ドカッ!
陰梨の蹴りが洸也の腹にもろに入った。
「ガハッ!」
洸也は膝をつくと苦しそうに咳き込み、腹を押さえる。
その様子を見て、陰梨は諭すように言う。
「降参しろ。もうお前に勝ち目はない。このまま続けても醜態を晒すだけだぞ。」
「それで、も断、る。」
バカが。
陰梨はそう呟くと容赦なくストレートを洸也の顔に叩き込んだ。
その反動で洸也は倒れた。
「う......」
倒れている洸也を見下ろしながら陰梨は憐れみの表情を浮かべる。
「お前も気づいている筈だ。もう勝ちはない、と。」
「う、るさい!俺は、負けない!」
そう叫び、起き上がろうとする洸也に陰梨は足を乗せ、押さえつける。
ギャラリーから悲痛な声が上がる。
「ぐっ!足をどけろ!」
「降参するならな。」
「ふざけるな!絶対降参何てしない!」
「.....ふぅ。」
仕方ない、あの手を使うか.....
そう呟くと洸也から足をどけ、素早く首を両手で締め上げる。
「ぐ!苦じ....!」
プロレスの絞め技。
できれば、この手は使いたくなかったが......やむを得ないな。
絞め技をしている間、洸也は体中を必死に動かし、逃れようとする。
だが、陰梨の絞め技は完璧に決まっていて外れる事はない。
「くそ....謝、れ.......」
そう言うと徐々に洸也の動きが鈍くなり、やがて止まった。
「世話のやける.....」
陰梨がため息まじりに言い、手を離した。
それを見たギャラリーからは落胆の声と同時に陰梨を非難する声が響いた。
審判は唖然と突っ立ている。
まぁ、それももっともだろう。
ボクシング全国レベルの洸也が呆気なく無名の俺に負けたのだから。
「用事も終わったことだ.....帰るか。」
ここにいる理由はもうない。長居は無用だ。
そう呟くと陰梨は出口に向かって歩いた。
入れ違いに取り巻きの美少女達が陰梨の横を通り、洸也に駆け寄るのが見えた。
無意識に陰梨は目を細めた。
....昔は俺の影に隠れて、内気な奴だったのに、な。
「本当に、変わったな洸也。」
そう呟くと陰梨は自嘲気味に笑った。
体育館から出ると待ち構えるように狂歌が俯きながら立っていた。
またか....こいつ。
陰梨は苛立ちを隠さず舌打ちすると狂歌をさけるように横を通る。
ガシッ!
だが、それは許さないとばかりに狂歌は腕を掴む。
「.....いい加減にしろ。迷惑だ。」
陰梨は冷たく言い放つと腕を強く払った。
反動で狂歌がよろける。
「......」
それでも狂歌は俯いたままだ。
何がしたいんだ?こいつは。
そう思った陰梨だったがその理由はすぐに分かった。
「うふふふ」
笑ってる?
「何を笑っている?気持ち悪い。」
嫌悪感を隠さず、狂歌に言い放つ。
だが、そう言うと余計に狂歌の笑いが余計に大きくなった。
そして狂歌が顔を上げる。
「うっ。」
狂歌の顔を見て、陰梨は1歩下がった。
何、喜んでいるんだ?
その言葉通り、狂歌は恍惚の表情で笑っていた。
危ない。
直感的にそう思い、陰梨は一目散に学校の出口に向かって走った。
....自慢じゃないが俺は足はかなり速い。
クラスでも5本指には入るだろう。
だが、それでも後ろから追いかけている奴を撒くことができない。
鏡 狂歌。
俺の感が正しければあいつは真性のMだ。
恐らく、というか考えたくはないが....
後ろから楽しそうな狂歌の声が響いた。
「何で逃げるのぉ?陰梨くぅん!もっと、もっと責めてよ!!!アハアハハハハ!!!」
....とりあえずさっさと家に逃げるか。
陰梨はさらにスピードを上げた。
家が見えてきた頃、恐る恐る走ったまま後ろを見た。
鏡は.....いない。どうやらうまく撒けたようだ。
そこで陰梨は足を止めると、片手で汗を拭う。
それにしても....
「あの女、とんでもない奴だ。明日は会わないようにしよう。」
陰梨はそう言うと自宅の鍵を取りだし、家に入る。
「.....ただいま。」
「お帰り!」
声はないと分かっているが、礼儀としてそう言ってから家に......ん?
陰梨は動きを止めた。
「今....声がした、か?」
いや、そんな筈はない。俺の両親は共働きで家に帰ってくるのはだいたい10時以降。
今は誰も家にいるはずがない。
「.....悩んでも仕方ない。とりあえずリビングに行こう。」
もしかすると、母さんが早めに仕事を切り上げてきたのかもしれない。
陰梨は靴を脱ぐとリビングのドアを開け、リビングに入った。
「.......何でお前がここにいる?」
そこにいたのはエプロンを着けた鏡狂歌だった。