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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第61話:相対戦=第二戦その8=
作者:蓬莱   2015/02/08(日) 23:39公開   ID:.dsW6wyhJEM
まず、相対戦第二戦において、綺礼がアーチャー陣営の本拠地である遠坂邸を潜伏場所にあえて選んだのには幾つかの理由が有った。
その中でもっとも最たる理由が相対戦第二戦“鬼ごっこ”に於いて、綺礼達にとって一番の脅威となる難敵“向井・鈴”の存在だった。
鈴は生前から視覚以外の感覚機能が非常に優れていた事に加え、サーヴァントとしての補正により魔力まで感知できるまでになっていた。
そんな鈴の前では、生半可な変装はもちろんの事、気配や魔力を押し殺したところで容易く発見される危険性が極めて高かった。
故に、鈴の感知能力から身を隠せる場所として、アインツベルン城や間桐邸を除けば、遠坂邸以外に他は無かったのだ。
普通ならば、敵の本拠地に身を隠すなど、底なしの馬鹿か、或いは身体が胆で出来た無謀さでもなかれば為し得る事ではないだろう。
無論、アサシンも相対戦第二戦での作戦を打合せする際に、その問題点を綺礼に指摘していた。

「逆に考えるんだ、アサシン。敵の本拠地に隠れるしかないのなら、我々は敵にその事を悟らせなければいいのだと」

だが、綺礼はあえて敵地である遠坂邸に潜伏しつつ、一方で時臣達には自分たちが新都にいると思い込ませる事で敵の裏をかく事を画策したのだ。
そして、新都での度重なるアサシンやヴィルヘルムの襲撃によって、綺礼の思惑通り、時臣達に冬木教会に居ると思い込ませる事に成功した。
その後も、残り時間の殆どなくなった事で冷静さを欠いていたとはいえ、綺礼が自宅に潜伏しているなど一欠けらも気付くことなく、時臣達を相対戦第二戦のタイムリミットである日没間近まで新都に留めさせる事ができた。
一応、深山町にも凛達が綺麗の行方を捜していたモノの、身を隠すのに適した柳洞寺や穂群原学園などを中心に探していた上、なまじ身内であるためなのか、遠坂邸を探す様子は一向になかった。
その為、綺礼はむしろ、下手に手を出して自分が遠坂邸にいる事を勘付かれるのを避ける為にあえて凛達を放置していた。

「正直なところ、私も君がいち早くここに辿り着くとは思っていなかったからな…」
「まぁ、これでも遠坂の娘なんだから」

だからこそ、さすがの綺礼もそんな凛が見事にタイムリミット寸前までに自分を発見してみせた事に驚きを隠せないでいた。
“本当にありがとう、イリヤ”―――とはいえ、当の凛も自信満々に見栄を張るかのように綺礼へ言葉を返しつつも、心中でこの勝利の立役者といっても過言ではないイリヤに対する感謝の想いを抱かずにはいられなかった。
ちなみに、なぜ、イリヤが“遠坂邸に綺礼が隠れている”事に思い至ったかといえば、凛達と桂の話し合いの中で、かつて、父である切嗣とかくれんぼした時の事を思い出したのが切っ掛けだった。
この時、切嗣が隠れ場所として選んだのは、イリヤにとって一番身近であるはずのイリヤの自室だった。
傍目から見れば、すぐに見つかりそうなモノだが、当のイリヤは他の怪しげな場所を念入りに探しながらも、自分にとってあまりに身近だったために、切嗣が隠れているイリヤの自室については探すどころか入る事さえなく、最後まで切嗣を見つける事ができなかった、
“隠れる時に大事なのは相手がまさかと思う場所を選ぶ事”―――この切嗣の言葉を思い返したイリヤは、凛達が捜した場所に凛の自宅である遠坂邸が含まれていない事に気づき、
桂をリンチする凛達に綺礼が遠坂邸にいる可能性を指摘したのだ。
或る意味において、バーサーカー討伐にもっとも非協力的な切嗣のおかげで、凛達は遠坂邸に潜んでいた綺礼を発見する事ができたと言っても良かった。

「…敗けたのだな、私は」
「あんた、逃げるつもりはねぇのか?」

やがて、綺礼は自身が敗北したことを受け入れる言葉を呟いた後、これ以上足掻くつもりはない事を示すかのようにゆっくりと椅子に深く腰掛けた。
この潔く敗北を認めた綺礼に対し、もう一戦交える事さえ考えていた近藤は余りのあっけなさに拍子抜けしてしまっていた。
その一方で、師である時臣に宣戦布告を叩き付けただけでなく、勝負に勝つためとはいえ一歩間違えれば時臣を殺しかねない方法を仕掛けてきたにも関わらず、綺礼の様子からはこの相対戦第二戦に敗北した事への悔しさなどなど微塵も見せない事に、近藤は何か違和感を覚えずにはいられなかった。
その為、近藤は思わず本当にこのまま抵抗する意思はないのか、いすに座り込む綺礼に問いかけてしまった。

「それこそ無意味な事だ。私も複数のサーヴァントを相手に逃亡を図るほど無謀ではないからな」

この近藤の問い掛けに対し、綺礼は生身でサーヴァントから逃げ切る事などできない以上、自身の敗北を受け入れるしかない事を淡々と口にしながら返答した。
もっとも、それがあくまで建前に過ぎない事は綺礼自身が一番よく理解していた―――自分がこの相対戦第二戦で本当は何を望んでいたのかもも含めて。
そして、綺礼は“頼みが有る”と一言だけ前置きした後、椅子から立ち上がると凛達にむかって頭を下げながらこう頼み込むのだった。

「…最後に時臣氏と話をさせてほしい。それが叶うなら。私はお前達にどんな事でも協力しよう」



第61話:相対戦=第二戦その8=



一方、綺礼発見から時は遡る事、約三分前の市街地でも武蔵勢とヴィルヘルムとの総力戦に終わりが近づこうとしていた。

「何とか拮抗状態にまで持ち込めたか…」
「とはいえ、この状況下だとそう長い時間は持ちそうにないわね」

ひとまず、宝具“天下剣山”を発動した氏直の奮戦によりヴィルヘルムの猛攻から免れたノリキ達であったが、状況は依然として最悪なモノだった。
確かに、ノリキの見る限り、氏直はヴィルヘルムと互角に闘っているように見えた。
だが、“死森の薔薇騎士”による魔力吸収に加え、宝具“天下剣山”を使用したことによって氏直はより一層激しい魔力の消耗を強いられているのだ。
成美の見る限り、このまま拮抗状態に持ち込んだとしても、氏直の魔力が底をつけば、ヴィルヘルムに形勢を押し返されるのはのは時間の問題だった。

「とりあえず、どうにかして、あの色白チンピラ倒す方法を考えない事には元の木阿弥よ」
「けど、それが一番の問題さね…はっきり言って厄介ってレベルじゃないよ、アイツの宝具は」

故に、ナルゼの言うように、ノリキ達にとって氏直の魔力が尽きるまでに“死森の薔薇騎士”を攻略し、ヴィルヘルムを打ち破る方法を見つけるのが何よりも重大な役目だった。
とはいえ、それは口で言うほどそう簡単に為せるほど容易いモノではなく、ノリキ達のこれまで闘い抜いてきた相対戦の中でもっとも至難の業と言っても過言ではなかった。
だが、この“死森の薔薇騎士”を攻略しない限り、ノリキ達がヴィルヘルムに勝つ事など不可能であるのもまた事実だった。

「何か弱点でもあれば良いんだけど…」
「弱点か…」

とここで、ノリキはナイトの漏らした呟き―――“死森の薔薇騎士”の弱点は無いのかという言葉を耳にし、ふとヴィルヘルム達、黒円卓の団員の使用する宝具について考えをめぐらした。
以前、ノリキ達はアーチャーやホライゾンからヴィルヘルムらの宝具が自身の渇望を元に異能を発現させる宝具だと聞かされていた。
―――大切な人への穢れを全て引き受けるという渇望には自身を腐食毒に変える宝具を。
―――戦場を照らす光になりたいという渇望には自身の身体を雷光に変える宝具を。
―――情熱を永遠に燃やし続けていたいという渇望には自身の身体を炎に変える宝具を。
以上の事から、戒たちと同様に、ヴィルヘルムの宝具“死森の薔薇騎士”も自身の渇望を異能として発現させたものであるのは間違いない筈だ。
そして、周囲を夜に変え、相手の魔力を奪い自身の力として還元するという、他者の血を吸う事で力を増す吸血鬼を彷彿とさせる特性とこれまでのヴィルヘルムの言動から察するに、この宝具の元となったヴィルヘルムの渇望は“吸血鬼になりたい”という可能性は充分有り得る話だった。
やがて、しばし熟考したノリキは“ならば…”と前置きした後―――

「奴が吸血鬼そのものになったのなら、吸血鬼の弱点も通用するんじゃないか?」

―――吸血鬼となった代償として、今のヴィルヘルムには吸血鬼としての弱点も付加されている可能性を一同に告げた。
無論、これはノリキとしても自身の考えた推測でしかなく、この推測が事実であるというはっきりとした確証はなかった。
一応、ネシンバラがいればより詳しい事が分かるだろうが、只でさえ時間のないこの状況下ではネシンバラの解説は逆にこちらの命取りになりかねなかった。
とはいえ、この絶体絶命の状況を脱するに方法が他に無い以上、ノリキの推測を試す価値は充分にあった。

「だが、吸血鬼の弱点を付くと言ってもそう都合よく落ちているモノではないぞ」
「せめて、ネイトが居ればね…」

とはいえ、ウルキアガの言うように、さすがに都合よく銀製品や十字架、にんにくなど吸血鬼の弱点になりそうなモノなどそう何処にでもある訳もなく、周囲にそれらしいモノを取り扱っていそうな店も無かった。
加えて、直政がその不在を惜しむ、ヴィルヘルム攻略に有効な“銀鎖”を持つネイトも、現在、激辛麻婆豆腐の刺激臭によって再起不能寸前にまで追い込まれていた。
“やはり駄目か…”―――もはや、打つ手なしという現状を改めて認識せざるを得なかったノリキ達の心中に諦めの感情が過ぎり始めた直後の事だった。

「なら…コレ何かどうですか?」
「「「「「「「…」」」」」」」

とここで、“奔獣”から這うように出てきたアデーレが自身を苛む空腹に耐えながらも懐から、事前におやつという名の非常食として持ち込んでいた“あるモノ”を懐から取り出した。
そして、ノリキ達はアデーレの取り出した“あるモノ”を目にした瞬間、思わず互いに顔を見合わせながら口をそろえてこう呟いた。

「「「「「「「…イケるか(さね、かしら、かな、のか、の)?」」」」」」」



一方、氏直とヴィルヘルムの一騎打ちは周囲に金属音と破砕音を奏でながらぶつかり合う刃と杭による一進一退の激しい攻防戦を繰り広げていた。

「うぉらぁっ!!」

空間射出された木箱から発射音を響かせ怒涛の勢いで襲い掛かる刃の群れに対し、ヴィルヘルムは一切躊躇することなく、真っ向から迎え撃つように杭と拳で刃を粉砕しながら自ら突き進んだ。
一見すれば自殺行為としか思えない無謀な蛮勇だが、ヴィルヘルムからすればこの死線の先を突き抜ける事こそ最善の一手だった。
そもそも、ヴィルヘルムの知る限り、覇道神達や極一部を除けば黒円卓団員であって一斉に高速発射された二百を超える刃を躱し続けることなどほぼ不可能だった。
故にヴィルヘルムの取るべき行動は一つ…!!

「はははははははははっ!! もう、これで終わりかぁ、小娘!!」
「“矢倉”、“明神”―――後方に支え」

すなわち、敵から奪った魔力で自身の負傷を再生しつつ、襲い掛かる“天下剣山の刃”全てを打ち砕けばいいだけの事―――!!
そう考えたヴィルヘルムは自身の身体が傷つくのにも一切構う事無く、次々と打ち砕きながら挑発じみた事を吐き捨てながら氏直の元へと一歩一歩進撃し始めていた。
これに対し、氏直はさらなる追撃の一手をうつべく、即座に腕を構えて後ろまわしながら豪快な振りかぶり、さらに木箱から二百の刃を追加射出してヴィルヘルムを迎え撃った。

「はっ、やればできるじゃねぇか!!」
「“塔の峰”、“白銀”―――山を巡れ」

だが、より一層厚みを増した刃による圧の暴力に晒されながらも、ヴィルヘルムは臆するどころか喜悦の笑みを浮かべて次々と襲い掛かる刃によって自身が傷つく事さえ厭わず飛びこんだ。
“これでも止まらないですか…”―――直もとどまる事を知らないヴィルヘルムの進撃を前に、氏直は自身の貯蔵魔力が消耗する事を覚悟の上で新たに二百の刃を投下した。
さらに氏直の怒涛の追撃は終わる事無く、続けざまにもう二百の刃を追加してきた。

「“屏風”、“金時”―――谷を閉ざせ」
「ちっ…!!」

合計八百本―――今の氏直の魔力で動員できる最大限の刃だった。
もはや、“死森の薔薇騎士”の影響下で、これだけの数の刃を動員する以上、“氏直の魔力がいつ底をついてもおかしくなかった。
だが、この氏直の決死の猛攻が功を奏したのか、数の暴力に押されんとするヴィルヘルムの足を止める事にようやく成功した。
そして、氏直がヴィルヘルムを仕留める事のできる千載一遇のチャンスを逃す筈も無く、氏直は自身に残された魔力を総動員しながら最後の一手を討たんとした。

「“明星”」

そう言った瞬間、氏直も右肩上に十五メートルにも及ぶ、長砲のような鞘が射出された。
これこそが氏直にとっての最高威力を誇る対城宝具―――対武神刀“明星”。
―――まず、内殻を外気に触れさせる。
―――同時に外殻が射出され、先に出た内殻を包み込む。
―――さらに留め金が空間射出され、両方をスライド上にはめ込み合致させる。
―――既に何枚もの鳥居型の紋章が鞘を割るかのように回転している。
そして、巨大な鍔に手をかけた氏直はその力をヴィルヘルムに叩き込むべく言い放った。

「―――踏みならせ」

その直後、氏直は未だに八百本にも及ぶ刃の大瀑布によって足止めされたヴィルヘルムに目掛けて“明星”を抜刀した。
指で鍔をはじいた快音と共に鍔口から光の爆発を伴って長刀は大砲の一撃に等しい勢いで発射された。
そして、反動を消すように鞘が後ろに下がる代わりに、真横に薙ぎ払うかのように高速射撃の長刀はヴィルヘルムの身体を上下に断ち切らんとするように襲い掛かった。
もはや、直撃すれば自身の身体を容易く一刀両断する巨大な刃を前に、ヴィルヘルムは―――

「はっ…そいつは悪手だぜ!!」

―――勝負を決する事を優先する余り、敵の誘いと見抜けぬまま、より対処しやすい大技を繰り出した氏直の誤りを指摘するように言い放ち、迫りくる“明星”の刃に向かって走り出した。
もはや、四方八方から襲い掛かる刃によって切り刻まれる事も意にかえすことなく、ヴィルヘムはこの死地を乗り越えた先に有るであろう勝利を得るべく、氏直に向かって一心不乱に駆け抜けた。
それと同時に氏直を目指して進撃するヴィルヘルムへと迫る“明星”の刃を阻むかのように、ヴィルヘルムの前方から扇状に広がりながら、軽く数百をも超える数の杭が次々と地面から突き出した。

「無駄です」

だが、一切動ずることの無い氏直の言葉通り、そのような小細工など通用しない事を示すかのように、“明星”の刃は行く手を阻まんと立ち塞がる杭を草でも刈るかの如く薙ぎ払いながら、未だに前進を続けるヴィルヘルムに迫っていった。
“だろうな”―――無論、そう心中で氏直の言葉に頷くヴィルヘルムも加速射出された大質量の刃による斬撃を防げるなど思っていなかった。
だが、“明星”の斬撃は防げずとも、杭という障害物を切り払う以上、その斬撃の速度を僅かながらに遅らせることはできる。
ならば、“明星”の刃がヴィルヘルムを両断する前に、ヴィルヘルムが氏直の元に辿り着けるまで時間を稼ぐことは充分に可能だった!!
そして、全ての杭を薙ぎ払った“明星”の刃が、氏直の元まで目前近くの距離まで迫ったヴィルヘルムの横腹の薄皮一枚に食い込んだ。

「逝けやぁ、ヴァルハラぁああああああああ!!」
「おっと」

だが、ヴィルヘルムは即座に食い込んだ“明星”の刃を押し退けるように脇腹から無数の杭を出す事で最低限の負傷に留めた。
さらに、ヴィルヘルムは即座に氏直に向かって跳躍する事で、それ以上“明星”の斬撃によって自身の胴体が断ち切られるのを凌ぐことに成功した。
そして、氏直によって自身の左腕を斬りおとされた借りを返すべく、ヴィルヘルムは氏直の心臓を抉らんと杭を生やした右腕を大きく振りかぶりながら襲い掛かった。
対する氏直も己の必殺の一撃を躱しきったヴィルヘルムに対処すべく、肩と腰の四刀で迎え撃った。
そして、氏直とヴィルヘルムが互いに繰り出した攻撃が交差した瞬間、鬼の少女と吸血鬼が繰り広げた死闘の勝敗は既に決していた。

「間一髪といったところですか」
「ちっ、片腕一本か…まぁ、借りは返せたなら文句はねぇか」

その直後、間一髪のところで命拾いしたことに安堵の声を漏らす氏直と敵を仕留めきれなかったことに不満の声を漏らすヴィルヘルムであったが、どちらに軍配が上がったかは二人の姿を見れば明白だった。
―――片や、ほぼ全ての魔力を使い果たした上に、魔力吸収を避けるためとはいえ、杭を突き立てられた左腕を斬り落とさざるを得なかった氏直。
―――片や、胸や腕に氏直の射出した四本の刀を突き立てながらも、“死森の薔薇騎士”の効果により奪った魔力で徐々にそれらの傷を癒しつつあるヴィルヘルム。
もはや、この時点で、氏直に一片の勝機も残されていない事は誰の目から見ても明らかだった。
“ここが限界ですね…”―――そして、氏直自身も自動人形としての思考速度を有するが故に、即座に己の敗北を理解せざるを得なかった。
ならば、少しでも時間を稼ぐためにヴィルヘルムの注意をノリキ達から逸らすべく、氏直はわざと相手に聞こえるような声で呟いた。

「ノリキ様…どうか御武運を」
「最後に一つ教えてやるよ。戦場でなぁ、恋人や女房の名前を口にする何ざ奴は…」

“甘ったれた死にぞこないの新兵(ガキ)のほざく事なんだよぉ!!”―――死地に於いても直ノリキの身を案じる氏直にむかってそう罵倒の言葉を吐き捨てたヴィルヘルムは右手から杭を突き出すと満身創痍の氏直へと一気に襲い掛かった。
あくまで餓鬼の遊びと称していたとはいえ、ここまでヴィルヘルムの闘争と殺戮の本能を滾らせてしまった以上、今のヴィルヘルムにとって氏直を殺す以外の選択肢など無かった。
そして、今度こそ自身の勝利を確信したヴィルヘルムが既に動く事すらままならない氏直の胸に杭を突き立てんとした直後だった。

「相手いないからってひがんでじゃないわよ、非モテチンピラぁ!!」
「な、ぬぉあ!?」

或る意味、ヴィルヘルムの本質を的確に突いた罵倒の言葉と共に放ったナルゼの砲弾がヴィルヘルムの胸へと狙いすましたかのように直撃した。
ここにきて、氏直に止めを刺す事を優先する余りに不意を突かれたヴィルヘルムであったが続く第二、第三射については即座に対応し、辛うじて杭で切り払う事でそれ以上の追撃を防いだ。
だが、またもや自身が望んでいた好機を奪われたヴィルヘルムはそれまでの喜悦に満ちた笑みから一変し、止まる事を知らない苛立ちと殺意を滾らせた憤怒の形相を浮べながら自身と対峙せんとする者へと目を向けた。

「すまない、氏直」
「いえ、大丈夫です、ノリキ様」

そこには、ここまで遅れてしまった事を詫びつつ、ノリキ達が策を練るための時間を稼ぐために限界まで闘抜いた氏直を労わるように抱き抱えるノリキの姿が有った。
だが、左腕を失うほどに満身創痍の身であるにも関わらず、氏直は首を横に振りながら案ずることは無いとノリキに笑みを浮べて言葉を返した。
それが氏直の精一杯の強がりである事は分かっていたが、ノリキはあえてそれ以上追及することなく、“そうか”とだけ頷き、傷ついた氏直をウルキアガ達に託した。
一方、反吐の出るような甘ったるい光景を見せつけられた上に、完全に蚊帳の外に置かれたヴィルヘルムは眼前に立ったノリキに罵声を浴びせんとした。

「てめぇら、いい加減に―――三発だ―――あんっ!?」

だが、ノリキはそんなヴィルヘルムの罵声を遮りながら、自身の睨み付けるヴィルヘルムへと真っ直ぐに見据えながら対峙した。
―――恐らく、自分の実力ではヴィルヘルムに到底かなわないだろう。
―――一応、手は打ってあるモノの、それでも分の悪い賭けである事には変わらない。
―――だが、自分たちを信じて闘い抜いた氏直に報いる為に、ここで自分が為すべき事はただ一つ…!!
そして、意を決したノリキは静かに、しかし、氏直を、自分の家族を傷つけた敵であるヴィルヘルムに向けた確かな怒りを込めた声ではっきりと宣告した。

「…これから三発殴ってお前を倒す」
「良いぜ、糞餓鬼。もっとも、てめぇ如きの軽い拳で―――」

“三発殴って倒す”―――そう啖呵を切ったノリキに対し、ヴィルヘルムは冷ややかに嘲笑の表情を浮かべながら、目の前にいる身の程知らず新兵を蹂躙し殺し尽くさんと全身から無数の杭を突き出して襲い掛かった。
加えて、これ以上の余計な手出しを阻止すべく、ヴィルヘルムは自分とノリキを囲むかのように地面から幾重にも渡って大量の杭を張り巡らせた。
そして、カウンターを狙うかのように待ちに徹するノリキへと強襲するヴィルヘルムが“倒せるもんならよぉ!!”と言いかけた瞬間だった。

「―――あ? 何、い、ぎがああああああああああああああああああぁ!!」
「よく効くな…やはり、それも弱点か」

突如として何の前触れもなく、ヴィルヘルムは全身の血管の内側から幾銭を超える数の微小の針が突きだしたかのような鋭い激痛に次々と襲われると同時に、全身の穴という穴から一斉に大量の血が噴水のように噴き出した。
もはや、それは氏直に左腕を斬り落とされた時などとは比べものにならないほど耐え難く、歴戦の戦士である筈のヴィルヘルムでさえも初めて戦場で負傷した新兵のように絶叫を上げながら必死に倒れるのを堪えるしかなかった。
それに加え、ノリキとヴィルヘルムの張り巡らされた杭もボロボロに劣化して崩れつつあった。
だが、このヴィルヘルムや周囲で起こった異常に顔色一つ変える事無く見据えるノリキは既に闘う事すらままならない状態となったヴィルヘルムの元まで近づいた。
そして、ノリキは動く事すらままならないヴィルヘルムの目と鼻の先まで近づくと、まるでこうなる事をある程度予想していたような口振りで頷いた。

「ぐっ…俺に、俺に何をしやがったぁ、てめぇええええええ!!」
「別に大したことじゃない」

これに対し、ヴィルヘルムは今なお全身を苛む激痛に耐えながら、自身の身に起こったこの異常を仕掛けたであろうノリキに向かって怒号と絶叫が入り混じった声で叫んだ。
しかし、ノリキは常人ならば即死しかねないヴィルヘルムの殺気に動ずることなく淡々と言葉を返すだけだった。
事実、ノリキの言うようにそれほど大した策を弄したわけでは無く、“死森の薔薇騎士”の力により吸血鬼となったヴィルヘルムに対し吸血鬼の弱点を付く事で対抗しようという極めて単純なモノだった。
とはいえ、ヴィルヘルムに対抗する為に、吸血鬼の弱点を付くというノリキ達の発想はそう的外れなモノではなかった。
元々、“死森の薔薇騎士”は“夜に無敵の吸血鬼になりたい”というヴィルヘルムの渇望が“術者を吸血鬼に変え、周囲の空間を夜へと染め上げ、空間内に存在する人間から力を吸い取る”として発現された異能である。
だが、ヴィルヘルムが吸血鬼としての己を肯定する余り“吸血鬼の弱点”まで受け入れた結果、この宝具を使用した際に“吸血鬼の弱点”までもが追加されてしまったのだ。
しかも、これはどれだけ強化しようとも、吸血鬼の“弱点”を付かれれば、普通の人間にすら負けかねないというリスクを背負うという致命的なモノだった。
これにより、アデーレの持ちこんだ“吸血鬼の弱点”を取り付けた貨幣砲弾を、ナルゼによって撃ち込まれた事で、“吸血鬼の弱点”を付かれたヴィルヘルムは闘うどころか身動きを取る事すらままならない状態にまで追い込まれてしまったのだ。
そして、ノリキは“そう…”と前置きした後、ヴィルヘルムを戦闘不能寸前まで追い込んだ“吸血鬼の弱点”の正体を明かした。

「ただ、カレーをぶつけただけだ」
「…ふ・ざ・け・ん・なぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

次の瞬間、衝撃の余りに理解が追い付かずに唖然とするような一瞬の間を置いた後、ヴィルヘルムは余りに理不尽すぎるノリキの告げた事実―――“カレーが吸血鬼の弱点”という事に、思わず自身の脳内血管が全てブチ切れるような激情を込めた声で全身全霊を込めたツッコミを入れずにはいられなかった。



そして、ノリキとヴィルヘルムの一騎打ちが決着間近となる数分後。

「―――言峰綺礼、今日を以て君を遠坂の一門から破門する」

遠坂時臣は師として避けては通れぬ非情の決断を愛弟子である言峰綺礼に下していた。
 


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