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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第62話:相対戦=第二戦その9=
作者:蓬莱   2015/02/28(土) 22:51公開   ID:.dsW6wyhJEM
ナルゼの放ったカレー砲弾により弱点を付かれたヴィルヘルムは自身の根幹を揺るがしかねない異常事態にただ困惑していた。
―――十字架は一番メジャーだし、とあるルートではそれが原因で死んだこともある。
―――銀や聖水も邪悪なモノを祓う効果が有るからまだ良い。
―――炎や腐食毒もまだ許容範囲内だ…ただし、レオンハルト、てめぇは除く。
―――だけど…だけど…!!
―――よりにもよってカレーが弱点の吸血鬼なんて居る訳ねぇだろがぁああああああああああ!?
もちろん、ヴィルヘルムからすれば、吸血鬼としてのアイデンティティをぶち壊すようなふざけた弱点など素直に認められる筈も無かった。

「やっぱり、吸血鬼にも有効だったみたいね、カレー」
「一応、凛ちゃんからグールにカレー粉ぶつけたら成仏したって言っていたから、まさかと思ったけど…」
「というか、直前まで、私、あのカレー食べようとしたんですけど!! いったい、何が入っていたんですか!?」

一方、そんな憤りを隠せないヴィルヘルムとは対照的に、問題のカレーを作ったハッサンに抗議の声を上げるアデーレを除く武蔵勢の全員がやっぱりといった様子で頷くと、廃発電所にて吸血鬼と同じくアンデットであるグールにも効果が有った事から、“カレーが吸血鬼の弱点”である事をあっさりと受け入れていた。
“え、俺がおかしいのかよ…!?”―――その余りに平然とした武蔵勢の面々を前に、ヴィルヘルムは思わず自身の状況を忘れてしまうほど、そう心中で自身の常識が崩れていくの感じずにはいられなかった。
だが、このヴィルヘルムの突発的な動揺は、ヴィルヘルムを打ち倒さんとする者達にとって絶好の好機に他ならなかった。

「…いくぞ」

すぐさま、ノリキは右腕に巻いた荒布を軽く叩き、予め布の内側に仕込まれた符―――己の宝具を発動させた。

『内燃接続:諏訪神社・術式:創作登録型031―――確認』

それと同時に、ノリキの右肘から拳の先端まで緑色の光を放つ鳥居型の術式紋章が展開された。

『創作術式“弥生月”―――発動』
「…っ!!」

そして、そのまま、ノリキは身体を左に振り抜くように動きの止まったヴィルヘルムの顔に目掛けて己の体重を上乗せした全力の拳を叩き込んだ。



第62話:相対戦=第二戦その9=



その直後、打撃を打ち込む快音が周囲に響いた瞬間、ヴィルヘルムの顔にノリキの拳が狙いすましたかのように叩き込まれていた。

「はっ…軽いなぁ」
「…一々口にしなくても良い」

だが、当のノリキの拳を受けたヴィルヘルムは鼻で嘲ると同時に、まるで鬱陶しい蠅蚊を振り払うかのように自身の顔に叩き込まれたノリキの拳を軽くはねのけた。
事実、ヴィルヘルムの指摘するように、ノリキの拳が叩き込まれたヴィルヘルムの顔には傷どころか痣一つさえついていなかった。
それほどまでに、ノリキの拳は一般人が殴るよりもはるかに軽いモノだった。
だが、ノリキはヴィルヘルムの嘲り混じりの指摘を意にかえすことなく、再度ヴィルヘルムの顔面に拳を叩き込んだ。

「だから…んな、くそ軽い拳で何度喰らおうが効くかよ、馬鹿がっ!!」
「…っ!!」

だが、打撃力のないノリキの拳が通用する筈も無く、ヴィルヘルムはまるで手応えのないノリキを罵りながら邪魔だと言わんばかりに脇腹にむけて蹴り込んだ。
如何に弱点を付かれた事で大幅に弱体化したとはいえ、ヴィルヘルムの放った蹴りは次々と骨が砕ける音を鳴り響かせながらノリキの身体を軽々と宙に突き飛ばした。
このヴィルヘルムからの切り返しの反撃に、ノリキは無言のまま、まともに受け身を取る間もなく地面に叩き付けられた。

『創作術式“如月”―――完了』
「警告する」

“もう後は無いぞ”―――にも関わらず、ノリキはそう警告するように呟きながら、自身の前に立ちはだかるヴィルヘルムを見据えて立ち上がった。
そして、ノリキはダメージのショックで震える身体を気力で奮い立たせ、直もヴィルヘルムに向かって三度目の打撃を叩き込まんとした。
この時、いくら痛めつけようとも立ち上がるノリキの不屈の闘志を前に、ヴィルヘルムの脳裏に過ぎったのは“敵との圧倒的な実力差を計れぬ弱者に対する憐み”や“何度も無意味な攻撃を繰り返す愚者に対する嘲り”ではなかった。

“こいつはヤバい…コイツの攻撃は俺の知っている何かに似ている・・!!”

それは、生粋の戦闘狂であるヴィルヘルムさえも一抹の恐怖と不安を抱かせてしまうほどの、ノリキの拳に対する猛烈な“既知感”だった。
事実、ヴィルヘルムの抱いた“既知感”は間違いではなく、ノリキの宝具は二度の打撃を奉納する事で三度目の打撃でその効果を発揮する宝具だった。
一度目の打撃“弥生月”はどんな防護も無視させるための奉納。
二度目の打撃“如月”はどんなものであろうとも打撃力を通じさせるための奉納。
この二度の打撃を奉納する事で宝具が発動され、宝具の力により術式強化された三度目の打撃“睦月”を叩き込む事ができるのだ。
さらに、この“睦月”の打撃による効果とは打撃自体の強化に加え―――

「俺が認知できる限り、俺に殴れないモノはない」
「…っ!?」

―――ノリキが認識できるものである限り、ヴィルヘルムの宝具“死森の薔薇騎士”のような形の無いモノであろうとも問答無用で打ち砕き、それらを強制的に解除できる事!!
故に、ヴィルヘルムが“睦月”となったノリキの拳に“既知感”を覚えたのも無理からぬ話だった。
なぜなら、ノリキの宝具である創作術式“睦月”の効果は黒円卓の三幹部“三騎士”の内“黒騎士”である“ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン”の宝具にある程度類似しているのだから。

「なら、俺が殴られる前に、てめぇを仕留めりゃいいだけだろうが!!」

既に自身の弱点を付かれて満足に動けない以上、ヴィルヘルムはノリキの攻撃を避ける事は不可能であると判断せざるを得なかった。
故に、ヴィルヘルムは即座にノリキに殴られる前に迎え撃つべく、再度、全身から杭を突き出さんとした。

「…何故、人参?」
「んなもん、俺が聞きてぇよ!!」

だが、体内に撃ち込まれたカレーによる影響なのか、ヴィルヘルムの全身から突き出たのは杭ではなく、カレーの具材としては一般的な食材である“人参”だった。
ちなみに、この時、“闇の賜物”内では、某モンスターペアレントな姉兼母親がいつもの鮮血の代わりに、噴水から溢れ出る大量のカレーに飲まれそうになっていたのはまた別の話である。
もはや、回避も反撃も封じられて無防備な状態を晒すヴィルヘルムに対し、ノリキは“睦月”により術式強化と嫁である氏直を傷つけられた怒りを込めた拳を自身の残存魔力を総動員し渾身の力を込めて勢いよく叩き込まんとした。


そして、武蔵勢とヴィルヘルムとの総力戦が終わりを迎えようとしている数分前。

「相対戦第二戦の勝利おめでとうございます、師よ」
「…」

相対戦第二戦終了後、凛から連絡を受けた時臣は綺礼の頼みを承諾すると、アーチャー達と共に遠坂邸の地下工房へとすぐさま駆けつけた。
そして、時臣はこの相対戦第二戦に勝利した事への祝いの言葉を送る綺礼と向き合うように対峙していた。
現在、地下工房には、時臣と二人きりで話し合いたいという綺礼の希望により時臣と綺礼の二人しか居らず、アーチャーや近藤達には護衛として地下工房の外で待機していた。
一応、凛は時臣の身を案じて同伴を望んでいたモノの、綺礼の意思を尊重したいという時臣の頼みもあってか、不承不承ながらも近藤達と共に外で待つ事になった。
やがて、しばしの沈黙の後、時臣は用意された席に座ると、ようやく意を決したように綺礼と初めて真正面から対話すべく口を開いた。

「この相対戦第二戦で、アーチャーから君の本質についての大凡の話は聞かせてもらった」
「…そうですか」

まず、時臣はアーチャーやホライゾンを通して、綺礼の抱える“他者の苦痛や不幸にしか愉悦を感じない”という歪みを知った事を目の前で相手を窺うように見据える綺礼に告げた。
これに対し、綺礼は特に感情を露わにすることなく、時臣の言葉を全面的に肯定するように淡々と頷いた。
恐らく、アーチャー達も言っていたように、綺礼自身はラインハルトや銀時、アーチャーらとの語らい合いを通して、己の抱える歪みを既に受け入れているのだ。
その上で、アーチャー達の言うように、綺礼は己の歪みを満たす事に振り回される事無く、一人の人間として生きていこうとしているのだろう―――真っ当なドS人間という斜め上の生き方ではあるモノの。

「君がこの相対戦第二戦を通して、何を目論んでいたの見当はついている」
「…」

ならば、アーチャー達との交流を通して、人間的に色々成長した時臣なら次に綺礼が何を望み、どう行動するか容易に察する事ができた。
その事を綺礼に告げた後、時臣は未だに沈黙を保つ綺礼を見据えたまま、この相対戦第二戦での綺礼の行動を振り返った。
―――遠坂家の魔術の薫陶を受けた者として有るまじき悪辣な手段。
―――敵を仕留めるだけでなく、明らかに獲物を甚振るのを目的とした罠の数々。
―――まるで、時臣がこれまで知る綺礼とはまったく違う一面を見せつけるように。
―――まるで、これが言峰綺礼の本質なのだと自己主張するように。
―――まるで、この相対戦第二戦を通して、本当の自分を時臣に知ってもらいたいかのように。
さらに、アーチャーとホライゾンの教えてくれた事を踏まえた上で、時臣は綺礼が師である時臣と敵対してまで、この相対戦第二戦に挑んだ本当の理由に気付く事ができた。

「私が言峰綺礼という人間の抱える歪みを知った時、私がどうするのかを知りたかったのだな…綺礼?」
「…はい」

すなわち、他者の苦痛と不幸を悦とする綺礼の本質を知った時に、時臣が自身とどう接していくのかを知るためなのだと。
そして、この時臣の綺礼自身の本質を付いた問い掛けに対し、今の時臣ならば自身の本心を隠すことは無いと思い至った綺礼は言葉こそ少ないモノの、時臣の言葉を肯定するようにはっきりと頷いた。
確かに、あの銀時やラインハルト達との対話を通して、綺礼は己の歪みを受け入れながらも人としての生を全うすべく、真っ当なドS人間として改めて生きていく事を誓った。
だが、それは己の本質を封じ込めていた“言峰綺礼”との決別でもあり、これまで綺礼が築いてきた他者との繋がりを自ら打ち壊す事に等しかった。
このままではいずれ、これまでの“言峰綺礼”しか知らない者達、特に師である時臣との間で軋轢が生じるのは避けようのないだろう。
だからこそ、綺礼はこの相対戦第二戦を自身にとっての転機とし、自身の考え得る限りの悪辣な手段で以て、師である時臣に背信行為同然の戦いを挑んだのだ―――時臣に言峰綺礼という男の歪みを含めた己の全てを理解してもらうために。
そして、その上で、綺礼は敗者の務めとして目の前にいる時臣に全てを打ち明けたのだ―――その全てを知った時臣がどのような決断を下すのかを知るために。
例え、それが…

「…拒絶という形であろうとも」
「綺礼…」

まるで懺悔室にて告解する罪人のように内心の全てを語る綺礼に対し、時臣は振り絞るように綺礼の名を呟くもそれ以上言葉を発する事ができなかった。
桜を救う為に遠坂家の悲願すらも投げ捨てる覚悟を抱く時臣と同じく、綺礼も自分の全てに決着をつける覚悟を以て、この相対戦第二戦に己の全てを懸けていたのだ。
いや、綺礼は勝負に敗れた今もなお己れの全てを懸けているのだ―――“言峰綺礼”の抱える歪みを含めたすべてを知った時臣の下す決断に。
それは決して己の運命をただ受け入れ従うような“諦観の覚悟”などなく、一筋の光さえもない暗闇の荒野を俺の進むべき道を切り開こうとする“決意の覚悟”だった。

「私はこの数年間、師として師事しながら、何一つ弟子の事を理解していなかったのだな…」

そして、この綺礼の見せた覚悟を前に、時臣は桜の時と同じく、師弟の間柄にありながら、綺礼の抱えてきた苦悩に何一つ気付けなかった己の無知さを恥じるように自嘲した。
もし、自分が綺礼の抱える歪みや苦悩に少しでも気付いていたならば、綺礼を相対戦に挑ませるまで追い詰めてしまうような事は無かった筈なのだ。
できる事ならば、この相対戦第二戦での事を全て水に流した上で、これまでの事を綺礼に頭を下げて謝りたいのが偽りならざる時臣の本心だった。

「…それでも先の相対戦で君が行った遠坂家の魔術を学んだ者として有るまじき背信行為は断じて見過ごす事はできない」
「…」

しかし、自身の罪悪感による衝動に突き動かされようとする感情を自制した時臣は、あくまで魔術の師としての立場から綺礼の犯した罪を責めるように咎めた。
例え、綺礼に如何なる理由が有ろうとも、遠坂家の当主である時臣としては、遠坂家の魔術を学んだ者に有るまじき問題行動を見過ごす事などできるはずがなかった。
そして、時臣は刑の執行を待つように押し黙る綺礼に厳しい眼差しを向けたまま、あくまで自分の感情を押し殺した上で、遠坂家の当主としてのケジメをつけるべく自身の下した決断を告げた。

「―――言峰綺礼、今日を以て君を破門する」
「…分かりました」

“破門通告”…もはや、それはただ師弟の縁を断ち切るだけでなく、綺礼を遠坂家から追放する事に等しいモノだった。
この瞬間、これまでの数年間の内で築いてきた言峰綺礼と遠坂時臣の関係、すなわち、ライダーの口にするところの“絆”は完全に断ち切れてしまったのだ。
だが、この破門通告という時臣の下した非情な決断に対し、綺礼は一切狼狽や悲嘆することなく、ただ了承の言葉を呟きながら静かに頷いただけだった。
最初から綺礼も薄々気づいていた―――言峰綺礼の抱える歪みや本質を知った以上、時臣が自分を受け入れる事はないだろうと。
しかし、例え、“拒絶”という綺礼の本質を否定するモノであっても、時臣が初めて有りの侭の綺礼と向き合ってくれたのだ。
故に、時臣との別れに一抹の寂しさは感じても、綺礼に己の本質をさらけ出し、時臣に打ち明けたことへの後悔など一切無かった。

「数年間の短い間でしたがお世話になりました、師よ…」
「あぁ、そうだな」

そして、これまでの事に対する感謝と謝罪を込めて時臣に深々と頭を下げる綺礼に対し、時臣は徐に表情を和らげると―――

「これでようやく師弟の立場ではなく、ただの友人として本当の君と初めて対等な関係で向き合う事ができる」
「えっ!?」

―――相対戦第二戦においてアーチャーとホライゾンに明かした、自身と綺礼の新たなあり方に対する答えをはっきりと告げた。
“友人として”―――この思いもよらぬ時臣の言葉が耳に飛び込んだ瞬間、綺礼は思わず下げていた頭を勢いよくはね起こし、驚愕の余り目を見開きながら戸惑いを隠せないでいた。
前述のように、真っ当なドS人間を目指しているとはいえ、綺礼は他者の苦痛に愉悦を感じる破綻者であり、ラインハルトや銀時、アーチャーのような一部の奇人変人を除けば、到底万人に受け入れられる存在ではないのだ。
だが、時臣はあろう事かそんな綺礼と友人関係を築こうとしているのだから、自身の本質と師である時臣の性格を誰よりも理解している綺礼が驚くのも無理はなかった。

「ドS性癖…それがどうしたというのかね? 元より、私を含めて魔術師とは人の道理から外れた者だというのに」

だが、当の時臣はこの数年間、師である時臣にも見せたことの無い姿―――慌てふためきながら戸惑う綺礼の姿に新鮮さを感じつつも、そんな綺礼を諭すように語りかけた。
そもそも、時臣の言うように、一般人の倫理観に照らし合わせてみれば、魔術師自体が綺礼と同様に条理から外れた外法の存在なのだ。
それは六陣営会談に於いて、時臣の口にした凛や桜に対する幸福論に一般人である近藤や伊達、雁夜が反発した事を見ても、魔術師と一般人の常識が天と地ほど大きく乖離しているのは明らかだった。
ならば、そんな魔術師という人でなしの時臣が、ドS人間という破綻者である綺礼を一方的に拒絶する理由にはならないのだ。
無論、これまでの時臣ならば、このような考えに至る事はできなかっただろうし、嫌悪の感情をむき出しにして綺礼を一方的に拒絶していただろう。

「それに…あのアーチャー達の性癖に比べればまだ生易しいモノだからな、うん」

だが、今の時臣は、アーチャーを筆頭に綺礼と勝るとも劣らない奇人変人集団である武蔵勢との交流を通して、時臣の人柄を知る雁夜が驚嘆するほど人間的に大きく成長していた。
だからこそ、時臣は多くの人が嫌悪する綺礼の本質を全て受け止めた上で友として真摯に関係を築いていくという答えに辿り着く事ができたのだ。
ただし、その代償が胃と精神への多大なるダメージが時臣にとって幸か不幸かは定かではないが。
この時臣の示した答えに対し、綺礼はしばしどう答えたようか戸惑いつつも、真っ向から自分と向き合ってくれた時臣の偽りなき本音に応えるべく、意を決したようにこう言葉を返した。

「それなら、アーチャー達の奇行に翻弄される友人の有り様を酒の肴にするのも悪くないかもしれませんね」
「…そこはせめて友人として手助けするかフォローに回ってほしいのだが」

早速、それまでのシリアスをかなぐり捨てて清々しいまでのドS発言をぶちかます綺礼に対し、さすがの時臣もこの綺礼の切り替えの早さには若干呆れた様子で苦笑交じりにぼやいた。
しかし、時臣は決して聞き逃していなかった―――さりげなく綺礼が時臣の事を“師”ではなく、“友人”と口にしていた事を。

「真っ当なドS人間を目指す者としては数少ない娯楽なので」
「ふむ…なら私も君の性癖を受け入れるなら仕方がないと諦めるしかないな」

その後、綺礼と時臣は、まるで親しい間柄の友人のように軽口を叩きながら、心底愉快気に顔を見合わせた。
そして、それを合図にして申し合せたかのように、綺礼と時臣は徐に互いに手を差し出すと、差し出された相手の手を握りしめるように握手しながら熱い抱擁を交わした。

「私の有りの侭を受け入れると認めてくれた友として…これからよろしくお願いします、遠坂時臣」
「私が有りの侭を受け入れると決めた友として…これからもよろしく頼む、言峰綺礼」

この時、綺礼と時臣が師弟という上下関係ではなく、友という互いの全てを認め合った対等の関係、すなわち、何が有ろうとも断ち切る事のできない“絆”を結んだ瞬間だった。
こうして、相対戦第二戦“鬼ごっこ”は数々の波乱を巻き起こしながらも、綺礼と時臣の新たな“絆”を以て終結を迎えることになった。





そう…





「言峰さぁ〜ん…」
「「えっ…?」」

…本当にそれで終わったのならお互いにとってどれだけ良かっただろうか。
次の瞬間、綺礼の名を呼ぶ不気味な声が聞こえた直後、綺礼と時臣は互いに顔を見合わせながら、本能が“振り返るな!!”と警告するにも拘らず、何かに引き寄せられるかのように声のした方向を恐る恐る振り返った。

「…捕まえたぁ〜v」
「お、奥様…?」
「あ、葵…?」

そこには、アーチャーからの連絡を受けて自宅に戻ってきた葵がにこやかに笑みを浮べたまま、互いに握手を交わす綺礼と時臣の腕をしっかりと握りしめていた。
だが、微笑みを浮べる葵とは対照的に、綺礼と時臣の表情はまるで未知の怪物に出会ってしまったかのように固く凍り付いていた。
だが、それも無理はなかった―――地獄の鬼すらひれ伏すような怒気と殺気を放ち、血に染まった両手で綺礼と時臣の腕を掴む葵の足元にボロ雑巾同然の姿となった近藤と桂が倒れているのだから!!
もはや、“どうしてこうなった!?”と疑問と混乱の渦中に叩き込まれた綺礼と時臣に対し、葵は心中で荒ぶる殺意の衝動を静かに放ちながら、ここまで自分が綺礼と時臣に激怒している理由を明かした。

「二人の事情はよぉく聞きましたよ…仮にも私や凛、桜が居るのにも関わらず、まさか二人がそんなナルゼさんの作品みたいな関係だったなんて…!!」

実は、綺礼と時臣が工房にて対峙していた頃、自宅に駆けつけた葵は工房内で綺礼と時臣が何を話しているのか知る為に、扉に耳を当てて盗み聞きしていたのだ。
一応、扉越しである為にやや断片的ではあるモノの、そこから聞こえてきたのは、葵にとって思わず耳を疑うような会話だった。
―――拒絶という形であろうとも。
―――本当の君と初めて対等な関係で向き合う事ができる。
―――翻弄される友人の有り様を酒の肴にするのも悪くないかもしれませんね。
―――私も君の性癖を受け入れるなら仕方がないと諦めるしかないな。
もはや、誰がどう聞いても、師弟関係を越えた先の関係を求める男同士の熱いプロポーズとしか思えないやり取りだった。
とはいえ、妻である葵が知る限り、夫である時臣が男と、しかも、妻と死別したとはいえ既婚者である綺礼と浮気するとは到底考えられないというかほぼ有り得ない事だった。
だが、そう思いつつも、何故か一抹の不安を覚えずにはいられなかった葵は、もっと綺礼と時臣が工房で何をしているのかを知るべく、今度は扉の隙間から工房の中の様子を伺った。
そこには、自分達以外誰も居ない工房で、互いに求め合うかのように熱い抱擁を交わす綺礼と時臣の姿があった。
もはや、葵の目の当たりにした光景がどんな言葉よりも雄弁に語っていた―――夫である時臣が綺礼と浮気に走ったという事に!!
次の瞬間、葵の中にある何かが音を立ててブチ切れると同時に、葵は立ち塞がる障害物―――葵の暴走を止めようとした近藤と桂を即座に叩き潰して、綺礼と時臣の不倫現場である工房へと乗り込んだのだ。

「…奥様、あなたは何か我々に対して致命的な誤解をしているようです。一応、私はドSであっても、そういう特殊な恋愛感情を持っているわけではありません」
「…葵、我々は君の考えているような只ならぬ関係を望んでいるわけでは無いんだ!! だから、冷静に…冷静に…!!」

この尋常でないほどの怒りを見せる葵を前にして、綺礼と時臣はようやく自分たちの置かれた状況の拙さに気付いた。
当の綺礼と時臣からすれば事実無根の誤解だが、葵でなくともあの会話と光景だけ見れば、誰もが綺礼と時臣の師弟の間柄を越えた関係を疑うのは無理からぬ話だった。
そして、綺礼と時臣はすぐさま自身の身の潔白を証明すべく、直も憤怒の業火を燃え上がらせる葵を宥めるように必死の説得を試みた。

「とりあえず…」

やがて、綺礼と時臣の話を一通り聞き終えた葵は一呼吸置いた後、うんうんと慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら頷いた。

「今までじっくりと火を焚きながら、肉を溶かし骨まで焦がすほど熱々に熱した鉄板の上でよぉく時間をかけてたっぷり聞かせてくださいね」
「「…」」

その直後、葵は地獄の獄卒を思わせる無慈悲極まりない処刑宣告同然の言葉を口にしながら、綺礼と時臣を綺礼へのお仕置きを兼ねて用意していた焼き土下座の場へと引き立てていった。
もはや、逃亡や抵抗もままならぬまま葵に強制連行される綺礼と時臣にできたのは死刑執行直前の囚人のように“本当にどうしてこうなった…!?”と心中で悲嘆にくれる事だけだった。
そして、工房に変わり果てた姿となった桂と近藤のすぐそばには二人の合作と思われるこうダイイングメッセージが記されていた。

“浮気駄目、絶対”



そして、時をさかのぼること其の数分前、ノリキが無防備となったヴィルヘルムに三度目の打撃“睦月”を叩き込む―――

『そこまでだ…双方共に矛を収めろ』
「…ッ!?」
「ちっ…!!」

―――寸前、上空から機械音じみた声で告げると共に空間を越えて現れた、幾万の骸骨よって形作られた巨大な手によってヴィルヘルムもろとも抑え込まれた。
この土壇場に於いての新たな乱入者の介入に驚くノリキに対し、ヴィルヘルムは自身を押さえつける巨大な手を忌々しげに一瞥するとこの無粋な乱入者である声の主が誰なのかすぐに気付いた。
恐らく、この自分たちを束縛する巨大な手は、“至高天・黄金冠す第五宇宙”を発動させ、“城”の一部を操って形作ったのだろう。
そして、本来の使用者であるラインハルトを除いて、そんな事が可能なのは、“城”の中核を為している、黒円卓第六位“ゾーネンキント”唯一人。

「イザーク…てめぇ、どういうつもりだ!!」

すなわち、その初代ゾーネンキント…イザーク・アイン・ゾーネンキント以外に有り得なかった。
すぐさま、ヴィルヘルムは要らぬ横槍を入れたイザークむかって、明らかに怒気をはらんだ声で苛立たしそうに問いただした。
一応、結果だけ見れば、カレー効果による弱体化によりノリキの“睦月”を為す術もなく叩き込まれるはずだったところを、この予想外のイザークの介入により、ヴィルヘルムは辛くも窮地を脱する事ができた。
しかし、これまで散々横槍を入れられてきたヴィルヘルムからすれば、仮に勝敗を度外視しても、身内である筈のイザークにまで自身の戦場に水を差されては怒りを覚えずにはいられなかったのだ。

『先ほど、アーチャー陣営が言峰綺礼を捕縛した。これにより相対戦第二戦はアーチャー陣営の勝利を以て終了となった。これ以上の戦闘行為は私闘と見做し厳しく処罰する。これは“黄金の獣”からの厳命だ』
「ちっ…」

だが、当のイザークはヴィルヘルムの抗議を意にかえさぬまま聞き流しつつ、相対戦第二戦がアーチャー陣営の勝利によって決着したことを淡々と告げた。
さらに、イザークがラインハルトの名を出しつつ、これ以上の私闘を禁ずると、ヴィルヘルムは苛立たしく舌打ちをするも、それ以上何も言い返さなかった。
例え、如何に不服が有ろうとも、自身が絶対の忠誠を誓うほど心酔するラインハルトからの命である以上、ヴィルヘルムも従わない訳にはいかなかった。
やがて、相対戦第二戦終了に伴い、役目を終えたヴィルヘルムがイザークの手によって“城”に強制送還される間際、ヴィルヘルムは自身を敗北寸前まで追い詰めたノリキ達に向かって吐き捨てるようにこう呟いた。

「…運が良かったな、糞餓鬼共」
「「「「「…」」」」」

傍目から見れば、負け犬じみたチンピラ感溢れるヴィルヘルムの捨て台詞であったが、ノリキ達はそれが負け惜しみでない事を理解していた―――この相対戦での闘いに於いてヴィルヘルムが全力で闘っていなかった事を含めて。
恐らく、何らかの理由で全力を出せずに闘わざるを得なかったのだろうが、ヴィルヘルムはその状態であっても満身創痍になるまでノリキ達を追い詰めたのだ。
もし、ヴィルヘルムが最初から全力で闘う事ができたなら、仮に弱点を付いたとしてもノリキ達の敗北は免れなかっただろう。

「まぁ、それでも、黒円卓最強の相手と闘えたことは悪くなかったわね」
「うん…まぁ、追い付けない訳じゃないと分かっただけでも良かったかな」

とはいえ、ナルゼやナイトの言うように、ノリキ達もここまで自分たちを追い詰めた、黒円卓最強と思われるヴィルヘルムと闘えたことは今後の事を考えればそう悪い事ではなかった。
例え、ヴィルヘルムが全力を出し切っていないとはいえ、ノリキ達だけでも黒円卓最強の敵を相手に何とか太刀打ちする事ができたのだ。
ならば、万が一、バーサーカー陣営と対立する事になったとしても、覇道神たる蓮達に及ばずとも、黒円卓に対して六陣営の総力をもってすれば決して倒せない相手ではないと分かっただけでも充分な収穫だった。
少なくともノリキ達はそう思っていた――――

『何を勘違いしている、お前達…例え、純粋な戦闘能力だけを見たところで、黒円卓の中に於けるベイの順位は精々五番目に届く程度だ』

―――ノリキ達のやり取りを耳にしたイザークによって、自分たちを満身創痍にまで追い込んだヴィルヘルム以上の強者がまだ四人もいる事を告げられるまでは。


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