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Muv-Luv ノイマンのおとぎばなし 第41話 善と悪の彼岸で(前)
作者:鈴木ダイキチ   2015/02/21(土) 21:45公開   ID:St./CD2c7M6

 
【1993年10月30日 帝国軍富士演習場・戦術機シミュレーター室】

シミュレーターから出て来た新井の表情は冴えなかった。
いや、悔しさを堪えた顔だと言った方が正確だろう。

「まずまずの動きだったな新井少尉」

自分にかけられたまりものその言葉で、新井の顔は一層悔しさを深くした。

「子供相手に手玉に取られてまずまず…ですか」

自嘲気味に吐き出された新井の言葉にまりもは苦笑しながら答える。

「白銀相手では仕方なかろう…そもそもアレは他人とは出来が違い過ぎるし、貴様はまだ乗り慣れていない撃震・解であそこまで粘れたのだからそういじける事はない」

HASによる大容量通信網によってオノゴロにいる武と1対1の模擬戦を行っていた新井だったが、恐ろしいほどの機動センスとXM、そして撃震・解を扱い慣れた武の機動に翻弄され完敗を喫したのであった。
もっともそれで新井を笑う者は誰もおらず、むしろ武の人間離れした機動をどうすれば再現可能か、あるいはどうすればあれに対抗できるのかといった空気が模擬戦を見ていた観客…富士教導隊の衛士たちに蔓延していた。

「貴様の機動もそして大陸での指揮ぶりも、この富士の教導隊に参加するに足る物だという評価は間違いではなかった…私はそう思うがな」

「……」

それはあなたのお蔭だ…という言葉を口にするほどには、まりもに対して未だ素直になれない新井であった。
大陸の激戦の中幾人かの部下を戦死させ心を折られかけた事もあった新井だが、その都度静かにそして厳しい言葉で自分を励まし、立ち直らせてくれたまりもは今の彼にとって最大にして最高の目標であった。
そしてだからこそまず彼女の「一番弟子」とも言われる白銀特尉に対等の条件で勝ってみせる…と、意気込んで挑んだ模擬戦で惨敗してしまったので余計に気分は屈折していた。

そしてそれだけではなく、新井にはもう一つ気に入らない…いや、どうしても納得できない事があった。

「…それで中尉殿、あの坊やたちは今後もまだ兵隊稼業をやらされるんですか?」

「……」

その質問にまりもは即答も、そして叱責もしなかった。

「アイツは、あの白銀たちは確かに優秀な衛士です。 しかし同時にまだ10代前半の子供でもある…そんな奴らを兵隊としてこの先も使い続けて本当にいいんですか…?」

新井の言う事はある意味で正論である。
日本帝国の徴兵年齢は基本的に18歳以上であり、斯衛軍にしても元服年齢の15歳以上が通常であった。
徴兵制度の改正によって年齢を引き下げるにしても精々斯衛と同レベルの徴兵が妥当なラインであって、10代前半の子供を徴兵する事はまず考えられない。
それにも関わらず軍人として採用され、更には実戦にまで参加した武たちの扱いは確かに常軌を逸した物ではあったのだ。

「あの坊やたちはもう他の衛士や兵士が10年以上勤めても挙げられない程の成果と貢献を国や軍にした筈でしょう? だったらもう…」

これ以上子供の彼らに重荷を科せなくてもいいのではないか? という新井の問いに対してまりもは静かに口を開く。

「確かに貴様の言う事にも一理はある。 白銀たちが成し遂げた成果はこれまで誰も出来なかった物だし、それによって我が国や人類全体の対BETA戦力も大きく前進したとすら言えるだろう。
しかしな新井少尉、貴様も見た筈だ……あの大陸の大地を埋め尽くさんばかりの規模で迫りくる異星起源種の数の暴力を」

「ッ!それは…」

「如何に優れた兵器、強力な火力を保持しようと、一旦それが尽きれば我々は無力だ。 だからこそより高度な運用手段を編み出し、全ての兵士がそれを身に付けるべく手を尽さなくてはならない…そしてより強力な装備の開発や運用、あるいはこの先徴兵年齢が下がればまだ若すぎる衛士を育てるための人材はいくらいても足りなくなるのは確実だ。 白銀たちのような人材が要らなくなるという事はまず考えられないだろうな…」

厳しい表情の中に浮き沈みする苦悩と哀しみの色を新井が読み取ったのかどうかは分からない…彼が口にしたのは別の事だった。

「それで、あの伊隅少尉も帝都で何かやらされている訳ですか?」

それを聞いたまりもは微妙に困った顔で返答する。

「やらされているというか…単に伊隅がどれだけ優秀な人間か知られてしまっただけといったところか?」

「???」

「さて、それではそろそろ私が白銀の相手をしてやるとしようか…あいつも最近は少し調子に乗り過ぎているようだし、ここらでネジを締めなおしておかんとな」

何を言っているのか理解出来ない新井の様子に苦笑しながらまりもはそう言って席を立った。
 
 
 
…十分後、新井や他の富士教導隊衛士たちは後に『狂犬と神童のダンス』と呼ばれる対人戦試験機動を目撃する事になるのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【帝都 帝国軍務省・第三会議室前】

議事が終了し、説明役の任から解放されたみちるの前に巌谷がやってきて労いの言葉をかけた。

「ご苦労だった伊隅少尉、実に見事な説明だった」

「ありがとうございます巌谷少佐…ですが自分如きの書いた文書に対する審問にしては、些か大袈裟に感じたのですが?」

何故こんな大騒ぎになっているのか今一つ理解出来ない表情のみちるに対し、微妙に困った顔の巌谷が説明する。

「実はな、貴様が出征前に我々に手渡してくれたレポートは今日この場に集まった軍の要人だけでなく政府や各省庁のお偉方にも知れ渡っていて、その内容を絶賛する声が大多数なのだ」

「…は?」

一瞬巌谷が言っている意味が分からずぽかんとした声を出したみちるだが、その意味を理解するにつれて顔から汗が噴き出した。

「既に政府も密かにではあるが、貴様がまとめたファイルを基にした本土防衛計画の見直しを検討している…今日、貴様がこの場に呼ばれてファイルの中身について詳しい質疑応答が行われたのもそういった事情があったせいなのだ」

「で…ですが少佐、自分が纏めたあのファイルはあくまでも自分の拙い知識を前提にした物で、到底国策に反映できるような内容では…」

みちるとしては本土防衛体制に不安を持っていたのは事実だし、『未来知識』を活用した本土防衛考にそれなりの自信を持ってはいたが、まさかそんなレベルでしかもこんな早期に高い評価がもらえるなどとは考えてもみなかったので、一体何が起きているのだという心境であった。

「そう謙遜する事はない。貴様があのファイルの中に纏めた内容は、現在の本土防衛体制にあるいくつもの欠陥を見事に指摘していると他でもない本土防衛軍の高官ですら認めているのだ」

「は…はっ、ありがとうございます!」

巌谷に言われてそう返答するみちるだが、本人にとっては何やら異常な過大評価をされているとしか思えず、一体どうしてこうなったと頭を悩ませていた。

「さて伊隅少尉、これで貴様を帝都に呼びつけた用件は終了だ、ご苦労だったな」

「はっ!では自分はこれよりオノゴロに戻ります」

そう言って敬礼するみちるに対して巌谷はやれやれといった顔で話しかける。

「…伊隅、何もそう急いで戻る必要はなかろう? 貴様は大陸から帰還して報告も済ませたのに、まだ家族に顔も見せておらんのだろうが?」

「はっ、ですが神宮寺中尉も未だ富士ですし自分が白銀たちの監督をしなくてはならないかと」

「その白銀特尉と速瀬特尉から他の子供たちの面倒を見るのは自分たちがするから、貴様は少し休んでくれと伝言を預かっていてな」

「…アイツらは」

苦虫を潰しながら照れた表情をするみちるに対し、巌谷がトドメを指し示す。

「それにほれ、もうお迎えが来ているぞ?」

「はっ?…え、姉さん?」

巌谷が指した方を見ると、姉のやよいが微笑みながら待っていた。

「ご両親も横浜の自宅に戻ってこられるそうだ、久しぶりに親孝行して来るといい」

「…はっ! ありがとうございます!」

みちるは一瞬だけ躊躇したが、すぐにそう敬礼を返して姉の方にむかう。
その後ろ姿を見つめる巌谷の目には密かな苦悩がにじんでいた。

(済まない伊隅君…この休みが多分君にとっては最後の『女の子』らしい時間となってしまうかも知れん。 それほどまでに君が書いたあのレポートの内容は優れていたのだ…今後君は否応なく『国策』の一部とならざるを得ないかも知れないのだ)

口には出さずみちるにそう詫びる巌谷であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【太平洋 伊豆諸島沖 万能プラント・オノゴロ】

「さて旅の支度はこれでよし、後は煩い小姑さんたちの説得だが…」

「どう説得するおつもりですか、相馬課長?」

ルンルン気分で旅支度をしていた私の背後からメリーちゃんより怖い雰囲気で文殊君が聞いて来た。

「…私にも『人権』という物が存在するという名目では駄目かね?」

何せこのオノゴロごと異世界に飛ばされてこの方、まともな観光旅行なんてした事ないしそもそも『休暇』と呼べる物すら取ってないんだからこれくらいはねえ…と言いたいのだが、目の前の人工知性には異なる意見があるようだ。

「そもそも仕事を遊びにすり替えてこの世界でやりたい放題のあなたがどの口で『人権』だの『休暇』だのという戯言を言えるのか全く理解できませんが?」

全くこの石頭の眼鏡っ子は…仕方がない、ちょいと本音を出しますか。
 
 
「…どうせ最初から我々の『人権』なんぞ考慮されてはいなかったんだから別にいいんじゃないのかね?」

「……それはどういう意味でしょうか?」

気色ばむ様子も見せず、むしろ完全な無表情と化した文殊君がそう聞いて来た。

「どういう意味もこういう意味も、言葉通りだが?」

「………」

おやおや、賢いAIさんが怖〜いお顔で睨んでますよ?

さてと、ではそろそろ話し合いを始めようか?

そう…そもそもの始まりからね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第41話終わり
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【おまけ・燃え尽きた人たち】

「タケルちゃん…大丈夫〜?」

「へ…へへへ…燃え尽きたぜ…真っ白によ…」

「水月〜〜しっかりして〜〜〜〜」

「ダメ…もうギブ…」

「さ…さすが神宮寺教官…」

「凄まじい機動でしたわね」

「私たちなんかまだまだなのね…」

「まだまだダメダメ…?」

「うむ、やはり精進あるのみか…」

「ボ、ボクたちもいつかこうなるのかな〜〜?」

「こここ怖いですう〜〜〜〜〜」





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■作者からのメッセージ
さて今回から3話連続で第3章の最終幕となります。
本当は前後編で2話の予定でいましたが、色々構成を考えると3話にした方がいいと思いましたw

さて次回はいよいよ相馬君が今まで口に出さなかった彼らの世界の黒いお話になります。
お楽しみに?
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