ランプの灯りが揺らめいている。
石レンガの壁に囲まれた部屋の、窓際に位置する木製机に座る女性。
シャワーを浴びた後の、腰に届く長い銀髪はほとんど乾ききっている。
寝巻き姿―――ではなく下着の上にシャツ一枚を羽織っただけの格好は、
見る人が見れば扇情的にも映るもの。
……しかし当の本人は色気など皆無な様子で、その整った顔を盛大に歪めている。
その
碧の眼が見つめるもの―――自身に届いた手紙を握り締め、
フィンレイ・チェンバレンはぷるぷると震えていた。
現在、2003年5月。
魔法世界の中立国―――魔法学術都市国家アリアドネー。
士郎の友人であるフィンレイ・チェンバレンは今年18歳になり、また一人前の女性騎士として騎士団に所属している。
―――そして。
『親愛なる愛娘、フィンレイへ――――。』
そんな彼女に届いた手紙の送り主は、彼女の実父。
そこに書かれた内容は―――……フィンレイの神経を逆撫でするものだった。
番外5 After of brilliant farewell
『何より先ず気に掛かるのは、君が元気でいるかという事です。
太陽も次第に高くなり、雨も多くなり、季節が確かに移ろいつつあるのが感じられます。
しかし君は、仕事が忙しいと言ってなかなか私達夫婦に顔を見せに来ません。
君が騎士団の仕事に誇りを持っているのは解っているつもりだし、たまの休みを自由に過ごしたいというのも解ります。
でも、私達の事を思いやってくれるのなら、偶には顔を出して欲しいと思います。
話は変わりますが、一月後にチェンバレン商会主催のパーティーを開きます。
騎士学校に入ったセブンシープのエミリィ嬢も、君に会えるのを楽しみにして参加すると仰っています。
フィンレイには是非とも顔を出してもらいたいと思っています』
以下、上記の手紙の内容を解り易く意訳したものを提示する…。
『――可愛いフィンレイちゃん、最近仕事仕事と言ってなかなか家に帰ってこないけど、
もうパパもママも寂しくて仕方ないよ!もう季節変わっちゃうよ!
一ヶ月後にうちの商家のパーティーを開くからね、その日には必ず帰ってくるんだよ!
エミリィちゃんも会いたいって言ってるし、これは帰って来なきゃね!
まさか妹みたいに可愛がってた子の期待を無下にする訳ないよね?だよね?』
「……父様……エミリィをダシにするとは…」
『……こうして商会を恙無く続け、お客様にも恵まれている父ですが、
最近は寄る年波を感じる事が多くなりました。
君に跡を継いで欲しい、後継ぎが欲しいとは言いません。
しかしそろそろ、恋人の一人も作って家に連れてくるような事があってもいいのではと思います。
母さんもそれを楽しみにしています。親を安心させてください。
もし今、好きな人がいるようなら、必ずパーティーにお呼びするように』
以下、意訳。
『そろそろ結婚相手の一人でも見つけないといけないしね!後継ぎ欲しいよ!孫欲しいよ!
パーティーに参加して良い人を見つけるんだよ!
もしいま好きな人がいるようなら、まずはママとよーく相談してね!』
「もしやその為のパーティーか!?まさかまた見合い!?
母様の差し金か!!」
『この手紙を読んでいる頃は、君も仕事で疲れているだろうし、そろそろ終わりとします。
健康には気をつけて。仕事は体を壊さない程度に頑張りなさい。
パーティーの正確な日時と時間は追って手紙を送ります。
ドレスなどの準備もあるので数日前には帰ってくること。
一月後に会えることを楽しみにしているよ、フィンレイ。
―――君の父、フェリックス・チェンバレン』
意訳。
『もっと書きたいことあるんだけど、フィンレイちゃんのために早めに終わるよ!
体には気をつけて!仕事なんてテキトーでいいからさ!
可愛いドレスを仕立ててあげるから早めに帰ってくるんだよ!
君のダディ、リックより♪』
「参加は確定かーーーーーっ!!」
ビリビリィッ!!と手紙を破き、クシャクシャに丸めてひと塊にすると、
フィンレイはそれを思い切り壁にぶん投げた。
―――クシャッ。…トンットン……コロコロ……。
ふーっ、ふーっ、と鼻息荒く、丸めた手紙を投げつけた壁を睨むフィンレイは、
目尻を上げた鋭い表情で決心した。
「……行かない。絶対に行かんぞ。
お見合いと判っていて誰が帰るものか……!」
エミリィにはこちらから手紙を送って謝っておけばよい。
無理に実家に帰る必要はない―――そこまで考えて、
フィンレイは疲れたようにしてうつ伏せでベッドにドサリと倒れ込んだ。
数秒間そうしていると息苦しくなってきて、ごろんと寝返りをうてば、
そこには実家とは違う―――もう慣れた―――狭い天井が視界に映る。
(……私には、商才が無い)
だから家督は継げない。継いだら間違いなく商会が傾く。それだけは絶対にできない。
だからフィンレイは、家を継ぐ気など全く無かった。
(間違いなく、そっちは母様に似てしまったな)
娘のフィンレイから見ても、
彼女の母は「ぽややん」とか「のほほん」という擬音がそのまま当て嵌りそうな奥方だ。
とても商売など出来るような人種ではない。
そしてそれはフィンレイも同じだった。
「……………寝る」
もう何度も繰り返した思考に嫌気がさして、そのままフィンレイは再び寝返りをうって横を向く。
僅かに体を丸めて瞼を閉じ、彼女はそのまま夢に逃げる事にした。
…ふと、父の手紙の内容を思い出す。
(………好きなひと、か…)
頭に一瞬浮かんだ赤毛の少年を、彼女は赤い顔をぶんぶん振って頭の中から何とか追い出す。
その所為で父譲りの自慢の銀髪が顔に張り付くが、
フィンレイはそれを払いのける気にもならなかった。
……だから。
「………コノエ」
夢見るような乙女の顔で、熱の篭った吐息と共に、思わず口にしてしまった。
「……っ!」
口から出てきた人物の名前と、それを語った女の声に、
フィンレイは自分の顔が「かあっ」と熱くなるのが嫌でも判った。
「な…ち、違う!!い、今のはちが――ち…違、くは、ない…けど!でもっ!!
いややっぱり違う!違うんだ!!」
ベッドに手をつけて上体をがばっと起こし、
誰に言っているのか頭を振り乱しながら必死に否定の言葉を撒き散らす。
「元はといえばアイツが悪いんだ!二年、二年だぞ!!
また会おうって言っておいて二年も放っておくヤツがあるか!あのばか!!朴念仁っ!!」
「会えないにしても手紙でも送って寄越すとか、気の利いた事の一つでもやってみろーーー!!」
「………!……!!」
そのうちようやく言い訳をする意味がないと気づくと、
フィンレイはベッドの上にぺたんと座り込む姿勢で静かになった。
「……………寝る。今度こそ寝る」
そのまま「ぼふっ」と音を立てて体を倒す。
「…………………。」
……そのうちモゾモゾと動き出して、頭上にあった枕をものぐさな様子で腕の中に引き寄せる。
それをぎゅうっと抱きしめると、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「………ふんだ」
「会いたいと思って何が悪い」
ぎゅっと強く目を閉じて、フィンレイは今度こそ何も言わなくなった。
………約、一ヶ月後。
彼女が二年待ち望んだ再会が実現する時が来るのだが―――それはまだ、
フィンレイの知らない事だ。
〜補足・解説〜
キャラクター設定:
フィンレイ・チェンバレン(Finlay Chambelain)
白銀の長髪を結い上げた、エルフ耳を持つ白い肌の亜人。原作当時(2003年2月)で18歳、数えで19歳の女性。
愛称はフィン。士郎の友人。
アリアドネー騎士団の女騎士であり、後に一時的ながらエリート集団・戦乙女騎士団の所属となる。
アリアドネー名門のひとつ、チェンバレン家の一人娘。彼女自身は家を継ぐ気が全くなく、跡継ぎが欲しい父親が持ってくる縁談とお見合いに辟易している。現在その悩みは騎士団の仕事に没頭することで逃避中。
得意属性は風・水・氷。
始動キーは「キュアノス・タイヴァス・ラズーァシュタイン」。
フレデリック・チェンバレン(Frederic Chambelain)
愛称はリック。フィンの父親。銀の短髪と褐色肌、エルフ耳を持つ49歳の亜人。
アリアドネーの名門にして大商家・チェンバレン家の現当主。
フィンの弟妹となる子宝に恵まれず、またフィンが商会を継いでくれないので、婿でも孫でもいいから跡継ぎを欲しがっている。
今回は手紙という形式だったため敬語を使うなど他人行儀だが、本来はもっとフランクな口調で話す。
>After of brilliant farewell
かつて没になった過去話サブタイトルを流用。
「brilliant farewell」=ブリリアント・フェアウェルとは英語で「輝かしい別れ」の意。
これは士郎とフィンの別れを指しており、つまり今話のサブタイトルは「過去編のその後」といった意味合いになっています。
>騎士学校に入ったセブンシープのエミリィ嬢
原作登場人物のエミリィ・セブンシープです。
この小説オリジナルの設定ですが、フィンレイの実家チェンバレンとエミリィのセブンシープ家は同じ「アリアドネー四家」という名家です。
そのためエミリィは幼少時からフィンレイと付き合いがありました。
エミリィはフィンレイを慕っており、またフィンレイの方もエミリィを可愛がっております。
>母様
詳細はまだ秘密。
>お見合いと判っていて誰が帰るものか
さて、見合いに行かないのは「家を継ぎたくないから」だけなんですかねぇ?(ゲス顔
>赤毛の少年
誰とは言わない。そして言わなくても…わかるな?
てゆーかずっと想われてんのに二年も放っておくとかコイツ…。
それでは次回!