1996 初夏 スエズ運河防衛ライン
戦闘の始まりは、地下侵攻してきたBETAが地表に出現する数秒前だった。
「96式M314搭載自律誘導弾用意!」
みちるの指揮に、新型兵装である96式M314搭載自律誘導弾を装備した4機の不知火がロックを外し狙いをつける。
M314爆薬、M01爆薬の数倍の威力を誇る次世代決戦兵器である。ミサイルランチャーに搭載できるだけの分量で、S11並の破壊力を得ることに成功している。
技術特許は日本帝国技術廠が、量産ライセンスは米国が取っている。ちなみに本作戦に導入されたのが初めてだ。戦術機で戦術核並の火力を運用することができるというのは、まさに戦術の転換点とも言えるべき行幸なのだが、いかんせんコストがバカ高い。従って、試験配備の域を出ていない。
「撃て!」
みちるの合図と共に、トリガーが引かれ一機当たり4発、計16発のM314搭載ミサイルがBETA出撃予定地点に殺到する。
計算通り、地表が爆発するかのような勢いで地表にあふれ出したBETAの頭上にミサイルが降り注ぎ、次の瞬間凄まじいまでの爆音が鳴り響いた。
「索敵班は地中索敵!」
「了解」
地中に索敵用アンカーを打ち込んでいた不知火の衛士が、地中の索敵を開始。
その間もみちるは全方位警戒を緩めない。
そしてミサイルが撃ち込まれた場所に目をやる。
そこには大きなクレーターが出来上がっていた。通常のミサイルではとてもでは出せない大火力そして圧倒的なまでの破壊力。
よく観察すると、砕けて破片となったBETAの姿が見られる。
「前方十時方向に地下震動感知、さっきの爆心地からも引き続き地下侵攻の音紋有り!」
索敵班からの報告を補足するように、地表にうがたれた穴からBETAが這い上がってくるのが見える。
「アルファー中隊、出現したBETAに対して近接戦闘を仕掛けろ、第一目標はレーザー属種、第二目標は各自設定!」
「「「了解」」」
「ブラボー中隊、アルファー中隊の支援に回れ。対レーザー属種用デコイを打ち上げろ!」
「「「了解」」」
すぐさま突撃陣形を取って吶喊を実行するアルファー中隊、そしてその支援に回るために位置取りを開始するブラボー中隊。
その動きはとてもではないが新人のものとは思われないほど洗練されたものだ。長年BETA戦を繰り広げた熟練のチームでもなければこうもスムーズにはいかない。
初陣の彼らが迷い無くそのような行動を取れるのはなぜか?理由はいくつかあるが、一つはみちるという圧倒的な指揮官の存在だろう。
彼女の迷いの無く的確な指示、そしてその指示通りに動けば必ず勝利をつかみ取ることができるという確信。それらがあって、彼らは成り立っているのだ。
そのため、このチームにみちるを知らない新人がいれば今のような抜群のチームワークを生み出すことは出来なかっただろう。それがある程度戦歴を積んだ衛士であれば話はべつだが、今回の戦場に立つのは死の八分すら乗り越えていない新人達なのだ。
そういう意味であれば、このチームは幸いだった。3年もの長い間共に技術を磨きあった仲間同士が同じ戦場に、同じチームとして派遣されているのだ。
それゆえのこの動き。本来であれば、そのような贅沢はあり得ないが、そのあり得ない状況が今この戦場にあった。
例えそれが仕組まれた必然であっても、戦う本人達には関係ない。生き抜くためのチャンスが多いに越したことはないのだから。
「チャーリー中隊は、観測班のデータを解析。最適なタイミングでM314搭載ミサイルを撃ち込む」
「「「了解」」」
「観測班、ノイズキャンセルの演算にデータリンクでチャーリー中隊のリソースを少々喰っても構わん。より正確な観測を頼む!」
「了解」
先ほどと同様に相手の出鼻を挫く作戦にでるため、地下の音紋検知を厳重にするように呼びかける。
前方ではアルファー中隊が突撃をかけている。地表に出現するBETAを次々と肉片に変えていっている。
96式36mm突撃砲の威力は凄まじく、近接戦では要撃級、戦車級を切り刻み、中距離では突撃級を蜂の巣に変えていっている。
ブラボー中隊は、デコイにレーザー照射を行ったレーザー級を遠距離狙撃で片っ端から駆逐していっている。
M314搭載ミサイルの弱点は威力が高すぎて混戦状態になると使えないと言うことだ。そのためにはレーザー属種を早々に駆逐しておく必要がある。
「ブラボー1よりA01リーダーへ、エリア上空クリア、レーザー属種殲滅」
「よし、戦域後方のBETA群にM314搭載ミサイルをぶちこんでやれ!」
「了解」
ブラボー中隊の96式M314搭載自律誘導弾を装備した不知火から、8発のM314搭載ミサイルが発射される。
そして数秒後、盛大な爆発音と共に爆心地に展開していたBETAが根こそぎ吹き飛ばしていく。
「よし、いいぞ、今の陣形を保持、敵BETAを順次駆逐しろ!」
「「「了解」」」
みるみるうちにBETAがその数を減らしていく。不知火改型の性能もさることながら、衛士全員の操縦技能が抜群に高いのだ。
しかも連携は3年間苦楽を共にし、基本から培ってきた集団だ。けちのつけようがない。
まさに理想の軍団だった。
「音紋解析でた。情報をそちらに送る」
「分かった。…これは母艦級クラス2だと!?」
「ああ、間違いない。それもあと数分で到達だ」
みちるは、一瞬目の前が暗くなるような気がした。
現在の戦線は二個中隊を当てているため順調に推移しているが、そこにさらに母艦級2匹分の増援がくるとなると話は別だ。
一個中隊では到底支えきれない。
「アルファ中隊、ブラボー中隊は、引き続き現在の戦域のBETA殲滅を、チャーリー中隊は、私と一緒に母艦級の侵攻地点に移動だ」
「「「了解」」」
少ない戦力をさらに分散させる。みちるはその愚を知りながらも、戦力の分散を選択せざるを得なかった。
現在一番確実にBETAに打撃を与える方法は地下から地上へと顔を出す瞬間。このタイミングでM314搭載ミサイルを打ち込めば大きな戦果を得ることが出来る。
問題はその後だ。
敵の中にレーザー属種が存在しなければM314搭載ミサイルで敵の殲滅を計ることが出来るが、そうは問屋が卸さないだろう。
レーザー属種が存在していると考えて行動するべきだろう。レーザー属種は数は少ないが、それ以上に脅威となり得る。
距離にして2Km程の位置。観測班が出した敵出現予測地点だ。
「音紋確認、およそ20秒後に地表に出現」
「よし、ミサイルロック解除、タイミングを計る、観測班はカウントを」
「了解、17、16、15、14…」
地表出現までの時間、命令を発してからミサイルが発射するまでの時間、着弾までの時間、凄まじい早さでみちるの脳内で計算が行われる。
「よし、チャーリー中隊、ミサイル発射!」
「「「了解」」」
6つの弾道が出現予定地点に向かっていく。その瞬間、BETAが地表に出現する。かち合う二つの勢力。
膨大な光と音が世界を包む。第一弾のBETAは吹き飛ばされていくが、いっこうに怯む様子もなく続々とBETAは地表に現れていく。
「母艦級2つめ、地表に接近、予測地点にBETA出現までおよそ1分」
「ちっ、きりがない」
「二匹目の母艦級は無視だ。現在地表に出てきているBETAを優先的に叩く。私も戦列に加わる。チャーリー中隊の突撃前衛、どちらが多くを屠るか勝負といくか!」
「突撃前衛4機と伊隅機1機の対決か、これは読めないな」
「そうね、普通なら、4対1だから結果は見えるんだけど。なにせあの伊隅だからね」
地獄の状況下の中でもふてぶてしい会話が交わされる。新兵とは思えない肝の据わり様だ。
チャーリー中隊の前方に、一瞬にして混戦が形成される。
BETAとの最前線に躍り込むみちる機。自在に振り回される近接長刀、96式36mm突撃砲の二刀流で乱舞するようにBETAを血祭りに上げていく。レーザー級の姿を視界の隅に捕らえると、迷い無く96式36mm突撃砲のトリガーを引き、一発で沈黙させる。
高速で振り回す96式36mm突撃砲の照準が相手を捉えた一瞬で相手を打ち抜いたのだ。
とてもではないが人間技とは思えない。実際、これと同じことを出来る衛士など世界でも数えるほどしかいないだろう。
そんなことを平然とやっておきながら、みちるの指揮は冴え渡っていた。
「アルファー中隊、ブラボー中隊、武器を惜しむな。この場を乗り越えることを最優先しろ。チャーリー4、デコイを挙げろ。早急に制空権を確保したい」
「こちらチャーリー4、了解。今から対レーザー属種用デコイを打ち上げるぞ。レーザー属種を発見し次第優先的に駆除しろ!」
打ち落とされるデコイ、その射線からレーザー級の位置を把握すると、96式電磁投射砲装備の不知火がその地点を狙撃する。
他のBETAを巻き込みながらレーザー級を吹き飛ばす。
「A−01リーダー、母艦級からの増援が地表に出た。まっすぐにこっちに向かって来ている!」
観測を続けていた衛士からの連絡がみちるの鼓膜を振るわす。
「ちっ、戦況は悪化の一途か。アルファー、ブラボー中隊、そっちはどうだ」
「レーザー級、重レーザー級ともに排除完了。現在掃討戦に移行中、ちっ、戦車級が、あああ!」
「!?どうした、アルファー1」
いやな予感で冷や汗が止まらない。初陣で仲間を失う。そんな覚悟は出来ているはずだった。なのにそのときになった途端、心臓がはじけんばかりに脈動するのを感じた。
永遠のように感じる数瞬の後に、アルファー2から連絡が入る。
「アルファー2より、A−01リーダーへ。アルファー1に戦車級が張り付いたが、何とか駆除した。アルファー1の機体は小破。戦闘続行は可能だが、少々恐慌状態にある。催眠暗示の使用を求める」
「こちらA−01リーダー。状況は把握した。催眠暗示の使用を許可する」
ほっとしたみちるは、一瞬取り乱した恥ずかしさを隠すかのように、さらなる獅子奮迅の戦いぶりを見せる。
わずか数分で小型種を含んで100近いBETAを屠る。
「すげえな、我がリーダーは」
「さすがは、あの神宮司大尉の再来というだけはあるな」
「おしゃべりをしている暇があったら、少しでも早くBETAを倒せ!」
チャーリー中隊の呟きに、チャーリー1が喝を入れる。
もっとも、その喝を入れた本人もその感想には同感だったが。
チャーリー中隊が戦闘を開始してから5分近くたってから、敵BETAの増援が到着してきた。
幸いなことにレーザー属種はごく少数のようだ。
すぐさま対レーザー属種用デコイを打ち上げて敵レーザー属種の位置を確認。96式電磁投射砲装備の不知火が狙撃を行う。
チャーリー中隊がわずか一個中隊でこれだけのBETAの圧力に耐えられているのは、ひとえにみちるの存在故だ。
不知火改型は一定機動を超える入力を検知すると各種のリミッターが解除される。その能力はノーマル状態の先進撃震参型に比肩する。
それだけの性能をもつ不知火改型をみちるが操るのだ、その戦力は通常不知火の一個中隊にも相当する。
「アルファー1より、A−01リーダーへ。心配をかけたな。こちら敵殲滅を確認。すぐに援軍に向かう」
「ブラボー1より、A−01リーダーへ。アルファー中隊と共に援軍に向かう。それまで持ちこたえてくれ」
「ああ、待っている。それより、被害状況は?」
みちるの声にやや震えが混じる。
戦いが始まってすでに20分近く経っている。死の八分はとうの昔に過ぎ去っている。ならば犠牲者はどれほどのものか。
「こちらアルファー1、残念ながら欠員は0だ。ただ、何機かは機体に損傷を負っている。まあ、突撃級の一撃を受けてまだ稼働しているこの機体の頑丈さのおかげでもあるんだがな」
「ブラボー1だ。こっちも残念なことに欠員0。中破した機体があるが、なんとか自力歩行は可能だ」
「そうか、よし、このまま一気に残敵の殲滅を実行する!」
「「「了解」」」
それから30分後、一個大隊の戦術機甲部隊が、旅団規模におよぶBETA群の壊滅を完遂していた。
大破2、中破5、小破3。死亡者0。新人とは思えない成果だった。
「やったのか?」
みちるが呆然と呟いた次の瞬間、視界いっぱいに「ミッションコンプリート」の文字がでかでかと映し出された。
「え、な、なに?」
「うわっ、なんだこりゃ?」
困惑の声があふれ出す。そんな混乱の中、各員の視界が急に変わる。全員の網膜投射の視界に移るのは、不知火が格納されているハンガーの景色だった。
「…はっ?」
呆然とする国連柊町基地所属海外派兵部隊の一同の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「諸君ご苦労。以上で我らが日本帝国軍海外派兵部隊の通過儀礼『どきっ、すっごいリアルな死の八分』体験訓練を終了する。この訓練は実際の戦闘と同じだけの意味を持つ。それがどういうことか分かるか?そうだ、お前達は実戦で死の八分を乗り越えるのと同様の経験を得たのだ。これで諸君らは一人前の衛士だ。おめでとう」
なおも呆然としている国連柊町基地所属海外派兵部隊の耳に、聞き慣れた声が響く。
「おめでとう、みんな。これも少しでもBETA戦での犠牲者を少なくしたいという、我ら衛士教導官の希望を叶えるための仕組みだ。言いたいことはあるだろう。だまし討ちに等しい扱いだったことは分かっている。許してくれとは言わない。だが今回の訓練は先ほど小塚中佐が仰るように貴重な体験としてその身体に刻まれたはずだ。これを無駄にすることなく、今後の作戦に生かしてもらいたい」
それは半年間、自分たちを導き、鍛えてきたくれた恩師、神宮司まりも大尉の声だった。
騙された、と悔しがる声こそあったものの、恨み言をいう者は誰1人としていなかった。なぜなら、彼らはその後に行われた戦闘で熟練衛士のように振る舞えたからだ。
それは間違いなく今回行われた訓練のおかげであったことは言うまでもないことだからだ。
かくして最強の戦術機部隊、A−01部隊の第一期生は無事に全員が死の八分を乗り越えた。むろん、それは少し死が遠のいただけだということを誰もが承知している。
「うわ、本当かよ、このスコア。しまったな、伊隅少尉に駆けていればすらずにすんだのに」
「おっし、儲かった。これでかーちゃんに叱られなくてすむ」
「うーん、まさか死亡者0とは。大損だな」
この訓練を賭の対象としていた連中は悲喜こもごもだったらしいが。
「ふふ。流石は私の教え子とマブジジョ、もとい伊隅さんね。これで天然由来成分の化粧品が買えるわ!」
女性という生き物は、美の追究に関しては業が深いものである。