「うぉおおおお!! これが夢にまで見たシュテルンビルトだよーーー!!」
人が行き交う街中で、人の注目を集めるなんて事気にしないとばかりに興奮気味に大声を出す女の子が一人。
赤髪のショートでふわりとした髪、後ろには三つ編みにした髪が腰まで伸びている。
日本人とロシア人のハーフらしく妖精を思わせる少女は、興奮に頬を赤く染めている。
「ねぇねぇ! こっちのお店見たい!!」
「もうこれ以上買わないからな」
ハンチング帽に緑色のカッターシャツを着た紳士が手に一杯の荷物を持って少女を追いかけている。
その目元には正体を隠すためのマスクがされている。
彼は、シュテルンビルトを守るHEROの一人、ワイルドタイガーである。
「えー、まだまだお土産買いたいのにー」
「ならせめて車に荷物を下ろさせてくれよ! てかこれ買ったの全部俺の金だからな!!」
賑やかに話す2人の後ろを我関せずと歩く金髪の青年、バーナビー・ブルックス・Jrも後を追う。
一度虎鉄が車に両手一杯のお土産を移送し、買い物は再開された。
何度かそれが繰り返された後、お腹がすいたとしれっと吐いた蘇芳の胃を満足させるために一行は車へと移動した。
ふと、ゴールドステージへと移動している車内にて、蘇芳は徐に指でファインダーを作り、景色を目に焼き付けていた。
運転している虎鉄は、名残惜しいのだろうと何も言わずに微笑ましく横目で見ている。
蘇芳はそれから時折、ファインダーを作り続けた。
「そんなに名残惜しいのか?」
「ううん? いつもはさ、ママから貰ったカメラで撮ってるんだけど、なんかなくしちゃったみたいで……
家に忘れてるんだったらいいんだけど……知らない?」
聞いてないな……っと少し申し訳なさそうに虎鉄は答える。
寂しげな蘇芳の笑みをただ受け止めるしかできなかった。
―――――――
TIGER&BUNNY × Darker Than Black
黒の異邦人は龍の保護者
# Epilogue 1 “ Girl to Lardy ―― 去ってはまた来る ―― ” 『花蘇芳の蕾』
『花蘇芳の蕾』編
作者;ハナズオウ
―――――――
「………………」
「だんまりと覗きか?
黒」
黒ネコの
猫から放たれた言葉にも、黒と言われた男は応えない。
ボロボロの黒いコートを羽織り、ひび割れた仮面をかぶった男は静かに建物の屋上から向かいの病院のある一室の窓を見続ける。
黒が見ている先には小さく薄らと赤い髪の長髪の少女が見える。
黒の無言は、猫への依頼の成果を報告させる沈黙を守り続ける。
察し、報告を頭のままで軽く纏めた猫は静かに語り始める。
「とりあえず、“名前のない組織”は“ウロボロス”という組織とみていい。
まぁ、それが『組織そのもの』かはわからんがな。
そこに覚醒物質が渡ったとみて間違いない。
あと、ネットに接続された“蘇芳・パブリチェンコ”の情報の消去は完了している」
そうか……と視線を移さず、答える黒。
聞いていないわけではなく、それよりも一秒でも長く見続けたい衝動が勝っているのだ。
それを茶化すほど、猫は子供でもなく、むしろ感傷に少しでも浸っておけと見守る。
猫はそれ以上なにも言わず、必要事項を報告したと歩き始める。
隣のビルへと飛び移る前に振り返り、ニヤリと笑う。
非情に徹しても感情を捨てきれない所がいいんだよな、うちの大将は……と猫は笑う。
パンドラ事件が終わった次の日の朝の事である。
…………
……
パンドラ事件後。
シュテルンビルド内の『HERO TV』が契約している病院へと搬送された蘇芳は昼前に目が覚めた。
フェイスガードをした虎鉄とアントニオなどヒーロー達がいる中、蘇芳は記憶を辿り、ボーっと天井を眺め続ける。
結果として日本で日常を楽しんでいた処までしか記憶にない。
心配する虎鉄達に日付を確認し、最後の記憶との誤差の日数を数えた。
季節を一つ軽く飛び越えている事に驚きつつ、日本からシュテルンビルドに移動してしまっている事に更に声を上げて驚く。
病院中に響くのではというほどの声を上げた蘇芳は、飛び上がり本能的に虎鉄に抱きつく。
「うおおおおお!! ここが日本じゃないのに驚いたけど、タイガージャン!
ワイルドタイガーだよね?!
私去年まではファンじゃなかったんだけどね、今年からスーツ変わったじゃん! あれボク好きだよ!」
絶叫から怒涛のマシンガントークを始めた蘇芳は虎鉄から離れる事無く、気のすむまで話し続ける。
虎鉄から離れたのは5分だったが、投げかけられた虎鉄はげっそりとしていた。
見舞いに来たヒーロー一同が呆気にとられている中、蘇芳は止まらず、タイガーのマスクを取ろうと手を伸ばす。
本能的にタイガーはそれを阻止し、ようやく蘇芳を止めに動く。
アントニオに羽交い絞めにされ引きはがされそうとも、蘇芳は全力でタイガーのネクタイを離さない。
蘇芳に引っ張られる形になっているタイガーの腕を体全体を使い、引っ張るカリーナライル。
まるでバーゲンセールの品を取り合っている女性を彷彿とさせながらも、タイガーのギブアップ宣言の絶叫で終わりを告げた。
「わーったよ! 明日、シュテルンビルトを案内してやるよ。
それでいいか?」
「うん! 絶対だよ! 明日朝8時ね!!」
こうして、タイガーは蘇芳の一日シュテルンビルト案内ツアーが決定した瞬間である。
これが冒頭の出来事の前日弾である。
―――――――
蘇芳が目覚めてから2日後、タイガーのシュテルンビルト案内ツアーの次の日。
シュテルンビルトを見渡せる空港のロビー。
周りの視線をものともせずにギャーギャーと言葉を紡ぐ少女がいる。
中学生という歳にも関わらず、涙を惜しげもなく流し、駄々をこねている。
「えーいいじゃん。後一日ぐらい!!」
「いやいや、お前の母ちゃん迎えに来たんだし無理だよ」
ブーブーと駄々をこねまくる蘇芳は、すっかり虎鉄に懐いてしまった。
虎鉄の腕を振りまくるや、靴をガシガシと踏みつけるわとやりたい放題である。
虎鉄はなすがままというよりも、無抵抗に嵐が去るのを待つのみである。
「ねぇえ! ママ! 一日だけでもシュテルンビルト見てみようよ!
ワイルドタイガーが案内してくれるよ!? ねぇ、タイガー!?」
「まぁねぇ……観光してもいいんだけどね。
私も日本にアンタを送り届けたらすぐに取材だからね」
母親の回答に蘇芳は体全体で拒否を示す。
「ならパパが来るまでここにいる!!」
「ごめんね。パパはね、アンタの情報が手に入るかもって、ウラジオストクに視察に言っちゃってどうしても来週まで空かないんだよね。
っさ! お隣さんにペーチャ預かってもらうのも明日が限界なんだから帰るよ、蘇芳」
蘇芳の駄々をバッサリと切り落とした。
母親は慣れたモノで、あれよあれよと出国手続きを終える。
では! っと大きく手を振り上げた母は、蘇芳の襟をガシリと掴む。
蘇芳が母親に引きずられてゲートを潜ろうかという時、バーナビーがやってきて母親を呼び止める。
「ちょっといいですか、牧宮さん。
これ、先輩から蘇芳ちゃんへのプレゼントです」
きょとんとする蘇芳と母親を尻目に、バーナビーはプレゼントを渡す。
蘇芳は反射的にプレゼントの梱包を破いて剥がしていく。
中からは日本製『nokon』の最高級グレードの新発売の本体と望遠レンズが入っていた。
宝玉を手に入れたかのように、瞳を輝かせる蘇芳の頬は綻ぶ。
しかし、それと同時に疑問が浮かぶ。既に“お土産”でタイガーからだいぶプレゼントをもらった。
これも貰えるのか? っと蘇芳の頭を微かにカスッた。
「どうやら今回巻き込まれてしまった事件で大切なカメラを無くしてしまったようですので、
先輩が帰るころにプレゼントしようということで、ボクが指示を受けて買ってきました。
――どうか、シュテルンビルトが嫌な所ではなかったと思って帰ってください」
バーナビーの言葉など聞こえたいないかのように、蘇芳はカメラに見入っている。
それを軽く頭を叩いて蘇芳の意識をバーナビーへと向けさせた一瞬の出来事に虎鉄は亡き妻の存在がかすめた。
この人の家庭ならきっとよりよく蘇芳が育つと確信し、口元を綻ばせてため息を小さくつく。
その眼差しは優しく、父親のようであった。
母に引きずられる蘇芳はプー! っと頬を膨らませ、ゲートを潜り、虎鉄達からの視界から消える。
騒がしくも楽しかったなとわかりやすく笑顔でため息をつく。
「さぁ、帰りがてら飯にでも行くか」
おうさ! っと全員が帰路に着こうと反転した瞬間に、後ろから大きな声が響く。
「タイガーーーーーーー!!
タイガータイガータイガーーーーーーー!! ボク!! ボク、“牧宮蘇芳”は
――――必ず!! 帰ってくるから!!
それまで必ずHEROでいてね!!!
必ず、ボクはカメラマンになってくるから!!」
母親に引っ張られていった蘇芳が逆に母親の腕を引っ張りなんとか顔を出している。
蘇芳の瞳は先程までの不満ではなく、確固たる決意を秘めた強い瞳をしていた。
虎鉄は声が聞こえてきた瞬間には『またかよ』と呆れたが、蘇芳の瞳をみてサムズアップする。
キザな一面を持つ虎鉄の無意識化での行動だったが、確かに蘇芳の決意を受け取った。
そしてポケットから自身のスーツのモヒカン部分の蘇芳の射撃により欠けたクリアパーツを『選別だ!』と放り投げて渡す。
「当たり前だろ! バリバリのカッコいい写真を何枚も撮らせてやるよ! ちゃんと写真の腕磨けよ!」
お互いに上げた右腕が握手であるかのうように2人は笑顔で別れた。
…………
……
空港を後にした虎鉄とバーナビーは、自販機の横の椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。
虎鉄はこの2日間の騒がしくも、楽しい日々に思いふけっていた。
存分にふけった虎鉄は、ニヒヒとふざけた声を上げながら横にいるバーナビーに話しかける。
「中々憎い演出すんじゃん、バニーちゃん」
「バーナビーですよ、おじさん」
鼻で笑ったバーナビーはスッと虎鉄の手の中へ紙切れを入れて立ち去る。
その内容を見た虎鉄は混乱する。
先程蘇芳へとプレゼントしたカメラ一式の請求書であった。
その額は軽く虎鉄のひと月分の給料を飛び越えていた。
…………
虎鉄が空港内で蘇芳が乗った飛行機を見送っている最中、空港の屋上に1人の男が立っていた。
ボロボロのコートにひび割れた仮面。
見上げるのは虎鉄と同じく蘇芳が乗った飛行機。
言葉を発せず、ただ過ぎ行く時間を噛みしめている。
蘇芳・パブリチェンコを救う為、魂をゲート粒子に変換し自身の中へと取り込んだ。
今飛行機に乗っているのは『蘇芳・パブリチェンコ』とは別人の『牧宮蘇芳』だと理解しているが、見送らずにはいられなかった。
その手には使い込まれたデジタル一眼レフが収まっている。
虎鉄が蘇芳をシュテルンビルトを案内している間に、黒はパンドラがあった場所から発掘したのだ。
蘇芳に返そうかと思い、空港までやってきたがバーナビーの粋な計らいを察知し、蘇芳が飛び立つまで空港の屋上にて見送る事に決めた。
その光景が黒に蘇芳はもう本当に黒が知っている存在ではなくなったのを決定する結果となった。
失い続けたからこそ、か細くも繋がっていた繋がりを切ることになった結果に失意もあった。
が、牧宮蘇芳を取り巻く環境は希望で溢れていた。
ならば自分が出しゃばる必要はない。
「本当にサヨナラだ、お休み……蘇芳・パブリチェンコ」
少し高まった鼓動に応えるように手を胸に優しく当てる。
黒はその鼓動が蘇芳からの返答と受け取り、口元を綻ばせる。
小さく深呼吸をし、仮面とコートをしまい、ジーンズに白のYシャツとなって帰っていく。
屋上を下りて歩いて帰りたくなった黒は、感傷に浸りながらシュテルンビルトの街を歩く。
蘇芳・パブリチェンコとの別れを惜しんでいるように、別れを告げるように……。
歩いている道中、虎鉄の車に追い越されたが、お互いに気づくことはなく
――同じ道を違う速度で進んでいく。
―――――――
数えくれない街の光が煌びやかに光る夜中。
1便の飛行機がシュテルンビルトの空港へと降り立った。
中からはスーツ姿のビジネスマンや旅行客など様々な人が空港へと入っていく。
その中に東洋人の女性2人もまぎれている。
黒髪のセミロングの髪をバンダナで纏めている女性と赤い髪を腰まで三つ編みにした女性はウキウキした笑顔で話し合っている。
一見友達のように仲が良さそうに笑いあい、話している。
っが、2人は親子。
「ようやく来れた……短かったような長かったなぁ、2年かぁ」
「まぁ蘇芳がこっちの高校に落ちてたら更に3年追加だったけどねー」
「想像したくないな……まぁ、パパは後1年は日本だけど、来年にはまた3人だよね」
「そうね。心配と言えば、あまり入れるつもりはないとはいえ、取材で家を空ける時は心配ね」
まぁね……と返事をし、2人は空港の中で税関チェックを受ける。
無事2人とも税関を超えると、蘇芳はふと階段に目をやり、立ち止まる。
それに気づいた母は薄らと笑みを浮かべ、階段へと足を運ぶ。
「やっぱり、降り立ったならまずは街を撮らないとね」
「うん!」
母の後を追うように蘇芳も足早に階段を昇っていく。
屋上につくと、蘇芳は眩い光に圧倒される。
思わず肩に下げたカバンからデジタル一眼レフを取り出し、シャッターを押す。
母は気づかれないように移動し、静かにカメラを取り出して成長した愛娘の背中へとシャッターを押す。
蘇芳は眩いシュテルンビルトを夢中になってカメラの中へ収め、母は写真を撮る蘇芳と眩い町並みを収める。
満足した蘇芳は母の元へと駆け寄ってくる。
その顔は、満足と期待に笑顔が途切れる事はない。
「さぁ、始まりの儀式はすんだし、新居に行きましょうか」
「うん!」
母は手早くカメラをバッグにしまうと階段を下りていく。
蘇芳もバッグにカメラを仕舞うと、階段へと向かう。
階段を降りる一歩手前で振り返り、再び街へと視線を向ける。
「2年は長いようで短かったのか、ようやく帰ってきたよ、シュテルンビルト。
タイガーは2部に落ちたけどさ、約束守ってくれてるし……
――約束を果たしに来たよ。これからよろしくね!」
最後のニコッと笑った蘇芳の胸元にはクリアグリーンの牙が着いたペンダントが光る。
蘇芳が立って写真を撮った場所は、かつて黒が蘇芳を見送った際に立っていた場所であった。
―――――――
......TO BE CONTINUED