帰り道、ヴィータと別れた後、俺は近所のスーパーに買い物。
もちろん晩御飯の材料を買うためである。
…材料とは言ったが、誰も俺が料理を作れると言ってはいない。
買うのはキャベツ、もやし、わかめ………そして、インスタントラーメン…。
いや、ご飯は炊けるけどね?それだけだからね?
全くお恥ずかしい限りで……少しはできた方がいいだろうとは思うんだけど、
いかんせん最近のインスタントラーメンは美味しいんだよね。
だから料理のスキルが全然上がらないという…。
って、そんなことはいいんだよ。何を言うとるのやら俺は。
そんな独白をしている間に野菜売り場に到着。
さて、調理されずにインスタントラーメンの鍋にぶちこまれてしまう哀れな野菜は………お前だっ!
「あっ」
「あっ」
なんとまぁ。
しまった、目標が他の人とかぶってしまった。
……随分と綺麗な手だな。
主婦の手というものは大体、家事やらなんやらで結構ひび割れしているイメージがあるけど
そんな様子は微塵もない……じゃないよ俺。この綺麗な手の人に謝らないと―――
「あれ、
由乃君じゃないですか。こんばんは。」
おや?この声は……
「…そんなあなたはシャマルさん」
今日は近所の知り合いによく出くわすなぁ。
○
「まぁ、ヴィータちゃんが…ごめんなさいね?」
「いやいやそんな、別に大したことじゃ」
そんなこんなで買い物が終わったので途中まで一緒に帰ることになりました。
シャマルさんとは、少し前だけどヴィータをからかっている時にたまたま出会って、知り合ったいわゆるご近所さん。
……しかしあれだ。どうして女性ってこんな甘い匂いがほのかに漂ってくるのだろうか。
やばい、どうしよう。ドキドキしてきた。
「……し…君、……由乃君?」
「!は、はい!?何ですか!?」
おっと、気付かないうちに呼ばれていたようだ。落ち着けー、クールだクール。
「いえ、そんなにインスタントラーメンを買い込んでるのがどうしても気になって……
ご両親はどっちもお仕事?」
「あはは…、実はどっちもいなかったり…」
「ええっ!?」
まぁ、言いふらすことじゃないし知らなくて当然よね。
「しかしあれですよね、話は変わるんですけど最近のインスタント食品って本当に出来がよくって……あー…」
まずい、シャマルさんが目に見えてズーンとしていらっしゃる。
なるほど、地雷を踏んだと思った人間はこういった反応をするのか。ってそうじゃない。
「あー、その……気にしてないですからね?もう何年も前の話だし…」
「ううぅ……ごめんなさい、無神経で…」
というか、ここまで気にしてくれている辺りすごくいい人なんだろうな。人の気持ちを汲み取ってくれるというか。
そして俺もここらで一発くらい気の利いたことを言えたらいいのに、どうしてこう何も思いつかないのか。
しかもそろそろ俺のアパートに着いてしまうし。
「シャマルさん。本当に気にしてないですから。ですからーその、多少ネタになったと
思ってくれればいいですから、ね?」
ネタってなんのネタだ?自分で言ってて訳が分からん。
「じゃ、じゃあ!俺もう家そこなんで…シャマルさん、また今度!」
半ばやけくそで、この場から乗り切りたいが為に無理やり話をブッチする。うーん、このヘタレっぷり。
正直もクソもなく恥さらしだなぁ。そもそもヘタレとかどうとか以前に情けないんじゃないか。
「あっ、由乃君!ちょっと待って!!」
とか何とか思っていたらシャマルさんに呼び止められた。
「もしよかったら、今日晩御飯ご一緒しません?」
「…………え?」
いきなりのお誘いに頭が理解するまで数秒の時間を要した。そしてしばらくの間の後。
「お、お願いします…」
美人さんのお誘いは断れません。
○
「……うん、はい。ええでええで、こっちはこっちで準備しておくから、ほな。
あ、あと私の名前は伏せといてな。理由?後で分かるで。よろしく」
場所は変わって八神家。家主である八神はやては通話が終わった電話の受話器をそっと置き、
そして静かに頬を歪ませた。
「はやてー、シャマルかー?なんて言ってたー?」
ヴィータがソファに寝転がりながら、首だけを向けてはやてに聞く。
それに対してはやてはゆっくりと
「お客さんや、ヴィータ。準備開始!」
「………は?」
投げかけた質問とは大きく食い違った答えに一瞬思考が停止するヴィータであった。