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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第39話:とある侍の愛憎譚=その6・再起ルート=
作者:蓬莱   2013/11/22(金) 00:03公開   ID:FaHuHImWROE
各陣営の面々が、凛とイリヤの救出に向かっている中、とある事情により、意図的に蚊帳の外に置かれている者たちがいた。

「さて…そろそろ、夕飯を済ませて、次の場所に行こうか?」
「まぁ、そうだな。一通り、遊びつくしたことだし…んじゃ、次は…(チラっ」

現在進行形でデート中の銀時と第一天は、近場のアミューズメントパークで一通り遊びつくし、次の目的地へと足を運ぼうとしていた。
当初、ナルゼの指示という事で銀時も不安そうにしていたが、第一天の様子を見る限り、その不安も杞憂に終わった。
今も、銀時と手を繋いでいる第一天も童心に返ったかのように無邪気に楽しんでいたし、今も顔を綻ばせて、心なしか喜んでいる様子だった。
“まぁ、何人かはいなくなったみてぇだな”―――とりあえず、先ほどまで出歯亀していた面子が減った事にそう安堵した銀時は、この後の事を相談する第一天と話し始めた。
その上で、銀時は、第一天に気付かれないように、さりげなく、相変わらず目立つ変装で、次の指示を出すであろうナルゼの気配がする方をチラリと見た。
そして、銀時の読み通り、銀時の視線を向けた方向には、ナルゼがこう書かれたプラカードを掲げていた。

『やるべき事は全てやった…食事の後は、人気のない場所でヤル事やって、美味しく頂いちゃえ!! ということで、早速、真夜中の柳洞寺へGO!!』
「オイぃいいいいいいい―――!! いくら良い空気だからって、生身で大気圏突入並みの無茶やらかせるのかよ!?」

“どんだけ俺に無茶振りを要求するんだよ、この娘ぇ!?”―――もはや、ナルゼの書いた内容を見た銀時は、思わず、第一点がいる事や人目に付く事も忘れるほど大慌てになって、
盛大なツッコミをいれた。
だが、付き合いも短い上に、初デートで初Hという無茶な指示が出れば、普段はボケ役になる事の多い銀時が 自分のポジションを忘れ、新八という名の眼鏡のごとく、ナルゼにツッコミを入れるのも無理もなかった。
というか、例え、銀時がマダオじゃなくて、一級恋愛フラグ建築士であっても、無理な話である。

『うっさい。私にネタを提供する為にやっちゃいなさい。どうせ、失敗しても玉砕か特攻になるだけだし』
「どっちにしろ、死ぬじゃん、それ!? つうか、Dead or Deadって、結局、死ぬ選択肢しかねぇじゃん!?」

だが、ナルゼは、そんな銀時の抗議など“知らぬ、知らぬ!! 見えぬ、聞こえぬ!!”と押し通し、私のネタの為に死ねい!!と言わんばかりの内容が書かれたプラカードを掲げていた。
―――明らかにサポートじゃなくて、俺を色んな意味で殺しにきているよな、これ!?
―――つうか、何で、あの全裸もこんな奴をよこしたんだよ!?
―――こんなとんでもねぇヤツ送ってる時点で、色々と人選を間違ってんだろ!?
もはや、同人のネタの為ならば他人の命も惜しくないナルゼのガチ振りを垣間見た銀時は、心中で、ナルゼを派遣した張本人であるアーチャーにむかって抗議の声を上げるしかなかった。

「ど、どうしたんだ、銀時…? もしかして、定期的にツッコミしないといけない持病でもあるのか!?」
「いや、それは俺じゃなくて、新八という名の眼鏡が担当してるから…とりあえず、気にしないでくれ…本当にマジで…」

しかし、幸か不幸か、ナルゼ達の存在に気付いていない第一天にしてみれば、銀時が、いきなり、街中で、見えない相手にツッコミをしているようにしか見えなかった。
もしかして、精神的な病気ではないかと心配そうに声をかける第一天に対し、銀時は、普段から自分たちのボケに対するツッコミを一手に担う新八の苦労を改めて実感しながら、いつもよりも疲れた表情で適当に誤魔化した。

「なら、折角だし…あそこで、中華料理でも食べに行かないか?」
「中華ねぇ…まぁ、たまには、良いかもな」

“まぁ、飯でも喰ってから考えるか”―――とりあえず、腹が減っては考えがまとまらないと思った銀時は、もろもろの問題を後回しにし、第一天が指さした“泰山”という名の看板が掲げられた中華料理店にて食事をとる事にした。
この時、銀時は知る由もなかった―――この中華料理店で何気なく頼んだ麻婆豆腐がとんでもなく激辛だということを。
そして、ナルゼの出した指示が、銀時と第一天を凛とイリヤの救出における激戦地である海浜公園より遠ざける為であるという事を!!



第39話:とある侍の愛憎譚=その6・再起ルート=



―――そして、戦の舞台となる海浜公園では、敵に捕らわれた凛とイリヤを救出する為のある話し合いが行われていた。

「―――という事なんだけど…どうかしら?」
「確かにそれなら上手くいくかもしれねぇ…(プスプス」

あの後、自分たちの背後を取った正体不明の女に思わず身構えた桂達に対し、女はまあまあと連れと一緒に殺気立つ近藤を宥めると桂達にある提案―――自分たちをイリヤと凛の救出作戦に参加させてもらう代わりに、敵に気付かれずにあの貨物船に乗り込む方法を用意することを持ちかけてきた。
当初こそ警戒していたモノの、女からの一通りの説明を聞き終えた近藤は、若干、普段使わない脳みそを酷使しすぎたために、頭から黒い煙を出しつつ、なるほどと納得した様子でしきりに頷いた。
確かに、女の提案した方法ならば、敵に気付かれることなく、海という天然の城塞と堀に囲まれたあの貨物船へと乗り込むことは充分に可能だった。
だが、女の提案した方法に一つだけ気がかりな事が有った外道丸は、女に向かって戸惑いがちにこう尋ねた。

「しかし、本当によろしいのでござんすか…ランサー殿?」
「話を聞く限り、そちらにかなりの負担を強いることになるが…」

それは、久しぶりにシリアスモードになった桂が言うように、その方法を取った場合、女―――共闘を持ちかけてきたランサーの魔力をかなり消耗してしまう事だった。
いくら、初対面の人間に好物の蕎麦を要求するほど図々しい桂といえども、本来ならば、この一件とは無関係のランサーに、必要以上の負担を強いてしまう事に引け目を感じていた。
さらに、もし、ランサーの魔力が底を着いた場合、凛とイリヤを救出したはいいモノの、今度は陸地へ帰れなくなるという悲惨な結果も充分にあり得る事だった。
ちなみに、なぜ、ランサーがここにいるのかといえば、ランサー達が、銀時と第一天とのデートを出歯亀している最中に、アサシン経由で凛とイリヤが誘拐されたという連絡が入ってきたのがそもそもの始まりだった。
その後、ランサーは、激甘カップルの出歯亀にも飽きたので、一緒にいた真島とケイネスを連れて、アサシンからの指示に従い、海浜公園に居る近藤達と合流して、現在に至っていた。

「ん? 私達の方は、特に問題ないわよ。どうせ使う予定のなかったから。魔力の消耗がキツイ上に、色々と使い処に困る宝具だったから、あれ」
「まぁ、わしもランサーのねえちゃんに負担かけんような当てもあるしのう」

だが、ランサーは、そんな桂達の遠慮や心配など気に留めずに、逆にそんな事は気にするなと軽い口調で笑って返した。
同じく真島も、ランサーの魔力消耗を抑える手立てが有ると言葉に含ませながら、口に咥えていた煙草をふかし、何とかなるやろうと気楽に笑みを浮べていた。
とはいえ、ランサー達がここまで桂達に手を貸すのも、ただ、善意だけで凛とイリヤの救出を手助けする以外に、もう一つ、ランサーと真島の個人的な理由もあった。

「まぁ、基本的にこっちの方が、私向きだしね」
「…わしも、赤毛のねーちゃんも激甘バカップルの出歯亀よりも、こっちで一暴れする方がおもろいから来ただけやしのう」
「お前たちは…まぁ、こちらとしても、敵対関係とはいえ、今のうちに、遠坂家に借りを作っておくことに損は無いからな。そう、決して、この戦闘狂二人に強引に連れてこられたわけでは無いのだ!! そこを勘違いしないように…!!」

“昂る気持ちのままに思う存分に闘いたい”―――それが、ランサーと真島が凛とイリヤの救出に協力しようとする、二人にとってごくごく単純な理由だった。
そして、荒ぶる闘争本能を抱えたランサーと真島は、これから始まるであろう戦いに期待に胸を躍らせながら、自分たちの獲物のいる貨物船にむけて血に飢えた獣のような笑みを浮べていた。
そんな生粋の戦闘狂であるランサーと真島の姿に対し、この面子の中で一番の常識人兼ツッコミポジション兼苦労人であるケイネスは、このフリーダム過ぎるランサーと真島による一連の行動に呆れると同時に、どうしたものかと頭を抱えたくなっていた。
それでも、なけなしの虚勢を持っていたケイネスは、涙目になりつつも、桂達に向かって、自分がランサーと真島に振り回されている訳でない事を、念を押すように強調しながら、あくまで自分で判断したのだと空しく訴えるのだった。
だが、ランサーは、そんなケイネスの悲惨な苦労などお構いなく、空を見上げながら、こうつぶやいた。

「さて、頼んだわよ…アーチャーのマスターさん…」

呟いたランサーの見上げる視線の先には、凛を誘拐した犯人たちと対峙せんとする時臣を、手のひらに乗せた地摺朱雀が敵のアジトである貨物船へと向かっていた。



その後、時臣を貨物船へと送り届けた地摺朱雀が去った後、時臣の前に、数十人の護衛らしき船員たちを伴って、時臣と交渉せんとする誘拐犯たちの一人―――荒瀬が甲板に出てきた。

「よぉ…どうやら、あんた、一人だけみたいだな」
「あぁ…それより、凛は…娘は無事なのだな」

まず、荒瀬は、地摺朱雀が完全にいなくなったのを見届けると、相手を値踏みするように時臣を油断なく見据えながら、話しかけてきた。
それに対し、時臣は、冷静に荒瀬の言葉に頷くと、逸る気持ちを落ち着かせながら、囚われた凛の身が無事である事を確かめるべく、甲板に現れた荒瀬にむかって静かに問いかけた。

「安心しろよ…とりあえず、こいつを見てくれや」
「凛…!!」

それに対し、荒瀬は、時臣のその言葉を待っていたと言わんばかりに凶悪な笑みを浮べながら、徐に指をはじいて、別の場所で待機している仲間に合図を送った。
と次の瞬間、貨物船の一室に囚われている凛とイリヤの映像が、荒瀬の背後に映し出された。
これには、冷静になる事を務めていた時臣もハッとして目を見開きながら、驚きを隠すことが出来ず、思わず、荒瀬に内心で動揺している事を曝すほど声を上げてしまった。

「まぁ、それも、あくまで、今のところはだ。もっとも、そいつもあんたの返答次第じゃこっちも態度を変えざるを得ないかもしれないけどな」
「…」

まずは、凛をダシにして、時臣の動揺を誘う事に成功したと内心で確信した荒瀬は、畳み掛けるようにして、時臣に対し強気な姿勢で、時臣の対応次第で凛の命が危うくなるぞと脅しとも取れる言葉を口にしてきた。
この荒瀬からの脅し同然の言葉に対し、時臣は、もう一度、自分を落ち着かせるように沈黙を通した後、幾分か余裕を取り戻したかのように話を切り出した。

「そういえば、綺礼から聞いたところによると、君達は、この冬木の地で、色々と事を起こしているようだね。まさか、我々の目を掻い潜った上に、こんな船まで用意して、アジトにしていると…よほど大きな組織が動いていると見たが、どうかな?」
「さぁてねぇ…俺もここに入ってから、日が浅いからなぁ…まぁ、少なくとも、あんたらに数十年気付かれない程度には大きい組織じゃねぇかな」
「ふむ…なるほど…」

まず、時臣は、言葉の節々に挑発とも取れる皮肉と嫌味を交えながらも、荒瀬の口から、聖杯戦争の裏で暗躍する組織についての情報を引き出そうと試みた。
だが、荒瀬は、面倒事に悩むかのように頭を掻きながら、きっちりと時臣の挑発に対しては、時臣が組織の存在に気づけなかったことへの皮肉の言葉で切り返すも、自分たちの組織については深く追求される事を拒否するかのように言葉を濁した。
そんな荒瀬の言動に対し、時臣は、それ以上の事について追及することなく、納得したかのように頷くだけだった。

「だが、私としては、これ以上の不用意な介入はお勧めしかねるがね。もし、これ以上、同じ事を繰り返すならば、魔術協会と聖堂教会の両者を敵に回すことになるが、その覚悟はそちらにあるのかな?」
「知るかよ…」

続いて、時臣は、言葉でこそ丁寧なモノの、魔術協会と聖堂教会という二大勢力の名を出しつつ、荒瀬を通して、荒瀬の所属している組織に対しての遠回しな脅しとも取れる忠告を口にした。
だが、ここでも、荒瀬は、本題に入ろうとしない時臣の言葉に多少苛立ちながらも、多くを語る事無く口数少なく吐き捨てるに呟くだけに留まった。
“どうやら、本当に知らないようだな”―――そう心中で呟いた時臣は、これまでの荒瀬の言動を見た上で、荒瀬自身も組織の内情やその目的などに加えて、魔術関連の事について深い事情を知っているわけでは無い事を確信した。
恐らくは、荒瀬自身も組織に所属してから日が浅い事だけでなく、組織自体の方針として、荒瀬のような斬り捨て可能な下級構成員に必要以上の情報を漏らさないようにしているのだろう。
改めて、荒瀬の所属する組織が厄介な存在である事を再認識した時臣に対し、荒瀬は“それより”と制すように前置きを口にしつつ、いよいよ、自分たちにとって一番重要な本題に入らんとした。

「今は、取引の話といこうじゃねぇか…何…難しい話じゃねえよ。俺達に協力するなら、てめぇの娘を五体満足で返してやるっていうだけの事だよ」
「協力? どういうことかな?」

まず、荒瀬は、いよいよかと身構える時臣に対し、人質となった凛の身柄と引き換えに、自分たちの組織に協力する事を求めた。
“聖杯の所有権が目的ではないのか…?”―――聖杯ではなく、時臣の協力を引き換えとする荒瀬からの要求にそう疑問を感じた時臣は、さらに詳しい情報を引き出すために、荒瀬に説明を求めるように聞き返した。

「俺も詳しい事は知らねぇがな。とりあえず、俺らの上司は、てめぇの計画にマスターとサーヴァントの一組が必要なんだとよ」
「だから、凛と引き換えに、君達の計画に協力しろと?」

だが、荒瀬自身も、“令呪を宿したマスターを一人は、生きた状態で確保する事”という首領からの命令を受けているだけで詳しい事情を知るわけでは無かった。
そのため、荒瀬は、ただ、マスターとサーヴァントが荒瀬の所属する組織の計画に必要だからという事だけ簡単に説明するだけにとどめた。
この時、荒瀬の説明を聞いた時臣は、そのような理由で、本来なら無関係なはずの凛を誘拐した荒瀬達に、父親として怒りを覚えずにはいられなかった。
しかし、時臣は、今もこの貨物船の何処かに居る筈の凛を救出する為に、持ち前の自制の心で爆発しそうになる感情を抑えながら、あくまで動揺することなく冷静に聞き返した。

「まぁ…そういうことだな…一応、条件次第じゃ、バーサーカー討伐と聖杯を分捕るのにも手を貸してやるそうだし…あんたにとっちゃ、そう悪い話じゃねぇだろ」
「確かに、こちらに対する見返りとしては充分だ」

予想以上に冷静な態度を見せる時臣を不審に思う荒瀬であったが、とりあえず、自分たちの組織に協力した場合の見返りについての話を持ち出しながら、時臣に自分たちの組織への協力を促すように誘いをかけてきた。
この荒瀬の誘いに対し、時臣は、荒瀬の誘いを受け入れるような口振りで、ある程度、納得した様子で頷いた。
確かに、荒瀬自身が知らないとはいえ、組織の目的についてなど、不明確点が幾つか有るのは見過ごせないところだった。
しかし、それを含めた上でも、荒瀬の持ちかけたこの取引自体については、時臣の側にもメリットが多くあるため、荒瀬の言うように、時臣自身にとって悪い話ではなかった。
この時臣の反応を見た荒瀬は、思いのほか、すんなりと事を済ませることができると心中で思いながら―――

「なら―――だが、断る!!―――ん!?」
「当然だとも。何を言っているのかね、君達は」


―――取引成立を促さんとする荒瀬の言葉を遮るように突きつけられた、荒瀬達の取引を拒否せんと告げる時臣の言葉に絶句することになった。
ここにきて、いきなり、時臣が態度を急変させたことに動揺を隠せないでいる荒瀬に対し、時臣は呆れたような顔で荒瀬を見ながら、“そもそも…”と前置きを置いてこう言った。

「生憎と、我が遠坂家は、“常に余裕を以て、優雅たれ”を家訓としている。故に、このような人攫いまがいの下賤な輩と手を組むなど有り得ないのだよ」

そして、時臣は、慇懃に澄ました顔で、遠坂家の家訓を口にしながら、凛を誘拐してまで自分たちの目的を達成しようとする荒瀬達のような下種とは取引するに値しないと断じた。

「てめぇ…自分の娘がどうなってもいいのかよ!?」
「残念だが…私は父親である前に、人の道理より外れた魔術師であるのでね。君たちの常識の通じる相手だとは思わない事だよ」

この時臣の強気の言葉に、自分たちの劣勢を感じ取った荒瀬は、時臣に揺さぶりをかけるべく、凛が人質となっている事を指摘しながら問い詰めた。
だが、時臣は、荒瀬の脅し同然の言葉にも動ずることなく、逆に“それがどうかしたのかね?”という余裕すら見せながら、荒瀬達の思い違いを指摘して切り返した。

「そもそも、私は、まだ、君達が聖杯をどう扱うつもりなのか聞かされていないのだ。遠坂家の悲願を担うものとして、そんな怪しげな君達を簡単に信用できる筈もないのでね」
「てめぇ…調子に乗りやがって…」

それに続けて、時臣は、“仮に自分が聖杯を得た場合、荒瀬達の組織がその得られた聖杯をどうするつもりなのか?”というもっとも重大な疑問点を突きつけながら、取引以前に、荒瀬達の組織を信用するに値しないと断じた。
この一方的ともいえる時臣の言葉に対し、荒瀬は、うかつにも時臣に主導権を握られてしまった自分の迂闊さに怒りで顔をゆがませ、歯ぎしりをしながら苛立ちを隠せないでいた。
必要とあらば人質の指二、三本を切り落とす脅しも想定していた荒瀬であったが、この時臣の冷酷ともいえる堂々とした態度の前では、それも脅しとして意味が有るとは到底思えなかった。
そして、さらに言うならば、荒瀬には、その脅しが今は出来ない理由が有った。
“どうする…?”―――荒瀬が魔術師という自身の常識からかけ離れた存在を前に、そう心中で攻めあぐねていた時、貨物船に備え付けられていたスピーカーから予想外の声が飛び込んできた。

『おぉ!! 荒瀬、色々と大変なことになっとるようじゃの!!』
「うるせぇ!! だから、声デケェよ!! つうか、今は忙しいから後にしろや!!」

相変わらずの大声で気楽に話しかけてくる声の主―――黒マスクの男に対し、荒瀬は、この緊迫した空気を読めと言わんばかりに、黒マスクの男の声がするスピーカーに向かって、半ば八つ当たり気味に怒鳴りつけた。
だが、そんな荒瀬の罵声に対し、黒マスクの男は―――

『がはははっはははは!! すまん、すまん!! それと、こっちも逃げ出した娘っ子二人じゃが、まだ、見つかりそうにないそうじゃ!! 本当、どこにいったんじゃろうな!!』
「んなぁ!?」
「はっ?」

―――豪快に笑いながら荒瀬に謝りつつ、さりげなく、時臣がここに来る少し前に凛とイリヤが逃げ出してしまった事までばらしてしまった。
勿論、言うまでもないが、スピーカーから聞こえる黒マスクの男の声は、当然、時臣の耳にも届いていたので、凛とイリヤが逃げ出したという伏すべき秘密は、は時臣の耳にも聞こえていた。
誰もが予想もしなかった、この黒マスクの男の爆弾発言に、荒瀬はショックの余り、顔の形が“ぐにゃり”と崩れるほど唖然とし、時臣も敵の自爆同然の展開に思わず間の抜けた声をあげてしまった。

『む? 何じゃ、急に蹲って? 何かあったのかのう?』
「いや…何か色々と…お気の毒に…」
「…」

“ここに自分の味方はいねぇ…”―――どうしたのかと首を傾げているだろう黒マスクの男や何か親近感を感じたように憐みの視線を向ける時臣に対し、荒瀬は無言のまま、まるでギャグキャラのように、がっくりと膝を落として蹲りながらそう心中で確信した。
ついでに、荒瀬の護衛に就いていた者たちに至っては、“あぁ、また、やっちゃたか”とぼやきながら、荒瀬をどう慰めようか話し合いを始めていた。
そして、時臣はしばらくどうしたモノかと考え込んだ後、荒瀬に向かって気の毒そうにこう告げるのだった。

「まぁ…その事については知っていたのだがね」
「何?」

“知っていた”―――この時臣の不可解な言葉に疑問を感じた荒瀬は、時臣の方に向かって思わず顔を上げて、どういう事か問い詰めようと立ち上がった。
だが、荒瀬は、先ほどまで自分たちの有利に働いていた状況が、すでに時臣達の手によって、さらに自身の想像以上に激変している事を思い知らされることになった。

「何だ…船が傾いてきているだと?」
『む…そういえば、心なしか、左右に揺れるような感じが…』

とここに至って、荒瀬と黒マスクの男、それに荒瀬の護衛たちは、それまで静止状態だった貨物船が徐々に、しかし、確実に左右に揺らぎ始めている事に気付いた。
すぐさま、荒瀬は海の方へ目を向けたが、この大型貨物船が揺らぐほどの激しい波が立っているような様子はまるでなかった。
“では、何故、突如として、この大型貨物船は揺らぎ始めたのか?”
誰もがそんな疑問を抱く中、その答えを知る者達の一人が堪えていた笑みをようやく浮べながら、困惑する荒瀬達にむかってこう告げた。

「どうやら、些かすぎるほど道化芝居の茶番ではあったが、時間を稼いだ甲斐はあったようだ」
「てめぇ…まさか、図りやがったのか!?」
『そのようじゃのう…だが、どうやら、それだけじゃないようじゃ!! 空を見てみい!!』

ここに於いて、荒瀬は、まんまとしてやったりと笑みを浮べる時臣の告げた言葉から、これまでの人質交渉自体が、時臣の仕掛けた罠が―――アサシンの仕込んでおいた仕掛けが発動するまでの時間稼ぎだったことにようやく気付いた。
これに対し、黒マスクの男は、荒瀬の言葉に同意しつつも、時臣達がもう一つ仕掛けていた切り札を目の当たりにしていた。
そして、何事かと思った荒瀬が、黒マスクの男の声に従い、空を見上げた瞬間―――

「な、どうなっていやがるんだ、おい!?」

―――何もない筈の空中から、まるで見えない架け橋がおろされたように、一気に貨物船へと駆け下りてくる二代やミトツダイラらの武蔵勢、そして、彼らと合流を果たした桂達の姿が有った。



荒瀬達が思いもよらぬ襲撃者たちの登場に狼狽する一方、貨物船へと乗り込んできた一同の一部も若干戸惑いを隠せないでいた。

「まさか、本当に気付かれずに接近できるとは…」
「まったく、世の中には、とんでもねぇモンがあったもんだぜ」

自分たちが現れた事に迎撃する間もなく狼狽える荒瀬達を見た桂は、ランサーの用意したあるモノによって海浜公園から貨物船に近づくまでの間、敵が自分たちの存在に全く気付かれていなかった事に半ば驚きを隠せないでいた。
そんな桂の言葉に同意するように頷いた近藤は、何もない、否、その姿と気配を完全に隠蔽した巨大移動城塞が存在する筈の空を見上げて、その移動城塞の名をこう呟いた。

「確か、“天道宮”だったよな…」

そう、これこそが、桂達が海という城塞と堀に阻まれる事も、敵の目に触れる事もなく、貨物船へと近づく為に、ランサーが秘策としてきりだした対陣宝具“天道宮”だった。
この“天道宮”は、通常、泡のような異界である“秘匿の聖室”によって姿と気配を隠し、空中を自在に移動することも可能な城塞型宝具であり、このような大人数を秘密裏に輸送する手段としてはもっとも適した宝具だった。
ただし、その分、その巨大さや隠蔽の要となる“秘匿の聖室”を稼働の維持、ランサーが使用する際のデメリットなどにより大量の魔力を消耗するのが難点で、通常の拠点として使うには維持が困難という問題点もあるのだが。

「まさか、あれほどの宝具を使用できるなんて…あなた、本当にランサーですの?」
「まぁ、正確には、アラストールの宝具を、私の魔力を使って借りている訳なんだけどね」
『…まさか、本当に使う機会が来るとは思わなかったが』

とここで、ランサーと並行するように駆け下りていたミトツダイラは、白兵戦能力に特化したクラスであるランサーが対陣宝具である“天道宮”を有する事を不思議に思い、事情を知るランサーに尋ねてみた。
このミトツダイラの質問に対し、隣を走っていたランサーは、やれやれといった様子で呟く“天道宮”の本当の所有者―――自身の相棒でもある“アラストール”の意志を表出させる指輪“コキュートス”を見せた。
元々、この“天道宮”は、ランサー達が、とある紅世の王から借り受けた宝具なのだが、ランサー亡き後、とある事情によりアラストールは、数百年間を“天道宮”で過ごしていた時期があったのだ。
そうした縁が有ってなのか、ランサーがサーヴァントして召喚された際に、本来なら、ランサーが持っていない筈の“天道宮”は、サーヴァントとしてのアラストールが有する宝具として扱われる事になったのだ。
その為、ランサーは、アラストールの許可さえあれば、アラストールの所有する宝具である“天道宮”を借り受ける事が可能となっていた。
無論、アラストールの許可さえあれば使用できるとはいえ、正規の宝具使用者でないランサーが“天道宮”を使用する場合には、通常より多くの魔力消耗を強いられるために、長くても数分程度しか維持できず、ランサーも魔力不足で闘えなくなるというデメリットも存在していた。
その為、本来なら、“天道宮”は使い道のない宝具として、この聖杯戦争で使用することなく死蔵されるはずだった。
しかし、とある人物が持っていた“宝具”を使用する事で、このデメリットを解決することができた。

「でも、実際に使ってみて、改めて実感したけど…この“虚無の魔石”って便利よね。減ったと思ったら、もう魔力がほぼ完全に補充できているし」
「まぁ、一個だけちゅうのが心配やったけど…いらん心配やったな」

その秘密は、所持者に無尽蔵ともいえる魔力を供給するキャスターの宝具“虚無の魔石”にあった。
実は、“天道宮”を使用することが決まった際、ランサーは、真島がキャスターから念のために渡されていた“虚無の魔石”二つの内の一つを、ランサーの魔力消耗についての事情を聞いた真島から手渡されていたのだ。
一応、七分割された内一つであるため、供給される魔力も七分の一に減少しているが、魔力が減少した瞬間、即座に新しい魔力が供給される事もあり、“天道宮”使用時に於けるランサーの魔力消耗を抑えるのには充分だった。
これによって、“天道宮”を使用する際のデメリットであるランサーの魔力消耗が軽減され、“天道宮”を長時間使用する子に加え、ランサーも気兼ねなく戦闘する事ができるようになったのだ。

「また、この恰好か…というか、何故、私まで、ここに…」
『何を言っているんですか、正純さん? こういう時こそ、正義の味方である魔法少女の出番じゃないですかv』

そんな中、交渉担当の筈である正純(魔法少女モード)は、何故か、武蔵勢の戦闘担当者たちと共に貨物船へと駆け下りながら、どうしてこうなったと愚痴をこぼした。
本来ならば、正純が現場に出張る必要などなかったのだが、ルビーの進言という名の押し売りに加えて、時臣に力を貸すと宣言した事により、泣く泣く、魔法少女として参戦せざるを得なくなったのだ。
ちなみに、その正純の隣では、最近の出番のなさに危機感を覚えて、ここで一発アピールしようと画策したルビーが、テンションを上げながら、ノリノリで目立とうとしていたのはどうでもいい話である。



―――ランサー達が貨物船へと乗り込んできた直後。

「どう…? まだ、いるみたい?」
『あぁ、ほぼ大半は向こうに行ってくれたみたいだが…そう簡単には合流できそうにねぇな』
「うぅ…どうしよう…」

段ボール箱で身を隠した凛とイリヤは、周囲の様子を伺うアサシンを先導にしながら、逃げ出した自分たちを探す船員たちに見つからないように移動した結果、船の最下層からほど近い積荷の置いてある船倉に辿り着いていた。
実は、アサシンから一通りの説明を受けた後、凛とイリヤは、ランサー達の立てた計画通り、アサシンの手引きにより監禁されていた部屋から脱出していたのだ。
これにより、荒瀬達は、凛とイリヤを見つけ出すために、ある程度の人員を割かねばならなくなった。
とはいえ、如何に大型貨物船といえども、凛達には、逃げる場所の限られた船内では簡単に見つけられる危険が常に付きまとっていた
その為、凛達も、当初、ここに来る時臣達と合流する為に甲板を目指していたが、自分たちを探す船員たちに隠れながらでは、自由に身動きもとれず、逆に甲板からドンドン下に遠ざかっていた。
しかも、凛達には一刻も早く甲板を目指さなければならない理由が有った。
この時、アサシンは事前に、他のカード達を荷の重さと船の浮力のバランスを取るためのバラスト水のポンプがある部屋に侵入させ、ポンプを動かすことで、バラスト水を強制排出していた。
これにより、荷とバラスト水とのバランスが崩れ、船が浮きすぎる事によりバランスの悪化する事で、いつ転覆してもおかしくない状態になろうとしていたのだ。
その為、もし、このまま、この大型貨物船から早く脱出しなければ、凛達は、大型貨物船の転覆に巻き込まれかねない状況になっていたのだ。

「でも、これって、なんだろう?」
「何かすっごく大きいけど…」
『…まったく、とんでもねぇもんを造っているみたいだな』

そんな危機的状況の中、凛とイリヤは、周囲に船員たちが居ないか注意を払いつつ、船倉らしきところで見つけた、この大型貨物船に積み込まれた“積荷”を見て、お互いに顔を見合わせながら、首を傾げた。
―――地摺朱雀武すら容易く掴みとりそうな巨大な三本爪のクローアーム。
―――バルカン砲やミサイルなど機体の各部に取り付けられた各種兵器の数々。
―――まるでスカートをはいているかのような形態の下半身部分。
―――そして、この大型貨物船のほぼ全てを占めるような、圧倒的なまでの巨大な機体。
この貨物船に積み込まれた“積荷”―――巨大ロボットを目の当たりにしたアサシンは、苦々しげにつぶやきながら、改めて、こんな代物まで投入しようとするこの組織の危険性を認識せざるを得なかった。

「ちょっと誰か来るよ…!?」
「やばい!! とりあえず…ここ、ここに隠れるわよ!!」
『お、おい、お前ら…!!』

とその時、イリヤは、こちらに近づいてくるかのように、徐々に大きく響いてくる足音に気付いた。
これに対し、このままでは敵に見つかってしまうと焦った凛は、アサシンが止めるのも聞かずに、イリヤと共に、巨大ロボットのコクピットに飛び込むように乗り込んだ。
そして、コクピットのハッチが閉まると同時に、凛達を探していた船員二人が船倉へと姿を現した。

「…ギリギリセーフ」
「危なかったね…」
『とりあえず、この後は―――カチッ―――何?』

ひとまず、コクピットに身を隠した凛とイリヤは、危うく見つかりかねない状況だった事に冷や汗をかきつつも、船員たちに見つからずに済んだことへの安堵のため息と共に胸をなでおろした。
そんな凛とイリヤに対し、アサシンは、とりあえず、船員たちがこの場から去り次第、時臣達と合流する為に、ここから甲板へ目指そうと言いかけた。
次の瞬間、アサシンの言葉を遮るかのように、何かのスイッチが入るかのような不吉な音が聞こえてきた。
そして、まさかと思いながら、アサシンがスイッチの入る音がした方向に目を向けると―――

「え?」
“MA‐BR起動確認―――戦闘モードに移行します”

―――遠坂家伝統のうっかりスキルを発動したのか、うっかり手元にあったスイッチを押してしまった凛の姿が有った。
その直後、コクピットの内部で、人工音声のアナウンスが流れると共に、まるで眠りから目覚めるかの如く巨大ロボットの単眼式のカメラアイに光が宿った。
 


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