「…………………」
由乃は唖然としていた。
近所に暮らしている美人さんに晩御飯に誘われ、内心驚きつつもその反面期待も大きかった。
ところが、ここで彼が全く想像もしていなかった人物が現れる。
彼の頭の中ではその人物とシャマルがイコールになっていなかった。
件の彼女は驚きで棒立ちしている由乃の目の前で満面の笑みを浮かべ、爽やかに自己紹介をした。
もうすでに知っている仲であるのにもかかわらず。
「いらっしゃい!八神はやてです♪今日はゆっくりしていってな!」
「……あー…山田由乃です……お世話に…なります………」
思考が真っ白になった由乃はパニックに陥りながらも声を絞り出す。
そんな由乃を尻目にはやては満足感に溢れたこれ以上無い笑顔で、一言。
「今日はみんなで鍋やで!」
(あははは………びっくりだぁ………ていうか……なに……?)
由乃は魂の奥まで完全に憔悴していた。
声にもならないツッコミを残して…。
○
「なんだ、お前が言ってた女ってはやて達の事だったのか」
リビングに通された由乃は、そのままはやての誘導で椅子に力無く腰掛ける。
そこにある程度事情を把握しているヴィータがやってきて肩をポンポンと叩きながら話しかける。
「ああ、ヴィータか……こんばんは…今日はお世話になります…」
「……うん、まあ…ゆっくりしていけよ……麦茶いるか?」
覇気のない返事にヴィータも気の毒に思ったのか、いつもの遠慮の無さはどこへやら。
由乃に対して、いつもとは違う気を使っていた。
そんな二人に近づく女性が一人。
「全く、我が主も物好きなものだ…客人一人招くのにいらない手間をかけて……」
「あ、えっと、こんばんは……」
「お、シグナム。はやてはなんか言ってたか?」
長い髪を一つにまとめた鋭い目つきが特徴のシグナムと呼ばれた女性は、
手に持った食器を見せつけ、首を横に振りながらヴィータの問いに答える。
「いや、ただ食器を持って行ってと頼まれただけだ。それと…由乃……といったか?」
「はっ、はい!なんでしょう……」
話の流れで急に話を振られた由乃は思わず背筋をピンと張り、椅子に座りながらも
シグナムに対し身構えていた。実に滑稽な光景である。
その証拠にヴィータはそんな由乃を見て呆れたような視線を送っている。
「自己紹介が遅れたな、私の名はシグナム。主はやてが世話になってるようだな
我が主は普段からあの様子だが…ぜひこれからも仲良くしてくれるか?」
「は、はい……勿論……」
シグナムの急な問いかけに由乃は、若干顔を赤くしながら頷く。
丁度同じ頃に後ろから小さい影がひょこっと顔を出してきた。
「おやぁ〜、由乃く〜ん?悪いけどシグナムは私の物やからそう簡単には
渡さへんよ?残念やったな〜」
「なんの話だよ!」
「主、そうやってからかうのは控えたほうが……」
はやてはニヤニヤし、由乃は椅子から立ち上がり眉間に皺をよせ、シグナムはほとほと困った顔をして二人の様子を眺める。
シグナムにはそれがどこか似たような姉弟に見え、どこか微笑ましく思えた。
「そんな怖い顔せんといてな、由乃くん。少しからかっただけやんかー
ほら笑って笑って。ぐにーっとな」
「人の頬で遊ぶのやめてくれませんかね……っと」
由乃がはやての手をはらおうとした時、由乃の上着のポケットから財布と黄色のヘアピンが床に落ちた。
「ほら、上着のポケットは不用心じゃないか?ちゃんと隠れるとこに入れとかないと
もしもの時危ないぞ?」
「あ、ありがとうございます、シグナムさん」
シグナムは落ちた財布とヘアピンをまとめ、由乃に返す。
そしてはやてが一言。
「由乃くん、そのヘアピンって女の子のやつやね。なんで由乃くんが………あっ」
「コラコラコラ、勘違いするな。別に付ける為に持ち歩いてるわけじゃないよ」
「じゃあなんで持っとるん?」
「…まぁ、ゲン担ぎとかそう言ったものかな?ちょっと違うかもだけど…。
なんにせよ、あれだから。特殊なあれとかじゃないから。ね?」
はやての質問に由乃は一瞬うろたえながら、しどろもどろに質問に答える。
それを聞いてはやてもこれ以上詮索してもしょうがないと思い、
「ふーん、そんなこんなしとるうちにシャマル達が準備してくれよったみたいやな。
由乃くんもほら、座った座った!」
「わー!押すな!押すな!座ります、座りますから!!」
言葉を濁されたせいか、少しムスっとしながら由乃を椅子の方へ押し付けるはやてであった。