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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第38話:とある侍の愛憎譚=その5・再起ルート=
作者:蓬莱   2013/11/04(月) 19:16公開   ID:.dsW6wyhJEM
イリヤを誘拐したと記された脅迫状に対し、切嗣は、すぐさま、アインツベルンの城にて待機している筈のアイリスフィールに連絡を取った。
もし、この脅迫状が罠であるなら、イリヤを誘拐したこと自体が、切嗣を誘き出すための嘘である可能性は充分にあった。

「そうか…イリヤは、まだ、戻ってきていないのか」
『えぇ…今朝から、かつ…ヅラやセイバーと一緒に何処かへ出掛けているみたいなんだけど…』
「…っ」

だが、切嗣の連絡を受けたアイリスフィールの口から告げられたのは、今朝、セイバー達と共に冬木の市街地へ出かけて以降、イリヤがアインツベルンの城に戻ってきていない事だった。
結果として、脅迫状の内容が事実である可能性が極めて高い事を確認させられた切嗣は、自身の弱点となりうるイリヤの対処をしなかった自分の迂闊さを思い知らされ、苦々しい表情を浮かべるしかなかった。
“あの時、すぐにイリヤだけでも送り返すべきだった…!!”―――無言のまま、唇をかみしめた切嗣は、イリヤと対面した際に、大切な用が有るからと誤魔化して、何の対処を取る事無く、自分を見つめるイリヤから逃げるようにアインツベルンの城から去ってしまった事を後悔していた。

『ねぇ…切嗣、もしかして、イリヤに何かあったの?』
「あぁ…いや、ちょうど、街でイリヤ達を見かけてね…一応、アイリにも、念のために連絡しておこうと思ってね」

そんな切嗣の尋常でない様子が携帯電話を通してでも分かるほど伝わってきたのか、アイリスフィールは、イリヤの身に何かあったのかと思い、事情を知る筈の切嗣に向かって不安げに尋ねた。
だが、切嗣も、もし、ここで、アイリスフィールが、自分の娘であるイリヤが攫われたことを知れば、確実に我を失うほど取り乱しかねない事は容易に予測できていた。
故に、それを避ける為に、切嗣は、アイリスフィールに、イリヤが何者かに誘拐されたことは伝えず、出来うる限り、自身の冷静さを取り戻しながら、適当な嘘を口にして誤魔化そうとした。

「そうなの? でも…」
「あぁ、それじゃあ、また、後で連絡をするから」

この切嗣の嘘に対し、アイリスフィールは、拍子抜けしたような声で答えるも、それでも、先ほどまでの切嗣の様子に疑問を捨てきれずに再度、切嗣に尋ねようとした。
だが、それ以上のアイリスフィールの追及を避けたかった切嗣は、アイリスフィールが何かを言い切る前に矢継ぎ早に言葉を並べながら、アイリスフィールから逃げるように携帯電話を切った。

「どうする…?」

そして、切嗣は、もう一度、送られてきた脅迫状に目を向け、誰ともなく独り言のように呟いた。
今、切嗣は、“囚われたイリヤを助ける為に応じるべき”という父親としての選択と、“聖杯戦争を勝つために無視するべき”という魔術師殺しとしての選択という二つの選択肢の狭間に苛まれていた。
“アイツが、銀時が居れば…”
とここで、理不尽な選択を強いられる切嗣の脳裏に、ふと、この状況下にもっとも心強い男の―――大切な者を護るためならば命をかけて闘ってくれるであろう一人の侍の姿が過ぎった。

「…っ!! 何を考えているんだ、僕は…」

だが、切嗣は、すでに、自分のもとを去ったサーヴァントにまで頼ろうとしている自分に気付き、そんな甘い考えを少しでも抱いてしまった自分を馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるように舌打ちをしながら、今為すべき事をすべく、その場を後にした。



第38話:とある侍の愛憎譚=その5裏ルート=



切嗣がイリヤ誘拐という不測の事態を収拾しようと一人で奔走していた頃―――

「まったく、総長には感謝しないとね…!! 新作のネタがドンドン溜まっていくわ!!」
「あ、あの…もう少し落ち着いた方が周囲の視線も…」

―――ナルゼと戒は、銀時と第一天とのデートをサポートという名の覗き見していた。
その中で、テンションが最高潮のナルゼは、貴重なネタの提供源―――銀時と第一天のデートをガン見しながら、次々と湧き溢れてくるネタを目にも止まらぬ速さで余すことなく書き写さんとしていた。
一方、戒は、こっそり覗く筈なのにも関わらず、銀時と第一天に気付かれるのはもとより、周囲の注目を集めかねないナルゼの奇行を止めようと、やんわりと声をかけた。

「あっそう…でもその歳で末期的厨二病持ちっていう方が、よっぽど痛いわよ」
「うん、そうだったね…」

しかし、ナルゼは、戒の言葉を軽く聞き流しながら、何を今さというような口振りで、さり気無く毒舌スキルを発揮し、戒を厨二病的な痛い奴扱いした。
“やっぱり痛いのかな”―――ここ連日の騒動の中で、如何に自分たちの世界が厨二病患者御用達の世界であるかをそう実感した戒は、力なく乾いた笑みを浮べて頷くしかなかった。
しかし、戒には、ナルゼの奇行以外にも、ナルゼも無関係ではない筈の、もう一つ気がかりな事が有った。

「ところで、君は行かなくても良かったのかい?」
「ん? あぁ、マスターの娘の事?」

とここで、戒は、一刻も早く遠坂邸に戻る事を促すかのように、次々にネタを書き溜めていくナルゼに尋ねてみた。
“何者かに凛とイリヤが誘拐された”―――セイバー陣営とアーチャー陣営にとって重大な危機については、既に浅間を介して、ナルゼと戒の耳にも入っていた。
当然の事ながら、アーチャー陣営の一員であるナルゼも、本来なら、戒の言うように、悪趣味な覗き見を切り上げて、この不測の事態に大騒動となっている遠坂邸へと戻らなければならない筈だ。
しかし、ナルゼは、戒の問いかけに少し考え込む素振りを見せると、尋ねてきた戒に対しこう答えを返した。

「とりあえず、マスターのところに残った正純達に任せるしかないわ…仕方ないけど」
「そうか…」

この時、ナルゼが、あくまで、自分たちの役目を優先する事を決断したのには理由が有った。
実を言えば、ナルゼも、戒の言うようにすぐに遠坂邸に駆けつけて、正純達と合流し、凛の救出に向かいたかった。
だが、ナルゼは、アーチャーから“何が有っても、こっちで対処するから、そっちは銀時と第一天のデートを成功させてほしい”といつもの口調で頼まれていた。
故に、そんなアーチャーの意を汲んだナルゼは、銀時と第一天とのデートのサポートに徹し、凛の救出を待機組である正純達に任せることにしたのだ。
そんなナルゼの心中を察した戒は、それ以上追及することなく軽く頷いたものの、もう一つ気がかりな事が有った。

「本来、部外者である僕が言うのもなんだけど…君は、君達は、あのマスターに力を貸せるのかい?」

そして、戒は、ナルゼを通してアーチャーやその仲間達に問いかけるように、マスター、すなわち、誘拐された凛の父親である遠坂時臣に力を貸せるのか尋ねた。
あの六陣営会談において、時臣は、ウザい変質者によって、自身の目論み―――アーチャーを含めた七体のサーヴァントを生贄に『根源』への穴を開こうとしていた事を暴露されてしまった。
一応、ウザい変質者が出したある提案でそれ以上事を荒立てることは無かったが、時臣がナルゼ達にとって大切な仲間であり、王であるアーチャーを犠牲にしようとしていた事は変わらない事実だった。
普通ならば、そんな時臣のために、令呪を使いでもしない限り、自ら進んで協力しようなどとは思えないが―――

「…まぁ、思うところが無いと言えば嘘になるけど…それでも、私は、皆がどうするのか分かるわよ」

―――ナルゼは、質問をしてきた戒に向かって、複雑そうな表情でぼやきながらも、遠坂邸に残った正純達がどのような行動を取るのか分かっているかのような口ぶりで返した。



一方、その遠坂邸では、喜美の強烈な一撃によって宙を舞った時臣が、身体を何度も回転させながら、某聖闘士のような落ち方で、床へと身体を叩きつけられていた。
だが、喜美のターンは、まだ、終わっていなかった!!

「アンタはワタシの妹でも弟でもないし、あまつさえ、愚弟を騙し討ちしようとしたから―――」
「な、何―――ぶちぃ!!―――うぉっ…!?」

さらに、喜美はいつも以上の笑顔―――という名の攻撃的表情を浮かべて、地面に身体をしこたま打ち付けて悶える時臣のすぐそばまで近づいて行った。
そして、身体中に染み渡る痛みに耐えた時臣が顔を上げ、自分を殴りつけた喜美に訴えるような抗議の眼差しを向けた瞬間、喜美は、何の躊躇もなく時臣の顎鬚を掴むと勢いよく数十本まとめて引き抜いた。

「―――っ!! ―――!!」
「―――この程度で許してあげちゃう」
「いや、充分すぎるほどオーバーキルですよ、喜美!? 特にマスターの優雅さみたいな数値が!? とっくの昔にマイナス値に突入してますけど!!」

もはや、時臣は、いきなり、喜美に顎鬚を強引に引き抜かれた痛みで声も出せないほど悶えるしかなかった。
そんな時臣の姿を見た喜美は、仕事をやり遂げたような満足げな様子で時臣に対する仕置きを済ませることにした。
一応、喜美としては、これでも手加減したつもりらしいが、浅間が思わずツッコんだ通り、もはや優雅さの欠片もないボロボロな時臣の姿は、この程度で済ませられるものではなかった。
だが、そんな浅間のツッコミに構うことなく、喜美は、顎鬚を抜かれて半泣きのままへたり込む時臣に顔を向けた。
そして、いつのものように浅く腕を組み、口端に笑みを持ったまま、喜美は、時臣を見下さず、されど視線の高さを合わせることなく、口を開いた。

「良い? やる事なす事自分の思い通りに全然いかなくて、あの下種野郎に面白い位に虚仮にされた上に、あんたの責任で自分の娘がとんでもないくらいの超天元突破級の自殺マニアになったから自爆自棄になるのは解るわ…過去の過ちなんて変えられるおんじゃないし、黒歴史見せつけられて、悶絶しちゃうのも無理はないから仕方なしだわ」
「ごふぅ…」
「喜美!! 喜美!! 用語やその使い方が凄い感じで、全然間違っています!! 後、何気に、すでに優雅さがマイナス値に突入したマスターに止め刺しちゃっていますよ!? もう、今更ですけど!?」

“お前も何気に酷いぞ”という正純らからのツッコミも入ったが、マイナス値に突入したのだから、後は幾ら下がろうが問題なしという事で、浅間は無視した。
とここで、喜美の言葉責めで打ちひしがれる時臣を前に、喜美は“だけどね”と前置きをして―――

「―――あんたは、何で、今も、あんたの事を信じている娘まで救おうともしないで、唯、自分の不幸を泣きわめいているのよ?」
「…!?」

―――時臣が今、我が身の不幸を嘆く事だけに囚われて、まだ、救えるはずの凛さえも見殺しにしようとしている事をはっきりと言い放った。
この喜美の指摘にハッと我に返った時臣に対し、喜美は“あのね”と前置きしながら、さらにこう言い続けた。

「あの会談で、あの子がいったこと覚えている? あの粘着系変質者にチクられても、あの下種野郎に嗤われても、他の誰もがあんたの事を疑っても、あの子だけがあんたの事を最後まで信じると言ってくれたことを忘れたとは言わないわよね?」
「凛…」

やがて、凛がどれほど時臣の事を信じてきたか語る喜美の言葉に対し、時臣は娘の名を呟きながら、これまでの事を振り返りながら、六陣営会談での凛の言動を思い返した。
―――出鱈目いうな、嘘吐き!! 私のお父様がそんな酷い事をする訳ないじゃない!! 
―――あんたみたいな胡散臭い奴の言葉なんて信じられるわけないでしょ!! ぶっ飛ばすわよ、馬鹿!!
―――それ以上…それ以上、お父様を!! 桜を!! あんたみたいな悪い奴が一言だって馬鹿にするな!! 
―――誰が何と言おうと、お父様は私にとっての最高だし、桜はどんなに離れていても大切な妹なんだから!! 
―――だから、私の…私の家族を馬鹿にするような奴なんて、私が絶対に許さないんだから!!
“あぁ、そうだった…”―――それまで、初めての挫折により我を忘れていた時臣は、喜美の喝の籠った言葉により、ようやく、我に返る事で、冷静に思い返すことが出来たのだった。
あの時、時臣に対して、誰もが不信と疑惑の目を向ける中で、唯一人、凛だけが、桁違いの力を有する神であるメルクリウスやバーサーカーの言葉に屈することなく、誰よりも我武者羅に時臣を信じ抜いていた事を!!
ようやく、我を取り戻しかけた時臣を前に、喜美は淡々とした口調で静かにこう問いかけた。

「さぁ、答えなさい、マダオの中のマダオなマスター…あんたは、どうしたいの? 今も、お父さん大好きっ子な娘が絶賛誘拐中の時に、あんたは、どうしたいのかしら?」
「私は…私は―――!!」

この喜美の問いかけに、時臣は、何度も言葉を詰まらせながら、マスターとしてのプライドも何もかもをかなぐり捨て、自身の願いを震える声で告げようとした。
確かに、自分は、遠坂時臣という男は、雁夜の言うように自分の犯した過ちに気付く事さえ出来なかった。
だが、例え、そうだとしても、時臣にとって、他の誰に否定されようとも、この気持ちだけは決して譲る事の出来ない想いだった。

「私は―――あの子を、凛を救いたい。こんなどうしようもない私を、父親である私を信じてくれている娘を…本当に救いたい…救けたいんだ!!」
「そう、それがあんたの答えなのね…正純、聞いたわね?」
「あぁ、聞いたよ…そして―――」

“凛を救けたい”―――それこそが、今の時臣にとって、遠坂家の悲願すらも霞むほど重く、ありのままの思いを込めた偽りのない言葉であり、父親としての本心からの願いだった。
まるで、喜美らに哀願するように告げた時臣の言葉に対し、聞いた喜美は静かに呟きながら、徐に、自分の傍に居た正純に確認するかのように問いかけた。
そして、正純はこの喜美の言葉に頷くと、凛とした笑みを浮べながら告げるのだった。

「―――もう、その準備は出来ている」
「「その通りですわ(御座るよ)、正純、マスター(殿)…!!」


そう、既に遠坂時臣の願い―――“凛を救けたい”という偽らざる心の底からの願いを叶えるための力はここに用意してある事を!!
そして、そんな正純の言葉を肯定する声と共に、倉庫街での一戦以降、バーサーカーに受けた手傷により長らく前線を退いていた二人の少女が工房へと乗り込んできた。

「待たせたで御座るな…だが、拙者たちの傷はもう充分に癒えたで御座る」
「…さぁ、マスターが奪われた大切なモノを奪い返しに行きますわよ!!」
「戦線復帰早々になるが頼むぞ、二人とも…!! それと、皆、分っていると思うが…色々とややこしくなるから、あの馬鹿が帰ってくるまでに事を済ませるぞ!!」
「Jud―――!!」
「Jud―――!!」
「Jud―――!!」
「Jud―――!!」
『『『『Jud―――!!』』』』

工房へと現れた二人の少女―――二代とミトツダイラは、バーサーカーに受けた傷が治癒した事を示すかのように、研ぎ澄まされた刃を思わせるほど凛とした佇まいで、誘拐された凛を救出せんと覇気を漲らせていた。
再び、戦場へと立たんとする二代とミトツダイラに対し、正純は、頼もしい仲間共に戦ってくれることに心強く感じながら、檄を飛ばした。
そして、さらに、正純は、遠坂邸にいるメンバーに向かって、色々と状況を引っ掻き回すアーチャーが戻る前に凛を救出せんと煽ぐような檄を飛ばした。
次の瞬間、浅間や喜美、二代、ミトツダイラ、そして、通神帯にて事の成り行きを見ていた武蔵勢の一同が、凛を救出せんとする正純の言葉を返すように一丸となって、“Jud”―――了解の意を示すその言葉を、遠坂邸の至る所から轟くほど、盛大に声をそろえて一斉に応じた。

「なぜ…なぜ、君達は、私に…“根源”に至るために、君たちにとって大切な者を犠牲しようとした私に…力を貸してくれるのだ…?」

とここで、屋敷の至る所から“Jud”の言葉が響き渡る中、事の成り行きを見ていた時臣は戸惑いながら、何故、自分に力を貸してくれるのかを、一同に檄を飛ばした正純に問いかけた。
仮にも、時臣は、遠坂家の悲願を叶える為に、令呪の絶対命令権によって、正純達にとって大切な存在であるアーチャーを自害させようと目論んでいたのだ。
だからこそ、何故、正純達は、凛を救う為に、そんな自分に力を貸してくれるのか理由が分からず、時臣は問わずにはいられなかったのだ。
だが、時臣の問いかけに対し、正純は、近くにいた浅間と顔を見合わせると、お互いに時臣の顔を見据えてこう答えた。

「何のことは無いさ。私達は、誰かにとって大切な人が理不尽な暴力や死に晒されているなら、いつだって、その大切な人を救おうと行動してきたからだ、マスター」
「それに…もし、ここに、トーリ君が居ても、同じように、凛ちゃんを助けに行こうと言い出すに決まっていますから」
「…そうか」

“だから、必ず、凛を救ける”―――正純と浅間がそれぞれ口にした、その想いのこもった言葉に、時臣は、簡単に一言だけ呟くと何処か納得したような笑みを浮べた。
当初、時臣は、アーチャーを、ひいてはアーチャーに召喚された正純らを含めたサーヴァントを、遠坂家の悲願である“根源”へと至るための単なる道具としか見ていなかった。
もっとも、アーチャーについては、色々とアーチャーの奇行によって、ストマックブレイク寸前になるほど胃薬中毒になっていた時臣にとって、今すぐにでも契約破棄したいほど手に余る厄介な道具ランクまで格下げされていたのは別の話である。
だが―――

「さぁ、マスター…私たちはいつでも行ける。後は、マスターが命令、いや、遠坂凛の父親である遠坂時臣としての願いを…!!」
「あぁ、分かった…」

―――今、この瞬間から、時臣にとって、アーチャーや正純達は単なる道具ではなく、道に迷えば互いに叱咤激励し、困難の時には各々が持つ力を全力で貸してくれる力強い仲間となっていた。
そして、時臣の言葉を促す正純の言葉に頷いた時臣は、先ほどまでの迷いを霧散したかのような凛とした顔つきで、貴族然とした優雅さを漂わせ、抱いた覚悟を心に抱きながら、生まれ変わったように堂々と立ち上がった。

「そうだ…最初から決まっていた…いや、決まっていても、分っていても、ただ、私は踏み出せなかっただけなのだ」

これまで、時臣は“常に余裕を以て優雅たれ”という家訓に忠実であり続け、挫折というモノを知らずに生きてきた。
しかし、この聖杯戦争で生涯初めての挫折を味あわされた時臣は、ただ、自信を喪失するだけでなく、心中に“もしかしたら、また、間違えるのではないか?”という自身の行動に対する迷いと不安が生じていたのだ。
故に、これまで、時臣は、自身の行動で同じ間違いを繰り返し、再び屈辱的な挫折と耐えがたい苦痛を味わう事を恐れて、何かを決断し行動することを躊躇していたのだ。
だが、アーチャーや正純達という信頼できる仲間と共にある事を知った今の時臣に、迷いや不安など何処になく、有るのは―――

「行こうか、諸君…頼りにしているぞ」
「「「「―――Jud!!」」」」

―――大切な者を救う為に己の全てを掛ける覚悟とそれを助けてくれる心強い仲間達との絆だった。



=海浜公園・沿岸付近=
そして、遠坂邸にて再起を果たした時臣が立ち上がったように、ここでも凛やイリヤの救出の為に動く者たちがいた。

「あれが、リーダー達が囚われ、そして、リーダー達を攫った連中のアジトか…」
「そうでござんすね…しかし、誘拐という姑息な手段を使った割には、中々に豪胆な連中でござんすね」
「そりゃ、そうだろう…」

その中心人物ともいえる桂、外道丸、近藤の三人は、イリヤと凛が囚われているだろう敵のアジトを偵察しながら、どうしたものかとそれぞれ頭を悩ませていた。
セイバーと螢の一騒動の後、イリヤと凛が居ない事に気付いた桂達は、銀時と第一天の尾行を中断し、市街地を歩き回りながら、いなくなったイリヤと凛を探すことになった。
その後、アサシンからの連絡により、イリヤと凛が攫われた事を知った桂達は、アサシンからの情報を元に、イリヤと凛を攫った敵のアジトへ向かう事になった。
現在、桂達は、先に侵入したアサシンからの情報通り、敵のアジトを発見する事は出来たものの、敵のアジトに乗り込むまでに至っていなかった。
確かに、イリヤと凛が人質に取られている以上、こちらからはうかつに手を出せないという事情もあった。
しかし、桂達が敵のアジトに踏み込めない理由はもう一つ、敵のアジトの存在する場所にあった。
そして、自分たちの力ではどうする事もできないその理由に苛立つ近藤の視線の先には―――

「何せ、あんなデケェ船丸ごと、敵のアジトだって言うんだからよぉ」
「無理もない…俺達も、アサシン殿の連絡が無ければ、到底気付くはずもなかったからな」

―――敵のアジトとしてカモフラージュされた一隻の大型貨物船が悠然と海上に浮かんでいた。
“だが、やり方としては見事だろうな”―――敵のアジトが分かっていても、手を出せない事に歯がゆく思う近藤の言葉に相槌を打った桂は、一方で、本来ならば、人目につかないように隠すべきアジトを、逆に堂々と人目に曝すことで、“まさか”という盲点を生み、敵の目を欺こうとした敵の首魁の大胆不敵なやり方に半ばそう感心した。
それに加えて、敵は、海という地形的条件を利用する事で、敵の侵入を阻む城塞と堀の二つの役割を生み出していた。
これにより、この大型貨物船は、例え、敵が自分たちのアジトの気付いたとしても容易に近づくことのできない難攻不落の守りを有する鋼鉄の城塞となっていた。

「それでどうやって、俺達はあそこまで乗り込むんだ?」
「アサシン殿の話によりやすと、時臣氏が敵の注意を逸らしている間に、アサシン殿がひと騒動を起こすようでござんす。あっしらは、それを合図に襲撃を掛けて、事前にアサシン殿が逃がしてくれやしたイリヤ殿達を救出する手筈でござんすが…どうしたもんでやすか…」
「とはいえ…日が落ちてきたとはいえ、何も隠れるところが何一つない大海原だ。いかにして、敵に気付かれずに、あの船にどう辿り着くべきかが問題だな」

故に、近藤や外道丸、桂の言うように問題となってくるのは、いかにして、敵に気付かれずに、海という城塞と堀に守られている、あの大型貨物船に乗り込むかという事だった。
一応、アサシンからの話では、敵の注意を逸らす事で、近藤や正純らの別動隊が敵のアジトである大型貨物船に乗り込むのを援護するようだが、その別動隊を送り込む手段が無ければ話にならなかった。
“アーチャーの有する宝具である航空艦“武蔵・改”の使用”―――思いっきり目立つ上に、そもそも、使用権限のあるアーチャーが居ないので駄目。
“近くにある港から小型快速船艇を強奪及び使用”―――万が一、敵アジトである大型貨物船に迎撃用兵器として大口径対空砲やガトリング群が搭載されている場合、弾幕の餌食になる可能性大の上、探す時間もなし。
“いっその事、寒中水泳みたいなノリで、自力で泳いで行こう!!”―――思いつくまでもなく、論外というか、絶対無理。
まさしく、近藤達だけでは、どうする事も出来ない八方塞の現状に対し、一つの風穴を開けたのは―――

「だったら―――」
「「「!?」」」

―――近藤達の背後から、手を貸そうかと声をかけてきた女の一声だった。
いつの間にか、自分たちの背後を取られていた事に気付くと、近藤達は、すぐさま臨戦態勢へと切り替え、声の主が誰なのか見定めるべく振り返った。
そして、振り返った近藤達の背後にはいたのは―――

「―――私がその術を用意してあげるわ。だから、相対戦までの一暴れ…楽しませてもらおうかしらね」

―――これより始まる闘争に期待の笑みを浮べ、燃え上がる焔のように紅蓮の輝きを宿す双眸と髪を有した荒ぶる戦乙女だった。
 


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