僕らは日常を生きている。忙しい日々の中で、悩み、傷つき、喜び、怒る。その目まぐるしく過ぎていく人生を歩んでいくうちに、いつしか自分たちが生きている世の中こそが全てだと思い込んでいってしまっていた。
だけど、そんな日常など本当はただの幻に過ぎない。僕らを取り巻くもの全て、いつまでもそこにあると思っていたもの全て、儚く消えてしまう夢だった。それに気がついたのは秋のある日、15人が集まり、そして、あれに出会った。
第一話「出会い」
街路樹や公園の木々が赤や黄色に染まった葉を道に落とし始めた、穏やかな10月の中旬。冬の気配すら感じさせる街の中、一棟の古めかしい白いビルがあった。
真新しくない感じが、妙にノスタルジックだ。
そのビルの正面玄関から、15人の人々がぞろぞろと館内職員の持田に導かれビルから出てきた。持田は全員が館内から出てくるのを見計らい、名簿表を両手で持ちながら言った。
「では、科学技術歴史館先行案内ツアーはひとまず、これにて終了いたします。今日はお越しいただきましてありがとうございました」
15人は持田に向かって拍手した。拍手がひとしきり終わった後、15人の中の一番先頭にいた鹿島が遠慮深げに手を挙げた。
「あの、僕もうちょっと中を見ていきたいんですけど……」
それを聞いて、優男風な江西は頷いた。
「確かに。パンフレットを見た感じだと、もうちょっと展示物がありそうだったですけど……」
江西の言葉を皮切りに、全員が口々に意見を述べた。
「僕ももうちょっと見たいなぁ」
「見せてもらえるならね。せっかく予約して来たんだから」
「行きたいやつが行けよ。うるさいな」
「何よ、その言い方」
収集がつきそうに無い気配を感じた持田は、静かに手を挙げて、発言を制した。
「まぁ、皆さん落ち着いてください。確かに、2時間では少々物足りなかったかもしれませんが、そもそも私はこれでツアーが終わるなど一言も言っていませんよ」
持田以外の全員がキョトンとした表情をする。一瞬の間の後、鹿島のように遠慮深げではないがそばかすの町が手を挙げる。
「じゃぁ、何をするんです? 」
町の質問に刹那、持田の口が引きつったような表情を浮かべた。それと同時に、これも一瞬だが、彼の丸眼鏡の奥の目が急に穏やかさとは無縁な雰囲気を醸した。
「実は、当館では最新型の体感シュミレーションゲームを展示しておりまして、今回は特別に体験をして頂こうと考えております」
「どんなゲーム? 」
持田は眼鏡を指で直した。
「ロボットアクション」
この言葉に早くも突っかかったてきたのは毒舌家の牧田だった。白い肌の顔に、きつい目をしていて、毒っぽさが一層際立った。彼は鼻で笑ってから毒を持田に突き刺した。
「あんたなめてんの? 」
「なめてなどいませんよ」
持田はそう言うと、白衣を翻して全員に背を向けた。
「とてつもない、リアルな感覚が味わえますよ。さぁ、行きますか、行きませんか」
その場にいた全員は顔を見合わせたが、全員の無言の承諾を得た持田は、声をかけた。
「では、着いてきてください」
***
案内されたそこは、展示室の中と言うにはあまりにも簡素なところだった。むしろ、展示室ではなく物置と呼んでもいいところだ。窓のブラインドで日の光も満足に入っておらず、そこらへんに2つか3つほどダンボールが転がっていた。
それだけならば別に特異ではない。ただ、一つ違っていたのは部屋の真ん中に置かれた青いオブジェだ。電気スタンドの形に似ているが、全く丸帯びておらず、上の部分は平たい板のようであった。それを繋ぐ首の部分は逆に反り返っていて、用途は検討もつかなかった。
そのオブジェの横に持田は立った。持田は、全員が部屋に入るのを確認してからこう言った。
「では一人ずつ、ここに手を置いて自分の名前を言ってください。そうすればゲームを始めるための契約がされ……」
「ちょっと待てよ」
15人の中を掻き分けて牧田が持田に詰め寄る。
「何だよそれ、ただの置物じゃないか。だいたい、どうしてこんな人目の付かないところに連れてくるんだよ? 」
先ほど牧田と言い争いになり掛けた町も不安そうな表情を浮かべた。
「確かに、言われてみれば……」
「どうなんですか? 」
寡黙な佐古田も持田に尋ねた。
「いや、まぁまぁ落ち着いてください」
持田は明るく彼らをなだめたが、彼の表情が心から明るい表情をしているとはその場にいた全員が思ってなかったが、口には出さなかった。
「こんなところで特別なことをしようなんて言われても、誰も信じない。もちろん分かっています。しかし、これは極秘のツアーメニューでして、公にできない部分もあるのです。ですからご批判もわかりますが、ここはご勘弁を頂けないでしょうか? 」
全員が黙っていると、このメンバーの中で一番の年長である名倉が喋った。
「そうゆう事情がお有りでしたら、やむを得ないですね。そうですよね? 皆さん? 」
「……良いんじゃないの? それで。めんどくさいし。早いとこやろうよ」
榎戸が前髪をいじりながらダルそうに言った。
持田はありがとうございますと言って、そのオブジェを全員の近くに持ってきた。
「では、お願いします」
***
契約は事のほか速やかに行われた。手を触れるごとにピッと電子音が鳴る以外のことは特に起こらなかった。最後のメンバーがそれを行ったのを見計らって、持田は深く深呼吸をした。
「では後ほど」
持田のこの言葉を最後に、全員の目はブラックアウトした。