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ネギま!―剣製の凱歌― 第三章-第39話 平穏を砕く者/デイズ・ブレイカー
作者:佐藤C   2013/11/25(月) 21:10公開   ID:9Cof9XyQbDA



 材木用に枝が間引きされた杉の森林。
 高く伸びたそれによって日光は遮られ、森は雨天という悪天候も重なって暗く澱んでいた。
 降り頻る雨粒は植物の葉を叩き、単調ながら天然のメロディを響かせている。
 …しかし、それを聴く事ができる聴衆は今、意識をそこに伸ばしていない。


「……何だね君は?」

「へっ、んな事どーでもええやろ。それよりアンタ…人間とちゃうな?
 しかもカタギやない、雰囲気で判るで。そんなヤツらが……“ネギ”に何の用や?」

「――…聞いていたのかね、感心しないな。
 それにそういう君もただの人間ではないようだが」

に自分の事べらべら話すヤツがおるかい!言っとくけどな、ネギは俺のライバルや。
 手ェ出す気ならタダじゃおかんで!オッサン!!」

《ケケケ、ツンデレってヤツカ?》
《ただのバトルマニアじゃないデスカ?》
《…生意気》

「っ!?」

 泥濘んだ地面の水溜まりから……三つの「何か」が、を出して少年を嘲笑した。

「いいじゃないかヴィルヘルム。これから日本屈指の封魔結界を持つ麻帆良に侵入するんだ。
 彼女達の丁度良いウォーミングアップになるだろう」

 金の髪を肩に流す程まで伸ばした若い男。
 スーツにコートから革靴まで黒尽くめで統一した姿の彼は、
 シルクハットを目深にかぶり、首に深紅のストールを巻いている。
 また、コートのポケットに手を入れている右腕から深紅のステッキを提げていた。

「こんな少年を嬲るなど、君は相変わらず趣味が悪いなアロイス。
 …まあ、才能ある少年なら別だがね」

 対して、もう一人は初老の男性。
 若い方と同じく全身黒尽くめの格好で、ハットをかぶり両手に革の手袋を着けている。
 鼻の下から顎にかけて豊かな髭を蓄えた、老紳士といった風貌の男だ。

 彼ら二人の服装は、雨の山林という場所では明らかに異質なもの。
 これが外国の風情ある街中などであったなら、
 彼らの格好は「普通のもの」として違和感なく溶け込めたのかもしれない。
 …しかし、彼らを見る少年が浮かべた引き攣った笑みは、明らかに「普通」を目にした顔ではなかった。


(………何やよう分からんのが三匹…あとの二人は……アカンわ。
 どう見ても上級以上の妖魔やないか…!)


「けど――――やったろうやないか!!」



 東日本……埼玉県近郊のとある山林で、少年―――犬上小太郎は咆吼して突進した。

 雨は、降り続いている。





     ◇◇◇◇◇◇◇




 麻帆良学園・学園長、近衛近右衛門。
 彼が座る学園長室の窓の向こうには、鈍い灰色をした曇天の空が広がっている。

「…随分な天気じゃのう。生徒達が帰るまで雨が降らずにおればいいんじゃが…」


 ―――プルルルルル………ピッ。


「もしもし、ワシじゃが。
 おおムコ殿か………ふむ?何じゃと!?脱走!?」

 詠春からの電話に声を荒げる近右衛門。
 同時に窓の外ではポツポツと雫が落ち始めて、下校する生徒達が慌ただしく走り出す。

 麻帆良にも、雨が降り始めた。








     第39話 平穏を砕く者/デイズ・ブレイカー









「な………。」

 目の前の現実こうけいに理解が追いつかない明日菜は、あんぐりと大口を開けて言葉を失った。
 「彼女じぶんはさっきまで確かに、エヴァンジェリン邸の地下でジオラマ球を眺めていた筈なのに」。

 彼女は今、真っ白な円柱の頂上に立っている。
 円柱は一番下から天辺まで正円を保っており、
 明日菜が立つ頂上は円柱を途中で切断した形をしているため真っ平らになっていた。
 そして直径5m程度しかないその柱から伸びる……細い橋。
 橋は明日菜の正面に聳え立つ、同じく円柱状をした、内部に空間を持つ巨大な塔に繋がっていた。

 塔と柱の周囲には、果てしなく広がる水平線。
 透き通った青い海の上では、白く大きい入道雲が空を漂う。
 塔の真下には僅かに砂地があり、風に揺られるヤシの木がそこで存在感を主張していた。
 そして何より南国のように暑く、吹き付ける風は生暖かい。
 どう見てもエヴァの家ではなく、麻帆良どころか日本ですらない―――。


「ど…どどど何処なのよここはーーーーーーーっ!!?」




 ・
 ・
 ・
 ・




「ああ、ここは私が造った『別荘』だ。
 しばらく使ってなかったんだが、ぼーやの修行のために掘り出した」

「べ、別荘!?掘り出した!?」

「ええい落ち着け、貴様らは地下でダイオラマ球……ジオラマを見たんだろう?
 ここはその中だ。魔法の一種だと納得しろ」

「ほえーーー……。」
「ファンタジーですね……」

 混乱する明日菜を嗜めたエヴァの言葉に、のどかと夕映は感嘆の声を上げた。



 発端は、エヴァの修行から帰ってくるネギが異様にやつれている事だった。
 不審に思った明日菜以下、ネギが魔法使いだと知る3−A生徒達は「修行」の実態を探るべく、彼の尾行作戦を実行する。

 しかし、エヴァの家には誰も居ない。
 エヴァとネギを探して地下室に下りると、そこで見つけたのは光を放つジオラマ球。
 コルク栓で閉められた直径60cm大にも及ぶ球形フラスコの内部には、青い海に浮かぶ二つの塔が建っていた。
 それを眺めるうち、覗き込んでもっと近寄ろうとして―――
 気づけば彼女達は、『ここ』に移動していたのである。


「日本の昔話に『浦島太郎』ってのがあったろ。ここはそれの逆でな」

 『別荘』での一日…つまり二十四時間は、別荘の外での一時間にしか相当しない。
 「精神と●の部屋」と並び現代人が欲しがる垂涎モノのマジックアイテムであった。


「……てことはネギ君、一日先生の仕事した後…もう一日ここで修行してたってコト?」

「教職の合間にちまちま修行しててもラチがあかないからな」

「てコトはネギ坊主、一日が二日アルか!?」
「大変過ぎやーーっ!!」
「ネギ、アンタまたそんな無理して………」

「大丈夫ですよアスナさん。それにまた修学旅行みたいなことがあったら困りますし、
 強くなるためにこんなことでへこたれてなんていられませんよ!!」

「――――。」


 ……明日菜は、二の句が継げなかった。
 ネギがやっている事は当然、十歳の子供がやっていい「努力」の範疇を超えている。
 ここで本当に問題なのは……ネギに、無理をしている・・・・・・・自覚がない・・・・・という事実だった。





     ◇◇◇◇◇◇◇




 エヴァンジェリンの別荘は、入室してから二十四時間経過しないと外に出られない仕組みになっている。
 当然彼女達はここで一夜を過ごす羽目になり、全員が即席のベッドで眠りに就いた。
 これでも外では数十分しか経っていないというから驚きである。

 そして時は流れて、夜―――。


 ―――モゾモゾ…。


「ん………トイレ」


(てゆーか広過ぎるのよねココ……トイレどこー?)

 重い目をこすってベッドを抜け出し、明日菜はトイレを探して別荘を徘徊し始めた。
 半ば迷子になりかけながら回廊を歩いていると―――


“―――ダンッ!!”


「うひゃっ!?」

 突然の音と振動に、彼女はビクッと体を震わせて声を上げた。
 月明かりを頼りに外に目をやると、二つの影が微かに見える。


『……馬歩頂肘…開弓勢、…左右分掌、招肚双掌…』
『面白れー動きだよなー、中国拳法』

「………もー。あいつまた……」

 黙々と套路の反復練習をするネギを見て、明日菜は呆れた様子で呟いた。


「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。来たれ虚空の雷ケノテートス・アストラプサトー薙ぎ払えデ・テメトー!『雷の斧ディオス・テュコス』!!」
「yeah!!」

 ネギが右腕を上段から振り下ろす。
 彼の腕から発生した雷はその動きに合わせて即座に落下し、的の空き缶に命中した。
 カモが歓声を上げている所を見ると、どうやら簡単なことではないらしい。

「へー。さっすが天才少年は違うわね」
「え?アスナさん!」
「でもねー」

 がしっ。

「えっ」
「一言言わせてもらうと、頑張り過ぎて体壊しちゃ何もなんないのよ〜〜?」

 ネギの体に腕を回した明日菜はそのまま……彼を思いきり締め上げた―――!


 ―――ぎちぎちぎちぎち……っ!!


「うぐぐぐ…!いえ、その、今日は皆さんと遊んじゃったのでその分を……!
 ア、アスナさん!ギブギブッ!!」

「だ・か・ら!遊んで休むのも修行のうちなのよ!!アンタは頑張り過ぎなの!!」

「うぐ…ぐぇ……ぐぇへ……」

「あああ姐さん!マジで、マジで兄貴限界だから!!」

 顔を青くして動かなくなったネギを、明日菜とカモが慌てて介抱したのは余談である。




 ・
 ・
 ・
 ・




 塔最上部の端に腰掛け、三人は足を揺らしながら海を眺めていた。

「にしても不思議よね。あんだけ騒いで食っちゃ寝したのに外ではまだ……何分?」
「二十分です」
「それくらいしか経ってないなんてねー」
「アハハ、そうですね」
「これこそ魔法の力だなー」

「アスナさんは寝ないんですか?」
「あんたが寝たら戻るわよ。放っておいたらまた修行しそうだし」
「……はは。(バレてる…)」


 輝く月が海の水面みなもに反射して、二つの月が世界を照らす。
 さざ波の音色と風が耳を撫でる中………誰ともなく、自然と全員が静かになった。


「………アスナさん。ちょっとお話いいですか?」
「…なに?」

 ネギは遠くを見つめながら口を開き、明日菜はそんな彼の方へ顔を向けて問い返す。

「話しておいた方がいいと思うんです。パートナー・・・・・のアスナさんには」

 ……その台詞は、先日―――喧嘩していた明日菜と仲直りした、南国リゾートでの出来事を経ての思いだった。



『私、心配なのよアンタのことが』

『いつも無茶ばっかりして……いつか私の知らないところで大ケガしたり………死んじゃうんじゃないかって……』

『無関係なんて言わないで、ちゃんと見てよ』

ネギあんたの“魔法使いの従者パートナー”として私を見て。守らせてよ。あんたのこと』



 ネギはゆっくりと頭を動かし、顔を上げ、明日菜の目を見つめて言う。

「―――僕が頑張る理由」

 彼が、異常な努力を続けるその理由。その、発端。


「六年前、僕がサウザンドマスター父さんと会った時に……何があったのか・・・・・・・を」






     ◇◇◇◇◇◇◇



 麻帆良に降る雨は激しさを増している。
 視界すら覚束なくなりそうな豪雨の中で、一人の女性が傘も差さずに街中を駆け抜けていた。

「もう…台風タイフーンで大雨だなんてツイてないわ…!」

 両手で重そうに旅行鞄を抱えながら、必死に走る妙齢の女性。
 彼女の名を、ネカネ・スプリングフィールドと言った。

「日本の天気は一応調べてから来たけれど、台風が来るまでには着くと思ったのに…」

 見通しが甘かったこの件を知られたら、また校長じょうしに子供扱いされた小言を言われてしまうであろう。
 その事に悔しさを覚えながら、自業自得に他ならないため文句も言えず。
 麻帆良駅を出たネカネはとにかく急いで、待ち合わせの場所である麻帆良学園本校舎を目指していた。


「…でも、ようやくネギに会えるわね。元気にしてるかしら」

 呟いた所で、ふと。
 昔も、今みたいな事を言ったような気がして、彼女は少しだけ走るスピードを落とした。

(…ああ、そういえば……)


「六年前の……あの時も、同じような事を言ってたわね…」

 懐かしげに、そして寂しげに口にしたネカネの声はあまりに小さくて……容易く雨音に掻き消される。
 そして彼女は、視界に入った「ソレ」を見て―――思わず目を見開いた。


「……え? ここ…麻帆良……大…橋?学園の外に向かう道?
 こ、校舎と反対方向じゃない―――!?」

 ネカネは迷子になっていた。





     ◇◇◇◇◇◇◇




「お手洗いどこかなー、ここ……。」

 明日菜と同じような台詞を吐きながら、眠そうに目をこするのどかはそこで足を止めた。

「……??」

 彼女の視線の先にある広場では、ネギと明日菜が互いに膝立ちになって顔を近づけている。


(な、何してるんだろー…!?)
(ふーむ、アレは意識シンクロの魔法だな)
(うひゃいっ!?エ、エヴァンジェリンひゃんっ!?)
(ケケケ。ヨォ)

 いつの間にか背後にいたエヴァンジェリンとチャチャゼロに、
 のどかは飛び上がって驚きながらも何とか大声をあげずに済んだ。

(お前アレ持ってたろ、シャントトの『idイドの絵日記』。ちょっと貸せ、ぼーやの心をウォッチする)
(ええ〜!?ダ、ダメですよそんなのー……!)

(どうやらぼーやの昔話のようだぞ、聞きたくないのか?
 好きな男の過去を知っておくことは何かと有利だと思うがな)
(はうっ!?何故それを…)

(あのぼーやの姉貴面をした神楽坂明日菜だけに聞かれては、「色々と」先を越されてしまうかもしれんぞ?
 いいのかホラ?どうするんだ宮崎のどか―――?)

 ぐいっとエヴァに詰め寄られて、様々な理屈を並べ立てられ、
 彼女に目を覗き込まれると………そこでもう、のどかは正気を失っていた。

(……その…えとー…。…ちょ、ちょっとだけならー……)

(よし、いい子だ)
魅了チャームカ。ガキハ堕トシ易イナ、ケケケ)

 のどかが『いどのえにっき』を差し出すと、エヴァは満足したように笑ってそれを受け取った。
 ……そんな感じで盗聴準備が進められているとは露知らず、ネギと明日菜の準備が完了する。

「……で、両手を合わせておでこをぴったりくっつけます」
「ちょっと、こんなのであんたの記憶を体験できるの?」
「はい。この方が口で話すよりも簡単ですから。……いいですか?」
「う、うん。いいわよ」
「では……ラス・テル・マ・スキル・マギステル…」

 二人の足元に描かれた魔法陣が輝きだす。
 それと同時に明日菜の意識が、急速に白い波に浚われていく。


「“ムーサ達の母ムネーモシュネーよ。おのがもとへと我らを誘え”」


 六年前の「雪の夜」が、今ここに語られる。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆




「ねえねえお姉ちゃん、僕のおとうさんってどんな人だったの?」

「そうね……あなたのお父さんはね、スーパーマンみたいな人だったのよ」

「スーパーマン?」

「そう!誰かがピンチになったらどこからともなく現れて、必ず助けてくれるのよ」

「へー…カッコイイ!ネカネお姉ちゃんも助けてもらったことあるの!?」

「フフフ。それはヒミツよ♪」

「……じゃが奴は死んだ。小さいお前を残してな……まったく馬鹿な奴じゃい」

「もう、スタンさんたらそんな言い方…」

「“死んだ”って……?」

「………。」


「………もう…会えないってことよ…………。」



 ここは何処かの山奥にある村の中……明日菜にはそれくらいしか分からない。
 だがおそらくここがネギの生まれ育った村なのだろう。
 小さいネギが、まだ少女のネカネと手を繋いで歩く………そので。


『ちょっと!!何で私ハダカなのよっ!?』


 何故か明日菜は、裸で宙に浮いていた。


《ス、スミマセン。でもそーいう仕様なので》

『どんな仕様よ!?誰かに見られたらどーすんのよ、それに雪降ってるし!!』

 アナウンスのように響いてくるネギの声に文句を言うが、対する彼の反応は素っ気ない。

《あ、そこは僕の記憶の中なので誰かに見られるとかはありません。
 僕からも見えませんし。それに寒くはないハズですけど》

『そーいう問題じゃなくてっ』


「死んだ人には会えないのよ。
 サウザンドマスターの子供なのにそんな事もわからないのかしら」

「あらアーニャちゃん、こんにちは」

「ムッ。そんな事ないもん、おとーさんは来てくれるもん!」

「あなたバカね、“死んだ”のイミわかってないでしょう!」

 魔法使いの老人、スタンと別れた後、
 小さいネギは赤い髪の少女と騒がしくも微笑ましい子供の言い争いを始めた。

『なに? あのおしゃまな娘は』
《幼馴染みのアーニャです。一歳年上の》

「はいコレあげるわ、初心者用の練習杖。アナタも来年、魔法学校に来るんでしょう。
 生きてた頃のお父さんみたくなりたかったら少しは練習しておきなさい」

 ネギはアーニャから、星の飾りがついた杖を受け取った。

『あれ?あの杖ってもしかしてエヴァちゃんとの勝負で壊れたヤツ?』
《ああ、そうですね》


「じゃーね、ネギ」
「元気にしてるのよ」
「うん、お姉ちゃん」

 いつの間にか視点が変わって、気づけば別の日。
 雪が積もる街中で、小さいネギはバスに乗り込むアーニャとネカネに手を振っている。

『あれ? お姉ちゃん行っちゃうの?』
《はい。ウェールズの学生だったので、たまの休みにしか会えなかったんです》

 二人が乗ったバスが見えなくなるまで、小さいネギはずっとそれを見送っていた。




 ・
 ・
 ・
 ・




「…プラクテ・ビギ・ナル。“火よ灯れアールデスカット”!えいっ」

 ネギは木造の部屋の中で、杖をぶんぶん振りまわして呪文を唱えた。

「いまなんか出たかもー」

 彼が暮らすログハウスのような家には暖炉、机と椅子やベッドなど、簡素で最低限の物しかない。
 幼いネギはそこで一人、夢中で魔法の練習をしていた。


『伯父さんの離れを借りてほとんど一人暮らし状態か。こんな広い家に一人で……。
 お姉ちゃんと一緒に幸せに暮らしてたんじゃなかったのか………』

《………。》

 熱心に杖を振っているかと思いきや、ネギは突然机に座って絵を描き始める。
 興味の対象が移りやすい行動はやはり、見た目通りの子供だった。

「ふふ〜ん、ピンチになったら現れる〜♪どこからともなく現れる〜♪」

 歌いながらネギが描くのは、杖を手にマントをなびかせる赤い髪の人物。
 その隣には雑な字で、「1000MASTERサウザンドマスター」と書いてあった。





     ◆◆◆◆◆◇◇◇




「やれやれ、してやられたようだ」

「……ヴィルヘルム。一応訊くが、またヘマをしたんじゃないだろうね」

「はっはっは。実はさっきあの少年が突っ込んで来た時に掠め取られたようでね。
 いやはや…やけになっただけかと思ったが、もしかすると計算ずくだったのかもしれないな」

「…掠め取られた?まさかあの『小瓶』を!?き、君って奴は……!」

「落ち着きたまえ友よ。アレ単体では役に立たんし、あの少年では扱えん。
 しかし中々才気溢れる少年だった。
 ネギ君の知り合いのようだし、放っておいても麻帆良で会えるかもしれないが……」


「それでも君の言う通り、あの『小瓶』はとても重要だ。
 すぐにでも回収しなければ―――あめ子、すらむぃ、ぷりん」


《了解シマシタ》
《あの犬のコトちゃちゃっと調べちゃいマスー》
《混乱の魔法をかけたカラナ、あのガキしばらく記憶が混濁してるハズダゼ》

 名前を呼ばれた三人の少女…のようなモノが地面に溶けて姿を消すのを確かめて、
 ヴィルヘルムと呼ばれた男性は、目の前にかかる巨大な鉄橋を静かに望んだ。
 橋の下……雨で増水した湖は穏やかに、しかし普段より荒々しく波立っている。


「…さて。少々予定は狂ったが―――侵入を開始しよう」

 麻帆良大橋を見据えると、彼はそう口にした。





     ◇◇◇◇◇◇◇



「…あれ?」
「どうしたの?夏美ちゃん」

 強くなる雨の中、傘を差して急ぎ足で帰宅の途につく二人の少女。
 それはネギの担任クラス、3−Aの村上夏美と那波千鶴だ。

「あの道端に落ちてる黒いの……いま動いたように見えたんだけど、気の所為だよね」
「………少し待ってて夏美ちゃん」
「え、ちづ姉?」

 ぱしゃぱしゃと音を立てて、千鶴は小走りでソレに近づいていく。
 しかし何かに気がついたのか、途中から彼女が走る速度はみるみる上がり、尋常な様子ではなくなっていく。
 やがて千鶴は、口元を押さえて絶句したくなるのを必死で堪えて、普段は温和なその声を張り上げた。

「…っ!!夏美ちゃん、手伝って!!人が…子供が倒れてるわ!!」
「ええええっ!!?」

 千鶴が駆け寄った先に倒れていた子供。
 学ランを着たその少年………小太郎は、衰弱しきった様子で微動だにしない。

 彼は朦朧とした意識のまま、麻帆良ここに来た目的を必死に反芻する。


(伝えな……ネギに…危険が………迫って………)


 ――――雨はまだ、止みそうにない。









<おまけ>
「ダイオラマ球サルベージ秘話」

 これは、ネギが『別荘』で修行を開始するより前の話。
 「ぼーやの修行のために掘り出した」という、エヴァンジェリンの言葉の影に存在したエピソードである………。


エヴァ
「そろそろ手狭になってきてな、ぼーやの修行に『別荘』を使おうと思う」
士郎
「ああ、あれな」

 二年前を思い出して、士郎は相槌を打つ。
 当時、従者(候補)となった彼は、その実力をエヴァに示すため『別荘』内部で彼女と激しい魔法戦闘を繰り広げた過去がある。
 ただ士郎は以前、師ラカンの知人が持つ同じもの…「ダイオラマ球」を見せてもらった事があるので、明日菜達の様に驚くことはなかったが。
 ……しかし……。

士郎
「あれって何処に片付けたんだ?」
茶々丸
「……私の記憶によれば、マスターが……」


エヴァ(二年前)
『今後はコレを使う機会など早々ないだろう。適当に放り込んでおけ(ぽいっ)』


士郎
「…………そう言って、ココに放り込んだ訳か(チラッ)」
茶々丸
「はい。間違いありません(ちらっ)」
エヴァ
「………。(二人の視線から顔を逸らす)」

 三人は、地下室にある倉庫……もとい、エヴァが「要らないもの」を長年放り込み続けた結果「汚部屋」になってしまった……元・倉庫の前に立っていた。
 この扉の向こうに広がる領域はゴミ屋敷と言うべきか、宇宙が誕生する以前の混沌カオスと名状するべきか。
 それを知っている三人は、未だに異界へと繋がる扉に手をかけることすら出来ずにいた。

エヴァ
「……だ、だってだな、何百年も生きてるとだな、いろいろ厭世的になってくるというか、面倒くさいというか」
茶々丸
「最後の言葉が本音ですね」
士郎
「でもな…これ以上ここで突っ立ってる訳にもいかないしな。
 ……よ、よし。―――開けるぞ!!(グッ)」
エヴァ
「ま、待て!何が起こるか分からんぞ!!(ひしっ!)」 ←士郎の服の袖を掴んで止める
士郎
「なんでさ!?「何が起こる」って、何かヤバイもんでもあるのか!?」
茶々丸
「オープン・ザ・ドア〜。(ガチャッ)」
士郎&エヴァ
「「ああっ!?」」


 ……………。


 ……まあ、扉を開けた途端に中身が「どさどさー」と雪崩込んでくるような漫画的展開がある筈もなく。
 倉庫の中はただ、ごちゃごちゃとモノが入り乱れているだけだった。

 エヴァが人形使いなだけあって、作りかけや失敗作の人形が多く目に付く。
 だらりと手足を投げ出した無数の人形達が部屋中に散乱している様は……ちょっと怖かった。

エヴァ
「ほっ…アレは誤作動していないし、アレも中身が漏れ出したりしてないな…よしよし」
士郎
「……それにしても汚いな…埃っぽいし蜘蛛の巣が張ってるし。
 これはちょっと時間をかけて掃除したい所だけど」
茶々丸
「はい、先ずは別荘です。ですがこの中から探し出すのは簡単ではありませんね」

 エヴァの怪しい発言はスルーして、士郎と茶々丸は別荘を探すことにした。

士郎
「さて電気はと…。」


 カチッ。……カチカチッ。


士郎
「あれ、点かないぞ」
茶々丸
「電球が切れていますね」
士郎
「はぁ、まずは電球交換からか。というかどれだけ使ってないんだよこの部屋」
エヴァ
「………に、二、三年、だと思う、ぞ……いや三、四年…?もしかしたらもっと」
士郎
「素直に十年くらいって言ったらどうだ?(直感スキル)」
茶々丸
「…世話係わたし製造つくられて良かったです。あと士郎さんが来てくれて良かったです」
エヴァ
「うぐぅ…。」


 そして約五分後、脚立を使って電球交換完了。
 士郎は張り切って点灯スイッチをプッシュした。


士郎
「………あれ、まだ点かない」
茶々丸
「………もしや、電線が切れているのでは…。あとはこの部屋に電気が来ていないとか」
エヴァ
「面倒だなー。別荘は諦めるか?」


 ―――ぶちっ。


エヴァ
「ぶちっ?」


 ―――この瞬間、エヴァのものぐさ発言がきっかけとなり、
 士郎の脳内に存在する綺麗好きスイッチが完全に“ON”となった!!

 汚部屋の存在、許すまじ。
 埃を掃けよ蜘蛛を蹴散らせ。
 整理整頓の秩序を今こそ…この部屋せかいに齎すのだ――――!!


茶々丸
「……い、いけませんマスター!
 こうなった士郎さんは掃除完了するまで止まりません!!」
エヴァ
「なんか深刻そうな雰囲気で言わんでいい」

士郎
「なあエヴァ。一つ確認してもいいかな」
エヴァ
「お、おう。何だ」
士郎
「ああ、別荘を探すのはいいが―――別に、この部屋を掃除してしまっても構わないんだろう?」


 ……四時間後、地下室に溢れていた物は全て綺麗に収納器具に収まった。
 電灯は復旧し、古くなった床・壁・天井は修繕され、
 新たに壁紙まで貼られ…倉庫は完全に生まれ変わる―――……!


 ―――ガシャーン!!


茶々丸
『ああっ士郎さん、マスターの作った戦闘人形が暴走を!!
 せっかく新しく設置した収納棚が壊されて―――!!』
士郎
『ち、下がれ茶々丸!投影トレース―――完了オン―――!!』



エヴァ
「………今は士郎が掃除中だ。本格的な修行は明日からにする」
ネギ
「はあ…。(掃除と修行に何の関係が……?)」

 事情を知らないネギは首を傾げた。



[b]〜補足・解説〜[b]

>デイズ・ブレイカー
 Days breaker.
 意訳すると「日々の破壊者」。日常を壊すもの。来訪者にして襲来者の暗示。

>アロイス
 まさかの(?)オリキャラ。作中で自己紹介させるので詳細はしばしお待ちを。

>エヴァの家には誰も居ない。
 士郎はアルトリア営業中なので不在です。
 しかしその店の方も、用事があるのでそろそろ閉めますが。

>ぼーやの修行のために掘り出した
 正確には士郎に掘り出させたモノ。
 士郎の実力を見るため二年ほど前に一度発掘し、使用した後は再び倉庫に放り投げられて埃をかぶっていました。

>「精神と●の部屋」
 言わずと知れたドラ●ンボールのネタ。

>待ち合わせの場所である麻帆良学園本校舎
 待ち合わせの場所が本校舎なのは、麻帆良に詳しくない人でも簡単に来れる場所だから。
 学園都市だけあって、大通りを歩いて標識・看板を見れば校舎に辿り着けるだろうと。
 あと待ち合わせの相手はまだ秘密。

魅了チャーム
 対象の心を惑わせたり、判断力を奪ったりするなど、相手の精神状態を正常な状態から逸脱させる魔法の名称。
 思考を誘導したり、情報(思い込み)を植え付けるTYPE-MOON魔術の「暗示」とは似て非なる…というか魅了は暗示の一種かもしれません。

>盗聴準備
 聴くだけならギリギリ犯罪ではなかったりする。
 盗聴して得た情報を悪用しなければギリギリセーフだったりする。
 プライバシー保護・個人情報保護の観点から見れば完全にアウトですけどね!!

>ネカネは迷子になっていた。
 豪雨で視界が悪かったのが原因。決して、方向オンチ属性持ちのドジっ娘などではない。

>どんな仕様よ!?
 女子中学生が裸になる……きっと誰かが喜ぶ仕様(笑)

>あの杖ってもしかして、エヴァちゃんとの勝負で壊れたヤツ?
 勝手に推測。だってそれっぽいんだもの。

>伯父さん
 原作では「おじさん」としか表記されていませんでしたが、どう見ても彼はナギより老けているので彼の兄…ネギの「伯父さん(=父親の兄)」と表記しました。
 注)ネカネがネギの従姉妹いとことされているので、この「おじさん」がナギの兄にあたる人物なのではと勝手に推測していますが、原作では言及されていません。

>夏美ちゃん
 原作のこのシーンでは何と、千鶴は「夏美」と呼び捨てにしてました。
 まだキャラが固まってなかったんだろうか…。以降のデフォルトは「夏美ちゃん」なのに。

>おまけ
 主人公の出番がここしかない件。大問題にも程がある。
 しかし次回も出番ほぼ無い。次々回は欠片も影も形もない。次々々回はちょっとだけ。
 ……し、士郎の活躍は43話以降をお楽しみに!!(滝汗
 悪魔伯爵編はネギがメインってことでご勘弁をーーー!

>直感スキル
 ウチの士郎は「直感(偽)」のDランク所持者です。

>別に、この部屋を掃除してしまっても構わないんだろう?
 元ネタは原作(Fate)のアーチャーの名セリフ。
 「ああ、時間を稼ぐのはいいが―――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
 ………名台詞、なのになぁ……。

>地下室で繰り広げられる激戦
 茶々丸の近接格闘術と士郎の投影が唸りを上げる!
 ぶっちゃけここにネギを放り込んだら良い修行になったんじゃなかろうかw

>エヴァ
 片付けできない属性追加(笑)
 やろうと思えば出来るんだけど、一度溜め込んでしまうとそこからもうズルズルとw



【次回予告】




 Six years ago , six years ago , six years ago . . . . . .




『あ、雪………。』


『そうだ、今日はネカネお姉ちゃんが帰ってくる日だった。もう帰らなくちゃ』


『あら?何かしらアレ…』


『え………ちょ、ちょっと!!火事!?
 どーなってんの、何で村が燃えてるのよーーーーーー!!』


『…うっ…ぼ、僕が……っ』


『僕が「ピンチになったら」って思ったから……?
 ピンチになったらお父さんが来てくれるって思ったから………』



『―――――僕があんなコト思ったから―――――――――――!!!』



 It's tragic .それは悲劇。

 It is pain .それは痛み。


 現在いまも消えない、過去きず証明あかし




『おとう……さ……。…お父さぁぁあああああああああん!!!』



 Six years ago , snow days night .


 ――――That was "darkness birthday" . . . . . . .




 次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
 第40話 六年前、雪の夜/ダークネス・バースデイ



 ネギの闇が、産声を上げた夜………。



「……この天気だと、まだまだ荒れるな」



 それでは次回!

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