「よう、はやてちゃん」
「今日も来たのかい?」
「ええ、家族の様子も見たいんでちょっと」
「どうせなら、就職しないかい? 歓迎するよ♪」
「はは、考えときます」
ここは、管理局地上本部、中央ビルから南側に位置するビル。
ここには航空武装隊の指揮系統が存在している。
ざっと2000以上存在する航空武装隊。
それらを束ねる部署という事もあり上層部は将官クラスもいる。
もっとも、はやてがいるのはそんな上層ではないのだが。
中層部にある首都航空隊、そこが彼女の家族が務める場所である。
「たまにはおべんとでも持って行ったらんと、ヴィータなんてお菓子ばっかり食べるんやから」
そう言い訳しつつ、ヴィータとシグナムのいるはずの首都航空隊の第二十八部隊用の待機室へとむかう。
待機室といっても事務仕事もこなすため、待機しているだけではないのだが。
基本首都航空隊はそのまま首都を守る隊というわけではないためいない事も多い、そのため待機室と呼ばれている。
『馬鹿な! その話は前に断ったはずだ!』
『しかし、……が変わりま……ね……いくらあなたたちでも管理局の……を抱え込む……りすぎ……』
『部署が違……、我々には関係ない! ……いう事は直接上層部へ通達……』
『それも……しょう、……貴方達の立場は……』
室内から声が漏れてきている、緊迫感のある話にはやては思わず耳をつけた。
しかし、会話は丁度終了したようで扉をがちゃりとあけて局員と思しき人間が出てくる。
その局員ははやての事を品定めするように見つめると、そのまま素通りして去っていった。
「……なんやの?」
その見下したような態度と先ほどまでの様子を見てはやては思わずはっとなり、室内へと入りこむ。
室内ではシグナムとヴィータが表情を硬くしていたが早手が来た事に気づくとさっと元に戻る。
他の隊員は何がしか理由をつけて出ていき、はやてに慰めてあげて欲しいというような目線を送る。
はやては、どうしていいかわからずとりあえず事情を聴くことにした。
「シグナム、ヴィータ、どうしたん?」
「ああ、いえ、その……」
「勧誘だよ」
「ヴィータ!」
「隠したってしょうがねぇだろ! あいつ等こっちに弱みがあると思ったら急に強気に出やがって!!」
「弱み?」
シグナムははやてを前にどうしていいのかしばらく迷っていたが、意を決したのか話し始める。
「2年前にテンカワ大使が今のクリステラ大使に変わる少し前、
首都航空隊が派遣されていたある町で事件が起こり対処に失敗しました」
「そういえば、そんな話聞いたけど。確かクリステラ大使の部下として今は大使館で働いてるんやろ?」
「その通りです。しかし、その事で首都航空隊は大きく権威を落としました。
理由は三つあり、ひとつは事件の解決の失敗、その際の国境侵犯は誤魔化したのですがそれもよくなかったようです。
最後に、解雇された人員をこちらで雇った事、レジアス中将へのごり押しのおかげらしいですが、そのひずみもまた出ています」
「つまりここ、首都航空隊の立場が弱ってるってことやね。それとシグナム達が何の関係があるん?」
はやては心底分からないという風に指を唇の下に当て考え込む。
シグナムはその表情を見て少し微笑みながら、
「弱った立場を強化する方法はいろいろありますが、手っ取り早い方法は首都航空隊が強い事をアピールすることです」
「そのために、アタシらが出向じゃ都合が悪いんだろ、なにせアタシらは首都航空隊でも指折りだからな」
「……そういうことやったんか」
実際、ランクも−SとAAA+なのだ、まともにやりあって彼女らに勝てる魔導師はそういない。
首都航空隊に限って言えば両手の指、つまりは最強の10人に含まれるのは確かだろう。
やっきになって彼女らを取り込もうとするのもうなずける話である。
しかし、その事実ははやてにとっては少し重いものだった。
彼女らのおかげで今もはやての生活は安泰なのだ、彼女らだけに苦しい思いをさせるというのははやてには土台無理な話。
「……私が管理局に入れば……」
「待った! それじゃ今までアタシらがここにいた意味がねぇだろ?」
「そうです。主はやて、貴方は我々の事を気にする事はありません。
いえ、気にしてくださるのは嬉しいのですが仕事で嫌な事があるのは社会通念としても当然のことです。
なにもここだけに限ったことではない」
「それは……」
「私達はもともと管理局に身を預ける事も出来た。
しかし、それをせず地球外対策局の出向という扱いにしているのには意味があります。
それは、私たちがいざという時自由に動くことが出来るための保障です」
「だが、それは当然管理局という組織にとっては面白くない。となればああ言った輩が来るのは当たり前だろ?」
「そうかもやけど……」
それでも、はやては自分のせいでという印象はぬぐえないのだろう。
実際はやてにとっては彼女らの事情は押し付けにすぎず、本来は全く関わりのないもののはずだ。
しかし、はやてにとっては既に家族である。
書に関する問題を自分が免れている事に痛みを覚えるのは仕方のない事であった。
「時に、キューエルシュランクとシャマルやザフィーラは今どうしていますか?」
「うん、キューちゃんは家でTV見てた、シャマルは買い物。ザフィーラは家で待ってるわ。
私自身最近は魔導師としてそこそ成長したから。ちょっとこっちに来るくらいでは文句言われへんよ」
「それは、確かに……今の主はやては我々でも懐に入らねばきついでしょうな」
「どうせ、金髪小娘と特訓してんだろ?」
「小娘ちゅーか。もう、胸もかなりおっきくなってきおったし。フェイトちゃんやるわ……」
実際フェイトは最近ぐんぐん体が成長していた。
成長の遅いはやてがコンプレックスを抱く程度には。
7人の大人な場所の成長具合を見ると、
一位すずか、二位フェイト、三位なのは、四位アリシア、五位ラピス、六位アリサ、はやては堂々の7位だった。
アリシアが同じ遺伝子なのにこの差は何と呻いていた気がするが、はやてにはどうでもいいことだった。
ラピス以下はAカップ以下ということでもうドングリの背比べみたいなものだが、その中でも最低である。
思い出せば思い出すほどコンプレックスに沈み、思わず近くにいたシグナムの胸をもむはやてだった。
「やっぱりもみごこちええなぁ」
「主はやて!? ちょ、やめてくださいここは。あぁん!?」
ストレス発散のため、いい声で鳴くシグナムの胸を思う様もみしだくのであった……。
「もう、はやてちゃんたら……勝手にいなくなって」
「恐らく、シグナム達に差し入れにいったのだろう」
「申し訳ありません……Wターンガンダムを見てる隙に……」
シャマルとザフィーラは主がいないことに気づくと、だいたいの理由を察した。
キューエルシュランクは近くにいながら止められなかった事を恥じるが、
両者共にはやてが一人で出かけた事自体を心配しているわけではない。
シャマルはお買いものを、ザフィーラはアルフとの何かの話し合いを。
それぞれ終えて戻ってきたところだった。
キューエルシュランクに聞くとはやては学校から帰ってすぐにいなくなったのだという。
恐らくとなりの地球外対策局の支局へ行き、申請を届けた後、管理世界へとむかったのだろう。
彼女はシグナムとヴィータに負い目がある、そのため余計にそうした差し入れなどをしようとする。
しかし、彼女は気付いていない。
今は彼女自身の事を管理局は何よりも欲しているはずだということに。
「シグナム達がいるから大丈夫だと思いますけど、あまり行かないように言わないといけませんね」
「そうだな。彼女が管理局にとらわれるような事があれば、今の我らは全て否定されたようなものだ」
「はい、なんとしても……」
その意思はみな同じはずだった。
つまり、はやてを幸せにしてあげたいというその思いは。
「とはいえ、最近の管理局の動き。あまり良くないですね」
「ああ、勧誘が露骨すぎる。内情を暴露しているようなものだ……」
「あれだけ大きな組織ですもの、全てがという事はないでしょうけど、逆にそれだからまずい部署もあるかもしれませんね」
「確か、首都航空隊は今落ち目だった気がするのですよ」
「ああ」
「多分、テンカワさんがいなければ、私達は例え事件を解決していたとしても、書そのものは失い、
全員が管理局の中に取り込まれていたでしょう。
そういう意味では感謝してもしたりないわ。でも、今の現状は逆に作用してしまっている」
「このままでは、はやては管理局に入るか、完全に決別するか選ばなければならない。
そういう極論を選択させたくはないのだが……」
「どこか、人のいない世界に行くべきでしょうか?」
「いえ、……あえて、指し手を名乗り出るべきなのかもしれないですね」
「管理局と地球の話に割り込むということか?」
「はい……、私たちが自分の立場を守るためには。
第三勢力からも力を得てどこからも引き抜きが出来ないようにするしかないでしょう」
「第三勢力……あれか」
「はい、はやてちゃんが帰ってきたら話してみるのもいいかもしれません」
「あまり大事にしたくはないのだがな……」
ともあれ、どこか所帯じみてきた感じすらあるシャマルとザフィーラは家の掃除を開始した。
やることがないときにとりあえず掃除をするあたりが、真面目なのだろう。
趣味がないわけではないのだが……。
後、メンタリティがどうしても子供っぽいキューエルシュランクはまたテレビを見るのだった……。
ここは、クラナガン郊外、それでもそこそこに住宅が立ち並ぶ場所だが、同様に田園の風景もぽつぽつ見かけるような場所。
そこに、クイント・ナカジマの家はあった。
今日は久々に夫であるゲンヤも帰宅しており、娘であるスバルとギンガと合わせ家族4人が勢ぞろいしている。
スバルもギンガも見た目はクイントに酷似しており、髪型と性格を除けば3人並んでも姉妹で通る。
スバルは元気そうな印象で、髪もショートにしており、ボーイッシュな印象。
ギンガはロングヘアをストレートに流しており、父親の事を気遣う様子なども見せる大人びた印象。
父親の老成した雰囲気に似たのかもしれない。
「ふんふふん♪」
「あらあら、スバル楽しそうね。明後日の修学旅行そんなに楽しみ?」
「うん! ギンガ姉もいっしょだよ!」
「もう、スバル! ごめんなさい母さん。その……」
「大丈夫よ。小中合同の旅行なんて珍しいんだから楽しんできなさい」
「うん!」
スバルは素直に、ギンガは多少恥ずかしがりながらも旅行が出来る事を喜んでいる。
スバルは11歳、ギンガは13歳になる、クイントの娘としては少々年かさといえなくもない。
クイントはまだ27歳、ギンガの年齢を考えると13歳で妊娠、14歳で産むということになる。
実のところ、クイントは管理局時代、自分の遺伝子データをもとに戦闘機人を作っている組織をつぶした事がある。
その時、残されていたその戦闘機人の子供を引き取ったのだ、だから血のつながりはあってもお腹を痛めて産んだ子ではない。
父親という事になっているゲンヤとは全く関係ないということになる。
しかし、ゲンヤは受け入れ、その後も良好な関係を築いている。
「はしゃぎすぎて体を壊さないようにね。父さんも母さんも仕事が忙しいからすぐに駆けつけられるかわからないし」
「うん! 元気一杯だよ♪」
「そういうところが心配されてる理由なんでしょうね……」
「ギンガは逆に少し楽しんできなさい」
「ええ、面白そうな所はチェックしてますから」
「用意周到ねぇ」
「はっはっは、見事に両極端に育ったものだな」
「もう、あなたったら♪」
と、急にバカップルぶりを発揮するナカジマ夫妻。
実際には子供を産んでいないわけだから、クイントもゲンヤに猛烈アタック中ではある。
しかし、ゲンヤは仕事の忙しさもありあまり構ってやれず、また年齢差のために体力不足でもある。
多少クイントは欲求不満……とまあ、そういうような事情もあり、クイントもゲンヤに甘えたがる傾向にあった。
「でもあなた、管理局の動きは少し混乱しているように感じるから、気をつけてね」
「ああ、これでも立ち回りはそこそこに心得ているつもりだよ。魔法を使えない私としては……な」
「ええ、貴方が辣腕だって言う事は知っているつもりだけどね」
そんな真面目な話を聞くのが面倒になったのか、スバルはもうこっくりこっくりと首を振っている。
ギンガが気を利かせてスバルを寝台まで運んでいった。
「あんな事件があったから管理局の事を疑いたくなるのは分かるが、娘たちの前で言うのはやめなさい」
「……ごめんなさい、ゲンヤさん……でも、実際最近の管理局の動きはおかしいと感じるのよ」
「それは……確かにそういう兆候はある。しかし、どれもこれも小さなものだ、点と点をつなぐ線が見えてこない」
「否定はしないけどね。疑わしきは裁くなんて大時代的な事を言うつもりはないのよ。でも心配なのも本当」
「ああ、その気持ちは受け取っておくよ。実際騒がしくなってきているようではあるからね」
「お願いね」
クイントは心配そうにゲンヤを見る、あの時、彼女の部隊の事は知られていた。
一足飛びにレジアスを疑う事は簡単だが、どうもそれだけにしては状況がおかしい。
レジアスは確かにあの事件の後、パワードスーツ導入のほうに傾きつつあり、事後処理に利用されたとも見える。
しかし、それならば、生き残りを認めるわけにはいかないはずだし、事件が公になっていないのは不思議ではないにしても、
内部監査も動いていないのは気になる。
まさかとは思うが上層部が関与している可能性もある。
そして今務めている、地球という世界の政府、特にアキトという元大使は、パワードスーツを売って少将の地位を得た可能性が高い。
それだけでは事件ではないが、それを売っただけではなく、事件現場にもいたのが気になる。
(もちろん軍規的には違反だがそういう事はよくある、例えばカリムの地位も聖王教会との関係上の意味合いが強い)
以前から関係を持っていた可能性はないだろうか。
「私はむしろ君の方が心配だよ。復讐なんて考えてないだろうね?」
「……まさか、そんな事が出来るほどうぬぼれてはいないつもりよ。
どう見たって相手は管理局の重鎮や一つの世界の代表といったこの世界の命運を左右するような連中ばかり。
一人でどうこう出来るなんて物語の主人公でもない限り無理よ」
「ふっ、クイント。お前はその主人公らしい行動が多すぎてな。心配なんだよ」
「もう、それを言うなら、貴方は主人公を受け止める王子様ってところかしら?」
「もうそういう年ではないよ。いいところ脇役Aといったところか」
「それじゃ、脇役Aに主人公から命令です!」
「ほっ?」
「これからもずっと一緒にいましょうね♪」
この一連の話をギンガが聞いていた事をクイント達が知るのはずっと後になってからである。
しかし、この話し合いでギンガの生き方に少しだけ違いが出てきたのは事実かもしれない。
「よく似ている……商店街の立ち並び、住宅街の配置、細かい点こそ違っているが……」
そこは、第93管理外世界(地球)における長崎県佐世保市。
アキトの知る佐世保とは似て非なる場所。
しかし、目の前の光景にアキトはどうしても郷愁を覚える。
「主アキト……本当に行かれるのですか?」
「ああ、本当にあの世界への扉を開くことが出来るのかはわからない。
しかし、俺の中の演算装置はあの世界のものだ、並行宇宙理論的には全て同一なのかもしれないがな」
「ですがマスター、この世界の事は放っておくつもりですか? 今は家族も待っているんですよ?」
「そんな事は言っていないさ、あの男意外と接触するつもりはない。それに、行けなくても構わない。
あくまで必要なのは、ヤマ……いや、犯罪者ファイルではジェイル・スカリエッティ博士だったな。
奴の行動を把握するだけでも意味はある、この世界に戻って来た時には確実につぶせるように」
「そのために、忍に4年前から装置を発注していたんですね」
「まあな」
アキトは確かに、今では家族を捨てることはできないと考えていた。
娘が4人、使い魔と魔導書、そして娘の使い魔、自分を含めて8人が同居している。
自分以外が全て女という立場が低い感じもするものではあるが、それなりに父親していると自覚出来ている。
そっち系の処理には気を使わなくてはいけないが……いや、関係のない話。
「引き戻しのポイントはリニス、お前にたのむ。1時間ほどで戻る予定だから時間をうまくつぶしておいてくれ」
「はい、確かにマスターの護衛という意味ではユニゾン出来るリインフォースの方が有利ですからね」
「すまないな」
「いえいえ、縁の下の力持ちというものです。がんばりますよ」
アキトは以前、亜空間内の城で過去へとプレシアを送り込んだ事を思い出す。
自力でああ言う事が出来たのはあれっきりではあった、しかし、その状況を人工的に作り出せればどうか。
トいうコンセプトで作られたのが忍作、レオポルドン3号だ。
やばげな名前だが、ようはイメージを強化するシステムである。
ただし、強力な思考誘導のシステムであるため、雑念が入り込むとまずい。
それに、システム負荷が大きいらしく、一回使うごとにお釈迦になるという使いづらいマシーンだ。
「これで俺の世界へ行けるのかは分からんし、行けても揺り戻しで戻ってくるしかないだろう。
その上一時間だけだからな……ボソンジャンプを駆使できるとしても何も得られない可能性が高い」
「それがわかっていても危険を冒すのですね?」
「他になにも思いつかないからな……」
「ならば私からは止めはしません。。
でも、もし帰らなければ私も消滅してしまうでしょうし、子供たちは路頭に迷う事になりますよ。
それを肝に銘じておいてください」
「ああ……」
アキトはそうして元の世界へのボソンジャンプを行うことにした。
並行宇宙というものは分岐点の前は同一であるとする理論がある。
マシーンはその分岐点を探り出し、別の分岐へボソン情報を送り込む。
ボソン情報はイメージする分岐へと送り込まれるのだが、
情報劣化の最小化と保護のため一定時間で逆転するジャンプが発動するように織り込まれている。
つまりは、時間制限付きのジャンプということになる。
アキトはイメージを整え、装置の発動に身をゆだねた……。
暗黒の宇宙をさまようような違和感が数分続いたように感じた頃、ようやく出口が見える。
出現する場所は間違っていなかったようだった。
そこは、かつて自分が暮らしていたアパート……。
一人住むにも狭い、そのくせ一時期は3人で生活していたアパートだった。
「まったく……やはりここか……」
「主アキト?」
「いや、すまないな」
そして、アキトはふと気付く。
アキトはジーパンジージャンのラフな格好にしているが、リインは少し露出が多い、
車で移動するならさほど気にならないがこれからは歩きが多いだろう。
「服装や髪は一時的にどうにかすることはできないか?」
「可能ではありますが」
「では、頼む」
「どのような服がよいのでしょう?」
「そうだな、その辺の女性……ん?」
「あの服装がいいのですね?」
リインは一瞬光ったと思うと服装を着替えてしまった。
それはいいのだが、その服装、見かけた女性のそのままの服装になっている。
そして、その見かけた女性は近づいてくる……アキトはとっさに隠れることにした。
「主アキト?」
「静かに!」
「(こくり)」
二人がアパートの影に隠れたころ、そこに人が現れる。
それは、白銀に近い水色の色素の少ない髪、透き通るような白い肌、そして金色の目を持った少女だった。
少女はその髪をツーテールにまとめ、カットしていないのが分かるように長くのばしている。
少女は玄関に向けて少しだけはにかんだ表情で言う。
「私、軍に入隊しました。ミスマルおじさんも反対はしていましたけど、最後には折れてくれたみたいです。
私、アキトさんとユリカさんが死んだなんて未だに信じられないから……。
事件の全容を探ってみたいと思います」
「……」
「アキトさんなら多分止めると思います。でも、私にとってこの場所は一番幸せな場所だったから。
可能なら取り戻したい……」
アキトはそれを見て、悔しそうに唇を噛んでいる。
それは、絶望をたたえた瞳があった。
リインフォースはその絶望に引き込まれる、自らと同じ手が届かないものに手を伸ばすそういうあがきが見えたからだ。
しばらくして、少女が去った後、アキトは表情を戻して表に出る。
「さて、先ずは火星の状況だな……予定の時間より少しばかり先になってしまったが仕方無い」
「主アキト……今の方を追わなくていいのですか?」
「追っても何にもならないさ、それより時間がない。ヤマ……いやスカリエッティの動きを追うにはまず火星の事を調べねばな」
「可能なのですか?」
「一時間以内というのが厳しいが、この世界なら火星に直接跳ぶことだってできる」
「そうなのですか……」
アキトの言っている事は嘘ではない、ボソンジャンプの演算装置がこの世界には2個あることになっているからだ。
自らの体内にある演算装置で細部を、火星の装置で大まかな位置を知れば先ず失敗はないだろう。
とはいえ……。
アキトは表情を戻し取り繕ってはいた、しかし、まだどこかで傷心が残っているかのような危うさがリインフォースには伝わった。
「主アキト……」
リインフォースが心配そうに見守る中、アキトはリインフォースを連れ、火星極冠へと向けてジャンプを行った。