さて、どうするか。
俺は腕を組み、目を瞑る。
今はHR中だが、一番後ろなので問題ない。
それよりも....
「安請け合い、しすぎたな.....」
よく考えると今の洸也はボクシングは全国レベル。
それに比べ、俺は小学校でボクシングをやめ、それ以来格闘技をしていない。
今のまま洸也と戦えば、十中八句、洸也の勝ちだろう。
「まぁ、負けても勝っても俺にとっては何のデメリットもないが、ただ負けてやるのは癪だ。」
本当は負けるつもりなどないが。
俺は洸也ほどボクシングをしていないが、1つだけ勝っているものがある。
それは、才能だ。
生まれ持った天才としての素質。
実際、昔はそのお陰であらゆる勉強もスポーツもしたことがないものですら普通以上の結果を出してきた。
....そのせいで洸也は自殺未遂を起こしたんだが。
「.....ではこれでホームルームを終わります。まだ委員長はきめてないので出席番号1番の人、号令をお願いします。」
「はい.....」
鏡 狂歌。
よりによってあの女が一番か。
本当に今日は厄日だ。
ホームルームが終わると、生徒達は各自帰り支度を始める。
今日の日程は始業式だけで、授業もなく午前中で学校は終わりだ。
そんな中、俺は1人、図書室に向かっていた。
目的は格闘技の本を探すためだ。
馬鹿正直にボクシングで挑んでも、数十年努力した洸也には勝てないだろう。
才能にも限界がある。
だから俺は自分の[才能]をフル活用することにした。
1つのもので勝てないのなら、別のもので補えばいい。俺にはそれが可能なのだから。
図書館に入ると目的の本がある本棚を探す。
見つけたのは、空手、合気道、ボクシング、柔道、CQC。
最後以外は一般的に知られている格闘技だ。
次にそれらを読破していく。
普通なら読んだだけで体が覚えるはずはないが、俺は違う。
試しに数分後にはその本に書かれていた事が出来た。
極めた、とは全然いえないが、少なくともその辺の部活生よりは上手いだろう。
ただ、問題なのは、CQCだ。
これは柔道と空手を合わせたようなもので、動きが少し複雑だった。
だが数十分かけてやったお陰で出来るようになった。
それでも、たった数十分だ。
......たまに自分の才能が恐ろしく感じる。
そう思いながら俺が自嘲気味に笑っていると背後から声が聞こえた。
「あの、図書館では静かにした方がいいですよ。」
俺は反射的に顔を歪めた。
その声が聞き覚えのある声だったからだ。
「何のようだ?鏡。」
俺は振り向かず、声を低くしたまま聞く。
姿は見えないが、鏡がビクビクしているのが何となく分かった。
「あの、図書館では静かにって言いにきただけ」
「ならもう大丈夫だ。俺はもう帰る。」
俺はそう言うと無造作に格闘技の本をもとの棚に戻し、出口に向かった。
「待って!」
その叫びと同時に俺の服が掴まれた。
チッ、どこまでも鬱陶しい女だ。
「....離せ。」
「嫌!だって、ヒック、私のためにあなたが洸也君と決闘するんでしょ。」
鏡が俯いたまま吐き出すように言った。
「はぁ?」
それを聞いて、俺は.....呆れて笑った。大声で。
予想外の反応だったのか、鏡は涙でグシャグシャの顔を隠すこともせず、俺を見る。
「ク、ハハハ!お前、本気で言ってるのか?だとしたらお前の頭にはかなりの広さでお花畑が広がっているんだろうな。」
「どういう、意味ですか....」
鏡が小さく呟いた。
「簡単な話だ。確かに原因はお前だが、俺はお前の為にしてるんじゃない。分かったらさっさと手を離せ。」
俺が服を強く引くと鏡の手は呆気なく離れた。
その間も鏡は項垂れたままだった。
次の日。
何事もなく登校した俺を、3人の美少女を引き連れた洸也が校門前で待っていた。
これを一般的にはリア充というんだろうな。
そんなどうでもいい事を考えながら、洸也の前.....を通りすぎた。
いち早く反応した洸也の取り巻きの女子生徒は俺の前に立ちはだかる。
普通ならこの状況に歓喜するんだろうが、昔からこんな状況を経験してきた陰梨にとって、それは鬱陶しい以外のなにものでもなかった。
「ま、待ちなさいよ!そこの不良学生!」
「不良?不良はお前らだろうが、1人を3人で囲んでんだから。」
「むぅぅ〜!屁理屈を言わないでください!」
「屁理屈でも何でもないんだが。ちゃんと意味を理解して使っているのか?お嬢ちゃん。」
馬鹿にしたように言うと美少女達は肩を震わせ、拳を握りしめた。
やるつもりか。そのつもりなら、俺は女にも手加減はしない。
「もういいよ。愛砂《あいさ》、実優《みゆう》、叶《かなえ》」
今まで黙って後ろで立っていた洸也がそう言うと3人は我先にと美少女達は洸也の方に走る。
その光景はまるで忠犬と主人のように見えた。
「お前、今日の放課後、絶対に来いよ。」
そう言った洸也は前とは違い、年相応の態度で言った。
俺はその様子を見て、なぜか安心して、答えた。
「言われなくてもそのつもりだ。」
それを聞くと洸也は無言で女子生徒を引き連れて、校舎に向かっていった。
その後ろ姿は昔見た洸也の面影すら見えなかった。
その日の放課後。
俺は洸也に指定された体育館に向かっていた。
途中途中で他の生徒は俺には敵意のある視線を向け、洸也には応援の言葉を贈っていた。
「....すっかり逆転したな。」
俺は洸也と自分を見比べ、そう思った。
昔は俺が洸也の立ち位置だった。
だが、この数年で洸也は俺と同じ立ち位置に来た。例え、俺が才能を発揮していなくても、それは事実だ。
洸也は才能ではなく、努力だけでここまで来たのだ。
「俺には考えられない話だがな。」
そう呟き、俺は体育館に入る。
入ると体育館の中心には沢山のマットが引かれ、柔道の試合をする時のようになっている。
そして周りにはどこから聞いてきたのかかなりの生徒が野次馬のごとくマットを取り囲んでいた。
はっきりいってかなり邪魔だ。
「やっと来たか!」
ボクシング選手のような格好の洸也がマットの中心で叫んだ。
ヤル気満々だな。
俺は洸也の気合いの入った格好とは違い、ただの制服姿のままでマットのリングに入った。
「ふざけてるのか、その格好は....」
洸也は顔を赤くして怒鳴るが、俺には関係ない。
無言で審判役の男にルールを聞く。
.....どうやら審判の話だとルールは時間無制限で、どんな格闘技でも使っていいらしい。
やはり喧嘩、というよりはあくまでスポーツとしているようだ。
「それでは、勝負を開始します。構え!」
審判の言葉に洸也はボクシングの構えを取る。
一方俺は自然に立っただけ。
一瞬審判は戸惑うが、俺の顔つきをみて、いい放った。
「始め!」
審判の言葉と同時に動いたのは、洸也だ。
流石は全国レベルといったところか、的確に急所を狙ってくる。
だが、俺は合気道を使い、それを受け流す。
それから数分間は攻撃と防御の応酬が続いた。
「守ってばっかじゃ、勝てないぞ!」
洸也は苛立ちを隠さずに叫んだ。
「お前こそ無駄に体力を消費しても勝てないと思うが。」
陰梨は洸也とは対照的にパンチ1つ1つを丁寧に受け流す。
「うるさい!」
そんな陰梨の様子に洸也は攻撃を強める。
フック、ストレート、アッパーを立て続けに繰り出す。
だが、それでも。
「何で、当たんないんだよ!」
その言葉通り、洸也のパンチは陰梨に届く前に全て受け流された。
戦局が動いたのは開始から数分経った時だった。
連打を続けていた洸也が体制を崩したのだ。
「うわ!」
そう叫んだ洸也は何とか踏みとどまり、倒れるのは免れた。
だが、そのチャンスを見逃すほど俺は馬鹿じゃない。
「ハァ!」
俺は素早く洸也の腕を掴むと、全体重をかけ、洸也を背中で抱えるように持ち上げるとそのまま投げるように叩きつけた。
柔道の巴投げだ。
「ぐぅ!?」
洸也は短く悲鳴を上げるとマットの上に叩きつけられた。
外野の生徒たちから洸也の応援する声が強く響く。
「洸也君!頑張ってぇー!」
取り巻きの美少女達の声でも洸也は倒れたまま動かない。
もう終わりか。
陰梨はあまりの呆気なさに大きくため息をついた。
もう少しやると思っていたんだがな。
考えながら洸也を興味無さげに見る。
...まぁ、いい。帰るか。
俺がそう思い、マットから出ようとすると俺の後ろから声が響いた。
「まだ、まだだ!勝負はまだ終わっていないぞ!」
その声に薄く笑みを浮かべると振り向く。
そこには構えをとった洸也の姿が.....
そうこなくちゃな。
「さぁ、続きを始めようか。」
俺は挑発するように人差し指をクイクイと動かした。