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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第20話:明日に向けての夜会話
作者:蓬莱   2012/11/25(日) 23:04公開   ID:.dsW6wyhJEM
ウェイバーは、ライダーと共にマッケンジー宅に戻った後、手早く夕食を済ませると、早速、ライダーの集めたサンプルから調査を行った。
方法としては、ライダーの集めたサンプル―――未遠川に沿って河口から上流までを一定の間隔で採取した水に、配合した試薬を落とし、魔力の痕跡を調べ、バーサーカーの居場所を掴む手掛かりを得ようとしていた。
ただし、これは、あくまで魔術を執り行った場所を特定するための方法であり、本来ならば、バーサーカーではなく、陣地形成の固有スキルを持つキャスターの居場所を特定するのに用いるべき手段である。

「だけど、あのバーサーカーなら話は別だ」

誰ともなくポツリと呟いたウェイバーの言うとおり、バーサーカーの持つ無量大数という桁違いの貯蔵魔力ならば、その場所にいるだけで、<大源(マナ)>に匹敵するほどの極めて濃い魔力の余波により、バーサーカーの周囲一帯に魔力の痕跡が残る可能性は極めて高い。
しかも、ウェイバーの見たところ、あのバーサーカーは、ただ自分に触っただけの警察官を瞬時に殺害するほど、他者との接触或いは、自分以外の何かがいる事を極端に嫌っているようだった。
ならば、バーサーカーが、人が多くいる街中をうろつくような事はほぼ無く、出来る限り人が寄り付かない場所に引き籠っている可能性が十分高かった。
加えて、バーサーカーのマスターである間桐の立場として考えるなら、他者を塵としか認識しないバーサーカーは、マスターさえも塵と間違えて殺しかねない極めて危険な爆発物も同然だ。
そんなバーサーカーを、マスターとしては、出来うる限り手元には置いておきたくはないと考えるのが普通だ。
加えて、バーサーカーの呼び出した6体のサーヴァントを護衛として就かせればいいのだから、余計にバーサーカーを手元に置いておく必要などない。
故に、ウェイバーは、間桐陣営が、バーサーカーを人の寄り付かず、また、間桐邸から離れ場所にバーサーカーを待機させているのではと予測し、前述の方法でバーサーカーの居場所の手掛かりを掴もうとしていたのだ。
もっとも、ウェイバーが未遠川に目を付けた理由は、とりあえずは突き止めるうえで最も容易い“水”から狙いを定めただけの話なのだが。


第20話:明日に向けての夜会話


「…どうなっているんだ、これ?」
「む、何か分かったのか、ますたぁ?」

そして、全てのサンプルを調査し終えたウェイバーは、実験の結果を目の当たりにし、驚きを隠せないでいた。
愕然とするマスターの様子に只ならぬものを感じたライダーは、未だ驚きから覚めないウェイバーに実験の結果から何が分かったのかを尋ねた。
だが、ウェイバーはライダーの質問には答えないまま、逆に張り詰めた表情で、サンプルを集めてきたライダーに聞き返してきた。

「なぁ、ライダー。このサンプルは全部違う場所で取ってきたんだよな?」
「確かにそうだ。下流から上流に向かいながら、そこにあるサンプルを取ってきたのは間違いない」
「だったら、どういう事なんだ。これって、いったい…」

戸惑いの色を隠せないでいるウェイバーの問いに、サンプルを採取してきたライダーは断言するかのように頷いた。
ライダーの言葉に嘘がない事を感じたウェイバーは、もう一度、試薬をたらし終えた全てのサンプルをもう一度見た。
実験の結果、全てのサンプルが魔力の痕跡を示すように、墨汁のような色に変化していた―――微妙に他よりも濃い反応示した、未遠川の上流で採取したあるサンプルを除き、全て均一に同じ濃さで。
普通ならば河口から上流に行くにしたがって色は濃くなるはずであり、如何にバーサーカーの桁はずれの魔力とはいえ、これらのサンプルの反応はどう考えても異常だった。
これでは、まるで、誰かが複数の場所からわざと魔力の痕跡を垂れ流して、本命の場所を特定させないようにしているとしか思えなかった。

「ライダー、この川の上流に何かなかったか?」
「…そういえば、さらに上流のところに、古ぼけた発電所があったはずだ」
「発電所?」

しばらく考え込んだウェイバーは、わずかに反応の濃かったサンプルを採取した場所の周囲に排水が垂れ流していそうな施設はなかったか尋ねた。
ウェイバーの問いに対し、ライダーは地図を眺めていると、昼間に公園で出会った子供たちから聞いた発電所があることを思い出した。
ライダーの言葉に訝しむウェイバーであったが、確かにサンプルを採取した上流の近くに発電所のマークが描かれていた。

「うむ…今日、公園で出会った子供達から教えってもらったのだが。どうやら、この川の上流付近に、随分と昔に廃墟となった発電所があるらしく、地元の者でさえめったに寄り付かず、しかも、幽霊を目撃したという話や怪しげな人物達が出入りしているという噂があるらしいのだ」
「滅多に誰も近づかない、いわくつきの発電所か…ある意味、あのヒッキーの隠れ家としちゃ好都合な場所だけど…でも、間桐の連中がわざわざこんな手の込んだすることをした思えないし…」

いかにもありがちな、いわくつきな発電所の廃墟の話を語るライダーに、なるほどとうなずいたウェイバーは思わず考え込んでしまった。
確かに、その発電所の廃墟ならば、あの他人嫌いのバーサーカーを待機させておくなら申し分ない場所だろう。
だが、わざわざ他の場所からも同じように魔力の痕跡が混じった排水を流して、居場所をかく乱させる理由が分からなかった。
そもそも、あの桁違いの強さを誇るバーサーカーならば、襲撃者がやってきたところで、容易く返り討ちにできるだろうし、そのようなかく乱工作に意味がるとは思えなかった。
ならば、何故…?―――しばし、思考に没頭するウェイバーであったが、ここで、ライダーがある提案をしてきた。

「ますたぁ。提案があるのだが、真島殿とキャスターに助力を求めてみるのは、どうだろうか?」
「キャスター達と…って、本気なのかよ、お前!?」
「うむ。キャスター殿なら、こうした魔術に関する事に長けているゆえ、何か分かるかもしれないと思うのだが…」

キャスター陣営と手を組む―――このライダーの提案に、一瞬、思考が追い付けなかったウェイバーは思わず驚きを隠せなかった。
ライダーの言うとおり、“バビロンの魔女”と称されるほどの魔術に長けたキャスターならば、ウェイバーが、気が付けなかった事さえも、容易く見抜けるのかもしれない。
だが、キャスターの正体を知るウェイバーとしては、キャスターとの同盟は、それ以上にリスクが大きすぎた。

「…信用できるのか? 相手はあの“バビロンの魔女”なんだぞ。どんな罠を仕掛けてくるか分からないんだぞ!! それでも、お前は…!!」
「確かに、一時的に休戦しているとはいえ、いずれは敵同士となる間柄だ。キャスター殿の悪名もまた理解しているつもりだ。だが、それでも、“絆”を結ぶべきだと思うのだ」

これには、さすがのウェイバーも戸惑いと不審感をあらわにしながら、キャスター陣営との同盟を提案したライダーを厳しく問い詰めた。
リーゼロッテ=ヴェルクマイスター―――“炎の魔女”、“バビロンの魔女”などと呼ばれ、歴史の裏舞台から混沌をもたらしながら、聖堂教会や魔術協会を相手に死闘を演じてきた最強最悪の魔女こそ、この聖杯戦争のキャスターの真名だった。
当然のことながら、魔術師として未熟者であるものの、ウェイバーも、リーゼロッテの悪名はある程度周知していた。
その為、追加令呪の件を抜きにしても、ウェイバーとしては、あのバーサーカーに次いで、あまりに危険なサーヴァントであるキャスターとの同盟は賛成できなかった。
だが、ライダーは、今後敵に回る可能性やキャスターの悪行を含めたうえで、直もキャスター陣営との同盟を結ぶべきだと強く主張した。

「今、互いにいがみ合っている状況が続けば、ワシは、このバーサーカーとの戦いに勝てぬと思っておる。その為にも、ワシらが真島殿やキャスターと先んじて“絆”を結び、お互いが協力し合うきっかけを作ることが、バーサーカー打倒の第一歩だと思うのだ」

これほどまでに、ライダーが、キャスター陣営との同盟を、強くウェイバーに訴えるには訳があった。
倉庫街での一件で戦ったバーサーカーの言動を目の当たりにして、ライダーはその桁違いの強さ以上に、バーサーカーのあり方に戦慄を覚えた。
―――そんなに塵同士の潰し合いが好きなら、とっと潰し合って、消え失せろよぉ!!
―――五月蠅い鳴き声と一緒で軽いんだよぉ!!
―――臭いんだよ。穢らわしいぞ。気持ち悪いぞ、塵が!!
―――何もできない塵だから、雑多な塵を集めて、満足しているのか? 腐って見える!!
極限まで高まった“自己愛”により、人の生や魂、絆などの一切を屑と断じ、自分以外の全てを塵として排除せんとするバーサーカーは、“絆”の力を信じるライダーにとって恐るべき敵だった。
それ故に、このバーサーカーとの戦いは、“自己愛”と“絆”との戦いであり、ライダーは、六陣営全てが力を合わせなければ、到底勝てないと考えていた。

「…分かった。確かに、今の僕達だけじゃ力不足は否めないよな。でも、ライダー…キャスターとは、どうやって連絡を取るんだ?」
「うむ…実は、以前、倉庫街にて真島殿から、真島殿が世話になっている家の住所を教えてもらったのだ」
「…あぁ、そうなのか」

そして、必死に訴えるライダーの姿を見たウェイバーは、しばし考え込んだ後、今の状況において自分達だけでは力不足であると悟り、キャスター陣営との同盟を結ぶことを決断した。
とはいえ、キャスター陣営との同盟を結ぼうにも、まず、ウェイバーは、キャスターの居場所を探さなければならない事を指摘した。
だが、ライダーは、以前、倉庫街での墓参りの際に、ウェイバーが去った後で、真島とのやり取りで、いつでも喧嘩に応じられるようにと、真島が根城にしている家の住所を教えてもらっていた事を明かした。
聖杯戦争って確か殺し合いだったはずじゃ―――今更ながらに、ウェイバーは、自分の思い描いていたものとは全く違う展開に脱力するしかなかった。



時を同じくして、冬木教会のとある一室で、綺礼は、これまで集めたワインの一本を開けると、グラスに注ぐことなく一気に飲み始めた。
一時でも良いから酒に溺れたまま、全てを忘れてしまいたい―――その一心で、綺礼は煽る様にワインを飲み干した。
しかし、すでに飲み干したワインも8本目に入っていたが、それでも、綺礼は一時でさえ酔う事さえもできず、ただ虚しく空の瓶を増やすだけだった。

「よぉ、随分と飲んだようだな。気分は―――良いわけないか…」
「アサシンか…何の用だ?」

そして、綺礼が9本目のワインに手を伸ばそうとした時、点蔵との打ち合わせを終えたアサシンが部屋に入ってきた。
部屋に散らばるワインの空瓶を見渡したアサシンは、冗談を少しだけ混ぜながら、綺礼にむかって、やや軽い口調で話しかけてきた。
アサシンとしては、少しでも綺礼の気を紛らわせようとしているのだろうが、不機嫌そうな表情のまま、関心のなさそうに綺礼はいつも以上に厳しい態度で用件だけを聞くだけだった。

「璃正神父から、ちょっと気になる報告を受けてな、そいつを伝えに来たんだよ」
「気になる報告だと…?」
「あぁ、どうにも、隠蔽工作に就いていた聖堂教会の工作員と連絡が着かなくなっているらしい」

しかし、それが、アサシンの用件というのが、璃正からの報告が絡んでいることを知ると、綺礼も無視するわけにはいかず、アサシンの話に耳を傾け始めた。
ようやく、話に乗ってきた綺礼に、アサシンは璃正から聞いた報告の詳しい内容を語り始めた。
璃正の話によれば、倉庫街の一件から始まって、今日にいたるまで、とある任務に就いていた聖堂教会の工作員が、次々と消息を絶っているのだ。
原因は未だに判明していない上に、主だった工作員の半数が行方不明となった事で、このままでは、聖杯戦争の進行そのものに支障が出かねない状況にまで追い込まれていた。

「確かに妙な話ではあるな…」
「考えられるとすれば、俺たち以外の陣営が何らかの目的で、聖堂教会の人間にちょっかいを出してきたという事も考えられるが…」
「だが、監督役である聖堂教会を敵に回してまで、そのような事をする理由が分からないな」

ひとまず、アサシンの話を聞き終えた綺礼は、この奇妙な事件について何かを考え込むようにポツリと呟いた。
もし、何者かに襲われたにしろ、元代行者である綺礼ほどではなくとも、聖堂教会の工作員は実戦経験のあるメンバーで構成されているため、よほどの手練れでもない限り、負けることなどあり得なかった―――そう、相手がサーヴァントでもない限りは。
一応、アサシンも他陣営による工作の可能性も考えていたが、綺礼は首を振りながら、その可能性に疑問を感じずにはいられなかった。
何を狙っているにしろ、監督役である聖堂教会から制裁として課せられるペナルティを考えれば、それはあまりにリスクが大きすぎる。

「それで、父上はどのように対応するつもりなのだ?」
「すでに、各方面で工作員の補充を願い出ているようだ。だが、いい返事を貰っていないらしい」

ひとまず、原因の究明については後にし、綺礼は、アサシンに、璃正がこの事態をどう対処するつもりなのか尋ねた。
それに対し、アサシンはいつになく険しい顔で、璃正が消息を絶った工作員の補充を要請している事と、その要請の承認が難航している事を告げた。
璃正によれば、ヴァチカン教皇庁のほうで、聖堂教会と同じく、異端殲滅に携わってきた非公式特務実行部隊“イスカリオテ・第13課”の局長であるマクスウェルを中心に、大規模な作戦が計画されているらしく、それが原因で工作員の補充に回せるだけの人員がいないとの事だった。

「マクスウェルか…よもや、“イスカリオテ”が絡んでくるとはな」
「という訳で、司教様直々に“この一大局面において、たかが、東方の僻地で、まして、神の御子の聖遺物でもない魔術師共の玩具の奪い合いに、貴重な人員を割く余裕などない”っていうありがたいお言葉が返ってきたんだとよ。つうか、ヴァチカンの連中は戦争でもやるつもりなのか…」
「有りえん話ではないな…」

その話を聞いた綺礼は、かつて、代行者として活動していたころ、第13課との共同作戦の際に顔を合わせた局長の名を口にしながらポツリと呟いた。
第13課の局長を務めている事もあり、有能ではあるが、少々上昇志向が強すぎるのが玉に瑕―――それが、綺礼の抱いたマクスウェルに対する第一印象だった。
一方、璃正から話を聞いていたアサシンは、あまりいい印象を抱いていないのか、マクスウェルの言葉を皮肉交じりに諳んじながら、冗談交じりにヴァチカンの動向を推測した。
だが、第13課を知る綺礼としては、あの過剰なまでの異端殲滅の在り様を見る限り、宗教戦争という荒唐無稽な話もありえない話でなかった。
とはいえ、聖杯戦争に参加している綺礼たちとしては、聖堂教会の工作員の消息については詳しい事を知るのが先決だった。

「今後の事を考えると、調べてみる価値はあるか…アサシン、隠密に点蔵と協力して、この一件の調査に回ってほしい」
「分かった。まぁ、一応、市街地に何十枚か送り込んで、色々と探ってみる」

ひとまず、今後の聖杯戦争の動向を左右しかねないと判断した綺礼は、これ以上の被害を出さないためにも、アサシンに事件の調査を指示した。
綺礼の指示を受けたアサシンは、早速、他陣営の偵察に回していたカードを市街地へと向かわせた。
とここで、アサシンは、これまでの話を通して、綺礼が会話をできるだけの余裕を取り戻したのを確認すると、綺礼に尋ねたかった本題―――アインツベルンの森において、気にかかっていた事を話に切り出した。

「綺礼。奴の言った事は、本当なのか?」
「…正直、認めたくはなかった。だが、奴の言う事に間違いはない。私はもう答えを見つけてしまっていたのだ…あの時からただそれを受け入れず、眼を背けていただけで」

何時になく真剣な表情で綺礼を見据えるアサシンに、身体を強張らせた綺礼はしばし沈黙した後、今まで受け入れる事のできなかった事実―――自分が他者の不幸と苦痛にしか喜びを見いだせない事を苦悩の表情と共に認めた。
これまで、綺礼は、これまでの人生の中で、一度たりとも満足感を得た事なく、満たされることのない空虚に苛まれていた。
いっその事、人としてはずれたまま生きれば楽だったのかもしれないが、綺礼は聖職者という家柄故に、人一倍常識や道徳を理解していた。
何故、自分は“悪”の性を持って生まれたのか―――その事実に懊悩した綺礼は、只管に自身の“歪み”を矯正しようと、あらゆる努力をしてきた。
―――いつか崇高な神の真理に導かれると信じ、苛烈なまでに信仰に打ち込んだ。
―――人並みの幸せを求め、余命いくばくもない女を妻にし、子をなした。
そして、得られた結果は、綺礼という人間がどうしようもなく歪んだ魂を持つ者だという事実だけだった。
その事実を受け入れる事の出来なかった綺礼はこれまで無意識のうちに目を背ける事で自分を保っていたが、メルクリウスとの邂逅によって、それも限界に近づいていた。

「アサシン、お前はどう思う? このような人間に、生まれつき悪としてあった人間に価値などあると思うか?」
「生憎だが、俺はお前の満足するような答えなんて持ち合わせていない」
「…そう、だな」
「…ただ、参考程度になら話せない事もないがな。まぁ、俺の経験談だけどな」

このままでは遠からず、これまでの言峰綺礼という人間は致命的に壊れてしまう―――そんな予感に苛まれていた綺礼は、無意識にほとんど独白のような形で、己の在り様について、アサシンに尋ねた。
恐らく、これまで誰も聞いたことのなかった綺礼の弱音に対し、アサシンは、迷うことなく、綺礼の納得するような答えなどないとキッパリと答えた。
アサシンの返答に対し、自分が何を口走ったのか気付いた綺礼は、自分自身に呆れつつ、若干落胆したように肩を落とした。
とここで、落胆する綺礼の様子を見たアサシンは、過剰に期待しないように前置きだけした後、唐突に自分自身の過去について話し始めた。

「俺の宝具“オール・アロング・ウォッチタワー”は、元々はスタンド能力が元になった宝具だ。スタンド能力は色々な種類に分かれているのだが、その中でも、俺のような群体としての能力を持つスタンド使いは、心の中に大きな空洞を抱えている連中が多いらしい」

“オール・アロング・ウォッチタワー”―――それぞれが自立的に行動できる手足の生えた53枚のトランプカードを召喚する、元々はスタンド能力というアサシンの特殊能力が宝具となったものだった。
さらに、アサシンの言葉によれば、スタンド能力の中でも、こうした群体とした形で現れるスタンドを持つ者には精神的に何らかの欠落を持つ者に多く見られた。
―――目的の為に手段を択ばない。
―――目先の金銭欲に囚われて、平気で友人を裏切る。
そして、アサシンも彼らと同じく、自分さえも信じず、人生と世界に確固たるものがなく、心の中に空洞を持っていた。
そのような人間である故なのか、或いは、環境によってそのような人間になったか分からないが、アサシンは、社会の底辺のゴミ溜めのような場所で生まれ育ち、何の罪悪感なく、盗みや殺人を犯しながら、何の希望もない人生を送ってきた。

「怖いもの知らずと言えば聞こえはいいが、ただ、俺はただ失って困るような大切なものを持っていなかっただけだった。目先の怒りや苛立ちを晴らせばそれでいいし、誰のためであっても、俺がストレスを感じるのは許せない、ずっとそうやって生きてきた。だが―――」

ふと、ここで、アサシンは何かを思い出しているかのように遠い目なった。
綺礼には、それが遥か彼方に遠くに広がっている地平線を眺めるような眼差しに見えた。
同時に、それが、アサシンにとって決して色あせることない思い出であることにも気付いた。

「―――あのお方に会った時、そんな俺が初めて“この人にだけは失望されたくない”と心の底からそう思ったんだ」

そして、アサシンは今も忘れる事のない、初めて、あの方に出会った時に言われた言葉を口にした。
―――君は皆を裏切ってきたんじゃあない。
―――単に相手にされていなかっただけだ。
―――誰も信じない君は、誰からも信じられていなかった。
―――君の無敵さは実のところは、無駄だ。
―――どんなに強くとも、君には挑むべき目的も築き上げる未来もないのだから。
あの方からその言葉を聞いた瞬間、アサシンは空虚な心の中に、これまで感じる事のなかったある感情によって満たされるような感覚を覚えた。

「俺は恥ずかしかった。自分の薄っぺらな根性が全て見透かされた事に、俺は初めて“恥ずかしい”と思った。それは俺にとっての人生で初めての“熱さ”だった。その時、俺は、その気持ちに出会う事を虚しい生活の中でずっとずっと待っていたと気付いたんだ」
「…」
「俺は英霊として最底辺の部類だろう。善と悪の区別もできず、裏切る事への罪の意識のない俺は、他の連中からすれば、バーサーカーと対して変わらないのかもしれない―――だが、この“恥ずかしい”と思う気持ちがある以上、俺は決してあのお方を失望させる事だけはしない。他の全てに唾を吐きかけられてもだ」

綺礼、お前はどうだ?―――そう話をしめながら語りかけたアサシンを、綺礼は静かに見据えた。
未だに心は満たされることのないままだが、綺礼は、アサシンの目を見て、ハッとして気付いた。
―――アサシンに、あの方と出会いによって芽生えた、自身の矜持と責任に殉じようとする覚悟―――“黄金の精神”がしっかりと宿っている事に。

「俺が言えることはここまでだ。後はお前が考えるべきことだ…ただ、俺がそうだったように、お前にもあのお方のような人間と出会えることを願っているよ」
「…」

そして、話を終えたアサシンは、本来のものではない淡々と静かに語りかける口調―――おそらくアサシンが忠誠を誓うあの方の口調で、綺礼の事を案じながら部屋から出て行った。
アサシンが去った後、一人部屋に残った綺礼は、手にしていたワインを置くと、アサシンの話を思い出しながら、考え込むように押し黙った。
確かに、アサシンの話はある程度の参考になったが、綺礼の求める答えには至っていなかった。
―――やはり、自分の求める答えを得るには、答えを得た者に聞くしか方法はないのか?
―――だが、あの変質者の言葉が正しければ、衛宮切嗣は違うはずだ。
―――ならば、どうすれば―――待て、確か、あの時!?
その答えを得たと思っていた切嗣も当てが外れた以上、もはや八方塞がりであると思った瞬間、綺礼の脳裏にある名前が思い浮かんだ。

「…獣殿か」

―――当てになるかはわからないが会う価値はある、否、会わねばならない理由がある。
アインツベルンの森にて、メルクリウスの告げたその名を口にしながら、綺礼は再び“答え”を求めんと行動を始めた―――アサシンが他者との出会いによって、己を変えたように。



そして、時を同じくして、禅城邸では―――

「明日、街の方へ出かけるわよ。近藤、あんたも絶対着いてきなさいよ。はいか、YESでね。それ以外は警察を呼ぶから」
「え!? 単刀直入で拒否権無しって!? しかも、それ、選択肢が一択しかないし!!」

―――凛の無茶な命令に、寝床である押し入れに入ろうとしていた近藤は慌てふためいていた。
あの後、警察に突き出されそうになった近藤は、宗茂とァからの口添えもあり、ひとまず、葵から家事の手伝いをすることを条件に、禅城邸にて居候していた。
そして、今日も一日の家事仕事を終えて、寝床に潜り込もうとした時、凛に呼び止められたわけなのだが…

「当然でしょ。あんたは、私の使い魔なんだから」
「えぇ、はぁ…俺ってまだ使い魔扱いなんだ…何か泣きたくなるなぁ」

さも当然であるかのように言い切る凛に、近藤はこの世界の自分の立ち位置に涙を流さずにはいられなかった。
ちなみに、禅城邸での近藤の扱いは、凛がちょっと変わった使い魔なゴリラ、葵が極めて変質者なゴリラ、宗茂とァは、扱いとして、それらよりはるかにましなセイバー陣営の重要関係者だった。
早く人間になりたーい―――それが、近藤の心からの本音だった。

「んでも、何で、この時期に街に…確か、今は聖杯戦争の真っただ中じゃ…」
「…どうしても、行かなきゃいけない理由があるの」

とはいえ、近藤の言うとおり、今の冬木市は聖杯戦争の最中であり、いつ戦闘が起こってもおかしくない状況だった。
例え、魔術師が隠匿を旨としているとはいえ、万が一のことを考えれば、今の冬木市に出かける行為は危険であることは確かだった。
だが、それでも、母である葵が、冬木に聖杯戦争に参戦している時臣から言伝を預かってきた点蔵とのやり取りを聞いてしまった凛には冬木に行かなければならない理由があった。
凛は知ってしまった―――間桐桜が、かつて凛の妹であった少女がマスターとして聖杯戦争に参加しているという事を。

「だから、もし、本当に桜が、マスターとして参加しているなら、桜を止めたいの。いくら、何でも、桜が聖杯戦争に参加するなんて無茶よ…それにお父様にだって勝ち残るに決まっているんだから、勝ち目なんて絶対ないんだから―――アーチャーはアレだけど」

凛としては、いくら、桜が強力なサーヴァントを召喚できたとしても、戦うべき相手に凛の父である時臣がいる以上、勝ち目などないと思っていた。
一応、時臣の召喚したアーチャーは色んな意味で駄目っぽいサーヴァントだが、凛の知る限り、そのマスターである時臣は、誰よりも偉大な魔術師だと思っていた。
そんな時臣を深く敬愛している凛は、あらゆる意味で完璧な父親が負ける事など想像できなかった。
だから、凛は、時臣と桜が戦う前に、無謀にも聖杯戦争に参加した桜を止めようと、冬木の街に行こうとしていたのだ。
とここで、凛の話に黙って耳を傾けていた近藤は、いつになく真剣な表情で凛に尋ねた。

「一ついいか、凛ちゃん。そいつは、親父さんを桜ちゃんと戦わせたくないから、その桜ちゃんって子を止めたいのか? それとも、その桜ちゃんって子が危ない目に合わせたくないからなのか?」
「うぅ…そんなの、そんなの決まって…むぅ…」

父親である時臣の為なのか、桜本人の為になのかを問いかける近藤に対し、凛はすぐさま答えようとするが、近藤の問いかけの意味に気付くと不意に言葉を詰まらせてしまった。
そもそも、桜は、凛の妹であったが、すでに間桐家へ養子に出されている以上、今は、聖杯戦争において敵対している間桐家の人間なのだ。
凛が身を危険にさらそうとしているのは、味方である父親の為なのか、敵である元妹の為なのかを問われた凛は、必死に泣くのを我慢しながら答えを出そうとした。
だが、答えなど出る筈もなく、ジレンマに陥った凛は、質問に答えられない以上、近藤の協力を得られないと思っていた。
故に、凛は思いもしなかった―――

「…とりあえず、お袋さんには内緒にしておかないとな。後で何を言われるか分からねぇし」
「え、良いの、近藤…?」
「まぁ、とりあえず、俺は凛ちゃんの使い魔だからな。恩に報い、忠義を尽くすは武士の本懐。なら、俺としては世話になっているご主人様の為に一肌脱いでやるのが筋ってもんだろ」

―――やれやれと言った表情で近藤が、凛と共に冬木の街に行くことを了解したことに。
予想外の展開に戸惑う凛は、押し入れに入った近藤に対し、何故、質問に答えられなかった自分の為に動いてくれるのか尋ねた。
そんな凛に対し、近藤はニッカリと笑いながら、侍として、見ず知らずの自分を家に泊めてくれた恩を返すためだと言ったが、本当はそれだけではなかった。
近藤に時臣と桜のどちらためなのかを問われたときに、凛はすぐに答える事は出来なかった。
恐らく、凛はこう答えたかったのだろう―――時臣と桜二人の為なのだと。
まぁ、多少、無茶な事をやらかしかねない少女であるが、根は結構良い子なのだろう。
そして、少なくとも近藤は、一人の侍として、男として、凛の力になりたいと思っていた。

「なぁに、腕ぷっしだけが取り柄だからよ。いざとなったら、身体を張ってでも守ってやるよ」
「…ありがとう、近藤」
「え、何か言ったか、凛ちゃん?」
「な、何でもないわよ!! とりあえず、頼んだわよ、近藤!!」

凛が不安がらないように精一杯の見栄を張る近藤の姿に、凛は少しだけ頬を染めながらポツリと感謝の言葉を口にした。
もっとも、あまりに小さな声だったので聞き取れなかった近藤はもう一度聞き返すが、凛は慌てて、捲し立てるように言い繕うと、すぐに自分の部屋へと戻っていった。

「どうしますか、宗茂様?」
「そうですね…」

とここで、物陰から近藤と凛の話を聞いていた宗茂と立花は、凛が部屋から出て行ったのを確認すると、お互い困った顔で相談をし始めた。
たまたま、凛が、近藤が寝床にしている押し入れある部屋に向かうのを目撃した。
これを見たァは、色に狂った近藤が凛に手を出す前に、いつでも近藤を仕留められるように、夫である宗茂にも来てもらったわけなのだが、これはこれで予想外の展開になってしまった。

「このまま、二人を行かせるのは危険です。如何に、近藤様が腕に自信があろうと、サーヴァントと戦うなど無謀以外の何物でもありません」

宗茂にそう進言するァの言うとおり、このまま、近藤と凛を冬木の街へ行かせるのは危険なことだった。
確かに、ァの目から見ても、近藤は人間としてはまずまずの実力を持っているのは確かだろうが、サーヴァントという規格外の存在に太刀打ちできるとはとても思えなかった。

「それに、私と宗茂様は葵様と凛様の護衛を任されている以上、ここは、凛様の安全のためにも、奥様にお伝えすべきだと思います」
「確かに、聖杯戦争の真っただ中で、今、冬木市に向かうのは、あの二人だけでは無謀ではありますね」

そもそも、宗茂とァは、時臣から葵と凛の護衛を任されている以上、護衛対象の凛が無用な危険に飛び込もうとするならば、護衛役としてそれを止めなければならなかった。
葵に凛を止めてもらおうと、このことを伝えるように進言するァに対し、何かを考え込んでいた宗茂もァの言葉に賛成するかのように頷いた。
確かに、凛と近藤の二人だけで、今の冬木の街に行くのは危険すぎるだろう―――

「ただ、私たちの任務はあくまで葵さんと凛さんの護衛なら、私たちも冬木市に向かう凛さんの護衛として一緒について行くという事なら何も支障はないと思いませんか、ァさん?」
「…それは屁理屈というものです、宗茂様」

―――そう、宗茂とァが、二人の護衛としてついて行かない限りは!!
護衛役としては失格かもしれないが、宗茂は近藤の心意気に思うところがあったのか、凛たちに力を貸そうとしていた。
そんな無茶を通そうとする宗茂に対し、ァは呆れた口調でぼやいた―――葵にどう言い訳をしようか考えながら。



そして、それぞれの想いと思惑が交錯する明日を迎えようとする中で、この聖杯戦争の舞台に、彼らの行動によって一石を投じられることになった。
彼らは知る由もなかった―――その投じられた一石によって、この冬木の土地に蠢く組織の影の一端を見ることになるとは。
それがどのような結末を迎えることになるかさも分からないまま―――。


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