1993年8月 インド後方支援基地 帝国軍領域
歓迎会代わりに行われたシミュレーターを使用した模擬戦は、帝国軍の歴戦の戦士を驚愕させる結果に終わった。
神宮司まりも少尉が参加した中隊はことごとく勝利を納め、相手となった中隊は無残な姿をさらすことになった。
2戦目は遊撃から後方支援にポジションを変更されたまりもだったが、わずかでも隙を見せた敵機に対して一撃必殺のスナイプを行い、12機中6機を沈めた。ちなみに6機ともダルマ状態である。
3戦目は遊撃に復帰。ただし指示あるまで単騎での突撃をしないこと、との条件付きである。開始10分後の混戦状態が形成された中で突撃命令を受けた瞬間、まりもは敵陣後方に大きく迂回し陣取ると、そのまま狩りを開始。結果7機のダルマが誕生した。
最終的には神宮司まりもの戦績は3勝1敗という結果に終わった。
1敗とは、ついに辛抱貯まらなくなった小塚少佐が大隊対新人衛士1という暴挙に出た結果、初めて帝国古参組が納めた勝利だ。
一個中隊に八十九式多目的追加装甲と八十九式36mm突撃砲、残り二個中隊に八十九式36mm突撃砲を装備させ、徹底的に遠距離攻撃に徹した。近接兵装は、八十九式近接短刀のみである。
まりもの超高速三次元機動を単騎で捉えることは不可能、と判断した小塚三郎少佐の作戦はこうだった。
遠距離からの狙撃は盾を持たせた中隊で防御、近寄ってきたところを36mmの弾幕で撃墜。
曰く、
「戦いは数だよ、神宮司少尉」
である。
管制官もさすがに大人げない、と思っているようだったが、あまりにも小塚が楽しそうなので何も言わなかったという。
そんな状況下においても、14機をダルマにしたのはさすがまりもというしかない。
ちなみに敗因は、推進剤切れだ。近づいても36mmを隙間無くばらまかれる。狙撃しようにも狙撃可能な位置に立っているのは盾を構えて亀のごとくまんじりともしない。
従って、大きく位置を変えながらの狙撃、密集陣形に接近し上手く誘導しながら密度が薄いところを作り上げ、そこを責めてからの一撃離脱、その繰り返しにあっという間に推進剤を使い果たしてしまったのだ。
あとは取り囲まれて36mmで蜂の巣にされた、というのが事実だが、逆に言えばまりも一人を仕留めるのにそれだけの戦力が必要になってくるのだ。
仮にまりもの手勢が一個小隊でもあれば、結果はまた違ったものになっていただろう。
「おい、立花、方法はどうであろうと賭にはかったんだ、例のブツ、約束通りによこせよ」
「了解しました、少佐殿。それにしても、1対36ってどれだけ形振り構わないんですか」
「いいんだよ、勝てば官軍、負ければ賊軍ってね」
「大人げないなですね。汚い、さすが大人汚い」
「ふははは、せいぜい吼えていろ負け犬め」
ちなみに賭の景品は、小塚少佐が負けた場合は竹中大尉のセクシーショット集、立花伍長が負けた場合は脱法催淫剤入りローションである。じつに駄目な男たちである。いや、ある意味漢か。
1993年8月 インド後方支援基地 国連軍領域
「これが、これが撃震弐型の真の力だというのか」
愕然とした表情でモニターを見つめる部隊長たちの姿を横目に、シェンカー少佐は考えていた。
この撃震弐型の射撃の癖に見覚えがあるのだ。
そう、それはかつて自分たちを助け、そしてBETAの渦に飲み込まれていったあの支援者である。
彼(彼女?)の射撃も的確だった。それに勝るとも劣らない正確な射撃、そしてなによりも、
「おそらくロックオンシステムを使っていないな」
隣に座るバーナーズ少佐が声をこぼした。
そう、あり得ないことだが、あの機体の衛士は火器管制のロックオン機能を使用せずに120mmを撃ち放っているのだ。
ロックオン機能を利用しない利点としては、ロックオンに有する数瞬という時間の節約、欠点としては命中率の低さと誤射の可能性である。また、ロックオンされたことを相手に気づかれることがないというのも利点である。
普通の衛士ならそんな博打めいた真似をするわけはないのだが、問題の撃震弐型を駆る衛士には大した問題ではないのだろう。それでいながらその命中精度は極めて高い。
「ああ、そのための120mmということだろう。さすがに36mmだと味方誤射の可能性が高すぎる」
シェンカー少佐はそう分析したが、実は間違いである。対BETA戦を想定した訓練を主眼に置いているまりもが、その程度のことが出来ないわけがない。やろうと思えば、敵味方を交互に並べた状態で、36mmの横断射撃を実施してフレンドリファイア0など余裕である。
この辺りはさすがに想像の埒外にあるが、なによりも彼らの目を引くのは、その撃震弐型の機動である。
「今までの機動概念がひっくり返される思いだな」
「ああ、同感だ」
シェンカー少佐たちすべての部隊長たちが見入っているのは、無論その射撃術の見事さもあるが、それ以上に完璧に制御された超高速三次元機動である。これほどのスペックを秘めているとは、いや、戦術機にここまでの動きができるとは彼らは今まで想像もしていなかったのだ。
「それにしても相変わらずあの国には驚かされる。まさかこれほどの機動戦術を編み出しているとは。そして、それを惜しげもなく公開するなどと」
「まったくだ、普通なら秘匿するところだ。わざわざ大々的に情報公開するなんてまずしないだろうな」
バーナーズ少佐の声にシェンカー少佐が同意する。
日本帝国の大盤振る舞いは今に始まったことではないが、つい先日入手したばかりの模擬戦の交戦データが有用だから、という理由だけで情報を公開するあたりその太っ腹ぶりには頭が下がる思いだ。
「ちなみにF15クラスなら、最新のCPUユニットを積んでいればこの程度の機動は可能だ、というのがこの機体の搭乗衛士の言葉らしい」
演説台に陣取る中佐の階級章をつけた男がつげる注釈に、部隊長たちの口から言葉にならない悲鳴が漏れる。
ならば、是非にでもこの機動の秘密を教えてもらわなければ。
この機動をものに出来れば、生存率のさらなる向上につながる。
皆口には出さないが、思いは同じであった。会場内の熱気が一気にふくれあがる。
「ならばすぐにでも日本帝国に教導を申し込むべきでは?」
「それなんだが、自軍の教導がまだなのですぐには無理だという返事が返ってきている」
「そんな、なんとかならないんですか?この機動の一部でもものにすればそれだけ衛士の生存率があがるというのに、このまま指をくわえてスワラージ作戦の発動を待てというのですか!?」
不満の声が一斉にあがるが、それを宥めるように演説台の中佐、ブレット中佐が手を挙げてそれを宥める。
「代わりに、教導VTRの提供を受けている。この機動を完全にものにしている衛士の生の声を聞けないのは残念だが、今はとりあえずこれで我慢してくれ」
しぶしぶ了解した部隊長たちだっが、そうなれば話は早い。早速、各隊の教導に励むために席を立ち去っていった。
その十数分後、以前耳にしたことのある「ぶるぁあ」声の教導VTRを見てシェンカー大隊の古参連中が目を剥いたのは別の話である。
1993年8月 インド後方支援基地 帝国軍領域
「まりもちゃん、まりもちゃん、まりもちゃんが持ってる、右のおっぱい、左のおっぱい、吸わせてよ♪」
あほな替え歌を歌いながら帝国軍駐屯地をスキップしているのは、言わずともわかるであろうアホ主人公こと、立花隆也である。
昼間に終えた模擬演習時から性欲を持て余していたこの変態紳士は、それを発散させるべくまりもの部屋を訪れようとしているのである。
だが当然世の中そう上手くは出来ていない。
「隆也くんどうしたの?」
「よう、まりもん、単刀直入に言おう、やらないか?」
ひょっこりと出てきたまりもに向かって開口一番これである。ある意味潔いが、ある意味バカである。なにせ周りの状況に目がいっていないのだから。
「おー、神宮司、お暑いね」
「へー、それが神宮司の彼か。なかなか良い線行ってるじゃない。言動は最低だけど」
「あれ?まりもん、後ろのお姉様方は?」
「先任の藤田少尉に、渡辺大尉よ。ほら、ちゃんとあいさつして」
まりもがお母さんのように注意するのを、ほほえましく見つめる二人の女性。
「はっ、ご挨拶が遅れました。立花隆也伍長、所属は帝国軍大陸派遣隊第二連隊第十三戦術機甲大隊付き整備班です」
「藤田桂奈少尉よ、こちらこそよろしくね」
「渡辺美咲大尉だ。凄腕の整備士なんだろう?期待しているぞ」
どいうこと?と隆也が目で問うと、まりもがごめんなさいのポーズを取ってきた。
おそらくそう言うことだろう。
娯楽の少ない戦地で新入りの女衛士が入ってきたのだ、当然恋愛事情の事情聴取が入るに違いない。そしてちょうど話題に上った隆也がのこのことやってきた訳だ。
まさに鴨鍋。おまけに入り口でいきなりお誘いの文句とか、もはや言い逃れは出来ない。隆也に残された運命は年上の女どもの生け贄となることだけだ。
「あ、申し訳ありません。班長に呼ばれているのを忘れていました。いそいでもどらないとー」
「声が棒読みになっているわよ、隆也くん」
「大丈夫だ、立花伍長。班長に後で私から伝えておくから」
「よかったね、立花伍長。整備班長は渡辺大尉に頭が上がらないからすんなりとことは進むよ」
「え、でもいや、ほら、自分しか出来ない作業もありますし」
「その割には神宮司には熱烈なアプローチをしていたようだが?」
にやり、と渡辺に意地の悪い笑みで睨まれて隆也は敗北を悟るのだった。
所詮男が女に口で勝とうなどと百年早いのだ。
「ちくしょー、おれの持て余した性欲はどうすりゃいいんだー!」
「あら、たまってるんなら、抜いてやるぞ?」
「ちょちょ、ちょっと、渡辺大尉」
「ふふふ、冗談だ。安心しろ、神宮司、私には他人の恋人を寝取る趣味はないんでな」
「あ、ちなみにあたしは愛人専門だから、別に良いよ。だって本妻ってつかれるからね」
「ふ、藤田少尉!?」
「あはは、冗談冗談、かわいい後輩の恋人なんだから我慢するよ」
というわけで、その夜隆也は一人寂しく自分を慰めたそうな。
そんな決戦前の一風景だった。