の店主は愛想よく返事を返そうとして―――

「よう」
「す、すみません…」
「何だ、お前たちか…」
「おぉ、おんしら、色々と大変なところをお疲れじゃのう!!」

―――背後にいたのが同じ組織に属する同僚―――いつものように赤いコートを羽織った荒瀬といつもより深くフードをかぶった少女である事を知り、やれやれと言った様子で呟いた。
一方、義手の青年の方は、二人の姿を見ると、いつにもまして笑顔を浮かべながら、荒瀬とフードを被った少女に声をかけた。

「声がでけぇよ…後、何だはねぇだろ、爺さん。折角、近くに寄ったから足を運んだのによ」
「はっ…抜かせ、若造が。で、嬢ちゃんは随分と手ひどい傷を受けたみたいだな」
「うぅ…」

荒瀬は、相変わらず、声のデカい義手の青年に呆れるようにボヤキながら、フードを被った少女に連れ添われて足を運んだのに、ぞんざいな扱いをする屋台の店主に不満そうに睨んだ。
しかし、屋台の店主は、荒瀬の睨みなど軽く受け流しながら軽口を返すと、罰悪そうに眼をそらすフードを被った少女に目を向けた。
昨晩、フードを被った少女は、アインツベルンの森での偵察任務中に、アサシンのマスターである元代行者の神父―――言峰綺礼と遭遇し、やむを得ず一戦を交えていた。
たまたま、対綺礼用の装備であったため、何とか綺礼を倒したものの、アサシンやバーサーカーの呼び出したサーヴァントの介入などにより捕獲には至らなかった。
さらに、並みの人間をはるかに凌ぐ力はあるものの、死徒としての能力は並以下であるため、多少の血を飲んだ後も、フードを被った少女の、綺礼との戦いで受けた傷は未だに癒えていなかった。

「まぁいいや…とりあえず、造血剤入りたい焼き作っといたから、喰ってけや」
「ありがとう、お爺ちゃん!!」

まったく無茶ばかりしおって―――そう心の中で無茶をした孫娘を労うようにぼやきつつ、肩をすくめた屋台の店主は一応作っておいた、フードを被った少女専用のたい焼き(造血剤入り)を渡した。
深く被っているフードで表情こそ見えないものの、渡されたたい焼きを頬張りながら、フードを被った少女に、屋台の店主に喜色を含んだ声で礼を言った。

「それで、爺さん。そっちの方はどうなんだ? 何か、良い情報はあるのかよ?」
「ちょっとばかりまずい事になった」

とここで、ふと思い出したように荒瀬は、冬木市での諜報活動を任されている屋台の店主から何か情報を得ていないか尋ねてきた。
荒瀬の問いに対し、屋台の店主は難しい顔をしながら、公園での一件―――特に雁夜と伊達との会話から警察での隠蔽工作に問題があり、一部の刑事が疑いを持ち始めた事を伝えた。

「おいおい、マジかよ。うちと聖堂教会って連中が情報操作してんじゃねぇのか」
「どうも、倉庫街で生き残った刑事の知り合いらしくてな。恐らく、そのツテで来たみたいだな。それと、見た限りだと、あの伊達って記者は、キャスターのマスターとも知り合いのようだ」

屋台の店主からその話を聞き終えた荒瀬は、いくらなんでも予想以上に早くボロが出たことに呆れたようにぼやいた。
屋台の店主としても、この事態は予想していなかったらしく、この報告を聞けば冷徹な表情で隠蔽工作を担当した者の首を即座に刎ねる自分たちのボスの姿を想像しながら、苦い顔をして、生存者である刑事の知り合いの記者である伊達の名を口にした。

「伊達? まさか、伊達真の事か? また、随分と懐かしい名前が聞けたもんだな…」
「何だよ、知り合いなのか?」
「あぁ、ちょっと神室町絡みで関わってな。そうか、伊達の野郎が来たのか」

とここで、荒瀬は屋台の店主の口にした伊達という名に反応し、何かを思い出すように凶暴な笑みを浮べていた。
荒瀬の反応を見た屋台の店主は、おもむろに荒瀬に伊達についての事を聞くと、荒瀬は軽く返事を返した。
一方で、荒瀬はこの一件に因縁の仇敵である桐生が関わってくるかもしれないという、もしかしたら有り得るかもしれない可能性を期待し始めていた。

「それで、別の案件はどうなっているの?」
「…リストに挙げられた連中は全て抹殺済みじゃ。これで、連中の手駒は全て失ったも同然じゃのう」
「そういや、遺体はどうしたんだ?」
「全て回収して、もう別のところに纏めておいてあるわい…まさか、手を付けてないじゃろうな」

とここで、たい焼きを食べ終えたフードを被った少女は、屋台の店主と義手の青年に諜報以外の任務―――暗殺任務についての現状を尋ねてきた。
フードの被った少女に対し、義手の青年はそれまでの笑顔を潜ませながら、研ぎ澄まされ刀のように張り詰めた表情で任務を完了したことを伝えた。
やり方としては単純なもので、仕掛けたエサに喰いついた間抜けな連中を、屋台の店主と義手の青年で片っ端らから仕留めていくというものだった―――もっとも、餌役となったとある人物は何も知らないでいるのだろうが。
とその時、荒瀬は先ほどの隠蔽工作での事を踏まえて、屋台の店主に死体の始末をどうしたのか尋ねてきた。
屋台の店主は死体の始末についてはほぼ問題ない事を荒瀬に伝えようとして、何かを思いついたかのようにフードを被った少女に問い詰めるように尋ねた。

「…ごめん、お爺ちゃん」
「…まったく、中途半端に喰い残すと、後始末が大変だというとるじゃろうが」
「仕方ないのう!! なら、わしと爺様で処理しといちゃる!! 心配せんでもいいたい!!」

屋台の亭主の問いに対し、しばし無言のまま固まったフードを被った少女は、やがて耐えきれられなくなったのか絞り出すような声で屋台の店主に謝った。
これには、さすがの屋台の店主も頭をかきながら、すっかりしょげてしまったフードを被った少女を叱りつけるが、起こしてしまった事はもはやどうしようもなかった。
すっかり落ち込んでしまったフードを被った少女に対し、義手の青年はいつもの笑顔を見せつつ、後の事は任せろと、大声で励ましながら、フードを被った少女を元気づけた。
そして、そんな義手の青年の手には、屋台の裏に隠してあった黒いマスクと防毒マスクがしっかりと握られていた。


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