ここはミッドチルダ中央、首都クラナガンにある地球大使館。
前大使テンカワ・アキトからの引き継ぎを終えたフィアッセ・クリステラは、
初めて会う世界の人々との交流にてんてこ舞い状態だった。
元々歌手で、社交界などにも知り合いのある彼女はその元々の性格もあり外交関連の手腕に多少自信があったが、
地球に対し軍事力2800倍以上という相手に常に向き合うのは神経をすり減らす。
幸いにして、前大使はコネを幾分用意してくれてあったため何とかなっている点も多い。
「ふぅ、あのテンカワって子よく務めたわねぇ……」
「たぶん強引にやっただけですよ。私たちも気楽にやった方がいいと思いますよ」
「あら、アリサちゃん、そんな事よく分かるわね?」
「まあ、友達から沢山報告が上がってきますから。正直うんざりするほど……」
「そういえばすずかちゃん……」
「それだけってわけでもないんですけどね」
アリサが苦笑の顔を作る、実際アキトの話は仲良しになったグループ内のほぼ全員から聞かされるのだ。
なのははまだ控えめだが、アリシアやラピス、フェイトは娘であることもあってよく話す。
年齢も上がってきたのですずかも恋する乙女っぽくなってきた。
それに、はやても学校に来るようになってからはアキトの話に加わることが増えた。
結果アキトの話を聞かない日がないという事態に……。
アリサは頭が痛くなってきた、時々変態チックな服装をしているさえないおっさんというイメージしかないのだが。
「兎も角、私も補佐出来る限りはさせていただきますし、現地スタッフもなかなか優秀だと思いますよ?」
「元管理局の局員をあれだけ雇うって、妙なコネよねぇ」
「否定できないかな、それは」
彼女らが大使館に戻ってくると、がやがやいいながら仕事が続けられていた。
引き継ぎ作業が終了したと言っても、実際になれるまではかなり時間がかかる。
それを短縮するのに役に立ってくれているのが彼らだ。
「お疲れ様」
「いえ、リハビリにはちょうどいいですよ。元々仕事あぶれちゃってこの後どうしようって連中ばっかですしね♪」
「姉さん〜そんな事言わずに俺らの分も手伝ってくださいよ〜」
「姉さん言うな!!」
姉さんと呼ばれているのはクイント・ナカジマ。
引き締まった肉体をスーツに押し込め、腰まで届きそうな漆黒のロングヘアーを肩でしばって書類仕事に精を出している。
とはいえ、あまり得意ではないようで、部下に押し付けている事も多い。
「ったく、クイントの姉さんはいつも面倒なのをこっちに振って」
「だから姉さん言うなつってるでしょ! 適材適所って言ってね。早い人に任せるのが一番なのよ」
以前はボケ担当のような彼女だったが、ボケる相手がいないと逆に突っ込みになってしまうらしい。
対しているのは飄々とした感じのある栗毛の青年になりつつある年齢の男だ。
名をヴァイス・グランセニック、そう、事件の関係で管理局を追い出された人員のほとんどがここに再就職していた。
実際、大使館にしろ領事館にしろスタッフは現地で雇う事が多い、そういう意味では間違っていないが、
元政府の人間がスタッフとして働くというのは珍しい。
アキトのねじ込みがかなり強引であったろう事をにおわせていた。
「ただいま、がんばってくれてありがとうね」
「お帰りなさい、クリステラ大使。ちょっと待ってくださいね。今ひと段落つきますから」
「ちょ、姉さ……クイント主任!」
「ぐずぐず言わない! アンタのところへやったの3つでしょうが、私は5つ残ってるのよ!」
「いや、3つっても資料の量倍以上あるじゃないっすか……」
それから十分ほどどたばたとして、どうにかひと段落ついたらしいクイントがヴァイスにコーヒーを入れさせる。
その間既にフィアッセはアリサの分も紅茶を出して飲んでいるのだが、仕方のないところだろう。
「少しは慣れた? 前のテンカワ大使が強引だったからいろいろ困った事も多いんじゃない?」
「いいえ、むしろびっくりするぐらい派閥を作り出してくれていたので助かっています」
「確かに、カリム少将にレジアス中将、伝説の3提督にも悪くは思われてないようですし、グレアム元提督が地球外対策局の重鎮。
リンディ提督の勢力とも関わりがありますし、彼自身も少将の地位にいますしね〜」
「ここまでお膳立てがいいとむしろ怖いくらいね」
「あははは……、まあそんな相手だからこそ、私たちのような管理局放逐組が就職出来た訳ですけどね」
そう、クイントやヴァイス達はみな大使館で雇用されている。
ティーダは重体で入院中のため、声はかけられていないが、状況が許せば雇用することになっている。
因みに、ティーダの妹がティーダの後を継ぐと言って士官学校に飛び込んだとか言う話を風の噂でクイントは聞いていた。
自分の娘たちも管理局に興味を持っているようだったので、もしかしたら会う事もあるかもしれない。
「でも実際、頭が痛いわ。この世界本当に魔法が軍事力なのね……」
「ええ、というか魔法が軍事力の世界は珍しくないですよ」
「そうかもしれないけど、私、昔は能力の事で色々あってね。この世界ではレアスキルの一言で片付くようだけど……」
「まあ、一言というわけじゃないですけど。確かにそうなりますね私たちにとっては日常です」
「日常品に使われるエネルギーもほとんど魔法なのね、
でも逆に不思議なのは魔法エネルギーで動いているものは私たちの世界とあまり変わらないという事かしら」
「それにも理由があるんですよ、ミッドチルダという世界は元々科学文明の世界だったらしいですから」
「科学文明だった?」
「管理局が出来た理由がそれです。
魔法と科学を融合したような強力な質量兵器による戦争が蔓延し、いくつもの次元が消滅の危機に晒されたとか」
「科学文明ではなく魔法文明を残した理由は?」
「個人で持てる力が大きくなりすぎないためです。科学文明なら個人で核だって持てるでしょ?」
「でも……」
「そう、魔法だって個人差がありますから、場合によっては核に匹敵する被害を出すことも考えられます。
でも、数は把握できる。魔力はだだ漏れですから」
「そうかしら? ならアルカンシェルとかいうのは?」
「まあ、そうなってきますよね。管理局が厳重に監視しているから大丈夫だと信じていたというところです」
「なるほどね」
今は彼女らも管理局のやり方に幾分疑問を覚えている。
その事は、フィアッセも感じていた。
だが実際、こうして色々やってみないと分からないことばかりだ。
コネがあり、彼の近くに居られるという点があっても、
少しばかりこの仕事を引き受けたのは早計だったかもしれない、そうフィアッセは感じていた。
だが、それでも引き受けた以上キッチリとこなしたいと考えてもいた。
すずかの屋敷の地下施設、そこでは巨大な質量が置かれている。
実際まだ骨組みを終えただけで、手付かずのところが多い。
これを見ただけで宇宙船だと分かる人はいないだろう。
「試作4号B案だけど……まだ重量設定が甘いみたい。
このままじゃ、グラビディブラストどころか、ディストーションフィールドを張ったら圧壊する」
「結構練り直したつもりなんだけどな〜、やっぱり強化セラミックの硬度が14に届かないとダメか……」
「忍のそのセンスは驚嘆に値するけど。これだけじゃまだ飛ばすだけが限界だと思う」
「それじゃ2年前の試作1号D案の時と変わんないわ……なんとか、ここをクリアしないと実際に使う事は出来ない」
「同じクオリティを再現する必要はないってアキトも言ってるけど?」
「わかってる、わかってるけど、技術者として200年程度未来なだけの技術に屈するわけにはいかないわ!」
「……」
ラピスはそれを聞いて苦笑する、以前にこれは古代火星人の遺跡から発掘されたデータをもとにしていると教えたことがあった。
その時は、昔の人間に出来て今の人間に出来ない訳はないと逆に対抗意識を燃やしてしまった。
実際、月村重工は彼女の作りだす新技術を特許として利益を出している。
つまり、彼女がいなくなるとグループの経営に差し障るのだ、そこまでの天才技術者はそういない。
しかし、ナデシコやエステバリスの技術は乖離した技術のはずだ。
ここまで出来ていること自体が奇跡といっていい。
ラピスはナデシコの設計に関してはおおよそナノマシン補助脳に保存されているものの、
実際に作れるわけでもなく、細かい図面を引く技術もない。
せいぜいが、脳内情報をそのまま形作るため、オモイカネYに資料を覚えさせた程度の事だ。
構造計算、資材の違い、空力、圧力、艦内環境の整備などほとんどを忍は一人でなんとかしていた。
「それにしてもすごいわね、この重力を操作する技術、
うまく使えば空でも海でも宇宙でも簡単な乗り物で行けるようになるんじゃない?」
「そういう側面はある、確かに私たちのいた時代のシャトルは重力制御だったし、海の中を宇宙船が潜る事もよくあった」
「でしょうね……やはり、この技術は絶対必要だわ」
忍は真剣にまた構造計算プログラムを行い始める。
ラピスはそろそろ一息ついた方がいいと考えていたが、切り出すのも躊躇われた。
「お姉ちゃん、まだ籠ってたの?」
「すずか……あら、もうこんな時間?」
「私も機械いじり好きだけど、食事の時間を忘れちゃ駄目だよ。前みたいにぱったり倒れちゃうんだから」
「ごめん、ごめんちょっといいところだったから」
「忍様、ラピス様も、夕食の準備が整いましたので」
「ノエルいつもありがとう、ファリンもね」
「いえいえ、私はノエル姉さんの仕事を見ていただけです」
「はは……」
5人は連れだって食堂へと向かう。
すずかは毎日でもアキトの家に通うような事を言っていたが、実際週に数回程度だった。
理由はいくつかある、アリシアと共に開発中のパワードスーツの次の段階の調整が大詰めに来ている事。
機械いじりを始めると止まらない忍のストッパーとしても、またお泊りに行く時は緊張してしまう事もある。
その辺り、強引に取り付けた割にはまだまだ強気になれない彼女ではあった。
食卓には既に一人座っている、アリシアだ。
夕方まですずかと一緒にパワードスーツ、アリアとオラトリオのマークVを調整していた。
パワードスーツも2m20cm初代からすると随分とコンパクトにまとまった。
だが、パワーも防御機構もほぼ同等である、欠点としては携帯火器が少ない事だろうか。
しかし、移動の際特別なトレーラーを用意しなくても、その辺のトラックで間に合うようになった。
ヘリなどでの輸送も可能で、戦車に匹敵する戦闘力を思えばその使用範囲は幅広い。
管理局に渡したのと同じプロトタイプとの対戦型シミュレーションにおいて3対1でも圧勝出来る。
理由は小回りの利きやすさと、スピードの違いだろう。
同じ重力波アンテナでエネルギー供給しているため使用エネルギーは同等、
しかし、重さが違うので圧倒的軽やかに動くことが出来る。
「そっちも随分進んだわね、私なしでもうまくやってるじゃない」
「でも、動きが速くなりすぎて操作が追いつかない事があるから……」
「あれは、並の神経の乗り手じゃ使えないんじゃないかなー」
「サポートプログラムがいるかしらね?」
「そう思う、ある程度の動きは、基本機動の中から選択できるようにしておいた方がいいよ」
「じゃあ、今までのモーションデータを……」
「それは、私がする」
「ラピスちゃん、そうね……オモイカネのほうが圧倒的に早いわ、任せる」
「うん」
いつの間にか、忍とラピスには同じ作業をする者同士の連帯感が生まれていたようだった。
すずかはそれをみてクスリと笑う、自分もアリシアとの連帯を感じているから余計に。
元々社交性のあったアリシアはすずかの家だけではなく、月村重工にもファンが出来るほどに人気者だった。
すずかは、自分が地味な人間だと感じ少しコンプレックスになっている。
力や運動能力が高くても、踏ん切りの悪い自分の性格は直せていない。
それでも、アキトの事になるとすこしちがうようだったが。
「さて、私はこのまま作業に戻るわ、貴方達はどうする?」
「私はアリシアとラピスを送っていく事にするね」
「そうだね、私も今日しないといけない事はほとんど終わらせたし」
「学校もある」
「そうだね♪」
そういいつつ、少女3人は連れだって出ていく、ノエルは忍の視線に気付き、3人を乗せる車を出すことにする。
ノエルはここ数年で頑張って免許を取った、運転は安全運転そのもので、イライラする人間もいるが。
安全性が保たれる以上あまり文句も言えない、3人は車に乗って帰っていく……。
そう、すずかも今日はお泊りのようだった。
「ちょっとさびしくなるわね……」
忍はこの先あの家がどうなるのかハラハラしている面はあったが、すずかの様子を見ていると無碍にも出来ない事を感じていた。
アキトは立っている、家の正面玄関の前で。
そう、彼が買った初めての家だ。
部屋数は20に届くそこそこ大きな屋敷で、風呂が2つ、トイレは3つある、住む人間の事を考えた造りだ。
庭は野菜を植えられるように裏庭に300u程度の空き地と、別に100uほど車の駐車スペースも確保し、
表の庭園も200uほどあるため見栄えも悪くない、
2階のバルコニーからは、1kmほど先にある海が見下ろせるようになっている。
岡地になっているせいもあるが、その方向が崖状になっているせいでビル等が建っていないせいもある。
そして正面玄関からは6m道路が延びており100mもいかない間に国道に出られる。
それに子供達の中学からも1kmほどの位置にあるという点も見過ごせない。
つまり、アキトはほぼ完璧な物件を手に入れてご満悦なのであった。
「義父さん……またそこにいたんだね……」
「ああ、なんというか感動してしまってな」
「ここ一週間くらいずっとじゃない……」
「まあまあ、そう言わないでやってくださいな。マスターは元の世界では金欠で家を持った事はないらしいので」
「主アキトはその時に味わった色々な苦難を元に今の人格を形成したのだ、それまではむしろ直情径行だったらしい」
「二人とも……詳しいんだね……」
アキトはこの家を買ってから、一日に何度かこうやって家を眺めている。
家というものが家族の象徴とは言わないが、彼にとっては今まで自分がそういうものを持つという事はあまり考えられなかったのだ。
もちろん、仕事もこなしているのだが、ある種の感慨があるのだろう。
よく家の前で考え事をしているようだった。
目の前の幸せと、自分の振りまいてきた不幸は天秤が釣り合っているのかと考えるように……。
「そういえば、思うのですが。キャロには母親が必要なのではないかと」
「そうだな、まだ甘えたい年頃だ。だが母親代わりならリニスに……」
「待ってください!」
「ん? どうしたフェイト」
「あの子は私が見つけてきたんです。私が育てたいって思います」
「だが……まだ早いと思うが」
「アフリカでは9歳で子供を産んだ娘がいると聞きました」
「比較対象する問題ではない気がするが、子供を産むのと育てるのはまた違うものだ。
母性本能に目覚めるにはまだ早いと思うぞ、リニスは逆に君を育てた実績がある」
「じゃあこうしましょう。フェイトがお母さん、私がおばあちゃんという事で」
「構わないのか?」
「ええ、マスターにとっても娘の娘になるわけですし、私的にもちょうどいいかなって」
「うぅ……それでいいです。ねえ義父さん、ちゃんと面倒みるから」
「ペットじゃないんだぞ? アルフのように最初から知識を持って生まれてくるわけでもない」
アルフの事については、アキトはリニスもそうだったらしいので知っている。
目的に応じて知識はマスターから与えられているのだ。
使い魔はだから子供が召喚したのでない限り大抵大人として生まれてくる。
「うん……だって……」
キャロはトコトコと歩いてきてちょんっとフェイトの服の裾をつまむ。
まだ家族になれていないのだろう。
アキトとしても、確かに母親は重要だと思うし、フェイトは懐かれているようなので少しは安心だ。
しかし、緊急時にフェイトでは不安がある事も事実だ、子供のかかる病気は知らないだろうし、
知識も詰め込み式だったろうから情緒もやっと安定してきたろころだ。
それに何より、名目的には絶対無理だ。
既にアキトはフェイトもキャロも自分の娘として住民登録してしまっている。
「わかった、実際に母親というわけにもいかないだろうが、勉強係としていろいろ教えるといい。
フェイトにとってキャロが娘だというなら、自然とそうなるだろう」
「うん、やってみる」
「じゃあ早速料理の練習しましょうか。
フェイト、貴方は何でも物覚えが良かったですがまだ料理は教えてませんでしたからね」
「がんばります……」
フェイトが少し落ち込んだ様子を見て、料理はまだほとんど出来ない事を予想するアキト。
だが、キャロの事を本当に思っているのならすぐに上達するだろう。
そしてアキトはふと思い出す。
「あ……あれは、あの料理は……あいつ等だけの独特だよな……」
少しおびえたように身震いしてからアキトは家に入っていった……。