「ほう、アンタがすずかをたぶらかしたっていう変態ね?」
その女性の初対面第一声はそんなものだった。
俺はまだ目がはっきり見えていないが、頭の方には紫色がついている。
姉妹そろって室内で帽子をかぶっているのでもない限り、二人とも紫色の髪を持っているのだろう。
「どういう理屈でそうなったのか、是非聞きたいものだが」
「そうね、見た目かしら?」
「……それは一本取られたな」
「それより、テンカワ・アキトとかいったかしら。その少女は血縁というわけじゃないわよね」
「ああ、そうだな」
「場合によっては警察に通報することになるけど?」
「それは俺の事情を話せということか?」
「それ以外に聞こえたら、貴方の頭はスカスカね」
「おい、忍……あまり深く関わろうとするんじゃない。お前もわかるだろ?」
「でも、妹が最初に連れて来た男ですもの、気になるわ」
忍と呼ばれた女性がここの主であることは聞いているが、もう一人は知らない。
ラピスとすずかはノエルに連れられて居間で夕食を取っているらしいので今この場には3人ということになる。
しかし、月村忍とこの男の関係はなんとなくわかるが、男からは独特の覇気が出ている。
恐らく強い、月臣らのような達人だけが持つ独特の雰囲気を持っている。
もっとも、俺に判るのはそれだけだ、そもそもほとんど見えていないのだから細かいことまではわからなかった。
それに対して、忍と呼ばれた女性はどこか面白がっている雰囲気を見せている。
「まあ、こんな年上の男をすずかの夫に認めるわけにはいかないけどね。
あの子は私の宝物なんだから」
「……まったく、ついこの間までとは別人みたいだな」
「別にいいでしょ、いろいろ手に入ってうれしいのよ私は」
「なんにせよ、この男には闇がある……」
「それは否定しない。俺はそういう面を持っている」
「ならばあまり表の人間に関わるな。お互いが不幸になる」
「あれ、恭也はそんな私を恋人にしてくれたんじゃないの?」
「いや、それはだな……」
「大丈夫よ、言いたい事はわかってる」
「……」
恐らく恭也とか言う男が言いたいのはこの家の人間が負うことになるだろうリスクのこと。
対して彼女はおそらく自分たちと俺のことを重ねている?
ならばただのカップルということはありえないのだろうな。
「兎も角、今の俺は手も足も出ない。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「なら、聞いてもいい? あなたたちの事情」
「事情か……言っても信じてもらえるかわからないが……」
「信じるか信じないかは私が決める、貴方は兎に角話してみて」
「ふむ、細かい事情は省かせてもらう。
俺達はこの世界とは違う世界から来た。
転送装置とでも言うべきもの、それの取り合いの末、緊急脱出装置代わりにそれを使用した結果だ」
「またえらくアバウトな説明ね……でも、理屈としては一応説明できなくもないか」
「突拍子もない話だな……だが世の中には突拍子もない話は結構転がっている、迂闊に否定はできないが……。
重要なことを話していないな?」
「その辺は個人の事情だ。それに、この世界に追手が来ているわけでもない」
「なるほどね……とりあえずは信用するわ」
「いいのか?」
「こんな恰好をした人間、映画でもなければお目にかかれないでしょ?」
「確かに……な」
こうして俺達はしばらく月村家の世話になることになった……。
月村家に世話になって2日目。
目が見えるようになった俺は次は体を動かそうと四苦八苦している。
しかし、実質的には腕が不完全に動くのが限界だ。
そこで、車椅子を用意してもらうことになった。
俺は遠慮していたのだが、何やら月村姉妹は嬉々として引き受けていた。
いったいどういうことだと思っていたら、えらく斬新な車いすを用意されることになった。
「ちょっと聞いていいか……コレはなんだ?」
「今の貴方じゃ手で車椅子を動かすのも辛いでしょ?」
「ああ」
「だから、自走機能のついた車椅子をつくったのよ」
「それはいい、なら背後の排気ノズルの化け物は?」
「ロケットブースターよ!」
「……あの、お姉ちゃん。さすがにロケットブースターはいらないと思う」
「ぇーでも、格好いいわよ?」
「うん、格好いいけど、危険だよ」
「格好いいのにねー」
「格好いいけどね……」
この二人の考え方……もしかしてあれか、セイヤさんと同じ趣味……いやメカだけだろうが。
だとするとこの車いす。何が仕掛けられているか……。
「まさか、ミサイルポッドとか積んだりしてないな?」
「あははは……まさかぁ」
「なら、自爆装置は?」
「うっ!?」
「ええ? お姉ちゃんまさか……」
「だって、つい……」
「普通のを頼む……」
そう言えば、ノエルが自分がアンドロイドであると言っていたな……。
夢うつつの時聞かされた事実ではあったが、その後確認をとった。
俺のいた時代の技術でも作れるようなものではない、しかし、事実腕を取り外しされては信じないわけにもいかない。
で、彼女の腕にロケットパンチをつけたのが忍だということだった。
ロケットパンチと聞いて危険性を考えていたがつまりはそういうロマンの分かる娘なのだろう……。
その日の午後、俺は図書館に行くことにした。
新聞を見せてもらったが、前後の事情がわからず今一理解できないことがいくつかあった。
それに、俺の知っている世界と同じ歴史とも限らない。
ボソンジャンプを使って一気に元いた世界に帰ろうかとも考えたが、
俺と同化したことによって演算装置にもいろいろ支障が出ているらしく、ジャンプ制御が効くのはせいぜい1km半径ほど。
感覚的にそれはわかっていたが、念のために自分でジャンプして試してみた。
1kmを超えるととたんに制御がきかなくなり、目的地の反対側にいたりする。
深夜だったので、ばれてはいないと思うが、かなり何度もボソンジャンプを繰り返して戻るはめになった。
その代り、遺跡そのものと同化したおかげか、
ジャンプのインとアウトの速度はタイムラグがほとんど感じられないほどになっている。
どちらにしろ、この世界のことをもっと知っておく必要があるのは事実のようだった。
幸い今日は日曜日らしく、すずかに案内をしてもらうことができた。
ラピスは俺の車いすを押しているのだが、元々力があったわけではないため、途中何度か力尽きた。
対してラピスがへばるたびに交代するすずかは楽々車いすを押す。
同い年くらいのはずだし、ラピスとそう変わらないように見えるが案外力持ちらしい。
「あっ、ここですよ」
「ほう、なかなか規模の大きな図書館だな」
「そうですか? 私は他に学校の図書室くらいしか知りませんから、よくわからないんですが」
実際一かなりの規模の図書館だった、
二階建ての区切りで一階に専門書や学術書、二階には小説や詩集などといった芸能を主体に収められている。
俺が必要なのは歴史書や新聞記事などなので、一階で事足りる。
自らも借りたいものがあったらしい、すずかと別れラピスに押してもらいながら本を探す。
「アキトここで生きていくつもりなの?」
「帰れるなら帰るさ……だが、演算ユニットを取り込んでしまった今ではそれも難しい」
「うん……でも……」
「この世界には寄る辺が無い。俺達は確かに完全に浮いてしまっている。
だが、だからこそこの世界の歴史や文化を知っていかないとな」
「わかった」
ラピスは何か言おうとしたようだったが、俺はかぶせるように次の言葉を言い遮った。
実は俺は考えている事がある、この世界でならラピスを普通の少女にしてやれるのではないかと。
俺は既に血まみれで、もうやり直すことなどできないが、ラピスならまだ可能だ。
そのためにラピスとのリンクもつないでいない。
もっとも、現在の状況でつなぐ事ができるのかどうかも解らないのではあるが。
本を数冊取って確認し、また戻す。
それを繰り返していると、ふと目に留まる人影があった。
小柄な少女だ、しかし目に留まったのはそういうことではない。
俺と同じように車椅子にのっているのだ。
そして、それを押している女性と目が合う。
警戒している目だ、なるほど、それが普通だろう……。
しかし、この二人の周りには何か粒子のようなものが浮いて見えることがある。
これは……演算ユニットからの情報だろうか?
俺は、不自然にならないように、また資料に視線を戻す。
そして、失敗を悟った。
手に持っているのは料理の専門書、つまりはレシピ集だった。
余所見をしていたので、間違ってしまったらしい。
「あっ……」
「ん?」
ふと見ると少女が俺、正確には俺の手に取っている本を見ている。
なるほど、料理のレシピを探していたのか。
この図書館では、歴史と料理の棚が隣り合っているのでそういうことになったということのようだった。
「この本か?」
「あっ、はい! ありがとう。これ探しとったんです」
「そうか、良かったな」
「うふふ、さっきから怖そうな人やと思ってたんですよ」
「そうか?」
「はい、なんか一瞬やけど視線かな、えらい射すくめられそうに思えたんです」
「それはすまなかった、何せ俺もこういう状態だからな、警戒が無駄に働く」
「あの……はやて」
「ああ、こっちの人はシャマルいうて私の世話をしてくれてます。
それで私は八神はやて。健康優良……とはいかんかもやけど、元気な少女です」
「そうか、ん? ああ、俺はアキト、そして、彼女はラピスだ」
「私はアキトの所有物」
「ええっ!?」
「ラピス……そういう言い回しは誤解をまねくと言っただろ」
「でも……」
ラピスは何か不満らしい、もしかしてリンクのことだろうか……。
単に、構ってほしいだけかもしれないが。
折角だから、この世界で友達を増やしてほしいものだ。
「あははは……おもろいですなぁ。ラピスちゃんいうたね、お友達になってくれへん?」
「……」
ラピスは無言で俺を見る、俺は目線でなってあげるよう示す。
恐らく、ラピスが友達のいない子である事に気づいたのだろう。
しかし、このはやてとかいう娘は随分気を使う子だなと思った。
「(コクリ)」
「うん、うれしいわあ、私こんな体やからあんまり友達できへんよって」
はやては手を打って喜びを表現する、社交辞令的な意味もあるのだろうが本当に嬉しそうだ。
後ろにいるシャマルという金髪の女性も表情が柔らかい、しかし、不思議な組み合わせではある。
ここは21世紀初頭の日本だといっていいだろう。
平行宇宙理論だかに示されるとおり、俺の知る日本とさほど変わらないように思える。
しかし、この都市は白人比率がやたらと高い。
ここに来るまでにであった人も10人に2人くらいがアングロサクソン系であった。
港や米軍駐屯地でもあるのだろうが、それにしては黒人や中国韓国系の人が少ないのも不思議である。
まあ、そういう世界なのだと納得するしかないのだろうな。
「あ、アキトさんこっちにいたんですね」
考え事をしていると、後から声をかけられる、すずかが本を借り終えて戻ってきたようだ。
ニコニコしているところを見ると、いい本があったのだろう。
しかし、そんな表情が怪訝そうに変わる。
「あの、そちらの人達は?」
「ああ、料理の本を借りに来たらしい」
「八神はやていいます」
「シャマルです」
「あ、そのご丁寧に。私は月村すずかっていいます」
シャマルが頭を下げたので反射的に頭を下げるすずか。
「ああ、別にそないにかしこまらんでもええよ。シャマルがちょっとおかたいだけやから」
「ええっ、そうですか? 私そんなに固いでしょうか?」
「うんうん、月村さんもそう思うやろ?」
「あの、えーっと初対面ですし、でもその礼儀正しい方ですね」
「(ぽん)」
「……」
落ち込むシャマルの肩に手を置いて慰めるようなしぐさをするラピス。
そういう行動に出ることは珍しいため俺は少し驚いた。
やはり同年代の少女達と会ったのがよい傾向になっているのだろうか。
そうなると、ラピスも学校に行かせたほうがよさそうだなとかんがえる。
どうせやらねばならない事がある訳ではない、ラピスが幸せになれるならここに骨をうずめるのも悪くないと考え始めていた。
はやて達とまた図書館で会うことを約束し、月村家へまた向かうことにする。
ゆったりと車椅子に揺られながら帰る途中、突然視界の一角を占めた特殊な光の壁。
俺は周囲を見回すが他には誰も気づいていないらしい。
「少し寄り道をしていっていいか?」
「えっはい、構いませんけど」
「何かあるの、アキト?」
「いや、なんとなくな」
苦しい言い訳だとは思うが、その場所に近づいてみる。
ラピスもすずかも気がついていないようだが、とりあえず確認だけはしてみるつもりだった。
光の壁の前まで押していってもらい、小石を投げてみる。
光の壁を通過し普通に小石は地面にはねた。
しかし、同時におかしなことに気がついた。
俺の中にある演算装置がいっている、この場所には時間が2つ流れていると。
そして、俺はもう一つの時間に向けて目を凝らす。
すると、そこでは二人の少女がよくわからない光を飛ばしながら空中戦を演じている姿があった。
そうか、戦闘をするために他を締め出すような空間を構築しているということか。
「厄介な世界だな……」
「えっどういうことですか?」
「いや、この都市は不思議に満ちているとでも言うのが正しいのか」
「えっ、ええ確かにそういう面はあるかもしれません」
すずかはどこかぎこちなくそれに答える。
何か秘密があるのだろう、あんなアンドロイドを使っている主人がただの機械好きのはずもない。
しかし、それが俺の目にだけ映っているものと同じとも思えない。
つまりはこの世界にはそういう不思議が多く存在するということでもある。
俺は甘く見ていたのかもしれない。
「さて、帰るか」
「あっ、もういいんですか?」
「なんとなく来ただけだからな」
「……」
ラピスはそんなはずは無いと俺を見返すが、俺はそれには答えない。
あまり、そういう事を話して危険に巻き込むのも考えものだ。
それに、向こうでもそろそろ決着がつきそうな感じである、下手にそういう場面を目撃して当事者になりたくもない。
「そういえば、夕食はどうするつもりだ?」
「あっ、はいノエルさんが準備をしてくれているはずです」
「そうか、彼女は料理もできるんだな」
「ええ、ノエルさんは何でもできますよ」
「でも免許はないわけだ」
「あっ、本人の前で言っちゃ駄目ですよ」
「ははは」
話題を変えたいと思って始めたその話は思いのほか好評なようだった。
料理にはすずかもそれなりに興味があるのだろう。
俺自身久々にそういった話をするのでつい専門的なことを離してしまったりもした。
しかし、指先が震えるのはとめられなかった。
気がつくとラピスが俺の手を握っていた。
俺はどう返していいのかわからず、うなづくだけでラピスに返した。
どちらにしろ、今の状況は平和で願っても無い状況だ。
このまま何事も無いなラピスを学校に通わせて自分は仕事をするのもいい。
体が回復するまでは無理だろうが、そのうち完全に直るはずではある。
未来の展望が見えてきた俺は少し嬉しくなったが、同時にいくつか不安要素もあるのは事実だ。
世話になっている月村家、その家に仕えているアンドロイド、
図書館で出会ったはやてやシャマルが放っていた独特の光。
先ほどの光の壁と中で戦っていた少女達。
どれも、放置しておけないほどに近い場所にある。
俺はこのまま無視し続けていくか、それとも排除するか、この都市を離れるか。
目の前にある選択肢を前に、どう動けばいいのか分らずただ立ち止まっていた。