紺碧の海深く、その青はある……
陽の光溢れるLight Blue……
闇の力強まるDeep Blue……
そして、すべての光が届かぬ『真の青』……
Great Blue―――『Grand Blue』。
音も光も届かぬ、その『真の青』に包まれて彼女は眠る……
いつの日か再び、『Eremental Driver』との再会を夢見て……
これは、一人の少女が願う、あいとゆうきとおもいでのゆめものがたり
2040年3月30日
Star Noah 近海上空
「ヘルメットを外さないようにね、土屋君!エリザベス!」
手のひらと呼ぶにはあまりにも大きな機械の指にしがみつく同僚と友達に注意を呼びかける。
「アエリアルの音で耳を悪くするから!」
『わ、分かってるさ。そのくらい!』
『うん、分かった』
『アエリアルはそんなに騒がしくないわよ』
外の2人とは違う、コクピットに響くと同時に頭の中に囁くような、無表情な苦情が届く。
「ごめん、星海さん。他意はないよ。でも一応、そういった安全を守るから許可が下りたんだし」
普段と変わらない、相変わらずの無表情で正面の映像に映る銀髪の少女。彼女を知らない人物が見れば上半身だけが映るとは言え裸なのに物申すだろう。本人はそういったことに無頓着なのでコクピットの彼がアエリアルに搭乗し操縦するために、一々衆目の中でも平然と服を脱ぐことに文句を言いたくなるのだが、既に半ば諦めていた。着艦時には女性の整備スタッフがブランケットを用意するし、男性は回れ右を順守する。これ以上は贅沢なのだと。
『東郷!『Star Noah』はまだ見えないのか!?』
「そろそろ視界に収まるはずだよ。どう、星海さん?」
『高度を取れればもう収まるわ。でも、今日は雲が多いから……』
「だってさ?」
『ううっ……』
『雲?』
戦闘機では高度を取るのも、速度もを出すのも、敵機を振り切るべく雲に突入するのも平気でも、さすがに生身では堪える。というか、どちらも未成年であまつさえ片方はそういった飛行訓練すら受けていない少女だ。雲間に飛び込むのはいささか厳しい。
エリザベスにとっては雲とは手の届かない位高くて遠い場所にある存在なのだ。雲と何が関係するのか分かっていないようだ。
しかし、突風に耐えるのに必死な2人の表情には翳りはない。むしろ喜びに満ちている。
まあ、それもそうだろう。どちらかと言えばそういった文化に傾倒していたらしい手のひらの彼、土屋少尉の念願が叶っているのだから。
避難民で一般人の少女、エリザベスの方も年齢の問題でDMドライバーとしての道が開かれるまで待たされるとあって、今日の飛行は遠足気分だった。
『……理解できないわ。何故アエリアルの機外にしがみ付いて飛行するのが長年の夢なのかしら』
彼一人なら特殊な嗜好で、人類の思考サンプルとして記録するだけだったろう。彼もまた戦闘機のパイロットであり、これからはDMドライバーとして共に戦うのだから、その精神や思考を理解しようとするのは合理的だ。
他のDMドライバー候補生である、同僚となる数名に留まらず、整備スタッフや一般市民からも希望が殺到となるともはや理解を示すの範疇を超えている。
中でもエースパイロットである佐官は職権濫用してまで一番を名乗り出たくらいだ。
「そういうものなんだよ、星海さん」
『……あなたにもそういった願望があるのかしら?』
「僕の場合は、別の形が叶ったようなものだからね」
些細な、僅かな表情の変化。とても短いが、それでも他の誰よりも長く、そして深い付き合いの『Eremental Driver』は見逃さなかった。これは本当に疑問を抱いた、でも答えを問わないと決めた時の顔だ。だから、勝手に答えを告げる。
「巨大ロボットと美少女に選ばれたパイロット。ある意味で夢が叶ったんだから」
『……!』
不満と不服が混ざった無表情。矛盾してるけど、それが今の彼女の心だと『Eremental Driver』、東郷シンにはわかった。
「シン!まだなの?」
エリザベスは最初、正面の海に対して低すぎる高度での飛行に興奮していたが、それも慣れてしまったらしい。案外パイロットとしての器量は高いのかもしれない。
大融解によって地球全体が水の星と化してしまった今、海はもはやかつてのような情景はない。一面見渡す限りの青は、恐怖を喚起させるには十分すぎる。
時に底の見えない深さに、時にその荒れる波に、時に海中のネストより飛び出してくるSPOOKに。
何度となく人類は苦境に喘ぎ、苦難に立ち向かい、苦戦を乗り越え、苦渋の決断を下し、結果として広大な海を一部は言え汚した。
一度は人類に牙を剥いた『CODE K』は今も何処かで遊泳しているのか、天敵を狩っているのかは分からない。
思案は程なくして『Star Noah』との距離感が頭の中に流れて中断させられる。
陸地はなく、人口の大地だった『AQUAPOLICE』を捨てた人類に残された海上に隆起した希望の箱舟―――
「うん、十分視界に収まるよ。停止してから緩旋回で振り向くから」
『周辺に精霊力の反応なし。当該空域の安全を確認』
巨体は重量を感じさせない動きで空中で静止する。その大きな手の平の2人は今か今かと待ち望んだもう一つの瞬間を迎える。
『い、いよいよだね、シン』
『っ―――』
息を飲む音が聞こえそうなほど緊張しているようだ。土屋少尉はオペレーションフューチャーの後に出撃しているが、戦闘中にその全容に目を向ける余裕は、まあなかったのは仕方ないだろう。彼に取って空は、戦場は、決して取り返しのつかない失敗の場なのだから……
「うん、いよいよだよ。いよいよ『Star Noah』での新しい歴史が始まるんだ」
「エリザベス、どう?心の準備はいいかい?」
「う、うん、少しドキドキしてる」
「そうだよ、その胸のドキドキを忘れないでね。誰もが味わえる感覚じゃない」
今日を迎え、明日を迎え、未来を迎えることが出来る感覚。それが叶わない、もう叶わない人達が大勢居る。知らない人が大勢、数字だけで聞かされ実感は掴めなかった。両親を、戦友失い、ようやくそれが実感出来た。
「『Star Noah』に移住できた僕たちは、色々な意味で幸運なんだからね……」
「……うん、分かった」
「どうしたんだ、エリザベス?怖いのか?」
表情を曇らせる少女を気遣うのか、少しだけおどけて見せる土屋少尉。
「べ、別に怖くなんかないわ!シンと、アエリアルが一緒なんだし―――」
強がって見せるが言葉が小さくなっていく。
「ただ、『Star Noah』がどれくらい大きいのか、全然見当もつかないし……」
「しょうがない子供だな。怖かったら僕の手を握ってろ」
ほら、と上から目線で片手を差し出すが、エリザベスはこれを断るどころか怒り出す。
「別に怖いわけじゃないわ!ただ数字だけじゃ、よく分からないだけよ!」
確かに全長50Km、全幅10q、全高15Km、総質量30兆tと言われても、ピンとは来ないだろう。『AQUAPOLICE』より大きいと言われても、全長10q、全幅5Kmが実感できていないのだから。
「そのよく分からない、怖いってことなんだよ」
2人の会話を微笑ましく聞きながらアエリアルの旋回を済ませ、その正面に『Star Noah』を捉える。
「何か、何かあるわっ!!」
エリザベスが懸命に指さす先にそれがある。
「前に何か大きなものがあるわっ!!」
視界に収まるそれは人工物としては思えない、島か何かだとしか考えられない。
大融解で全ての大陸が海の底に沈んだ今、どこかの高い山脈がその頂を残しているのではないだろうか?
いいや、違う。
「あああっ!!」
もう口から出るのはありきたりな素直な感想でしかない。
「お、大きい―――っ!!」
「あれが―――『Star Noa』!?シン、あれが『Star Noah』なのっ!?」
「そうだよ、あれがの恒星間移民船『Star Noa』だよ」
「今行われている宇宙移民の為に『Futurians』が1万年後の未来からアエリアルと一緒に送ってくれた、星の海を旅する船だよ」
「凄い……あんなデカイ物が本当に浮いてるなんて」
『土屋少尉、まだ海底から離床していないから『浮いて』はいないわよ』
土屋少尉は何度も何度も、凄い凄いとだけ繰り返している。どうやら
「エリザベス、どうだい?胸がドキドキしてるかい?」
エリザベスもまた大きいと繰り返し叫んではしゃいでいる。
「『人間はその科学知識と良心によって、どんな困難でも切り拓いて先に進むことが出来る能力があるんだ』」
それはかつて、『AQUAPOLICE』へと移住する際に父が口にした言葉。
「『人間は―――人類は、この先も繁栄し続ける!それは人間に課せられた義務でもあるんだ!』」
まだ少年でしかなかった頃には、正しく理解できなかった言葉を。まだ少女でしかない友達に、正しく理解してもらえると信じて投げかかる。
「『禁断の果実を口にし、知性という掛け替えのない宝を得た人類の!』」
『Futurians』から託されたのは何も巨大な箱舟だけではない。その中の機動兵器であるDMや技術や知識だけでもない。
「『人類に停滞は許されない!人類は常に上を向いて、前に進み続けなければならないんだ!』」
嘆き、躓き、蹲り、泣き叫んでも。諦めることなく、立ち止まることなく、未来へと進み続ける為の、希望。
「そして僕たちにはそれが可能なんだ!」
希望という名の未来があるから、人類はこんな所で負けたりはしないんだ、と。